帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第三話 栗花落カナヲ 下

祭りから帰った栗花落は、それはもう怒られた。そろそろ勘弁してやったらどうかと可哀想になるくらいには、えらい怒られていた。

 

特に千尋の説教は太陽が日本を横断する頃にようやく終わりを迎えた。唯一の癒しはカナエで、ずっと栗花落のことを抱きしめている。ただ抱きしめているだけで、別にフォローや弁護をするわけではなかった。

彼女も、栗花落のあまりにも危険な行動に、憤慨はしていたのだ。

 

しかしカナエにも柱としての任務がある。そしてその上千尋は両足の怪我が原因で療養中。あいにく、説教の時間は掃いて捨てるほどあった。

 

ようやっと静かになった邸の中で、千尋は栗花落と互いに向かい合うようにして座っていた。連日叱られ、そして心配かけさせていたことが身に染みたのか、普段真っ直ぐにこちらを見つめる目は床へと向けられている。

 

「……栗花落」

 

「……はい」

 

「……別にもう説教はしない。そのままでは首が痛いだろう。椅子に座るといい」

 

本当はまだ説教し足りないくらいだが、これ以上グダグダやっても無意味だろう。努めて優しく言ってやると、恐る恐ると顔を上げた栗花落と目が合う。

 

「……鬼はどうだった。恐ろしかったか?」

 

「…はい」

 

怒られると思ったのだろう。椅子に座った栗花落は、拳をギュッと握った。

 

「そうだろうな。鬼は恐ろしい」

 

「……兄さんも、鬼は怖い?」

 

「ああ、何よりも恐ろしい。私も、初陣は最も後ろで縮こまっていただけだ」

 

臆することは、決して悪いことではない。

恐怖することが人を人たらしめる所以であり、恐怖を乗り越えるところに、人間としての生き様が現れる。千尋はその恐怖を乗り越え、今があるのだ。

 

「あの、兄さん…」

 

気付けば深く考え込んでいた。視線をうろつかせ、物言いたげに口を開いては閉じを繰り返す栗花落に、千尋は小さく溜息をついた。

 

「いいのか、それで」

 

千尋には、栗花落が考えていることが手に取るようにわかった。

鬼殺隊に入りたいと思っているのだろう。だがそれは、彼女が思うよりもずっとずっと危険で険しい道で、命の保障などどこにもない。何度も何度も、自分より強い隊士が息絶えるのを見てきた。頭のてっぺんからつま先までどっぷり血に染まりながら、生き地獄を歩いてきた。

 

「……うん。鬼殺隊に入りたい」

 

「やめておけ」

 

「え……」

 

ここは心から賛成してくれる場面なのではと栗花落は目で訴えるが、千尋は頑として首を縦に振らなかった。

 

千尋のために言うが、千尋は栗花落がしたいことを頭ごなしに否定しているわけではない。千尋は真剣に相手のことを考え、天命を全うできるように働きかける男だ。

そう、天命を全うできるよう働きかけるのだ。そんな思考の千尋が、栗花落の、年端もいかぬ才女の鬼殺隊の入隊希望を快く思わないのは当然だろう。

 

そして栗花落もまた平生とは異なっていた。

 

確かに鬼殺隊入隊は他でもない、栗花落自身で決めたことだ。

カナエに唆されたり、しのぶに言わされているわけでもない。自らの意思で決めて、千尋に交渉している。

 

だから、異常と言えるのだ。

 

栗花落は虐待の過去から、感情を動かすこと自体に混乱や違和感が生じたり、自分の頭で考えて行動することができなくなっていた。このことの暫定処置として、カナエに貰った「表」「裏」と書かれた銅貨を投げて物事を決めている。

初対面でその特色を強く胸の中に彫り込まれた千尋が、これは様子が違うと明らかに意識したのは当然の結果だろう。

 

