帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第二十話 最終決戦 伍

無限城での戦いは、概ね人間有利にことが進んでいるものの、死者の数はどんどん膨れ上がって行った。

 

だが千尋たちは止まらない。止まれる場所にいないのだ。

 

千尋と目を覚ました炭治郎は、無限城を二人で駆ける。

 

「……いるな」

 

その前方には、上弦の伍。

服は……近衛兵だ。

 

「通サンゾォ!!」

 

「……赦せ……」

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

千尋と炭治郎の阿吽の呼吸の足運びは、伍をあっとさせ、あっという間にその首を落とした。

 

「あまり強くありませんね」

 

「まぁ下弦程度の力を持たされ、さらに無理やり上弦に引っ張り挙げられたのだろう……渋谷伍長か」

 

千尋は伍の階級章を剥ぎ取ると、隊服の内ポケットに入れた。

千尋は殺した近衛兵のもの全てを取っているので、既に内ポケットはパンパンだった。

 

「残っている上弦は壱と弐と参のみ……貴様が気を失っている間に、肆は我妻が倒したようだ」

 

「え!?本当ですか!?」

 

「ああ、今治療中だそうだ」

 

新しい上弦の肆……獪岳は、雷の呼吸桑島一門の継承権を持つ我妻善逸の兄弟子であった。

壱ノ型が基礎となる雷の呼吸使い手にして、壱ノ型のみが使えないというけったいな隊士で、性格についての悪評は千尋もよく耳にしていた。

 

以前我妻の調査に向かった際、千尋には礼儀良くしていたが、その実、弟弟子の我妻には酷く当たっていたと。内気な性格の我妻はろくに反抗はしなかったようだが、この戦いでその因縁を見事に自らの手で打ち切ったようだ。

 

「我々も先を急ぐぞ。早く他の柱と、冨岡辺りと合流したい」

 

「は、はい!」

 

炭治郎は知りえない話だが、この無限城の外、つまり地上では日本軍が国家総動員体制で待ち構えており、日本のどこで鬼が暴れだしても対応可能な状況であった。

 

だが望まれるのは短期決戦。国家総動員体制はそう長くは続かない。

陛下が裁可を下し遊ばされたとはいえ、日本国民の混乱やロシアの南下政策を恐れ政府はこの戦いに決着が着くまでは公表をしないと決断。

 

故に、望まれる決着は三日以内。そのためには、まず鬼舞辻を地上にたたき出す必要があった。

 

「他の皆は無事なんですかね!?」

 

「どうだろうな。柱の死亡報告はまだ来ていないし、他のものの死亡報告私たちには知らせられない」

 

残酷な話だが、柱以外の隊士の死は、多数の死としてカウントされ、隊士の家族以外には基本的に知らされない。

多数の死を知られては、士気の低下に繋がるからだ。

 

「我々がまず真っ先にすべきことは、同志たちの死を悼むことではなく、屍を超えて鬼舞辻を殺すことだ」

 

「……はい」

 

千尋の物言いに、炭治郎は少し俯いた。

そんな炭治郎に千尋は下を向くなと激を飛ばし、変わらず走り続けた。

 

「止まれ」

 

そんなとき、千尋が足を止めた。

目の前には一枚の襖しかなく、なんの異変もないように見えたが、千尋にはなにか感じ取れたらしい。

 

「構えろ」

 

言葉に促され、炭治郎は抜刀し、生唾を飲んだ。反対に千尋は刀ではなく拳銃を抜き、接近戦に備える。

 

「ふん!!」

 

炭治郎は、千尋が蹴破った襖に揃って部屋に突入した。

 

「……ここは」

 

「陸大の教室だな」

 

炭治郎は知らないが、襖の先は陸大、陸軍大学校の教室を模されていた。

異常ないか、と当たりを見渡していると、炭治郎の鼻は異物の匂いを嗅ぎとった。

 

「誰だ!!」

 

炭治郎は教室の隅に向かって怒鳴った。

すると、鬼の血鬼術であろう。全く何もなかったところから、六体の鬼が現れた。

 

