咲夜とサクヤの入れ替わり物語 作:RtYB9S
――side サクヤ――
「――!」
意識が覚醒した私は勢いよくベッドから起き上がり、自分の体をペタペタと触る。身体が私の思い通りに動くわ。
周囲を見回しても、そこには毎朝見慣れた光景が広がっていて、鏡には寝巻姿の私が映っている。どうやら無事に帰ってこれたみたいね。
(とりあえず今日の夢について、書き出しておきましょう)
私は椅子に座って万年筆を取り、昨日机の上に置きっぱなしにしておいたノートに向かって書き出した。
___________
(……えっ?)
私は確かに自室のベッドで眠ったはず……。
気づけば知らない天井が広がっていて、急に体が起き上がったと思ったら、自分の意志に反してその体が勝手に動き出したわ。
(!?)
更に部屋の中も大きく変わっていた。
10畳程の白で統一された内装には、シングルサイズのベッドとクローゼットが置かれている。本棚には何語かも分からない本が並び、壁には宝石が施された杖が立てかけられている。
天井に近い壁付け棚には、なにかよく分からない人形が飾られ、出窓の手前にはアンティーク調の机が置かれていて、窓の外には水平線が見える。クローゼットの隣には、全身鏡が設置されていて、そこには私ではない“私”が映っていた。
(何処よここ!? ……いえ、落ち着くのよ私)
心の中で深呼吸をしてから、私は現状について考える。
(これは憑依? なのかしらね)
思い起こされるのは、少し前に起きた完全憑依異変。でもあれは霊夢によって解決されて終わったはずよね。それにあの時と違って、彼女の意識や肉体を私が動かすこともできないわ。
そもそも、一般的に憑依というのは、未練を残して亡くなった人間が誰かに憑りつく行為の事。ベッドで眠った私が、あの後死亡したとは考えにくいわ。
(……分からないことだらけね。とりあえず私が取り憑いてしまったこの【サクヤ】を観察することにしましょう)
________________
「こんなところかな」
私は自分が書き上げたメモを見ながら呟いた。
ここには、昨日観た光景――【咲夜】の家事能力の高さ・パチュリーという魔法使いの存在・異世界への憑依――が書かれている。
特に大きな発見なのが、夢の中の世界を意識しながら眠ると本当にその夢の世界へ行くことができること。興味深いことにあっちの世界の咲夜も、こっちの世界の私を夢として見ているようね。
(これは中々面白い事態になってきたわね。やっぱり私が夢だと思ってた世界は実は夢ではなくて、実際に存在している異世界と考えるのが正しそうね)
自身の研究が思わぬ形で進んだことに喜びを抱きつつ、私は次の一手を考える。
(向こうの世界にパチュリーという高名な魔法使いが居るのは嬉しい誤算ね、彼女はこの現象に心当たりがありそうですし、次の日に期待しましょうか。彼女に対して私の意見が届けばいいのですが。そうしたらこの事態の早期解決に役立つかもしれないわ)
何か方法がないかとしばらく考えていた私だったが、突如閃いた。
「そうよ! これだわ!」
自分の天才的な思いつきに、勢い余って椅子から立ち上がり、片手を思いっきりあげてガッツポーズを取ってしまった。
そうしてすぐ、ふと我に返り(自室でよかった……もし誰かに見られてたら恥ずかしいわ)と少し顔を赤らめながら、私はクローゼットの横に置かれた全身鏡の前に向かった。
私が思いついた案、それは鏡に向かって話すことで、私の中に居るであろう精神体の咲夜に私の意思を伝えると言う事。
先程調べた時、私の中に普段とは違う違和感があるのに気付いたので、急遽この案を思いついた。
ただ、これはあくまで私の推論と、感覚によって導き出された案なので確実性はない。もしこれが外れだったらまた別の手を考えなければいけないわね。
私は鏡の前に立った後、思わぬ魔法や儀式が発動しないよう入念に鏡の周囲に結界を張り巡らせ、鏡に向かって独白する。
「え~と……初めまして、でいいのかしら? 私の中にいる咲夜さん。私はイザヨイサクヤよ。貴女は多分私の中にいて、私と同調しているだろうと思って、声をかけさせてもらったわ」
