相変わらずの文章力ですが、ちょっとした楽しみになれば幸いです。
入学4日目の朝。
ボクは自室で起床してから、作業台の椅子の上で全裸のまま座り込み、ぼっーと天井を眺めていた。
「うがあああああ!」
ガシガシと頭を掻きむしる。ぼろぼろと馬の白毛に似た白髪が床に何本か落ちる。
日課である皮の制作に勤しむが、雫ちゃんに顔を触られたことが頭から離れない。そのせいで、制作に集中できやしない。
くそっくそっくそっ‼︎指先とはいえど、変装者の顔に触れていいのは、『とっつぁん』だけなのに!
「こんな時は変装だ!」
気分転換を兼ねて、クローゼットからいくつか皮を見繕って、変装の準備に入る。
ある人物を模した皮を手に姿見の前に移動すると、一糸纏わぬ全裸で肌が真っ白な自分が写り込む。
寝る時はいつも裸なので、皮を纏うのが楽だ。
足先から腰、胴、腕、頭の順に皮を着込むと皮の下からパットを入れて、胸の大きさを調整する。
それが終わると背中の隠れたファスナーを閉める。
仕上げに「あっあっあっごほん!」と声帯模写である人物の声を真似る。
「ふふふ、どうかしら。イメチェンってやつよ」
姿見に写るのは、真っ白な素顔の自分でなく、褐色肌のエリカちゃん。
深夜テンションで作成した一体型の皮をこんな形で着ることになるとは思わなかったよ。
本人と対面すれば、一発で偽物と見抜かれる。
見た目はグレた娘っ子。そうだ!
姿見の自分に向かって、ビシッと指差す。
「アタシは認めないから!アンタがシュウ兄のお嫁さんだなんて反対だからね!シュウ兄は、お兄ちゃんのお嫁さんはアタ・・・いや、やめよう。エリカちゃんに切り捨てられる」
エリカちゃんが絶対に言わないセリフを喋って遊んでいると、突然ブルッと首筋に冷たいものを感じたので、最後まで言い切る事なくやめる。
「って、ヤッバ。時間が迫ってるじゃない」
時計に目を向けると登校時間が迫っている。
また、このパターンか。雫ちゃんの事で頭がモヤモヤしていて蚊帳の外だった。
慌てて、見繕った皮をカバンに詰めて身支度する途中、ある事に気付く。
「あっエリカちゃんのガワを脱がないと。でも、時間が迫ってるし。今から脱ぐのも・・・ええい、ままよ!これで行っちゃおう」
褐色肌のエリカちゃんの顔の上から、ゴンちゃんマスクを被る。手などの褐色肌が見える部分は肌色のファンデーションを塗って誤魔化す。
見た目はゴンちゃん。しかし、その下は褐色肌のエリカちゃんという奇妙な変装状態で家を出る。
***
魔法科高校にも部活動はある。
魔法と密接な関わりを持つ、魔法科高校ならではの部活動も多い。
毎年、有力な新入部員獲得競争が行われる。
それが部活勧誘。
各部の勢力図に影響をもたらす重要イベントであり、学校側も公認している。
かくして、新入部員獲得合戦は熾烈を極める。
屋上から眼下の校庭にずらりと立ち並びパイプテントの数々。
テントの幕には各々の部活名が明記されて、勧誘生の先輩達による呼び込みやビラ配り、部活説明で賑わいを見せている。
「ぷぷぷ、クッケケケ。いや、ここは・・・ゴホンッ!クッハハハハ‼︎オイオイ、アイツ下手だろうと思わせて、目を離せないほどの名プレイを披露。何なんだあの新入生は⁉︎と全員が口を揃えて驚愕。しかし、それはワタシの変装。何も語らず、その場を去ると同時に本人が登場。状況が理解できぬまま本人は勧誘の嵐に襲われる。まさに、変装にはもってこいのイベント!乗るしかないじゃないか。このビッグウェーブに‼︎」
両手を大きく広げながら、高笑いを決める。
目下のイベントに胸が高鳴るが、一つだけ障害が。
ワタシの憂を見計らったように背後の扉がギィと音を立てて開く。
「ゴンちゃん ここに居たんだ。探したよ」
雫ちゃんが朝からずっと付き纏ってくるんだよ!
何?なんなのさ⁉︎
登校したら校門前で張り込んでるし、授業の合間の休憩中も逃さないとばかりに離れようとしない。
やっぱり、昨日の放課後の件を問い詰めようとしてるのか?
「あっ!雫 権三郎くん見つかったんだ」
後に続くように雫ちゃんの後ろからほのかちゃんが顔を覗かせる。
何なんだよ。好奇心と何かを期待する君の高揚としたその目は?
おまけに感情の高鳴りに共鳴してか、無意識に放つ想子光がいつにも増して輝いているし。眩っ⁉︎
「雫がどうしても権三郎くんと一緒に見て回るんだって聞かなくて。お邪魔だった?」
「まさかまさか。そんな訳ないよ〜寧ろ2人から誘って貰えて、ワタシの方が嬉しいくらいだよ」
ニコニコと愛想笑いに努めるが、ガワの下にある素顔はそうではない。
雫ちゃんの行動力に動揺し、メチャ素顔が引き攣ってます。
二重に変装ーーゴンちゃんマスクの下に褐色肌エリカのガワを着込んでおいて本当によかった。
「屋上から眺めていても仕方がないし、校庭に降りて見て回ろうよ」
2人を伴って、仲良く階段を降りる際に突然、雫ちゃんがガシッとワタシの右腕に抱く。
「そんなに強く引っ付いて、どうしたのかな?」
「こうでもしないと逃げそうだから、今日はこれで見て回る」
そう言って、さらに腕に力を込める。
意地でも逃がさないつもりか。参ったなー、今日は◯ッド様の様にダミーの腕とすり替える用意はしてないぞ。
後悔に浸っていると、反対の空いている腕をほのかちゃんに掴まれる。
「ほのかちゃんまで一体・・・」
「ごめんね。雫から権三郎くんを逃がさないようにって頼まれてるの」
用意周到だね。このままでは変装で部活勧誘を掻き乱せないじゃないか。
ここではワタシはお馴染みの手札を切る。
「ひどい!ワタシが逃げるような人間に見えるっていうの⁉︎えーん」
渾身の嘘泣きを披露。
突然、ポロポロと大粒の涙を流す様子にほのかちゃんは「あわわ⁉︎」と声に出して動揺を示す。
この子は中学の頃から反応がわかりやすいなー。
「いや、流石にそこまで思ってないよ。泣くほどに嫌なら離れるから泣き止んでよ、ねっ?」
「ほのか騙されちゃダメ。これはゴンちゃんの嘘泣きだよ。動揺を誘っているだけ」
雫ちゃんからの鋭い指摘が炸裂。
やめて、探偵はお呼びじゃないだよ。
ほのかちゃんと違って、雫ちゃんは勘が鋭い。中学時代も別のガワで多様して見破れてたけど、高校では初見のはず。
「へぇー、嘘泣きなんだー。私なら簡単に騙せると思ってたんだー」
語尾を伸ばして話すほのかちゃんの目に似合わない陰りが覆い出す。おまけに気のせいか、腕に掛かる力が増す。
ワタシから騙されて軽くキレってる。
ここは秘技話題逸らしだ!
