咲夜とサクヤの入れ替わり物語 作:RtYB9S
――side咲夜 5日目――
(ん……)
目が覚めた私は、寝起きのぼんやりとした頭で昨日の事を思い出す。
(昨日は確か……、魔理沙から取り返した本をパチュリー様に渡して、遅れた分を取り戻すように仕事をしてから寝てしまったのよね)
思い返していくうちに、段々と頭がはっきりしてきた。
(今日も【サクヤ】の夢を見ているのね。本当にどんな原理でこんなことになってしまっているのかしら? 毎晩明晰夢を見せられると、眠っている気がしないわ……)
そんなことを考えながら、しばらくぼーっと体が動き出すのを待っていたけれど、この身体はサクヤの部屋の天井を見つめたまま、動き出す気配が無いわね。
(彼女はいつまで寝ているのかしら。そろそろ起きる時間の筈なのだけれど……)
退屈紛れに、何気なく右腕を天井に向かって伸ばしてみると、視界の隅に右腕が映る。
「え?」
思わず声が出てしまい、同時にあることに気付く。
(今の声は私の声よね? ……もしかして)
私はベッドから起き上がろうと自分の体に命令を出すと、思い描いた通りに体が動く。
「これは……、私の意思で体が動くの……?」
声も私が喋りたいと思った通りに発声されていて、鏡の前まで移動すると、ゆったりとした白いパジャマに身を包む私の姿があった。寝る前は水色のパジャマを着ていたし、ここは私の部屋では無いわ。私の部屋の窓からは海は見えないし、こんな杖も置いた覚えが無いですしね。
「どういうことなのかしら……?」
(まさかとは思うけど、私がサクヤになってしまっているの……? もしそうなら、本来の身体の持ち主は何処へ行ってしまったのかしら?)
考えれば考える程分からないことだらけね。さて、これからどうしましょうか。
思い悩んでいた時、部屋の入口の扉がノックされる。
「サクヤ~、もう起きてる?」
(この声、確かサクラギ・ユウね)
私は即座に扉の前に移動して、ドア越しに返事をする。
「今起きたところです。何か御用ですか?」
「朝食が出来たから呼びに来たんだけど……」
私は時計を見る。文字盤は記号のような文字で読めないけれど、現在の時計の針の位置は、夢の中でサクヤがいつも朝食を食べている時間だったわね。
「分かりました、すぐ行きますね」
「? 分かった」
遠ざかっていく足音を聞きつつ、私は寝巻から普段着に着替えることにした。
(え~と、彼女は確かこんな格好だったわね)
髪型は私と同じ三つ編みに、トップスは群青色の白いレースが付いたブラウス、ボトムスは白を基調にしたフリル付きのティアードスカート、その上からは銀色のローブを身に着け、足には紐付きの黒いブーツを履く。普段はゆったりとした服を着ないから新鮮な気分だわ。
壁に立てかけてある宝石が付いた杖を持つと、魔法使いっぽい見た目になるわね。サクヤは外出する時に持っていくのかしら? でも食事には必要ないわね。
私は杖を元の場所に戻し、部屋を出る。
部屋を出ると、一本道の廊下が続き、窓の外からは光が差し込んでいる。廊下の奥の扉を開けるとロビーに出る。
この館のロビーは3階まで吹き抜けとなっているみたいで、左手には2階へ続く半螺旋階段が有り、右手の奥には両開きの扉がある。恐らくこの館の外に繋がっているのね。サクヤの記憶ではダイニングルームは1階だったはず。
私は階段と玄関を通り過ぎて、奥の部屋――玄関から見て右側の片開きの扉――を開ける。
この館のダイニングルームは、紅魔館の半分程の広さで、六人掛けのダイニングテーブルがあり、左手にはキッチンへ続く扉。奥にはガラス張りの窓があって、砂浜と海が見えるわ。開放感があっていい景色だわ。
テーブルの上には既に朝食が並べられていて、私はユウの正面に座る。
「いただきます」
「いただきます」
彼女は手を合わせて挨拶をしたので、私もそれに合わせて挨拶をする。
目の前に並べられている料理は、虹色の焼き魚と、豆と穀物が入った茶色のスープ。どれも見たことのない料理だったけれど、食べられない事は無いでしょう。私は恐る恐る口にする。
(あら、美味しい。見た目が奇抜なだけで、鮭の塩焼きとコンソメ味のスープなのね)
「ねえサクヤ」
