帝国の鬼狩り   作:ひがしち

42 / 45
第二十話 最終決戦 弐

鬼舞辻無惨が産屋敷邸を襲撃する数日前。

 

「……橘か」

 

いつものように自邸で鍛錬を行っていた悲鳴嶼は、付近の木の影に鬼の──太陽が出ているのに鬼の気配がするということは、そういうことだろう。

 

「そのまま続けてくれ」

 

「……どうして今姿を現した」

 

「緊急の用事なんだ……産屋敷殿に関することでな」

 

産屋敷という言葉に、思わず悲鳴嶼の腕に幾つもの太い血管が浮かぶ。

 

「……御館様に関すること?」

 

「近々、産屋敷殿の屋敷に鬼舞辻無惨が襲撃に来るという話は聞いただろう。その通りだ。どうやっては知らないが、既に産屋敷邸の場所は鬼に割られてると思っていい」

 

「その話は……もうするな」

 

「やはり知っていたな。なら、どうやって産屋敷殿が鬼舞辻を迎え撃つか知っているか?」

 

ピクリとまた腕がはねた。

 

「自爆だ。今、大量の火薬が産屋敷邸に運び込まれてる」

 

「な!」

 

「私は情報将校だぞ。不審な火薬類の動きくらいすぐ追える」

 

悲鳴嶼は後になって知ることだが、千尋は帰国して以来、なにかに使えるのではないかと、火薬を取り扱う店に情報網を構築していたのだ。

 

全国各地、特に関東圏の火薬や爆薬の動きは全て二時間ほどで千尋の耳に届くようになっている。

 

「手引きしているのは宇隨だろうが、宇隨は何に使われるか知らない。なぁ?」

 

「……ああ、俺はてっきり兵器か何かに使うんだと思ったが……どうも違うらしい」

 

悲鳴嶼は気配を全く感じさせなかった宇隨の登場に内心驚いた。だがなるほど、ここまで来れたのは宇隨の手引きあってか。

 

「運び込まれた爆薬類は屋敷丸々吹っ飛ばすには十分な量だ」

 

「それを知って、なぜ止めん……!」

 

「量が量で、産屋敷殿はしっかり金を払った。そうなれば、大佐の私でも火薬を取り上げることは難しい。問題は、その爆薬からどうやって産屋敷殿を守るか、だ」

 

大量の爆薬が一斉に起爆したら……千尋ですら想像がつかない、途方もないエネルギーが生まれるだろう。

 

そうなれば爆心地にいる産屋敷は言うまでもなく、少なくとも1kmは離れなくてはいけないというのが千尋の予想である。

 

だが当然、1kmも離れるまで、鬼舞辻無惨が黙っているとは思えない。

もし爆心地から1km以上離れられたとして、それにはもれなく鬼舞辻がついてくるだろう。

 

その上、仮に鬼舞辻と爆心地共に離れられたとしても、鬼舞辻から見れば1kmなんて目と鼻の先である。

 

「産屋敷殿が爆心地から1km離れるまでなら、八咫烏だけでどうにかなる。だがそこから先は、鬼殺隊の力が必要だ」

 

「……何が必要だ」

 

「早い話、柱たちの刃を私に向けさせないでほしい。柱たちの邪魔があっては、私たちは満足に動けない」

 

「……信じていいんだな?」

 

「ああ、私は人生の半分を日本人ために捧げてきた。私を信じて欲しい」

 

悲鳴嶼は考える。

 

たしかに彼の言うとおり、彼は人生の半分を鬼狩りに費やし、青春を戦場で過ごした。

それは全て、平和な日本を取り戻すため。

 

……信じるに値するだろう。

 

「では詳しい作戦は珠世殿と愈史郎を通して伝える」

 

私はこれで、と去ろうとする千尋を、宇隨が止める。

 

「鱗滝と栗花落という隊士をどうするつもりだ」

 

「……どうもせんさ。なぜその質問を」

 

「栗花落はお前の帰還を待ち、鱗滝はお前に撃たれている。嫁入り前の娘だぞ」

 

「……私は栗花落の管轄をもう三年も前に外した。私と栗花落は何の関係もない。鱗滝は……申し訳ないことをしたと思っているが、その件については不問となったと聞いているが?」

 

千尋の追跡を中止するか続行するかを決める会議において、重要な議論の的となったのが、千尋が真菰を撃ったという点であった。

 

