「う〜ん、朝か・・・」
早朝。
まだ微かに薄暗さが残る時間帯に起床。
逃走術の朝練の為にベットから、全裸のまま這うように出る。
重たい瞼を擦りながら、皮が仕舞ってあるクローゼットまで歩いていく。
「今日の朝練は誰に変装しようかな・・・エリカちゃんにしよう」
クローゼットを開いて中にある数多の皮の内、エリカちゃんを模した皮を手に取る。
朝練にぴったりな皮だ。
皮の中に足を通そうと片足立ちになった時、寝起きで頭が回らず、ボクはうっかりバランスを崩す。
「おっとと」と咄嗟にまだ開いた状態のクローゼットの奥に手を伸ばして、転倒を防ぐ。
「危ない危ない・・・うん?」
咄嗟に手をついた際に奥から掴んだのは沢山の中学時代の皮の内、雫ちゃんと同じ学校に通っていた際に纏っていた皮だった。
うわっメチャ懐かしー。
ボクは懐かしい気持ちでいっぱいになり、エリカちゃんの皮はやめて、中学時代の一体型の皮を纏う。
皮の下のパットはわざと多く盛り、腰は綺麗にくびれたメリハリのある体型を意識して着用。
それが終わると姿見の前に移動して皮の着心地を確認。
透き通った湖のような髪にそれより少し深い色の瞳。目鼻立ちがくっきりした派手な顔立ちが特徴的な少女が鏡に映り込む。
「中学時代の皮もまだまだ着れるね。声は確か・・・うふんッ!あっあっあーあー、こんな感じだったかしら」
ピアノが似合う綺麗で細い指を喉に当てながら、声色を調整。中学時代の記憶が正しければ、凛とした声は高圧的に聞こえるが、ピアノの音色のような筈。
「うんうん。そうよ、そうだった。ピアノが得意で通して、設定通りによく休み時間に演奏してたわ」
中学時代の思い出を振り返る。
雫ちゃんやほのかちゃんと同じ●●●中学校に転校したのが、中学一年の3学期頃。
珍しい時期に転校おまけに男子で女装、セーラー服を着て登校してくるからメチャ目立った。
「自己紹介で男子ってカミングアウトした時の教室の騒ぎようは高校と同じくらい阿鼻叫喚だった。しず・・・ごほんっ!しーちゃんとほのかも最初の頃は本当に男子かしつこく訊ねてきたわね」
ふたりとは何だかんだあって仲良くなった。
おかげでボクを揶揄ってくる連中から庇ってくれるようになった。あれは素直に嬉しかったよ。
頭の中に浮かぶ懐かしい光景に思わずうんうんと首を縦に振って、感傷に浸る。
「でもそれも・・・しーちゃんが私の素顔を覗いたせいで終わった!くぅぅぅ、何故、暑さくらい我慢できなかったのかしら。我ながらメチャ悔しい!変装の達人なら暑さで根を上げないのに。心頭滅却不足だった」
親指の爪を噛みながら、過去の迂闊な行動を悔しがっていると、カーテンの隙間から朝日が差し込み初めていることに気付く。
「げっ、もう日の出の時間。今日の朝練は休んで、いや!妥協してなった変装の達人に何の価値があるのかしら‼︎」
甘い考えを捨てて、予定通り朝練を決意する。
中学時代の皮通称イプちゃんでスポーツウェアを纏う。
そのまま逃走術の特訓に挑んだ。
結果、特訓を終えて帰宅した頃には登校時間が迫っていた。
急いでイプちゃんを脱いで、シャワーを済ませるとゴンちゃんに着替える。そのまま急いで登校。遅刻ギリギリに学校に到着した。
***
今日の授業を終えた放課後。
生徒たちが各々、帰り支度や部活の準備を初めていると、
『全校生徒の皆さん‼︎』
耳を裂くような大きく不快な金属音ハウリングと共にアナウスが教室に響く。
完全にボリューム調整を間違えたな。
『失礼しました。僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』
「えっ何」
ほのかちゃんが突然の事にぎょっと、目を見開く。
ざわざわと教室も落ち着かない状態になる。
「うるさいぞ!どこの誰だ抗議してやる」
「差別ってなんだよ!」
男子たちが椅子から立ち上がり、口々に文句を言うが、壁掛型スピーカーからのアナウンスは止まない。
魔法教育を否定するつもりはない、差別は魔法実習以外にも及んでいる、魔法系クラブは優遇されている、対等な立場における交渉を要求等々言うがどれも心に響かない。
洗脳で言わされる感が伝わってくるんだよなー。
困惑した様子でアナウンスに耳を傾ける深雪ちゃんの携帯端末が鳴った。
画面を確認する様子からメールらしい。
内容は放送ジャックの件だね。
「この件で呼び出し?」
「ええ、そうみたい。行かなくちゃ。ほのか、雫、それと権三郎君、また明日」
「うん。また」
「深雪、気をつけてね」
「頑張ってねー」
深雪ちゃんを送り出す。
生徒会役員様も大変だなー。
このまま原作通りに放送室をジャックした有志同盟は達也君に騙されて風紀委員に突入され、取り敢えられて終わるはず。
今日はもう帰ろうかな。
椅子から腰を浮かそうとした瞬間だった。
待てよ・・・もし放送室の外に見知った顔、例えば、壬生先輩がいたら?
