むしゃりと齧りつき、強靭な歯と顎で引き千切るのは獣の肉。
蛮地に於いて広く好まれ、ゴッドフレイも好物とする勇者の肉塊だ。
見た目と名前で誤解されがちだが、この肉は勇者の肉を削ぎ取って作ったものではなく、勇者たる者が好んで食するが為に『勇者の肉塊』と呼ばれているだけである。
食えば腹の底へ精が溜まり、精がつくから力が漲る。精力とはすなわち活力だ。焚き火の前で座り込んでいるゴッドフレイは手製の肉塊を貪り尽くすと、獣骨を明後日の方へ投げ捨てた。
「――当座の目標は味方を増やす事でよいのか」
ゴッドフレイが腹拵えを済ませるのを待っていたわけではないが、確認の為に改めてマリケスが口を開く。唸るように言う彼は、焚き火を前に大剣を突き立て、片膝を立てて座っている。
焚き火を中心に、等分に距離を空けて座るのはゴッドフレイ、マリケス、そしてマリカだ。周囲に巫子達が神妙な顔をして座り、彼らの会議に耳を傾けている。ゴッドフレイはすぐにでも旅立とうとしたが、それを性急だと諌めたのがマリカである。今夜だけでも村に留まり、方針を固めようと言った。
故に場所は巫子の村である。本当なら室内で会議するべきだったが、生憎と巨体の持ち主であるマリケスとゴッドフレイが入れる家はなく、やむなく野外で今後の展望について話し合っている。
ゴッドフレイは無造作に蓄えている黒髭を撫で、この面子の中だと、闘争に関して自身が第一人者である事を自覚させられて憂鬱な気分を紛らわせた。
当たり前の話だった。言うまでもないことだ。なのにマリカもマリケスも、他の巫子達も含め、誰も具体的な戦略を練っていないのである。柄にもなく参謀めいて方針を固める己が滑稽だ。
「然り。規模こそ違うが、我らが着手するのは国興しだぞ。敵対する
「意外だな」
マリカが言う。本当に意外そうに、ゴッドフレイへ抱いた感想を口にした。
「貴方なら私とマリケス、そして自身のみで敵地に侵入し、首魁を討ち取ってしまうと思っていた。なのに先に味方を増やすべきだと提案するとは……正直言って、らしくないように見える」
「お前は俺をなんだと思っている。原始の闘争は確かに俺の本分だ、敵が宵眼だけなら俺が一人ででも潰しに行く。が、後に控える敵を見据え、国を興すなら長期的な計画を立てねばならん」
「なぜだ」
「戦士マリケス、問う前に自らの頭で考える癖をつけろ。俺は軍師の真似事をして、言葉を弄するのは好かん。……現状、経験の足りぬお前たちに要求するには無理があると分かっておるから教えてやるが……よいか、一人で戦い一人で死ぬのは戦士の理想だが、一族の為に確実な勝利を目的に据えるならば戦略に幅を作らねばならん。戦略の幅とは対応力の事だ。何が起きても防ぎ、予防し、潰せる選択肢の事を言う。そして戦略に幅を設けるには人手が不可欠だ」
「言わんとする事は分かる。だが味方を増やし、根拠地を作り、宵眼の女王の軍隊と相対して……急造の勢力で勝てるものなのか?」
「勝てずともよいのだ」
マリカとマリケスを見渡し、ゴッドフレイは渋い顔をしながら首を振り、倦怠感を吐き出す。
「要点は三つだ。味方を増やすのは今後の戦略に幅を作り、対応力を高める為である。直近の戦略の一つとして分かりやすく言うぞ。兵を集め従える事で、敵軍を引きつける事が出来よう。敵の本拠が手薄になるまで削れば、後はマリカの言うように我らだけで攻め込み、宵眼を討つのも容易になる。単純に勝率が上がるというわけだ」
「なるほど……残り二つは?」
「早くに味方となった者は信が置けよう? 我らが勝者になる事を前提で言うがな、勝ち馬に乗りに来た風見鶏は故あらば裏切る。そのような者を重臣として身辺に置くのは不愉快だぞ。そして信の置ける者とはすなわち、己が意のままに動かせる手足同然である。王として君臨するならそうした者も不可欠だ」
「……解らぬ。左様な面倒をせずとも、マリカが神となったなら、マリカの意を受け従わぬ者などおらぬだろう。従わぬなら排斥するのも容易なはずだ」
「戯け。知能まで獣同然か、マリケス。履き違えるなよ、俺が言っているのは『神に仕える者』ではなく『マリカに仕える者』を得ろという事だ。よいか、その二つは同意であろうが、立場に従い決断せねばならぬ時がマリカにも来よう。神として判断し、決断したマリカの心を支えてやれる者が不要な訳があるか?」
