魔法科高校のドッペルゲンガー   作:西の家

10 / 24
今回の話で彼には道化になって踊ってもらいます。
では、どうぞ!


入学編 第9話「ピエロだピエロだ。お前は哀れなピエロになるのだ!」

 

入学3日目

早朝自宅の自室にて。

 

姿見の前で一体型の皮を纏う。今日は趣向を変えて深雪ちゃんに変装。

 

「あっあっあっゴホンッ今日からお兄様をお兄ちゃんと呼んでもいいですか?ぶっふ!ぷぷぷ、達也君が聞いたら、口開けて白目剥きそう。クケケケ」

 

深雪ちゃんらしかぬ台詞を自分で喋っておいて、我慢できずツボる。

 

「あー、達也君を騙して、深雪ちゃんに化けたボクを深雪と呼ばせてみたいな。ぷぷぷ、その時、彼はどんな顔をするのかなー。あっやばい!考えただけで◯◯◯が勃◯する!」

 

皮の中でモッコリと立つブツを必死に静めようとする。

今のボクは深雪ちゃんなのだ。加えて、下着姿でこんな醜態を晒すわけにはいかない。

自分の身体に悪戦苦闘していると、ある考えが頭をよぎる。

あっ、彼には『精霊の眼』があるから無理じゃん。

そう考えると自然に下半身が静まる。

 

「あー、なんか気分が沈んじゃった・・・」

 

下に目をやると、床は試着して脱ぎ散らかしたままの一体型の皮でいっぱいだ。

皮の種類は様々で顔、肌色、髪色と全部違う。

気に入った顔と髪型などをボクの好みに合わせカスタマイズしたりもする。

あっコレは昨日深夜テンションで作成した褐色肌バージョンのエリカちゃん。

朝から部屋の中は完全にホラー映画の世界だ。

ボクの事情を知らない外部が目撃すれば一発で、もしもしポリスメン案件。

ちゃんと片さないと母さんに叱られる。ウチの母さんは激怒しないけど、静かな怒気を放つからメチャ怖い。

散らかった皮を全てクローゼットに詰め込む。

それが終わると朝食を摂るため制服に着替えて、階下のリビングに向かう。

そこには朝食の準備をする母さんともうひとり見慣れた顔が。

せっかくので深雪ちゃんの姿のまま揶揄ってみることにした。声を深雪ちゃんにしてっと。

 

「おはようございます。佐々木君のお父様ですね。初めまして、司波深雪です」

 

「あぁ、これはご丁寧にはじめまして佐々木の父の・・・と、言えば満足か権三郎」

 

渋いハスキーボイスで朝から冗談に乗ってくれるこの人がボクの父さん。

将来ボクの地声も父さんと同じになるのかな。

 

「ちぇ、今度こそは父さんを騙せると思ってたのになー。もしかして、母さんがチクッたの?」

 

「いいえ、私は何も言ってないわよ。貴方が誰に化けるかなんて知らないもの」

 

声を地声に戻して、キッチンに立つ料理中の母さんに訊ねるが、知らない素ぶり。

今日の朝食は辛子マヨ入りハムサンドだ。

 

「父さん帰ってたんだ」

 

「夜勤明けでちょうど今帰ってきたらところだ」

 

ふぁ〜っと、軽く欠伸してみせる。

仕事は警察官で階級は巡査長。

本庁の共助課所属。俗に言う見当たり捜査官。

指名手配犯の『顔』をひたすら記憶し、雑路から被疑者を探し出す。いわば人を見分けるプロなのだ。

父さん曰く、500人の人間の顔を記憶しているらしい。

自動化による監視システムが主流になっても、システムの及ばない場所、制限もあるため父さんのような人による捜査も必要とされる。

 

「今回は随分と綺麗な子に化けたな。都内でもまず見かけることはない顔だ。学校の同級生か?」

 

「ふふん!凄いでしょう。母さんにも言ったけど、自信作なんだー」

 

テーブルに父さんと向かい合わせで座る。顎を両手で支えるように、顔がよく見えるようにしてあげる。

そうしていると、丁度母さんが朝食を運んでテーブル上に並べ始まる。

 

「ふふふ、眼福って言ってもいいんだよ」

 

「私を他所に息子に見惚れましたか?」

 

「そんなことないだろう。息子と同年代の子供の顔に見惚れないさ。まして、中身はオレたちの息子じゃないか」

 

「よかった。あなたに限ってそんな事はないでしょうけど、もしそうなら、フダを要求しないとね」

 

『フダ』

朝から逮捕状を意味する隠語を口にする母さんは部署は違えども、実は昔は父さんと同じ警察だった。

本人から警察時代の事は教えてもらえないが、父さん曰く、『私の恋人はこの国よ』と豪語するほどに警察職務に忠実なザ・ポリスだったらしい。

そんな国に殉ずる覚悟の女性を口説いた父さんはすごい。

あれ?ボクは朝から何故親の馴れ初めを語っているのだろうか。

 

「あっそうだ。母さん、昨日頼んでたものは作ってくれた?」

 

「えぇ、そこに置いてるわよ」

 

母さんの視線の先、カウンターの上に置かれているのは弁当箱。

本日の重要アイテム。

 

「弁当を作ってほしいって、珍しいわね。人が沢山いる学食は嫌になったの?」

 

「うんうん。違うよ、それとこれは別だよー」

 

「入学して早々これか?」

 

小指を立てる父さん。何となく意味は分かる。

 

「さあ〜どうだろうねー」

 

「はいはい。権三郎はふざけてないで、冷める前に朝食を済ませなさい。遅刻しても知らないわよ」

 

母さんに急かされて「はーい」と伸ばした返事の後にハムサンドに齧り付く。

うん。母さん、辛子が効き過ぎるよ・・・。

あと一口で食べ終わる頃に父さんが再び喋り出す。

 

「権三郎、学校は楽しいか。オレは魔法師じゃないから、イマイチ分からないこともあるが、上手くやれそうか?」

 

上手くやれそう。父さんが言外に「今回は素顔がバレれずに済みそうか」と訊ねていると捉えた。

 

「昔みたいに転校するような下手は打たないよ。もう、誰にも素顔を見せない。見せるつもりもない」

 

みょ〜んと頬を抓って皮を伸ばしてみせる。

雫ちゃんの一件での引越しが初めてではない。

幼稚園から中学まで含めると10回以上転校引越しを繰り返している。

理由はボクの私事だ。一定周期で違う人間に変装し日常を送りたい。特定の人間に変装し続けるとそれに慣れて、変装の腕が鈍る。

スキルアップの為にも、違う人間に化ける必要がある。

転校の理由として、素顔がバレって学校に居づらくなったとウソ(雫ちゃんの一件は本当)をついた。

父さんと母さんは疑わず、すんなり転校引越しに付き合ってくれた。

嘘ついて本当にごめんなさい。将来立派な変装の達人になって、お金稼ぐから!そのお金で引越し代金やその他諸々返すから、今まだ息子の我儘を許して下さい。お願いします‼︎

謝罪の意を態度で示す。

 

「あっ父さんと母さんは別だよ。いつでも見せるからさ」

 

ベリベリと頸の部分から皮を脱いで素顔を覗かせる。一体型はマスク型と違って、頭と胴が分離できない。

手間だけど、家族にはちゃんと素顔を見せないとね。

 

「そうか・・・なぁ、権三郎。母さんも言ったかもしれないが、素顔で登校してみないか?」

 

「ッッ⁉︎嫌だよ」

 

ガバァ!と慌てて皮を被り直し、声は地声のまま深雪ちゃんになる。

 

「なんで父さんまでそんな事を言うの?外で素顔を見せたくないよ」

 

「昨日、手を怪我する勢いで鏡を割ったそうだな。怪我は隠してるが・・・何を見て割ったんだ?」

 

鏡を割った一件を父さんは怒ってるぽい。

両親の方針でボクの自室を除いて、この家には洗面所と風呂場以外に鏡は一枚も置いてない。

貴重な鏡を割ったから、内心激怒しているんだ。

八つ当たりで割りましたとは、とても言えないよ。

 

「・・・自分の真っ白なこの顔だよ」

 

再び皮を脱いで、家族に素顔を晒す。その行為に、母さんが「・・・ッ」と黙る。

嘘は言ってない。

顔を覗くとき、何が見えるかって?この顔だ。それ以外に答えられないよ!