「それはそうと何処から見て回ろうか。候補はあるのかな?」
「さり気なく話を流そうとしてもダメ。ほのかを騙そうとしたでしょう。正直になりなよ」
「そんな・・・雫ちゃんはワタシのこと信じてくれるよね!ほのかちゃんを騙して、おまけにこの状況で逃げるように見える?」
「うん。もの凄く見える。どうせ、ここで逃げられなくても、勧誘のどさくさに紛れて逃げればいいやって思ってるでしょう」
間違いなしと躊躇せずに首を縦に振る。
そんな彼女に対して、ワタシは思わず笑みが溢れる。
「ふっ見事な推理だよ明智くん はい、ワタシは逃亡を企ててました。これでいい?」
「素直でよろしい。けど、まずはほのかに謝って」
「本当にごめんなさい」
ワタシの投了に雫ちゃんのごもっともな指摘。
ほのかちゃんに許してもらう。
その後は改まって右手に雫ちゃん、左手はほのかちゃん。両脇を固められる。
両手に花か。側から見れば、仲良し女子3人組。
何の意図があって、このような行動を起こしたんだ?
階段を降りて移動中、ある可能性を見出す。
そうか・・・これは雫ちゃんによる心理戦だ!
ワタシに付き纏いながら、正体を探ろうとしているのだ。
その証拠に、屋上でほのかちゃんが見せた何か期待に満ちた目。
あれはワタシがストレスでボロを出すのを期待しているのだ。
ふたりでグルになってワタシを嵌めようとしている。そうに違いない!
思い通りになると思ったら、大間違いだぞ。
「一度4階に立ち寄って校庭の様子を見てみよう」
途中、ほのかちゃんの提案で生徒会室のある4階に立ち寄ることになった。
大方、深雪ちゃんに会う為だろう。
表面上、ここは提案に乗っておく。
さて、問題はどうやって逃げて変装しようかなー。
「また、逃げようと考えたでしょう?」
逃亡の算段を練っていると、再び雫ちゃんが腕に力を込めてきた。
やめて、まだ右手を痛めてるから、そんなに強くしないでよ。あと、君は探偵じゃなく、エスパーだったのか。
「そんなことないよー。今日は最後まで仲良く見て回ろう」
「うん。約束だよ」
変装術で培った明るい笑顔を貼り付けておく。
しかし、雫ちゃんは訝しむ視線を外そうとしない。
本当に何なんだ君は⁉︎やっぱり女子高生探偵か!
「(雫、ファイトだよ。私も全力で応援するから)」
隣でほのかちゃんがボソッと何かを呟いた気がするが、雫ちゃんに気を取られていて聞き取れなかった。
大方、部活勧誘に関する事だろう。
***
風紀委員会本部
部活動勧誘期間は風紀委員にとっては新年度山場となる。
風紀委員会の一室には委員長の摩利の他、2人の新入生が椅子に腰を下ろしていた。
緊張を隠さず、直立不動の森崎と、その隣に落ち着いた面持ちの達也。
先に到着していた森崎と後から入室してきた達也の間で一悶着(森崎が一方的に仕掛けてきた)があったが、摩利が一喝で黙らせた。
対照的な新米の間には会話もなく、黙ってじっと座って、先輩方の到着を待つ。
無言の時間が続く中で、昨日達也と顔合わせをした2人組が入室してくる。
「失礼しやすっ」
「失礼します!」
威勢のいい掛け声が部屋に響く。
3年C組の辰巳鋼太郎と2年D組の沢木碧。
彼らに続き三年生、二年生が次々に入ってきて、一年生の2人組は彼らに挨拶をしていく。
室内が九人になったところで、風紀委員長の摩利が立ち上がった。
席に着く風紀委員達の視線が彼女に集中する。
「諸君、今年もあの馬鹿騒ぎの1週間がやってきた」
摩利が語り始めて、全員が聞き漏らしのないように黙って耳を傾ける。
「風紀委員にとっては新年度最初の山場となる。魔法の不適切使用や騒ぎを見逃さぬよう。また、くれぐれも風紀委員が率先して、騒ぎを起こすことのないように」
ここまでの語り掛けは達也と森崎を除く、上級生にとっては聞き慣れたもの。
ここで摩利が『出動』の掛け声で話の締めくくると思ったが、今年は予想が外れた。
「最後に当校に出没している他人に成りすます偽物について聞いてほしい」
「例の会長に化けたっていう不届者ですかい」
辰巳が疑問を投げ掛ける。
彼が疑問を抱くのも無理はない。彼だけでなく、この場にいる摩利及び達也と森崎以外の風紀委員全員に言えることだった。
他人に成りすます正体不明の何者かがいる。
風紀委員の間で報告に上がっていたが、実際に遭遇していない人間からすれば眉唾物の話だった。
「そうだ。ヤツが勧誘期間を利用して、別の人間に成りすまして現れる可能性が高い。現状、目的は不明だが要らん混乱が予想される。十分警戒にあたってほしい」
全員に注意を促すが、ここで沢木が真っ直ぐに挙手する。
「発言の許可を願います」
「許可する」
「どうやって偽物を区別すればよいのでしょうか」
問題はそこなのだ。
達也は敢えて言わなかったが、自身の異能『精霊の眼』ですら欺く相手をどうやって見抜くか。最大の問題点だった。
「少しでも不審だと感じたら、迷わず摘発して構わん。判断は各自に任せる。そのあとで、本人かそうでないか、真偽を見極めればいい。責任は私が持つ」
まさかの力技。
摩利のやり方に風紀委員達は「おお」と関心のどよめきが生じる。
(風紀委員会 それも渡辺先輩の指揮の下だからこそ、できる手段だな。下手すれば強引なやり方と避難されかねないが・・・)
新米の自分が無理に出しゃばる必要はないと判断して、達也は口を紡ぐ。
「他人を騙る偽物に風紀委員の力を見せてやれ。では出動!」
摩利の掛け声と共に全員が起立すると、握り込んだ右手で左胸を叩いた。
少し出遅れる形で森崎と達也も後に習う。
それが終わると次々と本部を出ていく。
達也と森崎は出る前に摩利から腕章と薄型のビデオレコーダーを手渡される。
注意事項と使用方法を説明されて、出動前に達也が委員本部にある備品の旧モデルCADを摩利に断りを入れて借り受ける。
本部を出て摩利と別れたところで「おい」と背後から森崎に呼び止めれた。
はったりを利かせる気かと嫌味を言ってくる。
本気で無視しようかと考えたが、厄介事になりそうなので、嫌々ながら最後まで聞く。
「委員長も言っていたが、精々偽物如きに騙されないことだな」
「アドバイスのつもりか、森崎」
「ハッ!昨日は僕も騙されたが、次はもう騙さない。ヤツが現れたら、二科生らしく応援を呼ぶことだな」
そう言って去っていく森崎の背中を眺めながら、達也は、
