今より俺はゴッドフレイ、戦士よ!   作:飴玉鉛

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まだ平和


ゴッドフレイの戦祭り 1/3

 

 

 

 

 

 

 くどいほど繰り返すが、ゴッドフレイは戦王である。

 

 故に治世の能は持ち得ず、戦士たるを捨てた心積もない為に新たな王道を学ぶ殊勝さもない。朋友の影響で早期に狭間の地に襲来した彼は、王たるを誓っても根本では黄金樹を拝する敬虔さを持ち合わせていないのだ。支配地の統治は臣下に丸投げし、如何にして平時に付き纏う暇を潰すかばかり考えていた。

 兵を鍛え、騎士を練磨し、息子達に訓練を課す。悪くないが流石に飽きた。ではどうしようかと考えたゴッドフレイは、宰相セローシュに献策を命じ、黄金獅子は呆れながらも王に意見する。

 黄金律に膝を折った者、迎合せぬ者を問わず各地より戦士を募り、祭りを催すべし。数多の戦士を戦の舞台に上げ、優れた力量を見せた者を登用したならば、王の無聊を慰めると同時に戦力が充実するはずだと。趣味と実益を両立した素晴らしい意見にゴッドフレイは満足し、ではそのようにしようと頷いた。

 

「――私も件の戦祭りに加われ、と?」

 

 転送門により訪れたカーリアの王女、レラーナは玉座に座るゴッドフレイの眼前に跪いたまま、些か困惑しつつ反駁した。髪や髭に白いものが混じりはじめた戦王はニヤリと笑って応じる。

 

「はじめに断っておくが、これは建前だ。我が軍にはレアルカリアの力を侮る者も多い。所詮は書生の集まり、対等な同盟など片腹痛いとな。いっそカーリアを叩き潰し、リエーニエを実効支配するべきだという声がないでもない。故にカーリアの王女が直々に力を示す場をくれてやろうというのだ」

「……では、本音は?」

「久方ぶりに会った小娘が、どれほど腕を磨いたか気になってな。謂わば余興だ」

「……ハァ。威厳ある王者になられたと感嘆しておりましたのに、御身は昔にお会いした時から変わっておられませんね」

 

 レラーナは白銀の甲冑を纏い、瑠璃青のマントを巻いている。通常なら礼服を着込んでおくべきであるが、ゴッドフレイと面識のある彼女は、戦王に謁見するならこの格好であるべきだと判断したのだろう。果たしてゴッドフレイは女騎士の出で立ちに感心し、香る武威に食指が動いていた。

 黄金獅子を背負っていなければ、腕試しと称して襲い掛かっていたかもしれない。それほどまでに王女レラーナからは強烈な武の気配が滲み出ているのである。強者であると本能で嗅ぎ取っている戦王はいたく機嫌を良くしており、レラーナの皮肉も笑って受け流していた。

 

 仮にも客人である自分に、こんな提案をしてくるゴッドフレイに、レラーナは兜の中で苦笑いを浮かべている。彼女は何年も前にゴッドフレイと遭遇した時から、万一『黄金』と戦う事になった場合を想定して練武に励んできた。仮想敵は言うまでもなく最強の王ゴッドフレイである。

 こうして玉座の間に通され、ゴッドフレイの姿を久し振りに見た時は、彼女は戦王の威厳に圧倒されていた。獅子を背負い、重厚な存在感に静謐が伴って――嘗てより強くなっていると感じていたのである。戦王本人は弱体化したと自嘲しているが、そんな事はないとレラーナは思う。

 今までの鍛錬で長年仮想敵としてきたゴッドフレイは、レラーナにとって半ば憧れの存在だったと言えなくもないかもしれない。故に彼から強者として認められているのを感じてレラーナも満更ではなく……戦王の言う余興は、彼女としても望むところではあった。

 

 侮られているのなら、彼らの流儀に沿って実力を示そう。

 

 レラーナは、ゴッドフレイの眼前に侍る幾人もの騎士達を横目に見渡した。

 錚々たる顔触れだ。名高きゴッドフレイ軍の中でも英雄として名を馳せる猛者揃いである。

 坩堝の騎士なら大槌のデボニア、大剣のオルドビス、樹槍のシルリア。ローデイル騎士なら大盾と大槌を扱う豪傑アンドレアス、長槍を持つクリストフ、頭角を現しはじめた女騎士ルーテル、鉄壁の盾で仲間を護るナイトハルト。彼らは戦王の課した練磨を突破し、重く遇されるまでに至った勇士だった。

