咲夜とサクヤの入れ替わり物語 作:RtYB9S
今回の話からいよいよ入れ替わりが始まります。
第9話 5日目 side サクヤ 異変の朝
5日目 ――sideサクヤ ――
「ん……」
朝、私の顔を照らす日の光で目を覚ます。
「ん~?」
未だに覚醒しない頭でベッドから起き上がり、昨日の咲夜の夢を書き留めようとして、異変に気付く。
昨日確かに私は自室で寝たはずなのに、全く見慣れない部屋――正確にはいつも夢で観ている【十六夜咲夜】の部屋だったからだ。
「――まさか!?」
嫌な予感がした私は、急いでクローゼットの隣にある全身鏡の前へと向かい、絶句する。
「嘘でしょ!? 私、十六夜咲夜になってる……!!」
鏡には、愕然とした様子で頬をつねるこの館のメイド――十六夜咲夜の姿があった。
「どうしてこうなったのかしら……」
私はベッドに腰を掛けながら頭を抱えていた。まさかこっちの世界の咲夜になり替わってしまうなんて、完全に想定外だわ。
――いえ、こうなる可能性を考えなかったのは嘘ね。思いつかなかったのではなく、考えないようにしていただけね。
混乱しながらも自分の体を確認してみる。元の私の肉体と全く同じ姿なので、手足の動きに違和感はないけれど、一つ大きなズレを発見する。
何故か今の私は魔法を使えなくなっているみたいで、向こうの世界で子供が習うような簡単な初級の魔法ですら行使できなくなっている。調べた感じでは、こっちの咲夜には魔力が無いみたいね。
ならばと、こっちの咲夜が元々持っていた時間停止能力が使えるのかと思って色々試してみたが、此方もやはり何も起こらずに終わる結果となった。
(状況は最悪に近いわね……。今の私は異能の力を使えない只の少女。せめて魔法が使えたら……)
私一人ではこの問題は解決できそうにないわね。
「とりあえず今の状況をパチュリーに報告しないといけないわね……!」と思い立ち、急いで普段の咲夜と同じ格好と髪型に着替え――不慣れだったからいつもより結構時間がかかってしまった――部屋を飛び出して、駆け足で図書館へと向かっていく。
「メイド長。おはようございます」
「メイド長。私は何をすればいいのでしょうか?」
「メイド長。指示をお願いします」
道中で名前も知らない妖精メイドに声を掛けられ、「各自最適な判断を取りなさい」と曖昧な指示を出しつつ、足を動かす。
それにしてもこの館は広すぎるわ。何度か迷いそうになってしまいながらも、咲夜の視線越しに見た記憶を辿りつつなんとか図書館にたどりついた私は、ノックもせず扉をばーんと開け放ってパチュリーの姿を探す。
間もなく、大図書館の奥の読書スペースで、柔らかそうな真紅のソファーに座って読書をしているパチュリーの姿を見つけた私は、彼女の傍に駆け寄って懇願する。
「パチュリーさん! 助けてください!」
彼女は甚く驚いた様子で読書の手を止め、私の目を見ながら「……どうしたの?」と訪ねてきた。
「私が、私ではなくなってしまったんです!!」
要領の得ない私の説明に、彼女は唖然としながらも「……ごめんなさい、どういう意味か詳しく説明してくれる?」と優しく言ってくれた。
「ものすごく簡単に言うとですね、この体は十六夜咲夜の物なんですけれど、今私の意識では私はイザヨイサクヤと自覚しているのです。うーん、説明が難しいのですが――」
パニック状態になっていた時、私の左胸に手が当たる感触があった。
私が下を見ると、そこには右手を伸ばしながら真剣な表情で私の左胸に手を当てているパチュリーの姿。
「パチュリーさん?」
「落ち着いて咲夜。今貴女の体を調べているから、少し待ってちょうだい」
「は、はい」
彼女の結果を待つ間、私はキョロキョロと周囲を見渡してみた。
紅い館の地下に位置する大図書館は、その名前に相応しい大きさを持つ図書館だ。
2階建ての吹き抜けとなっているフロアで、壁から天井にかけて無数の本棚が設置されていて、その全てに様々な本が隙間なく収納されている。この世界の叡智が全てこの場にあるのではないかと思ってしまうような、スケールの大きさに、私は只々圧倒されていた。
(すごく広いわ! 私の家の何倍の大きさかしら。私の図書室はまだまだね)
そんな感想を抱きながらある程度辺りを見た後、今度は正面に立つパチュリーを観察する。
彼女は腰まで伸びたアメジストのような美しい紫髪の先をリボンで纏めていて、紫と薄紫の縦じまに、青と赤のリボンが入ったゆったりとした服を着用している。頭には三日月の飾りが付いたナイトキャップを被り、全体的にゆったりとしたその服装はまるでネグリジェのようだった。
パチュリーもまた容姿が整っていて、可愛い系と言うよりも美しいといった感じの美人で、同姓の私から見ても(綺麗な人ねえ)と感心する程だった。
それから視線は自然と彼女のボディーラインに向かい、豊満な胸を見て私は(……私の体よりも胸が大きいわね。何をしたらこんな大きくなるのかしら)と感想を抱いていた。
