今より俺はゴッドフレイ、戦士よ!   作:飴玉鉛

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カーリアの少女

 

 

 

 

 

 

 星見達は夜空に輝く星に運命を見い出そうとした者達である。

 

 古くは前史、星の世紀に於いて夜空は近い存在だった。

 彼ら星見達が司ったのは祭司であり、指を介さず大いなる意志の意向を汲んで、神意を代弁し政を動かすこともあっただろう。

 しかし彼らの本分は神意を代弁し、政に関与する事であったとしても。星見達は彼方の星に混在する運命――複雑怪奇で奥深く、得体が知れないからこそ興味深い何かにこそ魅了されていた。

 極論、大いなる意志は意中にない。そんなものよりも自らの運命、あるいは大事な人、もしくは世の移ろいなど、各々が尊ぶものが描く運命の軌跡を読み解く事に耽溺したのだ。

 

 人が人である以上、清く正しく使命に殉じる者ばかりではなかっただろう。中には不心得な者がいてもおかしくなく、そうした者や、夜の王の律が大いなる意志の怒りを買い滅ぼされたのかもしれない。だが永遠の都が地下深くに滅ぼされようとも、前史を生きた全ての人々が絶えたわけでもなかった。

 

 星見は生き残ったのだ。

 

 彼ら星見の始まりは遥か高き地、巨人の山嶺である。

 火の巨人達を友とし、星を見上げた彼らの子孫は当代まで息を永らえ――そして、夜の王カーリアの一族の最後の生き残りである姉妹が、星に運命を探る星見となって彷徨っていた。

 

 ()()()()()()()()。嘗て最も完成され、完璧に近かった世を築いた王の血筋を。

 新たな律を築く神の一族に加え、()()()の事態に備える為に。

 運命を読み解き、辿り、追う者達の動向は見極めるのが容易という事だ。夜空を見上げ歩き、ずっとずっと星を追い旅に殉じた少女達は、正しい意味で導かれていたのである。

 

 だが、誰も知らぬ。運命は既に狂い、破綻している事を。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。早期に到来した戦の王が、本当なら遥か先の世に生まれるはずだった王子を神人に産ませ、連れ回っている訳がなかったのだ。ローデイルが既にレアルカリアと接触し臣従を迫るはずはなく、故に星見にはこの運命を悟る術がない。

 

 カーリアの末裔の最後の二人は身を寄せ合い、馬上の英雄を見上げる。偉丈夫というには(おお)き過ぎて……王というには荒々しく、身なりが王者のものでも凶悪な怪物に見えたのだ。

 故に姉のレナラは妹を庇おうとし、妹のレラーナは運動神経に優れている自分が庇うべきだと姉の前に出ようとした。結果、二人して同時に前に出て、顔を見合わせる事になっていた。

 

 英雄は姉妹の健気だが愛嬌ある振る舞いを意に介さない。為に彼の誰何は気安く、雑だった。

 

「おう、小娘共。こんな所で何をしておる」

 

 彼は誰の目を通して見ても威圧的な人間だ。体が大きく、辿った壮絶な戦歴が醸す覇気があり、しかも粗暴さが滲む強面であるから。故に昔から弱者に怯えられ、警戒される事に慣れている。今更小娘達に警戒されても気にする繊細さなど持ち合わせていなかった。

 ゴッドフレイは小娘達が素直に答えるとは思っていない。有意義な会話など期待する気がない。為に蛮地の素性が彼に選択させたのは、至極単純明快な行動であった。

 

「まあよい。倅が見た通りなら、お前達が運命とやらなのだろう。連れ帰れば面白くなりそうだ」

「………! に、逃げなさいレラーナ!」

「いいや、姉上こそお逃げを! ここは私が……!」

 

 すなわち、誘拐である。身柄の略奪だ。ゴッドフレイが馬より降り、暴の圧を隠しもせず、二人を確保しようとしていると察知した姉レナラが焦る。

 こんな所でこんな男と遭遇するとは思いもしなかった。狭間の地は混迷の時に在る、旅する中で星の並びを読み解く事で占星し、危険を避けてきたというのにこの男の存在は詠めなかったのだ。

