夏は色々イベントが多かったので、執筆が遅れました(汗)
最新話をどうぞ!
時は少し遡る。
九重寺の住職八雲から必要な情報を貰うと礼を述べて、そのまま行きと同じくバイクで自宅へと帰ってきた司波兄妹。
バイクを車庫に入れ終わると家に上がる。
あとは寝間着に着替えて、明日の学校に備えて就寝するだけだが、帰宅早々に達也はライダースーツのままリビングのソファに腰を下ろすと、じっと誰も立っていないキッチンの方に顔を向けて思考に耽る。
そんな兄の背後から深雪がお兄様と声を掛ける。こちらもライダースーツのままだ。
「先生からの情報以外で権三郎君について気になることがあるのですね?」
絆の深い兄妹であるからか、直接口に出さなくても深雪には達也の考えがある程度把握できる。
彼女の疑問は的を射っていた。
心配した面持ちで深雪が達也の隣に腰を下ろす。
「権三郎がどこまで変装模倣できるのか気になってな」
「先の騒動を加味しても誰にでも化けられそうな気がしてならないのですが」
「いや、それは違うよ深雪」
キッパリとした口調で深雪の考えを否定する。
「何故です?もしかして七草会長の時のような純粋な体格差のことを言ってるのですか?彼からすれば誤差の範囲では」
学校で目にする権三郎の背丈は160センチ。勿論、可変していなければの話だが。
司波兄弟はまだ知るよしもないが、権三郎の本当の身長は初対面時に確認した通りだ。
「俺が一番疑問に思ったのは身体的特徴以外で模倣できない要素がアイツにあるかないかだ」
「模倣できないもの」若干のオウム返しの後、深雪も思考に耽る。頭の中で思い浮かぶのは権三郎が他人に成りすまして引き起こした騒動の数々。
「相手の顔と声色、仕草は当然として、今の時点で判明してるだけでも七草会長の魔法コントロール、渡辺先輩の身体能力、エリカの剣術まで模倣していました」
「俺の眼で視た限り個別情報体まで対象に似せる。加えて美月曰く、本人の放つオーラすらも一寸の狂いなく模倣したとある。恐ろしい奴だ」
改めて兄妹揃って権三郎の技能に脅威を覚える。
「やはり彼には化けられない人間などいないのでしょうか・・・」
深雪の口から諦めにも似た弱音がぽつり、と漏れる。このまま権三郎の気の済むまで遊ばせるしかないのでは。現行犯で抑えるのは無理なのでは。
そんな深雪の不安を払拭するように達也が「それは違う」優しくも強い口調で答える。
「前にも言ったと思うが、いくらそっくりに化けようと完璧に他人になりきるなんて不可能だ。どこかで必ず綻びが出る」
「綻びと言っても具体的に思いつくものが。彼の成りすましては完璧と言っても過言ではありませんよ」
「こんな話を聞いたことはないか。幼い子供は母親の匂いを敏感に感じとると。いわば本能だ。いくら外側は完璧に化けても絶対に真似できない部分でもある」
「匂いですか・・・」
深雪は不意に自分の匂いを嗅ぐ。
今は本格的な春の時期である4月。今夜は冷え込んでおり、汗はかいていない筈だ。
「嗅ぎ分けるのは俺たちには無理な芸当だけどな」
達也は妹のお茶目な行為を温かい眼差しで見守る。
「いっそ犬でも飼いましょうか?」
「犬か・・・それで正体が暴ければ苦労はしないんだがな」
「本能といえば・・・私たち魔法師に備わっている魔法演算領域はどうなのでしょうか。まさか、模倣できませんよね?」
深雪は硬い表情で質問を投げかける。
魔法演算領域。
魔法師が生まれつきもっている性質や感覚的な能力、魔法という才能のいわば本体。
達也は少しの間無言を挟んで、自分の考えを述べる。
「現代科学でも未知の部分の多い領域ブラックボックスだからな。流石にアイツでもそこまでは模倣できない・・・と、楽観視するよりも警戒しておいた方がいいかもな」