(仮に、こうして会話している俺が偽物でも同じことが言えるのか)
そう思いながら、巡回を開始する。
巡回早々、廊下の突き当たりで意外な人物と遭遇するーー服部副会長だった。
服部も達也に気付くと「司波か」と短く返す。
「ここで会うとは意外ですね。てっきり生徒会室に居るとばかり」
「会長にお願いして、今日一日巡回と取り締まりに当たらせてもらった」
「巡回と取り締まりに関しては風紀委員の仕事の筈では」
「・・・ヤツに昨日の礼がしたくてな」
服部の物言いに達也は「ああ、それで」と合点がいく。
昨日の放課後、再び真由美に変装した権三郎もとい偽物からいいように弄ばれた服部は生徒会メンバーの衆目を顧みず、悔し涙を浮かべて咆哮。
普段目にしない悲観に暮れる服部の姿に生徒会室に居合わせた一同(特に初対面の司波兄妹を除く生徒会メンバー)は声を掛けるのすら憚られた。
なお、当然ながら風紀委員と生徒会メンバーによる偽物捜索が行われたが、見つかることはなかった。
「一度ならず二度も会長に成りすますなど断じて許せん。聞いたところではヤツはお前の妹の司波さんにも成りすましたそうじゃないか。実に腹立だしい。これ以上ヤツを野放しにしておくわけにはいかない。そうだろう」
「えぇ、まったくです」
達也は強く頷く。
それに関しては、服部と同意見だった。
自宅で深雪と話した様に事態が深刻化する前に偽物の身柄を抑えたい。
達也としては偽物の正体も気になるが、他人に化ける術式にも興味があった。
暫く服部の偽物に対する憤りを黙って聞く中で、
「昨日 偽物との遭遇で気になったことはありませんでしたか。些細な事でもいいので思い出してみてください」
達也は唐突に情報収集を兼ねた質問を切り出した。
自身の観点だけでなく、客観的な視点からの情報もほしい。ましてや実際に遭遇した人間なから尚更だ。
偽物の被害に逢った人間なら答えてくれる筈。
達也の読みは正しい。服部は腕組みしながら、考え込み昨日の記憶を巡らす。
暫くして、思い出したように「あっ」と声を上げる。
「変な笑い声をしていたな」
「笑い声ですか」
「そうだ。こう何というか・・・最初は堪えるようにぷぷぷと始まって、最後にくけけけと会長らしからぬ、不気味で特徴的な笑い声を漏らしていたな。会長の姿であんな笑い方をするなど、思い出すだけでまた腹が立ってきた。くそっ!あの時もっと遠慮なく詰め寄っていれば・・・」
思い出し笑いならぬ思い出し怒り。
昨日の件が余程腹に立ったのだろう、服部ははっきりと分かるくらい顔に不快感を浮かべる。
騙されている間は敬愛する真由美を名前で呼べたことに幸福度が鰻上りだったが。
そんな服部の様子を眺めていると、達也は背中に視線の気配を感じた。
肉眼で確認しなくても視線の主は分かった。渡辺摩利だ。
これ以上話しても有力な情報はないし、摘発されると判断。
「質問に答えて頂きありがとうございます。これ以上話し込んでいると、他の同僚や先輩にサボっていると思われそうなので、自分はこれで失礼します」
達也は適当なところで話を切り上げる。
(それにしても笑い声か。愉快犯気質なヤツのことだ。上手く事が運んで堪えられず、思わず素が出たのか。やはり、完璧に成りすませる訳ではない。深雪の姿でふざけた真似をされる前に決定的な瞬間を抑えて処理しなくては)
思いを巡らせながら、巡回に戻ろうと背を向けた時、服部から「待って」と呼び止められる。
「なんでしょうか?」
「偽物を見破ったお前の慧眼を見込んで頼む。ヤツが現れたら、俺に一報を入れてくれ」
服部は達也に対して、頼むと深々と頭を下げる。
昨日の態度とは打って変わって、二学年下の後輩に協力を申し込む。
その態度に達也は意表を突かれる。
思わず偽物か?と勘繰ってしまうが、その考えを頭の中で振り払う。
偽物ならこんな回りくどい真似はしないか。
「奴が現れても俺が見つける保証は出来ませんよ。仮に見つけても、先ずは委員会用の通信コードを介して、風紀委員に連絡を入れることになりますが」
「その後でも構わない。端末を貸してくれ」
服部は携帯端末を出すと、達也にも端末を出すように指示した。
達也から端末を借り受けると、そのまま自分の個人アドレスを達也に送信。
奇妙な形で服部のアドレスを入手した。
***
権三郎side
野外にずらりと立ち並ぶパイプテントの数々。
テントの幕には各々の部活名が明記されて、近くでは先輩たちによる呼び込みやビラ配りで賑わっている。
一番目を引くのは魔法競技の部活だ。
魔法科校だけあって、他に類を見ないものが非常に数多くあり、見て回るだけでも好奇心を擽られる。
「うわぁ・・・噂には聞いてたけど、ウチの学校の新入部員勧誘週間ってホントに凄いんだね」
勧誘の熱気に押されたほのかちゃんが声を漏らす。
どこを見渡しても新入部員の争奪戦騒ぎだ。
勧誘期間中は部活に限らず生徒会も大忙し。
生徒会の深雪ちゃん曰く、通貨予算の見積もり、修理の手配、苦情受付などなど縁の下の力持ち。
見えない所で活躍する存在。変装者に通じるものを感じるね。
「ねぇ、そろそろ手を離さない?妙に目立ってる気がするんだけど」
「ダメ。このまま見て回るって言ったでしょう」
「雫は意外と頑固なところがあるから、観念した方がいいと思うよ」
校庭に出ると、ふたりがワタシの腕に抱き付く姿勢から、手を繋ぐ形に変えた。
ほのかちゃんは普通に手を繋ぐが、雫ちゃんに至っては指を絡める俗に言う恋人繋ぎ。力込めるから痛くて、本当に泣きそう。
周囲の生徒たちから、ジロジロと好奇な目で遠巻きに見られてるし。
本当にどうしてこうなった?
錯覚なのか、自分の背後で百合の花が咲き誇ってる気がするが、生憎と百合ではない。ワタシ、ボクは男だ。
時折やってくる勧誘生達を適当に遇らいながら、冷やかし気味に見て回っていると、
「おや?あれはもしかして・・・」
「ゴンちゃん、誰か知ってる人でもいた?」
腕に風紀委員を示す腕章を付けた人物の姿を発見。
遠目でも分かる見知った顔なので、相手に声を掛ける。
「おーい森崎くーん!風紀委員初日の巡回頑張ってるかーい!」
森崎君に向かって、明るい声援を送るが、こっちに気付くと露骨に「うげぇっ⁉︎」と顔を顰めて他人行儀に慌ただしく走り去っていく。
期待した反応ありがとうございます!