 戦王が興味を示した王女レラーナを品定めしようと、不躾な視線を投げかける彼らは、カーリア騎士筆頭である彼女の目を通して見ても、自慢の同胞達に何ら見劣りしないと判じられた。

 

(『黄金』の英雄達が居並ぶと壮観だな。ラダゴン殿ほどではないだろうが、戦ったなら苦戦を余儀なくされるのは想像に難くない。ここにゴッドフレイ王を筆頭に、ゴッドウィン殿、マリカ様が加わるとなれば……やはり盟約を護り続ける姉上の判断は誤りではなかった)

 

 断崖の城を守護していた嵐の騎士達は、彼らと互角に渡り合ったというが、メスメルの火により嵐の加護を焼かれ、ゴッドフレイに首領を討たれた事で失地騎士になったという。

 ゴッドフレイ軍と戦えば、レアルカリアも同じ轍を踏むことになる。レラーナは彼我の戦力差が絶望的だと知り、やはり彼らに侮られるのは危険だと認識した。

 ゴッドフレイは建前だと言ったが、とんでもない。レラーナがレアルカリアを代表して武威を示さぬと、『黄金』の中に『月』を軽んじる風潮が蔓延り、戦の火種になりかねないのだ。

 

「――承りました。ゴッドフレイ王の主催せし戦祭り、謹んで出場させて頂きます」

「よい返事だ。此度の余興には私の倅、メスメルも参加させる。対戦する事があったとしても手を抜く必要はない、容赦なく負かしてやってもよいぞ」

「戦祭りにメスメル卿が……?」

 

 予想外の名が出て、レラーナは一言では言い表せぬ心境になった。

 戦王から『深淵の蛇』と号された、冒涜的な火を操る貴公子。レラーナは彼の正体をレナラより伝え聞いている。レラーナとメスメルが政略による婚姻を結ぶという話を聞いたマリカが、転送門で極秘裏にレナラの許へ訪れて、重苦しい様子で教えてくれたというのだ。

 『アレは……メスメルは、我が愛息ゴッドウィンの分け身だ。迷惑を掛けてすまないと思うが、どうか気にかけてやってくれ。……私には、無理だ』と。

 幼いゴッドウィンを知り、触れ合った事がある身として、メスメルを放っておく事はできない。彼はレラーナを覚えていないかもしれないが、それでも昔は弟のように可愛がっていたのだ。

 婚姻はまだ結ばれていない。どころか、まだ会ってすらいない。しかし仮にも伴侶になる相手と公の場で試合を行なうというのは……常識的な感性を持つレラーナには少々の戸惑いを齎した。

 

 武を磨いた騎士として、わざと負けてやる心積など無い。やるからには勝つ心積でやるのが武人として、剣士として、そして騎士として当然の流儀であろう。ゴッドフレイは腹芸をするような人柄には見えなかった。負かしてやっていいと言うのなら、姉貴分として力量を示していいかもしれない。レラーナは努めて自身に言い聞かせ、戸惑いを押し殺した。

 

「併せて承知しました。名にしおうメスメル卿の火、目にする時を楽しみにしておきましょう」

 

 慣れない流儀にも出来る限り歩調を合わせようとする健気な王女に、ゴッドフレイは実に蛮族らしい想いを懐いて笑みを深める。

 

(倅よ。強き女を組み伏せ、我が物としてこそ一人前の戦士と言えよう。此度の宴、勝利したなら成人したと認めてやるぞ)

 

 王らしからぬ野蛮な思想だが、ゴッドフレイは自身の立派な父親ぶりにご満悦だった。

 とうのメスメルが知れば、白けた目をするだけであろうが。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 断崖の城を仮初の本拠としたゴッドフレイが出した布告に、応じる者は意外と多かった。

 

 此の地に覇を唱えるのが間近である『黄金』から、多数の猛者が参戦する武闘祭に参加して好成績を残したなら、今から黄金樹に迎合しても英雄として名を成せるという打算があるのだろう。

 純粋に名のある英雄と戦いたいという武人もいるであろうし、自らの力が何処まで通用するか試したい求道者もいる。あるいは『黄金』と戦う心積でいる者が、偵察の心積で身の上を隠し推参を表明しているかもしれない。リムグレイブ南部、啜り泣きの半島を領するモーンの城の戦士達がその一例だ。

 また『黄金』の内からも、強者を愛するゴッドフレイに実力を示し、厚遇を得ようという野心に燃える者も多く、果たして記念すべき第一回戦祭りは華々しい宴に相成るのが決まった。

