今より俺はゴッドフレイ、戦士よ!   作:飴玉鉛

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蛇を照らす月明かり

 

 

 

 

 

 

 魔術学院レアルカリアはカーリアを王家として推戴しても、変わらず盟約を守っている。

 

 開かれた教室にて綴られたスクロールを惜しまずローデイルに献上し、無益な戦争を避ける為に臣下の礼を崩さずにいるのだ。対価としてローデイルが与えるのは研究に用いられる輝石と、レアルカリアを脅かす脅威を排除する軍事力である。『黄金』に属する英雄とカーリアの女王が婚姻を結んだのも、両者の結びつきを強化する政略の側面があった。

 魔術学院は黄金樹に迎合した。永遠の女王マリカは満月の女王レナラを臣下ではなく盟友と呼び、黄金と月の蜜月は互いを大いに栄えさせている。さらに一部の奇特な魔術師が志願し、断崖の城を本拠とするゴッドフレイ軍に加わった事で、ゴッドフレイがエルデの王に至る覇道は盤石となった。もはや狭間の地にこの軍勢を阻める者はいないだろう。

 だが黄金樹の齎す恵みが支配地を満たし、欠けるものがない『完全』に近づいているのに、メスメルは不穏な気配が消えていない予感がする。エルデの王が誕生し最新最後の神が君臨したなら、永劫に語られる神話として閉じられるはずの物語に、完結という祝福の二文字が飾られる兆しが見えて来ないのだ。

 

 漠然とした不安があるのである。

 

 袋小路に入り込もうとしているかのような、得体の知れない息苦しさが喉を絞めている。殆どの人が黄金樹の祝福に癒やされているというのに、陥穽を見落としている感が拭えない。

 狭間の地の征服を終え、黄金律が世界を統べたなら無用になる力を、今なお怠る事なく磨き続けているのは、陰謀の記憶を持たずとも半身から緊迫感が伝わっているからだ。

 

 絶え間なく追い立てられ蝕まれる感覚。(――ゴッドウィンよ、なにゆえに備える。何を見い出したのだ)とメスメルは思う。母に疎まれるメスメルとは違い、正統なデミゴッドとして遇されているゴッドウィンは父に次ぐ英雄だ。他にデミゴッドが誕生したとしても、彼を超える者が現れる事はないほどの。そんな黄金の英雄を、どうやって蝕むというのだ。

 父と母も既知の事であるはずだ。ゴッドフレイとマリカ、ゴッドウィンの三人が、何事かを共謀して成さんとしているのだという確信はある。そしてその三人しか知らぬものなのだろう。

 メスメルは半身が加わっている企みを知らない。なぜ話してくれぬのだと不満を懐いていたが、その理由は自らの未熟さにあるのだろうと考えた。ゴッドウィンにあってメスメルにはないものがあるのだろう、それを見つけ出し身に着けたなら、三者の企みに加えてもらえるのではないかと思った。

 

 故にメスメルは研鑽を積み続けている。そして長兄の勤勉さ、何かに急き立てられる焦燥が伝播したのか、二人の弟――モーゴットとモーグも真面目に魔術学院のスクロールを読んでいた。

 

「……兄上」

「どうした、モーゴット」

 

 文献を漁り片っ端から読破して知識を蓄えるメスメルは、断崖の城の書斎に整理された棚の前から動いていない。そんな彼に、モーゴットは難しい顔をして一冊の冊子を見せた。

 

 表紙で解るが、メスメルが以前目を通した事があるものである。坩堝の騎士が扱う祈祷と、角人が操る力を考察した学徒のレポートだろう。

 カーリアが王家として統べる中、レアルカリアでは新たな教室が幾つか作られている。著名なのは初代学院長カロロスの彗星魔術を探求する教室と、教え子である双賢の魔術師が開いた、彗星と結晶の魔術を修める教室だ。

 現在は魔術師オリヴィニスが開いた、流星の魔術を学べる教室が最新であるはずで……モーゴットが持ち出してきた坩堝の諸相や神降ろしに関するレポートは、現行の教室を網羅した才媛、とある魔女が書いたレポートの写しだったはずだ。魔女の名は確か、雪の魔女レナ……だったか?