追跡中止派は、彼は鬼殺隊士を傷つけていない、それはまだ彼が仲間である証明だと語ったが、それを実弥が真菰を出して反論。そんなことがあったのかと、中止派は押し黙るしかなかった。

 

だがここで、口を開いたのはまさかの冨岡である。普段喋らない、重要なことすら喋らない冨岡が口を開いたのだ。

そしてなんと言ったかと言うと、「真菰は無視した」とだけだった。

 

なんのことかさっぱりであったが、ああとしのぶが合点。

 

「真菰さんは直属の上官である冨岡さんの指令を無視し、花柱の捜索に行った、ということですね」

 

と解釈。冨岡も首を縦に振っているのでそういうことだ。

 

だからなんだと言おうとした実弥はハッとする。

 

“丙以上の階級の者には隊律違反者をその場で裁く権限が与えられている”

 

上級階級者の命令違反は明確な隊律違反である。

 

この『裁く権限』というのは隊律には明文化されておらず、裁きが適切かどうか、議論するのは柱たちの仕事であるのだ。

 

──そう、裁く権利があるのだ。

 

さらに件の会議は、花柱の追跡を止めるかどうかの会議。つまり、千尋はまだ花柱なのだ。

 

銃撃はどうやっても過激であったため、千尋には一ヶ月の減給が言い渡されるが、千尋からすれば微々たるものである。

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

「質問の意図がわからんが、私が言えるのはただ一つ。勝てば全て終わりだ」

 

それだけ言って、千尋は今度こそ姿を消した。

残った宇髄と悲鳴嶼は一切喋ることなく、同じことを考えた。

 

「……何がお前をそうさせる」

 

呟やいたのは宇隨か悲鳴嶼か。分からないが、その数時間後に愈史郎が現れた。

 

 

 

☆★☆

 

 

最終決戦が始まり、大規模な戦力が鬼の根城──仮称を無限城──に引き込まれた。

 

無限城に行き着いた方法はただ一つ、上弦の参である鳴女の血鬼術である。故に人間側から無限城に攻め込むことは不可能であり、それ即ち補給線の断絶を意味している。ただ幸いなことに、外部との連絡手段は存在しており、それによって鬼殺隊と産屋敷はある程度の連携が取れており、戦死者を少ない数で抑えていた。

 

無論──と栗花落カナヲは思う。その『少ない戦死者』に自分と師である胡蝶しのぶが入らない保証などどこにもない。

大勝利という形で終わった刀鍛冶での戦いでも、戦死者は出ているのだ。

ただ一心不乱に他の隊士との合流を目指して走る栗花落は、前を行くしのぶに尋ねる。

 

「師範、鴉はなんと?」

 

「この先、もう三分ほど走った先に隊士が固まっているそうなので、それに合流します」

 

外部との連絡手段というのは、他でもなく鎹鴉のことである。愈史郎の血鬼術により、視界やその他の感覚を鴉と司令である産屋敷と繋げることができ、現場の生の感覚を産屋敷が感じ取ることで作戦を随時更新、それを鴉が可能な限りの隊士に、とりわけ柱たち上級隊士らを中心に伝えていた。

 

人間側が有利、今日こそ勝てると言う雰囲気が流れる。

その時、腹に響く爆音に続き、襖を蹴破って鬼が二人の前に現れた。

 

目には上弦の陸の文字。

 

「っな!上弦!」

 

栗花落が警戒の声を上げ、しのぶが抜刀する。

この局面で上弦を補充する暇があったとは──上弦の伍は恐ろしい呻き声を上げながら、手に持っていた隊士の死体を貪り、今度は栗花落達に目を向ける。

 

血鬼術 乱撃爆破

 

鬼の血気術は爆発する血をばらまくことで、無限城全体が揺れているのではないかと思うような爆発がいくつも続く。ここは一時撤退か、そう思ったが、身体が勝手に動いていた。

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

連続して怒る爆発の合間を蛇のように縫って進み、桃色の刃を上弦の陸の首に滑らせる──と、

 

「──え?」

 

栗花落は思わず間抜けな声を出した。あまりにも呆気ないほどに──上弦の陸の首が飛んだ。

初めは半天狗のような分裂する鬼かと思ったが、上弦の陸の身体はその名に不相応に灰になって消えた。

 

