はじめまして、作者です。
日頃からご愛読いただき、ありがとうございます。
私事ではございますが、この春、学生から晴れて社会人の一員となりました。未だ慣れぬ環境で四苦八苦しておりますが、その合間を縫い、執筆が遅くとも、皆様のご期待に添える二次創作の投稿を心がけますので、今度ともよろしくお願いします。
最新鋭エンジンが、唸り声を上げ、自らの動力に車体を大きく揺らす。
千尋は眉を顰めた。
先行するフォードT型が野次馬の民間人を退け、千尋に進路を示す。車に乗っているのは、鬼殺隊ではなく、千尋直属の歩兵戦闘部隊だった。
自分たちが向かう方向に見えるのは、近衛師団司令部庁舎と絶えず上空に登る噴煙。その根元から拳銃や小銃の発砲音が響き、時折兵士たちの悲鳴が聞こえてくる。
「大佐!もうすぐで──」
彼が言い切った瞬間、司令部庁舎から逃げ出した鬼がフォードT型の前に飛び出し、車に撥ねられた。
だが鬼は生きている。自分を撥ねた車に報復しようと、手を向け血鬼術を使用しようと、手を車に向ける。
「させるかァ!!」
花の呼吸
それを運転席に立ち上がり、刀を振るう千尋に阻止された。自動車の運動と刀の運動により、鬼の首は後方数十メートルは吹っ飛び、後続車両にまた撥ねられ消滅した。
「そのまま聞け!司令部庁舎は依然として鬼に占拠されつつあるが、我が同胞らは見事に抵抗を続けている!我々こそが卑劣な鬼から戦友たちを救い、周辺住民の安寧を取り戻すのだ!!」
兵士たちは軍刀を抜いて雄叫びを上げた。
戦争において、士気が高いのは往々にして防衛側である。
自分たちの土地を取り戻すという大義名分が、彼らを突き動かすのだ。
「天皇陛下万歳!!」
千尋が叫び、歩兵らがそれを唱和する。
「天皇陛下万歳!!」
「突撃ーーッ!!」
号令と共に車が止まり、一斉に兵士たちが司令部庁舎に侵入していく。
各小隊事に振り分けられた制圧場所に向かい、道中、雑魚鬼をそのまま斬り伏せて行った。
「こっちだ!」
千尋が先行して小隊を導く。
千尋らが向かうのは本陣の司令部庁舎。あそこには高級将校らや近衛兵の機密書類がある。それの保護が千尋の仕事だ。
時たまとんでくる流れ弾に頭を守りながら、背を壁に着けて移動し、なんとか司令部庁舎にたどり着いた。
全員で現状の人数の確認を行う。
ここまで来る間で、千尋は部下を二人も失った。二人とも有望で優秀な部下だった。
「行くぞ突入!!」
千尋は腰からコルト拳銃を抜き、司令部庁舎の窓をぶち破って侵入し、小隊もそれに続いた。
「高級将校とはいえ人間であることが確認できるまで警戒を解くな」
小隊は頷き、日輪刀と同じ製法、同じ原料の銃剣を着剣し、それぞれの死角を補いながら司令部庁舎内を進み、一室にたどり着いた。
記憶が確かであれば、ここは最先任上級曹長の部屋。高級将校ではないが、熟練の曹長は、よい戦力になるはずだ。
千尋はノックをせず、一思いにドアを蹴破り、それを素朴な部屋が迎えた。
最先任の趣味であろう格言が壁に飾られ、簡素なソファが置かれている。庁舎に備えられた個室というのなら、あまり私物もない、物心両面が整った模範的な部屋だ。
だがどうしても拭いきれない異物感がひとつ。ソファの背もたれを脚代わりに、機関銃がこちらに睨みを効かせている。
──即席の野戦基地だ。
「誰だ!!」
「所属を言え!!」
部屋の中から口々に誰何が聞こえる。一つ一つが殺気立っている、良い誰何だ。
「鬼殺隊日本陸軍花柱、橘千尋大佐だ。救援にきた」
「大佐殿でしたか!」
ソファの裏から、最先任が顔を出した。
「無事だな。では私たちに着いてこい。高級将校と機密書類の保護に向か──」
その瞬間、ドォォォンと轟音がなり、最先任室の壁が吹き飛び、そこから鬼が現れ、さらには鋭い爪で最先任の頭を串刺しに、そのまま頭を齧りとった。
戦場の不幸。戦場では優秀な兵士が生き残るのではない。運がいい兵士が生き残るのだ。
仕方がない、あとで丁重に埋葬してやると思った──ところで、千尋は思考が怒りに染った。
最先任を殺したのは確かに鬼だ。瞳孔は縦に開き、爪は刀のように鋭く伸びている。