 雪の魔女は青い肌と四本の腕を持つ異形だが、新たな魔術を見い出した事で蔑視をねじ伏せた。冬の魔術が完熟した暁には、新たな教室を開けるほどになるだろう――と、メスメルが文通しているレラーナの手紙に書いてあった。卓越した才幹はレナラとレラーナも認めるほどで、もし王女が生まれたら師に据えたいと姉は考えているようだ、と。

 

 レラーナとの文通。これは父から勧められたものであり、どういう意図があるのか今一掴みかねているものの、知性豊かなレラーナとの遣り取りは実りも多く、メスメルの側に不服はない。今度転送門で学院から訪ねてくるつもりらしいが……果たしてどのような用向きか、少し気になっている。

 

「これに書かれている神降ろしについて、御存知ならばお聞きしたい」

 

 モーゴットは雪の魔女のレポートの内容に不服があるのだろう。レポートの内容は角の戦士の業のみならず、巨人を宿敵としたザミェルの戦士の業にも言及し、自身の魔術を完成させる為の考察を書き連ねた散文だったからだ。自身の角と血を活かそうと考えるモーゴットには物足りまい。

 

「私に聞かずとも、オルドビスやシルリアにでも聞けばよかろう。彼らの方が私より遥かに詳しい」

「訊ねました。しかし、父上に教えを禁ずると命じられたようです」

「父に禁じられていると知ってなお探求するのか?」

 

 そう訊くと、まだ少年の齢にも達しておらぬのに英邁であるモーゴットは、ばつが悪そうに目を逸らした。しかしメスメルは、何も咎めるつもりで訊ねたのではない。薄く笑み、モーゴットの持つレポートを取り上げてザッと目を通しながら、彼はモーゴットへと確認の意図を込めて言った。

 

「お前は祈祷にて神降ろしを再現したいのだったな」

「……は。どうしてもという訳ではありませぬが、叶ったなら大きな力になるのではないかと」

「悪くない着眼点だ。知り得る限りの事を教示してやるのも吝かではないが、これは独学で成せるものではないな。父やオルドビスらが渋るなら、潔く諦めておいた方が賢明だろう」

「なにゆえでしょう」

 

 食い下がるモーゴットの顔は、玩具を取り上げられた子供のようで年相応に見える。薄い笑みを口元に佩いたメスメルは、できる限り真摯に諭した。

 

「私も文献でしか知らぬが……」

 

 言いかけ、脳裏に過ぎる記憶の断片。父と母が揃って自身を囲み、語っている光景……自分の見たものではない、これはゴッドウィンの記憶か?

 母が語る、角人への復讐の誓い。自らの手で殺戮せんと欲する、未だ神ならぬ身であった母は父に訊ね、父は騎士に聞いてきたと語った角の戦士の力。

 紛れ込んでいた記憶の欠片は、重大な秘密に繋がる端緒である予感を覚えつつも、メスメルは出来るだけ自然にモーゴットへ伝えた。

 

「……神降ろしは自然現象を擬神化し、自らの肉体に宿す業だ。角を触媒に、肉体を自然という神を宿す器と規定する故に、神降ろしを行なった者の自我は限りなく薄まるらしい。父が学びを禁じている訳はそこにあるのだろう、モーゴットが我を持たぬ傀儡に落ちる危険があると考えているのかもしれぬ」

「ならば……私のこれは、徒労でしかなかったのですな」

「いや、そうとも言い切れん。モーゴットよ、お前は私が何者であるか知っているだろう? お前自身が意のままに操れる傀儡を持てたなら、神降ろしの原理を利し、自然の力を間接的に操れる可能性はある。自然ではなくお前自身の意志を傀儡、もしくは分身に降ろすといったアプローチもいいかもしれん」

「……! 参考になりました。御助言、感謝致す」

「ああ。励むのはいいが、あまり根を詰め過ぎるな。お前は限度を弁えているだろうが、モーグが真似をして倒れては後味が悪かろう」

「確かに。アレは些か一本気が強すぎる、自制を覚えねばいつか仇となりそうですな」

 

 お前が言うなとメスメルは思ったが、わざわざ口に出したりはしない。

 モーゴットはモーグに対抗心を持っている。父は自分よりもモーグに厳しくするようになり、それを寵愛だと受け取ったらしいのだ。故にモーグを引き合いに出せばすんなり納得してしまう。

 兄弟仲は悪くない。特別良くもないが、一般的な親密度だろう。双子という事もあり、健全な対抗意識があるだけだ。モーゴットはお時間を頂き感謝致すと述べ、礼を示して離れていった。