近衛兵の制服。一人は将校の制服を着ていた。

その将校の瞳には上弦の弐と刻まれている。

 

忘れもしない、忘れるはずがない。あの忌々しき記憶。

 

「気をつけ!!橘大佐にーーー敬礼ッ!!」

 

短節にして明瞭な指揮と、一糸乱れぬ行動は見事なものだが、今の千尋には、それがこれ以上ない侮辱に感じた。

 

「……貴様か」

 

千尋の声は、思いのほか冷静であった。

 

「橘大佐殿!!よくぞお越しくださいました!!ここで貴殿は戦死され、正式に私が後任を拝命致します!!」

 

「何をふざけたことを……」

 

千尋は炭治郎を片手で制し、一歩前に出た。

 

「竈門、手出し無用だ……畑中少尉。ひとつ聞きたいが、貴様なぜ、朝敵鬼舞辻の元に下った分際で、何故まだ近衛兵の制服を着ている」

 

「っは!それはまだ私が近衛兵だからです!!」

 

「三人の将官を殺しておいて何を言うか……私は貴様を殺して先に行く」

 

「残念ですが、ここを通るには我々と死命を決する必要があります」

 

「……そうか」

 

千尋は一度目を瞑り、息を吐いて再び目を開ける。轟々と燃えたぎる眼は、過去との永訣を物語っていた。

 

「竈門、動けるか?」

 

「はい!」

 

「なら走って八咫烏たちと合流しろ。ここは私一人だ」

 

「はい!……え?」

 

思わず炭治郎は聞き返す。

 

「ここで戦うのは私一人だ」

 

千尋は日輪刀を抜刀すると、それから一切炭治郎を見なかった。

 

炭治郎は千尋の意思を汲んで、走り出す。それを有馬以下が追うが、千尋はそれを見向きもしなかった。

 

千尋と畑中の二人は奇妙な間を取りながら、陸大の教室内を巡回し始めた。

 

「畑中。私にはどうしても分からぬことがある。死命を決する前にその事を問おう」

 

「どうぞ」

 

「貴様はまだ自分が近衛兵であると言ったな。私の生家には家訓がある。『皇子ニ仕ウルモ武家ニ仕ウルコトナカレ』……故に、私は産屋敷殿ではなく、御皇室に忠誠を誓っている。そこで聞きたい。鬼舞辻無惨(武家)に仕える気分はどうだ?」

 

千尋は目線を畑中から外さなかったが、畑中は千尋を見て、床を見て、黒板を見ている。

落ち着きがないと言うより、まるで出身である陸大の教室を懐かしんでいるような目だった。

 

そして足を止め、口を開いた。

 

「天皇陛下におかれましては」

 

その声を発し、畑中は姿勢を正す。もちろん千尋もだ。

 

「我が大日本帝国の象徴、大東亜の父として君臨して頂きたく。その御命、永遠に」

 

「……永遠に?」

 

訝しむ千尋に、畑中はニヤリと笑い、大きく息を吸って叫ぶ。

 

「鬼の力によって皇国日本はさらなる躍進を遂げる!!」

 

「……なに?」

 

極度の怒りで歯を食い閉めたばっかりに、千尋は奥歯が欠け、日輪刀の持ち手にヒビが入った。

 

「鬼は素晴らしい生物兵器です。人知を外れた再生能力と神から与えられた異能、夜戦に特化した生態。鬼には通常の化学兵器が効かないというのもいい。人間が戦場を走っては死ぬばかりだが、鬼は永遠に走り続けられる」

 

畑中が言っていることは概ねその通りであった。

 

そのことを証明したのは、他でもない千尋なのだ。

千尋は鬼の力を利用し戦場を生き抜いた。再生能力を信じて機関銃の前に飛び出し、ガス兵器の中をガスマスクを付けずに走り回った。

 

そのことを見た日本兵や敵兵は、橘千尋という男は化け物だと思ったが、よもや鬼だとは思わなかった。

 

「外地第一線では、今なお敵と戦う三千の将兵がいます。彼らの闘志は熱烈極め止むことを知らんでしょうが、人間は闘志のみでは死んでしまう。そこで鬼の登場でしょう」

 

