今より俺はゴッドフレイ、戦士よ!   作:飴玉鉛

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戦争巻いちゃった★


火の幻視、深淵の穴を覗く

 

 

 

 

 

 

 氷結湖に於ける闘争は意外な決着を見た。

 

 突如として戦意を萎ませたトロル達が後退したのだ。少なくともザミェルの英雄と坩堝の騎士に前触れはないように感じたが、トロルの戦士達にとっては戦いを止める理由があるらしい。

 被害が拡大しようと味方の屍を乗り越え奮戦していたトロル達が、動揺を隠せないでいる様に騎士デボニアが訝しむ。同胞の中で最も強い彼は、自然と騎士長の立ち位置にいる。彼が好敵手として戦っていたトロルの一団で、最も強かった小巨人にどうしたのだと訊ねると、騎士達も一旦矛を収めた。

 トロルの英雄が声を震えさせて答える。大火殿、盟約を違えたのか、と。どういう事だと反駁するデボニアは、トロルの英雄との命を賭した闘争の末、彼の真っ直ぐで力強い戦意へ友情に似た信頼を懐き始めていたらしい。彼ほどの豪傑がこうまで動転し後退するのだから、余程の事があったのだろうと。

 

 トロルの英雄は、弱々しく跪いた。見れば他の戦士達も武器を取り落とし、山嶺の頂きの方を呆然としながら眺めている。トロルの英雄はいっそ哀れなほど気力を失い、デボニアを見遣った。

 

 終わりだ、もはやこの地は滅びる。デボニアが何故だと辛抱強く重ねて問うと、小巨人は彼方を指差した。指した先を視線で追うと、デボニアだけでなく他の騎士やザミェルの戦士達も瞠目させられる。宇宙の彼方から滅びの流星群が堕ちてくるかの如く、真紅の火球が連々と降り注いでいるではないか。

 火の巨人達が屹立し、放つ冒涜的な赤の滅び。騎士達は慄然とするが、トロルの英雄はそれではないと呟く。小さな囁き声なのだろうが、元の体躯が大きすぎる為に彼の呟きはよく聞こえた。

 

 ――まだ儀式は終わっておらぬ。だのに我らの神の火を、大火殿は解き放とうとしておるのだ。それでは駄目だ……黄金樹を焼けぬのはいい、しかし一度始めた儀式を中断してしまう不敬を、神の火はお許しになられない。報いとして儀式に関わった全てを焼くだろう……。

 

 大火殿、というのは火の巨人の長の事なのだろうか。デボニアはトロルの英雄の絶望に、しかし確かな希望を見い出す。彼だけではない、全ての騎士達は歓声を上げ士気を高めた。ザミェルの戦士達が何事だと困惑するのに対し、陽気なオルドビスが得意げに宣う。

 

 ――解らぬか! 我らの王が火の巨人を追い詰めているのだ! 巨人は儀式とやらを中座してまで我らの王に全霊を傾け、悪神の火の報いで以て反撃せねばならぬほど劣勢となっている!

 

 オルドビスの言に、そうだ、そうに違いないと唱和する騎士達。そんな馬鹿なと氷嵐の戦士達は懐疑するが、トロルはそれに納得したのだろう。神聖な祭祀の進行を食い止められたのなら、確かに火の巨人達が上げる雄叫びで山脈が震撼するのも頷ける。トロルの英雄は言った。

 

 ――我らは、降伏する。たとえ敗れようとも儀式を完遂するという盟を、大火殿は破った……あのままでは我らも焼き殺されるばかりか、いと高き神の故郷たる山嶺まで滅びてしまう。それでは()()()()()()()()……どうか我らを陣に加え、我らが盟主達の齎す惨劇を食い止める助けをさせてくれ。

 

 永き時を戦い続け、トロルもまた仇敵と見做しているザミェルの英雄達は、この降伏の申し出を受け入れそうにない。しかし敢えてデボニアは同胞の隔意を無視し、先んじて答えた。

 

 ――いいだろう、ならば共に戦おう! 此度の巨人戦争、我らが王だけが勲を挙げたとなれば騎士を名乗れぬ、あの頂に巨人達の墓標を打ち立てるのだ!

 

 斯くしてトロル達は降伏し、黄金樹に与した。後に使命感に駆られて戦った彼らの勇猛に女王は報い、トロルの戦士一人一人に黄金の剣を与えたという。

 知性を喪失してなお、トロル達はこの剣と共に在り続けた。それは小巨人にとって名誉ではなく、同胞を裏切った証であるからだ。彼らトロルの一族は、先に裏切られたのなら自身の裏切りも赦される、などという浅薄な筋を持たぬ実直な戦士だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 黄金樹の王と神へ加勢せんと一路勇躍した騎士と、それに同道したザミェルの英雄、小巨人の戦士の軍勢は神話の戦いを目撃した。

 

