帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第三話 栗花落カナヲ 中

暗闇に刀の軌跡が光り、少し遅れて血飛沫が飛んだ。

 

だが首は飛んでいない。千尋は刃を返し、同じ軌道で再度斬りかかるが、斬られた少女は大きく飛んで刀の間合いから離れた。

 

少女は──鬼であった。

 

「貴様ァ!よくも斬ってくれたなァ!」

 

「思いの外化けの皮が剥がれるのが遅かったな。とっとと降りて来い。その首斬り落としてやる」

 

少女──否、鬼は木の枝に飛び移り、千尋にむかって憤慨した。どうやら、自分の擬態が完璧だと思っていたようだ。

千尋は鬼を睨みつけ、再度刀を構える。

 

「あんな下級隊士に殺されるアタイじゃないよ……とっとと邪魔な鬼狩りを殺して、縁日を血祭りにあげるんだ……」

 

「おい、何をぶつぶつ呟いている。早くかかってこい。これないのなら──こっちから行ってやろう」

 

言うが早いか、千尋は瞬時に地面を蹴り、鬼に斬りかかる。

千尋は同期の中で足は遅い方で、真菰とほぼ同じくらいだが、その分反射速度が素晴らしく良い。その上動き出しが分かりにくく、真正面で対峙した時は皆口を揃えてこう話す。

 

『いつ動き出したのか、いつ動こうと思ったのか、全くわからない。動く前は殺意を全く感じなかった』

 

千尋は決して才に恵まれた人間ではない。

体躯も平均よりも少しばかり大きいくらいなもので、音柱宇髄天元や岩柱悲鳴嶼のような人外的な筋力など持ち合わせていない。だが相手の不意をつき、相手の攻撃を瞬時に読み解き、数多くの鬼を狩ってきた。

 

今回もそうだ。鬼は確実に千尋を見ていた。鬼の瞳は常に潤っていて、瞬きをしないため、文字通り千尋から目を離すことはなかった。

だというのに、気がついたら眼前まで千尋が迫り、日輪の刀が首に吸い込まれるように滑っていた。

 

──だというのに、鬼は笑っていた。

 

えも言われぬ恐怖が、千尋を襲う。

日輪刀が、鬼の首の皮を斬った、その時だった。

 

血鬼術 乱射乱撃

 

鬼の手のひらから、金属の光沢が見えた。

その瞬間、千尋は空中で身を捻り、恐ろしい勢いで射出された複数の金属片を避ける。しかし微かに掠ったのか、耳たぶの肉が吹っ飛んで血飛沫が飛んだ。

千尋は鬼が立っていた木を蹴り、他の木へと飛び移る。

 

「おーおー、よく避けたなぁ」

 

「貴様……珍妙な血鬼術を使いよって。貴様のせいで福耳がなくなったじゃないか」

 

「もともと大して福耳ではなかっただろ」

 

さっき避けられたのは、まさに奇跡だった。

もし千尋の反射神経がそこまで優れていなかったら、千尋はそのまま蜂の巣になっていただろう。散弾銃のように弾、または物質を手のひらから射出する血鬼術。それが鬼の血鬼術であった。

 

こんな血鬼術を持った鬼を人里に下ろしたらどうなるか、想像に容易い。

そもそも鬼殺隊でも勝てるだろうか。刀と散弾銃、接近戦においてどちらが強いかなど、それこそ想像に容易いことだ。

 

いや、何を弱腰になっている。

 

千尋は再度刀を構えた。

そうだ、お前は戦士だ。一度刀を抜いたのであれば、死ぬか殺すまで納刀は許されない。

 

「へぇ、今の攻撃を見てもアタイにかかってくるかい」

 

「そりゃあ、近づかねば貴様を斬れぬからな……だが、やり方を変えよう」

 

そういうと、千尋は木から飛び降り、闇夜に姿を消した。

鬼は急いで同じように降りたが、鬼の夜目を持ってしてもその姿を追うことはできず、まさに一寸先は闇といった感じであった。

 

まさか、と鬼は思う。

鬼とて全くの雑魚ではない。鬼殺隊士も食い、それなりに戦闘の経験を積んだつもりだった。

 

