帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第二話 子孫 後日談

「本当に信じられないわ‥‥」

 

蝶屋敷。

あの戦いからしばらく経って、上半身の患者衣を脱ぎ、椅子に腰かけた千尋の上半身の鎖骨の辺りをペタペタと触診するカナエ。

 

「あの時は折れていたのに‥‥」

 

「傷の治りが早い方なんですかね。若いんで」

 

「あなたの場合、若いというより幼いの方でしょう」

 

カナエがが改めて千尋の左橈骨に指を少し強めに押し付けてみる。指を押し付ける位置をずらしていっても特に感触に変化はなく骨折の痕も見受けられない。

本当に折れているのなら痛みで顔をしかめる筈だ、そう考えて千尋の顔色を伺うが千尋は首を傾げてカナエを見上げるばかりだった。

 

「というか、なんで貴様がいるんだ」

 

「姉さんが変な男と診察室に入っていくのを見たので、姉さんの保身のためです」

 

「よし表に出ろ。なぜ私が貴様の上官に任命されたのか、じっくり叩き込んでやる」

 

時透兄弟を保護してから、千尋が目を覚ますまで少し間があった。

だが千尋の治癒が事実だとすれば、千尋は橈骨を数日で完治させたことになる。橈骨というそれなりに大きな骨を治すにはかなりの期間がいるのに。

 

「だめよ千尋くん、あなたしばらくは安静よ」

 

「‥‥はぁい」

 

直属の上官に窘められ、千尋は大人しく縮こまった。

結果として、千尋は橈骨骨折の治療のため一週間休養の命が降り、ついでに溜まっていた休暇を一斉に消化することになったため、なんだかんだ三週間の休暇となった。

 

「もう上着着ていいですか?」

 

「ああ、ごめんなさいね。いいわよ」

 

診察を終え、自室に戻ろうと廊下を歩く千尋の前に、見覚えのある双子が、道を塞ぐように立っていた。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

「‥‥っ」

 

「「いやいやいやいや!」」

 

「ッチ」

 

二人の顔を見て、面倒だと思った千尋は堂々と無視を決め込み別の道から戻ろうとするが、流石に双子に止められる。煩わしく思った千尋は、これまた堂々と大きな舌打ちをした。

 

「なんだ双子。私は忙しいんだどっか行け」

 

「忙しいわけないだろ。アンタ、この前の怪我で長期休暇だろ?」

 

「‥‥誰から聞いた」

 

「あ、本当にそうなんだ」

 

「ッチ。ガキの癖して鎌かけか。可愛くないガキだな。こい、どうせお前らこそ暇だろう。話ついでに菓子くらい買ってやる」

 

そうして千尋は二人を連れて街に出た。

最近は忙しく、こうしてゆっくり街に出ることもなかった。ふと二人の方を見てみると、二人とも目を輝かせ、未知の世界を見るようにキョロキョロと首を忙しなく動かしていた。

二人は早くに両親を亡くして、子供二人だけで貧しいながらもひっそりと暮らしていたのだ。贅沢など、思ってもみなかったのだろう。

 

「ね、ねぇ、これ何?」

 

「ぱんけぇきか。西洋の菓子、洋菓子の一つだな」

 

「こ、これは?」

 

「ライスカレーだな。菓子じゃないが、食べたいと言うのなら買ってやろう」

 

二人は喫茶店やかふぇのショーケースに張り付き、メニューに穴が開くほどみている。

二人はしばらくは蝶屋敷や藤の家で保護されていたから、食事はきちんと出されていたはずだ。ただそれはそれとして、いくら食べても腹が減るのが、育ち盛りの健全な男児というものだ。

 

「この店が気になったのか?」

 

「うん!」

 

「じゃあここにするか」

 

「い、いいのか?こんな立派な店…」

 

「歳不相応に遠慮するな。さっさと入れ」

 

3人が入ったのは最近できたばかりの喫茶店。

ハイカラで、近代的。実を言うと、千尋もこの店が気になっており、いつか行ってみようと思っていた店だ。

 

「ぼ、僕は…‥この……「珈琲(コーヒー)」そ、それで」

 

「お、俺も、同じので」

 

「…‥私も同じのを。ミルクを頼む。あと…アイスクリンを3つ」

 

