帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第四話 童磨戦 中

「シャアッ!」

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

まるで舞のような足運びから生まれる華麗な斬撃が、一片の躊躇なく叩き込まれる。

全身全霊の太刀。生半可に受けようなものならば、刀の峰ごと身体に食い込み、絶命してしまうほどの威力であった。

 

「おっと」

 

だが童磨からすれば、そんなもの、血鬼術さえも使わずに避けられる。

全力故単調な斬撃だったためだ。

 

しかし、それは想定内。

肆ノ型を繰り出し終えた後は、直ぐに次の型へと行動を起こしていた。刀の切っ先を地面スレスレまで下げ、下から巻き上げるように刀を振るう。

 

陸ノ型 渦桃

 

百花繚乱とはこのことだろう。

あるはずのない桃の花々が飛び散り、まるで春でも来たかのような錯覚におちる。

以前、千尋と手合わせをした煉獄はこのように言った。

 

『彼の太刀筋か?ああ、非常に美しいぞ!花の呼吸の名の通り、華々しい!』

 

だが、美しいだけでは鬼は殺せない。

刀は童磨の頸どころか、衣服すらも斬ることはなく、ただ虚空を空振るだけだった。

 

「さっきの子もそうだったけど、ほんと花の呼吸って綺麗な太刀筋の子ばっかりだよね」

 

なんとも思ってなさそうな声色で花の呼吸を誉めながら、童磨は空中で扇を素早く振った。

ただの殴打。超合金よりも硬く巨岩よりも重い扇は、千尋の肋骨に命中し、第一から第一六肋骨にかけて全てを粉砕する。内臓まで攻撃が届かなかったのは不幸中の幸い、厚着をしていたのが功を奏した。

 

「カハっ!」

 

痛みに悶えた千尋は、地面に転りながら吐いた。

周囲に胃酸のものと思われる酸っぱい匂いが立ち込めるが、童磨は表情ひとつ変えることはなかった。

 

「もう終わ──うわ」

 

扇で口を隠しながら油断したように近づく童磨に、千尋は袖下に隠したコルト拳銃をー発砲。

童磨はそれを難なく弾き、再び扇を振るった。

 

「へー君って鉄砲も使えるんだ」

 

血鬼術 冬ざれ氷柱

 

突如として上空に出現した巨大な氷柱。

千尋は苦し紛れに氷柱に向かって発砲するも焼け石に水のようなもので、氷柱は割れるどころか欠けることもなく、童磨が振るう扇に応じて、巨大な氷柱が落下してくる。

まずい、と千尋は急いで回避行動を取り、直前で氷柱を回避できた。

 

「あはは〜よく避けたね〜」

 

面白おかしく嗤いながら、童磨はまた扇を振るう。

そこから広範囲に吐き出された氷の煙。キラキラと光る雪崩のような氷の煙に、千尋は一度距離を取り、刀を構えた。

 

(あれは先ほど、カナエ殿がくらった氷の煙……吸ってはならぬもの!)

 

風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪

 

「え!?」

 

先ほどの美しい太刀筋とは打って変わって酷く荒々しい太刀に、童磨は驚きの声をあげた。

 

「そっかー君、風も使えるのか」

 

千尋の太刀を見ながら、童磨はつまらなそうに呟いた。

多くの隊士を葬った氷の煙── 粉凍りは自身の血を凍らせて微細な霧を発生させ、これを吸った者の肺胞を凍らせ壊死させるという恐ろしい技だ。

 

だが血気術の性質上、氷は煙や霧のような状態となる。いうまでもなく煙や霧は気体であり、一定の体積や形を持たず、自由に広がる性質を有するもの。

即ちその血気術は風に弱く、強風を吹かせれば散り散りにできるのだ。

 

早い話、童磨の基本戦術と風の呼吸は、相性が悪いのだ。

 

もっとも、これができればの話だが。

それに、

 

「そんなの、いっぱい見たよ」

 

血鬼術 凍て曇

 

風の呼吸の使い手など、過去に大勢いた。

何度も見た。何度も相手した。何度も返り討ちにした。

男は殺し、女は食った。

 

風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

凍て曇は冷気で煙幕を発生させる血鬼術。肉眼で見える血鬼術なので、粉凍りよりは対処しやすい。

だが煙幕という視界を遮るもの故に、その粉凍りよりも濃密なものであり、一度その煙に巻き込まれれば、身体の芯から凍ってしまう。

 