 焦り、混乱しながらもレナラの判断は迅速だった。二人ともが逃れることはできまい、ならば脚が速い妹だけが逃げられる可能性が高いと断じたのだ。しかし、如何にそれが卓越した英雄の素質が秘められているが故の結論でも、情愛深きレラーナが頷くわけがなかった。

 

 レラーナにもまた英雄の素質がある。

 彼女は逃げるなら姉であるべきだ、と優先順位を重んじた。

 霊に愛されていて、優れた頭脳と行動力、判断力を有する姉にこそ未来がある。自分より生き残るべき存在であると、姉を敬愛するからこそ信じていた。

 

 結果として意志が反発し、彼女達のどちらかが逃れられる間はなくなった。目の前にゴッドフレイが迫り来て、丸太のように太い腕を伸ばそうとしていたからだ。しかし、覚悟を決めて抵抗しようとする姉妹に先んじ、ゴッドフレイの蛮行を止める者がいた。

 

「駄目だ」

 

 ぽこん、と彼の頭を幼子が叩いたのである。あのゴッドフレイに手を上げるなど、一族郎党が皆殺しにされる覚悟を要する偉業であったが、幼子に悲壮な覚悟なんてなかった。

 そしてゴッドフレイも特に怒りを覚える事もなく、伸ばそうとしていた手をピタリと止める。

 

「それは、母が怒る」

「む……」

 

 ゴッドウィン王子の端的な指摘に、ゴッドフレイは確かにと思う。マリカの過去を照らし合わせると、少女達を誘拐する行為は逆鱗だろう。

 今までの彼なら気にも留めず、躊躇などしなかったはず。しかし何時の間にか愛してしまった女が激怒する様を思い浮かべると、どうにもやる気が起きない。絆されてしまったのだ、彼は。

 ゴッドフレイには血潮の滾りを抑えられぬ若さがある。女に絆されるなんて事は情けないという青い認識があり、だから認めはしないだろうが、彼は確実に丸くなり穏やかになっていた。

 

 倅に諌められたからではない、女に絆されたからでもない、ただ面倒になるなと思い、ゴッドフレイは伸ばした腕を引っ込めて嘆息した。

 

「……小娘、名はなんという」

「………」

「………」

 

 誰何を重ねられ、姉妹は顔を見合わせた。突然彼の気配が萎んだのが伝わり困惑したのだ。

 だが一時の気の迷いかもしれない。対話できるなら言葉で応じた方がよい。レナラは意を決して口を開いた。星見の少女レナラの、強い意志を秘めた瞳が王者を捉える。

 

「……私はレナラ。この子は妹のレラーナといいます」

「怯懦に濡れぬよき声だ、肝の据わり具合がよく解る。その気丈さに免じて俺も名乗ってやろう、以後があるなら見知りおけ。俺の名はゴッドフレイだ」

「ゴッドフレイ……? 貴方はエンシスのゴッドフレイ王なのですか?」

「………!」

 

 あの宵眼の女王を敵とする、武勇高らかなる覇王の名は、旅する者にこそよく知られていた。

 だから、気を緩めていないレラーナは緊張を深める。逃げられる相手ではないと理解して。しかし正面から覇者と対峙するレナラは目を丸くしていた。

 知恵豊かで見識深き才女、レナラは道理を理解している。英雄ゴッドフレイがここにいる理由は流石に読めないが、本来ゴッドフレイの立場ならエンシスにいなければならない。なら、いるはずがないのにいるという事実から逆算すれば、王という座が目的にしそうなものはリエーニエには一つしかなかった。

 レアルカリアだ。ゴッドフレイは、レアルカリアに用があったのだろう。事が済んだ後なのか、それとも済ませる前なのか、どちらにしたってレナラからすれば非常事態だ。

 

 だって、レナラはレアルカリアを征するつもりだったのである。

 

 たった今、見い出した満月。月の魔術を駆使して学院を手に入れる。それが彼女の目的であり、その為にも一度は入学して月の魔術以外のものも修めるつもりでいたのだ。そしてそれは叶うはずなのである。ゴッドフレイが……否、ローデイルが自分より先にレアルカリアと接触していなければ。