 

 中でも熱烈に戦祭りへの参戦を望んだのは、カーリア女王の伴侶ラダゴンである。

 

 ゴッドフレイへの敬愛を隠しもしない彼は、優勝した暁にはゴッドフレイに挑戦したいと申し出ており、見方によっては異様な勢いに押され、戦王は珍しく苦笑いしながら受け入れたものだ。

 ラダゴンは妻であるレナラと第一子の幼きラダーンを連れ立っており、参戦の申し出を容れてくれたゴッドフレイに感謝する為に謁見して、挨拶の口上を述べていた。

 

「お久し振りでございます、偉大なるゴッドフレイ王。こうして拝謁の栄誉を賜ったこと、まこと光栄に思いますわ」

「公の場だ。壮健そうで何よりだ、とでも言っておこうか。我が伴侶マリカの盟友レナラよ。お前から漲る魔力とやら……正直言って見違えたぞ。敵に回したら楽しそうだな」

「うふふ、お戯れを。我が妹レラーナと御身の御子息が契ったなら、晴れて私もゴッドフレイ王の義娘となるのですよ? 敵に回るだなんて、そんなこと有り得ませんわ」

 

 楚々と微笑み戦の誘いを上品に躱したレナラの言に、ゴッドフレイは小さく鼻を鳴らした。

 自身が打珍した婚姻だったとはいえ、強力な前衛を従えたレナラと戦えないのは勿体ないと未練がましく思ったのだ。魔法使いとの交戦経験がほぼないと今更気づいてしまったのである。

 食べたことのない美食があり、それが手の届く位置にあるのに、触れられないのは生殺しだ。思惑を含め息子の為に結んだとも言える縁談だったが、もう少し後回しにしても良かったなと思う。

 と、そこでゴッドフレイは自身を見詰める熱い視線に気づいた。

 

 レナラとラダゴンの間に立つ赤髪の幼子である。歳の頃はモーゴット達より下だろうが、なんとなく惹かれるものを覚えてゴッドフレイは無意識に玉座から立ち上がった。

 

「どうなされた、ゴッドフレイ王?」

 

 ラダゴンが訝しむのを聞き流し、ゴッドフレイは幼児と目を合わせる。

 赤髪の英雄だけでなく、レナラも、居並ぶ騎士達も、そして戦王の背に在る黄金獅子もゴッドフレイの様子のおかしさに戸惑いはじめるが、一切を無視し戦王は赤髪の子を見据えていた。

 利発な瞳だ。本人の秘める才覚ゆえか、戦王の強さを肌で感じて興奮している。きらきらと目を輝かせて巨雄を見上げていて……ゴッドフレイは立ったまま誰何した。

 

「小僧、名は?」

「この子の名前ですか? この子は私達の第一子――」

「ラダーン」

 

 レナラが紹介しようとするのを遮る意図はなかっただろう。幼いラダーンはただ、戦王からの問いに自分で答えたかっただけだ。

 ラダーンはまだ複雑な論理を言語化する知能を獲得していない。答えられるのは名前と年齢ぐらいなものだろう。しかし、ラダーンは今日この日に目にした戦王の姿を忘れる事はなかった。

 凄まじく強い。それを溢れんばかりの才覚で確信し、無垢に、純粋に憧れただけの話である。

 ゴッドフレイは頷き、自らが立ち上がっていたことに気づくと、どっかりと玉座に座り直した。なぜ自身が無意識に立ってしまったのか判じられず、誤魔化すようにラダゴンとレナラへ言う。

 

「ラダーンか。……ラダゴン、そしてレナラよ。よい名をつけてやったものだな」

「お褒めの言葉、有り難く頂戴致す」

「ああ。お前から受け継いだ赤髪、勇ましく映る。ゆくゆくは比類無き戦士になるやもしれぬな」

 

 言いながらもゴッドフレイの目はラダーンに据えられたままだった。

 惹かれる。なぜだか、無性に胸が痛い。ぐつぐつと滾り始めた戦意が抑え難く、黄金獅子は力を振り絞って小さく唸った。なんとか抑え込めた、と。

 冷静さを保てたゴッドフレイは、自らの肩に置かれたセローシュの手を労るように叩く。忠実に仕えてくれる獣王に、無駄な手間を掛けさせた事は流石に自覚したのだ。

 すまんな、と小声で詫びた。自分でもなぜこんな小僧を見てしまったのか、解せずにいたゆえに若干の申し訳なさを覚えてしまっていた。

 