そのことを一瞬で理解した千尋は、全身をもって大きく後退。

凍り曇の射程から一刻でも速く抜け出さねばならない──

 

「それが全力?」

 

通常の鬼であれば、そう易々と追いつける速度ではなかったはずだ。

その上で粉に触れぬよう、刀を振っての後退だったので、なおのこと追いついて、間合に入ることなど不可能……いや、認識を改めろ。相手は上弦ノ弐。これまでの常識は通じない。

 

「っハァ!」

 

寸での所で扇が刀の側面を辺り、軋む音を上げる。

咄嗟に身体ごと力を逃がしたが、踏ん張りが効かず、そのまま吹き飛ばされた。

 

「おおっ、スゴい反応速度だ」

 

刀を折られることは阻止したが、攻撃は読まれた。技を出す前に止められた。

千尋は素早く体勢を整えながら、強く奥歯を噛み締める。

 

(隠は…夜明けはまだか!)

 

正直言って、千尋が純粋な剣技で童磨に勝つことは不可能だ。

それは経験、力、手数、その他諸々、千尋が童磨に勝っているものは、何一つとしてない。

 

となれば、千尋にできるのは時間稼ぎただひとつ。

だが相手はこちらを殺す気。ともすれば時間稼ぎも危ういものだ。

 

少しでも時間を稼ぐ方法を考えろ。

手数だ。向こうは刀を振るう隊士のことしか知らないはず。定石にとらわれず、未だ童磨が見たことのない戦い方をすれば、隠が到着するくらいの時間まで稼げるかも知れない。

 

千尋は改めて考え、再度発砲した。

千尋が持っている拳銃は、鈴木貫太郎からもらった軍で使われているコルト拳銃であり、弾丸も市販のものを使っている。

 

鬼殺隊の日輪刀には猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石が多く含まれ、要は陽光を吸収した鉄を原料に作られており、この刀で鬼の頸を斬り落とせば、基本的にはほぼ不死身の鬼を殺す事ができる。

しかし逆にいえば、それ以外の武器や兵器で殺す術は、今の所確立されていない。つまり、千尋が持っている拳銃では、鬼を殺せないのだ。

 

ではこれはなんのための発砲か。

 

「──っ」

 

目潰しだ。

目を防ごうとする反応は、生物として当然の働き。通常であれば、弾丸が射出されてから反応することは不可能だが、相手は人間にあらず、その上上弦ノ弐。弾丸に反応するくらい当然だろう。

だがその反応速度が仇となる。

 

一瞬、童磨は目を守るため、扇で弾丸を弾く。

つまり、目の前に扇を広げるのだ。

 

その一瞬、童磨の視界は遮られる。千尋が消える。

その一瞬で、童磨に有効打を与えてやる。

 

そのはずだった。

 

「狙いはいいね。うん、狙いは」

 

童磨は、飛んでくる弾丸をもろともせず、むしろ自ら弾丸に向かって目を差し出し、こちらに突進してきた。視界が赤く染まる。

 

今の一瞬、突進し、すれ違ったほんの一瞬に斬られていた。斬られた胸からは、どくどくと血が流れ出ている。緑の陸軍仕様の外套にできたシミが、どんどん広がっていった。

 

「やっぱり君は面白い戦い方をするなぁ…それ、陸軍の外套だろう?君くらいの歳で軍に入れるわけないけど…軍と繋がりがあったんだ。この拳銃はその証?」

 

そう言って、崩れ落ちた千尋の後ろでしゃがみ込み、逆さまに顔を覗き込む童磨。

ごほごほと血を吐き出していると、見た目だけは可哀想に、と童磨は目を細めていた。可哀想だと思うのであれば、その頚を差し出せと思うが、話せない。

 

よいしょ、とわざとらしく声を出して、童磨が千尋を抱き起す。手つきだけは、優しい。そのちぐはぐさに吐き気がする。

 

「最後の言葉はあるかな?大丈夫、その言葉はあそこの子に伝えておくから」

 

ぼそぼそと何か喋ろうとするのと同時に血を吐く。童磨は正確に最後の言葉を聞こうとして、さらに千尋に顔を近づけた──その瞬間。

 

「──え」

 

ぐしゃ、という鈍く汚い音が、夜の街に響く。

同時に頬を冷たい風が撫でて行く。童磨の血鬼術だ。千尋は最後の力を振り絞って飛び退いた。慌てて口を覆う。

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

口の中から錆びた鉄のような匂いがする。血の味と匂いだ。

だがこれは千尋のものではない。()()()血だ。

 