魔法師個人とって唯一無二の才能、個性と言っても過言ではない魔法演算領域。
それすらも模倣できるなら、最早それは『変身』のレベルだ。
「仮にそうなら彼と係りのある人たちは・・・」
「全員例外なく権三郎に変装模倣されると見て間違いない。過去に模倣した魔法師の技能、ナンバーズ特に十師族レベルまで忠実に再現できるとなれば誰も太刀打ちできないかもな」
達也の言葉に深雪は思わずゾッと、寒気を覚えた。
まだ憶測の範囲だが、単純に模倣する対象が多ければ多いほど強くなると言えるのではないか。そうなれば敵なしである。
「権三郎の模倣能力は一種のBS魔法の可能性が高い。仮に『ドッペルゲンガー(複体)』と呼ぶとする。この魔法は直接接触或いは俺の眼のような異能と併合して対象の個別情報体を知覚。それを対象に似せた外皮に転写し、纏うことで他者に成りすます魔法だと俺は考えている」
達也の憶測は殆ど正解に近い。
少し補足するならば、権三郎は無意識の内に挙げられた魔法を使用している。おまけに当の本人は前世の知識と経験、今世の特訓によるものだと勘違いしている。
最後に権三郎は『精霊の眼』のような異能を待ち合わせていない。直接視認のみで対象の個別情報体を記憶するのだ。無論?これも無意識レベルで。達也が知ればそんな訳あるかと否定したくなること間違いなし。
「『精霊の眼』で何度観測し直しても変装対象と同じ個別情報体だ。もしもその状態で『分解』を使用しようものなら・・・」
「その変装対象にもお兄様の魔法は影響を及ぼすと考えているのですね」
無闇に試すのはリスクが高い。深雪に化けたなら言うまでもない。友好関係の深い学友達の場合は"多少"の忌避感はある。
仮にリスク度外視で『分解』を発動したとしてもその都度別人、個別情報体を変えられては対処が難しい。
「お兄様は学校で権三郎君を何度も視てますよね。今対処できないのですか?」
言外に今成りすましている人間に影響が及ぶ覚悟で魔法を使用するしかないとも聞こえる。
「学校で会うアイツの情報体は記憶しているが、眼で追っても記憶している情報体は確認できない。今この間も別人になっているかもな」
学校でよく見かける皮を纏った権三郎と皮を脱いだ中身の情報体は別物だ。
『精霊の眼』をもってしても権三郎の逃亡を何度も許したのはこれが関係している。
「せめて一度でもいいからアイツの素顔を拝めれば対応できなくもないのだが・・・」
複写した情報体の下に隠れた権三郎本来の情報体を知覚記憶できれば対象も変わってくると思わず愚痴る。
そうしているとふっと、当初の話しから権三郎の魔法『ドッペルゲンガー(複体)』の攻略方法に話しが脱線気味なっていることに気付く。
「話しが少し逸れてしまったな」
時計を見れば22時を過ぎている。すっかり話し込んでしまった。
明日も学校を控えているのに妹を付き合わせてしまった事が心苦しい。
「お気になさらず。お兄様一人で背負い込む必要はありません。私も力になります」
「そうか。ありがとう」
「あっ」
微笑みを浮かべた達也から身を寄せられ、おまけに頭を撫でられてご満悦な深雪。
その時、感情の昂ぶりで想子を身体から溢れ出す深雪を見て達也の手がピタリと止まる。
「お兄様?」
「出来したぞ深雪」
「どういう意味ですか?」
「権三郎を捕まえる方法を思いついた」
兄から権三郎を捕える計画の詳細を聞かされる。
***
そして、再びブランシュによる学園襲撃時に戻る。
図書館の外は日が沈みだし、空が茜色に染まり始める。
館内は照明の電気系統が襲撃時に断線した為か、明かりは点かず。権三郎の爆発させた手榴弾による爆風で割れた天窓から夕焼の薄暗い光が差し込むのみ。
