魔砲焼女ざみえる☆ぶれっと始まります!!
ごめんなさい。大嘘です。
2023年。12月末。ドイツ、首都ベルリン。
そこは白く染まった地獄の底だった。禍の坩堝。炎の熱気と大気に満ちる凍え死んでしまいそうな程に冷たい風。人の悲鳴と鈍く唸るように上がる銃撃音、空を飛び交い、地を這いずり回る地獄から這い上がってきたこの世のものとは思えぬ醜悪なる化物達の耳障りな歓喜の合唱。
その三重唱は何処までも人の絶望に満ちていた。
正しく地獄である。人にとっての最悪を体現した悪夢の具現化。ここはもう人の居れる場所ではないのだ。宇宙船地球号は人を排除しようとしているのか。この星を破壊し、自らの欲を満たすだけの存在を憂い、憎み、排除しようとしているのか。
そんな事は誰も識らない。解らない。解かろうと努力するだけ無駄だろう。
しかし、そう思ってしまうほどにガストレアの人への破壊衝動は並々ならぬものがある。彼らは常に人を排除するために、喰らうために、人を触媒にして仲間を造ろうと動いている。あまりにも人への執着が強すぎる。いや、端にもう人とガストレア以外、この星にまともな生物が居ないだけだからという簡単な話なのかもしれない。
ガストレアにとっての脅威は人。人にとっての脅威はガストレア。
互いに滅ぼし合うしか道は無いのだ。
故に此処も人とガストレアによる生存競争の舞台となっていた。
そんなの、人にとってはたまったもんではないだろうが。
ドイツ軍や警察、抗える人間はその手に銃のグリップを握り締め、引き金を引いている。だが、効果は薄い。弾丸を浴びながら突進してきたガストレアに喰われる者が続出した。当たり前だ。彼らの弾丸はバラニウムではあるが、その数はこの無数のガストレアの前では殆ど無意味だ。彼らもそれを承知で撃っていた。自らを犠牲にしてでも食い止め、守るべきものがあると識っているから壁になったのだ。
男達の悲鳴と怒号と爆音。ガストレアの奇っ怪極まりない音色の鳴き声が大気を盛大に揺らす。
そんな混戦の中へ凄まじい速度の小さな影が幾つか飛び込んだ。後を追うようにして、幾人かの男女達もそこへと躊躇なく得物を手に向かっていった。
プロモーターとイニシエーター。民間警備会社、民警と呼ばれる者達だ。彼らは対ガストレアのスペシャリストであり、金で繋がれた傭兵という二つの側面をもつ者達だ。プロモーターは人でありながら卓越した戦闘スキルを持つものが数多く存在し、イニシエーターの抑止力となっている。そのイニシエーターは呪われた子供達と呼ばれる幼い少女だ。その身にはガストレアウイルス、ガストレア達の大元となる呪いのウイルスを持ち、その因子を扱う事の出来る唯一の存在。そして、人の形を取れる事が不思議なほどの運動能力とモデルとなる生物の特殊能力を保持しているのだ。一見すれば、非常に都合のいい対ガストレア存在だが、彼女らはいずれ、ガストレアとなるという逃れられない宿命を背負っている。力を使えば使うほど、彼女らは人から遠ざかっていくというのに、彼女らは生きるために力を行使しなければならない。
彼女らは生きるために自傷する。その血肉もいずれは人で無くなるという悲嘆に暮れながら彼女らは生を渇望していた。
そんな少女が此処にも居る。
矮躯から生える二つの細く、傷に塗れ、その傷が再生する足を動かし、飛翔するかのようにこの地獄を駆け抜ける赤髪の少女が此処に居た。その大きな瞳に浮かぶは冷たい光。その手に握っているのは一振りの刃。無骨で、叩き斬ることのみに特化したであろう彼女の腕二本に相当しそうなほどの長さを誇る飾り気のない漆黒のバラニウム製ロングソード。この年頃の少女が持つものではない。持っていてはいけないものだろう。けれど、彼女はそこらの大人よりも武器の扱いに慣れていて、それでいて非常に巧みだ。
軍服の様なデザインの黒衣を身に纏った彼女は、炎の隙間、瓦礫の隙間、人の隙間、ガストレアの隙間を駆ける。そして、ガストレアを見れば、彼女は細腕に似つかわしくない剛力を持って刃を振るう。
