今より俺はゴッドフレイ、戦士よ!   作:飴玉鉛

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歴史の譜面にノイズが生じた

 

 

 

 

 

 

 死闘であった。

 

 この地の王を決める為の一騎打ちは、強大な二人の戦士により演じられた。

 各々がそれぞれの部族の長であり、数ある部族を平らげ最強たるを示したが故に、両者が戦い勝利した者がこの蛮地にて王になるのだ。

 激突する両雄の片割れは筋骨隆々の大男である。狂奔する血潮の滾りに身を任せ、獅子の鬣の如き白髪を溢れる闘気で逆立たせた様は、さながら『力』の概念を体現した野獣だった。彼は一切の鎧を纏わず、武器を用いぬ裸の戦いを好み、敵を傷つけ、あるいは傷つけられる戦いの高揚に酔い痴れていた。

 もう一方は野獣のような巨漢とは正反対の優男だ。一振りの長大な太刀を担ぎ、流水の如く刃を振るう様は、さながら無双の翼を操る超人。無敵にも思える『力』を破るのは『技』だと言わんばかりに、巨漢の執拗な突進を躱し幾度も巨漢の肉体を切り裂いて見せていた。

 

 だが、勝ったのは前者だ。

 

 無比の剛力を野生の赴くまま振るう大男が、自身の胸の中心を穿たんとした太刀を左腕で受け、貫通されながら、肉を斬らせて骨を断つとばかりに優男を掴まえ、巨漢に比べれば華奢な肉体に剛拳を叩き込んだのである。半日にも及んだ死闘は、優男の幾千もの刃に対する、たった一撃の豪打で終結した。

 

 血反吐を溢して倒れた剣士を、巨漢は助け起こす。すると、優男は呆れたように苦く笑った。

 

「……はは。ここまでやっても、勝てなかったか。流石だよ、ホーラ」

「我が友アシナよ。我が生涯最初にして最高の好敵手よ。ここが我らの友誼の終点だ……最後に言い残すことはあるか」

 

 葦の地の長と、ルー族の長。二人は、幼き頃からの朋友同士であった。

 自身の左腕に突き立つ太刀を、一息に抜き取った巨漢――ホーラ・ルーは、流水の剣技と嘯いた親友の技の数々を想う。

 強かった。ここまで何もできず、一方的に斬られた事はない。最後の一撃は一か八かの博打で、上手くいかなければホーラの方が敗れていただろう。

 一生、彼の技を忘れることはあるまい。この戦いの高揚は、一心に闘争を愛するホーラの餓えを束の間とはいえ満たし、そして満ち足りてしまったからこそ彼の死が惜しくなる。

 

 ホーラは自身の腕の中で死にゆくアシナを見詰めた。すると、彼は悪戯げに笑みを深める。

 

「……じゃあ、最後に僕の秘密を明かそう」

「なんだ」

「実はね……僕は、君の未来を知っているのさ」

「……なに?」

 

 アシナは譫言のように告白した。

 

 彼は自身が嘗て全くの別人として生きた記憶を持ち、その記憶の中にホーラがいたという。ホーラはこの蛮地で王となり、狭間の地へ攻め込んだのだと。

 ホーラは死に瀕した者の戯言だとは思わなかった。アシナは嘘を吐いた事がない、実直で誠実な青年であったからだ。疑う理由もまた、彼にはない。

 

「僕の城に、日記がある。それを読めば……まあ、触り程度は君の未来を知れる。君にとっては興味のない事かもしれないけど……どうか僕の日記を読んでおくれ」

「なぜだ」

「僕の、未練だから。僕は――君に勝ち、君の立ち位置で、狭間の地に行きたかった。そしてその地で色んなものを見て……たくさん、冒険を……したかった……」

「……」

 

 やがて、アシナは事切れた。エルデンリング、見たかったな、と最後に呟いて。

 

