今より俺はゴッドフレイ、戦士よ!   作:飴玉鉛

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リエーニエにて鳥が啼く

 

 

 

 

 

 

 道中で見掛ける『祝福』の灯火は、常に黄金樹がある方角を指していた。

 

 祝福の導きが指とやらの意志に沿うものであるなら、二本指は宵眼の女王と速やかに雌雄を決する事を望んでいるのだろう。しかし今はその時ではない。仮に指ではなく黄金樹自体が導こうとしているのだとしても、今のマリカには優先するべき事があった。

 

 新婚旅行である。

 

 この造語を生み出したゴッドフレイに、マリカは素直に感動していた。新婚とはつまり、夫婦の仲にあると自らの王が認めた証左でもあるからだ。

 実を言えば婚姻の儀式など挙げておらず、心の何処かにちょっとした不満があって、加えて彼が自分をどう思っているか確信が持てず、不安だったのだ。

 しかしゴッドフレイは新婚旅行と言った。あるいは彼の故郷では当たり前にある言葉なのかもしれないが、ゴッドフレイが何気なく口にした言葉だという事に大きな意味がある。

 

 死の排除を願うマリカには、自らが築き上げる世界のヴィジョンがある。黄金律が唯一の秩序となれば寿命という生の終点はなくなり、時間経過と感覚は緩やかになるだろう。結果として二年なんて大した時間ではなくなる。だがそれは未来の話で、今の狭間の地では二年の月日は長いものだ。

 おまけに二人の間には二歳になる嫡子がいるのだ、今更この関係を新婚と称するのは間違っているかもしれない。新婚の枠から外れ、慣れと停滞が生じてもおかしくないだろう。だがそんな一般論はマリカには関係なかった。重要なのは敬する夫と自分、愛し子の三人で遠出している事なのだから。

 

 近衛の黄金騎兵が二人いるのはご愛嬌。マリカの心は弾んでいた。

 

 思い返せば巫子の村で生まれ育って以来、近隣以外に出掛けた試しはなく。角人の村から救い出されて以降も心を緩めて旅をした事はない。エンシスの地に来てからは、巫子でしかなかった自分が女王として振る舞わねばならなくなり、慣れない事の連続で気が休まることなんて滅多になかった。

 故にこれは本当の意味での初めての旅だ。神人としての力はあっても、戦闘の心得などないマリカは心細くなりそうなものだが、夫は最強の王である。心配する事なんてない。それに近衛の騎兵達もローデイル軍の最精鋭で、彼らに祈祷の加護を授けたなら無双の騎士として守ってくれる。自分やゴッドウィンが傷つくことなんて有り得なかった。

 

「夜になると、黄金樹がよく映える。リエーニエは風光明媚だな」

 

 愛馬トレントの背の上で、懐いた感想が口を衝く。

 リエーニエの夜は星がよく見える。煌々と煌めき、なのに自己主張はなく控え目な印象だ。明るいのに夜の暗さ、冷たさを妨げない黄金樹の光と具合よく掛け合わさり、風流な気分になった。

 古い時代に存在した広大な都が、地盤沈下により地下水源へ達しているのだろう。小高い陸地を除けば足場には常に浅い水が溜まっていて、不自然で奇妙な地形になっている。

 霧がかっている為に見え辛いが、辛うじて遠目に臨めるリエーニエの中央付近は、嘗てあったと思われる災難より逃れたのか高い位置に陸地が盛り上がっていた。そしてそこに黄金郷の宮殿には見劣りするものの、見事な城館が建造されている。まだ完成していないらしく、城館の基礎が剥き出しになっている箇所もあるようだった。

 

「詩人の真似事がしたいなら止しておけ。教養のない田舎娘だったお前に詩は詠めんさ」

「なんだと? なら貴方はどうなんだ、人を悪し様に評するなら相応の実力を示すのが筋だろう」

 