「アハハハッ!まさかまさかだよ!まさか喉笛に噛み付いてくるなんて!ほらいいよ、ぺってしな」

 

言われた通り道の端にプッと肉と血の塊を吐き出す千尋。

口の中の不快感が少々解消した気がする。が、喉や胃が焼けるように痛い。少しばかし血を飲んでしまったようだ。

 

なんと千尋は、童磨が顔を近づけたその瞬間に、根性を振り絞り、なんと童磨の喉笛に野犬のように噛み付いて見せたのだ。

童磨も童磨で、まさかの噛みつきに反応できず、ただ喉仏を噛みちぎられた。

もっとも、すぐに再生しているが。

 

「いやー、まだこの時代に鬼食いをしようなんて剣士が残ってるなんて思ってこなかったよ」

 

『鬼食い』という記録が、鬼殺隊古文書に残っている。

鬼の骨肉や血鬼術を喰らう事で、一時的に鬼の能力、怪力・不死性・超再生を得るといるものだ。これらの能力は、喰らった鬼が強ければ強いほど高まり、体を穴だらけにされたり、胴で両断されても死なないなど高い生命力を得る

 

「グルルル……ガァ……」

 

しかし最後の記録は300年ほど前。

その上当然ながら、この消化吸収による変異は使い手自身にも相当の負担をかけ、鬼化中は理性や判断力も下がってしまう諸刃の剣とある。

 

「ギリギリのところを理性と根性で耐えているって感じだね。君は臓物が強いってわけじゃないようだけど……しっかり鬼としての能力は備わっているね」

 

だが、一時的にはとはいえ人間離れした能力を得ることには変わりなく、胸の傷も治っていた。

 

「いいね、君ほど面白い鬼狩りは初めてだ……でも」

 

童磨は今度は本気でそう思って、まじまじと千尋の全身を見た。

先ほどの粋な青年という風格とは打って変わって、まるで獣のような雰囲気を醸し出している。

 

だが飲んだ血は極めて少数。鬼食いによる鬼化は保って数十分と言ったところ。それに再生能力もそこまで強くない。

 

「アア……ガァッ!!」

 

「鬼になると途端に面白くなくなるね」

 

千尋の攻撃は、極めて単調だった。刀を放棄し爪での引っ掻き攻撃に専念し、童磨はそれをつまらなそうに見ている。

 

「血の量が少なかったからかな?君もちゃんとした鬼になれば、もっと面白くなると思うんだけどなぁ…」

 

「ギャア!」

 

鬼食いしたところで、千尋が弱い鬼になっただけ。そも鬼食いというのは、呼吸が使えない隊士が悩んだ末に辿り着いた、勝ちにこだわった末路なのだ。

つまり呼吸が使える千尋にとって、鬼食いの利点は再生能力が備わるだけで、あまりいい行動とは言えないのだ。

 

「フゥ……!フゥ……!」

 

何度も無策に切り刻まれ、血を流しその度に再生させた障害だろう。千尋は目に見えて疲弊し、肩で息をしていた。

明らかに鬼化の弊害が出ている。

 

「うーん…」

 

童磨は微かに眉を顰めた。それはよく観察しないと分からないほど、微細な変化で、童磨自身も意識していない表情変化だったが、確かに童磨は眉を顰めた。

それは、少しばかし心に生まれた、嫌な予感のせいだ。嫌な予感……そう、これは嫌な予感だ。

 

目の前にいる男は、確かに面白い男だった。

 

童磨が思う千尋の面白さとは、カナエを生かすためだけに知力を尽くすところだ。銃に手榴弾、煙幕弾などを携帯しており、何が飛び出てくるか分からない、そんなカラクリ箱のような面白さだった。

 

だが今はどうだろう。鬼食いをしたことで大体の理性は吹っ飛び、ただ何も考えずに突っ込んでくる。拳銃を忘れ、刀を放棄した。

確かに喉笛に噛み付いて鬼食いをしたことは天晴れと童磨は笑みを浮かべたが、鬼食いが千尋に合わないと分かると否や、童磨の顔から笑みが消えた。

 

しかし……どうにも嫌な予感がついてくる。あれほどの男が、陸軍と協力しているような男が、胸の傷を治すだけの目的で鬼食いをするだろうか。

転んでもタダでは起きぬ男だ。まだ何か考えているはずだ。

 

──何かが来る。

 

童磨は思った。

──そして、来た。

 

「血鬼術」

 

血鬼術。血鬼術だと?