「栗花落、今お前は正常な判断ができていない。一度にいろんなことが起こり混乱しているんだ。日中説教しておいてアレだが、もう今日は寝ろ」

 

「……」

 

その言葉を聞いて押し黙ってしまう栗花落に、千尋は心を痛めた。実際、千尋は彼女に自由に生きてほしい。何者にも自由を侵害されず、帝国臣民として文化的な生活を送ってほしい。

 

もし、これが鬼殺隊入隊願望ではなかったら、学校に通いたいと言う希望だったなら、千尋はうんと都合がいい返事を、その青白く今にも泣きそうな顔に注いでやったのかわからない。

千尋はそのくらいの美しい同情をもって生れている。

 

だが今は違う。

千尋は決して彼女の親でも保護者でもない。彼女の行末を決める権利など千尋は持ち合わせていないのだが、こればっかりは賛成するわけにはいかなかった。

命は万物一つ。鬼だろうが人だろうが、失われれば二度と戻ってくることはない。

まだ幼い彼女が死んでいい理由など、どこにもないのだ。

 

「誰か来たのか?」

 

栗花落が押し黙って少しして、聞いたことのある足音と聞き慣れない足音がする。

前を歩くのは神崎のもので間違いないだろう。だがその後ろを歩く者は歩幅が大きく一歩一歩が重い。蝶屋敷の面子ではない。まるで軍人のような足音だ。

そしてその足音に気がついてすぐ、千尋の部屋の扉がノックされた。

 

「はい」

 

「千尋さん、お客様です」

 

「お客様…?どなたですか?」

 

「鈴木大将です」

 

鈴木という姓は、日本で一番多い苗字とされている。だから鈴木と名乗るだけで人物の特定は困難である。

にも関わらず、千尋は扉の向こうの人物をすぐに特定できた。

 

「か、閣下!?い、いい今開けます!!」

 

「わ、私が開ける!」

 

千尋は慌ててベッドから立ち上がるが、太ももの肉が吹っ飛ばされている彼を立たせるわけには行かず、すぐに栗花落が動いて扉を開ける。

やはり、扉の奥には軍服の鈴木がいた。

 

「か、閣下!この度は──」

 

「いやいや、立たなくていい。入っていいかな?」

 

「ど、どうぞ!栗花落、こ、こっちに」

 

「は、はい…」

 

千尋は海軍大将の突然の訪問に、動揺を隠せなかった。

とりあえず栗花落が座っていた椅子を譲り、自分はベッドに座りっぱなしだ。初めて会った時と同じよう、何故ここにとか、なぜ今とかの質問が脳裏を埋める。

事前にちゃんと来ると聞かされていれば、こんな見窄らしい部屋着など用意はしなかった。

 

「いや、突然遅くにすまないね。この後一月は日本に帰ってこれないから、タイミングは今しかないと思ったんだ」

 

「一月も?な、何か有事でも…」

 

「いやいや、そんなものじゃないよ。ただイギリス海軍の視察さ」

 

「そうですか…それで、何か御用でしょうか?」

 

「ああそうだね。では早速要件を言おうか」

 

そういうと、鈴木はカバンから木箱を取り出し、それを千尋に差し出した。

なんだろうと思いながら受け取ってみると、木箱が妙に重いのだ。気を抜くと落としてしまいそうになるくらいで、足がまだまともに動かない千尋は、栗花落に支えてもらいながら、ベッドの上にそれを置いた。

 

「これは?」

 

「開けてみるといい。ささやかながら、あの場にいた三人から君への贈り物だ」

 

鈴木の文言を不思議に思いながら木箱を開ける。その木箱の中には緩衝材の木屑が入っていて、その中に何か入っているようで、木屑の隙間から黒い何かが見えた。

 

鈴木が掘り返すんだというので、千尋は木屑が箱からこぼれ落ちないようにそっと掘り、中の何かを触った。

 

まず初めに触って、冷たい金属を感じた。では髪飾りや置物ではないだろう。

 

