咲夜とサクヤの入れ替わり物語 作:RtYB9S
「別に何でも無いわ。それより、貴女はどうしてここに?」
「霊夢に用があって来たんだけど」
人形遣いが持つバスケットからは、ケーキの香ばしい匂いがするわね。
「霊夢ならいないわよ。ついさっき、人里へ買い物に出かけたわ」
「あちゃー、すれ違いだったのか。せっかくお土産持ってきたのに、どうしようかしら」
人形遣いは少し考えた末に、ここで待つことに決めたようで、居間に上がり込んできた。
「お邪魔しま~す……って、あら? 咲夜が寝ているなんて珍しいわね?」
「あまり起こさないようにしてよ? サクヤは疲れているんだから」
「あら、貴女がそんな事を言うなんて」
「部下に対して気遣いを示すのも、上に立つものとしての務めよ。それよりもアリス、私は今退屈してるから、話し相手になりなさい」
「はいはい」
それからしばらくアリスと雑談を楽しんでいると、両手に一袋ずつ食材が入った買い物袋を抱えた霊夢が帰って来た。
「ただいま~」
「帰って来たわね、霊夢」
「おかえり霊夢。お邪魔しているわ」
「あら? アリスじゃない。いつ来たの?」
「1時間くらい前かな?」
「ふ~ん?」
そう言って台所に向かった霊夢は荷物を置いて、5分もしないで湯呑みを持って戻ってきたわね。
アリスはお礼を言って湯吞みを受け取り、味わって飲んでいる。
「なんだか今日はよく客が来るわねえ」
「私以外にも誰か来てたの?」
「午前中からレミリアとサクヤと文が来るし、昼過ぎには魔理沙も来ていたのよ。ま、私が出かける直前に帰っちゃったけどね」
「そんなに来てたんだ」
「ところでアリスは私に何か用があって来たんじゃないの?」
「ケーキを多めに焼いちゃったから、おすそ分けに来たのよ。まさかレミリアと咲夜が来ているとは思わなかったけど、よかったらどうぞ」
「ありがとう、頂くわ」
霊夢は再び台所に向かった後、人数分の食器を持ってちゃぶ台の上に並べていく。人形遣いがバスケットから取り出したホールケーキを、用意した皿に切り分けていった。
「美味しいわね!」
「まあ、咲夜には負けるがな」
「一言余計よ」
ケーキを食べながら雑談に興じていた私たちだったが、ふとアリスが何かを思い出したように私にこう言ったわ。
「そういえば、ついさっき文がこんな記事を送り付けてきたんだけど、本当なの?」
アリスから手渡された新聞には『緊急スクープ! 紅魔館のメイド長が別人に成り代わっていた!?』と見出しが躍っていて、記事を流し読みすると、先ほどサクヤが話したことがかなり誇張されて書かれていた。
(殆どサクヤの話の原型を留めてないじゃないの……。呆れたわ)
私は溜息を吐きつつ、アリスの疑問に答えたわ。
「見出しに書いてあることは事実だけれど、記事の内容はまるで根も葉もないわね。サクヤは幻想郷の征服なんて考えていないし、野心も無いわ。読者の関心を引き付けようとこんな書き方をしてるようだけど、これじゃ逆効果ね。なんでこんな新聞取ってるの?」
「先月文が家に来てね、『発行部数が少なすぎて大変なんです。無料でいいので、どうかお願いします!』って頭下げてきたから、お試しで取ってみたのよ」
「あら、お優しいのね」
まあ我が家も、咲夜の希望で文屋の新聞を定期購読しているから、人の事は言えないのだけれどね。咲夜曰く、掃除の際にとても重宝するらしいわ。
「それより! 見出しに書かれていることは事実ってどういう事なの!? 何があったの!?」
「また説明するのも面倒だから、本人に直接聞いてちょうだい。貴女と咲夜ってそんなに仲良かったっけ?」
「時間と都合が合えば、普通に話したりもするし、そんなに知らない仲では無いわよ?」アリスはケーキを味わう霊夢に「 霊夢は今日咲夜と過ごしたんでしょ? どんな感じだったの?」訊ねる。
「んーそうねぇ、私の印象では、自分を強く出しているようにも見えたわ。他人にも興味関心が高いし、入れ替わる前とはかなりキャラが違ってたわね」
「あの咲夜が……!? 信じられないわね」
「見た目は咲夜だけど、中身は異世界出身のサクヤらしいから、キャラが違うのも当然なのだけどね」
「咲夜が気になるし、明日紅魔館に行って確かめることにするわ。今の咲夜はぐっすり寝ているみたいだしね」
アリスの視線の先には、依然としてすやすやと眠るサクヤの姿があった。
「それにしてもサクヤはいつまで寝てるのかしらね。いい加減起きてほしいのだけど」
「まあまあ、いいじゃないの。たまには寝かせてあげなさいよ」
雑談に花を咲かせているうちに、日が沈む時間帯になり、アリスは帰って行った。
私もそろそろ紅魔館に戻ろうとしたのだけれど、未だにサクヤは熟睡しているのよねぇ。もしかして、異世界のサクヤは一度寝たら中々起きないタイプなのかしら?
