なので分割しました
黄金律とは生の律。命あるものを安寧に浸し、肉体を包み、魂を満たす。故に脆弱な命は救いと充足を求め、掛け替えのない祝福に進んで浴し、体を強壮なものにして弱さと決別するのだ。
野生の馬ですらルーンベアに比する巨躯に成長し、怯えを知らぬ名馬へと育まれる。ゴッドフレイの巨体を支えられる馬などいなかったというのに、彼の覇王を当然の如く背に乗せられた。
後にツリーガードなる黄金の騎兵が跨る事になる、神域の名馬を乗騎として小高い丘まで来た生まれながらの略奪者、猛き戦士は流紋が刻まれた長柄の大斧を地面に突き刺し太腕を組む。
生粋の覇王が率いる軍勢は百の騎士。赤銅の全身甲冑を纏った坩堝の騎士達だ。彼らは天候を神として畏れ、敬い、それを自らに降ろす神降ろしの業を有する角の戦士達だが、塔の街の戦士ではなく黄金郷の騎士、すなわちローデイルの騎士となった事で、神降ろしの業を自らに禁じている。
代わりとして扱うのは神降ろしとは似て非なる、けれども別種とも言い難き特異な祈祷。坩堝の相を露わにし、自らの人種の根源に迫る業。坩堝の祈祷と戦技を磨き、騎士として戦に臨む。
対し、覇王に並び立つ女王は、彼女にとって愛すべき
亜人を含めず純然たる人間だけの軍。神聖な黄金色の衣と鎧を纏った兵。樹冠を戴く兜を被り、護りの祈祷が施された紋章で左胸を飾った甲冑を装備し、大弓と長槍を携えた黄金の騎士。兵士が七十。騎士が三十。そして、女王に侍る黒獣の戦士が一人。
総勢二百と余名。
たったの二百。されどそれを率いるは神への道を歩む者と王たる者である。
彼らは知らぬだろう、現在こそ黄金律の最盛期に最も近いのだと。
経験が浅く未熟であっても。黄金樹にてエルデンリングに見え、神の門にて律を掲げ、真に神として君臨した訳ではなくとも。女王マリカが健在で、聖なる力を惜しみなく注いだ軍は強大だ。
坩堝の騎士が、騎士として戦に臨むのが初であろうと、率いるのは人界の覇者だ。そして運命の死を刃に宿しておらずとも、彼に見劣りせぬ力を持つ獣人の戦士もいる。弱いと判ずる者がいたとすればその目は節穴だろう。意気軒昂な彼らの軍勢は、目が眩むほど錚々たる顔触れなのだから。
しかし――そんな彼らが仰ぐのは、東の地に大きな影を落とし、空を埋め尽くす怪物の群れ。
空を埋め尽くすとは比喩である。だが、事実でもあった。
さながら暗雲の如し。嵐の前触れの如く東の彼方、巨人の山嶺に比する標高のギザ山から飛来するのは百に迫る竜の群れ。過ぎ去った後方は分厚い雲に覆われて、禍々しい雷を落としている。
此の世の終わりのような光景だ。一頭一頭が群れを逸れた野良ではなく、嘗て古竜へ戦いを挑んだ誇り高い飛竜達。特に目を引くのは剛健な巨体で羽ばたく飛竜ではなく、鋭角的でスリムなフォルムの肉体に赤い雷を帯電させた一頭の古竜。同胞を故あって裏切った、古竜の中でも特に強大なるもの。
古竜セネサクス。古竜の武器、赤い雷を纏った姿はいっそ神々しく、その存在感はもはや、一つの伝承として悠久の時を語り継がれるに足るものだろう。
「まるで蝗だな」
皮肉るような軽口は、黄金律第一の英雄ゴッドフレイのもの。
応じるのは彼と双璧と呼んで差し支えない影従だった。
「あれなるは暴竜ベール。ゴッドフレイよ、あれを蝗如きと同列に捉える油断は死を招くぞ」
暴竜なるものを知っているという口振りだったが、ここは既に戦場である。ゴッドフレイは悠長に詳細を聞こうとはしなかった。ただ、横目に黒獣の戦士マリケスを見て鼻を鳴らす。
「馬鹿め。あの暴なる竜に付き従う蜥蜴共の事を言ったのよ。揃いも揃って雑魚ばかり、あの赤いのを除けば取るに足りんわ」
「ゴッドフレイ。私の王。マリケスとお喋りに興じるのもいいが、ここにはピクニックしに来た訳ではないのだ。みなに、そして私に王の威を魅せよ」
「フン……言うようになった。よかろう、たまには行儀よくしてやる」
王と女王の平素の遣り取りは、坩堝を除くローデイルの軍勢から過度な緊張を拭い去る。
ゴッドフレイは組んでいた腕を解き、王斧の柄を握ると馬首を返し軍勢を見渡した。
