黒き剣。そう仇名される以前のマリケスは、仕える主の影であれという影従の在り方に沿い、身の丈ほどもある漆黒の大剣を携えていた。
特別な大剣は屈強なるマリケスの膂力に耐えられる業物。纏う黒鎧とも合わさり、あらゆる駿馬をも置き去りにする速さで地を駆けるマリケスは、さながら大地を分かつ黒い影のようである。
彼は全力だった。急遽主を定められ、仕える主が危地にある故に救い出せと厳命されたからだ。主の下に急行し、救う為にマリケスは余力も意識する事なく疾走して――困惑させられる。
角人という、肉体のいずこかに角を表す人種が此度の敵だ。だが彼が駆けつけた時には既に角人の集落は壊滅し、建造物は軒並み倒壊して、生存者はおらず見渡す限り死体しかなかった。
あたかも山のような巨体を誇る火の巨人が襲来し、大地を均したかのような有り様である。マリケスは新たな脅威が主の囚われた村を襲ったのだと判断し、鋭敏な嗅覚を活かして主の匂い、厳密には彼が仕える主の律の気配を探って集落の外れにある小屋へ向かった。
するとマリケスの接近に気づいたかのように、二人の男女が表へ出てきた。彼らに遅れて恐る恐る出てきた女達は歯牙にも掛けず、マリケスは強い風で黄金の髪を揺らめかせる女を見る。
間違いない。彼女がマリケスの主であるマリカだ。次代の神の資格にして神の印、律の気配を彼女から感じられる。黄金樹、ひいては大いなる意志より遣わされた影従が、あの偉大な神聖さを見誤る事はない。見たところ自由の身であり、人質にされている様子はなかった。
続いて見たのはマリケスに匹敵する巨躯の漢。身に纏う衣は腰にしがみつく粗布のみで、履き物だけが頑丈なブーツである。ほとんど裸の彼は蛮人であるが、発される風格は英雄そのもの。尋常ならざる力の波動を感じ、戦えば死を覚悟せねばならぬと戦士としての勘が告げた。
しかし、マリケスは警戒を解く。
なぜなら英雄の瞳は黄金樹に祝された光を宿しているのだ。
彼もまた導きを受けてマリカの救出に駆けつけ、紙一重の差でマリケスに先んじたのだろう。
この戦士は味方だ。マリカの敵がマリケスの敵であり、彼女の味方は同胞である。獣らしい単純さで明快に断じたマリケスは、大剣を下ろしてマリカの許へ向かい、跪こうとして――瞬間、自身を貫いた殺気に反応し、咄嗟に大剣を盾にして奇襲を防いだ。流石は二本指が母を謀り引き出した最強の影従、凄まじい反応速度だと言うべきだろう。だが、防ぎ切れぬ。
防いだ大剣の上から伝わる衝撃はマリケスの顔面を強かに打ち据え、彼は顔を跳ね上げられた。のみならずマリケスの巨体が吹き飛ばされ、本能的に身を捻って大剣を地面に突き刺す。大地を割りながら大きく後ずさり、体勢を整えたマリケスの両手は痺れてしまっていた。強烈な衝撃だ、戦士としての意地がなければ大剣を手放してしまっていただろう。気を抜いたばかりに晒した隙を突かれた影従マリケスは、自身を奇襲した巨漢に対し敵意を向ける。
「な、何をしている……?」
「案ずるな、こんなものは挨拶代わりよ。めでたいではないか、最初に邂逅した者は、どうやら弱卒ではないようだぞ」
自身を睨み、戦闘態勢に移ったマリケスに対して、骨太に笑った豪傑は自らの蛮行に戸惑うマリカへ彼なりの祝辞を述べた。
マリケスを襲ったのは、神殿の柱とも見紛う野太い脚だ。英雄はマリケスの力量を見る為に、不意打ち気味に前蹴りを放ったのである。
本気で殺すつもりだったなら、彼は蹴るのではなく地を踏む。生じさせた衝撃波と、割れた地面の乱杭歯で敵を怯ませ、渾身の拳打を打ち込んでいた。それをしない時点で、彼の言う挨拶代わりは本心からの言葉である。とはいえそれは蛮人の作法、そんなものを知らぬ獣は牙を剥き出しにした。
「……お主、挨拶代わりと言ったな。我に先んじ主マリカを救い出した功は見事だが、マリカに付き従うには品性が足らぬと見える」
司祭に身を窶す以前のマリケスは、純然たる戦士であった。
即ち、舐められたら殺す精神の持ち主である。