「お兄様!」
「タツヤ君大丈夫なの?」
二階に待機させていた深雪とエリカが心配した赴きで一階のロビーに降りてきた。
本来なら深雪と2人だけ権三郎を迎え撃つ筈だったが、エリカが「アタシも混ぜなさい!」と駄々をこねるので渋々加えることにしたのだ。
「派手に巻き込まれたように見えたけど」
「いや、大したことはない。それよりも・・・」
心配するエリカを他所に達也は床に落ちている物に目がいく。
間近で確認する為に歩き始めた達也の後ろに深雪とエリカも続く。
近づいてみるとそれはあった。権三郎が使用した変装マスクだ。マスクの他に空のポーチも4つ転がっている。
戦闘の影響で右頬の部分が大きく横一文字に裂けていた。
達也は躊躇うことなく、床に遺棄されたマスク(達也たちは知らないが名称はゼタ)の毛髪部分を掴んで拾い上げた。
だらんと口が開いて力無く垂れ下がるマスク。空いた目と口の部分から覗く中身は空洞でつい先程まで権三郎が被っていた物だとわかる。
それに若干引くが気になる様子でエリカがまじまじと見詰める。
「それってアイツのマスク?うわっこうして見ると妙にリアルで生々しい。まさか、本物の人間の皮とかじゃないわよね」
「怖いこと言わないで。お兄様分かりますか?」
「素材はシリコンをベースに作られてる。怖がるほどのものじゃない。最もこれを被ったくらいで誰もが別人になれるとは思えないがな」
「ん?ちょっと待って。現に証拠品があるじゃない。それを被って変装してたんでしょう」
「これで簡単に変装できるなら工作員と名のつく人間は喜んで使うだろうな。しかし、細かい表情の変化は感知されない程の微弱な魔法をその都度掛け続けて自然な顔に見せる必要があるとみた。他人が同じようにしても簡単には真似できない」
推測を語り終え、達也は手に持つマスクをサンプルとしてブレザーのポケットに仕舞う。
「それ持って帰るんだ」とエリカが呟くが、それ以上言及しない。代わりに気になったことを尋ねる。
「凄く手間が掛かってる気がするだけど。そんな手の掛かることしてまで別人になりたいわけ?器用なのかバカなのか訳分かんない」
「そうしないと生きられなかった、必要に駆られて自然と身に付けた権三郎君の技能じゃないかしら。しかし、肝心の本人は何処に行ったのでしょう?まさか、もうここから逃亡したとか・・・」
「いや、まだヤツはこの館内にいる」
達也がキッパリと確信を持って言い切る。
エリカが気になったので理由を尋ねる。
「どうしてそう言い切れるわけ?」
「逃げたくても逃げらなかったのさ。目眩しとはいえど、至近距離で手榴弾を爆発させたんだ。流石の権三郎でも無傷とはいかない。さっきまで戦闘で受けたダメージも大きく逃亡できなかった。一階は俺が、二階は深雪とエリカが固めていたか逃げられなかったとして・・・ところでエリカ、この館内で何人倒した?壬生先輩は除外していい」
突然話題を変えたと思いきや話をこちらに振られ、エリカは意味が分からず、一瞬だけ目が点になる。
「そんなの一々数えてないし。倒れてる連中を数えればすぐに分かるでしょって、まさか・・・」
二階から順に倒れているテロリスト及び洗脳で尖兵と化した生徒の数をひとりひとり数えていく。
「ーー・・・7、8、9、明らかにひとりだけ多い。って事はこの中に紛れてるってこと?」
「ああ、間違いなく」
「そういうことなら・・・狸寝入りを決め込んでないで起きなさい!アンタが紛れているのは分かってるだからッ!姿を現せ権三郎」
エリカがロビー全体に響き渡る声量で叫ぶが応答はなし。
完全にシラを切り倒す構えだ。