クモか馬か犬か。良く分からないほどに入り混じったガストレアの首らしき部分を彼女は軽々一閃し、切断した。斬首、何処かで見たような光景。何故か、彼女は自らの首周りが疼いたような気がした。何時も、首を切り落とすとこうなるのだ。過去に首周りに傷を負ったことはあるが綺麗に首を落とされて生きてられるほど人を捨てた覚えなどない。理解できない現象だが、彼女は首を捻る事も、疑問を解消する為に考え込む事もなかった。
何故なら、まだそのガストレアは死んでいなかったからだ。馬の様な頭は再生しなかったが、体をバタつかせそのガストレアはなりふり構わずといった風に暴れだした。もしかすれば、痛覚でもあるのだろうか。その暴れ様は痛みに悶える様に見えた。
それがどうした。と言わんばかりに少女は刃を振るった。
結果は解りきっている。
まず、そのガストレアに生えた八本の足の内、五本が空を舞った。その次の瞬間、全身から多量の体液を吹き出した力なく地へ伏す物言わぬ死骸が戦場に一つ増えた。
ガストレアの最期を見届けるか見届けないかの刹那に、彼女はまた走り出した。
今度は向かう先があった。先ほどまでと違って、縦横無尽に駆け抜け、ガストレアを叩き斬るではない。それは十分ではないがやった。だから彼女は約束を守る為、元居た場所へ戻ろうとしていた。走り続けかなり方向が曖昧になっているが彼女にとってその程度は障害になりえない。
走り、駆け、何度か飛び超え、偶に視界へ入る、もしくは障害物になりえるガストレアを叩き斬った。
「おかえりっと」
背後へ生じた気配と殺気。しかし、それは行使される瞬間手前に霧散した。少女の真横を通った複数の弾丸だ。それが、彼女の背後に降り立ったガストレアの脳天と腹部、体の各所に叩き込まれた。まともにバラニウム弾を受けたそのガストレアは体液をまき散らして、その命を散らした。
此処にあるのは人の死骸とガストレアの死骸。瓦礫に腰を掛ける少ない生存者のみだった。少し先では今も戦いは続いているが、此処は戦場の空白地帯になっていた。だが、此処もまたすぐに地獄に逆戻りするだろう。ガストレアが人を逃すはずがない。
戦いはベルリンのど真ん中で行われていた。
多くの人が死に、多くがガストレアに変態する。ガストレアにとっては絶好の狩場であり、人にとっては最悪の場所だろう。
「ただいま、だ」
先の言葉を放った青年へ少女はお馴染みの言葉を返す。それに金髪の青年はにやりと口元を歪めた。
男にしては少し長い金髪の青年は赤く派手、そこまではいいのだが何故か左肩辺からバッサリとカットされた不可思議なデザインのコートを身に纏い、その左腕には木の根や蔦が絡みついているかのような奇っ怪なデザインの刺青が彫られている。その顔立ちは中々に整っていおり、悪戯好きの悪童の様な雰囲気を纏っていた。人種は黄色人種、アジア系。中国人やらなどの雰囲気ではない。恐らく、日本人だろう。
そんな彼は、両手に一丁ずつ握った愛用のデザートイーグルを手の中で弄びながら軽薄に口元を歪め、少女へ訊く。
「前の方は、どうだったよ?」
少女が先ほどまで前線の前線、最前線を駆け巡っていたのは一種の偵察だった。ただ、対象はガストレアだけではなく、人類側も含まれているのだが。
「もう駄目だな。近く、もう数分もすればここは終わる」
苦虫を噛み潰したかのように、彼女は顔を顰め、そう答えた。
「あー……そうか」
青年は天を仰いで、
「じゃあまあ、逃げるか」
と今後の行動を一瞬で決めた。
「――――そうだな」
沈黙の後、少女は青年の言葉に同意した。同意する他はない。もう此処に残っても無意味だ。無尽蔵に湧き出てくるガストレアに押し潰され、奴らの食事にされてしまう。
なら、もう、尻尾を巻いて逃げ出すしかない。
決まった後の二人の行動は素早かった。二人はそこらに何故か転がっていた軍用車の何故かその辺に落ちていたキーを拝借し、戦場からすたこらさっさとばかりに逃げ出した――――。
そう、此処までならこの光景はよくあるものだった。人が死にたくなくて逃げる出すのは普通の事、生物として当たり前の話だ。そして、この二人にとっても何時もの事だ。この世の中、引き際を間違える奴、前しか見えない奴は死んで当然。三十六計逃げるに如かず。無駄な戦い、負け戦などやる必要性も価値も見出だせない。