 

「今でも鏡が好きになれないのか?」

 

別に鏡は嫌いではない。鏡がないと変装の出来具合が確認できないし。

ふっと、頭の中である言い訳を思いつく。

そうだ!これを理由にすればいいんだ。

 

「・・・いくつになっても、好きになれそうにないよ。嫌なものを見せてくるし」

 

ボクの返答に父さんは瞼を閉じて考え込むように黙り込む。

 

「権三郎、友達を作りなさい」

 

再び瞼を開くと改まって、父さんは真っ直ぐボクの目を見つめる。

 

「幼稚園から中学まで、その時々の顔に友達がいたけど」

 

「違うそうじゃない。お前を受け入れてくれる本当の友達を作るんだ」

 

父さんの言葉にボクは頭の上で疑問符を浮かべる。

本当の友達つまり相棒を作れと?

◯パン師匠には◯元先生。◯ッド様は◯っちゃん。

変装の達人には皆必ずしもではないが、サポートする相棒が付きもの。

しかし、ボクは相棒を持つ予定は今の所なし!

一部の方を除いて、変装者は相棒に素顔を晒すことになるからだ。

 

「友達なら尚更、ボクの顔を見せたくない。見ればきっと後悔するよ」

 

自傷気味に呟く。

必ず後悔するだろう。特にボクがね‼︎

 

「できるさ。必ず」

 

「それは刑事の勘ってやつ?」

 

「いいや、父親の勘だ」

 

それから、目立った会話はなく黙々と朝食を食べる。

 

 

***

 

 

深雪ちゃんの顔の上から、ゴンちゃん(マスク型)の皮を被って登校する。

一皮脱げば、その下は深雪ちゃん。

背徳感で皮の下がゾクゾクするね。

最寄りの駅からコミッターで『第一高校前』駅まで乗車。

駅を降りて、そのまま学校まで一本道を歩く。

 

「あっ権三郎君、おっはよー」

 

「よっゴン」

 

「おはようございます 権三郎君」

 

「みんな、おはようー」

 

校門前でエリカちゃんとレオ君、そして、美月ちゃんと遭遇。

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

続けて司波兄妹とも合流。

このガワの下にある深雪ちゃんの顔が君に見破れるかな。達也君の反応を期待したが、何も返してこなかった。あれ?おかしいなー。昨日『精霊の眼』で覗いてワタシの正体を知ってから、何かアクションがあっていいのに。

その後、みんなで校門を潜り抜けたところでワタシは、

 

「それはそうと今日も元気だね。と・く・に〜」

 

キランと目を輝かせて、更なる反応を見定める為、達也君に抱きつこうとしたが、

 

「はいはい。朝からやめましょうね」

 

背後からエリカちゃんの羽交い締めにより妨害された。

 

「ふっ腕を上げたねエリカちゃん」

 

「アンタのやること大体分かってきたわ」

 

「すまんエリカ、助かった」

 

「お見事です エリカ。お兄様を守ってくれて本当にありがとう。そして・・・朝からどういうつもりですか権三郎君?」

 

目が一切笑っていない絶対零度の微笑みを浮かべる。気温が下がる錯覚に襲われる。

ワタシは羽交い締めから抜け出し怯まず、面と向かって言い放つ。

 

「達也君に抱きつこうとしただけですが何か?」

 

「私の前でよくもお兄様に抱きつけますね女装癖の権三郎君」

 

「ぷぷぷ、そうだよーワタシのこの姿は女装ですが何か?ブラコンの深雪ちゃん」

 

お互いそれぞれ言ってやりたかった相手の特徴を罵りを込めて言い放つ。

女装ではない。変装と呼びなさい。

 

「お前たち・・・朝からやめないか。他の登校生の邪魔になるぞ」

 

「申し訳ありません お兄様」

 

「わかったよーだ。達也君が言うならしょうがないね」

 

両者不本意ながら、一旦終止符を打つ。

不思議と気温も元に戻った気がする。

 

「それじゃ、達也君の代わりに・・・ごめんね美月ちゃん。ちょっと場所を変わって」

 

「えっ?あ、はい。どうぞ」

 

ワタシはレオ君の右隣にいる美月ちゃんに場所を変わってもらい、レオ君の右腕に抱きつく。

昨日、ワタシは右手を怪我したので、そっちは庇うように彼の右腕に抱きついたのだ。

 

「レオ君に昇降口までエスコートしてもらおう♪」

 

側から見れば仲良し男女。

周囲がざわざわと騒ぎ出す。

ワタシの性別を知らない生徒(特に男子)は羨望の眼差しで、性別を知ってる一部の生徒(特に女子)は黄色い声を上げる。

 

「レオ、嫌だったら、無理しなくてもいいんだぞ」

 

「ダチを嫌がる理由あるかよ。別にオレは構わないぜ。せっかくだし、このまま行っちまうか」

 

達也君の問いかけにレオ君はニィ、と明るい笑顔をワタシに返す。

なんでだろ。レオ君の曇りのない反応を見てると、こっちが悪い気がしてくる。

 

「ねぇ、レオ君。自分から抱きついて訊くのもなんだけど、ホントに嫌じゃないの?」

 

「ダチと一緒に登校するのがイヤなわけあるか」

 

その真っ直ぐなセリフがワタシの心に突き刺さる。

ぐおぉぉぉ⁉︎何なのこの純心さ。ワタシの天敵じゃないか。

彼の純粋さに口が開かない。

押し黙っていると、レオ君が気にかける。

 

「どうしたゴン、体調が悪いのか?保健室まで付き添うぞ」

 

ワタシの心境など知らず、さらに続ける。

やめて。心が痛いだけだからさ。

ワタシは組んでいた手を解く。

 

「・・・ワタシ、レオ君を揶揄うのやめる」

 

「できれば、そのセリフは俺に言って欲しいな」

 

達也君からの淡い要求。

君へのちょっかいは別だよ。だって、心が寧ろ愉快になるからね!

 

「どういう意味だ?」

 

「さあね?ただ、アンタが達也君でも手に余す権三郎君を手懐ける大物だってことよ」

 

「レオ君、そのまま権三郎君を抑えてくださいね」

 

「レオ君の純粋な思いやりが権三郎君の心の外皮を破って、そこから・・・やば」

 

美月ちゃんは朝から平常運転だね。あと、何気なく外皮というワードを喋らないで。今のワタシ、ボクの精神状態には結構効く。思わずドキッとする。

そんな調子で、校舎まで中程までに差し掛かった所、

 

「達也くーん。た・つ・や・くぅ〜ん‼︎」

 

真由美先輩がぶんぶんと手を振りながら、こちらに近づいてくるではないか。

昨日の真由美先輩らしかぬ行動に女子組は「ナニアレ⁉︎」と仰天。

貴様さては偽物だな!なんてね♪

 

「どうしたんですか会長!」

 

「ていうか下の名前で⁉︎ええ?」

 

「もしかして、偽物なんじゃ・・・?」

 

レオ君とエリカちゃんは揃ってファイティングポーズで身構える。その後ろで美月ちゃんはあわあわと狼狽している。

昨日の一件で警戒するのも無理もない。

 

「3人とも安心しろ。会長は本物だ」

 

「さすが達也くん。私の偽物を見抜いただけはあるわ!」

 

達也君からのお墨付きに真由美先輩は満足気味だ。

どうゆうことだ?やはり彼は『精霊の眼』を使った上で断言してるのか?それともカマかけてる?

達也君が言うなら、と全員警戒を解く。

 

「真由美先輩は朝からどうしたんですかー?」

 

「司波達也くんと司波深雪さんを生徒会室でのランチに招待しようと思って、あっアナタたちもどう?」

 

「「「いえ、結構です」」」

 

「遠慮しなくてもいいのにー」

 

「あっワタシ行ってもいいですか?」

 

「ええ、勿論よ」

 

申し出を辞退する中で、ワタシはお誘いに乗る。

こんな面白いイベントに参加しない手はない。その為に弁当を用意したのだから♪

 

「アンタ生徒会よ。この学校の事実上のトップたちと集まって食事とか正気なの?」

 

「ワタシよりも、アッチの方がどうなの?」

 

ワタシが指さす方向にいる司波兄妹といえば、

 

「どうしましょうお兄様?」

 

「深雪の好きにしていいぞ?」

 

「私はお兄様に従います」

 

「深雪はもっと我が儘を言っていいんだぞ」

 

兄妹とは思えないイチャイチャした空気を醸し出す。誰かホットコーヒーをブラックで一杯!