放送室にいる筈の壬生先輩の姿を捉えた達也君の反応がメチャ気になる。
彼なら人混みでも絶対に気付く。
あの顔は⁉︎と、こちらに気づいた瞬間にそっと人混みから抜け出して、不敵な笑みを浮かべて立ち去る変装者。
カッコいい。
おまけにスリル満点のチキンレースができるぞ。
そうと決まれば、行動は早い。
ワタシは席から立ち上がる。すると、それに気づいた雫ちゃんが声を掛ける。
「ゴンちゃん、どうしたの?」
「ちょっと野次馬に混じって、見学してくるよ♪」
「権三郎くん⁉︎」
ほのかちゃんの制止を無視して教室を出る。
放送室に向かう前に校内監視カメラに注意を払いながら人気のない場所に移動すると、壬生先輩に変装した。
いつものと同じで手鏡で変装具合を確認。
うん、どこから見ても剣道小町だ。
人気ない場所から放送室に向かう途中、放送を聞きつけた他の一科生二科生らと遭遇。彼らと一緒に放送室を目指す。
誰も壬生先輩に変装したワタシを気に留め無い。
放送室に到着すると、部屋の前には既に好奇心で集まった野次馬で溢れていた。
放送室を遠巻きで眺めている者や携帯のカメラを向けている者までいる。
「お前たち道を開けろ!」
人混みを散らしながら、風紀委員長の摩利先輩が部下を率いて、現場に到着。
ドラマから飛び出した女刑事みたい。
少し遅れて部活連盟の十文字先輩も到着した。巌のような巨漢の登場に周りは道を開けていく。こっちは◯ーセか。
三巨頭の内、二名が集った。ラスボス生徒会長の真由美先輩の姿はまだないが、代わりに鈴音先輩が現れた。
「すみません遅れました」
「遅いぞ司波」
暫くして達也君が深雪ちゃんと一緒に到着。先に教室を出た深雪ちゃんは達也君と途中で合流し、遅れた模様。
事情を知らない摩利先輩から注意を受けるが、素直に謝罪を述べる。
待っていたよ、魔王様と氷の女王様。
この場に集ったメンバーで放送室にいる有志同盟を対処するだけだが、現場が荒れた。
彼らを暴発させないように慎重に対応すべきと鈴音先輩。
多少強引でも短時間で解決を図る摩利先輩。
強引な事態収拾は図らず、交渉に応じる姿勢の十文字先輩。
これが本当の会議室は踊るってやつか。いや、事件は会議室で起きてるじゃない現場で起きているんだが、正しいのか!
原作を知っていても実際に見てみるとわかる。
メチャワクワクしてきた。
タネが割れたマジックでも客を楽しませる一流のマジックショーもこんな感じかな。
「壬生先輩ですか?司波です・・・今どちらに?」
達也君が内ポケットから携帯端末を取り出して、誰かに電話を掛ける。
相手は壬生先輩だ。
周りの視線が達也君に集中する。
自分の預かり知らぬ間に壬生先輩と連絡先を交換していた兄。
後ろからは見えないが、深雪ちゃんは絶対に渋面を覗かせているな。
電話を通してこちら側の意向を相手に伝える。
十文字先輩は交渉に応じ、鈴音先輩経由で真由美先輩も同様だと。
通話を終えると、達也君は摩利先輩へ向き直った。
「すぐに出てくるそうです」
「今のは壬生沙耶香か?手が早いな、君も」
「誤解です。それより、中にいるヤツらを拘束する態勢を整えるべきです」
「・・・君はさっき、自由を保障することを言っていた気がするんだが」
「俺が自由を保障したのは壬生先輩だけです。それに俺は風紀委員会を代表して交渉しているなどとは一言も述べてません」
その場にいる全員が呆気に取られた表情を浮かべた。
性格悪っ。
主人公じゃなかったら、嫌われること間違いなし。
壬生先輩の代わりにワタシがビンタの一発食らわせみようかな?
いや、それよりも。
拘束の態勢を整えるのに夢中で、こちらに気付く様子がない。
このままでは、放送室に突入して終わりだ。それじゃ、つまらない。どうしたものか・・・。
そうだ!気付いてもらえないなら、気付くようにすればいいんだ。
◯パン師匠がよくやる。相手の背中にメモを貼り付けるようにすればいい。
人混みの間を縫うように一番先頭に出る。
達也君までもう少し。
達也君の背中にタッチしようと手を伸ばした時だった。
ブレザーの内ポケットに入れた携帯端末から着信音◯パン三世のテーマソングが鳴り出す。
しまった!マナーモードにするのを忘れていた。
後悔先に立たず。
着信音に反応した達也君と深雪ちゃんが振り返った。兄妹と思い切り目が合う。
兄妹揃って似た表情を、鳩に豆鉄砲を浮かべる。
兄妹のみならず、殆どの人間が特に摩利先輩が驚愕の顔を見せた。
あっこれ終わったわ。
「放送室の外になんちゃって♪」と、ふざける余裕もない。
僅か一瞬の間に状況を理解した達也君が深雪ちゃんを庇うように前に踊り出て、ワタシを床に組み倒そうと腕を伸ばしてきた。
捕まってたまるか!