そう、この瞬間まで。
この戦場に、絶望が降り立った。
地面がズシンと揺れた。ミサイルの衝撃でも、地震でもない。
刹那、戦場が静寂に包まれた。直後、ガストレア達が挙って逃げ出した。なりふり構わず、本能のままに此処から逃げ出していく。先程までの暴力的なまでの破壊の意思や殺意などそこには欠片も見当たらなかった。
それから、また、大地が揺れた。
響く、轟音。大地が軋み、悲鳴を上げる。大地に亀裂が入り、砕ける。
誰もが銃を打つ手を、刃を振るう手を止めた。皆すべからくこの地鳴りの方へ目を向けていた。
逃げつつあった青年と少女も地響きの方へその車を止め、外へ出て、見上げていた。逃げなければならないはずなのに、何故か、そうしていた。
「……おいおい」
青年はその額に盛大に冷や汗を浮かべて、乾いた笑いを上げた。信じたくない。信じられない。巫山戯るな。そんな感情が込められていた。
こんな現象を起こせるものが人のもののはずがない。
こんなものは、そう。人以外の所業に他ならず、そして、それは、最悪のものである。
そこまでに、認めたくない現実であった。
少女は沈黙を保っていた。静かに、とても静かに刃を握り締めていた。無意味だと、分かっていてもそうせずには居られなかった。そうしなければ、心が折れて――――折れる? 否、彼女は猛っていた。良くも分からない怒りに彼女は戸惑いを覚えていた。自らの中で、のうのうと生き続けるガストレアウイルスとは違う何かが蠢き、赫怒の声を上げるのを確かに聞いた。そんなものあるはずがないのに、けれど、それは、確かだった。いつか何処かで感じた事のある、既知の感覚であった。
そうして。
彼らの視界に
あまりにも巨大だった。
そして、酷く醜悪であった。
今まで見てきた奇機械会なガストレア達などが全て、見劣りしてくる。それほどに、それは異形だった。
異臭がした。焦げる様な、腐った果実の様な、鼻孔の奥を焼く臭いがした。そんなの、此処では当たり前の臭いのはずだ。此処は炎が燃え盛る戦場だ。そんなものそこらに溢れている。しかし、これはそう言ったものとは違う臭いだった。その臭いは、実際に鼻孔の粘膜を焼いていた。幾人かが鼻を抑え、その顔を走る痛みに歪ませた。
そこで少女は、ふと気づく。
額に、全身にびっしりと珠のような汗をかいていた。インナーがびっしょりと濡れてぐちゃぐちゃになって居心地が悪くなるほどに。
暑い。酷く、暑いのだ。
雪はとうの昔に溶けていた。水に変わるも、すぐに地面のシミになっている。
冬という季節が悲鳴を上げて、無残に引き裂かれ、此処から消え去った。
顕現するは、『炎』。
誰もがその異様に畏れをなした。
ある者は見上げ、抗えぬ畏怖の前に崩れぬよう、砕かれぬよう震え笑う足に鞭を打った。
ある者はその畏怖を受け、心を砕かれた。あるのは空っぽになった肉塊のみ。その形相は人が最期に浮かべるものではなかった。
ある者は忘我の彼方へ心を押し流された。視界に映る現実を認められなかったのだ。こうなるものが大半であった。
前者の様に振る舞えるものは両手で数え切れる程度。次の者は非常に多く、数多に居た。
炎の巨獣。
炎を纒った巨大な、巨大過ぎる四足の獣。牙を打ち鳴らし、獲物を前に嗤う獣の頂点。
それは、人の間でこう呼ばれている。
ゾディアック・
空に輝く星々が描いた一つの形、と。
そして、こうも呼ばれている。
ステージ5ガストレア。
人の絶望を凝縮した最低最悪の醜悪なる異形、と。
それは、まるで世界最期の様相を呈していた。
万物全てを焼き払う炎と大地を破壊する衝撃が全てを揺らし、焼き払った。
それに抗える者など、居なかった。
そう、今は。
***
全てが炎と成った。
その言葉に比喩など無く、それはそのまま事実である。
瓦礫も、人も、植物も、動物も、ガストレアも。
人々は恐怖のまま、その炎に溶けて消えていった。
全て、このヴァルゴの炎に呑み込まれ、その体の一部へと変換された。
一面、炎の海。世界を紅く照らし、闇夜を引き裂く。
此処を呼称する言葉は唯一つ。
北欧神話において、