「そっちがその気ならいいわ。ひとりずつ顔を捻ってやる」
エリカが加虐的な笑みを浮かべ倒れているテロリストに歩み寄る。
発想が嫌っている摩利とまったく同じと言えば怒るので余計なことは言わず、代わりに達也はエリカの右肩を掴んで進行を止める。
達也の手を振り解くかと思いきや、エリカは素直に歩みを止めた。
「待って。ひとりずつ確認していると手間だし、その隙に逃げれる。3人でそれぞれ確認していても同じだ」
「倒れてる奴らの中から一発で当てろっての?こんな時言うのもなんだけど、アイツ人に成り済ます事に関しては正直脱帽。誰かに化けて紛れ込まれたらこっちはお手上げよ」
「いいえ、エリカ。縛りこむ方法はあるわ」
正体を見破る手段が思いつかないエリカに深雪が助け舟を出す。
「権三郎君が成り済ます対象の条件を思い出してみて。エリカも知ってるはずよ。本人が直接私たちの前で語ったのだから」
深雪に言われてエリカは腕を組んで過去の出来事を振り返る。
暫くして「あっ」と校門前での諍いが頭の中で浮かび上がった。
「確か・・・綺麗で可愛い人間を選んで化けるって言ってた気がする。ってことは・・・」
「「女子生徒に成りすましている」」
兄妹が同じ答えを出す。
館内で無力化された人間達を見渡す。
倒れている人間の内、権三郎の好みに厳つい男のテロリスト4名が該当するとは到底考えられない。二階にもテロリスト数名が倒れているが、姿を晦ます一瞬の爆発の間に二階を抑えていた深雪とエリカの両名に感知されずに突破できたとは思えないのでこれも除外可能。
必然的に残るのは本校の生徒4名に縛られる。
男子1名女子3名。
未だに倒れている生徒達に慎重に歩み寄る。先頭にエリカ、その後続に達也と深雪。
「アイツ男に化けたりは・・・しないか。今までのやり取りで女子に化けるのが好きぽいし。男はむさ苦しくてイヤだって言いそう」
「それはお兄様も含まれるのかしら?だったら、許せないわね」
「俺の事はどうでもいい。今はこっちの方を確かめるのが先だ。エリカ」
「なに?」
名前を呼ばれて振り返るエリカよりも先に達也が彼女の頭に向かって容赦ない蹴りを放った。
達也の蹴りをエリカは間一髪でしゃがんで回避すると、低姿勢のまま攻撃の届かない距離まで離れる。
そのまま無言で見つめ合う二人。
達也の行動を間近で見ていた筈の深雪は驚いた様子もない。こちらも黙って事の成り行きを見守る。
「俺も一瞬騙された」
「ぷぷぷ。いつ気づいたの?」
これ以上の誤魔化しは無意味。
エリカがニィと笑みを浮かべる。声色はエリカのそれだが、特徴的な笑い声を漏らす。権三郎の笑い方だ。
正体を現した権三郎の質問に達也が答える。
「エリカが自分の倒した敵を数えないとは到底思えない。残存数を把握しないと全滅できたか確認しようがないからな」
「大雑把だなって思わなかったの?他には何かないわけ?」
「肩を掴んだ時もそうだ。服で誤魔化しているが肩幅が女のそれじゃない。これで満足か?」
権三郎のミスを指摘するように自分の鎖骨から右肩かけて指を走られてみせる。
長時間の骨格変形は関節炎になるリスクがある。リスクを回避する為、エリカに変装した際に骨格を戻したのが仇になった。
「あちゃー、やっぱり誤魔化せなかったかー。わがまま骨格でイヤになるわ。ぷぷぷ、クケケケ」
自身のミスを素直に受け止めるとエリカの顔で特徴的な笑い声を漏らす。
深雪に化ける選択肢もあったが、後に待つ達也からの制裁が怖いのでやめた。
「本物のエリカをどこにやったの?まさか・・・」
深雪はエリカの安否が気になった。どのような手段を使ったか知らないが、あのエリカが不意を突かれるとは信じられない。