 黄金の光を纏った様は地上にて輝く太陽の如く。背の肉を裂き噴出した炎雷は血を含み、具象化した暴竜の翼が五体を包み帯電する。爪が肥大化し、鋭利に尖り、体皮の上に浮かび上がった半透明の鱗を防壁と成し、天然自然の肉体は暴威を激増させていた。そして自らの肉体を霊体とし、王に憑依してぴたりと張り付く永遠の女王が支援に徹する。

 山嶺の頂付近は焼け野原と化していた。紅蓮の炎が氷雪を溶かし、地表を砂漠のように渇かせたのだろう。それだけではない、既に十人近くもの巨人の骸が倒れ伏しているではないか。地を駆けた王が巨人の脚に取りついては捻じ切り、倒れた所を狙って頚椎をへし折ったらしい。苦悶の表情で息絶えた巨人の貌が余裕のなさを表していた。

 

 だがゴッドフレイも無事ではない。無傷ではいられない。

 

 悪神の火の流星群が幾度も王を捉えている。躱しても躱しても絶える事のない波状攻撃に、全てを回避し切る事はゴッドフレイにも能わなかった。高々と跳躍し、巨人に組み付いては殴りつける猛攻に、巨人達もまた決死の形相で応じて、神秘的でありながらも原始の域にある闘争が繰り広げられている。

 巨人の振り上げた拳に殴打されて吹き飛び、大きな足で踏みつけられる。勇者ゴッドフレイは満身の力を振り絞って耐え、踏みつけてきた足を両腕で受け止めて凌ぐも、足元から生じた火柱に焼かれて女王共々壮絶な絶叫を上げた。だが止まらぬ、苦悶の叫びを上げながらもゴッドフレイは止まらない。支える巨人の足の裏に炎雷の槍を突き刺し内部を焼き焦がして反撃すると、悲鳴を迸らせて転倒した巨人の体を駆け上り、その喉を凶悪な手刀で引き裂いている。

 雄叫び、絶叫は絶え間なく上がり続けていた。こうまで追い詰められるとは思わなかったのか、火の巨人達も半狂乱に陥っている。算を乱しているのではない、闘争と血に酔っているのだ。壮絶な傷を負う度にマリカが癒し、不死の戦士となって立ち向かってくるゴッドフレイの熱に当てられている。

 頂の大釜からは破滅の炎が吹き上がり、溶岩のように周囲へ氾濫していた。神火の報いだ、儀式を中断した不敬を罰する劫罰である。しかしそれをある程度制御しているのか、溢れる神火は黄金の神王のいる方へ流れている。細かな制御は利かないらしく、巨人を巻き添えにしてまで敵の打倒を優先していた。

 

 大釜の前に跪いて祈りを捧げ、火の流れを操っているのが火の巨人の長なのだろう。あれがトロル達の言う大火殿とやらなのかもしれない。

 大釜から溢れた神火は巨人の骸を焼き溶かし、更に生き残っている巨人達の肉体をも焼き始める。だが巨人達は臆さない、神罰に身を焼かれるのは仕方ないと割り切り、如何にして敵対者を巻き込むかに専念するかの如く、ゴッドフレイを捕まえようと迫り始める。捕殺を狙われた王は機敏に躱し、走り、余波の熱風ですら深刻な火傷を負うも応戦できていた。

 しかし、苦戦はしている。大気までも枯れ果てて、炎上し始めているのだ。呼吸するだけで内臓を焼かれる苦痛を与える戦場は、此の世に具現化した大焦熱地獄そのものである。騎士や英雄達は神話そのものの王の戦いに魅入られていたが、暫しの間を空けて我に返るや鬨の声を上げる。王に加勢するのだと。

 

 一気呵成に攻め上がった軍勢に巨人達が気づく。王と神も察知した。坩堝の騎士達は炎上している苦海の場に怯まず登壇し、全身が焦げ落ちていく感覚を味わいながらも疾走している。

 氷嵐の戦士達は怯んでいたが、騎士達の勇姿を見て負けてはおられぬと腹を括り、全力で氷嵐を吹き荒ばせながら炎上苦海に突入した。トロルは裸のままで、なんの護りがないままだが、強靭な肉体と精神力だけを頼りに炎の余波に耐えている。マリカはそれを見て、ゴッドフレイに詫びた。

 

「――すまない、貴方に注ぐ加護を少し減らす! あの戦士達が戦力になれば勝てるぞ!」

「是非もない。俺は俺の力だけで耐えてやる、惜しまずくれてやるがいい!」

 

 炎への耐性を付与するマリカの祈祷が軍勢を守護した。

 

 斯くして趨勢は決まった。ゴッドフレイとマリカを相手にしている時点で精一杯だった巨人達は、援軍として現れた騎士と英雄、そして裏切り者に対応できなかったのだ。軍勢に対そうと隙を晒した者からゴッドフレイに狙われ一息に首をへし折られるのである。かといって軍勢を無視してもいられない。氷嵐を傷口から流し込まれて苦悶した所にトロルが取りつき、数人掛かりで転倒させると、騎士達が袋叩きにしてしまうからだ。