ここは変装者らしく、心とは裏腹にショックを受けた表情を浮かべておこう。
「せっかくワタシが可愛くエールを送ったのに、あんなに嫌がるなんて酷すぎない?」
「し、仕方がないと思うよ。森崎くんからしたら、色々と複雑だろうからさ」
「アレは色んな意味で結構くる」
色んな意味ってナンナンデスカー。
あと、ほのかちゃん、森崎君の苗字を正しく言えたね。
その後、校庭から校舎の出入り口付近を散策していると再び見知った顔と遭遇。
今度は面と向かっての文字通りバッタリな形だ。
「あっエリカちゃんだ」
「野良猫を見つけたノリで呼ぶな」
校舎出入り口を出たところで、エリカちゃんが1人で立っていた。
普通に名前を呼んだだけなのに、お気に召さない。
「こんな所でどうしたの?誰かと待ち合わせ?」
「達也くんを待ってるのよ。待ち合わせの時間を過ぎちゃってるけどね」
そう言って、最後に皮肉な笑いをみせる。
「達也君と見て回るんだ。いいなー、ワタシも一緒について回ってもいい?」
「ついて回ると言っても、アンタはもう連れが2人もいるじゃない。これ以上増えると大所帯になるんだけど」
ワタシの両脇に控える雫ちゃんとほのかちゃんに一瞥すると、
「それにしてもさ。あんた達仲良く手なんて繋いでどうしちゃったの?同じクラスだから、一緒に見て回るのは不思議じゃないけどさ」
ニヤニヤとエリカちゃんの好奇心に満ちた視線がワタシたちの手に向けられる。
エリカちゃんには好奇心は猫をナンチャラって言葉が似合うなー。
そんな彼女に試しに助けを求めてみる。
「助けてエリカちゃん。雫ちゃんとほのかちゃんに捕まっちゃった」
「アンタがいつも達也くんにすることされて、どうするのよ。本当にどうしたの?まさか、コイツが変なことでもしたとか」
「一緒に見て回るって言ったのに逃げようとするから、こうして捕まえている。本当なら手錠をはめておきたい」
握った手を此れ見よがしにぶっちゃける雫ちゃんに言葉を失う。
えーなにそれ。現物があったら本気でワタシの手に掛けるつもりだったの?
エリカちゃんだけでなく、親友のほのかちゃんまで引いてるし。
ほのかちゃんが気を取り直すように口を開く。
「ち、因みに私は雫に協力を求められたの。えーっと、千葉さん」
「そこは千葉ちゃんって呼んであげなよ。ワタシは可愛いと思うよ。千葉ちゃ・・・」
言い切る前にエリカちゃんから、目力だけで人が斬れると錯覚するくらい、ギロッと鋭い睨みを浴びせられた。怖っ⁉︎
「もう一度冗談で言ったら、本当叩っ切るわよ。マジでちゃん付けで呼ばないでよね。コイツに感化されないで、呼び捨てでいいわよ」
「それじゃ、エリカと呼ばせてもらうね。私のこともほのかでいいよ」
「私も雫と呼んで。その方がお互い気が楽だろうし」
「ワタシはゴンちゃんと呼んで」
「どさくさに紛れるな。アンタは変わらず権三郎で呼ばせてもらうわ。ちゃん付けだとこっちがむず痒くなるし」
「いい加減観念して、ワタシの事を女の子として扱ってもいいんだよ。ほら、ワタシをゴンちゃんって呼んで♪」
「イ・ヤ・よ。敗北したみたいで癪だから、絶対に呼ばない」
頑なにワタシが提案した呼称を否定。
ワタシを視界から外すように、プィと顔を逸らす。
ここでゴンちゃんマスクを脱いで、下の顔ーー褐色肌以外はそっくりな自分の顔が出てきたら、彼女はどんな顔をするかな。
好奇心でやってみたいが、真由美先輩の偽物の正体は自分だと公言するようだから止める。
「達也君と合流次第エリカちゃんも部活巡りするんだよね。何か気になってる部活はあるの?」
「魔法科高校では珍しい剣道部を見学しようと思ってるわ」
「エリカは千葉家の人だよね。てっきり剣術部を見学すると思った」
「どこの学校でも剣道はあると思うけど?」
ほのかちゃんの感想、雫ちゃんの質問にエリカちゃんは短く黙考する。
「どうしたのエリカ。私なにか変な事を言った?」
「いや、武術経験者以外は流石に知らないか」
「剣道と剣術は同じじゃないの?」
ワタシの一言にエリカちゃんは首を横に振るう。
君ならそう返してくれると思ったよ。
「同じではないし、違うって言葉にもチョッと違和感があれけど、ええと、剣道と剣術の違いはね・・・」
エリカちゃんが剣道と剣術の差異を説明する。
雫ちゃんとほのかちゃんは真剣に耳を傾けて、心に留まるように聞いている。
ワタシは馬の耳に念仏。殆どを聞き流している。
平たく言えば、魔法を使って剣を振り回すのが剣術。魔法を使わないのが剣道だよね。
「・・・というわけ。ここまでが剣道と剣術の違いよ。理解した?」
「へぇ、そうだったんだ。剣道も剣術も同じだと思ってた」
「うん 意外な発見」
「ふーん、そうだったんだー」
真剣に聴き終えた2人はそれぞれ感想を口にする。
「・・・アンタさ、本当に理解してる?」
エリカちゃんがワタシにだけ鋭いツッコミを浴びせてくる。
「もちろんだよ。感服したね。流石、千葉家の剣士。丁寧な説明だったよ」
「それなら一から十までとは言わないから、五までの半分アタシが言ったこと復唱してみなさい」
警察の職質のような確認を求めてくるが、本職の父さんよりは断然劣る。
ワタシ、ボクは父さんからガチで職質されたら、正体を隠し通せる自信がない。
しかし、相手はエリカちゃんだ。華麗に騙し通して見せよう。
「いいよ。えーっとね・・・」
口に出そうとしたところで、重大なことに気付く。
ヤバっ殆ど右から左に聞き流してたー。
ど、ど、ど、どうしよう・・・なんか言わないと怪しまれるぞ!