 

「また始まったよ」

 

「私は応援してますっ」

 

「なにを?」

 

ヒソヒソを隅の方で囁き合う取り残され組。

あの兄妹の間には誰も入り込まない。

ワタシは入るけどね♪

 

 

***

 

 

1年A組の教室。

午前中の授業が終了して、昼休憩を知らせるチャイムが鳴る。

級友たちが教室に残る者、学食に向かう者と各自行動を起こす。

ワタシは生徒会室に向かう前に立ち寄る場所があるので教室から退室する。去り際、深雪ちゃんに向けてフッと不敵に笑い掛ける。

 

「・・・⁉︎」

 

その様子に深雪ちゃんは慌てた様子で席から立ち上がると、ワタシの後を追いかける。

 

「ちょっと待ってくれるかしら」

 

廊下で深雪ちゃんに呼び止められる。いつものお嬢様口調ではない。ここは敢えて素直に従う。

 

「権三郎君どこに行くの?そっちは生徒会室ではありませんよね」

 

「E組に向かってるんだよー。達也君を迎えにね。そういう深雪ちゃんはどうしたの?」

 

「奇遇ですね。私もお兄様を迎えに行こうと思いまして」

 

「へぇー、そうなんだ。本当に奇遇だね。うれしいよ」

 

相手と見つめ合って「「ふふふ」」と笑いが重なるが、お互い目は一切笑っていない。

一通り笑い合うと、ふたり同時に早足でスタートを切る。

肩をぶつけ合って、前へ前へとにかく相手よりも先ーー相手が自分より一歩先に進む度に一歩また一歩と歩幅を広げて相手よりも先に躍り出る。

両者一歩も引かず。

男らしく大股で進みたいが、今のワタシは女の子。姿に反する行為は変装者の矜持が許さない。

お互い肩をぶつけ合いながら、目的地であるE組の教室へ到着。と同時に、

 

「達也君‼︎」「お兄様‼︎」

 

豪快に扉を開けてE組の教室にふたり同時に入室。

名前を呼ばれた達也君は勿論E組の面々は何事かと注目する。

一科生の突然の訪問にざわつくE組生などお構いなし。そのまま達也君の元に一直線。

 

「「ワタシ(私)と一緒に生徒会室に行きましょう。今すぐに‼︎」」

 

奇しくも同じ台詞にキッ!と両者睨みを浴びせる。

状況が飲み込めない達也君の両腕をそれぞれ掴むと、そのまま無理やり立たせる。

この時点で彼の右腕を掴みたかった。

理由はワタシは右手を怪我しているので、自身の右腕を庇うように左手で達也君の右腕に抱き付きたかった。

しかし、先に深雪ちゃんに取られた。

クソッ!こんなときに限って⁉︎

仕方がないので痛みを我慢して、反対の左腕に抱きつく。

 

「ふふふ」

 

ワタシよりも先に彼の隣を確保した深雪ちゃんの勝ち誇った顔が妙に癪に障る。

今に見てろよブラコンめ。

こうして、ワタシと深雪ちゃんは達也君の両枠を挟むように両腕に抱き付いたまま、E組の教室を後にする。

去り際にE組の生徒たちが「アレが修羅場ってやつか」と口を揃えていた。

 

生徒会室を目指す道中、廊下を進むたびに通行人の視線が刺さる。

側から見れば完全に両手に花。

当然ワタシたちが目立たないわけがなく。

男子から達也へ嫉妬に満ちた視線の集中放火。

 

「あの野郎・・・両手に花とか羨ましい限りじゃねぇかクソ・・・!」

 

「あの可愛い子は誰だ?まつ毛超長いし、髪サラサラ、一科生のようだけど」

 

「片方は総代の司波さんじゃないか。嫌味かチクショウ‼︎」

 

「確かふたりは兄妹だったはず。なら、別に・・・いや、それでも許せねぇ」

 

「美人系と可愛い系のダブル。色とりどりかよ。そこらの女子が霞んで見えるぜ」

 

「・・・」

 

達也君が聞こえないフリでやり過ごす中で、ワタシと深雪ちゃんは別の戦いを繰り広げていた。

彼女が目線で『いい加減にお兄様から離れなさい女装男子』の圧を飛ばす。

ワタシも負け時と『そっちこそ。いい加減兄離れしなさいよ。ブラコン娘』とお返しの圧を送る。

両者ともに無言。されど目線でバチバチと激しい火花が散る。

不本意ながら、その火花の射線上にいる達也君は居心地が悪そう。

そんな折、耐えられなくなった達也君が口を開く。

 

「権三郎。手を怪我しているのか?」

 

「ううん。急にどうしたの」

 

「いや、今日は右手を庇っているような気がしてな」

 

「気のせいだよ。ほら、どこも怪我してないでしょう」

 

彼の眼前にご所望の右手を差し伸ばして、ぐっぱぐっぱと広げる。

痛がりを決して顔には出さない。代わりに笑顔で応える。表情を偽るなど変装者からすればお手のものだ。

 

「そうか。なら、別にいい。妙なことを聞いて悪かったな」

 

「お兄様。権三郎君も何でもないとおっしゃってますし、先を急ぎましょう。会長たちを待たせるわけにはいきません」

 

ワタシが達也君に気遣われた事がよほど不服な様子で急かす。

これはチャンス。

達也君からは見えない角度ーー深雪ちゃんのみ視認できる角度からフッと不敵に笑う。

すると、彼女は「んなっ⁉︎」と言いたげな表情。

教室での借りは返したぜ。

そんなやり取りをする内に目的地生徒会室に到着。

 

合板の引き戸。その中央には木彫りのプレートで「生徒会」と刻まれていた。

壁にインターホン、そして巧妙に隠された数々のセキュリティ機器。

◯パン師匠と◯ッド様が喜びそうなセッティング。

深雪ちゃんがインターオンを押す。

 

「失礼します」

 

達也君が引き戸の取手に指を掛け、戸を開く。

 

「ようこそ生徒会室へ。遠慮しないで入って」

 

正面、奥の机から声が掛けられた。

真由美先輩が笑顔で手招きしている。

深雪ちゃんを先に通し、次に達也君、最後にワタシが続く。

深雪ちゃんは扉から二歩の位置で立ち止まると、礼儀作法のお手本のような綺麗なお辞儀を見せた。

ワタシも彼女を真似て、綺麗なお辞儀をして見せる。

相手の洗礼された仕草を模倣するなど、変装者からすれば朝飯前だ。

 

「(私の真似しないでください)」

 

「(失礼だね。別に真似してないよ)」

 

伏せたまま小声で言い合う。

真似してるのは本当だけど、正直に言う必要なし。

顔を上げるタイミングもピッタリと合わせておく。

どうだ!まいったか。

 

「えーっと、ご丁寧にどうも・・・とりあえず、お食事でもしながら、お話しましょうか」

 

ワタシたちの所作に若干戸惑い気味ながらも、真由美先輩が生徒会室に備え付けの自動配膳機に目配りして、食事を勧めてくる。

この調子だと探せば私物が出てくるな。

 

「自動配膳機まで用意されているんですね」

 

「遅くなることもあるからね。お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」

 

「ワタシ自前があるのでお構いなく」

 

「手ぶらのように見えるが?」

 

「それは後のお楽しみ♪ほら、早く座ろう」

 

メニューを選び終わるとあとは待つだけ。

ホスト席に真由美先輩、その隣、原作知識で把握済みの女子生徒、市原鈴音。隣が、風紀委員長の渡辺摩利。その隣が中条あずさの順番。

市原鈴音の前に深雪ちゃん。隣がワタシ。その隣が達也君の順番で席につく。

席順で深雪ちゃんと軽く争いになったが、最終的にじゃんけんでワタシが見事勝利。達也君と深雪ちゃんの間に収まった。必勝のパーは最高。あと、負けて悔し顔を晒す深雪ちゃんはさらにサイッコウ。

時間が空いたら、ワタシも彼女の顔で同じ表情をしてみようっと♪

 

料理ができるまでの間、先輩たちがワタシを凝視していることに気づく。

同時にあずさ先輩が「あ、あの〜」と遠慮気味に訊ねてきた。

 

