咲夜とサクヤの入れ替わり物語 作:RtYB9S
自室に立てかけてあった杖を手に取り玄関を出ると、海と森、砂浜を一望できる景色が広がっていた。このお屋敷は崖の上に建っていたのね。
庭は草原と一体化していて、少し先に見える下り坂の下には、鬱蒼と茂る森が広がっている。私達は坂道を道なりに下っていき、森へと続く途中の別れ道を左に曲がって砂浜に降りていく。
白い砂浜には誰も居なくて、私達だけの貸し切りとなっている。もし季節が夏だったら、泳ぎたくなっていたかもしれないわね。
「到着! ここは魔法の練習にぴったりでしょ?」
「何をすればいいの?」
「まずは簡単な魔法からやってみましょ。視覚的に分かりやすいのは氷属性魔法かな?」
「氷属性ねぇ」
なんとなくチルノが思い浮かんだのは、気のせいではないでしょう。
「大事なのはイメージ。体内にある力を杖の先に集めて、それを氷に変換して放出するような感覚で、『アイス』と叫べばいいよ」
「分かったわ」
私は砂浜に向かって杖を構え、冷凍庫に入ってる角氷をイメージしながら、唱えた。
「アイス!」
直後に私の杖から大きい氷塊が発射され、砂浜に着弾した瞬間、巨大な氷塊が塔のように聳え立つ。
「凄い……!」
私は初めての魔法に少し気持ちが昂っていた。
(パチュリー様やアリスと魔理沙が魔法の虜になる気持ちが分かるわ。これはハマってしまいそうね)
「初級魔法で詠唱破棄しているのにこの威力……! 流石サクヤと言うべきなのかしら」
彼女は困惑と驚きが入り混じった様子で氷の塔を見上げていた。
「サクヤ、今の感覚が魔法を使うって事なんだけど、掴めそう?」
「理解できたわ」
魔法を使う時の感覚は、時間を操る程度の能力に非常に良く似ているわ。相違点は、力を外に放出するか、内に留めるかの違いね。
「呑み込みが早くて助かるよ。それなら早速テレパスを試してみましょ?」
「テレパスもイメージなの?」
「うん。元の貴女を思い浮かべつつ、今のサクヤの身体と、元の貴女の身体を線で繋げるようなイメージで念じるといいよ」
「早速実践してみるわ」
私は彼女に言われた通りにイメージしつつ、念じてみる。しかしどれだけ経っても、海の波の音が聞こえるだけで、元の私と繋がる気配が無かった。
「駄目ね。全然イメージができないわ」
「やっぱり無理だったかぁ。もしかしたらと思ったんだけどね~」
その言葉とは裏腹に、彼女は落胆していないみたいね。初めから無理だと分かっていたのかもしれないわ。
「まあでも、今の貴女が魔法を使えるのが分かっただけでも収穫があったわ。一度図書室に戻って、次のステップに行きましょ」
「待って。もうちょっと魔法で遊んでもいいかしら?」
さっきの感覚が忘れられなくて、ついつい口にしてしまったわ。
「ふふ、咲夜も魔法の魅力に気付いたのね? 気が済むまで……と言いたいところだけど、30分だけにしてね」
「ええ」
私は限られた時間の間、魔法を楽しんでいった。
「魔法ってとても面白いのねえ。幻想郷に帰ったら、魔法使いになっちゃおうかしら」
「アハハ、その気持ち分かるよ。私も初めて魔法を使った時は、魔力切れで倒れるまで撃ちまくってたからね~」
図書室に戻り、机の前の座席に座った私は、思いの外充実感に満ち溢れていた。
あの後、彼女が色々な魔法を教えてくれたのだけれど、どれもが派手なものだったわ。
『ファイア』と唱えれば、噴火のような炎が巻き起こり、『ウインド』と唱えれば竜巻が発生して、『サンダー』と唱えれば、巨大な雷が砂浜に直撃したわ。
彼女の話では、これらの魔法全てが初歩的な魔法らしく、魔力量が高い程魔法の威力が大きくなるそうなので、サクヤの魔法使いとしての能力の高さに舌を巻くばかりね。
「さて、じゃあ次のステップに行こうか」彼女は本棚から一冊の本を取り出すと、「じゃあまずこの本を読める?」と差し出した。