「ゴッドフレイ……」と、マリカはまたも感激する。巫子達もまた、姉に等しいマリカを慮るような事を言う英雄に感銘を受けていた。
が、ゴッドフレイの本心は違う。確かにマリカを気に入ってはいるが、こうまで肩入れしているような事を言っている真意は他にあった。
というのも、彼は生粋の知恵者や専門分野に秀でた賢者には劣るが、当たり前の事象を理解し、察し、悟る頭を持っている。要するに一勢力の長として持つべき視野の広さがあるだけだ。そしてその視野の中に、どうにも違和感が掠めているのである。
黄金の祝福は、黄金樹を指している。そこには宵眼の女王がいるという。
ならば宵眼の女王とやらは、既にエルデンリングを手に入れ、神として権能を発揮していなければおかしいではないか。敵戦力を分析するに、情報は不足しているものの、敵が神の力を行使できるならば二本指の跳梁を許すわけがないし、敵対する者を潰す為に有効な手立てを用意しているはずだろう。
それすらしない馬鹿で、驕り高ぶっている愚物であるなら無駄な心配だ。しかし実際に戦うまでに敵が弱いと決めつけては、それこそこちらが愚物に成り下がるし、誰よりも先に神座に近づいた宵眼の女王が馬鹿だとは思えない。ならば敵には何らかの理由で、神の本領を発揮できない訳があるのだろう。
ではその訳とは? 巫子の村に来るまでに、自覚はなさそうだがマリケスがその訳を話していた。宵眼の女王はなんと、自身を擁立してくれた三本指と反目し合っているというではないか。
なぜ? 神にならんと志した者が、その切っ掛けをくれて、擁立してくれた者となぜ対立する。たとえ三本指が目障りだろうと、はじめは諾々と従って、神になった後に三本指を排斥してしまえばよいだけの話だろう。なのになぜ、それをしない。ゴッドフレイにすら思いつく方法を、機を見るに素早く行動し神の座に近づいた女王が思いつかない訳がない。
ならば、なにかがあるのだ。神になる前に、三本指の影響力を削ごうとする訳が。そしてそれはそのままマリカにも同じことが言えるだろう。三本指と二本指は、元が同一存在だというなら。
先人がいるなら倣うべきである。
早い話が、ゴッドフレイは二本指の遣り口が気に食わぬのだ。直接姿を露わにして、直接支援するなら疑いもしなかっただろう。だが後見人気取りで一向に顔を出さず、盤上の駒を動かすような遣り方は率直に言って侮蔑に値した。ゴッドフレイは、フィクサー気取りの輩が嫌いなのだ。
故に、神ではなくマリカ個人に仕える者が要ると判断した。マリカだけでなく自身に仕える者も。話としてはそれだけの事であり、真意を隠してそれらしく話しているだけだった。
伊達に一族の長を張り、媚びへつらい、腹に一物を抱えている輩を見てきた訳ではなかった。
――もしもゴッドフレイが狭間の地に来たのが、マリカが神になって暫くしてからで、勢力が固められていたなら、彼は二本指に不信を抱いたりしなかっただろう。彼は王としての視野の広さを持ってはいるが、知恵に秀でた賢者というわけではないからだ。そして、自らが国興しに携わっていないなら、こうして真面目に知恵を絞りもしなかっただろう。
だが、零から始めるという環境ゆえに、蛮地を平らげた野生の生存戦略の経験値を出している。マリカが経験不足の身であり、頼りになる知恵袋が身近にいないからだ。
「最後の要点は、マリカの郎党である巫子共を守護する壁だ。拠点を設け、兵で守る。最初から無条件に信じられる者は無上の宝だ。これはなんとしても守らねばならん」
「道理だ。私はゴッドフレイの方針に賛成する。マリケスはどうだ?」
「……マリカの御意のままに」
「決まりだ」
マリカはゴッドフレイの立てた方針に感じ入り、何度も頷いて賛意を示す。そうするとマリケスが反論することはないが、マリカは彼のイエスマンぶりに特に何かを感じた様子はない。
ただ経験は不足していようともマリカは聡明である。ゴッドフレイの示す方針から、早くも彼から経験値を引き出し自身のものにしていた。柔軟に考え、早急に兵が必要だと理解したのだ。
そしてこうまで親身に考えてくれる王に、素直に甘えて頼り切りになるほど弱い女でもない。彼女は自らの王の戦略に応えるべく、血の巡りのよい頭脳を働かせた。そうして彼女は閃いた。
「……ゴッドフレイ、すぐにでも纏まった兵力を得られる策を思いついた」