千尋はこれから起こりうるであろう未来を察知し、あえていつもは頼まないコーヒーのミルク入りを頼む。

そうしてすぐにコーヒーがやってきて、双子は揃って口をつけ、

 

「「苦い……」」

 

と言った。案の定というか、やはりというか。

ちょうど千尋のが時間差でやってきたのでそれを差し出し飲ませたところ、また二人揃ってこれなら飲めると、女給にミルクを入れるように頼んでいた。

 

「それで?なんの用だ」

 

「あ、ああ…‥俺たち、あんたに礼を言いたかったんだ。なぁ」

 

「うん。命懸けで僕たちを守ってくれた人にお礼を言わないって、やっぱ罰当たりだし、不義理だよね」

 

「…‥いい親に育てられたな、お前たち」

 

「当たり前だろ?自慢の二人だ」

 

千尋は珈琲に口をつけ、一息ついた。

 

「お前たちはこれからどうするつもりだ?木こりに戻るのか?」

 

「いや、俺たち鬼殺隊に入ろうと思ってるんだ」

 

千尋は目を見開き耳を疑った。

あれだけのことを経験してもなお、鬼殺隊に入りたいと思うとは見上げた精神力だ。

 

「貴様らはまだ十かそこらの子供だ。学校に行き、友を作り、夕方まで遊び呆けるのが普通だ。産屋敷殿…ああ、鬼殺隊の最高指揮官だ。で、その方に支援を申し出れば、一生涯は無理だが、里親くらいは探してもらえる。そこでひっそりと暮らせ」

 

「それじゃあダメなんだ。一人でも多く、鬼に殺される人を減らさないと」

 

「僕たちは運良く橘さんが来てくれたから助かったけど、そうじゃない人はいっぱいいる。僕たち、しばらく蝶屋敷にいたから知ってるよ。鬼殺隊は人手不足なんでしょ?」

 

「確かに鬼殺隊は慢性的な人手不足に悩んではいるが、子供の手を借りるほど堕ちてはない」

 

千尋は二人の入隊に断固反対だった。

子供が入るには危険すぎる世界というのもそうだが、そもそも時透兄弟は平和な日常を手にしているのだから、それにしがみついていれば良いと千尋は思っているからだ。

 

「わざわざ危険な世界に飛び込むな。お前たちは真っ当な教育を受けられる。なぜその機会を自ら逃す」

 

「僕たちは一人での多くの人に幸せを築いて欲しいだけなんです」

 

「その為には自分の人生はどうなっても良いと?馬鹿も休み休み言え」

 

「けどそれを言うならアンタもだぜ。アンタ、俺たちと四つしか変わらないんだろ?」

 

「ああ、四つ()だ」

 

わざとらしく歳の差を言ったところで、千尋はもう一度珈琲を飲んだ。

双子のためにミルクを入れてもらったが、千尋はいつからか珈琲にミルクを入れなくなった。別に珈琲を日常的に飲んでいるわけではないが、いつからパタリとミルクを入れることはなくなった。

 

詳しい年月は覚えていないが、一年ほど前にはすでにミルクを入れていなかったはずだ。

そればかりか、最近は苦味や甘みが感じづらくなってきていた。蝶屋敷の台所番の神崎の料理にも、温かい以外の感想が出てこなくなった。

 

危険な世界に身を置くことのストレスが味覚に影響を及ぼしたのか、それともなんらかの病気にかかったか。

いずれにせよ、まだ双子は幸せになれる。料理をうまいと言える。

 

その幸せを自ら手放す理由が、千尋にはわからなかった。

 

「第一、なんでアンタは鬼を狩ってるんだよ」

 

「私は恩返しがしたいんだ。こんな私をここまで育ててくれた国に忠義を返す。それが私が鬼を狩る理由だ」

 

「なんだよ、俺たちと大して変わらないじゃないか」

 

「立場が違うだろ、立場が。お前たちは一般市民、私は鬼殺隊員だ。まぁ、私も最初は金のために鬼を狩っていたがな」

 

千尋とて鬼殺隊の人手を増やしたくないわけではない。

鬼殺隊の慢性的な人手不足は紛れも事実であり、長年鬼殺隊が頭を抱える問題でもある。

 