今この時が、マリケスが最も獰猛だった時期なのだ。
思いのほか気が合いそうな獣人の挑発に、ゴッドフレイはますます笑みを深めた。
「付き従う? お前にはこの俺が、他者に傅く犬っころに見えているのか。あてが外れたな、生憎と俺にはマリカへ仕える使命はない。あったとしても知ったことではないわ。出遅れておきながら忠犬面をするのは結構だがな、俺を犬と同列に扱うでない。……ああ、何やら獣臭いと思ったが……自らが犬であるなら無理もないな?」
「吠えるな、蛮人。どうせ吠えるならワンと鳴けばよかろう。躾のなっていない犬にはまず、上下関係から叩き込む必要がある……お主には地べたに這いつくばった姿がお似合いだ」
言葉を弄するのは嫌うが、戦いの前の口舌は好ましい。謂わば闘争という愉しみに至る前の前戯であるからだ。マリケスが応じると俄然、戦意が高まる。
いいな、と英雄ゴッドフレイは思った。戦士同士の対峙とはこうでなければならぬ。思えば最初にして最高の好敵手とも、暇さえあれば殺し合ったものであり、積年の決着をつけるまでにつけられた多くの傷は誉れとなったものだ。この獣人とは轡を並べる事になりそうだが、やはり戦士であるならば互いの力を見せ合った方がいいだろう。
どちらが強く、どちらが弱いか。朋友は終始互角以上に戦ってくれたが、この戦士はどうだ。気になる……神話の戦士の本領を是非とも魅せてほしい。英雄ゴッドフレイは血気盛んだ、強者を見ると血潮が滾りだしてしまって抑えようがない。周囲を囲む水槽に血の気という水が注がれて、今に溢れて激突しそう剣呑さが両者から発された。
しかし災いに等しい戦意の充謐に、怯え始めた巫女達を庇ってマリカが前へ出る。
「やめろ、ゴッドフレイ。それに……獣人よ、お前は私達を救いに来てくれたのだろう。ここには私の他にも大切な同胞がいる、彼女達を巻き込み危険に晒すような真似はしてくれるな」
「………」
「………」
マリカの仲裁を受け、マリケスの戦意が急速に萎びれていく。ゴッドフレイはそれを見て大きな鼻息を漏らした。女には分からんか、この滾りが、と。
「白けた。獣人の戦士よ、一旦ここは分けておくぞ。強き者と肩を並べるのもまた戦士の誉れ、お前を我が同志と認める故、今はこの手を取るがよいわ」
ゴッドフレイは渋々対応を切り替えた。厳つい貌に愛想の一つも浮かべぬまま、握手を求めて手を差し出す。握手とは、彼に多大な影響を与えた朋友から伝聞した文化。ゴッドフレイはこれを主に和解の儀として使う。マリケスはこの文化を知らなかったが、手を差し出された意図は察した。
気に食わぬ。腹の虫が鎮まらぬ。主の命があるとはいえ、やられたまま矛を収めて引き下がれば、どうにもこの英雄への隔意を捨てられない。マリケスは実直な戦士だった、故に同胞には誠実でありたいという思いがあり、あらゆる意味で借りを作るのをよしとはできなかった。
為に、マリケスはゴッドフレイの差し出した手を取った。そして彼の目を見て告げる。
「……どうあれ、一発は一発だろう」
「然り」
ギチリと握り締められた手を、力を込めて握り返したゴッドフレイは嬉しそうだった。マリケスの意図が正確に伝わったのだ。握手をしたのとは反対の手で、マリケスは拳を作る。そして勢いよく振りかぶって、避ける素振りもないゴッドフレイの顔面に叩きつけた。
衝撃波が生じるほどの威力に、ゴッドフレイの顔面が跳ね上がる。異文化交流を目の当たりにした巫女達は呆気にとられ、マリカも理解不能な交流に呆然とする。貌を正面に戻し、鼻血を垂らしたゴッドフレイが男臭く笑った。笑って、握手をしたままマリケスの肩を叩く。
「臓腑に響く、よき拳だ。堪能したぞ、戦士よ」
「……」
「俺はゴッドフレイ、お前は」
「……我はマリケス」
「その力こそ強者の故よ。戦士マリケス、お前と肩を並べる事を恥とはせぬ、共に往こうぞ」
手を離し、賛辞を贈ったゴッドフレイにそっぽを向いたマリケスは、今度こそ主の許へ歩み寄る。