「――者共。戦の時である。敵は空を飛ぶ蜥蜴の群れ。多少大きく、鬱陶しくも火を吹くようだが恐れることはない。お前達にはマリカの加護がある、戦う意志がある。そして、何よりも」
此処には
厳かに告げたゴッドフレイの双眸に射抜かれ、騎士達の体に電流が走る。
覇王より俄に立ち上りはじめた白い蒸気は可視化された闘気。治世の名君ではない、戦場でのみ輝く圧倒的な覇者の威光。規格外の力の波動が、戦列を組んだ者達の心を鷲掴みにしたのだ。
己が此処にいる、故に勝利は約束された……言外になされた宣言にローデイル軍は震える。心の奥底にこびり付いていた怯懦が根こそぎ駆逐されるのを、心地よい戦意と共に実感させられる。
これぞ戦乱の体現者。力だけを支えに生きる征服者のカリスマ性。軍勢に背を向け、敵を見据える自分達の王の背中に、憧れない兵はいなかった。
王斧を掲げ、おもむろにゴッドフレイが号令を発する。
「弓ィ! 構えェいッ!」
弾かれたように騎士達が、兵達が、大弓や弩を構えた。
「矢ァ! 番ェいッ!」
幾度も繰り返した訓練通り、一斉にボルトや大矢が番えられる。
戦闘態勢を整えた軍勢を背に、横目に女王を見遣った英雄が骨太に笑う。
「どうだ、お上品だったろう」
「やれるなら最初からやればよいのに、貴方という男は……まったく」
勝手に兵達を指揮し、従えた事にマリカは苦言を呈するつもりだった。しかし、そんな稚気を秘めた貌を見せられたら、どうにも文句を言う気も失せる。
女王は指揮を引き継ぎ、自らの髪を一房切って触媒とした聖印を左手で握り締める。自分達は、侵攻軍ではない。侵略者を迎撃する側だ。故に、こうして万全の体勢を整えられるのだ。
祈りを捧げた女王が聖印を掲げる。すると極めて広域に黄金の波紋が広がった。黒獣を、そして全てのローデイル軍を包んだ黄金の光は、彼女だけの複合祈祷とも言える奇跡である。
後に幾つかへ分割し、更にデチューンされる事で一般に広く知られる事になる祈祷の効力は、『黄金樹の護り』『黄金の雷防護』『黄金の炎防護』『黄金樹に誓って』『黄金樹の恵み』だ。更に兵達の武器や盾には『不易の盾』『聖律の剣』が掛けられ、矢の一本にまで効力は及んでいる。
たった一つ、一度の祈祷で無数の奇跡を齎したマリカは、更に両手を広げて後方へ巨大な黄金樹の幻影を生み出した。『小黄金樹』の祈祷だ。これにより全軍が人型の城砦に等しい強靭さ、幾度打たれようと立ち上がり続ける不死身に等しい回復力、トロルに匹敵する膂力を得た事になる。
「過保護極まるぞ」
「死なれるよりはマシだろう」
原始の戦いを好むゴッドフレイからすれば、至れりつくせりなマリカの加護は鼻につく。しかしマリカはつんとそっぽを向いた。
僅かな期間修練を積んだだけで、これだけの御業を開眼したのだ。今後彼女に匹敵する奇跡の使い手は現れまい。これもひとえに、彼女が真に優しき神にならんとして、正道を誤らず見据えているからだろう。二本指に壊れかけていてもなお、神の器として比肩する者なしと見做される由縁だ。
マリカはこの場でただ一人、ゴッドフレイのみ祝していない。彼単独の力を見たいが為、祈祷の対象にはしていないのだ。それにきっと彼は、己以外の力が自らの闘争に交じるのを嫌う。
永遠の女王たらんとする黄金の女は、聖印を握る腕を襲来する飛竜の群れへ掲げた。
「幼子に高い所にあるものを取れというのも酷だろう――
過保護ついでだ。手の届く位置まで降ろしてやる」
マリカが掲げた腕を振り降ろす。
瞬間だった。飛竜の群れの頭上より見えざる手が殴りつけ、多くの飛竜を雲の上から叩き落とす。祈祷『黄金の怒り』を遠隔で発動し、生じた黄金の衝撃波で飛竜の群れを攻撃したのだ。
律を自覚し、隠さず、武器として扱う強大な神人を前に、たかが飛竜が抗える道理はなかった。
そして、女王は壮麗な威厳と共に、ゴッドフレイの指令で矢を構えていた騎士達に命じた。
「――放てッ!」