外装が古く年季が入っているその本は、タイトルが読めず、本の開いてみると、私の見たことがない文字がズラッと書かれていた。
「全く読めないわ」
「うーん、やっぱりね。では次のステップはこの本を読めるようになってもらいます!」
彼女は私の持っている本にビシッと指を指した。
「別に構わないけど、言語の習得ってかなり難しいらしいじゃない。一朝一夕で終わるとは到底思えないわ」
「真っ当なやり方なら時間が掛かるけど、とっておきの裏技があるのよ」
「裏技?」
彼女はまた別の本棚に戻ると、一枚の紙を持ってきた。
「じゃじゃーん!」
彼女はそれを自慢げに私に見せながら「その名も翻訳魔法! なんと、人間や種族の壁を越えて言葉が通じるようになるし、文章までもが読めてしまう究極の魔法よ!」
「あら、なかなか便利じゃない」
「ええっ!? なんかリアクション薄くない?」
「いえ、そう言われても私にはいまいち凄さが分からないわ」
「そっか~、私的には、革命的だと思うんだけど……まあ、いっか。咲夜には、これからこの翻訳魔法を覚えてもらいます。それが習得できたら次のステップに進むね」
「分かったわ」
「じゃあまずは――」
私は彼女にこの紙の読み方を教えてもらう。
普段口にしない単語ばかりが並んでいて、発音が難しく、言葉に詰まることなくスラスラと読み上げられるようになるのには大変だったわ。
流暢に喋れるようになったら、この文章の後に少し詠唱を加えることで、やっと翻訳魔法が成功するとのこと。
そしてその最後の詠唱が中々やっかいで、分かりやすく例えると、日本語の文法と英語の文法をごちゃ混ぜにしたような文章なので、紙に書かれていた言葉――彼女いわく古代言語らしい――と詠唱を最後まで流暢に言い切るのには、とても苦労させられたわ。
何度も何度も引っかかってしまって、時々休憩を挟んだりしつつ練習を繰り返し、ようやく成功する頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
「はぁ……はぁ……やっと出来たわ……」
今の私には、精神的な疲労と強大な壁を乗り換えた時のような達成感があった。
「おめでとう、咲夜。貴女は凄いわね、私もまさか1日で出来るとは思っていなかったし、最悪習得できない――という可能性も考えていたからねえ」
彼女は笑みを浮かべながら拍手を送るけど。
「そんな難易度が高いことをいきなりやらせるのはどうなのよ……」
「でもね? 最低でもこの魔法が使えるようにならないと、次のステップに進めないのよ」
「はぁ……もういいわ」
彼女は私の為に付き合ってくれているわけだし、あまり文句を言っても仕方が無いわね。
「次は何をさせる気なの?」
「ズバリ! さっき覚えたばかりの翻訳魔法を使って、ここに積んである本を読んでもらいます!」
机の上には、いつの間にか10冊の本が積んであった。
「……これは?」
「私の知るサクヤがいなくなる前に、夢の事について書かれている資料を集めたものと、私が独断と偏見で選んだ本よ。これを一冊ずつ読んでいけば、もしかしたら幻想郷に帰るのに必要な情報が見つかるかもしれないわ」
更に彼女は続けて、「ここにある本は全部古代言語で書かれていてね、今私達が話しているような現代語じゃないから、貴女に翻訳魔法を覚えてもらいたかったの」
「そういう理由だったのね……、理解できたわ」
「でも今日はもう終わり! 咲夜も結構疲れてるでしょ? だからこの続きは明日ね」
「そうね、確かに今日は疲れたわ……」
「よし! それじゃあ今からご飯を作って来るから待っててね!」
「私も手伝うわ」
「いいからいいから! 咲夜はお客様なんだから、私に任せて!」
そう言い残して、彼女は図書室を後にしていった。