友人を心配する深雪に対して、権三郎は真由美から結局聞けなかったセリフを深雪から聞けて歓喜する。欲を言えば達也の口から聞きたかったが、態度には決して出さない。胸の内に留めておく。
「そんな怖い顔しないでよ。そりゃ、心配になるよねー。エリカちゃんなら連れてくるよ」
そう言うと降りてきた階段を使って二階へと上がっていく。
その際、自分の背中を警戒心を剥き出しにする司波兄妹に晒すが、余裕のある歩みを崩さない。
逃亡する気配はない。
暫くすると権三郎は逃げずに一階ロビーへ戻ってきた。
その腕に一人の女子生徒を抱えている。
相手の背中と膝裏に腕を回して抱き上げる、俗に言うお姫様抱っこで。
抱えられている相手は意識がないのか、瞼は閉じたままだ。
階段傍の壁にもたれ掛かるように気を失っている女子生徒を優しく下ろす。
「エリカを連れてくる筈では?ふざけるのも大概にして」
「まあまあ、慌てないでよ。深雪♪」
深雪は語気を強めて権三郎の行為を咎めるが、権三郎はエリカの顔でお茶目な態度を示す。
エリカを連れてくると言ったのに、相手が連れてきたのはエリカとは似ても似つかない女子生徒。
ブレザーの肩と胸には花弁の紋はない。二科生と見てとれる。深雪は知る由もないが、その顔に達也は見覚えがあった。
学内の喫茶店で壬生先輩と待ち合わせした際に見かけた一科生だ。
達也が「まさか」と呟くよりも先に権三郎の手が女子生徒の顔に伸びる。
首の付け根を指で軽く弄ると首から下の皮と比べて僅かに色が少し違う。境目だ。
その境目から潜り込ませるように指を入れるとベリベリと剥がしていく。
一科生の顔からよく見慣れたエリカの顔が現れた。
その光景に司波兄弟は息を飲む。
深雪よりも先に立ち直った達也が口を開く。
「他人にも変装を施せるのか」
顔のマスクを剥がすまでは確かに別人の個別情報体だった。
「そうだよ。自分にできて他人に変装を施せない道理はない」
そう言いながらも、権三郎は変装者としてやりたい事の一つができて内心でガッツポーズを決める。
変装者としてやりたい事の一つ。
他人に変装を施す。
「一体どうやってエリカと入れ替わったのですか?あの時二階には私も一緒にいたのに・・・」
「ああ、それね。こうやったんだよ「オイッ!エリカ」ってね♪」
権三郎が正面から声を発したのに、兄妹の背後から聞き覚えのある声ーー渡辺摩利の声が響く。
この光景に二人とも覚えがあった。
「純粋な技能による音飛ばしてか。野外だけでなく室内でも可能なのか」
「寧ろ音の響く室内の方がやり易いよ。本能的に嫌ってる摩利先輩は彼女には効果的面だった。おかげで楽に不意を突くことができたし」
言うだけなら簡単だが、実際に行動に移すのは難しい。
エリカの不意を突くほどの技量の高さに深雪の中で警戒度が跳ね上がるが、その中でも達也は冷静だった。
「嘘だな。理由は不明だが、いくら自分の嫌っている渡辺先輩が出てきても、それだけでエリカが隙を見せるとは思えない」
「タツヤ君ってさ、ノリ悪いってよく言われない?はいはい。そうですよー、楽に不意は突けませんでした。反撃とばかりに肩に一発キツイの貰ったし」
忌々しげに愚痴ると自分の右肩をチラッと一暼する。どうやら、エリカの反撃で負傷しているように思えた。気を失っている本物のエリカに達也は称賛の眼差しを向ける。
「まあでも、今回は完全にアタシの負け。行動を先読みして待ち伏せしたのは見事だったわ」
殆どが行き合ったりばったりの遊びから始まったのたが、権三郎は嘘を付く。
「逃げるのか?」
一連の行動が全て変装の達人になるという自身の欲求を満たすものによるものだとは想像もしていない達也は逃亡を阻止しようとする。