だがこれまで、あんな風に去る鬼殺隊士はいなかった。

あの去り方は、まだ何かをするつもりの去り方であった。

 

「……まぁいい、どうせアタイの血鬼術に勝てるわけないん──」

 

──霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海

 

鬼の身体に、無数の細かい切り傷が生じる。

暗闇の中の出来事、ほんの一秒にも満たない時間での出来事だった。暗闇からの、最も静かな呼吸での攻撃。そして一撃離脱の戦法。

言うなれば、ヒットアンドアウェイであった。

 

「な、なん」

 

──霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り

 

「ぎゃ!」

 

今度は袈裟斬りに斬られ、鬼は左腕を落としかけた。

千尋は斬った先からすぐに離脱し、音もなく暗闇に戻り高速で隠れてしまう。鬼は夜目に優れているはずなのに、千尋の動きを全く追えない。

 

──水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

言った側から攻撃が続き、鬼の右足を斬り刻む。

鬼は血鬼術を使おうにも、使えない状況であった。

 

しかし同時に、千尋も鬼の首を落とせない状況でもあった。

それは先の対面戦が理由であり、先の攻撃は完全なる不意打ちだった。殺意も、敵意も、初動の予感も感じさせない攻撃で、本当に刃が首の皮を斬るまで攻撃に気がつけない。

だが逆に、直前であれば気がつけるのだ。

 

鬼の血鬼術である乱射乱撃は取り込んだ物質物体を散弾銃のように射出する血鬼術で、コンマ2秒でもあれば、早撃ちが可能。

つまり、刃が首の皮を斬り、肉と骨を斬るまでの間に、鬼は千尋を蜂の巣にできるのだ。

 

そのことは千尋も鬼も承知。

鬼は極限まで感覚を研ぎ澄まし、千尋は鬼を細かく斬り刻むことでこの場に固定する。

それしかできないのだ。

 

それは千尋が力尽きるか、朝が来るまで終わらない。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

時は少し戻り、小屋に突撃した胡蝶姉妹。

抜刀して突撃したはいいものの、小屋を見回しても鬼らしき姿はない。

なんだか拍子抜けだと、しのぶが思ったその時だった。

 

「す、鈴木閣下ですか?」

 

「!?」

 

物陰から初老ほどの男性のものでろう声が聞こえてきた。

その声に反応してしのぶが呼吸を使おうとするが、それをカナエが制止する。

 

「違いますが、私たちは鬼殺隊……()()()()()です」

 

「姉さん!?」

 

しのぶが驚愕の声を上げる。カナエが鬼に慈悲の心を見せるのは今に始まったとこではない。むしろいつものことだ。だがここまではっきりと味方と言ったのは初めてだ。

 

「安心してしのぶ、彼、人間よ」

 

「え!?」

 

「鬼殺隊…‥」

 

声の主である男が物陰から姿を現す。

その姿は酷く見窄らしく、随分と古びた灰色の甚平にひどく痩せたその様に、しのぶは羅生門の老婆の姿を思い浮かべた。

 

「す、鈴木閣下はどこに?阿南さんは?」

 

「鈴木閣下と阿南さんが誰のことかわからないけど、ここには私たちしかいません」

 

「そうですか……」

 

男は鈴木と阿南を探していた。二人は知らないが、鈴木というのは海軍司令で、阿南というのは陸軍幹部だ。

 

「姉さん、どういうこと?この人が鬼なんじゃないの?」

 

「しのぶ、鬼は外の女の子よ」

 

「なんでそう言い切れるのよ」

 

カナエはその問いに返す。千尋がそう言っていたからと。

 

その返答にしのぶは激怒し、ありえないと言ったが、それは紛れもない事実であり、覆しようのない真実であった。

だがそれではしのぶは納得しない。彼が帰ってきたら問い詰めようと、しのぶは決めた。

 

「……そう。それで?なんでこんな場所に?」

 

「……娘に監禁されていたんです。自分のことを鬼狩りにバラさないようにと。人里離れたこの小屋に」

 

「娘に…監禁……」

 

「私は……わ、私が……もっと早く鬼狩り様に話をつけていれば、こんなことにはならなかった……」

 

男は次第に大粒の涙を流しはじめた。

後悔や自責の念、罪悪感などの涙であり、二人はかける言葉が見つからなかった。

 