内心動揺に浸っていると校庭の方から歩いてくる人影ーー達也君がやって来た。
ナイスタイミング!シスコン魔王様。
達也君に気付いたエリカちゃんの興味がワタシから逸れる。助かったー。
「エリカ」
「達也くん、遅いわよ」
「・・・すまん」
渋い顔で達也君は素直に頭を下げる。
ワタシは謝罪の場に乗る体でエリカちゃんの口調を真似る。
「達也君、遅いわよ。女の子を待たせるなんて酷いぞ♪」
「いや、別にお前とは待ち合わせしていないが。それに同じ事を言うが、お前は男だろう」
達也君は呆れて、深いため息を吐く。
吐き終えた時、不意に彼の視線が下に移動する。
「何故3人手を繋いでいるんだ?いくら女子に見えても権三郎は男だぞ」
達也君からの指摘にほのかちゃんが慌て様子で声を上げる。
「いや、お兄さん勘違いしないで下さい!これは、その私は雫の付き添いというか何というか、えーっと、そのアレ?あれあれ」
「ゆっくりでいいから、落ち着いて話してくれ。あと、前にも言ったが、同級生なんだからお兄さんはやめてくれ」
ほのかちゃんは動揺で呂律が回らず、言葉がはっきりしない。
そんな彼女に達也君はできるだけ優しい口調で語りかける。
流石ヒステリックを起こす深雪ちゃんを宥めるのに慣れてる。
「ゴンちゃんを逃がさない為、ほのかにも付き合ってもらってる」
「逃がさない為?どういうことだ。権三郎が何かしたのか?」
「達也君までエリカちゃんと同じようなことを・・・もしかして、ワタシって結構変な人に見られてる?」
「「しっかり見える(わよ)」」
「ひどい!どうしてよ」
「どうしてだと、まさか聞かれるとは・・・」
「いやいや、アンタが女装しているからですけど」
「えっ女装の何がいけないの?こんなに可愛いのに」
自身の姿を見せつける為、くるっとターンしてみたいが、両側を固めらているのでできない。
「一言で言うなら世間体ってもんがあるでしょうが」
変装で女の子になっているのは、その方が萌えるからだ。別にやろうと思えば、男にも変装できる。
しかし、この場を借りて正直に申し上げます。
男に変装しても面白くないんだよ!
これは自論だが、異性に化けるのは難易度が高い。変装は相手に姿形は勿論、性別を誤認させてこそ面白し、やり甲斐があるのだ。
女の子らしく、エリカちゃんの言葉にショックを受けたように振る舞う。
まさか、世間体という言葉を出してくれるとは流石千葉の女剣士。いい切り出しだ。
ここはアレでいこう。
「世間体っ⁉︎これがワタシなのに。そんな、そんな・・・そんなの基準にするなんてひどいよぉ‼︎ふたりのバカッ・・・‼︎」
言葉の端々に悲観と焦燥の感情を込める。
ふっははは、変装で鍛えたワタシの演技力に刮目せよ!
「ちょっ⁉︎ゴンちゃん走らないで」
「そんなに引っ張らないで転んじゃう!ごめんなさい お兄さんまた今度話しましょう・・・!」
両手の2人を強引に引っ張って、達也君の横を抜けて校庭へと走って行く。
変装者としてやりたい事のひとつ。
相手の言動にショックを受けたように振る舞う。
ふふふ、精々罪悪感に苛まれるがいい。入学式での手刀のお返しだ。
それとイタズラで去り際、◯パン師匠みたいに達也君の背中にカードを貼り付けたいが、ワタシにははっきりと分かる。雑談の間でも彼にはまったく隙がない。
ワタシ、ボクの技量ではまだまだ偉大な変装の先達者のようにはいかない。もっと精進しなくては!
***
走り去っていく権三郎たちを呼び止める言葉が見つからず、達也とエリカは黙って見送りしかなかった。
耐えかねたエリカが控え気味に口を開く。
「アレっていつもの嘘泣き、よね?」
エリカは確認を取るように隣の達也に顔を傾ける。
「いや、恐らくあれはショックで本当に泣いていたと思うぞ」
「達也くんが言うからには、間違いないか。あー、ちょっと言葉選び間違えたかしら。まさかガチで泣くなんて、いつもみたいにふさげた態度が返ってくると思ったんだけど・・今度謝ろう」
エリカは心苦しく後ろ髪を掻く。
その隣で達也は権三郎が走って行った校庭の方を黙って見つめる。
ここでエリカが感じた疑問を口に出す。
「けど、少し意外。世間体とか何処吹く風とばかりに気にも止めないヤツと思ってた」
「俺にはアイツが世間体に強い恐怖を抱いているように感じられた」
達也は権三郎が世間的に対して恐怖を抱いている印象を受けた。
「世間や他人の目が怖くて堪らないとか?でも、ちゃんとした男子の格好するならまだしも、わざわざ女装して人の目を引くような真似はしないと思うけど。そこ矛盾してない?」
エリカが再び疑問を述べる。
わざわざ性別を偽って目立つことをするのは理に反する。
世間体が怖いなら、目立つ真似をしなければいい。
世間の目もとい人を欺く真似をする権三郎の心境はエリカにも分からない。
それは達也も同じだった。
「詳しいことは本人に直接聞いてみるしかないだろうな。世間の何に対して怯えているのか」
そう言いながらも、達也の胸中では別の疑問も浮かんでいた。
自分の横を抜けて、校庭へ逃げるように走り去っていた権三郎からは張り詰めた緊張感があった。
普通に考えれば、エリカの言葉に強いショックを受けて、悲しみのあまりその場から離れたと捉えるのが妥当だ。
しかし、達也は権三郎が何かに怯えて、そこから目を逸らしたくて逃げたように感じた。
「・・・これがワタシか」
特に前振りもなく、権三郎が発した言葉が自然と達也の口から零れる。
これがワタシ。
その言葉には、入学式から今日の会話の中で、一際強い願望と焦燥が籠っていた。
権三郎が初めて発した本音とも受け取れる。
自身の容姿に対する自信とは裏腹に、別の何か。
受け入れたくないナニカを必死に隠そうとしている。
権三郎の態度は偽物に通じる印象があった。
「急にブツブツと独り言 どうかした?」
「いや、気にしないでくれ」
頭を一旦切り替える。
このまま当初の予定通りエリカと部活見学に出ようとした時だった。
戦力は多いに越した事はないか。