「何故その考えに至ったのかと言うと、実はさっきまで私も貴女の中にいて、紅い館での貴女の行動を見させてもらったからよ」
「勝手に貴女のプライバシーを覗いてごめんなさい、まさかこうなるとは思わなかったの」
私は一度頭を下げ、再び鏡に向かって独白する。
「今回の現象については何も分かっていないけれど、お互いに夢を意識しながら眠ると、より鮮明な夢の中の世界を体験できるようね。……まあ私は【夢】ではなくて、異世界だと思ってるけどね」
「同じイザヨイサクヤという名前で、身長・顔・体型までも合致している。この事実から導き出されるのは、私と貴女は同一人物の可能性があるということよ。唯一の違いは、出身世界だけね」
「……まあ、【私=貴女】という理論は、根拠が乏しいから頭の片隅にでも入れておいて欲しいわ」
私は一度咳払いをしてから、更に独白を続ける。
「私がこうやって貴女に語りかけているのは、理由があるわ」
「私を通して見聞きした事を、なるべく事細かに貴女の世界にいるパチュリーという魔法使いに伝えてほしいのよ」
「私もこの異変を解決したいと思っているわ。目的が同じなら、協力関係を築きたいと思うのよ」
「解決の糸口が見つかるまで、私はなるべく貴女に語りかけながら生活をすることにするわ。貴女も元の身体に戻ったら、私みたいになるべく解説しながら生活してくれると助かりますわ。どうかお願いしますね」
ここまで言い切ってから私は鏡に向かって再び頭を下げる。
……冷静になってみると恥ずかしいわね。
「ここまで言ったのにもし私と同調してなかったどうしましょう。やだ、恥ずかしすぎるわ」
鏡には顔を真っ赤にする私が映っていた。
____________
(どうやら紙に何かを書いてるようね――文字が全然読めないけど)
観察すると決めてから私は彼女の行動を見ていたけれど、彼女の書く文字は日本語や英語ではなく、全く別の言語のようね。
やがて手を止めた彼女は、紙をじっと睨みながら何かを考え込んでいるようで、動きの無さにそろそろ飽き始めた頃、急に突然彼女が立ち上がった。
どうやら何かを思いついたのね。
全身鏡の前に立った彼女は、意を決した表情で語りだす。
「え~と……初めまして、でいいのかしら? 私の中にいる咲夜さん。私はイザヨイサクヤよ。貴女は多分私の中にいて、私と同調しているだろうと思って、声をかけさせてもらったわ」
それからの話は衝撃的だったわね。彼女もやはり私と同じ現象にあっているみたい。
(私はどうしたらいいのかしら?)
突然の申し出に思い悩んでると、急に体が熱くなるような感覚に襲われた。
「ここまで言ったのにもし私と同調してなかったどうしましょう。やだ、恥ずかしすぎるわ」
(フフフッ)
先程まで彼女の事を信じるかどうか考え込んでいたけど、今の行動で思い悩んでいたのが馬鹿らしくなってしまった。
私の推測だけど、恐らく彼女も彼女なりにこの事態を解決しようと頑張ってるのだろう。
(私も協力するわよ? 【サクヤ】?)
私はそう決意して、鏡をじっと見つめていた。
_____________
やがて先程の恥ずかしい出来事から立ち直った私は、普段着に着替えてからダイニングルームで朝食を作っていた。
(とりあえず私の生活を【咲夜】が見てる、と仮定して生活するべきね)
そう心の中で結論付けながら朝食を作っていく。今日のお品書きはレコン魚とカブリ野菜の付け合わせだ。
フライパンから皿に盛りつけて、食卓に皿と箸を並べていると、ダイニングルームの扉が開く。
「おはよう、サクヤ」
「おはよう、ユウ。ちょうど今出来上がった所よ」
「ありがと~」
私達は着席して、食前の祈りを捧げてから食事をいただく。
「ねえ、ユウ。リィンとの話はどうなったの? というか、面会できたの?」
「相変わらず忙しいみたいでさ、まあ何とか5分程時間を作ってもらったよ。でね、サクヤの事を話したんだけど、リィンも全く分からないみたい。アルカディア様からの神託も無いし、この世界を覆う彼女の結界にも異常は無いみたい。今は様子を見るしか手が無さそう」