そこにヴァルゴは咆哮を上げ、脳髄を蝕む飢餓感のままに炎を貪り喰らい、君臨していた。
もう、このガストレアを止める者は此処に居なかった。元々、居なかったのかもしれない。けれど、抵抗の欠片も出来るものは居ない。
しかし。
まだ、その身に生を宿した者が残っていた。
「ァあ――」
炎の熱気に呻く少女が居た。
少女は炎の中心にぽっかりと何故か開いた空白で、体を丸める様にして倒れこんでいた。
起き上がる――いや、起き上がれない。全身に走る痛みに彼女は耐えられなかった。絶叫する。当たり前の反応だった。彼女の体の殆どが炭化していた。右目、左腕、下半身。炭化せずとも、見るに耐えない程の火傷が覆い尽くし、彼女の体にまともに残っている部分など存在しなかった。
生きているのが不思議な状態であった。
その彼女は起き上がることは諦めても、その目を懸命に動かし、彼を、相棒たる青年の姿を探していた。
片目だけの視界は狭く、限られた範囲しか、彼女は視ることが出来なかった。そして、そこに、彼の姿は映らない。紅く染まる視界は鮮烈な炎しか映さなかった。
彼女は彼の、青年の名を呼ぶ為に口を動かす。だが、溢れるのは言葉に足らない呻きのみ。
「おお、生きてたか」
少女の探す青年の声をぎりぎり生きていた彼女の聴覚が捉えた。体を動かし、その姿を視界に捉えようとする。
「ああ、動くなよ。動ける体じゃねえんだからな」
動こうとする彼女の前に、体の所々を黒く汚した青年の姿が映る。何時もの軽薄そうな姿。咥えた煙草の紫煙すら少しの間しか離れていなかったはずなのに彼女にとっては懐かしく見えた。
「さてと」
少女の傍に腰を下ろした青年へ口の動かせない少女は「どうする?」と目で伝えようとする。それを受け取ったを青年は「どうするよおい」と酷く困った様に自らの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜ、周囲の炎を見渡し、空を見上げた。そこには轟音とともに空を飛行する戦闘機。せめてもの抵抗だろう。意地とプライド。そして職務を全うするためか。
だが、しかし。その刹那には、戦闘機は炎に包まれていた。
「無理かねえ」
諦めの溜息を吐いて、彼はそこらの炎の中に短くて吸えなくなった煙草を指で弾いて捨てた。
ヴァルゴ。処女宮のゾディアック・ガストレア。その姿は他のガストレアなど比較にならない異形の様相をしている。醜悪な他のガストレアとは違う、荘厳で、傲慢というか。そう。誇り高き獣王といった風貌をしていた。
見た目は四足の獣。犬や猫にライオン。四足歩行の哺乳類を中心に構成されているのだろう。その動作は犬や猫のそれだ。しかし、そこに愛嬌やら可愛らしさは欠片も見当たらない。顔面には巨大な眼が二つ存在し、虫螻を見るように嘲笑っている様に見える。首の周りに雄々しく存在を主張する鬣と肉体を覆う体毛の代わりに炎が揺らいでいた。実質、このガストレアの肉体部分が露出しているのは目くらいだ。その炎は離れていていようが、触れていようがなかろうが焼かれてしまうほどの高温を放っている。 ヴァルゴの纏う炎の原因や理屈は解明出来ていない。青年が聴いた話の一つ、数多ある仮説の一つではガストレアの体内で発生した高熱がなんとやららしいが――――。
「小難しいことは分かんねぇわ」
と青年はそうぼやいて、真面目に考えるのが馬鹿らしいとその思考をその辺に投げ捨てた。
そんな彼の周りの情勢は変わりつつあった。先の一撃を受け、無事だった民警や軍が動き出したのだ。大概が逃げるものばかりだが職務や任務を全うするために武器を握る者は多く無くとも存在した。先の戦闘機が良い例だろう。
逃げれるか? ちらりと傍の少女へ青年は視線を向ける。少女の体は徐々に再生し始めていた。再生が可能になるくらいにはダメージが抜けたのだろう。
希望が芽生えようとしていた。
まだ逃げ切れる。まだ戦ってられる。まだ生きてられる。
だが、世界は人に優しくなかった。
地鳴りと同時に、衝撃が大地を揺らした。正しく地震。この地域で起こることの無い筈の自然現象に類似するものが世界を揺らす。 原因はヴァルゴだ。