「鬼狩り様!どうかお願いします!娘を斬ってくださいッ!あの子に父親らしいことは何一つしてやれなかった駄目親父としての最後の願いですッ!どうか娘がこれ以上罪を犯さないよう!お願いしますッ!」

 

男は二人に向かって勢いよく地面に伏し、頭を下げて願う。

何度も何度も、いい年した男が、まだ成人もしていない生娘に頭を下げる。どれほど惨めかなんて男が一番わかっている。

 

貧しい生まれである男は、必死に日銭を稼ぐ毎日だった。それ故に妻と娘にも贅沢どころか文化的な生活は送らせてやれなかった、父親としては最低な男の、最後の願い。

 

「……分かりました。外で私の部下が既に交戦しているはずです」

 

「……ッありがとうございます!」

 

男はまた額を地面に擦り付けた。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「……まずいな」

 

木々の間から月を見上げる。先ほどまでは厚い雲に隠れていた月が、雲の隙間から見え始め、そに月光が地上に降り始めた。

 

「やるしかないか……ッ!」

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

「ぎゃッ!」

 

鬼の視覚外から斬りふせる。足の運びで動きに緩急をつけ、動きそのものを悟らせない霞の呼吸は不意打ちの戦法にとてもあっている。

だがこうも月光で周囲が見やすくなった今、もはや潜んで不意打ち狙いは極めて難しくなった。

 

それでも千尋は不意打ちを選ぶ。

少ない力で強大な敵を倒す時は不意打ち、ゲリラ戦と相場が決まっているからだ。

 

それに通常の千尋の戦い方は最初から不意打ち気味なのだ。だから、ゲリラ戦などお手のもの、鬼は気付かぬうちに斬られていく。

 

そのはずだった。

 

「くそっ、もう学習し始めたか」

 

鬼の反応速度が、徐々に良くなっている。

千尋がどのタイミングでどの方角からどのようにして斬り込んでくるのか、学習し始めたのだ。それに加えてこの月光。長期戦は鬼が有利になる。

 

きっとこれが、最後の攻撃だ。

成功すれば鬼が死に、失敗すれば千尋が死ぬ。文字通り最後の攻撃。元々命をかけて戦う職業、どのみちチンタラ斬っている暇はなかった。

 

(覚悟を決めろよ、橘千尋──)

 

「──千尋兄さん?」

 

──この攻撃を避けられたのは、まさに奇跡だった。

 

土埃を吸い込むほど地面の近くに伏せ、すぐ上を恐ろしい速度で通過する金属片の音を聞く。

神崎に預けたはずの栗花落が、なぜかここにいる。

 

そして、不味いと思った瞬間にはもう遅かった。

すぐに顔を上げ、栗花落の声の方に顔を向けると、すでに鬼は栗花落の後ろを取り、手のひらを彼女の後頭部に突きつけていた。

 

「武器を捨てろッ!」

 

「貴様ァ……ッ!」

 

栗花落が人質に取られたと悟った瞬間、千尋はまるで怒髪天を貫いた。

鬼神の如く怒りようで、殺気だけでも肌が針を刺すような痛みに襲われる。

 

「その子を……!!盾に使うなッッ!!」

 

千尋は怒りのあまり口の端々が切れて血が出るほど大口を開けて叫ぶ。

 

「離れろォッッ!!」

 

大股で近寄る千尋だったが、鬼は血鬼術を使い、千尋の太ももの一部を吹っ飛ばす。それでも千尋は歩みを止めることなく近づいた。

だが足を二回撃たれたところで、ついに千尋は倒れた。

 

「この子娘を挟んで戦いたいならかかってきなッ!!」

 

鬼は叫んで挑発するが、千尋はただ黙るだけ。

ただ黙るだけしかできない様が、なんとも情けない。鬼は頑として栗花落を離すつもりはないらしい。

 

千尋は自分と栗花落を天秤に乗せた。今後、日本のために生きられるのはどちらだろうか。

……間違いない。輝かしい未来が待っているのは、栗花落のほうだ。

 

「分かった……刀を置くからその子を離してくれ」

 

「兄さん…!」

 

「安心しろ栗花…カナヲ。頼む、その子に見せるな、遠くへ連れっててくれ」

 

「いいだろう」

 

千尋は刀を置き、両手をあげて鬼に近づく。

もはやこれしかない。

 

だが千尋は生存を諦めていなかった。

きっと鬼は、千尋を殺したあと栗花落も殺す。そして祭りに来ている無関係な人も殺すだろう。それを防ぐには、千尋が生還し、鬼を殺す他にない。

 

(何かないか!?なんでもいい!状況を打開できるようなものは!)

