帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第十六話 誘蛾灯作戦 下

熱い、気持ち悪い。そんな波に漂うような感覚の中、額に何か冷たいものを乗せられた。

 

彼女──恋柱甘露寺蜜璃が目を覚ましたとき、暗闇の中にいた。

目を開いても暫くはどちらが右でどちらか左か、どちらが上なのか下なのかも分からなかったが、徐々に感覚が冴え、ここが刀鍛冶の里の一室なのだと気がついた。

 

部屋が暗い。つまり夜。即ち仕事の時間である。

甘露寺はガバリと火の中で弾かれた甘栗のように布団から起き上がり刀を探す。

 

「──カンロジ、サン?」

 

そんな言葉が聞こえてくると、部屋に優しい暖かい色が広がった。

背後に気配を感じ振り返ると、見知らぬ外国人の女性がいた。彼女は拙い日本語でアドルフィーネと名乗り、一事の看病を任されたと言う。

 

「アンセイ……イワレテル」

 

「で、でも、お仕事が……」

 

「イ、イグロサンガ、カワリニ……」

 

「伊黒さんが?それは……後でお礼言わないと……」

 

ぼうっとしていると、徐々にお風呂で倒れた前の記憶が戻る。

そういえば、あの人はどうなったのだろうか。

それを聞こうとした時、部屋の外から日本語ではない言語が聞こえてきた。

 

「『───』」

 

声にアドルフィーネが返すと、声は今度はよく知った言語で自分に喋りかけてきた。

 

「甘露寺、橘だ。入ってもいいだろうか?」

 

「は、はい!」

 

声の主は同僚だった。師範からの話から多様な言語を話すことは知っていたが、これほど流暢であるとは思わなく、面食らった。

しかし男性がこの部屋に入ってくる手前、いつまでも狐に摘まれたような表情をしていては甘露寺家の恥、すぐに表情をいつものに戻すと、それを見越していたかのようにタイミングピッタリで彼は入ってきた。

 

「もう起き上がれたのか。流石だ」

 

「橘さん、すみません、ご迷惑を……」

 

「迷惑なんて。私の長話が原因だったんだ。謝るのはこっちの方だ」

 

頭を下げる甘露寺に彼もまた頭を下げ返した。彼はこういう時、酷く謙虚になる。

 

それから甘露寺は自分はお湯に浸かりすぎによる熱中症の一種、平たく言えばただのぼせただけらしいと知った。

それでここまで運んだのはアドルフィーネと、彼女の隠で、ある程度の処置は彼がやったのだと教えてもらった。流石は長年蝶屋敷に務めていただけはある。

そこで、甘露寺はずっと気になっていたことを問うた。

 

「ねぇ橘さん、こちらの女性って鍛冶師の人?」

 

「……いや。アドルフィーネはそもそも鬼殺隊関係じゃない」

 

千尋の言い淀み方に何かあると思った甘露寺はさらに一歩、最後の一歩を踏み込んだ。

 

「じゃあ……?」

 

「……私の妻だ」

 

その瞬間、甘露寺は感情を大爆発させ、声の音波だけで行灯の火を消した。

彼はこうなるから言いたくなかったといわんばかりに眉間に皺を寄せいたが、そんなこと知ったことではない。他人の祝い事を祝う権利は、何人たりともこれを妨げてはいけないと甘露寺は常々に思っている。

 

「日本人と外国人の結婚って日本で初めてじゃないかしら!」

 

「……ああ、まぁそうだろうな」

 

「それってとっても特別で素敵なことじゃない!?日本でたった唯一の異国人同士の夫婦なのよ!?」

 

「そうだな。甘露寺、離れてくれないか?君も知っての通り、私は既婚者なんだ」

 

そこまで言われて、甘露寺は自分が彼のまつ毛の長さが分かるほどの距離まで近づいていたことに気が付き、さらにアドルフィーネが彼の裾をギュッと握っていることにも気が付き、頬を赤らめて失礼しましたと下がった。

 