 ホーラはアシナの亡骸を抱え、勝者として一騎打ちの舞台から降りた。

 勝者を讃え、喝采する蛮族達。新たな王の誕生に彼らは興奮していたが、戦いの熱から一時は褪めていたホーラは応えず、アシナを葬った後に彼の城に向かった。彼はアシナの親族からホーラに渡すべく預かっていたという宝箱を受け取る。鋼鉄の鎖で封じられていた宝箱を容易くこじ開けると、中には一冊の冊子があって、彼はその場で日記に視線を落とした。

 

「エルデンリング。狭間の地、か」

 

 未来が記された日記だと言いながら、ホーラが読むのを想定して都合良く添削された内容だ。

 書いてあったのは、狭間の地とやらに待ち受ける強敵達の事。火の巨人、古竜、飛竜、嵐の王、宵眼の女王と神肌の使徒。まるでホーラの興味を引くことを目的にしているかのようである。

 そして最後に、恐らくホーラが早期に狭間の地に攻め込めば、未来は変わるはずだ、と書き記されていて。巫女の村から旅立つ前のマリカに出会え、と導きのように結ばれていた。

 

「……黄金律とやらをマリカという女と共に確立し、事が終われば影の地へ行け、だと」

 

 ふん、と鼻を鳴らす。

 アシナめ、この俺を遊戯の駒のように扱うか、と苛立たしげに吐き捨てた。

 

 しかし……あれでも、たった一人の友だ。最高の好敵手だった男が、未練を残したのである。

 蛮地の王として狭間の地に行きたかった、とアシナは言った。ホーラは目を細め、つぶやく。

 

「つまらん未練なんぞを残しおって……いいだろう。王としてのしがらみがあれば、早くに狭間の地とやらへは向かえまい。俺はこの身一つで狭間の地に行ってやる。それでいいな、アシナ」

 

 ――異なる世界から落ちてきた魂は、しかし、夢の舞台に上がる事はできなかった。

 だが、彼がこの世界の名を知る原因となった蛮地の王と戦い、彼の動向を変える事はできた。

 

「ゴッドフレイ。ふん、悪くないが、未来の俺の名は随分と仰々しいな」

 

 未来の神人マレニアの剣技を再現し、切磋琢磨した末にホーラ・ルーの力を高めた男との死闘。猛き戦士は友と呼んだ男が匂わせた、まだ見ぬ強敵を思い描こうとして……やめた。

 ただ未知の強者がいる事だけを覚えていればよい。期待を込めて、ホーラは一人、得られるはずの王位を無価値とばかりに放り出し蛮地より出奔した。

 

 人界は制覇した。次の戦いは、神話の世界である。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

『剣聖の追憶』

  ホーラ・ルーに刻まれた剣士の追憶。

 

  アシナは蛮地に侵攻した葦の地のサムライ、その長である。

  幼い頃、奴隷として国外に攫われ、奴隷商の隙を見て逃げた。

  そして惨めに逃げた先で出会った、同年の幼子の名を聞き、

  彼は知ったのだ。ここが狭間の地の外であると。

 

  アシナは夢を持った。そして夢の為に、憧れた男と戦い勝利を願った。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 狭間の地は、資格ある者しか招かれない。

 

 どこにあるとも知れぬ大地だ。人の理解が及ばぬ超常の世である。大いなる神秘が大地を閉ざし、外界から入り込める余地などない。――ならばこそ、剣聖アシナの絶望は必定であった。

 彼は狭間の地を見下ろす『大いなる意志』、世界法則ともいえる『律』に見初められなかった。故にどれほど探して回っても狭間の地が見つかることはなく、そしてそうであるからこそ、狭間の地の外から侵攻できたホーラ・ルーを打倒したら、自身もその資格を手に入れられると盲信した。

 

 資格の有無など真偽不明。単なる妄想であり、エルデンリングも、狭間の地も空想の産物に過ぎないと言われても否定は難しかっただろう。

 

 だがアシナはホーラ・ルーに出会ってしまった。彼の超人的な強さに魅せられて、本物であると確信した。そして事実として狭間の地に至る方法を知る事はできず、ただ黄金樹の伝説を神話として伝え聞いてしまっていた。ならば、目指すしか無い。アシナは命が軽い世界で、どうせいずれ死ぬなら伝説の地に行くことを望んだ。そして望みを叶える手段を知ることも能わず、仮説として『大いなる意志』の招待が必要なのだろうと考えた。

