咲夜とサクヤの入れ替わり物語 作:RtYB9S
討伐対象のエレツィ・フィレッターは既に死亡していた――その事実は私達に大きな謎を残した。
「どうして死んでいるのかしら……?」
「部屋の中を調べてみませんか? 何か手掛かりが見つかるかもしれません」
「そうだな。リィン、奴の身体を調べてくれるか?」
「そうですね。分かりました」
「リィン、私も手伝っていいかな?」
「いいですよ」
リィンの発案で、私達は武器を収めて、室内を物色し始める。
目算で十五畳程の室内には、壁全体を覆うように黒い天幕がぶら下がり、窓から差し込む暗い光がぼんやりと照らしている。彼の周囲の床には、蠟が完全に溶けた蝋燭の跡が残り、死体がある床には何らかの魔法が発動した形跡がある。恐らく何らかの儀式を行っていたのね。
アレスは入口の扉近くに置かれた机の引き出しの中や、壁際の本がぎっしり詰まった古びた本棚を調査している。彼が天幕をめくっても、何の変哲もない白い壁があるだけで、取り立てて目立った仕掛けは無さそうだ。
一方リィンは死体の調査を行っていた。死体が纏うローブにはポケットは無く、所持品は何もない。次に服を緩めて身体を確認すると、身体の至る所に肉が内側から裂けるような裂傷が走っていた。その傷に見覚えがあった私は、口を開いた。
「ねえリィン。この傷って魔力の暴走じゃない?」
「間違いありません。この傷痕から推測するに、恐らくこれが致命傷になったのでしょうね」
「やっぱりそうだよね……」
100年前に戦った時、この男は腹立たしい程に魔法が上手く苦戦させられた。そんな魔法使いが魔力の暴走なんて初歩的な間違いを犯すだろうか? 彼の死体を見ながら考えていると、彼のどす黒い魔力に混じってサクヤの魔力が混じっている事に気付いた。
(もしかして、サクヤがここに来たというの?)
しかしそれは時系列的に考えにくい。サクヤが咲夜と入れ替わったのは4日前、咲夜の夢を見始めた日を含めても9日前で、その間にサクヤが魔界に行った様子は無かった。かといって咲夜が魔界の知識を持っているとも思えないわね。
あるいは私が寝ている時間にこっそり忍び込んで倒したのかな? でもそれなら前のテレパシーの時に言ってるはずよね? う~ん……謎だわ。
私の思った事をリィンに伝えた上で訊ねた。
「どう思うリィン?」
「なるほど……確かに謎ですね。私が彼の体内の残存魔力を調べたところ、彼は死後4日経過していることが判明しました」
「それって、サクヤに精神交換魔法を撃った日じゃない! 何か関連があるのかな……?」
「お~い、二人とも! ちょっとこっちに来てくれ!」
アレスに呼ばれた私達は立ち上がり、彼が待つ本棚の前へと歩いていく。彼は一冊の古びた本を見せながら言った。
「奴の日記帳を見つけた。もしかしたら、ここにヒントがあるかもしれない」
私達は速読魔法を使って素早く読み進めていく。どうやら不定期なタイミングで書いていたようで、時刻が1年以上飛ぶこともあったけど、重大な事実が判明した。その内容をざっくり要約する。
日記はまず100年前にサクヤに敗北した時の恨み辛みから始まっている。彼はその雪辱を果たすためにずっと力を蓄え続け、9日前に精神交換魔法の改良に成功したようだ。
何故それだけ時間が掛かったか? それはサクヤの魔法抵抗力の高さだった。あらゆる精神系魔法が効かず、上級攻撃魔法でさえも持ち前の魔法抵抗力で無効化してしまう彼女に、どうやって魔法を効かせるか?
鍵となったのがサクヤの魔法抵抗力の仕組みと、異世界の存在だった。
サクヤの魔法抵抗力は、悪意を持った攻撃魔法を弾く仕組みである事を解析した彼は、精神交換魔法に目を付けた。肉体も精神も傷つけることなく、精神の交換を行う事で、無害な魔法であると偽装して魔法抵抗力を突破しようと試みた。
そして精神の交換先に選んだのは、異世界の地球に住むイザヨイサクヤだった。魔王が100年前に異世界の侵攻を決める際に、地球という世界も候補に入っていた事で、その存在は認知しており、その時にサクヤによく似た少女を発見していた。
彼女が異世界のサクヤだとすぐに察知した彼は狂喜乱舞した。魂が一致した同一人物ならば、成功率が上がり、サクヤから魔法を奪うという魔法使いにとって最大の絶望を与えられるという復讐を果たせるからだった。
そうして計画が実行されたのが、5日前だった。日記の最後にはこう書かれていた。
『明日いよいよ我の復讐が叶う。この魔法さえ成功すれば、抜け殻を倒すのは容易な事だ。くくく、あの女の絶望をこの目で見られない事が非常に残念だ』
「……ふむ、なるほどな」
「恐らく彼が死に至った理由は、サクヤの魔法抵抗力を乗り越えようと、自らの限界を越えて精神交換魔法を使用した事、それを察知したサクヤが何らかの方法で反撃した結果、魔法の発動と同時に死に至ったのでしょう」
「でもサクヤが対処したのなら、テレパスで言及していてもおかしくないけど?」
「もしかしたら無意識に防御魔法が発動していたのかもしれませんが、そこは本人に聞かないと分かりません。あくまで状況証拠にすぎませんから」
「要は自滅って事か。何とも拍子抜けする結果に終わったな」
「まあでも、戦闘にならなくて良かったと思うべきよ。もし彼が生きていたら、私達は為すすべ無く負けていた可能性が高いわ」
「同感です。第二の魔王になっていてもおかしくない程、彼の魔法は強力ですから」
リィンと意見が一致したわね。
「うし、じゃあ帰るか」
「アレス、彼を埋葬していきませんか?」
「そうだな。奴は許されない事をしたが、こうして報いを受けたんだ。それで充分だろう」
死体を担ぐアレスと共に、私達は荒れ放題の庭園に向かっていく。
到着した後、収納魔法で仕舞っていたスコップを取り出し、アレスと共に一人分が入れる穴を掘ってそこに埋める。最後に墓石代わりに小さな石を置いて完成ね。
「じゃあ行くか。咲夜も首を長くして待っているだろうしな」
「魔界の出来事について、話さないとね」
私達は庭を出た後、元の世界に繋がる入口を通って行った。