銭◯のとっつぁん宛らの体術を、上手く躱わして人混みに紛れると、その間を縫うようして逃走。
朝練の成果がここで役に立つとは。
達也君の行動に周りの野次馬が騒ぎ出す。
「渡辺先輩ヤツです!壬生先輩に化けています!」
達也君が叫ぶ。
少しの間をおいて、理解が行き渡る。
「アイツを取り押さえろ!」
摩利先輩の指示で風紀委員たちは一斉に動き出す。
いい判断だ。流石、女版とっつぁん。
人混みを利用して殆どの風紀委員を引き離すが、人混みを上手く抜けてワタシを追跡してくるふたり組がーー辰巳先輩と沢木先輩だ。
「縛につけやテメェ!姐さんに化けた罪は重てぇぞ‼︎」
「今すぐ止まれ!止まらないと痛い目を見るぞ。いや、絶対に見せてやる‼︎」
先輩らの怒号が廊下に響く。
他の風紀委員が追ってくる気配はない。どうやら、ワタシの捕縛はふたりに、残りは放送室の対応に回った模様。
「待ってやコラッッ‼︎」
摩利先輩に変装して騙されたことに大変ご立腹。
よりにもよってこのふたりとは。
もしも捕まったら、鉄拳制裁又はアイアンクローをお見舞いにされそうだ。
ナイスタイミングでどっかに桐原先輩いないかな。壬生先輩の顔で助けて桐原君!ってね。
ワタシの心配を他所にブレザーの内ポケットから着信音が鳴り続ける。
着信が止む様子はない。
一体誰だよ。あとちょっとで達也君にタッチできる所だったのに〜。
画面を確認すると相手は雫ちゃんだった。
部活勧誘で早退して以来、彼女の着信を無視して切ると後が怖いので電話に出ておく。
『もしもし、ゴンちゃん。今どこにいるの?』
「あっゴホンッ!えーっとね、今放送室前に来たところだよー」
うっかり、壬生先輩の声で話しそうになるが、寸前でゴンちゃんに切り替える。
逃走中を悟られないように、息切れが漏れないように平坦で落ち着いた声色で話すことを意識する。
『そう・・・なら、今すぐ教室に戻ってきなよ。もう十分楽しんだでしょう?』
「えー、これから面白くなりそうなのに。もう少し見てから戻るよ」
『それ以上留まっても何もないよ。それとも、今すぐ戻ってこれない訳でもあるの?』
ワタシの置かれた状況を間近で見ているが如く厳しく追求してくる。
風紀委員を撒かないと教室に戻れない。彼らを伴って教室に戻るわけにはいかないからね。
「はぁ、わかったよ。今から戻るよ」
『うん。それじゃ、5分以内にね。約束だよ』
雫ちゃんが最後にそう無茶振りを残して電話を切った。
5分で摘発のプロ集団風紀委員を撒けと⁉︎
チラッと後ろを振り返るが、まだ追いかけてくる。
そうこうしている内に、2年生の教室がある区域まで逃げてきた。
風紀委員に追跡されるワタシを廊下に面した窓から何ごとかと凝視する2年生たち。
「助けてー‼︎変なふたり組に襲われるー‼︎」
「他人の人生をメチャクチャにするような嘘を吐くなッッ‼︎」
「だだの摘発です!気にしないでください!」
「チッ!ダメか」
試しに痴漢に襲われる壬生先輩を意識して悲鳴を上げるが、助けは来ない。
教室から桐原先輩が飛び出す場面を期待していたのに、どうして限った時にいないんだよ!
好きな女の子(中身はボクだけど)が屈強なふたり組に襲われようとしているのに‼︎
悪態を吐きながら、着信メロディを銭形マーチに変えておく。
その後、風紀委員との逃走ごっこはどうなったか。
雫ちゃんの要求通り5分以内に風紀委員の追跡を躱わすことに成功。
A組の教室に戻るが、走り回ったことで汗をかいたのだ。すると、どうなるかって?
全身に皮を纏っているので、汗が外に排出されず、皮の中が汗で思い切りベタついた。
息を切らした様子をクラスメイト(特に雫ちゃんとほのかちゃん)に悟られないようにするのも大変だったが、特に一番大変なのは。
皮の中の不快なベタつきを我慢しながら、雫ちゃんとほのかちゃんの寄り道に付き合わされた事だ。
ふたりに部活は?と訊ねると、中止とのこと。
わざとらしく、ワタシが根を上げるのを期待するようにあっちこち長い時間歩かされた。
おかげで帰宅する頃には、皮の中で汗が大量に溜まった。
その日はいつものより長く入浴した。
早急に発汗機能を追加せねば!
次回、ブランシュが一高を襲撃する予定。
権三郎にどんな立ち回りさせようかな。