 

 アシナは夢破れ、死んだ。ホーラに負けて死んだ。果たしてアシナの仮説が真相であったか定かではないが、事実としてホーラは狭間の地を容易に見つけ出し、当たり前のように踏み入った。

 ホーラは見初められたのである。アシナの仮説は当たった。大いなる意志の御使い、二本指が裁定したのだ。彼こそ神人マリカと並ぶ王に相応しい、と。そしてその選定には理由があった。

 

 前史。未だ黄金樹が原初の姿で在り『黄金律』が絶対のものではなかった時代。当代に於いて狭間の地の支配に王手をかけているのは、『運命の死』を司る『死の律』を掲げた宵眼の女王だ。宵眼の女王を擁立したのは三本指であり、それに対抗して二本指が擁立したのが『生の律』である『黄金律』だ。

 

 しかし、宵眼の女王は強大だった。

 

 黄金樹以前の時代、神が去った為にエルデの王にして竜王、プラキドサクスは時の狭間へ去り、神座と王位が空席となった直後、彼女は台頭した。

 彼女には自身に仕える『王』こそいなかったが、自身の神の座を脅かす神人を殺す為に、神狩りの黒炎を操る使徒達を多数生み出していたのである。

 他にいた神候補の神人は悉く敗れ、死に対する生の律を掲げるであろう神人も、強力な影従がいてさえ敗色濃厚だっただろう。狡猾な宵眼の女王に、早期に見つけられては堪らぬと、二本指が表立って最新の神人を擁立するのに慎重になるのも無理からぬことであった。

 

 『指』とは『大いなる意志』の遣い。『指』に見初められた者が神人、即ち次代の神候補となる。二体の『指』がそれぞれ擁立した神人同士は相争い、代理戦争じみた神座交代を賭けた死戦を行うのだ。この戦いに勝たない限り律の交代は有り得ないのである。

 故に、二本指は黄金の律を見い出し得る神人に接触するのを控えていた。宵眼の女王と、その使徒に見つけ出されては堪らない故に。しかし――もはや静観はできない。黄金律の神人として見い出していた巫女、マリカが窮地に陥ってしまったからだ。

 

 マリカの故郷、巫子の村へ度々侵入し、巫女を攫って独自の文化による儀式を行う角人。彼らにマリカが攫われてしまったのである。事此処に至ってはやむを得ない。二本指は神人として覚醒していないマリカを救出する為に、時期尚早だが彼女に与える予定だった影従マリケスを向かわせる事にした。

 

 ――同時期の事である。

 

 狭間の地の外に於いて、最強の人間が狭間の地に向かおうとしていると察知した二本指は、僥倖であるとばかりに彼を狭間の地へ招き入れた。

 人であるホーラ・ルーに祝福を与え、導き、そして彼の指巫女にして神としてマリカと接触させる。そうしてホーラとマリカが契り、強大な影従であるマリケスとも力を合わせれば、宵眼の女王に対抗する戦力も十分になるだろう。二本指はそう判断し、若きホーラをマリカの許へ導いて救出させようとした。

 

 結果として、彼らは本来の道筋を外れる。

 

 本当ならホーラ・ルーは、マリカがマリケスと共に戦い、宵眼の女王を破って神となった後に狭間の地に攻め入り、マリカと出会って婚姻を結ぶ。

 だが、たった一人の異物が運命を変えた。

 マリカが最も未熟で、最も苦しみを味わっていたその時に、彼の戦士は到来したのである。

 

 若く、滾る戦意を抑えもしていなかったホーラ・ルーと。

 若く、弱者として虐げられ、塗炭の苦しみと絶望、憎悪の中にいたマリカの邂逅。

 この時の思い出をマリカが振り返ったなら、きっとそれはひどく荒々しく、血に塗れ、けれども確かに輝いていたと回顧するだろう。

 

 永遠の女王マリカの生涯、その鮮烈な黄金期が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作は独自解釈、設定、考察、ネタバレのオンパレードです。
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