それから甘露寺は少し考えて、思い切って質問してみることにした。

 

「ねぇ橘さん……最近、何かあった?」

 

「……いや?特に何も。まぁ謹慎を食らったりしたが、あれはただ疲れて心に余裕が──」

 

「それだけ?」

 

甘露寺は、自分でもらしくないことを言っているなと自覚していた。

おそらく逆上せた影響で、精神的にらしくないことを言ってしまっているのだろう。

 

「……何が聞きたい」

 

「ごめんなさい。別に根掘り葉掘り聞こうって言うわけじゃないの。でも……話に聞いていた橘さんとは、ちょっと違ったから」

 

甘露寺は師である煉獄杏寿郎から、彼は冷静沈着ながらも燃えるような情熱を持つ好青年と聞かされていた。

だが今目の前にいる男は確かに冷静沈着だが、燃えるような情熱の代わりに、厚くて巨大な氷塊のような恐ろしい執念を持った男にしか見えない。

 

その質問に彼は「誰も彼も、他人の話をする時は、その人を美化して語る」と言って相手にしなかったが、それだけではないと、甘露寺は思った。

 

「橘さんの同期っていう、真菰ちゃんからも聞いたの。橘さん、ここ最近で変わちゃったって。まるで、なにかに取り憑かれたみたいだって」

 

取り憑かれたよう──実際、鬼殺隊ではそう噂されていた。その噂は柱稽古を経てからかなり加速し、今では鬼殺隊全土にも広がっている。

 

「……取り憑かれたよう、か」

 

彼は一度自分の手に視線を落とすと、すぐにこちらに視線を戻す。

 

「まぁそうだろうな。私が殺した三百のドイツ兵か、二百の鬼か検討もつかんが、きっとそうだろう」

 

三百という数に、甘露寺は目眩を覚えたが、不思議と実感が湧かなかった。それは三百という数が現実離れしすぎていたからだ。

 

しかし彼は紛れもなく血で穢れた英雄であり、彼は本当に呪われているのだろう。

 

「本当は殺したくなかった……二百の鬼はともかく、三百の敵兵も、誰も彼も、故郷には帰りを待つ家族がいた。家族に合わせてやりたかった……あのまま故郷に帰らせて、家族と暖かい食事を囲ませてやりたかった……」

 

彼はずっと後悔していた。

あの時、拳銃で敵兵を撃ち殺したことを。あの時、刀で敵兵を斬り殺した時のことを。あのトラックに爆弾を投げこんだことを。

 

だが甘露寺には、分からないことがひとつ。

 

「そんなの、みんなそうよ」

 

というか、と甘露寺は続ける。

 

「日本の兵隊さんにも家族がいるわ。みんな家族と過ごしたい、美味しいご飯をいっぱい食べたいって思ってたの。橘さんは、それを守るために刀を振るったのよ」

 

俯いていた彼の目が、真っ直ぐに甘露寺を見つめはじめた。

 

「私なんか、添い遂げる殿方を見つけるために鬼殺隊に入ったの。大義名分も何もないわ」

 

甘露寺は言葉を続ける。

 

「しのぶちゃんや真菰ちゃんみたいに、ちゃんとした目標なんてないわ。でも、私も橘さんも、しっかりやる事やってるじゃない。私は、私も橘さんも、いい子いい子って、頭を撫でてあげたいわ」

 

それは遠慮しようと、彼は笑う。

 

「でも後悔が無いわけじゃないの。この前、伊黒さんとお食事に行った時、あの時ああいう仕草の方が淑女っぽかったんじゃないかとか、まぁ、橘さんのお話とはとても比べられない内容だけど、みんな後悔の一つや二つあるの」

 

「……」

 

「特に、橘さんは一人で背負いすぎてると思うの。私、戦争なんか行ったことないから想像つかないから、想像させて欲しいの。そうじゃないと、今度倒れるのは橘さんの方よ?」

 

「……そうか」

 

千尋が続ける言葉に悩んでいると、甘露寺が立ち上がった。

 