「心配しなくてもまた遊んであげる。今度は別の顔でね♪」
エリカの顔で茶目っ気たっぷりに言うと踵を返して逃げようした時だった。
「貴方はかわいそうな人ですね」
深雪が一言呟く。
決して大きくないはずの声量にも関わらず、彼女の声は不思議と館内に響き渡った。
それだけで権三郎の逃走に移った足はピタリと動きを止める。まるで足を直接床に縫い付けるように。
錯覚だと自分に強く言い聞かせて、意趣返しとばかりに深雪の方に身体を向ける。
「かわいそうだって?アタシのことを何も知らないくせに勝手なこと言わないでちょうだい」
鋭い目つきで深雪を睨みつける。
傍で見守る達也には、その様子がまるで必死に自分の本性を隠そうとしているように見えた。
「自分の素顔を偽りの皮で覆って隠す。しかしながら実際のところは誰かに本当の自分を理解してほしい認知してほしいと本心では渇望している」
深雪はゆっくりとした口調で語りかけながら距離を詰める。
彼女の堂々とした歩み寄る姿勢に権三郎は言葉にできない不気味さを感じて、思わず一歩また一歩と合わせるように後退してしまう。
「本当は自分でもわかっているのでしょう?権三郎君」
「何を言ってのかしら?「ワタシは」そんな名前知らないわ」
「貴方は怖いのですね」
「怖い?ハッ!急に何さ?「出鱈目」「を言うな」何も「怖くなんか」ない。そうアンタなんて怖くない」
動揺を隠しきれず、模倣したエリカの声が安定せず、激しく入り乱れた声に変わり始める。
「いいえ。貴方は恐れている。正体を暴かれたことではなく、本当の自分を見せることで、他人から否定され、拒絶されることが怖くてたまらないのでしょう。だから、他人の皮を纏い嘘をついて周りだけでなく、己自身をも騙して生きてきた。それが自分という存在を守る唯一の手段だったから。違う?」
深雪が容赦なく捲し立てる。
それを黙って聞き終えた権三郎は本物のエリカがしない憤りの表情を浮かべて睨みつけた。
「一方的にベラベラと何様のつもり?もういいわ。日を改めてまた遊んであげる。別の顔でね。バイバイ」
一刻も早くここから離れようとすると自然と早口になる。
権三郎は制服に仕込んだ最後の煙玉を出して逃げようとするが、深雪がある人物の名前を出して斬り込みをかける。
「またそうやって逃げるのですね。雫も言ってたけど、貴方がどんなに顔を変えて別人になっても何も無かったことにはできない。誰からも理解されず、孤独に生き続けるだけよ」
雫の名前を出した瞬間、権三郎の動きがピタリと止まる。
ここで深雪は確信する。雫は権三郎にとって致命的な弱点だ。例えば、過去に自分の素顔を、コンプレックスを知られたと思えば納得がいく。
「・・・なんで雫ちゃんが出てくるのさ?訳わかんない。もういい加減してよ」
声色はエリカだが、口調が変化する。
深雪には権三郎が逃走に対して躊躇しているが、手に取るように分かった。
ここでさらなる一手を打つ。
「権三郎君いいえ、ドッペルゲンガー。私と勝負しませんか」
敢えて権三郎ではなく、ドッペルゲンガーと呼ぶ。
突然の提案に権三郎の肩が僅かに動く。
「いつかの決闘の続きをしようっての?やるメリットがない」
「もし貴方が勝てば私の容姿を好きに使って構いません」
深雪は自分の容姿を餌にして権三郎に勝負を仕掛けた。彼女には相手が食い付いてくると確信があった。
自分は権三郎の選ぶ、綺麗で可愛い対象に含まれている筈。その証拠に過去に自分に一度ならず二度も変装していた。
容姿端麗な人間に成りすます、素顔にコンプレックスを抱く権三郎なら喉から手が出るほどの美しさ。それが外皮による偽りとはいえ勝てば手に入るのだから。
権三郎は悩んでいるのか、暫く黙考した後で口を開く。