畑中は雄弁に語った。

日本国民は長い間、途方もない犠牲を払ってようやく鬼に対する装備を完成させた。

鬼を殺せるのは日光と日輪刀のみ。その日輪刀は、陽光山の頂上で採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石という鉱物を原料に作られており、欧州にそのような鉄は存在しない。もしくは発見に日本と同じよう時間がかかる。

つまり、欧州人に鬼を殺す術はないのだ。

 

「まずは日本を変えるところから始めましょう。今の財閥幹部や官僚達は陛下を囲い込みその権威を欲しいままにしています。陸軍大臣を通すなんて回りくどいことをせず、鬼の武力により革命を実現させ、軍事政権を樹立させる。たとえ逆賊と罵られようと、私は決起致します。そうすれば、大東亜共栄圏も現実味を帯びてきます」

 

「……この戦いは、その第一歩だと言いたいのか?」

 

「大佐は話が早くて助かります」

 

言うまでもなく、鬼殺隊は鬼にとって目の上のたん瘤。畑中が掲げる鬼による国家躍進には、どうしても鬼殺隊が邪魔なのだ。

 

「大東亜共栄圏によるアウタルキーを実現すれば、極めて不安定な世界情勢に左右されることはありません。今日本は連合国との貿易で潤っていますが、いつかその経済は瓦解します。アウタルキーを実現するには、石炭、石油、小麦、鉄鋼など様々な物資が自給できることが必要条件ですが、それらは今の日本にはありません。今の日本にないのなら他国から奪えば良いでしょう。この戦いを終えた後、日本はロシア帝国と中華民国を解体し、そこに日本の自給自足経済を実現できる最大の植民地、大東亜共栄圏を建築します」

 

「……欧州までのユーラシア大陸を支配しようと言うのか。軍人が国の政治を壟断するのは亡国の徴だ。ロシアと中国を取って何になる。あそこに攻め入ったところで今度凍え死んで飢え死ぬのは日本人だ。それが貴様には分からぬか……!」

 

千尋は以前、鈴木貫太郎から聞いた「軍人は政治に干与せざる」という明治天皇の聖論を奉じ、今日日モットーっとしてきた。

 

さらに千尋はロシアを軍事的に占領して勝利できるとは一ミリたりとも思っていない。

百年前のナポレオン戦争では、ナポレオン軍は首都モスクワまで占領したが、ロシアは広大な大地を焦土化しながら東へ撤退するだけだった。日本からロシアに攻めたところで、今度は西に逃げるだけで、日本軍もずるずると奥地に引き込まれて消耗させらられるだけだと思っているのだ。

 

それにふたつの国は日本と戦争をしたばかり。必ず同盟関係を結んでくる。今の日本に、ロシアと中国を相手取るような金も体力もない。

 

「2600000平方キロメートルの土地は我が国の発展のために必要です」

 

「その広大な土地を管理するために、どれだけの人間が必要か貴様には分からんのか。ユーラシア大陸管理のために遊ばせておくだけの将兵など、我が国にそれだけの余裕はない!」

 

「そこは革命で追い出した財閥幹部の連中に統治させる傀儡国家を作れば解決します。現にアメリカ合衆国は三十年も前にそれを実現させたではありませんか。数十年前に彼らがやったことを、今度は私たちがアジアで繰り返すだけです」

 

「巫山戯るな!そんなことをして、現地国民はどうなる!あそこに広がるのは土地と森林だけではない!二億人の国民がいるのだぞ!それだけの人数を奴隷にするほど、我が国は非情ではない!!」

 

「それについても変わりません。アメリカが新大陸でやった事を繰り返すだけです」

 

千尋はその話を聞いて、ついに我慢できなかった。

板を踏み抜くように強く、されど鞠が跳ねるように軽い足運びで接近し、畑中に斬りかかった。

 

「見下げた奴だ……大日本帝国は植民地主義の国ではない!」

 

千尋の全力の一閃は、同じく抜刀した畑中に止められる。

 