彼の口からは、確かに血鬼術と発音された。

 

そして周囲を見てみれば、そこらかしこには血液が散らかっていた。童磨の氷の血ではない。紛れもない、彼の血だ。

絶好のキルポイント。ネズミが鼠取りにかかった様だ。

 

「──って嘘かッ!!」

 

しかし、血液にはなんら一切の動きが見られない。怪しく思った童磨は視線を血から千尋に移すと、なんと刀を拾い上げて逆袈裟に斬り込んできたのだ。

たまらず童磨は氷で身を守り、刀を防ぐ。

 

「血鬼術!」

 

「もうそれは喰らわない──」

 

視界の端で何かが動く。

童磨はそれがなんのかを確認する間もなく、それを真っ二つに砕いた。

それは千尋と瓜二つの血人形。激しく怒り狂う、般若のような顔を浮かべて、童磨に血の刀を持って突進してくる。いくつかは童磨に斬撃を喰らわせはしたが、攻撃の時の衝撃で自壊した。

 

「使えるの!?」

 

これには童磨も面食らう。

鬼になった瞬間から血鬼術を使える鬼はごく少数だ。使えるか使えないかで言えば使えるのだが、使いこなせるかどうかはまた別の話。だが残念なことに、千尋はその少数派だった。

 

「──」

 

「りょうほ──!」

 

そして千尋は黙り、血鬼術と共に童磨に斬りかかった。

やった!とカナエは思った。

しかし童磨はヒラリと身をかわし、扇を頭を上で回す。血の千尋は途端に動きが鈍くなり、とうとう止まってしまう。

動かなくなった血の千尋を童磨が小突くと、曲がり何りも頑丈そうだった血鬼術が、ガラス細工のように簡単に砕け散った。

 

「危ない危ない。冷静になれば、血鬼術の使い手なんて鬼狩りより戦ってきた相手だったよ」

 

童磨は跳躍し、高地をとった。

手を挙げると、幾千もの氷の粒がそれに呼応するように浮かび上がって、それぞれがくっついて大きくなる。

 

「血鬼術は質量で攻めるんだよ」

 

拳ほどの大きさの氷が、千尋に襲いかかる。

だが千尋も負けていない。

即座に血気術を発動。生み出した人形を盾、それから様々な呼吸を使って、すぐに氷を粉々に砕いた。

 

「じゃあその通りにします!」

 

今度は千尋の番だった。

新たに生み出した血の人形を、童磨を取り囲むように生み出す。

しかし童磨は踊るように扇を振るいそれを防いでしまう。

全ての物体が空中で無に帰した。

 

「──橘さん!」

 

「来たか……ッ!!」

 

千尋が戦って、どれほどの時間が経ったのだろうか。

一分、十分、一時間。詳しい時間は分からない。だがしのぶが来れるだけの時間は稼げた。

 

「行けしのぶ!私が時間を稼ぐ、カナエ殿を連れて逃げろッ!!」

 

「いや!私も戦います!私も、姉さんをこんな目に合わせた鬼を許せない!」

 

「ダメに決まっているだろ!貴様がきたところで何も変わらん!鬼殺隊に今必要なのは、カナエ殿と貴様の医療技術だ!逃げて生き延びろ!早く!」

 

「──ッ!!」

 

千尋が一喝すると、しのぶはカナエの羽織を引っ張り上げた。

 

「……邪魔しないんですね」

 

「うん、別にあのくらいだったらすぐに追いつけるし」

 

「だったら、私がカナエ殿を背負って逃げれば良かったんですね。そっちの方が遠くに逃げれる」

 

「そう言いながら、君は俺を殺そうとするんだね。いいよ、いいね。その狡猾さ。やっぱり君はいい」

 

「おや?貴方の血鬼術って氷を操ることですよね?どうやって私の心を?」

 

「別に血鬼術じゃないよ。仕草や目線から心を察するなんて、造作もないことだよ」

 

「そうですか……なら、今の私の心が読めますか?」

 

「さぁ、どうだろう。試しに言ってみる?答え合わせをしようか」

 

「──死ね」

 

二度三度、破裂音が響いた。

そして──千尋は手榴弾を握りしめた。

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