「1年A組の佐々木権三郎くんで合ってますよね?」

 

「そうですよ」

 

「男の子、ですよね?」

 

「はい。自分は男の娘ですよ。可愛いでしょう?」

 

敢えて男の子でなく、男の娘呼びを意識。加えて、組んだ指の上に顎を乗せる。

貴女の勇気ある行動を讃えて、ちゃんではなく、先輩呼びにしてあげましょう。

今度はワタシから彼女に質問をぶつける。

 

「それにしても、よく初見でワタシが男だと分かりましたね。えーっと「中条です」先輩、そんなに下手でしたか?ワタシの変装」

 

「えーっと、それは・・・その」

 

目を泳がせるあずさ先輩の視線の先、ワタシと視線を合わせようとしない真由美先輩。

犯人はお前か〜。

 

「えー、真由美先輩もうネタバラシしちゃったんですか。生徒会メンバーの驚く顔を期待してたのに。ちょっと、ショック」

 

唇を尖らせて軽く不貞腐れる。

悪戯好きの真由美先輩のことだから、てっきり生徒会メンバーに内緒していると思っていた。

 

「ごめんさい。新入生名簿を閲覧中に丁度、権三郎くんの項目が彼女たちの目に止まってね。その時、知っちゃったのよ」

 

両手を合わせて真由美先輩は申し訳気味に呟く。

 

「会長から事前に聞かされていなければ、制服も相まって、誰の目から見ても女子生徒と勘違いしそうですね」

 

カミングアウトしても、未だに疑問符を浮かべるあずさ先輩の横で鈴音先輩が補足する。素直な感想ありがとうございます。

 

「当校の校則に違反はしてはいないが、一応興味本位で尋ねるぞ。君は何故、女子制服の着用を選んだ?」

 

その質問にワタシは俯き気味で表情に翳りを浮かべる。未来のエリカちゃんのお義姉さんはどんな反応を示してくれるのか。

 

「いや、すまない。野暮なことを聞いたな。言いたくないなら、無理には・・・」

 

入学式のエリカちゃんと同じく、ワタシの意味有りげな様子に摩利先輩は慌てて気を遣い、話を切り上げてくれたが、ここで深雪ちゃんが口を挟んできた。

 

「渡辺先輩。これは彼の演技ですから、騙されてはダメです」

 

「ちょっ⁉︎深雪ちゃん余計なこと言わないでよ!ハッ・・・⁉︎」

 

不穏な視線。

ワタシの視線の先、机の向こうの摩利先輩が腕組みしながら、不敵に笑う。怖っ⁉︎

 

「ほう、この私を騙すとはいい度胸だな。指導しがいがある」

 

「勘弁してください。えーっと、摩利先輩、いや、姐さん」

 

彼女が男ならワタシは間違いなく『とっつあん』と呼んでいただろう。

 

「誰が姐さんだ!うん?待って、それをどこの誰から聞いた?正直に答えろ」

 

「昨日、風紀委員の先輩が言ってました。名前までは知りません」

 

「アイツら・・・後輩に余計な事を」

 

ワタシの答えに摩利先輩は憎々しげに呟く。

風紀委員の先輩方ごめんなさい。

 

「それで正直なところ、どうなんですか?」

 

今度は鈴音先輩が話の続きを催促してきた。

 

「女の子の格好が好きだからです。学校側にも許可取りました」

 

「佐々木君は女性になりたいのですか?」

 

結構躊躇なく踏み込んだ質問してくるな。

流石の真由美先輩も「ちょっとリンちゃん」と声を漏らす。

どんな嘘で固めるかなー。

 

「女の子になりたいわけじゃないですよ。可愛いものが好き、綺麗なものが好き、キラキラしたものが好き。その結果が今の自分です」

 

こんな感じでどうかな。

 

「なるほど。質問に答えて頂きありがとうございました」

 

丁寧に頭を下げ礼を述べて締め括る。

 

「権三郎。俺からも質問していいか?」

 

ワタシへの質問タイムは終わりかと思ったら、今度は達也君が訊ねてきた。珍しいね。

 

「いいよー。達也君の気になってること答えてあげるよ。もしかして、ワタシの下着がどっ・・・」

 

「手洗いはどっちを使っているんだ?」

 

ワタシが言い終える前に質問してくる。チッ!

 

「食事前にそれを聞いちゃう?男子の方に決まってるじゃん」

 

「居合わせた男子たちの気苦労が絶えないな」

 

男子トイレの阿鼻叫喚の光景を想像して、なんとも言えない表情を浮かべる一同。

 

「最後にもうひとつだけいいか?」

 

特◯係か?特尉だけに。

 

「今度はなにかな?やっぱり、ワタシの・・・」

 

「お前はいつから、その姿でいるんだ?」

 

何を言い出すのかと思いきや、彼の問いに、可愛いものが好きだから女装しているのでは?と全員がぽっかーん、とした意味を汲み取れない表情。

昨日の雫ちゃんと同じ質問をするなよ。

 

「中学の時からだよー。制服については学校側にゴリ押しで認めさせたけど」

 

「そうか。野暮な事を聞いたな」

 

それを最後に達也君からの質問は終わった。

何だったんだ?

疑問に思っていると、オホンッと真由美先輩が軽く咳払い。

 

「入学式で紹介しましたけど、達也くんと権三郎くんの為に、もう一度紹介しておきますね。私の隣が会計の市原鈴音、通称リンちゃん」

 

「私をそう呼ぶのは会長だけです」

 

整っているがきつめの印象で、ワタシよりも背が高く手足が長い鈴音先輩は美人で「さん」付けが似合う容姿の女の子だ。

変装し甲斐のある顔だね。

 

「深雪さんと達也くんは知ってるわね。その隣が生徒会メンバーではないけど、風紀委員長の渡辺摩利」

 

凛々しいルックスとさっぱりした性格で女子から告白されること間違いなし。男子から姐さんの敬称で慕われる彼氏持ちの女性。

本当は昨日会っているが、初対面のフリをしておく。

 

「それから書記の中条あずさ、通称あーちゃん」

 

「会長、私のことをあーちゃんって呼ぶのはやめてください!下級生の前なんですからぁ!」

 

小動物リスの印象が強いふわふわのクリームヘアのあずさ先輩はマスコット系の小柄な女の子だ。

自身の呼び方に異議を唱える彼女の姿が可愛いのでワタシは失礼を承知、意を決して訊ねる。

 

「あの、あずさ先輩」

 

「なんですか?」

 

「頭を撫でてもいいですか?」

 

「ダメに決まってるでしょう!初対面の人間に真顔でよく言えましたね⁉︎私こう見えても先輩なんですからね‼︎」

 

こう見えて、と発言する辺り、自分でも年下に見られる自覚はあるようだ。

 

「佐々木。今の発言は場合によってはセクハラになるぞ。まぁ、キミは見た目が見た目だから、微妙なところではあるがな」

 

「だそうですよ。撫でていいですか?」

 

「ダメです!」

 

「それはそれで、微笑ましい光景になりそうね」

 

ニコニコと冗談を口にする真由美先輩も可愛いが、そんな彼女にあずさ先輩は「会長〜」と恨めしそうに呟くが、童顔なので可愛さが増すばかり。

 

「それから今はいないけど、副会長の服部くんを加えたメンバーが、今期の生徒会役員です」

 

服部先輩はまぁいいか、と適当に流そうとした時、ワタシの頭にある閃きが。

 

「あの真由美先輩。その服部先輩とは、いつ頃会えそうですか?」

 

「うーん、そうね、服部くんはいつも食堂で済ませるから、休憩中には会えないわね。会えるとすれば放課後になるわ」

 

「そんなに服部に会いたいのか?」

 

「後輩として先輩に顔を出しておこうと思いまして」

 

「ほう、いい心がけだ」

 

摩利先輩が感心する。

この顔では出さないけどね♪

皮の下でほくそ笑み、悪戯を画作する。

 

暫くして、ダイニングサーバーのパネルが開き、盛り付けられた料理がトレーに乗って出てきた。

各自が自分の分を運んで、机に置いたタイミングでワタシはある事に気付く。

合計5つ。

ひとつ足りないことに達也君が気づいた時、摩利先輩が弁当箱を取り出した。

食事中の会話を進めるつもりで深雪ちゃんが切り出す。

 