「し、師範……」

 

栗花落は恐る恐るしのぶの方を振り返る。今起きたことが信じられなかった。

するとしのぶはいつものニコニコとした笑みを浮かべながら、彼女の頭を撫でる。

 

「よくやりましたカナヲ。おそらく、今のは鬼舞辻無惨によって無理矢理上弦に上げられた鬼でしょう。しかし、上弦であることには変わりありません。強くなりましたね、カナヲ」

 

「師範……!」

 

栗花落は嬉しさで胸をいっぱいにした。上弦を殺せたことではなく、褒められたことだ。

優秀な彼女は褒められることの方が多かったが、それでもやっぱり、敬愛するしのぶに褒められるのは格別だ。

欲を言えば、今の現場を敬愛する兄弟子にも見てもらいたかったし、褒めて欲しかったが、それを言うとしのぶが複雑な顔をするのでやめた。

 

「行きましょうか。早く合流しないと隊士たちが危険です」

 

「はい!」

 

二人は固まっている隊士たちと合流を試みた。

周囲の景色に目をこらす。先程の上弦の鬼がばらまいた爆発のせいでボロボロの床や壁、鬼や人の姿は一切なく、あるのはずっと遠くから聞こえる銃声だけ。

所々に、軍服を着た男たちがミノムシのように宙に吊るされていた。後で知ったことだが、それは近衛兵で、司令部庁舎襲撃の際に行方不明になっていた近衛兵たちらしい。その袖からはおびただしい数の傷があり、死ぬまで拷問されていたことを知った。

 

「遺体の回収は隠がやってくれます。私たちは気にせず行きましょう」

 

そういうしのぶだったが、やはり彼女もチラチラとアレを見ていた。

気がかりなことがあったのだ。人を食らう鬼の根城にああやって死体が放置されるとは考えずらい。では何かあったのだろうか。そう考えていたら

 

「止まって」

 

しのぶが急に顔を引き締めて足を止めた。

仕草に促され、栗花落は日輪刀ではなく、予備の短刀に切り替えた。

同時に、多くの足跡が床にあることに気がつき、それが角を曲がった先まで続いていることに気がついた。鬼殺隊支給のブーツではない。

 

壁に背をつけてジリジリと曲がり角に接近し、その向こうへ刃と共に半身を覗かせた。

しかし刃を刺す前に、言葉が聞こえてきた。

 

「なんだ、鬼殺隊士か。私は陸軍兵だ」

 

「陸軍兵?」

 

「ああ、第一歩兵聯隊だ。こっちへ。仲間がいる」

 

陸軍兵は拳銃をしまうと、暗闇に二人を招いた。

 

「どうして陸軍兵がこんなところに?もう陸軍と鬼殺隊は協力関係にないって……」

 

「それは噂話だ。それに一昨日の夜、陛下が裁可が下し遊ばされた。我々は今夜、鬼を滅ぼす。君たちと協力してな」

 

兵士の一人が襖を開けると、そこには少し広めな空間が広がっていて、そこに陸軍兵が所狭しと座って何かを一心に貪っていた。

 

「これは?」

 

「支給された缶詰だ。おい、また作ってくれ」

 

兵士たちは新たに来た二人を見るなり、野戦用コンロに火をつけ、綺麗な琺瑯容器で器用に料理を作った。

乾燥肉と魚、それに大豆とサツマイモを贅沢に油で炒める。

果たしてそれをなんと呼ぶべき料理か分からなかったが、三分とかからずにそれは完成した。

 

「食べるといい。そうじゃないと最後まで持たない」

 

「……師範」

 

「……カナヲ、いただきましょう。せっかくのご好意なんですから」

 

二人用に開けられたスペースに座ると、渡された新品の箸でそれを食べた。美味しくはなかったが、不味くもない。恐らくこれが、野戦食というものなのだろうと、栗花落は思った。

だがそうでもなかったらしい。

 

「二人は運がいい。本当ならこんなに食べられない」

 

先程警戒に出ていた男から、そう聞いた。なんでも作戦行動中の食事など、缶詰ひとつを二・三人で分け合うことも珍しくないと。

つまりこれは、節約を意識した野戦食などではなく、最終作戦に向けた最後の晩餐であった。

それはこれが最終決戦であり、勝っても負けても、これが最後の夜になるということを意味している。

 