私が心の中で料理の舌鼓を打っていると、彼女に話しかけられた。
「何でしょうか?」
「今日はどんな感じの夢見たの? 何か新しい発見でもあった?」
その眼には好奇心の色が含まれていて、私は答えに詰まってしまった。
彼女の言う夢とは、恐らくメイドとしての私、十六夜咲夜の生活のことを指しているのよね。だけど、今この私は、イザヨイサクヤの身体に乗り移って此方に来てしまっている。
(この事実を彼女に伝えたほうがいいのかしら? でも……)
私は基本的に人に弱みを見せずに、できることは全部1人でやってきた。誰かに助けを求める事には少し抵抗感があるのだけれど……。
(だけど、今回は彼女に相談したほうが良さそうね。流石に今のこの状況を一人で解決するのは困難よね)
まずここが何処なのかも分からないし、サクヤの生活についても知らない。そんな状況で隠し通そうとしても、普段から一緒に暮らしている彼女にはすぐに明るみになってしまうでしょう。
それなら、早めに相談したほうがいいわね。
「そのことですが」
「うん」
「今日は夢を見ませんでした――というか、今置かれている状況が夢みたいですね
」
「うん? どういう意味?」
彼女は首を傾げる。
「今の私は十六夜咲夜になってしまいました」
「んんん?」
「私は貴女が知るイザヨイサクヤさんではなくて、紅魔館のメイド長十六夜咲夜なんです」
「ええ!? それってつまり……、サクヤが話していた夢の中のメイド咲夜が、サクヤに乗り移っちゃったの!?」
「はい」
「ドッキリとかじゃなくて本当に? 嘘じゃなくて」
「本当ですよ。……証拠は有りませんが」
「へえ~、ちょっと信じられないなぁ」
そう言って彼女は私の事をジロジロ見てきたけど、ふと何かを思いついたように笑みを浮かべる。
「そうだ! もし貴女がメイドの咲夜なら、それを証明できる手段があった! 食事が終わったらロビーに来てもらえる?」
「分かりました」
ユウは急いで食事を済ませると、勢いよく扉を開けてダイニングルームから出て行った。
それから私も食事を済ませて片付けた後、ロビーに向かうと1着の洋服を抱えた彼女が待ち構えていたわ。
「証明する手段はズバリこれよ!」
彼女はハンガーに吊り下げられたメイド服を指差して強調する。
「メイド服?」
「そうよ! もし貴女がメイドの咲夜なら、メイドとしての作法もばっちりなはず! これを着て私に『おかえりなさいませ、お嬢様』と礼儀正しく決めてくれないかしら!?」
……なるほど、一理あるわね。私のメイドとしての技術を見ることで、私が十六夜咲夜だと証明しようという魂胆なのね。
「では着替えてまいりますので、しばらくお待ちいただけますと幸いです」
私は彼女からメイド服を受け取り、着替えるために自分の部屋に戻った。それにしても、このデザインはかなり紅魔館のメイド服と似てるわね。
普段から着慣れてることもあって、手早く着替え終わった私はロビーに出てきた。
「わぁ~、可愛いわ! やっぱり私の見立ては間違っていなかったわね!」
なぜか興奮している彼女に、少し圧倒されながらも、私は口を開いた。
「では始めますね」
「オッケー!」
私は右足を斜め後ろの内側に引き、左足を軽く曲げつつ、フレアスカートの裾を持ち上げながら腰を折り、頭を深々と下げる。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「素晴らしいわ! 私、一度でいいからメイドさんにやってもらいたかったのよね~。もう完璧! 良い物見せてもらったよ~」
彼女は興奮した様子で捲し立てるけれど、私は(そんな動機だったのね……)と複雑な気分だったわ。
「それに、貴女が私の知るイザヨイサクヤじゃないのも理解できたわ。私の知るサクヤは貴女程優雅な挨拶はできないし、何よりも、こんな不純な動機だとメイドのコスプレはしてくれないからね~」
「それは良かったです」
何はともあれ、私を理解して貰えたのは幸いだわ。
「さて、それでは今後の事を話しましょう? 今から図書室に来てくれる? あぁ、もしその恰好が嫌なら着替えてきてもいいわよ」
「いえ、私にはこの服装が落ち着くので問題はありません。行きましょうか」
「オッケー」
私は彼女の後についていった。