「そのお弁当は渡辺先輩がご自分でお作りなられたのですか?」

 

「そうだ。意外か?」

 

「いえ、少しも」

 

「そうか」

 

摩利先輩が気恥ずかしく手元を隠そうとする。その指には真新しい絆創膏が貼られ巻かれている。

深雪ちゃんに続いて、今度はワタシが話を切り出す。

 

「摩利先輩なにも恥じることはありませんよ。寧ろ堂々と見せるくらいドンと構えていればいいんです」

 

「どういう意味だ?」

 

「摩利先輩は恋人がいらっしゃいますね?」

 

「なっ⁉︎何故一年のきみがシュウを、いや、知っているんだ!」

 

摩利先輩は目を見開き驚愕を露わにする。

原作知識でーす♪とは言えないので、代わりにそれっぽく喋る。

 

「その手の絆創膏を見れば明白です。女性が慣れない手作り弁当を作るのは劇的な心境の変化。例えば、恋人ができるなどが代表的です。それまでは自動配膳機で済ませていたでしょう?」

 

「うぐ・・・!」

 

「その手は貴女が彼氏さんを思っての努力の証、勲章です。仮に有象無象が馬鹿にしてきても、耳を傾ける必要はありません。彼氏さんの反応や褒めてくれる言葉だけを聞いていればいいです。ワタシが断言しましょう、貴女の恋人は幸せものですよ。だって、こんなにも自分を思ってくれる素敵な女性が・・・」

 

「ストップ!ストップ!権三郎くん そこまでにして。ほら、摩利の顔が真っ赤になってる」

 

真由美先輩が話の腰を折る。

摩利先輩は頭頂部から湯気が上がる勢いで顔が真っ赤に染まっていく。

普段のキリッとした王子様系の彼女とは思えない反応。これがギャップ萌えってやつか。

 

「き、きみは女性をたらしこめる素質があるのか?よく、恥ずかしげもなく、堂々と言えるな」

 

「佐々木君は顔に似合わず、やはり男性なんですね」

 

「なんだが探偵さんみたいです」

 

鈴音先輩とあずさ先輩が素直な感想を送る。

あずさ先輩ひとつだけ訂正を。

ワタシは探偵になりたいのではない。変装の達人になりたいのだ。

 

「ワタシはただ事実を述べただけですよ。ねぇ、達也君」

 

「俺に振られても困る」

 

「ひとまず摩利の話はこれくらいにして、食事を再開しましょう」

 

真由美先輩に促される形で各自食事を再開する。

 

「実はワタシも摩利先輩と同じくお弁当を持って来てます」

 

いつの間にかテーブルの上に置かれた弁当箱に全員が注目する。

ふふん、中身が崩れないように制服に仕込んでおいた。

 

「手ぶらだったはずだが、どうやって持ってきたんだ?」

 

「ヒ・ミ・ツ。あっ達也君よかったら、食べてみてよ」

 

ワタシの一言に深雪ちゃんの食器を掴む手が止まる。

 

「ダイニングサーバーの分があるから食べ切れないぞ」

 

「そうです。お兄様無理に食べる必要はありません」

 

「ワタシは達也君に聞いてるんだよ。ねぇ、一口でいいから、ワタシの手作り弁当を食べてお願い」

 

本当は母さんの手作りだけど。

達也君に顔を近づけて甘えるように懇願。

隣で深雪ちゃんの表情が凍る。

進めば地獄、引けども地獄。達也君はどう対処すればいいか迷ってる。

完全な板挟みに陥った彼に逃げ場はない。

 

「まるで恋人同士のやり取りですね」

 

鈴音先輩の何気ない一言が深雪ちゃんにダイレクトアタック。

達也君は余計なことをっ⁉︎と叫び声を漏らしそうになった。

ナイス鈴音さん!

一向に引かない様子のワタシに達也君が根負けして要求を呑む。

 

「・・・一口だけだぞ」

 

「やったー♪それじゃはい。あーん・・・」

 

箸で弁当の具材ーー卵焼きを摘んで達也君の口元に運ぼうとした時だった。

 

「ぐぅ⁉︎」

 

突然、足に強烈な痛みが走る。その拍子にぽろっと卵焼きがテーブルの上に落ちた。

落ちた卵焼きに全員の視線が釘付けになる。

テーブルの下から誰かに足を踏まれた。犯人は深雪ちゃんだった。

ギギギと首を軋むように彼女の方に顔を向けると、

 

「み、深雪ちゃん、あ、あし、足が・・・⁈」

 

「足がなんですって?」

 

「ひぎぃ・・・⁉︎」

 

再びワタシの足を踏みつける。しかも、踵でグリグリのおまけ付きで。

こ、このアマァ・・・‼︎見た目がいいからって、何をしてもいいわけじゃないんだぞ‼︎

 

「深雪 みっともないからやめなさい」

 

「はいはい、もう止めようね、ふたりとも。深雪さん、悔しいのは分かるけど、どうやら権三郎君は一筋縄じゃいかないみたいよ」

 

深雪ちゃんの行為を見かねた達也君と真由美先輩が諌める。

兄から注意されては逆らえないので、渋々といった様子で足を退かす。

絶対に駆、仕返してやる!もう一度君に変装して兄妹関係ではできない恥ずかしい事してやるんだからな!

ワタシは復讐を決意する。

 

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

友好的な雰囲気から真剣な会長に切り替わった真由美の一言で、全員が姿勢を正す。

復讐は後ほどだね。

 

「単刀直入に言います。深雪さん、私は貴女が生徒会に入ってくださることを希望します。引き受けていただきますか?」

 

深雪ちゃんは目線を落とし、俯く。

この勧誘を深雪ちゃんに変装して「断る!」と叫んだらどうなるかな?と考えていると、再び彼女が顔を上げる。

おっ!くるか?

 

「会長は兄の入試の成績をご存知ですか?」

 

キタぁぁあぁぁ!

危うく叫び声を上げそうになったが、それは隣の達也君も同じ。

妹の予想外の行動に兄は狼狽気味。

 

「成績優秀者や有能な人材を生徒会に入れるのなら、私よりも兄の方が相応しいと思います!」

 

「おい、み・・・」

 

「達也君 確かデスクワークが得意だよね。実技は関係ないから、寧ろ知識や判断力の方が重要になるよ」

 

「権三郎まで・・・」

 

この後の展開は予想できるが、敢えて深雪ちゃんの肩を持つ。達也君からすれば、迷惑でしかないが。

 

「それに昨日の偽物騒動で君って大活躍だったじゃん」

 

達也君の顔を覗き込むながら、彼の能力の高さをこの場の全員に訴えかける。

 

「権三郎お前は」

 

「学校敷地内で出現したという会長の偽物ですね。こっちでも報告は上がっています」

 

「あの時、奴が偽物だと看破したのは確か司波だったな。アレは私でも危なかった」

 

「あら?摩利 昨日の貴女の口振りから見破ってたと思ってたのに」

 

「はっきり言って、私でも見分けがつかないくらい瓜二つだったぞ。正直、あの場に司波が居合わせてくれて助かった」

 

当時現場にいた風紀委員長からの直々の評価に笑みが溢れそうになる。

そっかー、見分けがつかなかったのか♪嬉しいな。

 

「気づいたのは偶然です。結局ヤツには逃げられました」

 

「で、でも、偽物との区別がつくだけでも凄いことだと思いますよ」

 

このままだとワタシの話題で昼休みが終わると悟ったので一旦区切りを付ける。

 

「その実績を考慮しても、達也君の能力は非常に高いものだと思われます。ねっ!深雪ちゃん」

 

「貴方にしては分かってるじゃないですか」

 

達也君を讃えるとホント調子いいわー、このブラコン娘。

 

「生徒会に入るなら兄も一緒というわけにはいきませんでしょうか」

 

深雪ちゃんの要望に誰もが呆然。

 

「残念ながら、それはできません。生徒会の役員は一科から選ばれます。これは不文律でなく、記載された規則です」

 

鈴音先輩が淡々と事実を述べる。

完全に立場は仕事ができる女性秘書。今度、スーツ姿で彼女に変装してみようかな。

 

「すみません。出すぎたことを申しました」

 

「いえ、成績優秀者なら本来は欲しいところですが、生徒会が規則を破るわけにはいきません」

 

深々と頭を下げて詫びる深雪ちゃんに、鈴音先輩は生徒会の厳格さを説明する。

このまま終わるのも面白くないなー。

 