「なんだと?」
「しかも、精鋭だと思う。貴方の意見が聞きたい、私の策を吟味してほしい」
「よかろう」
マリカは語る。
ゴッドフレイは彼女の話した策に、ニヤリと笑った。
「面白い」
賛成した彼に、マリカもまた笑みを返した。
彼女に自覚があるだろうか。マリカの美貌を彩っているのが、酷薄で残虐な色彩であるのを。
それは昏い感情の発露である。しかし、だからこそゴッドフレイは気に入った。
弱くなく、したたかで、狡猾な策略。これがただ卑劣なだけなら厭悪の念を抱くだろうが、彼女の策の根底にあるのは報復である。弱者の遣り口でも、復讐の為だというなら是としよう。
これは弱者が強者を蝕む謀。理があるなら、よしだ。
† † † † † † † †
マリカは大胆にも、ゴッドフレイのみを供として訪問していた。
身の上を明かすと門番は一族の長老へ取り次ぎ、長老達は彼女達を招き入れ丁重に扱った。奇妙なことだが、その地の者達にはマリカに対する無形の信頼がある。背景を想えば滑稽だが、彼らの側にはマリカへの隔意はなく、むしろ絶大な親しみを覚えているらしい。
その地は繁栄している。見事な建造物が立ち並び、上下の水道も整備され、巡回する戦士は屈強で治安も良い。住まう者も客人を見かけると友好的に微笑み、恭しく道を開けた。
先導する戦士の後ろを歩むゴッドフレイは感心していた。なるほど、道案内をする戦士一人だけでも、蛮地の勇者を十人束ねた力に匹敵する。まともに戦えば難儀するだろうな、と。
やがて通されたのは、彼らが神事を行う際に通る門の先。そこには数人の老人がいて、彼らの前にマリカは恭しく跪いた。
マリカは名乗る。自らが巫子の村の者であり、この世界の戦火を憂いた二本指に見い出され、律を手に入れたのだと。そして己は世界に平和を齎し、争いのない黄金の律を布こうとしていると。
巫子の話に長老達はひそひそと相談する。彼らは言った。貴殿が真に巫子であり、神人であるならその証を見せろ、と。マリカは頷き、両手を掲げた。すると彼女の足元に神々しい黄金の光の紋が広がり、大きな黄金樹の幻影が浮かんだではないか。それは癒やしの力を持っているらしく、幻影を見た長老達は嘘偽りではないと理解させられた。
マリカは彼らへ願う。
どうか自分に戦士たちを貸し与えてほしい、と。
自分と共に戦ってほしい、と。
長老達は皆と相談するから待ってくれと言った。ただ、前向きに受け止めているとも告げて。
マリカは頷き、ゴッドフレイを促して一度退室する。そして貴賓の客人の宿に案内され、そこで一日を過ごして。その間、マリカは一言も発さず、ゴッドフレイを見ようともしなかった。
翌日。
招待を受けたマリカは再度、同じ舞台前にやって来た。
そこで彼女は、長老達から協力の約束を受け取る。
選りすぐりの戦士を与える、と。
どうか貴女の往く道に同道し、聖戦をおこなう同志にさせてくれ、と。
マリカは涙を浮かべて歓喜し、精強な戦士達を与えてくれた長老達に感謝を伝える。
落涙する心優しき神人に、長老達――角人達は頻りに頷いていた。
ここは、塔の街ベルラート。
マリカの、巫子の、怨敵の都。
黄金の女神は残忍な心を胸中で結んだ。
(――精々、私の為に戦うが良い。果てに、ボロ雑巾のように捨ててやる)
対して、ゴッドフレイは思っていた。
(角人。坩堝の相、か。よき戦士達だ、生命力に溢れておるわ)
この日、マリカとゴッドフレイ達は、兵を得た。
一大の勢力を持つ角人という後ろ盾と共に。
戦の王ゴッドフレイ
軍師の真似事とかやりたくない。けどやれるのが自分しかいない。辛い。
奸婦マリカ
巫子の生まれを利用して仇に接近。巫子を善良であり、友好的な関係を築けていると思い込んでいる角人に嘲笑している。馬車馬みたいに酷使して、最後には捨てる。果てに裏切るのだ。そして嘲笑の末に滅ぼしてやる。
脳筋のマリケス
よく分からんがマリカがいいならそれでよし!
角人
マリカを裏切り者と言ってたし、ゴッドフレイは坩堝の騎士を従えてたし、マリカとは協力関係にあったんじゃないかな。で、裏切られた。そんで裏切られた後に坩堝の騎士は一部封牢に封じ込まれたり、散り散りになったと。そんで更に一部はゴッドフレイのカリスマに惚れて、マリカに裏切られてなおもついて行ったとか。そうなるとマリカの所業は酷いけど、残当ではある。