達也の頭の中でそんな考えが浮かぶ。
「エリカ」
「何?」
「偽物騒ぎの件が風紀委員の話題に上がった」
達也の一言にエリカの顔付きが変わる。
学生から緊張感に満ちた剣士のソレ。
「俺の予想通りなら、ヤツが誰かに姿を偽って現れる可能性が高い。そこで、エリカに頼みがある」
***
権三郎side
校庭の隅にぽつんと設けられているベンチに並んで腰を下ろす。
座る位置は中央がワタシ、右に雫ちゃん、左にほのかちゃん。
「少しは落ち着いた?」
「えぐっグス。ごめんみっともない姿を見せちゃった・・・ひぐっ」
「別にいいよ」
鼻声で愚図るワタシの背中を、2人が優しく撫でてくれる。
ワタシの演技に騙されてくれて、ありがとう。
少しは中学時代の憂いのお返しができたかな。
だけど、嘘泣きはこれで品切れだ。これ以上無理に泣くと涙腺が腫れてしまう。
「急にどうしちゃったの?権三郎くんらしくないよ。いつもみたいに明るく流せばいいのに」
ほのかちゃんが心配げに声を掛ける。
入学初日のオリエンテーション以降も度々、雫ちゃんとほのかちゃんの見えない所でワタシを馬鹿にしてくる奴らはいた(特に男子)。
ふふふ、ワタシ、ボクの望んだ状況だ。
因みに女振りたっぷりに絡んでやると、これが面白い。全員顔を真っ赤にして、我先にトイレに駆け込んで行きやがったぜ。
「エリカちゃんの一言でイヤなこと思い出しちゃって、ぐっす」
「エリカもきっと悪気があって言ったわけじゃないよ」
「えっぐひぐ、うん。分かってる。でも、嫌なことが込み上げてくるの。男の癖にとか、普通じゃないとか、そんな心無い言葉が沢山。2人もワタシを変だと思うでしょう?」
「そんなことないよ!自分の好きな自分でいられる権三郎くんは凄いよ」
「男子なのに、とか全然気にしない堂々とした態度は尊敬する」
「ありがとう・・・ひっぐ」
瞳に溜まった嘘の涙を拭う。
今は両手は自由だ。
「・・・ちなみに嫌な事って何なの?詳しく教えてくれない?」
「言いたくない。聞かれたくない。知られたくない。見られたくない」
悲観に暮れて、両手で顔を覆い隠して蹲る。
側から見れば、再び悲しみに暮れる女子。完璧だね。
「・・・見られたくないって何を見られたくないの?」
雫ちゃんが静かにまた訊ねてくる。
あっヤベ。言葉選び間違えた。なんだよ見られたくないって、悲観な様子をとっくに見られまくってんじゃん。
誤魔化しちゃおう。
悲観な表情とは打って変わって、すっきりと明るい表情に切り替えて顔を上げる。
変装者からすれば、表情を変えるなど朝飯前だ。
「折角の部活勧誘期間に暗い話題はやめやめ!気を取り直して、レッツゴー!」
掛け声と共に立ち上がると雫ちゃんにまた右腕を掴まれた。
思わず貼り付けた笑顔のまま動きが止まる。
えぇー嘘でしょう。
「し、しずくちゃーん、ここで普通なら御涙頂戴で黙って行かせてくれると思うんだけど・・・」
「今日は一緒に見て回るって約束したでしょう。まさか・・・さっきまでのも嘘泣きじゃないよね?だとしたら、いい加減怒るよ」
じっとワタシの顔一点を見つめて、ギリギリと掴む腕に力を強める。やーめーてー痛いから。偽りのないマジ泣きしちゃう。
「うそじゃない!うそじゃない!だから腕に力込めないで」
「・・・本当に?」
雫ちゃんの機嫌をとるのに少し手間取ったが、何とか、改めて部活見学に復帰する。
うがああああ‼︎変装したい!変装したいよー!
変装ができない変装者なんてポケットのない某猫型ロボット並に何もできないぞ。
暫く歩くとほのかちゃんが、さり気なくそっと耳打ちする。
「(今日は本当に諦めたほうがいいと思うよ。なんで逃げたいのか詳しくは聞かないけど、雫の機嫌を損ねると後でもっと怖い思いするよ)」
そんな警告を発する。
お金持ちの逆鱗に触れるとマジで怖いと相場が決まってるのだ。
しかし、ワタシは恐怖に屈しない。
追い詰められようとも変装してみせるのが、変装の達人というものだ。
必ず雫ちゃんの魔の手から逃れて、変装してみせるぞ!
そんな決意を胸に縁日の露天さながら、テントの群れを歩いていると、また見知った顔と遠目で遭遇した。
「服飾に興味があるなら手芸部に入りましょう!」
「演劇部に興味があるなら是非!舞台上で物語の人物を演じてみませんか!」
「いいえ、ウチの美術部に!自身の創造力を形にしましょう!」
「えっえっちょっと、待ってください。あの、私はまだ決めかね、ってちょっと変なところ触らないでください!」
あっちでは美月ちゃんが先輩たちに囲まれてる。
人気者だね〜。当の本人はもみくしゃにされて、あたふたしてるけど。
他人事ではなく、先輩たちの勧誘の波がこちらにも迫ってきた。
全員が獲物を前にした飢えた肉食獣と錯覚するくらいの意気良いだ。
「写真部に入りませんか!青春の思い出を写真に残しましょう」
「女子軽体操部に興味ありませんか!」
「軽音部に入りましょう!」
「いいえ、是非ウチに!」
ぎゅうぎゅうと四方八方から詰め寄ってくる。
あっという間に逃げ場を失う。
「ちょっ・・・痛っ!引っ張らないで‼︎」
「ん・・・っ」
あまりの人混みに雫ちゃんとほのかちゃんは苦しそうだ。
正直言ってワタシも苦しい。
「ダメだ。選ぶどころじゃないよ逃げよう」
「同意だけど無理」
「うん 逃げ場がないね」
退路を確保する為、ワタシはとっておきの手札を切る。秘技カミングアウト!
「ワタシ無理です!だって・・・男子ですから‼︎」
ワタシは大声で性別を打ち明ける。
ふふん!どうだ。
心の処理が追いつかないのか、暫くその場に立ち尽くす先輩達。
この隙に逃げようとした時だった。
「まさか君が噂の女装男子か!」
「むしろ、それがいい!被写体になって下さい!セミヌードからいきましょう‼︎」
「引っ込んでなさい!彼はウチが貰うのよ!」
「いいえ!この子はウチのマスコットになってもらうわ!」
血走った目で詰め寄ってくる先輩方。
怖っ⁉︎この人たち完全に目がイッちゃってるよ!