「そうなのね……」
100年前、10年前と立て続けに異世界からの侵攻が起きた事で、女神アルカディアは自らの世界を護るように不可視の結界を張ったと、リィンから神託が下った事を思い出す。
「サクヤの方はさどんな感じ? 奇妙な夢の問題はなにか進展はあった?」
「それがね――」
私は今日見た夢の事、そしてそれに伴う体験をある程度要約して話した。
すると彼女は興味深そうに「へえ! 今度は夢の中の咲夜に入り込んだの? それで夢の中の咲夜も、もしかしたら貴女の中にいてこの景色を見ているかもしれないって?」と言っていたので、私は「ええ、そうかもしれないわ」とうなずいた。
ユウは半信半疑と言った様子で「普通だったらそんな話信じられないけど……サクヤはそういう冗談を言うタイプじゃないしねえ」と言った後、何かに気付いたように「あっ、てことは今この会話も聞かれているわけなのかあ、なんか照れるなあ」と言っていた。
私はそれに対し「可能性は高いわよ」とお墨付きを与えるように言うと、少し考えた様子を見せていたユウだったが、やがて「うーん、それなら挨拶しておこうかなあ」と決断し、彼女は姿勢を正して私の目を正面から見つめてこう言った。
「初めまして、私の名前はサクラギ・ユウです。イザヨイ・サクヤとは戦友、というか相棒みたいな関係です」
そう言いながら彼女は軽くお辞儀をした後、私から顔を逸らし頬を赤らめる。
「なんか気恥ずかしいわね……これで見てなかったら思いっきりはずしてるし」
「それさっきも私が通った道よ」
「へ?」
「コホン、なんでもないわ」
私の誤魔化しように一瞬こっちを見てきたが、ユウはすぐに話題を変えてきた。
「――話を戻すけど、さっき夢の中に入り込んだって言ってたでしょ? それで貴女の夢に出てくる【咲夜】も入り込んでるかもしれないと。それってさ、その内サクヤの精神が【咲夜】の精神と入れ替わっちゃったり、最悪の場合、消失してしまう可能性はないの?」
「その可能性はもちろん考えたわよ? でも、実際この夢を見る原因は分かってないんだし、入り込んで詳しく調べるしかないでしょう? あっちの世界にも解決に動き出してる人物がいるみたいだしね」
私がそう言うとユウは心配そうな顔で「……もし入れ替わったり、あっちに取り残されるようなことがあったら私に知らせてね! 絶対助けに行くから!」
「ええ、その時はよろしくね」
その後ご飯を食べ終えた私は、研究の続きをするために席を立ち、ユウに一言断ってから図書室へと向かった。
「サクヤ、サクヤ」
はっと顔を上げると、呆れ顔のユウが私を見下ろしていた。
「やっと私に気が付いたね? さっきから呼びかけてるのに全然気が付かないんだから。サクヤの研究熱心なところは昔から変わらないよねえ」
「私に何か用?」
「お食事のお誘いに来たのよ。最近全然外出してないでしょ? 気分転換にもなるし一緒に食べに行かない?」
窓の外には燃えるような夕焼けが広がり、群青色の海を照らしている。いつの間にか夕方になっていたのね。
「すぐに準備するわ」
私は机の上に纏めた本や資料を片付け始める。
「私も手伝おうか?」
「すぐ終わるから大丈夫よ」
「ん、分かった。それじゃいつもの部屋の前で待ってるね」
そう言ってユウは図書室を後にした。
(さっさと片付けてしまいましょう)
私も急いで外出する準備をするために作業スピードを上げる事にした。
________
(こっちのサクヤは魔法使いのようね)
自室にあった杖、全身をスッポリ覆うような水色のローブ。彼女の研究する姿は、何処かパチュリー様を思わせる。
(こちらの図書室は、館の大図書館と比べると随分とスケールが小さいわね)
時々資料を探すために歩き回っていた咲夜の目線を通しながらだけどね。
(それにしても退屈ねえ。彼女は動きが少ないし。せめて本が読めたら良かったのだけれど)
会話は日本語なのに、文字はまるで別物なのが不思議だわ。どんな原理なのかしら? あるいは魔法使いが読むような、古い言語なのかもしれないわね。
(……全然喋らないじゃない。私に解説する約束はどうしたのよ?)