ヴァルゴが地を蹴り、その場から垂直に跳躍したのだ。そのついでとばかりに戦闘機やヘリを空から叩き落としながら、ヴァルゴは空高く飛び上がっていき――――。
そして、数秒もしない内に。
空から小さな太陽が降ってきた。
これが落ちてくるのは二度目。しかし、人にこれを防ぐ手立ては存在しない。飛ばれれば最期。落ちてくるのを見ているしか無いのだ。
青年はそれを見ると同時に少女の盾になるべく彼女へ覆い被さった。少しでも彼女が生きる可能性を高めるための行動だった。
刹那の時の中。まるで時間が静止したかのように錯覚した少女は、青年の声を聞いた。たった一言。短くて、けれど、想いの詰まった言葉。
「生きてくれ」
普段の飄々として掴み所のない彼の、誰よりも真面目な彼の言葉が少女の心を揺らした。
答える暇など無かった。
世界が紅蓮に燃え上がり、激震が全てを砕いた。
少女の意識が消し飛ぶ。視界が数回の光の瞬きと共に、彼女の世界はブラックアウトした。
その時、彼女の何処かで何かが蠢き、強く鼓動した。
***
彼と出会ったのはそんなに昔の話ではない。
ニ年前の話。IISOのドイツ支部で出会った。
当時、私に勝てるイニシエーター、プロモーター、ペアはドイツには存在しなかった。誇張でも嘘でもなんでもない。整然たる、純然たる事実だった。
実際、私の剣に敵う人は居なかった。
最初は正々堂々と真正面から挑んでくるものばかりだった。だが、それらを例外なく全員打ちのめした後に残っていたのは見っともない憎悪と嫉妬だった。
それらに駆られ、集団で闇討ちをしてきたプロモーター達は全員バラして並べて晒した。見せしめにした。
軟弱だと嗤った。嘲笑った。こんな者達が、人を護っているのかと、人を護ることを生業としているのかと。
そう言うと、多様な反応があった。
どれも怒りと殺意に満ちていた。
怒りに任せて銃口を、剣を、向けられた事は両手に足の指まで使っても入りきらない。
無意味だと、嗤いながら叩きのめした。プロモーターもイニシエーターも。平等に。
それから。
誰もが私から目を逸らすようになった。
誰もが私の存在へ意識を向けないようになった。
私としては静かになってよかった。これで静かに訓練が出来る。本が読める。眠れる。
だが、私は。
彼に出会った。
出会ってしまった。
プロモーターとしての紹介だった。黄色人種、アジア系の人間は珍しかったかった。軽薄で、派手な男だと思った。後、妙なコートを着ていて寒くないのかと思った。
とりあえず、弱い人間には興味が無い、そう言った。すると、ニヤリと男は笑って、
『成る程。これは並みの奴らじゃあ手綱を取れんわなぁ』
面白そうに笑いながら男はそう言った。
それから暫く会話に興じた。思った以上に博識で、教養があり面白い男だった。久しぶりに、笑った。
そのうち。こう思っていた。
試そう。もしかすれば、この男なら。
と。
一抹の希望を抱いた。永久に続くと思っていた静寂なる闇の中に、一筋の光を見出したような気がした。
此処が面会室であることすら考慮せずに、私は動いていた。確かめずには居られなかった。思考を感情が凌駕した瞬間だった。
自分が此処まで感情的になれるのかと自分自身に驚きながらもいつもの様に体は動いていた。
けれど。
気付いた時には床に背中から叩きつけられ、後頭部には冷たい金属の感触があった。
その時、私は敗北の屈辱に歯を軋ませる、爪が肉を引き裂くほどに握り締める。そんな事などしなかった。
するはずもなかった。当たり前だ。その時、私は。満面の笑みで、その身を震わせながら。
歓喜していた。悔しさななど微塵も浮かんでこなかった。ただ、自分を上回る存在に会えた事に、この奇跡に感謝をしていた。
『これで俺はお前のプロモーターでいいな?』
紫煙を燻らせる彼の言葉に、私は静かに頷いた。
この身に渦巻く理解不能の狂気が漏れ出さないように。
そうして、彼と私はプロモーターとイニシエーターの関係となった。
人生最良の日々だっただろう。
路地裏で寒さに震え、喉の乾きを泥水で潤し、多足の見るだけで嫌悪感に苛まれる虫共を払い落としてカビの生え始めたパンを貪る日々。一人でただひたすらに訓練に明け暮れ、命を賭してガストレアを屠る日々。