 折角良い気分だったのに、退屈さを隠さず欠伸をして、眠たそうに悪態を吐かれて眉を顰める。

 ゴッドフレイはトレントを優に超す巨体の馬の背で、呑気にも仰向けに寝そべっていた。王斧は再精製すれば手元に来るからと、どこかに置き去りにしてしまっていて、寝るのに邪魔な嫡男はマリカに預けていた。ゴッドウィンはマリカの背中に抱かれ、安心しきった様子で寝息を立てている。

 彼はマリカの非難に意地悪な反応を返した。

 

「ハッ。マリカよ、お前は俺に詩が詠めるような男に見えているのか?」

「見えない。だが貴方は私の感動に水を差したのだ、文句ぐらい言わせろ」

「俺は善意で止めてやったというのに、なんという言い草だ。人の忠告は素直に聞いておくべきだと思うがな」

「……な、何が言いたい?」

 

 ゴッドフレイの言い様に不穏な気配を察知して、マリカは直感的に身を竦ませてしまう。

 すると彼は横目にマリカを見て、笑っているのか目を細めながら言った。

 

「『あらゆる玉も、あらゆる宝も、我が黄金に比すれば褪せて映――』」

「うわぁぁぁぁ――っっっ!?!?」

 

 にやにやしながら諳んじ初めたゴッドフレイに、マリカは続きを言わせまいと叫び声を上げた。

 顔を真っ赤に染めての大声で、寝ていたゴッドウィンがびくりとして目を覚まし、ツリーガード達もガシャリと甲冑を鳴らしてしまう。それほどの絶叫、周囲一帯に轟いたのではないか。

 なんで知ってる! 予感が当たった、莫大な羞恥の感情に頭を埋め尽くされたマリカは、トレントの背中からゴッドフレイに飛びかかってのしかかり、彼の口を両手で塞いだ。

 

「やめろ! やめてくれ! 若気の至りなんだ、女王だのなんだのと祭り上げられて良い気になっていた時期の忘れたい過去なんだ! というよりなんで貴方が知っているんだ、ゴッドフレイ!」

「馬鹿め。新興の宗教ではな、常に開祖の傍に控え、有り難い言葉を記録する輩がおるものだぞ。迂闊であったな、お前の詩もどきは全て書記官が記録してあった。目を通した時は笑わされたわ」

「書記官? ……あの男か!? 抹消だ、そんな記録揉み消してやる!」

 

 書記官と言われると思い当たる人物がいた。その真面目くさった……いや、実際極めて真面目で冗談が通じないあの者なら、マリカの言葉をいちいち書き残していても不思議ではない。

 

 ――一事が万事、こんな調子だった。

 

 黄金郷より旅立って以来、暇になるとゴッドフレイはマリカの揚げ足を取ったり、こうして恥ずかしい思い出をほじくり返してからかっている。マリカも一々本気で怒ったり、照れたり、恥ずかしがったりするものだから、その反応の大きさを面白がられている始末だ。

 いちゃついている。浮ついた馬鹿共が、傍目も気にせず乳繰り合っているようにしか見えまい。荒廃した狭間の地を旅しているというのに、危機感なんて全く無かった。

 

 しかし遂にそれが災いとなったのだろう。不意に物々しい気配が辺りに漂って、真っ先にそれを察知したゴッドフレイが自らにのしかかる伴侶を押し返しトレントの背中に放り投げた。

 うわ、と少し驚いた様子のマリカだったが、彼女も何事かに勘付き、一拍の間を置いてツリーガード達も身構える。馬を駆ってこの一行に近づいてくる集団がいたのだ。甲冑を纏い、被っている兜に飾り羽根を付けた騎士である。ゴッドフレイ達が巡回経路に入っていて、マリカの大声を聞きつけたのだ。

 

「品もなく喚くからこうなる」

「うるさいっ。見たところ、それなりの勢力に属する者達だろう。この一帯でなら新興のレアルカリア魔術学院の者に違いない。接触して渡りをつけるぞ」

 

 体を起こし、巨馬に跨ってなおも揶揄するゴッドフレイに語気強く言い返したマリカは、姿勢を正し女王らしい威厳を纏い騎士達を迎え入れようとする。だが、王は彼女を制して前に出た。

 