間違いない。奴は鬼だ。
だが奴は、
「おや?おやおやおやおや?そこにいるのは
「貴様ァ!!」
千尋はその鬼を知っていた。
千尋の記憶では、彼は若いが将来有望な青年将校で、千尋の良き部下だった。
だが今はどうだろう。最先任を殺し、血を啜る。天皇をお守りする神聖な近衛兵に有るまじき品位の無さだ。
如何なる理由があろうとも、近衛兵が品位を無くすことなどあってはならない。
千尋は激怒し、その鬼が次の言葉を発する前にその首をはねた。
その後すぐに冷静になり、将校が鬼になった理由を考え、あることに気がついた。
「鬼舞辻が、来ているのか……!」
人間が鬼になる方法は本来一つ。人間に鬼舞辻の血を注入することだ。
そうすれば人間は鬼舞辻の血に感染し、共鳴し、凶暴な鬼となる。
千尋と珠世の研究で例外、人工的な鬼化の薬を開発できたものの、未だ大量生産は叶わず、玄弥が吉原で使ったのが最後の品だった。
つまり、この司令部庁舎の鬼の襲撃には、鬼舞辻も来ているということになる。
総ての鬼の首が来ていると思うと、千尋は首の産毛が総立ち、腹の奥底から溶岩のような高揚感が湧いて出るのを感じた。
大義が千尋を突き動かす。
「目標変更!!鬼舞辻を捜索し、殺せ!!」
千尋は小隊に叫び、小隊もそれに呼応した。
言うまでもなく、鬼舞辻は全ての元凶。やつを殺せば、この途方もない戦争にも終わりが見える。
千尋は信濃を通して別小隊に任務を引き継ぎ、鬼舞辻の捜索及び殺害を目標に小隊を率いて外に出た。
外はまさに乱戦だった。近衛兵の制服を着た兵士と、近衛兵の制服を着た鬼、そして鬼と鬼殺隊士があちこちで戦い、命を散らしている。
だが千尋小隊がそれを救援することは出来ない。千尋小隊は何があっても、鬼舞辻を殺さなくてはななかった。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
道中、小隊の一員が南無阿弥陀仏を唱えながら走っていることに千尋は気がついた。
見捨てることになった同志への弔い、いや謝罪だろう。千尋も西部戦線では同じことをした。
それほど惨たらしい状況だったのだ。
助けたい。その気持ちは分かるが、鬼舞辻殺害の職務に専念しなくてはいけなかった。
その執念が、千尋に鬼舞辻を見つけさせた。
「鬼舞辻無惨!!」
千尋は持ってきていたビラールペロサM1915を構え、司令部庁舎の外の民間施設のことなど一切気にせず、そのまま乱射した。
ビラールペロサM1915は大戦末期にイタリア王国が正式採用した個人装備の機関銃。元は航空機への搭載を想定した機関銃であったが、航空機相手には威力不足だったらしく、地上戦闘に転用された、機関砲崩れである。
だが対人戦闘ではピカイチで、ドイツ帝国のMP18よりも早い連射速度を生かし、容易く敵兵の身体を吹っ飛ばした。
たった9mm口径で、普通の弾丸だが、対鬼戦闘でも大活躍。事実、鬼舞辻を取り巻いていた鬼の首を吹っ飛ばし、外れた弾丸は地面を抉り、殺人的な運動力を持った小石を飛ばした。
「全員藤ガスを持て。土煙が晴れ、鬼舞辻を確認次第、藤ガスをもって鬼舞辻を殺す」
千尋が無限列車や遊郭に行っている間に進化した、藤煙弾。ついには匂いだけではなく、藤の花の毒も煙に乗り、藤煙弾は藤ガスという特殊兵器に進化したのだ。
土煙が晴れ始め、千尋小隊はガス兵器を起動する準備を進める。千尋の「状況ガス!!」の一声で、小隊はガスマスクを被り、藤ガスを起動──
「ぐわ!!」
しかしガス兵器起動する前に、晴れかけた土煙から一閃。何かが飛び出し、小隊に襲いかかり、三割ほどが死んだ。
「放て!」
それでもガス兵器を起動させ、鬼舞辻を着実に弱める。もしかしたら鬼舞辻にガス兵器は焼け石に水かもしれない。だがいくら熱々の焼石でも、時間をかければいずれ沈黙するだろう。
「効いてくれよ……」
風向きは良好。毒ガスが広がり、実際に対象がガスを吸い込み、効果が現れるまではおおよそ10秒。
戦場では永遠にも等しい長い時間に、千尋は祈った。人事を尽くして天命を待つ。千尋は全てを尽くした。あとは神の意志だけで全てが決まる。