 

視界に入るもの──落ち葉、小さめの岩、小枝、木──銃を構える阿南と石原。

 

「……は?」

 

その瞬間、パァンと乾いた銃音が響く。

続いて鬼の前頭葉辺りに穴が開き、脳漿が飛び出す。そしてまた銃声が響き、鬼の顔に穴を開けた。

 

「鬼殺隊!今だ!走れるならこっちに来い!」

 

「ッ!」

 

阿南の怒鳴り声を聞いた千尋はまるで弾かれるように走り出し、鬼が怯んでいる間に栗花落と刀を回収し、阿南と石原がいる大木に滑り込んだ。

 

「辱い!」

 

「貴様で全員か?!」

 

「ええ!」

 

「では一旦退け!散弾相手に拳銃では太刀打ちできない!石原!ついて行け!援護する!」

 

「はい!」

 

阿南は太い木の幹から半身を出し拳銃を撃つ。

その隙に千尋と石原は戦線から離脱。大回りをして、猟師の山小屋に戻ろうとしていた。

歩く途中、千尋は石原から何故ここにいるのか問うと、石原は言った。

 

「我々は元々、とある男から調査の依頼を受けていたのだ。娘が鬼になった、治す方法を教えてくれとな。鬼という存在に興味を持った上層部が調査を命令。そして調査半ばで親子共々失踪して、追跡調査の末、ここに辿り着いたのだ」

 

「鈴木閣下はどういったご事情で?閣下は海軍だったはずです」

 

「鈴木さんと依頼人の妻は遠縁の間柄らしく、気がかりだったらしい。今鈴木さんはあの小屋にいる」

 

「妻?その奥さんはどちらに?」

 

「死んだ。鈴木さんに依頼をしてから数日後に自ら命を絶った」

 

「……そうですか」

 

千尋は大して驚かなかった。

身内が鬼になって人を食い、罪悪感から自殺することはそんなに珍しいことではなかったからだ。

 

「そして貴様はどういうつもりだ。なぜここに来た。神崎はどうした」

 

「鬼退治の場所……見たかった」

 

「……はぁ」

 

千尋は痛む足を押さえて天を仰いだ。

そういえば、鬼狩りの現場が危険だと言わなかったのは自分だ。何が藤の花を上げたら大人しくなるだ。確かにそんなこと言われれば、自分だって現場を見にくる。

ただそれはそれとして説教は必要だろう。栗花落と、監督を任せた神崎にも。

 

「まぁいい。説教はあとだ」

 

「見えたぞ。おそらく、阿南閣下ももうすぐ来られる……言ってる側から来られたな」

 

千尋と石原が小屋にたどり着くのとほぼ同時に、阿南も小屋に着いた。

曰く鬼は完全に撒いたが、少しずつ痕跡を残してきたため、鬼がその痕跡を辿れば街に出ることはないと。

 

この短時間でそんなことができるのか。

千尋は日本陸軍幹部の見事な手腕に舌を巻いた。

 

「おおアナン、無事だったか」

 

「はい、鬼など士官学校の訓練に比べればちょろいものです」

 

「千尋くん…血だらけだけど……」

 

「問題ありません。掠った程度です」

 

「っていうと思った……帰ったら治療ね?」

 

千尋と石原と阿南は小屋に入り、早速接敵した鬼について情報を共有する。

 

「鬼は金属片か何かを手のひらから散弾銃のように射出する血鬼術、有効射程は50以下程度と推測されます」

 

「頭はあまり良くないな。率直に言って悪い。戦いやすいな」

 

「身体能力も大して高くはないですね。可もなく不可もなく、何人か殺した程度。私たちの敵ではありません」

 

はっきり言って、鬼は適切な距離を取れば決して負けるような相手ではない。

 