「そこなる者達、騒々しいぞ。私はエンシスの――」

「待て、マリカ。面白い催しになりそうだぞ」

「いきなり何を……! 邪魔をしないでくれっ」

 

 口上を邪魔され苛立ったマリカを無視し、ゴッドフレイはニヤついた貌で騎士の集団を見遣る。

 青いサーコートを翻した騎士達の数は二十。各々が装備している槍と大盾、大剣は輝石の魔力を宿しているようで、並の得物ではないようだ。

 兜で表情は見えない。しかし、どこか粗野な雰囲気である。完全武装な上に臨戦態勢でもある。

 ゴッドフレイは楽しそうに声を張った。

 

「おう、何やら物々しいが何用で参った。斯様に慌ただしい様を見ては、野盗か何かかと勘違いされても文句は言えんぞ」

「野盗だと?」

 

 ゴッドフレイの言葉に応じたのは、騎士達の先頭にいる者だ。彼の声は若い艶がある。

 騎士は仲間達を振り返って笑った。潜める様子もなく、他の騎士達も同調し忍び笑いを漏らす。

 

「おい聞いたか。我々が野盗なのだとさ」

「ああ、聞いたとも。見た所、どこぞより遣わされてきた学院への使者なんだろうが……だからこそ野盗に襲われても無理はない」

「可哀想に。役目を果たせず道半ばで倒れるとは、その悲劇を我々は忘れはすまい」

 

 口々に囀る、わざとらしい態度。流石にマリカも察し、不快げに吐き捨てると伴侶が応じる。

 

「……こんな輩が騎士を気取るか」

「何を言う。騎士だのなんだのと虚名で飾ったところで、人は誰しもが一皮剥けば畜生よ。戦に出たなら乱取りは常、略奪こそ戦の華と言っても過言ではない」

 

「――そこの大男は分かっているようだ。なら、大人しくしておけ。この数の差だ、運命を受け入れるなら無駄に痛めつけたりしない慈悲をくれてやるぞ」

 

 彼らはカッコウの騎士。騎士とは名ばかりの狼藉者達だ。

 学院が創設されてより、防衛戦力として抱えられた彼らは、戦に於ける略奪を赦された存在だ。そんな騎士団の初代ともなれば、騎士らしい礼節など弁えている道理もない。腕利きが集められて騎士の格好をしているだけで、彼らの本質は単なる傭兵に過ぎないのだから。

 

 ゴッドフレイは騎士達の勧告を聞いて失笑した。そして、獰猛に犬歯を剥き出しにする。

 マリカは思う。散々に横暴を働いてきたのだろうが、今回ばかりは相手が悪かったな、と。

 

「ほう……お優しい事だ。だが残念なお知らせがある。

 俺はお前達ほど慈悲深くはなれん。精々苦しみ、足掻くがよい。

 ――俺は昔、朋友と一つの信条を共有していてな? 俺は()()()()()()()()主義だ」

 

 どこからともなく王斧を精製し、柄を握ったゴッドフレイから静かに殺気が漏れていく。

 流石に戦う者達なのか、本能的に身構えた騎士達を見据えて、ゴッドフレイは命じた。

 

「鏖殺だ。逃げても構わんが――逃げた者は四肢を砕き、生きたまま獣の餌にしてやるぞ」

 

 行け、と。王斧を振り下ろして指令を発された瞬間、二騎のツリーガードが始動した。

 数の差など物ともしない豪傑二騎が、黄金の戦斧を振りかぶって突貫したのだ。

 

 カッコウの騎士達の末路など、語るまでもないだろう。

 

 因果応報というよりは、単なる自滅。

 後にこの一団は、カッコウの騎士の名を騙った野盗として記録される事になるが――学院を訪れたマリカ達が、二十の生首を持参した事を、歴史は黙して語らない。

 

 

 

 

 

 

 

 




『カッコウの石碑』
 ああ、王よ。偉大なる戦士の王よ。
 御身の徳は我らの地にも鳴り響き、故に敬意を抱かん。

 虚飾に塗れた騎士が記した一節は、なぜか歪な文字となっている。
 あるいは、畏怖に震えていたのか。
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