 と、そこでレナラは、身構えたまま如何に逃れるか熟考している妹に気づいて。そして自分達を見詰める幼子の視線にも気づいた。

 

 黄金の瞳。ゴッドフレイの瞳も黄金に祝されたものだが、幼子の瞳はどこか――()()()()

 

 不快ではない。しかし、なぜか不安になる光。レナラの神秘的な洞察力が、より深く観察しようと意識を割こうとするも……目の前にはゴッドフレイがいるのだ。気を散らせはしない。

 巨漢はレナラの驚いた反応に頷いた。

 

「そうだ。俺の倅はお前達を運命と言った、どういう意味かは知らんが興味深くはある。どうだ、俺と共に来ないか?」

「……分かりました。私も興味が湧いています、ついて行きましょう」

「姉上……!? なぜです……っ!」

「レラーナ、考えてもみなさい。仮にも王たる御方が、故もなく玉座から離れるとでも? ゴッドフレイ王はレアルカリアに用がお有りだったのでしょう。なら今の私達にできる事はなんです」

「……なるほど、理解しました。姉上のお考えに服します」

「話が早いな、小娘共。頭が廻る小賢しさはあるか」

 

 レラーナも聡明だ。姉の言わんとする事を瞬時に悟り、警戒心と畏怖を隠せずとも腹を据えた。

 レナラは知の英雄たれる者だが、レラーナは長じると半神に匹敵する力を発揮し得る、武の英雄の卵なのである。故に姉よりも鮮明にゴッドフレイの脅威を感じ取り、心と体が怯えていた。だがそれを意志の力で捻じ伏せ、構えを解く。けれど、そんな遣り取りをとうのゴッドフレイは見ていなかった。

 彼はレナラ達の後方から、慌てて駆けつける巨大なる者達を見ていたのだ。対してレナラ達も、ゴッドフレイの後方から三騎の人影が迫るのを見つける。

 

 やって来たのはマリカとツリーガード達だ。そしてもう一方は、星見と巨人達の故郷である山嶺にてレナラと盟約を結んだ友、トロルの騎士達である。

 何も言わずにいては無為な事態になる。レナラは振り返って声を張った。

 

「皆、落ち着きなさい! 私達はこの御方と暫し共に行く事にしました!」

 

 巨体ゆえに地を振動させながら駆けつけたトロルの騎士達は、友にして主であるレナラの声に困惑しつつも脚を緩める。

 そして、ようやく追いついてきたマリカ達は、何やらおかしな事態になっている様に眉を顰めた。

 

「……ゴッドフレイ、これは何事だ? この娘達と、あのトロル達は……」

「さあな。得体の知れん運命とやらに聞け」

「運命だと?」

 

 黄金の髪は微かに光を帯びて。眩い瞳もまた生の輝きを凝縮した黄金。

 正面に向き直ったレナラと、マリカの視線が交錯する。

 

 巨星と巨星が衝突したような衝撃が、不可視にして不可知の感覚となって両者を貫く。

 

 ――これが、二度目。一度目の破綻、ゴッドフレイの早すぎる到来が齎した歯車の狂い。

 

 黄金の女と、満月の少女が、出会ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『星見の来歴』
 オリ設定。永遠の都が星の世紀、夜の王を待ち続けている事。前史のエルデの王だったプラキドサクスの神がどんな律を掲げていたのか不明である事をいいことに、星見という名前的に関係がありそうな者達を一緒くたにしてみた。そうして解釈してみると、芋づる式にレナラ達が面白く見える。
 幾らレナラが満月を見い出し、英雄として学院に君臨したにせよ、リエーニエ戦役で二十名にも満たなかったカーリア騎士が、黄金の英雄に伍すほどの実力を誇ったのはなぜだ。あのラダゴンがレナラと婚姻を結んだ本当の意味が愛以外にあるとすれば。レナラの血筋が前史で重い意味を持っていたとするならば。ラダーン、ライカード、ラニという傑物ばかりが生まれ、ラニがあの律を得たのが必然だったとするなら。レナラとは前史、夜の王の一族だったのではないか。カーリアを王家にしたのは、星の世紀はともかく一族の復興をレナラが志していたからでは?

独自設定独自解釈、まさに最強のタグである。
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