先の千尋は敵の血鬼術を恐れるあまり距離を取りすぎ、視界が良くなったところを狙われた。

だが今は違う。阿南と石原という中距離の攻撃手段を持った増援に加え、胡蝶カナエという現時点の最強戦力も加わった。もはや過剰戦力とも取れる鬼狩り陣営が、完成したのだ。

 

「そうだ、君の名前は?」

 

一通りの作戦が決まった後、鈴木がそう問うてきた。

 

「橘です、橘千尋」

 

「橘?君はひょっとして京都出身なのか?」

 

「……ええ」

 

千尋は乾いたように笑い、そして誤魔化すように無理やり作戦の話に切り替えた。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「……見えました」

 

「総員戦闘配置。よく狙え」

 

その一声を受け、全員が背の高い木の上に登り、鬼の動向をよく観察する。

鬼は阿南が残した微かな痕跡を面白いくらいに追っていた。

 

阿南が残した痕跡の一つに。止め足というものがある。これはクマなどが追跡者から逃れるために、自分の足跡を丁寧に踏みながら後退し、近くの笹藪に飛ぶ。

そうすれば、追跡者は途切れた足跡を不思議に思い、しばらくそこに止まるか、追跡をやめてしまう。

鬼は後者であった。

 

(……よし、覚悟を決めろ)

 

千尋は本日何度目か分からない覚悟を決める。

まず先陣を切るのは自分だ。もちろんそれを阿南や石原との援護射撃もあるが、最も死亡率が高いのが自分。

 

たとえ自分が死んでも、その後必ずカナエが鬼を討つ。自分が盾になり、カナエを守り鬼を討つ。とはいえ死ぬのは恐ろしい。こんな志半ばで死にたくない。

死にたくないという気持ちと、鬼を討つという気持ちが入り乱れる。

 

だが斬り込まねばならぬ時が来る──それが今だ。

 

「撃てッ!」

 

鬼を撃ち下ろす形で、阿南と石原が発砲。

8mmの弾丸が、鬼を襲う。

 

風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風

 

漆ノ型 勁風・天狗風は空中で体を捻りつつ旋風のような縦回転斬りを連続で繰り出す技。故に空中戦に優れ、斬り下ろす形で攻撃するのが最適だ。

だがそれ故に、飛び降りながらの斬り下ろしは、一度外せば二撃目は致命的なほどに遅くなる。

 

「──外したなァ……」

 

その瞬間、千尋は首を掴まれ、弾丸に対し盾にするように動きを封じる。

鬼は手のひらを千尋の頭にゼロ距離で突きつけ、阿南と石原に対し発砲を止めるよう叫んだ。

外した──その上足手纏いになった。

 

「千尋くん!?」

 

「動くなッ!……止め足なんざ猿の浅知恵アタイには効かないよ。とにかく、この坊主の頭吹っ飛ばされたくなかったら、何もするんじゃないよ」

 

「ダメです閣下!自分ごと撃ってください!」

 

「黙りな!アンタを生きたまま食ってもいいんだよ!」

 

鬼は千尋を人質に取り、鬼狩り側の武装解除を要求する。

だが千尋はその要求に従う必要はない、自分ごと撃ってくれと叫ぶが、カナエは刀を置き、阿南と石原でさえ拳銃を置いた。

 

「閣下!お撃ちください!躊躇う必要は──」

 

「黙れ」

 

視界が白黒する。

千尋の首を掴む鬼の手が、万力が如き握力になって、頸動脈が締められていた。千尋から苦悶の声が漏れ出る。

 

「っあ……ぐっ……」

 

血管と気管支が圧迫された状態では呼吸が使えない。

静脈と比べて血管壁が太い動脈とはいえ、圧迫された状態での全集中の呼吸には耐えられない。通常の倍以上の速度で血液を循環させては、圧迫箇所の血管が破裂し、脳出血の可能性も出てくる。

 

下級隊士がよくやるミスだ。

その結果蝶屋敷に担ぎ込まれ、なす術なく死んでいった隊士を、千尋は何度も見てきた。

 

「アンタ、いい男だと思ってたけど五月蝿いねぇ……口は災いのもと、喉からすっ飛ばしてやろうか」

 