 メスメルが探るのは、黄金樹に関する文献だ。母が提唱した黄金律原理主義……これを追求していけば、やがて自身に足らぬ何かが見つかるはずだと考えたのである。しかし下手に名前を出したせいなのだろうか、末っ子のモーグが柳眉を逆立て如何にも不機嫌そうにやってきた。噂をすれば影という奴だ。

 

「兄上! これはいったいどういう事か、お訊ねさせて頂きたい!」

「そうも猛るとは珍しいな、モーグ。何事だ?」

 

 邪魔をされているのに気を悪くした様子もなく、メスメルは血を分けた弟が怒りの形相を浮かべているのを訝しむ。凄まじい剣幕は温厚なモーグに相応しくなく、見た目通りの悪鬼のようだ。

 彼が握り締めているのは見覚えのない文献である。モーグは青く、幼い正義感を燃やして皺だらけにしてしまっている文献を兄に突き出した。

 

「学院にて生み出された、このしろがね人という者の事です! 兄上は御存知ないのですかッ」

「しろがね人? 聞き覚えがないな……見せてみよ」

 

 受け取り、目を通したメスメルは眉を顰めた。

 

 曰く、人造人間。魔術師による人体実験の為に生み出された下等生物。波紋というメスメルも知らぬ概念を起源として設計され、被差別階級であり、あらゆる生命に劣る存在だという。

 誰が生み出したかは不明だ。満月の女王レナラが仁君ならばしろがね人を憐れみ、差別を行なう事などないだろうが……他の人間全てがそうである訳ではない。しろがね人の製造を禁じられたとしても、便利な実験体になるなら禁忌を犯す者は絶える事なく現れ続けるはずだ。

 虐げる為だけに生み出された者。記憶に残る優しい母ならば、きっとしろがね人を保護し、守ろうとしてくれるはずだ。しかし父は駄目だろう。興味がないの一言で片付けてしまう。護りたければ自分でやれと淡白に切って捨てる様が目に浮かぶ。母になんとかしてしろがね人の存在を伝えたならば……。

 

 ――いや。

 

 統治に心血を注ぐ母が、盟友の支配下で起きた不祥事を把握していないとは思えない。

 まさか知っていて放置しているのか? あの……慈悲深い母が?

 

「………」

 

 実物と扱いの実態を見た訳ではない為か、不快感を感じはしても憤ってはいない。視野が狭まい見方をしていたのを自覚し、メスメルは深呼吸をした。

 実際問題ほとんど実権らしい実権を持たぬメスメル達に出来る事は少ない。やれるとするなら視察と称してレアルカリアに赴き、実態を把握して問題提起するぐらいだ。母がゴッドウィンの記憶にある通りの人なら、なんらかの手を打ってくれるはず。もし手を打たないようなら……これ以上は不遜か。

 メスメルは文献をモーグに返し、新たに生じた疑惑を秘めながら自身の考えを伝えた。

 

「……」

 

 モーグは悔しそうに俯き、唇を噛みしめる。仁君の素質がある彼は、生まれ持った性質からして、学びを得ずともこうした不道徳が肌に合わぬのだろう。メスメルとて愉快ではない。モーグの双子の兄モーゴットも不愉快だと言うだろう。故にメスメルは弟の為に一つの方策を伝える事にした。

 

「モーグよ、お前がしろがね人の境遇を憂う気持ちは分かる。だが実態がこの通りとは限るまい。幸いというべきか、私は近日中にカーリアの王女レラーナ殿に面会する機会がある。彼女にしろがね人の件が事実であるか確かめ、まことであったなら私の考えを伝えよう」

「兄上の考え、でございますか」

「モーゴットやお前にはまだ来ていない話だが、私は近衛騎士と兵団……メスメル軍の創設が内示されている。私の兵の多くは父の軍から割かれ、近衛に関しては我が軍から見い出し抜擢する事になっているゆえ叶わぬが、お前自身の近衛や兵団としてしろがね人を起用すると喧伝すればよい。さすれば」

「――安住の地とおおやけの身分、保護を求めしろがね人が自ら逃れてくる! 流石は兄上、その深謀遠慮に感服致しました!」

 