それとは比較にならない程だった。
少なくとも、私にとってはそうだった。
―――――――そうだ。
少女は闇の中で呟く。自らの感情を、自分が自分に隠し続けてきた感情を彼女はしかと見据えた。
この感情は、記憶は、想いは全て自分のもの。
そう、だから。
彼女は、彼との日々を終わりにしたくないと思った。
切に、そう思った。
無理な話だ。それは知っている。分かっている。現実は甘くない。それにもうすぐ自分は死ぬだろう。
けれど。だけど。
私はそれを認めない。絶対に許容してたまるものか。
こんな巫山戯た現実が、私の現実になっていい筈がないから。
彼女の中で感情が収束していく。
それは、可能性に至る感情の収束。
覆せない筈の現実を撃ち砕く為の拳銃へ、感情を収束させた弾丸を詰め込んだ弾倉を叩き込む。
彼女はその時、確かに体の何処かで何かが脈動する音を聞いた。まるで、心臓が脈打つ様な、目覚めの兆しの様な。
その時、どこからともなく現れた光の奔流が彼女の意識を呑み込んだ。
それは、記憶の奔流だった。
誰かの、嘗ての、どこかの誰か――――いいや、違う。
そうだ。
これは。
始まりは、黄金だった。
羨望を、敬意を、忠誠を。
自分の全てを黄金に捧げた女の記憶を見た。
長い、長い記憶だった。
鮮烈で、常に輝いている彼女の記憶は、少女には眩しすぎた。常に全力をもって生き続ける彼女の在り方が羨ましかった。
その記憶にも終わりが見えた。
最低にして最悪の終わりと言えるだろう。
この世に存在するどの悪意も見劣りする邪悪、最凶の絶望に彼女の全ては、砕かれた。
彼女の記憶には何故か何度も終わりがあった。幾度も死に、幾度も生まれ、何度も黄金へ忠誠を誓っていた。普通の人生もあった。 その中でも最低最悪の終わり。断片しか理解出来なくとも彼女の無念と怒りは少女にも理解できた。
けれど、まだ終わっていなかった。
彼女は姿を変え、また新たな自分として生きていた。その身は既に朽ちているけれど、彼女の炎は誰よりも鮮烈で強烈で美しかった。
酷い腐臭のする汚泥に塗れ、吐き気を催す邪悪の中で彼女は朽ち落ちそうな体を支えて、黄金の忠義、そして、復讐のために待ち続けていた。
自らでは復讐など、認めたくないけれど不可能である事を知っているから、彼女は邪悪を打ち砕ける者を待ち続けた。
長い時の果てで、彼女は希望を見出した。
この邪悪なる世界を打ち砕く者達を。
この世界に住まいながらも、この世の者達が忘れ果てた思いを抱くことのできる者達を。
彼女の最期は、彼らの道を切り開く事だった。
その身に宿した穢れ無き破壊の炎を、かつての友への手向けにして。
記憶を見終えた少女は、溢れ出る涙を拭う事すらも忘れていた。
彼女の想いに、その煌めきに、彼女は涙を堪えられなかった。
そして、彼女は握り締めた拳銃に気付いた。誰のものか――――いや、これは自分のものだ。確信をもって、言える。これは自分の拳銃であると。
一丁の拳銃。
弾丸は既に装填されている。後はもう、引き金を引くだけ。
そうか。ぽつりと彼女は呟いて、気づく。
あの記憶は、全て、何時か、かつての――――。
ぽっかりと胸に空いていた穴が埋まった気がした。
同時に、彼女は自らの中にある可能性を識る。
今の自分なら無理を通せる。道理を蹴っとばせる、と。
もう、後は最後のピースを埋めるだけだった。最後の1ピースなら既に掌にある。
彼女は引き金に指をかけて、米神に銃口を押し付けた。
「我は汝、汝は我、か」
呟いて、彼女は笑う。壮絶に、凄絶に。そこには幼さなど欠片も無かった。
なら、嘗てを、今が引き出す事もできるはず。
いいや、できる。
引き金に乗せた指へ確信と覚悟を込めて。
撃ち放たれた弾丸が、白昼夢を撃ち抜いた。
そして、彼女は新生する。
この絶望の世界に、彼女は正真正銘の異端として生まれ落ちる。
***
少女の体は空を舞っていた。そして、人を消し炭に変えるのに十分な熱を宿した炎に焼かれていた。
しかし、少女はもう人ではない。
呪われた子供達でも、ガストレアでも、人でもない。