 巨人達は一人、また一人とその数を減らしていき、巨人達は有効な反撃も行えないまま――やがて戦争は終結した。最後に『大火』と呼ばれた者と、最も小さな巨人が生き残ったが、他の巨人は残らず討ち取られたのである。大釜の前に鎮座していた『大火』は、肩で大きく息をしながら迫る王を見て……それから彼の後背に浮遊する女王の霊体を睨み呪詛を吐く。

 

 〘我らが神の後を襲い、自らの理で世を縛らんとする傲慢な女よ。例え我らを討ち滅ぼしたとて、我らの神の火は絶えはせん。我らの火は、いつか必ず不遜な大樹を焼くだろう!〙

 

 喝破した『大火』は自ら大釜に身を投げ自害した。燃え盛る神火は巨人の王を包み込み、苦痛に塗れた悍しい悲鳴を上げさせる。泣き喚きながら、巨人の王はマリカを渾身の眼力で睨んだ。

 すると霊体化を解かれ、実体に戻ったマリカが悲痛に呻く。落ちてきたマリカを抱き止めたゴッドフレイは、どうしたと言葉短く問うも、マリカは答えられず腹を抱えていた。代わりに燃え尽きていく巨人の王が、笑いながら人の王へと言った。

 

 〘永遠に幻視せよ、我が末期の火を。お前は大樹を焼く火種となるのだ――! ハハハハ……呪われるがいい、驕れる調律者の血族よ!〙

 

「ご、ゴッドフレイ……! 子が……私達の、稚児(ややこ)が……!」

「………」

 

 勝利したというのに、マリカに喜びはない。ただ胎に宿していた新たな命が消えた事実に錯乱しかけている。だがゴッドフレイは揺らがぬ、容赦もない、弱々しい女の頬を平手で叩いた。

 バシンッ! という轟音。常人なら即死する威力の張り手に、マリカの乱れていた思考が頭蓋の外に叩き出される。女王は呆然と頬を抑え、伴侶を見た。

 

「狼狽えるな、戯けが。負け犬の遠吠えが聞こえなかったか、このままでは終わるのだぞ」

 

 火は消えていない。寧ろ、焼き尽くされ死んだ巨人の王の亡骸を火種に、更に勢いを強めている。このままでは悪神の火がどうなるか、想像もできまい。

 マリカはゴッドフレイが指差した炎を見て、瞳に強い光を再点火する。

 

「これはお前にしかできん事だ。なんとかしろ」

「……解った。だがどうすれば……いや、そうか、こうすれば……!」

 

 マリカが目をつけたのは、自分達の敗北と、王の死を見て呆然としている小さな巨人だ。

 小さいというのはあくまで巨人の括りでしかなく、実際は途轍もなく巨大ではある。しかしそんな事は関係ない。女王はその巨人を利用したなら、火の暴走を止められるはずだと考えた。

 巨人王が火種になり燃えている今が最後の機会だ。悪神の火は今、巨人王を触媒にしている。エルデンリングの権能と、自らの祈祷の力を用い、マリカは巨人の生き残りへと神火を――正確にはそれの火種になっている巨人王の亡骸を封じ込めた。胸を抑えて蹲る巨人に、マリカは傲然と告げる。

 火の番人として生かしてやる、と。永遠にこの地へ留まるのだ、と。自身が呪われた意趣返しだとでも言うかのように、これは呪いだと忌々しそうに口にした。

 

「……私の、子が……」

「………」

 

 事が終わり、帰還する路に着く頃に、マリカは再び嘆く。

 ガキなどまた拵えればよかろう、なんて無神経を通り越した事を口にしかけたゴッドフレイだったが、流石にマリカの性格を知っているだけに自重した。

 しかし、ふとマリカは気づく。

 自身の中に、自分以外の霊魂がある事を悟ったのだ。

 

「これは……! まさか……肉体が焼かれただけで……霊体(たましい)は残って……!?」

 

 マリカは歓喜する。これならまだ生んでやれる! と。

 おいおいと伴侶は呆れた。体もないのに生むとはどういうことだ? 全く以て理解できない。普通にそれは死産というのではないかと思ったのだ。

 

「……待っていろ、()()()! 霊体でも私なら育てられる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ、ぐ……ぅあ!」

 

 マリカに連なる血の一族は呪われた。マリカが最も愛する男との血を冒涜されたのだ。

 故に、遠く離れた黄金樹の麓。黄金郷の施設が丸ごと移植され、栄えている王都ローデイルにて一人の王子が胸を抑えていた。

 

 髪は、黄金のまま。

 瞳も、黄金のまま。

 しかし――何か、胸の奥底に、小さな穴が空いたような……。

 悍しい火が、宿ってしまったかのような。

 

 そんな、予感。

 

 貪欲に『喪われたもの』を喰らう何かが……生まれた気がする。

 褥に蹲り、矮躯より汗を吹き出しながら、王子ゴッドウィンは呟いた。

 

「……蛇?」

 

 

 

 

 

 

 




※本作の独自設定、独自解釈です。
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