心の内に潜む何かを燃え上がらせたらしい。
抵抗虚しく、激流と化した人混みに再び飲まれる。
「いやぁぁあぁ‼︎引っ張らないで、あっちょっと、顔に触らないでよ!」
先輩のひとりが顔に触れてくる。
払い除けようにも、両手が塞がった状態なので手が使えない。
相手はお構いなしに顔に触れてくる為、顔の皮が少しズレ出す。
俯いて誤魔化すが、その場しのぎにもならない。
「ゴンちゃん」
「権三郎くん、大丈夫?」
ほのかちゃんが異変に気付くと、ワタシの顔を覗き込もうとする。
これ以上はマズい!こんな所でバレって、たまるかあああ‼︎
制服に仕込んだCADを介して、違反覚悟の魔法使用で苦境を乗り切ろうした時だった。
不意に両手が軽くなる。
何事かと見れば、固く手を握っていた雫ちゃんとほのかちゃんの姿がない。
その代わり、ワタシの背後に上下学校指定のトレーニングウェアに身を包んだ見慣れない女子2人組がスケボーに乗って登場。
それぞれ脇に雫ちゃんとほのかちゃんを抱えている。
抱えられている本人達は状況が飲み込めていない。
手が自由になった。この機を逃す手はない。
今のうちにズレた顔の皮を元に戻す。
戻し終えると顔を上げる。
ほのかちゃんを抱えている女子が「それじゃ」と呟くと同時、派手に風を巻き起こしながら、嵐のように去っていく。その後続を雫ちゃんを抱えた相方が着いて行く。
雫ちゃんは平気そうだったけど、ほのかちゃんは目が回っていた。
「バイアスロン部だ!」
「クソッ!とられた」
バイアスラン部ね・・・聞かない競技の部活名だ。この辺りで勧誘をしていない部活がここに出張って来たのかな。
大方、ちょっと派手なデモンストレーションの一環だろう。
手荒い真似はされない筈だし、ある程度したら適当なところで2人とも解放されるでしょう。
あっ待てよ。これで変装ができるぞ。
拘束から解放されて、内心歓喜に震えた。
しかし、安心するのは早かった。
雫ちゃん達が攫われたことで勧誘がワタシに一集中したのだ。
「えーっと・・・さ、さようなら・・・!」
身の危険を感じて、その場から一目散に逃げる。
「あっ待ってよ!せめて部活説明だけでも聞いて」
先輩達の呼び止めを無視して、ひたすらに走る。
部活勧誘を甘く見ていた。
ああ、恐ろしや。
***
雫、ほのかside
雫とほのかは卒業生OG組に半ば拉致られる形でバイアスロン部正式名称SSボード・バイアスロン部のテントまで連れて来られるとようやく解放された。
バイアスロンのデモンストレーションを疑ったが、後からOG組を追跡してきた摩利が部員を問い詰めると全員が口を揃えて、これを否定。
在学時バイアスロン所属していたOG組の独断によるもので、後輩の部員らは完全に無関係であった。
無関係と判断した摩利は追跡を続行し走り去っていく。
その身のこなし、技術は現役のバイアスロン部に十分通用するものだった。
強引な形で連れてこられた雫とほのかは部長の五十嵐亜実を筆頭に部員達に介抱される。
「権三郎くんと逸れちゃったね。あれ?雫 手に何か付いてるよ」
介抱の最中、ほのかが雫の手に付着している何かに気付く。
ほのかの手にも同じく物が付いてるので「なんだろうこれ?」と2人とも拭ってみる。
軽く指で擦り合わせてみると、粉状で肌色のサラサラとした手触りの物だと分かる。
「これって化粧で使うファンデーションだ。どこで付いたんだろう。先輩たちに囲まれた時かな」
「ううん。違うと思う。多分、ゴンちゃんの手を握ってる間に付いたんだよ」
「権三郎くんなら使っても不自然じゃないけど、わざわざ手に付ける物だっけ?」
権三郎の行為に首を傾げるほのか。
普通は顔などの肌の色のムラを補正するものだ。
「手の甲に付けることもあるけど、この量は異常だよ」
そう言って、雫は自分の手のひらを眺める。その手はべっとりと表現するほどに、濃いファンデーション塗れだった。
「この量からして、手に厚化粧してるのかな。でも、なんでだろう?」
「多分だけど・・・隠したいんだよ。これから、自分のやることを悟られない為に」
雫は確かに見たのだ。
誘拐される際に思わず離してしまった権三郎の手はファンデーションが落ちて、その下から僅かに褐色の肌が覗いていた。
「権三郎くんが何かしようとしてるの?たがら、逃がさないよう貼り付いてたんだ」
「それだけじゃないけどね」
雫は校庭のベンチでのやり取りを思い返す。
権三郎が悲観の中で思わず漏らした失言。
言いたくない。聞かれたくない。この2つは理解できる。
しかし、見られたくない。この言葉だけはあまりにも不自然。
それに自身の失言を誤魔化すように急に明るく振る舞い出すのも変だ。
(すでに大勢の人間に自分の姿を晒しておいて、今更見られたくないと言うのはおかしい。あれは明らかなゴンちゃんのミス・・・ううん、そうでしょう◯◯くん)
雫の中である確信が固まった。
そんな彼女の隣でほのかが思い出したように「あっ」と呟く。
「顔でファンデーションといえば、人混みに押された時に見たんだけど・・・いや、多分見間違いだ。そんなことあるわけないよね」
「あははは」とほのかは自分を誤魔化すように乾いた笑いをこぼす。
「ほのか 遠慮なく目にした事を言って。多分、私もほのかと一緒だから」
一瞬喋ってもいいのかどうか戸惑うが、雫に説き伏せられる形で自分の見たことを伝える。
「顔が歪んでいたの」
「歪んでいた?なにがどんな風に詳しく聞かせて」
「人混みに押された時にね、勧誘生の手が権三郎くんの顔に当たって、こう・・・顔が少し捲れてたの」
手で自分の首の付け根を捲るような動作をしてみせる。
人混みに飲まれている間、勧誘生のひとりの手が偶然にも権三郎の顔に触れた時、彼の顔が僅かに歪んでいた。比喩ではなく、文字通りに皮がズレるのをほのかは目撃した。
同時に捲れた皮の下から僅かに褐色肌が覗くのも。
「ほのかは○○くんを、◯◯ちゃんを覚えてる?」
突然、雫からの話題変更にほのかは一瞬呆気にとられる。
懐かしい旧友の名前。
「いつも一緒だったから忘れるわけないよ。中学2年の夏頃、急に転校してそれきり会えてないけど。あっ今更だけど、女の子の格好するところが権三郎くんと似てるよね」
ほのかがそこまで言ったところで今度は雫が喋る。
「ほのか よく聞いて。信じられないかもしれないけど、ゴンちゃんはもしかしたら・・・」
***
権三郎side
勧誘の追手を振り払う為に校舎に一旦避難。
結果的に雫ちゃんとほのかちゃんを撒くことに成功。改めてバイアスロン部の先輩方には感謝仕切れない。
よっしゃ‼︎これで気兼ねなく、変装できるぞ!