「…‥ガッ!……う……ああ!」

 

頸を掴む力はどんどん強くなり、千尋は鬼の顔を何度も殴ろうとするが、成人女性ほどに変身した鬼の腕は千尋のよりも長くて届かない。

 

「っこ!…な……ず、さ……い」

 

「無駄だよ。人間が鬼のアタイの力に勝てるわけがないんだ。このまま逝っちまいな!」

 

身体の節々から冷たくなり、感覚が無くなっていく。

明らかな酸欠の症状、口をぱくぱくと動かすが、肺に空気は入ってこない。千尋の顔がみるみるうちに赤くなり、泡を吹き始めた。

 

「遺言くらいは聞いてやるよ!」

 

 

 

「──この距離なら外さねぇ」

 

 

パァンと乾いた音が鳴り、鬼の眉間に穴が開き、脳漿が吹き飛ぶ。阿南や石原ではない。

千尋だ。千尋が懐から南部式大型拳銃を取り出し、撃ったのだ。

 

鬼は脳を撃たれたくらいでは死なないが、やはり生物としての機能は一時的に止まる。

千尋の喉から手が離れ、その隙に抜刀し斬りかかった。呼吸を開放された瞬間だった故、全集中の呼吸は使えていないから鬼を殺すことはできなかったが、鬼の首を斬るに十分だった。

 

「斬れッ!」

 

その阿南の一声に千尋は弾かれ、肺に大量な空気を取り入れる。視界が急激に色を取り戻し、鬼のありとあらゆる動きをとらえた。

今の千尋を前に、鬼は血気術を使えなかった。

 

(不味い不味い不味い!クソ親父を人質に取れば──)

 

鬼が小屋の男を人質に取ろうと走り出した瞬間、小屋の入り口から飛び出した銃口が月明りを反射して鈍く輝いた。

 

「な──」

 

パァン!と火を噴いた銃口が跳ねあがり、銃弾が鬼の腹を貫いた。

 

「あがッ!!」

 

ドシャリ、ともんどり打って転んだ鬼は、立ち上がろうと腕に力を込める。しかし、直後に背に乗せられた足が思い切り鬼を踏み潰した。

 

「鈴木閣下じゃないな……」

 

千尋が暗がりに向けてそう言うと、暗がりから男が南部式大型拳銃を持って出て来た。まともに構えれてもいないが、その目には確かな覚悟の光が灯っていた。

 

「わ、私がトドメを刺します……私が、娘に罪を償わせます……」

 

「首を斬るには相当な力が必要ですよ。それに娘さんを斬れるんですか?」

 

「斬ります……何があっても、父親として最後の仕事なんです!」

 

「……分かりました」

 

千尋がそういいながら、鬼の背中に踏みつけていた足を退けるのと同時に背中に予備の短刀日輪刀を突き込むと、ガッチリと鬼は縫い留められたようにその場でもがくだけになった。

 

「手伝います……刀をこう持ってください、そう。手と手の間を開けて…」

 

刀どころか木刀すらも持ったことのない男に、千手取り足取り構え方から振り方を教える千尋。男は線の細い身体ながらも、日雇い労働で鍛えられた確かな筋肉があった。

 

娘のためにと仕事をして、その結果鍛えた筋肉を、皮肉にも娘を殺すために使うことになろうとは。

男の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「ハッ……ハァ……ウゥ……」

 

「や、やめてよお父さん!やめて!お願い!私まだ死にたくないッ!」

 

千尋が鬼を斬り殺すに足りる位置に男を誘導していると、鬼はぜいぜいと嗚咽混じりに泣く男に向けて命乞いを始めた。

 

「ごめんなぁ薫。酷いお父さんで……最後の最後までお前に迷惑かけて……──じゃあな」

 

「待っ──こんの!──クソジジイッ!!」

 

ぞわり、と鬼の関節が逆に曲がり、掌がこちらに向いた。しかし、男は歯を食いしばり、かっと目を見開いた。

そして千尋から花の呼吸の音が鳴る。

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

「──ッ!!」

 

ザクっと気味の悪い音と共に鬼の頭部が地面に跳ね、地面に赤い血が流れた。それから鬼の腕が力無く地面に落ちていく。

男は地面に崩れ落ちて大粒の涙を流し、娘の着物を大事に抱いた。

 