空中で体勢を立て直し、纏わりつく炎を振るい落とし、落下。着地。そして、彼女の激熱に燃える瞳は、炎の獣を睨みつける。
ヴァルゴは唐突に生じた巨大な気配へ驚いたようにその目を向け、訝しげに首を傾げた。理解できない。そこに居るのはどう見ても自分に劣る矮小な存在。少し体を動かせば押し潰せるだけの存在に過ぎない。
それなのに。
ヴァルゴはいつの間にか全力を振り絞ろうとしていた。獣としての本能のままに、感知した危険信号。それを無視できずに最大出力を解き放とうとしていた。
解らない。分からない。わからない。ワカラナイ。
理解不能。理解不能。理解不能。理解不能。
ヴァルゴの巨大な顎門が開かれた。奥から、光が迸る。纏う炎などとは比べ物にならない程の熱量をもった光が顔を覗かせる。
まさに滅びの光。あれは、全てを灰に変え、大地を殺すものだ。ヴァルゴの全身全霊であり、そして、あれは絶対に撃たせてはならない。
だから。
彼女はかつてを引き寄せる。今の自分ができないという事実を噛み締め、かつて、赤の他人でありそうでないものに頼る屈辱を踏み砕く。護りたいものがあるから。だから、使えるものは使おう。
「私はッ!!」
キッと目を見開き、強い意志とともに前へ何処からか現れた拳銃の銃口を向け、叫んだ。
「Assiahッ」
炎が弾丸の形をとる。 彼女の周囲に弾丸の形を取った炎が無数に現れ、増殖していく。
足りない。彼女は自らの力不足に歯軋りし――――思い出す。この身に宿るものの権能を。
そう、彼女に足りないのは力の使い方だとか技術ではない。燃料だ。力を使うための燃料が足りない。
同時に、その燃料が何か、それを思い出した彼女は、
「――――すまない、同胞らよ」
静かに決意の言葉を口にする。
「私の力になってくれッ」
ガストレアは人を喰らう。
今更の話だ。彼らは喰らい、人を触媒に同族を増やしていく。
されども、彼らが陵辱できるのは肉体のみ。つまり、魂は侵せない。
そして、此処は戦場だ。無念を胸に死んでいった者達の魂など、数えきれない。さらに言えば、その魂はガストレアへの憎しみに燃えている。
そんな彼らは、少女の声を聞いた。天に登る手前に、彼女の悲痛な声を聞いた。
かつて化物だと罵り、畏れた少女の変化を見てきたプロモーター達は、少女の想いに答えた。
誰よりも強き彼女へ密かな憧れと同時に畏れを抱いていたイニシエーター達は、憧れに頼られた事に歓喜し、少女の言葉に満面の笑みで答えた。
人々は、ガストレアに全てを破壊された人々は、無念を、憎悪と少しの希望を抱き少女の言葉に答えた。
魂が、この戦場に無数に漂っていた魂達が、この小さな少女の力となるために集う。
「――ありがとう」
彼女はそう、小さく呟いた。
「Yetzirah――ッ」
次の瞬間、一つ、少女の存在の格が上がる。
強き意思を湛えた瞳と銃口がヴァルゴへと向けられ――――彼女の背後に、無数の銃器が召喚された。そう、これはこの戦場に残っていた銃器だ。単純な拳銃や機関銃。戦闘機に装備されていたミサイルに戦車砲までもがそこには存在した。それら全てが彼女の制御下であり、通常の銃器とは比較にならないほどのにまで威力が高められている。
直後。
ヴァルゴの顎門から、光が解き放たれた。
光と共に放たれ、一秒以下で少女の眼前に辿り着く。
勿論、そのまま少女が呑まれるはずがない。
一斉掃射。全力を持って彼女は迎撃する。破壊の炎。激熱の炎がヴァルゴの光と激突する。
一瞬、拮抗し、少女の炎がヴァルゴの光を押し、呑み込むかと思った瞬間、ヴァルゴの光がその輝きを増し、ジリジリと炎を削る取る様に始めた。
未熟な炎。燃料を得、力の使い方、技術を擬似的に得ても彼女はまだ劣勢だった。
何故か。
簡単な話だ。
望みが足りない。想いが足りない。この一撃にかける渇望が足りない。
彼と共にあり続けたい。
素晴らしい渇望だろう。このタイプの渇望をもって形成位階に到れる人間は稀だ。大概がもっと狂気的で、自己的で人として不適合なものばかりだ。
しかし、これでは駄目なのだ。純度が足りない、かつてを再現、それ以上を手にしたいのなら、誰よりも鮮烈で激烈で絶対の輝きが必要だ。
押し切れない、勝て、ない?