その様子から、聞きたいことは聞けたし、もう体調は良くなったようだった。

 

「そのためのお嫁さんなのでしょう?嬉しみは共有して倍に、悲しみは共有して半分に、よ」

 

「……そうだな。甘露寺、一緒に車で帰ろう。そっちの方が早いだろう」

 

「いいの!?私、一度でいいから車に乗ってみたかったの!」

 

 

 

☆★☆

 

 

 

あくる日の夜、誘蛾灯作戦は本格的に始動した。

 

千尋の狙い通り、刀鍛冶の里には上弦の鬼三体が送り込まれた。

 

上弦の肆・半天狗

上弦の伍・玉壺

そして上弦の参・畑中

 

他にも雑魚の鬼が数十体ほどいたが、すぐに狩られて死んだ。

 

この中で最も厄介な鬼は、畑中であった。

 

奴は鬼の中でもかなり最近になったばかりで、時代に適応した鬼と言え、近代兵器や近代戦法に精通しているのが厄介だった。

里に配備された近衛兵の大まかな配置と数、火力の発揮場、戦い方を見切り、それを掻い潜って攻め込んでくるのだ。

 

だから──近衛兵たちも、戦い方を変えた。

 

各々がその場所を死守する徹底抗戦戦法から、ある一定の距離を保ちながら後退し続ける後退戦法に変わったのだ。

 

誇り高き日本兵達が後退するなど、情報将校の畑中でも予想外だったようで、時間が経つにつれて焦りの顔が浮かんでいた。

 

送り込まれた上弦三体は、畑中含め、持久戦を好む鬼であった。

 

半天狗は斬られれば斬られるほど力と数を増す血鬼術故、自然的に持久戦の戦法となる。

玉壺は別に持久戦を旨とする血鬼術ではないのだが、本人の『芸術思考』的に、獲物である人間を弱らせるのを好んでいる。

畑中は日本軍の持久戦の弱さを知っているので、弱点に漬け込む形で持久戦の戦法の選択をしたのだ。

 

だがら後退戦法を敢えて受け、時間をかけて攻め落とそうとしたのだ。

 

だが待てど待てど、日本兵と鬼殺隊に疲労の色が見えやしない。

 

──畑中は知らなかった。人員に対し、何故か十倍の食料や弾薬が刀鍛冶の里に運び込まれたのを。

 

それにこの作戦において、鬼殺隊が鬼を斬るのは、最後の最後、日が登り始めてからであった。

それまでは近衛兵たちが前線で銃弾をばら撒き、鬼の体力を消耗させていた。

 

これでは半天狗の血鬼術の真価が発揮されず、また畑中は反射的に機関銃を避けてしまい、攻められない。

ならば玉壺は、と思うが、流れ弾がほとんどの壺に命中してしまい、得意の空間移動による搦手が使えず、自身の作品が壊されたことで、冷静さを失い、遠距離攻撃の手段を持ちながら、直接叩き潰すことに執着していた。

 

そしてついに、太陽が登り、鬼殺隊と近衛兵は上弦二体の頸を撥ねることに成功した。

半天狗と玉壺である。

畑中は頸を撥ねる直前にあの障子扉が現れ、逃げられた。

 

最後の抵抗だろう。畑中は炭治郎が背負っている木箱を壊し、禰豆子を太陽の下に引きずり出したのだ。

 

誰もが禰豆子の死を嘆く中、奇跡が起きた。なんと禰豆子が太陽の光を克服したのだ。

 

鴉はこの一連の戦いの締めくくりを、鬼殺隊大勝利と高らかに叫び、飛び回った。

 

「──そうか。畑中は取り逃したか……まぁよい。奴は私が殺す」

 

──日本のどこかの山の中。強く雪が横に殴る中で、千尋はその報告を聞いた。

 

今、鬼陣営の戦力はかつてないほどに減少した。残っている上弦は壱から参のみ。

 

「目標──万世極楽教。前へ」

 

今、最終決戦に向けて戦いが始まる。

 

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