校舎の東棟と西棟を繋ぐ渡り廊下をウキウキ気分で歩いていると、
「危険魔法使用の容疑で逮捕だ!」
「クソ!風紀委員め」
渡り廊下近くの芝生で違反者の身柄を拘束中の風紀委員3名を発見。
廊下から近くの茂みに身を移して、隠れて様子を伺う。
摩利先輩と他男子2名は確か3年の辰巳鋼太郎と2年の沢木碧。
両者とも一科生で、制服越しでも分かるくらい鍛えられた肉体。近距離戦において腕の立つ体育会系の先輩だ。
そんな2人の傍で摩利先輩が異変を発見。
彼女の視線先から、見慣れない女性二人組がスケボーに乗って疾走してくる。
彼女達はそれぞれの脇に雫ちゃんとほのかちゃんを抱えてる。
絶賛誘拐されてるね。
「バイアスロン部OGの萬屋!それに飾祭!あいつら何しに」
摩利先輩はすぐに顔から相手の身元を割り出す。
OG・・・卒業生でしたか。
「おい 鋼太郎。ちょっとこのスケボー借りるぞ」
摘発者が使用していたのだろう、傍に転がってるスケボーを拝借。
スケボーに乗ると即座に魔法を発動。
「とうに卒業した不良どもが好き勝手している。ちょっとシメてきてやる!」
スケボーを走らせて、OG組の追跡を開始。
流石は風紀委員長。加速魔法による巧みなスケボー操作でOG組との距離を詰めていく。
逮捕も時間の問題。
雫ちゃんとほのかちゃんは摩利先輩に任せておけば大丈夫だろう。
そのまま茂みから立ちあがろうとした瞬間、ワタシの頭にある着想が浮かぶ。
風紀委員=警察。
とっつぁん。
◯パン師匠がワタシ、ボクに囁いている。
ーーやっちまいな。
監視カメラと人目に注意を払い、茂みの陰で変装に取り掛かる。
制服に忍ばせたマスク型の皮を取り出し被る。
変装対象は摩利先輩だ。
ストレートのショートカット(ウィッグ)、凛々しい顔立ちの切れ目。
顔はそっくりだが、まだ成りきれていない箇所があるーー身長差だ。
摩利先輩の身長は168センチ。ワタシでは、あと8センチ足りない。真由美先輩とは状況が逆だ。
しかし、常日頃変装の達人を目指すワタシに抜かりはない。
今度は制服から靴底上げのインソールを取り出して、厚さを調節すると靴に入れて履く。
踵部が厚くなっており、履くことで身長を高くみせる便利アイテム。
これで身長差はクリア。
変装完了と思いきや、手に塗ったファンデーションが剥離して、褐色肌の皮が顔を覗かせていた。
ヤッベ。勧誘の人混みで粉が落ちたか。ただでさえ、褐色肌版のエリカちゃんを重ね着しているから、すぐにバレてしまう。
改めて手直しする。これでよし。
気を取り直して茂みの陰からジッと様子を伺う。
摩利先輩の姿でやると面白いな。でも、本当の面白さはここからだ。
辰巳先輩と沢木先輩は摩利先輩の指示通り、違反者を風紀委員本部へ連行しようとする。
今だ!今しかない‼︎
ワタシはそーっと茂みから出ると、摩利先輩が走っていた方とは逆、反対方向からダッダッダッダと大きく足音を立てながら、辰巳先輩と沢木先輩に詰め寄る。
とぅ〜♪とぅ〜♪つつつつん!
「今ここに私が来なかったか⁉︎」
先輩達と顔がぶつかる程の距離で大きく叫ぶ。
「うおっ⁉︎って、姐さん ついさっき、卒業生を捕まえに行ったんじゃないんですかい」
「ここにって、おっしゃってる意味が分からないのですが」
「バカモノ!そいつが偽物だ。私に化けて潜り込んだんだ。お前らデッカい図体して、偽物も見破れないのか!この穀潰し‼︎」
偽物に赤っ恥をかかされたことに先輩方はご立腹。
悔しいそうに握り拳を震わせる。
「校内を巡回中の全風紀委員に応援を要請して、今すぐ偽物の追跡と捕縛に迎え。これは命令だ、分かったら返事をしろ!」
「はい!わかりやした 姐さん」
「了解致しました!今すぐに追跡に向かいます」
摩利先輩に成り切って、眼前の2人に命令を下す。
上級生を顎で使うのは気持ちいい。
忠実に返事を返す彼らに正体がバレたら、笑顔で鉄拳が飛んでくるかも。
「沢木はその違反者を連行した後で追跡に向かえ。取り逃したら、キサマの呼称は明日から碧だからな」
自分の女ぽい名前を気にしている沢木先輩からすれば、死活問題。
その名を後輩の前で呼ばれでもしたら、耐えられたものではない。
慌てた様子で「はい!」と短く返事すると、違反者を伴って風紀委員本部のある西棟へ走って行く。
「◯パンを逃すな〜 なんちゃって♪」
辰巳先輩と沢木先輩は別々に走り去っていく。
その背中に向けて、聞こえる筈もない励ましの言葉を送る。
見送り終えると校舎を見上げる。
「このまま変装解くのも勿体無いし、もうちょっとだけ摩利先輩の顔で遊んでみよう♪」
みょ〜んと頬の皮を引っ張りながら、生徒会のある東棟の校舎へ足を運ぶ。
***
摩利はOGの風祭涼歌と萬谷楓季を長い追跡の末、差を詰めて第一小体育館付近でようやく捕縛した。
大物取りに周囲の勧誘生と見学生らは足を止めて、食い入るように見つめる。
「見せ物ではないぞ。ほら、さっさと散った」
見物客を蜘蛛の子を散らすように追い払う。
「さて、話しを聞かせて貰おうか。不良ども」
2人を聴取してみると部活勧誘期間のお祭り騒ぎに当てられたと供述。
とっくに卒業したOG2組の行動に摩利は思わず呆れるが、悪意はないと判断。
厳重注意の上、早々に校外へ退いてもらった。
「おっと、巡回ついでコレを返しておかないとな」
追跡の際に拝借したスケボーをバイアアスラン部に返却して、巡回に戻ろうと考えた時だった。
背後で複数の気配を感じ取る。
剣術を嗜む関係から、彼女は人の気配に敏感だ。
摩利が振り向いた先、そこには自身の部下である風紀委員たちが集結していた。その数森崎含めて8名。
その異様な光景を目にした摩利は無意識に眉を釣り上げる。
「お前たち 持ち場を離れてここで何をやっている?今すぐ巡回に戻れ」
「貴女には偽物の容疑が掛かっています。大人しくご同行願います!」
「・・・ハァ?」
風紀委員を代表する形で沢木が前に出ると、あろうことか、風紀委員長の摩利に縛に付くように要求してきた。
摩利は状況が飲み込まず、目の焦点が合わない。
しかし、そこは風紀委員を率いる長。
すぐに持ち直して、状況を把握する。
「ほお、この私が偽物だと?覚悟の上で言っているなら、言葉に責任を持てよ。沢木二年生(まんまと偽物に騙されよって、馬鹿たれ共が)」
部下達の醜態に頭を抱えたくなる。
摩利の威圧的な迫力に押され、風紀委員特に新米の森崎は足が動かなくなかった。
魔法と錯覚するほどの純粋な威圧。
「なあ、これって本当に偽物だと思うか?」
「いや、この独特の迫力は姐さんにしか出せねぇ。オレには分かる」
「じゃあ何か、俺たちまんまと偽物に踊らされたってやつか」
風紀委員たちの間でそんな意見が囁かれる。
実際にその通りなのである。
誰もが摩利の偽物疑惑を取り消そうとした時、ここで思わぬ乱入者たちが現れる。
「お姉様になにしてんのよ!」
「渡辺先輩をお助けしろ!全員かかれぇぇぇ‼︎」
ーーワアァァァァァ‼︎‼︎
摩利を慕う後輩(特に女子)たちが掛け声ともに一斉に突撃を開始。
どうやら、遠目で摩利がガタイのいい男子達に絡まれていると勘違いしたらしい。
そんな彼らに負け時と風紀委員も応戦。
風紀員と部活勧誘生による乱闘が勃発した。
「やめろっ!お前たち、落ち着け・・・!偽物に踊らされるなッ!」
摩利の必死な静止も虚しく、完全にトランス状態に陥った彼らは聞く耳を持たない。
蜂の巣をつついたような騒ぎ。
後に語り継がれる勧誘期間中における勧誘生と風紀委員による大乱闘。
これがきっかけで、学校側から風紀委員会の厳格さが強く求められることになる。