では刀に使う鍔か何かと思って掬い上げて──たまげた。

 

「……拳……銃」

 

拳銃、銃器の知識が乏しい千尋では詳しい名前は分からなかったが、鈴木曰くアメリカ製コルトm1911という最新の自動拳銃だった。

 

「こ、こんな大それたもの受け取れません!第一、私は軍人じゃありません!」

 

「いや君は立派な軍人だ。国や臣民を守ろうとするその心意気と行動力。海軍の下士官でも持っている者は少ない。そんな素晴らしい君にピッタリな拳銃だよ。君なら悪用しまい」

 

「いえ…でも…」

 

正直、千尋は拳銃を贈られて尻すぼみになっていた。

あの時はアドレナリンやエンドルフィンなどの分泌で大型拳銃を持ってもなんとも思わなかったが、いざ落ち着いてみると、発報の時の衝撃がいまだに手に残り、音が耳に刻まれている。

そんな中で送られた大型拳銃。千尋は一眼見てわかるほどビビっていた。

 

「きっと鬼殺の役に立つ。そういう意味でこれを君に贈るんだ。なあに、弾の心配の必要はない。いくらでも軍から引っ張ろう。では」

 

「あ、ちょ、閣下!」

 

鈴木は説明もそこそこに、部屋から出ていった。

残された千尋と栗花落と拳銃はただ茫然とし、とりあえず栗花落を帰らせて、拳銃は木箱ごとベッドの下に隠した。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

鈴木が帰ったあと、千尋は栗花落を部屋に帰らせ、冴える目を無理矢理に閉じて床に着いた。

 

緊急任務に備える習慣付いてしまった千尋の睡眠は、元々浅いものだったが、今日ばかりは極めて浅い眠りだった。どうしても拳銃が忘れられないのだ。

刀を初めて手にして日もそうだった。簡単に人を殺してしまう道具にうんと緊張し、目が冴えて遅くまで眠られなかった。

 

それでも眠くなった千尋はようやく眠りに落ちた。しかし突然千尋の名を呼ぶ声でまた目を覚ました。見ると、部屋の扉が少しばかし開いていて、そこにカナエの黒い影がぼうっと浮かんでいる。

 

その時、カナエは相手扉の隙間から、自分に向けて手招きしている。

千尋は急いで枕元の日輪刀を手に取り、急いで、それでも音の出ないように飛び起きた。

 

「どこで任務ですか!?」

 

「ごめんなさい。任務じゃないの」

 

カナエは着いてきてとだけ言って、暗い廊下を歩いた。千尋も日輪刀を持ったままその後に続く。

 

「どこに行くのですか?」

 

「いいから着いてきて」

 

カナエはそれ以上何も言わず、ただ廊下を歩き、治療区に足を向けていた。外ではヤブキリとヒメギスの演奏会が開かれていて、その鳴き声のせいか、暑さに拍車をかけている気がする。二人は寝ている隊士住人たちを起こさぬよう共有区の縁側を通って、また治療区に戻った。

 

そうして蝶屋敷内を歩き回ったのち、二人は武道場に着いた。こんな時間に誰かがいるのか、中から活動音が聞こえる。

 

「……誰ですか?」

 

「見てごらんな」

 

カナエが妙にもったいぶるので、千尋は武道場の扉を少しだけ開けて中を覗く。

 

「……栗花落」

 

口から言葉が漏れ出た。

こんな夜遅くに誰が鍛錬しているのかと見てみれば、なんと栗花落が一心不乱に木刀を振っていたのだ。ただただ唐竹に木刀を振り下ろしている。

だがまだ筋肉がついていない栗花落では木刀に振られていた。

 

「ああやって一時間経つわ。こっちに気づく様子もない、ずっと集中してるの」

 

「……なんのために?」

 

「きっと、認めてもらいたいからだと思うの。知らないうちに力をつけて、あっと言わせてようと思ってるの」

 