「部外者でおまけのワタシが発言してもいいでしょうか?」

 

ワタシはスッと挙手してみせる。

 

「全然構わないわ。権三郎くんからも意見を述べてちょうだい」

 

「昨日校門前で発生した一科生と二科生の諍い。その中で女子生徒が攻撃魔法を使ったのを咎めた真由美先輩・・・の偽物に対する達也君の場の納め方。目立たずに物事を解決するタイプだね」

 

昨日の一件をスラスラと語る。

ワタシの口上にピクッと達也君の眉が僅か釣り上がる。

 

「・・・権三郎 お前は何が言いたい。話が見えてこないぞ?」

 

「深雪ちゃんは勿論、達也君もこの学校に必要な人材。だけど、鈴音先輩の言うように規則を破ることはできない。ルールは破られる為にあるって言うけど、それは破って責任が取れる人間がやることだ」

 

「話しが脱線気味だけど、真由美先輩は学校の現状、一科と二科の区別意識を嘆いているんじゃないですか?」

 

「どうしてそれを」

 

真由美先輩は自分の腹積りーー卒業までに成し得たい大願を見抜かれたことに驚きを隠せない。

その証拠に顔がこわばるほどの驚きの表情。

真由美先輩に変装するのに心理状態を模倣した際、推測した彼女の内心目標だ。

変装のスキルとして、心理学も習得済みだ。

 

「ワタシは言葉にしませんけど、ある俗称が禁止にも関わらず、平気で蔓延している。お互い発奮することで競争意識を期待する学校側はそれを改善しようともしない」

 

チラッと摩利先輩に視線を移すと、嘆いている表情を浮かべる。

摩利先輩に変装して「花冠」「雑草」を連呼したら、彼女は風紀委員長の座を退くことになりそう。

ヤバィ!彼女の声で口に出したい。でも、今は我慢だ。

 

「教師不足という現実がある以上、一朝一夕で解消できない。制度自体を無くすことは今できないけど、意識を変える事はできる。いや、ワタシたちの代で絶対にやるべきです。その為にも一科と二科の橋渡しとして」

 

ここで一旦話を区切って、全員の顔をあずさ先輩から順に見渡す。そして、最後に達也君の方を向く。

 

「ワタシは達也君を風紀委員に推奨すべきだと思います」

 

「確か、生徒会役員の選考規定は、生徒会長を除き一科生徒を任命しないといけないんでしたっけ。その縛りがあるのは、副会長、書記、会計でしたよね?」

 

「そうよ。よく知ってるわね」

 

「女子制服を着るために校則を徹底的に調べましたから」

 

「あー、それでね・・・あははは」

 

「なるほど。納得した」

 

ワタシの曇りのない返答に真由美先輩は苦笑いを漏らす。

摩利先輩はコイツならやりかねん、といった具合に頷く。

 

「話を戻しますよ。つまり〜風紀委員の生徒会枠に、二科生の達也君を選んでも校則に抵触しないって事ですよ」

 

「ナイスよ!ゴンちゃん」

 

「はぁ?」「えっ?」「うん?」

 

真由美先輩の歓声に、ワタシは思わず、達也君と深雪ちゃんと一緒に間の抜けた声が漏れてしまった。

ゴンちゃんか。雫ちゃん意外に呼ばれるのも悪くない響きだ。

 

「権三郎君 どういうつもりですか?もしかして、お兄様に対して何か意図があって」

 

「深雪ちゃんも達也君の風紀委員としての活躍を見てみたいよね」

 

「奇遇ですね。まったく同意見です」

 

さっきまで食事のやり取りが嘘のようにお互いガシッと固い握手を交わす。

そのやり取りを達也君が何とも表せない眼差しで眺める。

 

「お前たちは仲がいいのか、悪いのか、分からんな・・・それよりも俺の意思はどうなるんですか?大体、風紀委員が何をするのかも説明を受けてませんよ」

 

「風紀委員は学校の風紀を維持する委員です」

 

「結構大変・・・やりがいのある仕事よ」

 

「あ、あの、当校の風紀委員会は、校則違反者を取り締まる組織です」

 

「風紀委員の主な任務は、魔法使用に関する校則違反者の摘発と魔法を使用した争いの取り締まりだ。違反者の罰則の決定にあたり、生徒会長と共に懲罰委員会に主席し意見を述べることもできる。いわば、警察と検察を兼ねた組織だな」

 

「すごいじゃないですか、お兄様!」

 

「流石だね、達也君!」

 

「いや、お前たち・・・そんな決まりですねみたいな目はやめてくれ。念の為確認させてもらいますが、風紀委員は喧嘩が起こったら、それを力ずくで止めなければならない、ですよね?」

 

「まあ、そうだな」

 

「あのですね!俺は実技の成績が悪いから二科生なんですが!」

 

達也君がとうとう大声で異議申し立て。

 

「構わんよ。力比べなら、私がいる。おっと、そろそろ昼休みが終わるな。放課後に続きを話したいんだが、構わないから?」

 

摩利先輩が有耶無耶ではすませない。

口に出しませんけど、このお兄様アナタの100倍頼りになりますよ。普段は真面目でも掃除を後回しにして結局できない誰かさんと違って。

 

「・・・分かりました」

 

「では、またここに来てくれ」

 

理不尽感を押し殺して頷く達也君。

 

「やったね。これで君も今日から風紀委員だ。おめでとう達也君」

 

「誰のせいでこうなったと思ってる」

 

「そのセリフ、そっくりそのまま彼女に言えるの?ねぇ、深雪ちゃん」

 

ワタシは振り返って深雪ちゃんに意見を求める。

喜びを押し隠せていない深雪ちゃんに、達也君はもう何も言えなかった。

 

 

***

 

 

放課後。

ワタシは雫ちゃんとほのかちゃんからの下校の誘いを丁寧に断って、再び生徒会室に向かった。

途中、校内監視カメラの死角で深雪ちゃんに変装。

司波兄妹と鉢合うスリルを味わいながら、生徒会室の傍ーー廊下の角で張り込んでいるとお目当ての待ち人がやって来た。

副会長の服部刑部少氶範蔵。名前が長いから服部先輩。

身長は達也君と同じだが、それ以外はパッとした特徴がない。

しかし、会長の真由美先輩に好意を寄せている可愛い一面がある。

この人を揶揄いたくて、ここで待っていたのだ。

ワタシは廊下の死角で真由美先輩に変装すると、そのまま飛び出る。

 

「きゃっ!ごめんなさい」

 

「あっ会長 こちらこそすみません。大丈夫ですか?」

 

偶然の鉢合わせを装って、服部先輩の胸にぶつかる。

その反動で後ろに倒れそうになったワタシの背中に優しく手を回し支える。

若干手から緊張が伝わってくる。

ほれほれ、キミの愛しの真由美先輩だぞー。ガワは同じでも中身はワタシだけどね。

 

「生徒会室に居るはずでは?どうしてここに?」

 

「お花を摘みにと言えば分かるでしょう?」

 

「す、すみません!野暮なことを聞きました」

 

「いいのよ。でも、そろそろ離してもらえるかしら。誰かに見られるとね?」

 

ワタシは目を背けて僅かに頬を赤らめて恥ずかしがる。

自分が会長を抱きかかえた状態である事に気づいた服部先輩は慌てて離れる。

 

「申し訳ありません!自分のような男が、あろうことか会長に粗相を働くなど・・・!」

 

直立不動の姿勢で上擦った声で精一杯の謝罪を述べる。完全に好きな人を前にした健全な男子高校生の反応だ。

わ、笑うな。面白いけど、ここで笑ったら変装がバレる。

服部先輩に背を向けてぷるぷるの震える。

 

「会長?どうしたんですか、まさかどこか体調が悪いのでは・・・」

 

「い、いいえ 大丈夫よ。ただの、くくぅ、ぶふっ!やっぱりダメ・・・ぷぷ、クケケケ」

 

「あの本当に大丈夫ですか?何だったら保健室に」

 

ワタシは我慢できず、口を押さえるも思わず吹きだす。

それを心配してか、体調を気遣う服部先輩。

吹き出すほどの最高のリアクションをしてくれてありがとう。

お礼にサービスしてあげる。

 

「本当に連れて行ってくれるの?それなら、お姉さんお願いしちゃおうかしら」

 