 繰り返すがしろがね人の実態の把握が先だからな、と苦笑しながら喜ぶモーグに言うも、メスメルは内心末弟の聡明さに舌を巻いていた。

 秀才であるモーゴットは、文武の実務に優れた才がある。しかしモーグは幼くして他者を思いやる心と政策を理解する頭脳があった。大器の片鱗を早くも見せるモーグの将来が楽しみだ。

 

 当然だが話はそう簡単ではあるまい。

 仮にも王子であるモーグに仕える者として、しろがね人が相応しいとは思えないと反対する声は上がるだろうし、しろがね人を製造した者が素直に手放すとも思えない。

 王配ラダゴンの補佐があるとはいえ、支配が盤石だとは言い切れぬ現状、配下の魔術師の反感を考えたなら、レナラも慎重な対応を余儀なくされるのは想像に難くなく……そして。

 

(母よ。貴女は知っているのか? そして……ゴッドウィン、我が半身。もしこの事を知っていて座視しているというなら……私は、どうすればよいのだ)

 

 神である母と、その嫡子として遇されるデミゴッドの半身。この二人の意向が一致していたなら、メスメルは逆らうことができない。自身がモーグに示した方策も容易に握り潰される。

 考えることは山積みだ。赤髪を掻き毟りたくなるも、腕に巻き付いてきた蛇を見て自制する。

 

「……友よ。諌めてくれて感謝する」

「………」

 

 細く息を吐き、蛇の下顎を撫でた。気持ち良さそうに目を細める蛇を愛しく思いながら、頭の中にある問題や疑問を整理していく。

 瞑目した。

 祝福の網膜が映す視界は、たとえ瞼を閉じていても暗闇はない。自身を蝕む深淵を封じ込める義眼は母からの愛の証だとメスメルは難く信じていた。

 だが……確かめねばならない。もし母が知っていてしろがね人を捨て置いているのなら、半身の記憶にある優しさが喪われている可能性を示唆することになってしまう。

 

 どうであれ、全ては確認した後の事。今は味方を増やすべきだとメスメルは思った。

 

 そして彼とは別の思惑の下、メスメルは思いもよらぬ味方を得る事になる。

 

「……父が私を呼んでいる?」

 

 後にメスメルの下に配属される事が決まっている騎士であり、近衛となる勇士クードとヒューが書斎に訪れてくるなり言ったのだ。ゴッドフレイ王がお呼びです、と。そして何用だと訝しむメスメルが父の許に向かうと、ゴッドフレイは何気なく言ったのである。

 

「メスメルよ。そろそろお前も女を知るべき歳になった。話は私がつけておいてやったぞ、カーリアの小娘……レラーナと契るがよい」

「……は?」

 

 端的過ぎる上に乱暴過ぎる命令だった。

 だがこれこそがメスメルにとって欠かせぬ味方との縁であり、運命だった。

 

 カーリアの王女レラーナ。彼女は後に双月の騎士、『メスメルの剣』と謳われる伴侶である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『カーリア王家、魔術学院レアルカリア』
 原作との相違点。
 1 黄金樹に臣従している。マリカはレナラを盟友と呼び後ろ盾になった。
 2 以上の関係上、リエーニエ戦役は起こっていない。
 3 レナラがマリカに与えられた役割を利用し、学院を乗っ取った為、女王になるのが本来よりもかなり早くなった。それに伴いレナラは未熟な少女王になっている。
 4 ラダゴンとレナラは恋愛結婚。ラダゴンが未熟なレナラを補佐し、カーリアによる支配構造の安定化が進んだ。苦労を分かち合っての婚姻である。
 5 原作の歴代学長は教室を開いた偉才だが、本作では学長を兼任する女王の下で、教室を開いた魔術師は師範になっている。
 6 原作に『魔女』とだけ記述のある学院の魔術師は、本作では雪の魔女レナとしている。原作ラニがモデルにした人形の姿(生身バージョン)
 7 モーグ。第一世代しろがね人の存在を知り憤る。
 8 レラーナ、『黄金』勢力との政略結婚を承服。本作ではメスメルの伴侶にして騎士になる。

 9 レラーナもカーリア乙女なので伴侶には例のブツを渡す。贈る月の大剣は……双月だから二刀一対の大剣かも。長槍と二刀一対の大剣を装備したメスメル……ちょっとイメージし辛いか。メスメルの火でエンチャントして二重属性にできたりするなら割とエグい。

 第一形態、長槍。第二形態、二刀一対の大剣で手数と魔法攻撃が増える。
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