「う~ん、本当に起きないわねぇ。しょうがないから、私が抱えていくわ」
私はショルダーバッグを肩にかけ、寝ているサクヤを抱きかかえて、縁側から外に出る。その様子を見ていた霊夢は、余計な一言を言い放ったわ。
「ふふ、なんだか子供が大人を抱っこしているように見えるわ」
「うるさいわね。人が気にしていることを言うな!」
何十年先か分からないけれど、成長したらお母様のような美しい大人のレディになるのだから、見てなさいよ!
「今日はお暇するわね」
「明日私も紅魔館に行くわ。その時に、サクヤの様子を見せてね」
「構わないわよ」
アリス、霊夢と明日は客人が多くなりそうね。退屈し無さそうだわ。
私はサクヤを抱きかかえたまま背中の羽を広げ、紅魔館に飛び立っていった。
ものの数分で紅魔館上空まで辿り着いた私は、ゆっくりと下降して地面に着地する。門の前まで歩いていくと、壁を背に座り込んで眠り込む門番の姿が見える。
「はぁ……」
いつからこんなさぼり癖がついてしまったのかしら。昔は磨かれたナイフのようにギラギラ妖怪だったのに、すっかり牙が抜かれてしまったわね。仕方ないから起こすか。
「起きなさい、美鈴。主人のお帰りよ?」
「……えへへ~、もう食べきれないですよ~。ムニャムニャ……」
「…………」
折角優しく起こしにかかったのに、幸せそうな寝顔で寝言を呟く門番に、私は怒りを通り越して呆れてしまった。
「……起きないと今日の晩御飯は抜きにするわよ?」
「はい、起きてます! だからご飯抜きだけは勘弁してください~……って、お嬢様!? いつお帰りに?」
晩御飯と訊いて飛び起きるなんて、本当に食い意地が張ってるわね。真剣に人事を見直した方がいいかもしれないわね。
「今帰ったところよ。寝てないで、真面目に仕事をしなさい! 何度言ったら分かるのかしら?」
「申し訳ございませんでした!」
深々と頭を下げた美鈴は「……ところでお嬢様。サクヤさんに何かあったのですか?」と、私の胸で眠るサクヤを見つめる。
「昼過ぎくらいから急に寝ちゃってね。夜になっても起きないから、仕方なく抱きかかえながら帰って来たのよ」
「そうだったんですか~、お嬢様は本当に咲夜さんに優しいですね~」
「私の大事なメイドだからね。中身が別人になったとしても、この娘は良くやってくれてるわ」
「その言葉を普段から掛けてあげれば、元に戻った咲夜さんもきっと喜ぶと思いますよ?」
「いやよ、照れ臭いもの。咲夜なら、私が何も言わずとも理解してくれているわ。――美鈴、今日の門番の仕事は終わりでいいから、夕食の用意をしなさい」
「任せてください! それではさっそく準備して来ますね!」
美鈴は元気よく館の中に駆けて行く。
「美鈴はいつも元気ねぇ……」
私はサクヤを抱えたまま、館の中に入って行った。
次の話で視点がサクヤに戻ります。