「……戦祭りまで今暫し時がある。レナラ、ラダゴン、そしてラダーン。こんな城でもよければ寛いでいけ。今度は戦祭りの時にでも会おう。ラダゴン、お前からの挑戦楽しみに待っているぞ」

「ご期待に添えるよう全霊を振り絞りましょう。次は挑戦者として御身の前に立たせて頂く」

 

 爽やかに笑み、ラダゴンは英雄らしく堂々と返した。

 女らしい激情を持つマリカの分け身にしては明朗快活で、少し面白く感じてしまう。今頃ローデイルでふんぞり返っているであろうマリカを想い、ゴッドフレイは可笑しくなって笑みを湛えた。

 

 ――謁見は終わった。

 

 カーリア女王一家が来訪し、王配が武闘祭に参戦する事になって幾時か後。戦王は頃合いを見計らって、何を考えてか本の虫と化していた倅を呼び出し、女騎士と引き合わせる事にした。

 せっかく縁談を纏めてやったのだ、我が倅なら遅くとも今夜には抱くだろうと思ったのだが……メスメルは蛮地の王の倅らしくなく、奥ゆかしい性分だったらしい。文を通じて遣り取りをしていただけでは不足として、レラーナとの交流に勤しんでばかりで褥に連れ込む事をしなかった。

 

 もしや倅は、もう一人の倅から分かたれた時に、胤を一つも分け与えられなかったのか? ゴッドフレイは貴公子の奥手ぶりが心配になった。自分ならもうヤッている。

 

「メスメルよ。お前はもしや……いや、すまん、なんでもない」

「……? らしくないな。そのように歯切れが悪いのは」

 

 食事時、レラーナと同伴して来たメスメルは、モーゴットとモーグが兄の伴侶になる予定の女が気になってチラチラと見ているのを尻目に、ゴッドフレイのおかしな態度を訝しむ。

 ゴッドフレイにも情緒や配慮はある。女の前で言うことではないなと、男の情けで暈したのだ。

 

「……負けるなよ」

「戦祭りか? であれば、私も負ける心積はない。案ずるな、私が勝つ」

「フフフ……勇ましいな、婚約者殿? 一回りも年下の殿方に恥を掻かせるのは忍びないが、可愛い甥や姉上の手前、無様を晒すわけにもいかない。悪いが私も勝ちを譲る気はないぞ」

「身内の手前と言うなら、私にも弟達がいる。互いに負けられぬ想いがあるならば、後は自らの力量の差で勝敗は決しよう。試合で当たるのが楽しみだ、レラーナ殿」

「呼び捨てでいいと言っただろう? 伴侶になる者に敬称をつけられては距離を感じてしまう。私も家庭を持つのなら、姉上のように睦まじきものを築きたいんだ」

 

 ゴッドフレイの含意は伝わらず、しっかり勘違いされたまま二人は打ち解けていた。

 

 武に励み、文に学ぶ、自己研鑽に余念がない二人は馬が合うのだろう。今のレラーナは、昔に触れ合ったゴッドウィンの面影をメスメルに見て、勝手に昔馴染の姉貴分を気取っているが、そのうち真の意味でメスメル本人を見て接していくことになる――が、ゴッドフレイにはどうでもよいことだ。

 何やら順調に仲を深めていっている様子の若き男女に、戦王は自らの青春時代を思い返す。奪い殺し焼いて潰して犯して笑う、そんな蛮地で戦いだけを希求して、対等に渡り合える朋友を得て何度も殺し合った青春時代……育った環境、置かれた身分が違えばこうなるのが普通なのか、とゴッドフレイは唸る。

 文明的で理性的、理想的な交際をはじめている倅と小娘を見て、ジェネレーションギャップを感じているのだろう。ゴッドフレイはなんだか急に老け込んでしまいそうな気がして頭を掻く。

 

 マリカに会いに行こう。ゴッドフレイは戦祭りの準備期間はローデイルで過ごすことにした。健全な若人の交流を見るのは、なんだかとても辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『ゴッドフレイの戦祭り』
 ジェーレンが主催する、ラダーンを弔う為の戦祭りとは全然違う祭典。原作にはないが、あっても違和感は無いと思われる。各地から猛者を集め、最も強い戦士を決める天○一武○会。
 参加者は名のある騎士達、流浪の武人、王の私生児、カーリアの王女。今後も連綿と受け継がれ伝統行事になる。後の戦祭りにはラダゴンや、伝説の遺灰として残る戦士(生前)が参加したり、更に時が下ればラダーンやガイウスなども参加するかもしれない。
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