見上げんばかりの獣人が跪くと、マリカは渋い貌をした。太古より男同士の遣り取りで置いてけぼりにされた女は、総じて面白くない気持ちになる。マリカも例外ではなかった。
「マリカよ。我は貴女に仕えるべく、大いなる意志に遣わされた影。如何なる困難があろうと、我は貴女と共に黄金樹へ至る路を歩み、立ちはだかる悉くを討ち果たそう。その身が偉大なるエルデンリングへ
「……誓いは受ける。受けるが」
マリカは腰に手をあてて嘆息した。そしてあてつけのように言う。
「たった今お前が手を上げたのは、私の王だ」
「――――」
主の指摘を受け、マリケスは兜の上からでも分かるほど露骨に貌を顰めた。
振り返った獣人が自身を見るのに、ゴッドフレイはニヤニヤと嫌味を含んで笑いかける。
マリケスはやはり気に食わぬと内心溢し、彼らの様子に呆れたマリカは額を押さえた。しかし、どうにも嫌いではない。見掛けによらぬゴッドフレイの意地悪さもなんとなく可愛かった。
マリカの男の趣味は独創的で、子供の喧嘩みたいな雰囲気は愛おしくすら感じる。
「……はぁ。マリケス、だったな。お前は神人だったらしい私に仕える影なのだろう。なら大いなる意志の意図も把握しているはずだな? 色々と聞きたい事がある、話してもらうぞ」
「御意」
「だがその前に」
マリカは姉妹同然の巫女達を振り返る。
「彼女達を、私達の故郷まで送り届けてくれ。話は道すがら聞く」
† † † † † † † †
マリケスの話を聞いたマリカは予感する。
過酷な旅に、そして戦いになるだろう、と。
敗けて死ぬか、勝って永遠となるかは、自分次第なのだ。
のしかかる重圧に口を閉ざしたマリカは、巫女達と共に故郷を目指す。
――途上、偶然にも馬群を見掛けた。
丁度よい、旅慣れぬ女達は足手まといだった。あの馬を捕まえて足代わりにしてしまえ。ゴッドフレイがそう思って近寄ると、なんと馬群は自ら寄ってきた。馬は臆病な生き物である、なのに素直に従属してきた様にゴッドフレイは怪訝さを覚える。
よく見れば、馬の頭に牛のような角が生えているではないか。これはなんだと戸惑っていると、マリカが目を瞬きながら言った。
「珍しい……それは霊馬だ。まさか実物を目にする時が来ようとは……」
群れを率いていた一頭だけで、残りは普通の馬だった。唯一の霊馬はゴッドフレイを気に入ったようではあったものの、マリカの方をより気に入ったらしく、鼻を押し付けて懐いてしまった。
普通の馬達を巫女達へ回しながら、ゴッドフレイはマリカへ言う。それは良き馬だ、どうせならお前のものにしてしまえ、と。頷いたマリカは、霊馬の首筋を撫でてやりながら思案した。
やがて閃いたのか、彼女は霊馬の耳元で囁く。
「……
霊馬はその名を受け入れたらしい。彼女が祭具として身に着けていた指輪を見詰めると、マリカは驚いてしまう。自身の指輪が霊馬を呼び出す依代になったのを感じたからだ。
幸先が良い。なんとも愛くるしい霊馬に乗ったマリカは、嘶くトレントの背中の上で、隣を大股で歩く王を見遣る。そして微笑んでしまった。
「どうした」
「いや……」
視線を気取られ、ゴッドフレイに訊ねられたマリカは曖昧に濁す。
照れくさかったからだ。
次代の神を目指す旅と戦いは、闘争を知らぬマリカにとって、大きな不安を齎している。
しかし、傍らにこの男がいると、不安なんて消えてしまった。
頼もしいのだ。そう感じた事を口にするのが恥ずかしく、マリカはそっぽを向く。
視線を転じた先にあった黄金樹の輝きは、まるで自分達を包み込んでいるかのようで――マリカは改めて自身の運命を想った。
私は神になる。絶対に。
dlcの霊馬に乗ったミケラの図は、マリカに挿げ替えても違和感がない
トレントがマリカの愛馬だったなら、魔女ラニが褪せ人に会いに来たのも、メリナがトレントに乗っていたのも説明がつく気がする
ミケラらしき人が乗ってた霊馬は、霊体ゆえにトレントの分け身としてマリカに与えられたもの、ということにしてもいいのではないか
そんな感じな本作の独自設定