服部先輩の胸にしなだれかかる。

すると、どうなるか。

 

「か、か、か、会長⁉︎いきなりナニを⁉︎」

 

身体をピンと張り詰めて、さっきよりも上擦った声で茹で蛸さんに状態になる。

身体越しに緊張が伝わってくるぜ。

 

「ダメですよ。どこで誰の目があるかもしれないのに、オレにだ、だ、抱きつくなんて・・・!」

 

「そんな・・・!私じゃイヤなの?」

 

服部先輩の胸の中でワタシは僅かに涙を浮かべた上目遣いで甘えた声で尋ねる。

真由美先輩は絶対にやらないな。

 

「いいえ。むしろ光栄です」

 

吹っ切れたのか、先程までと変わってキッパリとした口調で答える。

今の彼の心境はもうどうにでもなれ。この状況が続くならどうなってもいい。ありがとうございます。

手に取るように考えが分かるよ。

しかし、ここで彼が予想外の行動を起こす。

 

「あの、会長 つかぬ事を訊きますが、まさか偽物じゃありませんよね?」

 

茹蛸から一変、疑念の眼差しを宿した副会長の顔になる。

やはり、昨日の一件は真由美先輩か摩利先輩経由で生徒会メンバーに知れ渡ってる。

そんな事だろうと思ったよ。

ワタシは奥の手を切る。

 

「そんな・・・服部くんは私が偽物だって疑うの?ひどいわ」

 

真由美先輩の顔でうるうると涙腺に涙を溜める。

古来から男は女の涙に弱いと相場が決まっているのだ(ボクは男だけどね♪)。

ワタシの嘘泣きに「うっ⁉︎」と服部先輩は呻く。

 

「すみません!自分の思い違いでした。だから、泣かないで下さい。もしも、謝罪だけで不服ならできる限りの事をしますから」

 

慌てて謝罪してワタシを真由美先輩と信じ込む。

この人ちょろいわ〜♪

変装者にその発言は危険ですぞ。

言質は取った。

 

「そう?なら、お詫びに・・・」

 

ジーッと彼の目の奥を覗き込む。

 

「真由美」

 

「えっ?」

 

「会長って無粋な呼び方じゃなくて、真由美って呼んで服部くん いいえ、半蔵くん」

 

彼の名前だけを甘い声で囁く。

カァーと服部先輩の顔が再び、真っ赤な茹で蛸になる。

 

「ダ、ダメです!会長をそんな馴れ馴れしく名前で呼ぶなんて自分には出来ません!誰かに知られでもしたら・・・」

 

「知られたら、なんなの?別に私は構わないわ」

 

「いいえ、例え会長が良くても周りが許しません。それに貴女はナンバーズの筆頭七草家の令嬢なんですから、悪い誤解を招くだけでなく、ご実家にも迷惑がかかりますよ」

 

「それなら、こんな・・・ふたりきりの時でもダメ?」

 

「それは・・・その・・・えーっと」

 

ハッキリと言葉にならない。

もう一押だね。

 

「お願い半蔵くん。一度でいいから真由美って呼んで。大丈夫他の誰にも言わないから。勿論、親友の摩利にだって言わない」

 

意を決してゴクリと生唾を飲み込む。

準備体制に入ったね。

 

「ま、ま、ま、まゆゆ、まゆ、ま、ま・・・」

 

「聞こえないわ。もっとハッキリと聞こえるように。男の子でしょう」

 

「ま、ま・・・まゆみ」

 

喉の奥から絞り出すように真由美先輩の名前を口に出す。

 

「やっと呼んでくれた!嬉しい。ありがとう、半蔵くん!」

 

彼の胸の中に思い切り飛び込む。胸(パットだけど)を押し付けるサービス付き。

 

「うわっ⁉︎流石にそれはダメですって‼︎」

 

「えっ嫌なの?」

 

テンパる彼の胸の中で上目遣いを披露。

 

「い、いいえ。イヤじゃないと言いますか、嬉しいと言いますか、これは、その・・・はい、うれしいです」

 

素直に白状する。

この人、真由美先輩だと語学力なくなるな。

 

「あの、かい「真由美」まゆみ、いつまでも抱きつくつもりですか?このままだと、誰かに見られる可能性が」

 

キョロキョロと心配気味に辺りを伺う。

昨日の二の舞になるのは避けたいから、ある程度満足したし、ここで退散しよう♪

 

「ふふふ、そうね。じゃあ、後ほど生徒会室で会いましょう。半蔵くん・・・ぷぷぷ、クケケケ」

 

ヤッバ。また可笑しくて、今度は地の笑い声が漏れ出す。このままだと正体が露見する。

 

「本当に大丈夫ですか?声がおかしい気が・・・」

 

「い、いいえ。本当に大丈夫よ。それじゃ、また後ほど生徒会室で会いましょう。あっ、みんなの前では会長って呼んでね♪」

 

これ以上笑いを堪える自信がないので、服部先輩に別れを告げて退散する。

もう少しの間だけ、幸せを噛み締めていてね♪

 

 

 

***

 

 

「ぷぷぷ、クケケケ、クッケッケケケ・・・あー、お腹痛い‼︎でも、最高に笑えるショーだった」

 

生徒会室から離れて、再びカメラの死角となる変装スポットーー東側の三階と四階の階段踊り場で真由美先輩からゴンちゃんに戻る。

手持ちの手鏡で変装具合を確認。うん、バッチリ。

校内の鏡のある場所でもいいんだけど、誰かに見られる危険があるからね。

生徒会室で服部先輩のショックで震える顔を拝ませてもらおう♪

変装を済ませて、死角から出たところ思わぬ人物と遭遇した。

 

「あれ?雫ちゃん。先に帰ったんじゃないの?」

 

雫ちゃんだった。

廊下の窓から差し込む夕日に照らされて、綺麗だなー。

たまたま居合わせたとは思えない。おまけにいつも一緒のほのかちゃんの姿がない。

 

「ほのかちゃんはどうしたの?もしかして、外で待たせてるのかな」

 

「ゴンちゃんに訊ねたい事があるから、ほのかには先に帰ってもらった」

 

「えぇ〜また〜今度は何を訊ねたいのかな?」

 

「ゴンちゃん ひとりでこの時間までどこにいたの?」

 

「お化粧直しだよー。すっぴんは誰にも見せたくないし」

 

すっぴん=素顔。これは本当だ。

すっぴんの発音が強い気がするが許容範囲内だろう。

 

「この時間まで?さっき、そこの廊下の角から出てきたよね。あっち方面には手直しができるような場所はなかったはずだよ。それに、化粧ポーチとか持ち歩いてないよね?」

 

ギクリッ!

雫ちゃんって、中学の時から妙に勘がいいんだなー。  

 

「鏡と道具を使わない軽い手直しだよ。軽いって言っても、ワタシ基準だからね」

 

我ながら苦しい言い訳。

ミステリーで探偵か刑事に追い詰められる犯人の気分だ。

 

「どうせ手直しするなら、鏡を使ったほうが確実だと思うよ。ゴンちゃん 身だしなみに過剰なくらい気を遣うでしょう。そんなゴンちゃんがどうして、わざわざ鏡のないところで手直しするの?」

 

ぐあぁぁぁ⁉︎

完全に墓穴を掘っちゃったよ!クソッ雫ちゃんの前だと調子が悪い。やはり、過去に顔を見られたせいか?

頭の中で必死に言い訳を考える中、今朝の出来事を思い出す。

 

「嫌いなんだよ」

 

「えっ?」

 

「鏡が嫌いなんだ。いや、怖いと言ってもいい」

 

両手で二の腕を抱くようにして震えてみせる。

鏡が嫌いな役者さんもいるから、怖い人間くらいいても不自然ではない!多分・・・。

 

「どうして怖いの?」

 

「・・・嫌な物を残酷に見せてくるからだよ」

 

今朝ウチで父さんに言ったセリフだ。

 

「一体それは・・・」

 

「はい。今日のところはこれでお終い。いつまでも学校に残ってもしょうがないし、せっかくだし、このまま一緒に帰ろうよ」

 

強引に学校から退散する口実を作る。

まだ粘ってくると思ったが、意外にも「うん、分かった」と雫ちゃんは快く承諾した。

服部先輩のリアクションを拝めないのが残念だが、今は早く雫ちゃんと別れて帰宅したい!