やがて藤ガスの紫色が広がり、10秒程経過する。
「ガス兵器に短機関銃……随分贅沢な戦い方ですなぁ大佐」
意外にも神はオルガンを、鬼舞辻に向けて演奏していた。
「貴様……っ!」
ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべる近衛兵。
眼に刻まれるは、左に上弦。右に参。
その瞬間に千尋は全てを理解した。
新たに生まれた上弦の参は、元近衛兵だ。
陛下への忠勇を忘れ、近衛兵としての高潔さを忘れ、仲間との絆も忘れた愚か者。
名は畑中亮。近衛の青年将校であった、日本史に残る大馬鹿者だ。
そしてその大馬鹿者は、鬼舞辻を守るように立っていた。おそらく、9mm弾を全て弾いたのだろう。
小隊の面々は足を震わせ、刀を鳴らす。一瞬でも眼前の鬼から目を離せば、それが死ぬ時だと本能が訴えてくる。
「ああそうそう、こちら、私には不要なので、大佐にどうぞ」
そう言って畑中は千尋に向かって人間の頭部を三つ投げて寄越した。暗がりでよく分からなかったが、司令部庁舎に駐在していた高級将校の三人の生首だった。
「前々から思っていたんです。陛下を録に守れない、私利私欲にまみれた近衛の幹部など不要だと。その点大佐。あなたは素晴らしい」
「黙れ」
「その肉体も素晴らしいが、最も優れている日本への忠誠だ。わずが十四で従軍。十八で英雄となった。私にだって出来ないことです。羨ましい」
「黙れと言ったのが聞こえぬか!!」
千尋は変わらず激怒した。
猗窩座とは比べ物にならない程の邪悪さ。まだ武人を自称する猗窩座の方が、高潔さはあった。
「もういい。貴様の戯言に付き合う義理はない。貴様は近衛兵の恥晒しだ。醜く愚かな売国奴。慈悲はない」
「売国奴、ですか……」
「ああ、貴様の家族の名誉のために、貴様を今ここで殺してやる──覚悟」
花の呼吸 肆ノ型 紅花衣
「っな!」
千尋は最も得意とする型で、一撃でケリをつけようとしたが、畑中は寸の所で避け、首の骨を斬られる事は避けられた。
しかし同時に脚に細かい切傷をつけ、敵の機動力を奪うことはできた。
風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風
続けて止め。一切の躊躇はない。千尋は欧州で殺した敵兵よりも、憎さたっぷり、より強固な殺意を持って刀を振るう。
──が、
「──っ!」
一閃の血鬼術が畑中から放たれる。黒い鞭とでも形容しようかその血鬼術は、千尋の頭を捉え損ね、後ろの兵士に向かって先端を伸ばした。高速で放たれた血鬼術を後ろの兵士たちは避けきれず、心臓付近にまともに食らってしまう。千尋がすぐに黒鞭を根元の方から斬り、貫通だけは阻止する。
しかし何か、この血鬼術は他の狙いがあるように思えてならない。奴は頭がきれる。ひとつの行動に二つ三つの意味を持たせるような将校だった。
「うわああ!!?」
千尋の刃が畑中の首を捉える直前、後方から小隊員の悲鳴が聞こえてきた。振り返ってみると、小隊員が取っ組み合いをしていた。いや違う、襲われているのだ。
「何を!」
「さっきの攻撃に無惨殿の血を混ぜた。私の攻撃を喰らえば、たちまち鬼になる」
その言葉を皮切りに、畑中は次々と黒鞭を放出し、千尋の小隊員に打ち込んだ。まるでわざと千尋を避けているように、千尋以外のほとんどの兵士に打ち込まれていく。
勿論、千尋もそれをただ黙って見ている訳ではなかった。黒鞭を幾つも切り落としたし、小隊に退避を命じた。だが遅かった。一部の小隊員を除き、小隊員のほぼ全員に鬼舞辻の血が打ち込まれた。
「よくも私の部下を!」
完全に頭に血が上って千尋は、優先して畑中の首を斬ろうとした。だがそれよりも早く、何かがタックルし、刀の軌道を逸らす。
邪魔する者は叩き斬る。そう思っても、斬ることはできなかった。
「松倉……!クソっ!!」
こちらの喉を噛み潰そうとしてくるかつての仲間に、千尋は刀を振れず、蹴り飛ばして距離をとることでその場を凌いだ。
「部下思いの大佐のことです。多少凶暴になったくらいで、なんの罪もない部下を斬り殺せないでしょう?」