「……ありがとうございますみなさん……この恩、感謝してもしきれません」

 

「…娘の首を斬ったのはアンタだ。誇ることはできんだろうが、アンタは人のために働いた。きっとお天道様は見ているはずだ」

 

一瞬だけ感じた、されど永遠に手に残る斬る瞬間の感覚。男の啜り泣くような声が続いた。

 

「ありがとうございます……先に逝った妻も感謝を述べているはずです」

 

「そうか……アンタもまだ若いんだから、まだやり直せ──」

 

 

 

「これで妻の元へ逝けます」

 

 

 

その瞬間、男は地面に刺さりっぱなしの短刀を抜き、自分の腹に刺した。

しのぶがきゃっ!と短い悲鳴をあげ、鈴木が栗花落の目を覆う。

 

千尋はすぐに男を横にして短刀ごと包帯で止血するが、傷が深すぎる。血が全く止まらない。

すぐのカナエも駆けつけるが、手の尽くしようがなかった。

 

「娘はたくさん人を殺した……私は人殺しを育てたんだ……このまま生きていくのは申し訳がない……」

 

「喋るな!まだ、まだアンタはやり直せる!」

 

「もういいんです……妻は娘が鬼になって自殺しました……妻は私に娘を止めることを託し逝ったんです……」

 

「……今楽にしよう」

 

切腹した男に介錯を申し出る阿南を、千尋は前に立ちはだかって止める。

 

「待ってください閣下!まだです!まだこの者は助かる見込みがあります!!」

 

「無理だ。君ほど優秀ならわかるだろう。出血多量な上、臓物も傷ついている。もう楽に逝かせてやることが武士の情けだ」

 

阿南の言う通り、男はもはや虫の息であった。

包帯はみるみるうちに赤く染まり、包帯を巻く前に見た傷は胃腸まで届いていた。今ある包帯や応急処置の道具ではどうにもできず、かといって今から町医者のところまで運ぶには手遅れな状態だった。

 

だが手遅れだからといって、千尋には男を見殺しにできるほどの度胸はない。

己の命は捨てれど他人の命は捨てられない。ある意味、千尋が一番の度胸なしだった。

 

「ありがとうございます…‥閣下。ですが、私の娘は大勢人を殺しました。娘の罪は親の罪…楽に死ぬのは犠牲者に申し訳が立ちません……」

 

男はそれだけ言うと、応急処置努力の甲斐なく、あっさりと息を引き取った。

娘に自らの手で罪を償わせ、そしてその罪を一緒に背負った、日本一立派な父親の最期だった。




鬼になった娘
とある山奥の貧困村育ち。貧しくも両親の愛をたくさん受け育ったが、それ故に我儘であり、それは鬼になっても一緒だった。
母が自殺しても何も思わず、変わらず村人たちを食い殺した。あえて弱く見せるために大人しく陸軍の検査を受けるが、ある日に嫌気がさして父親を拉致し逃亡。猟師小屋に着いた。

娘の父親
貧困村育ちの日雇い労働者。もともと気の弱い性格で、自分より力を持った娘を前に強く言い聞かせることや逆らうことができず、陸軍に相談することも妻にやってもらった。
最後だけはと娘の首を補助付きとはいえ自ら撥ね、娘と共に人生の幕を下ろした。死後は故郷の村に娘と妻と一緒に眠っている。

大正コソコソ噂話

千尋からの評価

カナエ「恩師。両親の次くらいに感謝している」

しのぶ「性格をどうにかしないと昇級はない。頭はよく腕もいいのに勿体無い。あと突っかかってくるならボコボコにする」

時透兄弟「未だどっちがどっちか分からないが、どっちも素直な子。天才肌だし、しのぶよりも先に柱になれるだろう」

真菰 「良き同期。柱は難しいかもしれないが、ボケっとしていたら階級を抜かれそうで恐ろしい」

杏寿郎「良き友であり良き兄弟子。千寿郎にも会ってみたい」

実弥 「無駄に体を斬りつけて出血するな。蝶屋敷に来い。採血してそれを渡してやる」

カナヲ「帰ったら説教」
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