だが子供を戦場に立たせるほど鬼殺隊は非人道的ではない。

それになにより、子供を第一線に送ったところで、すぐ死ぬことは目に見えている。

 

「お前たちが戦場に来たところで被害状況は変わらん。大人しく一般教育を受けろ」

 

「でも!」

 

「でもじゃない。これからの時代は学力がものをいう。学力がないものは基本的に危険な職につかざるを得ないだろうな。わかったらさっさとアイスクリンを食べて産屋敷殿への支援申込書を書くぞ。文字くらいなら教えてやろう」

 

 

 

☆★☆

 

 

あの後、結局千尋に説得された時透兄弟は産屋敷耀哉に支援を申し込み、里親に引き取られた。

時透兄弟と知り合って、二ヶ月余りのことだった。

 

別に悲しくはない。むしろ誇らしいとも思っている。

かけがえのない二人の子供を、離れ離れにすることを事前に防げたのだ。千尋が鬼殺隊に席を置き続ける理由の、より多くの日本国民の幸せを実現できたのだ。

これ以上幸せなことはそうないだろう。

 

千尋は上機嫌に街を歩いた。

階級が甲に上がり柱に近づいたというのもそうだが、時透兄弟から近況報告の手紙が届いたのだ。

それにどうもこの手紙、本人が書いたようなのだ。数ヶ月数週間前まで文字も読めなかった子供が、ついに手紙を書くまでに至った。その上、手紙を読むに、なんと四則演算までできるようになったらしく、十分な教育を受けることができているようだ。

 

この時代、十分な教育を受けることがどれほど恵まれているのか、千尋はわかっていた。

あれほど教育を受けろと口酸っぱく言ったのは、二人のことを思ってのことだった。

 

手紙では東京郊外の家に引き取られたとあったので、もしかすれば会えるかもしれない。

今度会えればまたアイスクリンかパンケェキくらい買ってやろう。そう思っていたら、

 

「橘さん!」

 

「あ、ほんとだ!橘さん!」

 

「おう、時透兄弟。息災か」

 

噂をすれば影とはよく言ったもので、かつて珈琲とアイスクリンを食べさせた店の前で二人とばったり出会ったのだ。

蝶屋敷で出会った時は心配そうな顔で、目の下に軽い隈があったのだが、今では子供ような眩しい笑顔でこちらに向かってきている。

子供の成長度合いはその時代その国を象徴しているといっても過言ではない。この笑顔は、日本という国の豊かさを物語っているかのように千尋には思えた。

 

「橘さん、任務に復帰したんだって?」

 

「ああ、ちょうど今帰りだ」

 

「すごいや!橘さん、甲に出世したんでしょ?!柱一歩手前じゃん!」

 

「ふふふ、そうだ。すごいだ……まて」

 

自慢気に二人に出世を自慢しようとする千尋だったが、あることに気がついた。

この二人が、なぜそのことを知っているのだろうか。

 

基本的に鬼殺隊のみならず、階級社会で個々人の昇格降格というのは外部に漏れることはあまりない。

別に情報規制を敷いているというわけではないのだが、階級の昇降格などその組織内で完結することが多く、ましてそれが政府非公認の鬼殺隊のならなおのこと。

 

確かに千尋は二人と定期的に文通をしているが、昇格したのは3日ほど前の話であり、まだ双子には話していない。

それなのに、どうしてこの二人が知っているのだろうか。

 

千尋は、恐る恐るに二人に聞いた。

 

「お前たち、どこからそれを……」

 

「えー、そんなの決まってるじゃないか」

 

「そうだよな、無一郎。決まってるよな」

 

 

 

 

 

「「俺/僕たちが鬼殺隊に入隊してからだよ」」

 

 

 

 

 

この日、千尋は機嫌が急転換し、腹いせに喧嘩をふっかけてきたしのぶをボコボコにした。




時透兄弟
鬼殺隊の藤の家に引き取られた兄弟。鬼殺隊に入ることを目標に死に物狂いで鍛え、学校にも通っている努力家。最終選抜をきっちり無傷でパスし、無事鬼殺隊に入隊した。
刀を腕はまだまだだが、学力で言えば隊士の中で十本指に入る。現在の階級は壬。
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