揺らぐ少女の瞳へ絶望が影が差す――――。
「何を一人で気張ってんだか」
呆れたような声。見覚えのある手が少女の肩に回された。
「え?」
少女はこんな時だが思わず間抜けな声を漏らしていた。珍しいにも程があるそれに声の主は苦笑を漏らしていた。声のした方、そこには、彼が居た。彼が立っていた。
「俺は」
青年の愛用するデザート・イーグルが少女の握り締めた拳銃、ルガーP08の隣に並ぶ。
「お前のプロモーターだろうが」
いつもの様に軽薄に笑って、青年は言う。
「お前がどうなろうと、どんな風に変わろうと俺はお前と戦おう」
ニヤリと笑みを浮かべ、
「俺はお前の相棒だからな」
その言葉に、はっとした表情を浮かべ少女は次に不敵な笑みを浮かべ返した。
「そうだな、私は」
咲き誇る華の様な笑顔を浮かべ、
「■■のイニシエーターだから」
そうして、完成する。
少女の渇望に、青年の渇望が加わり、今、此処で活き、形を成し、創り、至る。
あまりに早すぎる到達。本来ならもっと時間をかけて至る筈の場所へ、少女は只の人間に過ぎないはずの青年を得、一気にそこへと駆け上がっていた。
これが少女そのもの素養故か、それともその青年によるものかは定かではない。
しかし、一つだけ言えることがある。
彼女と彼の関係を引き裂けるものは、この世にはもう存在しない。
さあ、今ここで、始まりの契歌を謳い上げよう。
只の人間に過ぎないはずの青年と共に少女は自らの世界を展開してゆく。彼を得た彼女の輝きが世界を侵し、呑み込み変えてしまう。
それの名は覇道。軍勢を率い、王として君臨する者の法。個の極地たる求道の対極にある存在。故に彼女は得れば得るほど強大な存在へと昇華されていく。だが逆も然り、失えば失うほど、彼女は弱くなっていくだろう。
此処で散った者達が歓喜を上げて、彼女の力を展開させていく為の燃料となっていく。同時に彼らの魂は消滅する。しかし、彼らはそれでも構わない。ただ、彼らはガストレアへの復讐に燃えている。だが自分達には何もできない事を理解している。だが、彼らは識っている。
この少女なら、ガストレアに勝てる、と。
ガストレアを滅ぼせる、と。
故に、彼らは彼女の力の為に消費されていくのを厭わない。
『
炎が唸りを上げ、ヴァルゴの光を燃やしていく。呑み込むのではなく、それ自体を燃やしてしまう。更に、ヴァルゴが身に纏う炎が宿主に反乱を起こした。ヴァルゴの皮膚を、体内機関を焼き壊し滅する。
ヴァルゴの光が霧散した。同時に、伝い、ヴァルゴへと到達しようとした炎は居場所を失い霧散すると思いきや、少女と青年の周囲へ移動し渦を巻き始めた。
炎に破壊されるヴァルゴが絶叫を上げる。内部から炎を噴き上げ、苦痛に泣き喚く。
『
祈りが彼らを昇華させ、祈りに沿った世界へと世界が変貌する。
『
炎が広がり、大地を呑み込み始めた。それは、彼らを中心に激熱の炎はその身の紅蓮を広げていく。
ヴァルゴは抗うこともできず、その炎の海へ落ちて行く。ずぶずぶと底なし沼へ踏み入れたかの様に悲鳴とともに藻掻けば藻掻くほどその体は融解してゆく大地へと沈んでいく。苦痛の悲鳴を上げるも、炎は消えない。収まらない。
『|私はどんな時でも彼の傍で煌めき続けよう《Ich bin eine Methode davon bei ein er Seite von irgendwelchen Zeiten》』
歓喜と共に彼女は、湧き上がってくる渇望のままに謳う。
『|死であろうと何者であろうと私と彼を引き裂く事はできない様に、永久に《Wenn es sein wird das ich und er beim Tod zerrissen werden können, und es windet sich und ist ewig zu Aussehen》』
炎がヴァルゴの躰を捕らえる。絡みつき、貫く。それはまるで磔のよう。
少女の詠唱が終わりを迎えようとしたその時。
『
青年はそう言葉を紡ぎ始めた。
『|悲劇も絶望も、愛しき者に降り注ぐ脅威を須らく穿ち貫き撃ち抜こう《Ich werde die auf einer Lieblingsperson auf alle Fälle gegossene Drohung graben und werde dadurch durchdringen und die Tragödie und die Verzweiflung werden es durchdringen》』
彼の背後、先程まで少女が展開していた銃器達がその数を倍以上にして展開される。無数に展開されていくそれは壮観である。銃口が向けられているのは無論、ヴァルゴだ。
笑みと共に彼は力強く、湧き上がる言葉達を放っていく。
『
光が、収束する。
『
少女が謳い。
『
青年はシニカルに笑う。
『『
二つの声が重なった。彼らから溢れ出る重圧に大地が震え、悲鳴を上げる。
『『
空を覆う曇天が熱に巻かれ、逃げるように溶けていく。
『『|互いを灼き尽くす為/撃ち抜く為に此処にいるのだ《Es ist ein Sake über einander Um durchzudringen wird es hier gebraucht》』』
そして。
今。
彼と彼女の渇望は此処で。
完成する。
『『
二人で一つの祈りを此処に掲げよう。
もう、バラバラに散らばってしまわないように。
此処から共に在り続ける為に。
『『――――
此の世の全てが、世界が、光へと堕ちて行った――――。
***
2023年。
第十天が座する暗黒の空の下。
一人の少女と一人の青年による物語が、今、始まる。
暇潰し。感想があれば嬉しいですね(ちら
ドイツ語部分はエキサイトに翻訳してますので適当です。
少女
某赤騎士の残滓を取り込んだ呪われた子供達。あの赤騎士の面影は皆無
青年
某インポっぽいオリキャラ
以上