「私に、ですか?」

 

カナエは特段誰にとは言わなかったが、千尋には栗花落が誰に認めてもらいたがっているのか、痛いほどわかった。

 

その姿はまるで、家を飛び出したばかりの自分を見ているようだった。花の呼吸が気に食わないと、必死に風や炎や水などを盲目的に鍛えている頃の自分を。

 

「折衷案といかないかしら」

 

「は……?」

 

「千尋くんはカナヲに剣術を教える。カナヲはそれを元に鬼殺隊に入る。カナヲが強くなれば、生き残れるし、どうかしら?」

 

カナエが言いたいことは十分にわかる。お互いの考えを取り入れて、その上でお互いが納得できるようにするのだと。千尋とてそんなことはわかっている。

だがそれでも鬼殺隊入隊は反対だ。『積極ハ如何ニ努メテモ猶ホ神ノ線ヨリ遠シ』と言うように人間の強さに上限などなく、またそれは鬼も同じ。どれだけ鍛えたところで、自分より上などいくらでもいる。死が隣から離れることなど、鬼殺隊にいる限り絶対にないのだ。

 

だが……だがそれでも、千尋の胸には一抹の希望があった。

あの子は日本きっての才女だ。そんな子が自由に、なんの制限も縛りも受けないで暮らすのに、鬼殺隊など恐るるに足らないのではないだろうか。

 

あの子は──栗花落は、生きていけるのではないだろうか。

 

「……少し話してきます」

 

小さくため息をついて、栗花落に近づく。

そこで栗花落は初めてこちらに気がつき、素振りを止めた。月光が汗伝う彼女の大きな目を照らした。

千尋は蹲踞の姿勢で腰に携えた日輪刀を鞘ごと栗花落の前に出し、言った。

 

「兄さん……」

 

「一度抜けば戻れない、それが刀だ。木刀とは違う。それでもお前は……貴様はこれを抜くか」

 

刀はとても重い。質量の話ではなく、感覚の話だ。

 

刀を鞘から抜き、一度振れば人を殺めることができる。もし前方1メートルに人がいれば、簡単に殺せてしまう。それが刀という武器だ。

使い方次第で、憎むべき敵も、愛する人も殺してしまう。鬼殺隊に入るということは、これを使うことであり、同時に使()()()()立場でもある。

 

覚悟がなければ下がる方が賢明だ。人殺しの道具を持つことなど、大罪を負うことと大差はない。

 

千尋はまずこれを見極める。栗花落カナヲに覚悟はあるのかを。

千尋には見極める必要があった。栗花落カナヲがこれから兵士として通用するのか。

千尋には見極める義務があった。栗花落カナヲが鬼を──元人間を、殺せるのか。

 

「ある……刀は怖いけど……刀はみんなを守るためのもの。覚悟はできてる……!」

 

その言葉を言った瞬間、栗花落は力一杯に鞘と柄を握った。

それに応じて千尋も万力が如く力で掴み、栗花落に渡さんとした。刀を挟んだ睨み合い。カナエはその様子を、呼吸を忘れるような緊張感で見守っていた。

そしてついに、

 

「いいだろう。その覚悟、聢と受け取った」

 

千尋から刀を離した。

その瞬間にカナエが武道場の入り口から走ってきて、二人に向かって飛び、勢いそのままに抱きつく──千尋は避けようとしたが、栗花落に寝巻きを引っ張られ、そのまま抱きつかれてしまった。

 

それから千尋はまた明日にと栗花落に告げて抱擁を抜け出し、また部屋に戻り、拳銃を取り出した。

これも刀と同じだ。使い方次第で、敵も味方も殺してしまう。

 

──だが結局は使い方だ。

鬼殺隊にとって、日輪刀は誰かを殺すための刀ではない。

誰かを守るための刀なのだ。

 

栗花落の訓練は、明日から始まる。

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