畑中の言った通りだった。千尋は襲いかかってくるかつての部下から、ただ逃げ惑うことしかできていない。いつもの千尋なら、なりたての雑魚など、寝ぼけていても斬り殺せるのに。
「さて、行きましょうか、鬼舞辻殿」
「ああ、そうしよう。期待しているぞ、畑中」
鬼舞辻はえらく畑中を気に入っているようで、彼の斬られた腕を自ら持ち上げ、畑中と共に、宙に現れた襖に消えていく。
「待て畑中ああああああああぁぁぁ!!」
千尋は畑中と鬼舞辻に向かってビラールペロサM1915を乱射する。
人類叡智の結晶であるビラールペロサだったが、9mmの弾丸は宙に消え行く襖に当たることはなく、闇夜に飛んで消えていった。
鬼殺隊が一千年狙い続けた者と、日本の恥晒しを同時に逃がした。もっと自分が強ければ殺せたはずだ。底抜けの無力感が千尋を襲う。
「た、隊長ォォオオ!!」
小隊員の悲鳴を聞いて千尋は正気に戻る。
振り返ると、先程鬼と取っ組み合っていた兵士が力負けをし、喉元に噛みつかれそうになっていたのだ。
「クッソ!!」
花の呼吸 参ノ型──
型を途中まで放って、ハッとした。今鬼になっている男は、自分と親しい部下だった。
西部戦線では共に前線を走り抜け、勲章も貰った。
佐官になってからも経験豊富な彼を兄のように慕い、進んで助言を頼んだ。
彼を家族のように思っていた。
そんな彼に、今自分は何をしようとしているのだろうか。
頸を斬ろうとしているのか?
できるのか?自分に?
どうして自分が──
──水の呼吸 壱ノ型 水面斬り
「千尋!」
「う、鱗滝!?」
水面が鬼の首を飛ばす。部下だった男は最後まで千尋を見て、灰になって消えた。
「千尋大丈夫!?どこか怪我してない!?」
「あ、ああ!情けないところ見せた!」
援軍に来てくれた真菰にこれ以上情けないところは見せられないと、今度は拳銃を抜いたが、その手は酷く振るえている。
「──が!」
「千尋!」
冷静さを失った千尋は、横から襲いかかる元部下に気が付かなかった。
地面に転がされるもすぐに起立。しかし、今の衝撃で撃針が故障してしまったのか、コルト拳銃から弾は射出されなかった。
千尋は何度も何度も引き金を絞るが、弾は出ない。完全な故障だった。
「クッソ!」
「千尋落ち着いて!一度下がった方がいい!」
「そんなことできるか!私は大佐で、花柱なんだぞ!」
「もう十分やった!」
「十分だと!?隊長である私が部下を置いて下がれるか!!」
千尋は無理矢理に自分を奮い立たせる。
だがどう見たってそれは空元気で、見せかけのやる気だった。
「下がりなさい橘千尋!」
「私に命令するな!!陛下の御膝元である近衛司令部庁舎が滅びつつあるというのに、最後まで戦わずしてどうする!!」
そうは言っても、千尋はたった一人の部下も斬れずにいた。
愛銃を失い、愛刀も震わせている。
今の彼は、どう考えても冷静ではなかった。
だが彼は止まらない。止まることができないのだ。
花柱としての地位か、それもと将校としての矜恃か、一体何が彼をそこまで突き動かすのかは、真菰には分からなかった。
彼は短刀で己の肩を斬りつけると、叫んだ。
「近衛兵としての誇りを失った大馬鹿者共に告げる!!貴様らの目的である橘千尋はここだ!!ここにいるぞ!!さあ来い!!それとも目的を忘れてしまうほどに知能が下がったか!?」
☆★☆
前代未聞の襲撃事件である、近衛司令部庁舎襲撃事件は、発生から三時間で事態は鎮静された。
しかし被害は甚大であり、死者負傷者合わせ四十五名。行方不明者五十名。内三人の将軍が死亡し、たまたま居合わせた宮内省役人が六名犠牲になった。
このことを受け、千尋は責任を負うと自らの降任や除隊を申し出たが、陸軍省は彼を必死になだめて、行方不明になった者の捜索命令だけを千尋に告げた。
それから千尋は、たった一人で、犠牲になった近衛兵の両親を訪ね、両膝を着いて謝罪した。
もちろん、千尋を責める者はいなかった。
だが謝罪する千尋を、誰も止められなかった。
この事件は、千尋の心に深く傷を残すことになった。