このまま彼女と並んで廊下を歩き出す。すると、突然、

 

「ゴンちゃん、髪にゴミが付いてるよ」

 

雫ちゃんの手が髪(ウィッグ)にサラッと触れたと思うと、そのまま顔に触れようとする。

彼女の指先が顔に触れた瞬間、ワタシは思わずヒュッと短い息を呑み込み、慌てて彼女の手を払いのける。

この子は油断も隙もないな⁉︎顔タッチはNGだよ。ノータッチ!

 

「ゴンちゃん・・・?」

 

雫ちゃんは払われた手を摩る。

ヤベッ!強過ぎたかな。

 

「ご、こめん。顔は触らないでよ。いや、触るな」

 

変装者にあるまじき、動揺を見せてしまう。

しまったぁぁぁぁぁ‼︎

また墓穴を掘ってどうするのよ。しかも、特大サイズの致命的な穴だ。

明らかに不自然な行為。

ど、ど、ど、どうしよう。いや、落ち着け。クールになれ権三郎。ここは◯ルモットさんになるのだ。

 

「不用意に人の顔を触るものじゃないわよ」

 

ふふふ、◯ルモットさんならこんな感じの筈。

この後はどうしよう。殆どノープランだ。

今にも雫ちゃんは飛び掛かってきそうな勢いで顔を向けてくるし。本当にどうしよう。

行動に困っていると、

 

「ちくしょおおおっ‼︎‼︎」

 

生徒会室の方から、男性ーー服部先輩の絶叫が廊下に轟く。

突然の事にワタシと雫ちゃんは揃って、びっくりする。

チャンス‼︎

 

「し、雫ちゃん!早く帰ろう‼︎」

 

彼女の手を強引に引っ張って、そのまま早足で玄関口を目指すが、動揺が未だに収まらず、わなわなと震える。

くっそぉぉぉぉ!明日からどうすればいいんだ?

帰宅するまでの間、ワタシ、ボクの頭はその事で一杯になった。

 

 

***

 

別side

 

雫は敷地内全ては無理でも、校舎内の見取り図は記憶している。

西側の階段で一階から四階まで気になる場所を歩き回る。

暫く歩き回っていると、生徒会室のある四階東側の階段から出てくるお目当ての探し人を発見した。

 

「あれ?雫ちゃん。先に帰ったんじゃないの?」

 

雫が声を掛けるよりも、先に相手ーー権三郎が気付く。

廊下の窓から差し込む夕日に照らされながら、近づいてくる。

 

「ほのかちゃんはどうしたの?もしかして、外で待たせているのかな?」

 

いつも雫と一緒のほのかの姿がないのを疑問に感じる。

 

「ゴンちゃんに訊ねたいことがあるから、ほのかには先に帰ってもらった」

 

雫から校門前で「先に帰って」と急に言われたほのか。

親友の不審な物言いに思わず、好奇心で詮索したい気持ちに駆られたが、昨日の下校時の雫の行動を考慮してほのかは無駄な詮索をやめて、素直にひとりで下校することを受け入れた。

明日、親友の進展具合に期待を込めて。

 

「ワタシに訊ねたいことってなにかな〜」

 

「ゴンちゃん ひとりでこの時間までどこにいたの?」

 

「お化粧直しだよー。すっぴんは誰にも見せたくないし」

 

すっぴんの表現に強い感情が構っているように感じ取れた。

すっぴん=素顔に何か強い思い入れがあるのだろうと雫は当たりをつけた。

もっと踏み込んだ話しに持ち込む。

 

「この時間まで?さっき、そこの廊下の角から出てきたよね。あっち方面には手直しができるような場所はなかったはずだよ」

 

雫の記憶が確かなら、権三郎が現れた東側には化粧直しができる場所はなかったはずだ。

化粧ポーチを持ち歩いてるようには見えない。

 

「鏡と道具を使わない軽い手直しだよ。軽いって言っても、ワタシ基準だからね」

 

「どうせ手直しするなら、鏡を使ったほうが確実だと思うよ。ゴンちゃん身だしなみに過剰なくらい気を遣うし。そんなゴンちゃんがどうして、わざわざ鏡のないところで手直しするの?」

 

家柄上、同年代の女子に比べて、化粧する機会が多い雫には分かる。

ひとりで鏡もなしに化粧直しするのは難しい。

顔のパーツの各位置を把握しているのなら不可能でもないが、鏡で見た方が確実だ。

入学して僅か3日間だが、雫が権三郎に抱いた印象は自身の身嗜みに過剰なくらい注意を払うーーまるで彼は自分の何かを包み隠してる。

 

(やっぱりゴンちゃんは・・・)

 

自分の推測が正しければ彼は。

雫は追求の為に質問攻めしようとした時、

 

「嫌いなんだよ」

 

「えっ?」

 

普段の女口調から変わって、男口調の権三郎に戸惑いをみせる。

本物の女子よりも女の子らしい相手の口から男性らしい言葉使いが出てくるのは不思議な気持ちだ。

 

「鏡が嫌いなんだ。いや、怖いといってもいい」

 

二の腕を抱きしめる手は僅かに震えている。

顔には濃い恐怖の色が伺える。

そんな彼に雫は意を決して理由を訊ねてみる。

 

「どうして怖いの?」

 

「・・・嫌な物を残酷に見せてくるからだよ」

 

鏡を覗く時、何が見えるか?それはきっと顔だ。

言葉から伝わってくる権三郎の心境。

見たくない。受け入れたくない。認めたくない。敬遠したい。そんな感情が複雑に入り混じった声色。

 

「それは一体・・・」

 

彼が見たくないもの。恐れているもの。

自分の推測が正しければ、きっとそれは・・・。

雫は当たりを付けていたが、彼の口から直接聞きたかった。

 

「はい。今日のところはこれでお終い。いつまでも学校に残ってもしょうがないし、せっかくだし、このまま一緒に帰ろうよ」

 

しかし、強引な形で権三郎が話を切り上げる。

彼の提案に一旦「うん、分かった」と言っておく。

そして、隙を見計らって、

 

「ゴンちゃん、髪にゴミが付いてるよ」

 

雫はゴミを払う体裁を装って、彼の顔に触れようとする。

 

(私の考え通りなら、この顔の下には・・・!)

 

数センチばかり指先が顔に触れる。

そのまま顔を摘もうとしたが、先に権三郎から手を払い除けられ、失敗に終わる。

払い除けられた手は赤く腫れた。

 

「ゴンちゃん・・・?」

 

「ご、こめん。顔は触らないでよ。いや、触るな」

 

瞳には明らかな拒絶と恐怖、動揺の感情が灯る。

ふぅふぅ、と息遣いも荒い。

触るな。

その言葉には彼の本心が篭っているように雫には感じ取れた。同時に自分の聞き間違いでなければ、声色も僅かに変わっていた。

 

「不用意に人の顔を触るものじゃないわ」

 

いつもの女口調に、女声に戻る。

まるで必死に自分の本性を隠そうと取り繕っているように見える。

 

(動揺で本調子じゃないんだ。揺さぶればきっと)

 

もっと時間を掛ければ、自分の知りたい事ーー彼の正体を知れる筈。

顔は警戒されて、もう触れられないだろう。ここから、どうするか。

権三郎と面と向かいながら、雫は思考する。

 

「ちくしょおおおっ‼︎‼︎」

 

生徒会室の方から、誰かの絶叫、おそらく男性のが廊下に轟く。

突然の事に雫は驚く。

 

「し、雫ちゃん!早く帰ろう‼︎」

 

慌てる権三郎に手を引っ張られて、そのままふたり早足で廊下を進んで行く。

権三郎に手を引かれる中で、雫の目には彼の背中がいつもの活気がなく、弱々しく見える。

握る手は小刻みに震えて、こっちが強く握っていないと離れてしまいそうだ。

 

***

 

放課後にて。

生徒会室で服部は自分が偽物に騙されたことを知り、ショックの余り生徒会メンバー及び司波兄妹の眼前で「ちくしょおおおっ‼︎‼︎」と叫びながら、床に両手をつける。

その結果、達也との決闘で平常時のコンディションが発揮できず、原作以上に惨敗した。

この一件により、服部の中で権三郎もとい偽物への闘争心が燃え上がることになる。

 

 

 

 




次回は部活勧誘のところまで書く予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。