「一度口にした言葉は元に戻せないよ。それは分かってる?途中でやっぱりなしは認めないからね」
権三郎が勝負に乗ってきた。
深雪は自分の読みが当たったと確信するが、権三郎は本人公認でダブル深雪ちゃんができる!最愛の妹の名の下であれば、魔王達也も文句はいえない筈だラッキーとしか思っていない。
「安心して。そんな野暮な真似はしないわ。それよりもエリカのままでいいの?”お着替え”の時間くらいあげるわ」
挑発的な態度で言葉を返す。
「少し待て深雪」
このまま2人の戦いが始まると思いきやそれまで無言で佇んでいた達也が深雪に待ったを掛ける。
「本当にいいんだな?今ならもう一度俺が戦うこともできるが・・・」
「いいえ。ここは私にお任せ下さい。彼とは前々から決着を付けたと思っていたので。入学式のこともありますし・・・」
深雪の表情が少し影で曇る。
入学式の講堂で権三郎が達也に抱きついたのを根に持っている。
「エリカをお願いできますか?」
「分かった・・・なら、最後に一言だけ。思い切りやってこい」
達也は妹に激励を送る。
「はい、お兄様」
それに答えるように深雪は顔の陰りを晴らすと、熱い眼差しで兄の瞳の奥を覗き込む。
それに比べて、相変わらず兄妹とは思えないイチャイチャぷりを見せれた権三郎は口の中に砂糖菓子を含んだような錯覚を覚える。
未だに気を失っているエリカの傍に達也が移動したのを確認すると深雪は再び権三郎に視線を戻す。
「待たせたわね」
「いや、別に・・・うん、もうお決まりみたいだからあれから言わないよ。じゃあ、初めようか」
そう言うと最後の煙玉を床に落とす。
破裂した煙玉から出た白い煙は権三郎の姿を隠すように周囲を取り巻く。
煙が晴れるとエリカの姿から類稀な美貌と可憐さ、男女問わず魅力する美少女ーー深雪の姿に変わって現れた。
日本人離れして白く透き通った肌と、左右対称で均整の取れた完璧な容姿。折れそうに細い腰と、華奢でありながら女性的な曲線のプロポーション。
ストレートの髪型の他に入学祝いで達也がプレゼントした雪の結晶型の髪飾りまで同じだ。
「・・・聞いてはいたが、ここまでとはな」
壁際で見守る達也は驚きを隠さなかった。
深雪に化けた権三郎と直接対峙するのはこれが初めて。頭で偽物だと理解しても感情が追いつかない。
幼少期から見慣れた妹と瓜二つの人間が今まさにそこにいるのだ。
似ているのは容姿だけはない。気配や挙動、想子光の輝きまで同じだ。
一見すれば深雪の全てを模倣したように思える。一点だけを除いて。
「こっちの方がリベンジマッチ感があっていいでしょう?自分と決闘できる機会は滅多にない」
深雪に化けて気分が良いのか、凛とした深雪の声色で挑発してくる。それに対して、本物の深雪も同じ、元より自分の声で応対する。
「本当にその姿でいいの?」
「・・・?今更怖気ついたのかしら?自分と戦うのが怖いとか。お願いすれば着替えてもいいわよ」
権三郎には質問の意図が分からなかった。
相手の答弁を聞いて深雪はこれ以上の言葉は不要と判断。
「そう、なら最後に一言。真似できる所は好きなだけ真似なさい。だって・・・今日が最後の変装ごっこなのだから」
「最高♪氷の女王様って感じで好みよ」
館内の空気が凍てつく。それに合わせるように権三郎は臨戦体制に入る。
深雪は利き手に愛用の端末型CAD、権三郎はこちらはエリカの反撃で痛めているのか、深雪とは反対の左手に同じ型のCADを構える。
((勝負‼︎))
奇しくも2人の勝負の掛け声は心情で重なった。
入学編は順調にいけばあと2、3話で終わらせる予定です。
遅い執筆ですみませんが、気長に待っていただけると嬉しいです。
ではまだ次回に!