解き放たれる強弓の霰。飛翔した数々の矢が、次々と飛竜を襲う。マリカの発した衝撃波で体勢を崩してしまい、なんとか飛行を保たんと藻掻いていた飛竜達は躱す事ができなかった。
着弾した強弾が鱗を貫き、肉に食い込む感触に苦悶の声を上げ、大地に叩き落される。大型の質量が数多く墜落したことで地響きと砂塵が舞った。
それを見て喝采を上げる未熟な軍勢に、喝を入れるかの如くマリカは再度腕を掲げる。
「第二射、装填!」
元が弱者たちである。どれだけ強力な加護を得ても、精鋭らしい振る舞いは期待できない。慌てて大弓や弩を構え直すローデイル軍のもたつきを、ゴッドフレイは鼻で笑って馬から降りた。
彼の視線は依然、空高くを見据えている。
「マリケス。あちらの古竜はお前がやるのだ」
「慎め。我に命令してよいのはマリカだけよ。だが……不本意ながら、そうする他になさそうだ」
マリカの衝撃波を受けてなお、ただ二頭の竜だけは、空を支配している。
赤い雷を纏い、女王を睨む鋭角なフォルムの白竜。迸らせる咆哮は大気を振動させ、自身を貫く殺気に対抗した。古竜セネサクスが、無視できぬ脅威を見つけたのだ。神人の影マリケスを。
対し。群れる飛竜も、自身に従う古竜の想いも、何もかもを一顧だにせず、マリカだけを一直線に狙う黒竜がいた。古竜のような洗練された体躯ではない――大自然の中に生まれた天然の星。大地に生じた月を、乱雑に削り出したような巌の体躯は、頑強だが鈍重である他の飛竜と一線を画している。
大都市の基礎の如く巨大な骨格に過剰な筋肉を敷き詰め、分厚い黒岩のような鱗で
あれぞ暴竜。
前エルデの王と相討つに至った暴虐の竜、ベール。
人界にゴッドフレイが在るならば、竜にはベールが在る。どこか似通った存在同士は、あたかも導かれるように視線を交わらせた。
(――――)
「――――」
マリカしか見ていなかったベールが。
マリカを、宿敵に至るまでの通貨としか見做していなかったベールが。
奇妙なシンパシーを覚える人間を、明瞭に、明確に、明白に認識した。
奔る電流。
視線を通し、両者はまるで生き別れの兄弟と再会したような運命を感じた。
甘い電流は快感すら伴う。永遠に等しいと錯誤する視線の交情は、相思相愛となり結びついた。
震撼した。古竜セネサクスにより齎された大気の激震が塗り変わる。暴なる竜ベールは、宿敵への憤怒と執着をこの瞬間に忘れ去ってしまった。
理性なく、本能だけを剥き出しにした力の概念は、歓喜の雄叫びに近い咆哮を上げ、進路をゴッドフレイただ一人へと向ける。ゴッドフレイはふるふると肩を震えさせ満面に笑みを浮かべた。
「――はじめて、神話のドラゴンと
飛竜や古竜など眼中にもない。沸々と滾る闘争本能が、全身の血を心地よく沸騰させていく。
嘯いたゴッドフレイは、最後にマリカを一瞥する。
「取り決め通り、蜥蜴共は任せる。千客万来だ、こんな所で遅れを取るなよ」
「ああ」
言葉短く応じたマリカが見据えるのは、地に落ちた飛竜達ではない。第二射を放った騎士達に抜剣を命じて、白兵戦を指示した故に飛竜達はローデイルの軍勢と交戦を開始しようとしていた。
マリカが見ているのは別。
自軍の背後にて幾何学模様を描いた黒炎が呼び水と成り、召喚されたが如く出現した無数の白影。
神肌の使徒。
だが、マリカはそれらから視線を切って前を見た。
数十もの神狩りの黒炎の使い手達を率いる、丸々と太った巨漢がマリカに殺気を向けている。
しかしそれらに対応するのは、遊軍として残っていた坩堝の騎士達だ。
大剣と大盾を構えたオルドビス。大槍に坩堝の力を込めるシルリア。大槌を担いだデボニア。坩堝の騎士三大筆頭が、厳かに、そして堂々と迎撃に出たのである。
ゴッドフレイは雑音を排した。
さあ、久しく巡り会えなかった好敵手よ。存分に闘おうぞ。
飛竜の群れvs初陣ローデイル軍(マリカの加護盛り盛り)
古竜セネサクスvsマリケス
神肌の使徒(集団)、貴種vs坩堝の騎士
暴竜ベールvs最初のエルデの王ゴッドフレイ
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