「そうですか。では新植民地主義とでも言いましょうか。まぁどっちでも構いませんよ」

 

「なんだと……ッ!!」

 

いっそう力を込めて畑中を奴の軍刀ごと叩き斬ってやろうとするが、畑中の方が力は上だったようで、千尋は下から弾かれ、胴がガラ空きに。

 

そこを畑中は狙い、逆銅に斬りこもうとするが、千尋は弾かれて崩れた体制を活かして後ろに跳躍。空中で一回転して、机の上に飛び乗った。

 

一息付く間もなく反撃を試みるが、思いの外畑中が遠くに行っていたので、深追い注意で足を止める。

 

「まさか貴様。陛下すらも鬼にするつもりか!!」

 

「ええ。鬼になり、その御命を永遠にすることで、国体護持を確固たるものとし、大東亜の支配を永続させます。そうすれば、我が君主鬼舞辻殿も、天皇皇后両陛下も、手を取り合って共に歴史を歩めましょう」

 

「ふざけたことを……!!」

 

ついに我慢の限界を迎え、再度斬りこもうとする千尋だったが、頬がばっくり割れていることに気がついた。

 

先程斬られたのだろうか。そんなことを考えたとき、傷が動いた。

 

──千尋は既に、血鬼術にかかっていた。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

柱に串刺しにされた無一郎は、身動きが取れずにいた。

刀は肩の筋ごと穿き、例えこの刀を抜き取ったとしても、もはや右腕は振れないだろう。

 

「そう案ずることはない……鬼となれば、またその傷もすぐ癒えよう」

 

しかしその傷で死んでも、お前はその程度の男だったと、黒死牟は小さく語った。

 

その側方かなりの位置に、八咫烏第二小隊の狙撃手が三八式小銃を構えていた。

距離50メートル。風なし。全国の兵士から選出された、柱にも勝るとも劣らない実力を持った優秀な兵士だ。この状況で外すわけがない──その対象が、いなくならなければ。

 

「そうは思わぬか?お前も……」

 

「──!?」

 

黒死牟はいつの間にかに、第二小隊のど真ん中に現れた。

狙撃手は一瞬でそれに反応し、黒死牟を撃とうとするが、銃が床に落ちる。いや、銃だけではない。落ちたのは銃と、狙撃手の首であった。

 

「っぐ!?」

 

不味い、小隊が壊滅する、と無一郎は力を込めて刀を抜こうとするが、筋肉の収縮で返って刀を締め付けられ、抜けなくなってしまう。

 

だが不滅の日本軍兵。仲間を殺されて臆するどころか、刀を抜いて反撃するが、

 

「ぐあぁ……!」

 

その腕も斬り落とされてしまう。

 

「一人一人が柱に匹敵する……見事な練度だ」

 

黒死牟が言い切る前に、第二小隊の面々のサブマシンガンが火を噴く。

 

絶えずサブマシンガンの弾幕を浴びた黒死牟であったが、黒死牟は身体の表面を硬化させ、銃弾の全てを弾いていた。

 

不味い、本当に壊滅する──そう、思った時だった。

 

「──私の部下に何をする!!」

 

床を踏み抜いた何か──入山曹長が登場する。

入山を一目見た黒死牟は驚愕の表情を浮かべ、第二小隊から距離を取った。

 

「その躯体……まさか……名をなんと言う……」

 

「何者?聞いたのなら応えてやる。己の名は入山、入山一二三。大日本帝国陸軍近衛師団最先任上級曹長にして宮内省特別捜査局陸軍課課長だ。覚えておけというつもりはない。戦国の亡霊に、国という概念は難しいだろうからな」

 

着地し、名乗った入山は、眼帯の奥から黒死牟を睨みつける。

 

「入山……そうか。やはり、()()()()のか」

 

途絶えた、と黒死牟が言ったのは、これで二度目だった。

一度目は無一郎が名乗ったとき。継国の名は途絶えた、と。

 

そして今回が二度目……つまり、

 

「そうだ。継国の名は途絶えたが、()()の意思は私が継ぐ。継国縁壱の無念は、私が晴らす!!」

 

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