私の身体はどうなっているのかしら。早く夢から覚めて欲しいわね。
それから明日の段取りについて考えていると、無音の図書室に変化が訪れる。誰かがドアをノックしたわ。
「サクヤ、いる~?」
返事は帰ってこなかったが、それでもおかまいなく「入るよ~」と言って、今朝ユウと自己紹介した少女が入ってきた。
(彼女もたいがい謎よねえ……)
私と同年代の彼女は、長い金髪を後ろで纏めており、サクヤよりも少し背が高い。白い着物に黒い袴を履き、腰には一振りの刀を差している。妖夢のような剣士なのかしらね。
彼女はサクヤの相棒で、戦友と答えていたけれど、過去に何があったのかしら。そういえば、私はこの世界について何も知らないわね。少なくとも幻想郷では無い事は分かるけれど。
それから二人のやり取りを聞く感じでは、どうやら外食に出かけるみたい。これはこの世界を知るいい機会ね。
異世界へ期待する反面、一つ残念なことがあって……。
(味覚が共有できないのが残念ね。異世界の料理をお嬢様に提供できたのに……)
_________________
ユウを待たせないように手早くおめかしを済ませて、転送部屋の前へと急ぐ。
いつものような袴姿ではなく、白いワンピースに着替えたユウがいた。
「来たね、それじゃ行こうか」
私とユウは転送部屋の中に入る。真っ白な壁に覆われて、窓が無いこの部屋には、床全体に転移魔法陣が描かれている。私が開発した転移魔法は、世界中の指定した場所に一瞬で移動できる優れものなのよ。
「どこに行くの?」
「実は今日王都でいいお店を見つけたんだ。そこでいいかな? 場所は着いてからのお楽しみって事で♪」
「ふふ、期待しているわ」
私達は転移魔法陣の中心に立ち、私は詠唱を開始する。目的地は、王都の貴族街に建つ私の別荘地。
「転移!」
魔法が発動して、私達は王都へワープした。
私の別荘を出て、現在王都の町を歩く私達は、すぐ隣を歩いているユウに問いかけた。
「結局どこへ向かって歩いているの?」
「中央通りから少し外れた場所にあるレコスというお店だよ。一昨日のパーティメンバーから聞いたんだ。なんでもパスタがとても美味しいらしいよ?」
「へえ~楽しみね」
そんなとりとめのない話をしながら歩き続けていると、急にユウが足を止めた。
「ほらここだよ」
そこには情緒ある雰囲気を感じさせる、木造の料理屋があった。
そして私たちは店の中へ入っていった。
「ごちそうさま」
「ここのお店おいしかったわね、今度また来ない?」
「いいわね、それ」
パスタを食べ終えた私達は今、食後のワインを飲みながら談笑をしていた。
店内は夕飯時にも関わらずほとんど人が多くなく、落ち着いた雰囲気がそこに漂っていた。
そしてしばらくとりとめのない雑談をしていたが、やがて話題はここ最近起こっている夢の話へと変わっていった。
「研究はどう? 捗ってる?」
そう尋ねるユウに私はワインを飲みながら「ボチボチといったところかしらね、とりあえず1つだけはっきりしたことはあるわよ」と答えた。
「それは?」
ユウのその質問に私はこう答えた。
「私が見ている夢はね、現実にある世界ということが分かったわ……と言ってもこの世界じゃなくて、全く文化や風習の違う異世界の可能性が高いけどね」
「ほ、本当なの!?」
私がこう答えると、異世界という単語に反応したのか目の前に座るユウが驚いていた。
「もしこの現象が解明できれば、私の今研究してる魔法の完成にきっと役に立つと思うわ」と答えると、ユウは席を立ちあがり私の手を取って「そうなの!?、私でよければ研究手伝うわよ! なんでも言って頂戴!」と声を挙げていたが、彼女は他の客からジロジロ見られているのに全く気付いていないようで、私は恥ずかしくなっていた。
_________
(これは……)
私は王都と呼ばれた町並を見て驚いていた。
城壁でぐるりと囲まれた街中には、レンガ造りの建物や鉄の灯が立ち並び、正面には紅魔館よりも高いお城が聳え立つ。既に日が落ちているのに、昼間のように明るく、大勢の人々で賑わっている。人里よりも活気づいているかもしれないわ。
街行く人々も顔の彫りが深い白人系が多く、剣や槍といった武器を背負う人が散見される。異世界情緒溢れる光景に、新鮮さを覚えている。
(興味が尽きないわね)
やがて辿り着いたレストランは、まるでコテージのような外観をしており、レンガ造りの建物が多いこの町では、少し目立っている。
彼女達の元に運ばれてきた、緑色のソースが掛かったパスタを見つめつつ、二人の会話に耳を澄ませていると、異世界という単語が引っかかった。
(異世界……)
それは最早疑いようのない事実のように思えるわ。
私が知る限り、幻想郷にはこんな大きい町はないし、外の世界の街はもっと文明レベルが高いだろう。
さらに彼女達の話でしょっちゅう魔法の事が話題に挙がるし、この世界では魔法が身近にあるのが分かるわ。外の世界では魔法は忘れ去られた存在だと、パチュリー様から聞いた事がありますしね。
__________
「ふう……今日のお夕飯はとてもおいしかったわね」
食事を済ませ、あの後真っ直ぐと家に帰った私は、手伝いを志願するユウをうまく説得し――手伝って欲しい時にお願いをするって感じで――自室で寝支度を進めていた。
「さて、今夜はどんな夢を見るかしらね。私の考えを【咲夜】が上手くパチュリーに伝えてくれるといいのだけれど」
私はベッドに潜り込みながらさらに言葉を続ける。
「咲夜。貴女がもし今の私を見ているのなら、眠りから覚めたときに、今日の出来事について呟いて欲しいわ」
虚空に向かって言い残してから私は目を閉じ、やがて眠りに落ちて行った――