そんなことをしている間に、パチュリーは調査が終わったみたいで、私の胸から手を放す。
「――貴女の言いたいことは理解できたわ。私が調べた限り、昨日は【十六夜咲夜】の奥深くにいた貴女が今表面に出てきている。つまり、咲夜と入れ替わってしまったのよ」
「一つ質問なのですが、私が表面に出てきたということは、元々この体の持ち主である十六夜咲夜さんは、もしかして私の中にいるのですか?」
「その可能性は低いわね、咲夜の中には貴女以外の反応は無かったけれど、精神の死の痕跡は無かったわ。よって貴女と咲夜の肉体と精神が入れ替わってしまったと考えるのが妥当ね」
「なるほど、そうなんですか! こんな突拍子もない状況を理解してくれてとても嬉しいですわ!」と、つい勢いでパチュリーの右手を両手で握ってしまった。
そんな私の行動に一瞬驚いた姿を見せるも、パチュリーはさらに話を続けた。
「咲夜からは2日前から相談を受けてたし、あの子は無意味な嘘をつくような娘じゃないわ。――それにね、日に日に精神の浸食が強くなっていたみたいだし、なんとなくこうなるんじゃないかと薄々思っていたのよ。まさかこんなに早く入れ替わってしまうとは思わなかったけどね」
「えっ、そうなんですか!? ではもうこの現象の原因にも見当がついてるんですか?」
期待を込めて訊ねるも、パチュリーは首を振る。
「全然ダメね、昨日やっと資料が揃ったところで、いよいよ夢のことについて本格的に調べようと思ってたところにこの入れ替わり現象だからね」
「資料と言うのは、昨日魔理沙という魔法使いの女の子から取り返してきた本のことですか?」
「あら、やはり昨日の出来事を観てたのね。そうよ、あの本よ」と答えた後「――ところでそろそろ手を放してもらえるかしら」と言ったので、私は今更ながらずっと手を握りっぱなしだったのに気付き慌てて「え? あ!」と言葉にならない言葉を口にしながら、慌ててその手を放す。
「す、すみません。私の事を分かってくれた勢いで、ついつい握ってしまいました」
軽く頭を下げるも、パチュリーは気を悪くした様子もなく、むしろ関心したように私を見つめている。
「……貴女って、私の知る咲夜よりも賑やかな性格なのね、普段の咲夜は積極的な行動を行わないから新鮮だわ」
「咲夜ってどんな性格なんですか?」
私は自分のことを指さしてパチュリーに問いかける、彼女は少し考えてからこう答えた。
「そうね――。一言でいうとクールで天然な性格ね。彼女は【完全で瀟洒な従者】を目指すために日々精進していて、基本的には自分の失敗や努力してる姿も見せないわ。多くの妖精メイド達が紅魔館では働いているけれど、実質彼女1人で取り仕切っているようなものだし、人間なのによく頑張っているわね。彼女の仕事ぶりは他の誰にも真似できないと思うわ」
太鼓判を押すパチュリーに私も嬉しくなって「そうだったんですか! かなり優秀なメイドさんなんですね!」と誇らしげに答えた。
「ええ、レミィも事あるごとに自慢のメイドだって言ってたわね」
「へぇ~」
確かに彼女の仕事をしている姿をここ2、3日程、間近で見ていたし、絶賛されるのも納得できるわ。
「レミィとは、銀髪の吸血鬼ですか?」
「ええ。フルネームはレミリア・スカーレット。紅魔館の当主で、私の大事な友人よ。咲夜はレミィの専属メイドなのよ」
「なるほど。レミリア様ですか」
もっと色々咲夜のことについて聞こうとしていたが、それを遮るようにパチュリーが「――ところで」と前置きをした後「あなたはこれからどうするつもりなの?」と問われて、私は今置かれている現状を再確認する。
そういえば、これからの行動について相談しようと思っていたのを忘れていたわ。
「――そうでした。私はこれからどうすれば良いでしょうかか?」
「そうねぇ――とりあえず、貴女は咲夜が普段行っていたメイドの仕事をするべきね。中身が別人になってしまったとはいえ、貴女は『十六夜咲夜』なのだから」
「確かにその通りですね。私の正体について、他の住人の方にも伝えたほうが良いでしょうか?」
「私はまだ話すべきじゃないと思うわ。私は事前に咲夜から聞いていたからすんなりと信じられたけど、前置きも無しに伝えてもいたずらに混乱を招くだけでしょうし、この現象についてある程度判明してから話すべきよ」
「なるほど。その方が良さそうですね、あと――」と話を続けようとしたその時、廊下から大声で私を呼ぶ声が聞こえた。
「咲夜~!」
その声を聞いたパチュリーは「……早速呼ばれているわね。早く行ったほうがいいわよ? 十六夜咲夜は、レミィに呼ばれたら何を置いてもすぐ駆けつけていたわ」
「畏まりました」
私は図書館の出口に向かって走りつつ、振り向きざまパチュリーに向かって叫ぶ。
「色々とアドバイスありがとうございましたー! また時間が出来たら来ますね~!」
「いつでも待っているわ。頑張りなさい」
彼女の返事を背に受けながら、私は図書館を後にしていった。