「この缶詰の肉は美味いんだか美味くないんだか分からんが、味が濃いのが助かる」

 

「これ……英語ですよ?陸軍で使われてる缶詰じゃ……」

 

缶詰に英語でスパムと書かれているのを栗花落が見つけ、男に尋ねた。

 

「ああ、アメリカからの輸入品……正確には寄贈品だ。今、日本の国際的地位は鰻登りに上がっている。日本に協力したい、仲良くしたいと思う国は少なくないんだ」

 

欧州大戦での日本軍の猛烈な進行を見て、世界各国は恐れをなしていた。ユーラシア大陸における武力均衡、太平洋の平和、アジア諸国の独立。世界では希望や不安が複雑に絡み合っていた。

 

だが千尋が世界の英雄であることに変わりはない。

最終決戦前、千尋は各国の大使館に直筆の手紙を送っていた。内容は勲章を返すから食料を送って欲しいというものだった。

 

勲章というのは自分が勇敢に戦った証、当然、勲章には金銭的価値は無いわけだが、何ものにも変え難い名誉であった。それを返上し、代わりに食べ物が欲しい。わずか十八の少年がそう言ってきたのだ。

各国政府はすぐに莫大な軍用食料を送り、同時に千尋はほとんどの勲章を失った。

 

「みなさんはどうやってここに?」

 

「訓練中の私たちだったが、いきなり足元に障子扉が現れたんだ。そうして、気がついたらここに」

 

「……第一歩兵聯隊は刀鍛冶での戦いに呼ばれた混成軍隷下の直轄部隊です」

 

「だから……」

 

栗花落は納得したような表情を作った。

するとそれと同じくして、また別の兵士が襖から現れ、先程しのぶたちが合流しようとしていた隊士の塊を引き連れてきた。

 

「あ、蟲柱!!」

 

「柱!?柱がいるのか!」

 

「助かったぁ〜」

 

「ここはどこですか!?」

 

「なぜ陸軍がここに!?」

 

「他の柱の方々は無事ですか!?」

 

隊士たちはしのぶの顔を見るなり一斉に質問をぶつけ、少し不安に思うしのぶも、精一杯の笑みを浮かべた。

 

「みなさん、落ち着いてください。ここは鬼の根城、仮称を無限城と言います。ただそれ以上のことは分かりません。それで、こちらは協力関係の陸軍の兵隊さんたちです。私たちは兵隊さんからご飯をいただきました。皆さんの分もあるそうなので……よろしいですか?」

 

「ああ、まだ沢山蓄えはある。飯にしよう」

 

陸軍兵らが背嚢から大量に缶詰を取り出し、また同じように飯を作ると、新たに合流した隊士らは腹を鳴らした。

 

飯を食うと、苛立ちや不安といった感情は吹っ飛び、安寧の空気が流れ出した。

 

「皆さ〜ん、食べ終わったら兵隊さんたちにお礼を言いましょうね。陸軍第一歩兵聯隊の方々ですよ〜」

 

「「「「「「はい!!」」」」」」

 

──カランカラン

 

隊士たちの威勢良い返事に混じり、缶詰が落ちる音が無限城に響く。

そちらの方を見ると、一人の隊士が呆然と立ち尽くし、足元には缶詰が力なく転がっている。

 

「どうしました?」

 

しのぶが駆け寄ると、その隊士は青ざめた表情で呟くように喋る。

 

「胡蝶様、俺は元陸軍兵です……第一歩兵聯隊の所属でした」

 

その瞬間、隊士は顔の色を変え、叫ぶ。

 

「俺がいたのはたった二年前だ!一聯隊にお前らみたいな顔なかった!お前ら、本当の所属はどこ──」

 

だが隊士の叫びは、最後まで発せられることはなかった。

いつの間にか、自称一聯隊はサブマシンガンの銃口をこちらに向けていたのだ。

 

「さ、三八式じゃない……お前ら、八咫烏か!何が狙いだ!!まさか本当に御館様の首を狙っているのか!?」

 

「……そのくだらん噂話を信じるのはよせ。いいか、勘違いするなよ。私たちはお前たちの仲間という訳ではない、鬼の敵というだけだ」

 

「……俺たちをどうするつもりだ」

 

「こんな状況だからな。拘束はしない。だが我々の存在をバラされると面倒だ。行動を共にしてもらうぞ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。