今より俺はゴッドフレイ、戦士よ!   作:飴玉鉛

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狂い出した歯車

 

 

 

 

 

 

 塔の街ベルラートへと赴き、首尾よく角人達から兵力の供与を受けたマリカは、彼らを指揮監督する統帥権をゴッドフレイに与えた。

 

 角人との協力関係の裏には、マリカのドス黒い悪意がある。故に角人らに軍の指揮権を握らせるつもりなど毛頭なく、かといってマリカやマリケス、他の巫子達に戦争経験者などいない。軍の指揮経験の持ち主がゴッドフレイしかいなかった為、彼に統帥権が渡るのも当然と言えば当然であった。

 塔の街から参戦した戦士達は、意外にもマリカの差配を文句の一つも垂れず受け入れる。彼らとしても新しき神たらんとする、『親愛なる』巫子が陣頭に立つ聖戦に加わるのだ。マリカはやがて自身達の上位者として君臨するであろう人物であるし、慎み深く敬虔な戦士達が不満を抱くことはなかった。

 

 とはいえ塔の守護者である自分達の上に立とうという者が、自身らより弱いかもしれないという不安はある。マリカの王だといっても、その力量を確かめたくなるのが人情というものだ。故に彼らは自分達を指揮する者、ゴッドフレイの力を試したいと言上し、マリカはそれを容れた。

 

「終いだな。巫子共、治してやれ」

 

 ――果たして、ゴッドフレイは自らに挑戦した者達を、残らず半殺しにしてしまう。

 

 パンパン、と手を叩いて土埃を払ったゴッドフレイは、欠伸を噛み殺して遠巻きに見守っていた巫子達に言う。憎き仇が自らの王に蹴散らされたのを見たマリカも内心ではご満悦だった。

 

 痛快だ。角人の中でも指折りの猛者であろう者らが、赤子の手を捻るように捻じ伏せられる様は、暇さえあれば何度でも見てみたい。思い知れ穢れた生命よ、貴様らなど所詮その程度なのだ。

 

 四肢のいずれかを折られ、強烈に殴りつけられ昏倒したのは、塔の守護者の中でも神獣獅子舞を除けば最高位に位置する勇者達である。

 角人の誇る神獣の戦士たる彼らの名はデボニア、オルドビス、シルリアだ。『勇人』の座には届かずとも候補には選ばれた角の戦士であり、彼らの力量は狭間の地広しといえど敵う者は少ない筈で……だからこそ彼らが手も足も出ず、容易く倒される様を見た角人の戦士達はゴッドフレイの力に感服した。

 流石は次代の神に侍る王である。ともすると、二人の『勇人』が扮する神獣獅子舞にも匹敵するのではないかと、彼らなりに最上級の敬意を持った。

 

 巫子達にとっても、ゴッドフレイは憧憬の対象となっている。

 

 角人とは全ての巫子達の恐怖の象徴であり、角の戦士やその上位者の神鳥戦士、神獣戦士などは話に聞くだけで腰砕けになりそうな者達である。

 そんな絶望的な存在を、彼女達の恩人であるゴッドフレイは、己が豪腕だけで特に苦戦する事もなく捻じ伏せた。互いに殺すつもりはなく、真髄を発揮してはいなかっただろうが、それでもその光景を目にした彼女達は、少なくともゴッドフレイさえいれば恐れる必要はないと理解する。

 本当なら近寄りたくもないが、ゴッドフレイがいるなら平気だ。巫子達は自らにそう言い聞かせながら、気絶してしまっているデボニア、シルリア、オルドビスの三名に祈祷の癒しを行う。

 

 ゴッドフレイはそちらを一顧だにしない。たった今相手にしてやった者達は確かに強かった。しかし彼が求める好敵手の水準に達しておらず、単なる腕試しでしかなかった戦いを反芻する気にはならなかったのだ。そんな事よりも今は、さっさと軍団を整理しなければならない。

 覇王は若々しい艶のある黒髭を撫でながら、相変わらずよく通る声で角人の戦士達に言った。

 

「ベルラートより来たりし戦士が百。その戦士を統率する神獣の戦士とやらが三。いきなり軍勢を寄越されても、今の我らに手勢を維持できるだけの兵站はない。ベルラートからの補充をあてにできるのも最初の内だけだ。であれば我らのするべきことは自明であろう」

 

 ゴッドフレイは角人らを見遣る。逞しい混じり角を冠とした兜を被り、古英雄の裸体を模した鎧の上に黄土色のストールを纏った戦士達は、超人的な武を有する英雄の言葉に耳を傾けた。

 神降ろしの業を持つ彼らは、本質的には力の信奉者である。神事として舞う獅子舞もまた、天候を操る神の御業を再現するものであり、大いなるもの、卓越したものを敬う傾向があった。

 為に、人の域にはないと見て取れる覇王の武に、角の戦士達は敬服と共に従うだろう。自身らを統率する長の示す言葉に、彼らは神経を傾けた。

 

「まずはこの地に我らの領地を得ようぞ。敵を討ち、人を集め、栄えさせる。敵方の地を切り取り、支配し、根を下ろすのだ」

「敵とはなんだ、マリカの王よ!」

 

 戦士の一人が声を上げた。ゴッドフレイはそちらを見ず、全体を見渡しながら応える。

 

「知れた事。マリカの宿敵、宵眼の女王が領するエンシスの城砦よ。これを攻め落とし、黄金樹があるアルター高原へ攻め入る橋頭堡とする。同時に我らの最初の拠点とするのだ」

 

 無から国を興すという事は、すなわち何処かを攻め、何かを奪い、誰かを支配するという事だ。その為に必要なのは敗者に有無も言わせぬ暴力である。

 大義名分などあってないようなもの。そんなものは後から高らかに謳い、賛同者を募り、反発する者を排斥してしまえば良い。マリカの見い出した黄金律とやらを受け入れる者を集めるのだ。

 ゴッドフレイは侵略者だ。攻め込み、支配し、奪い尽くす、暴虐者としてのスペシャリストである。後の小難しいことは勝手にしろ、と思っている。

 角人達は彼の宣言に反対はしなかった。角人らの繁栄する地、塔の街に近い城砦は、宵眼の女王がいつ軍備を整え侵攻してくるか解らぬ目の上のタンコブでもあったのだ。親愛なるマリカの手勢としてここを攻め落とし、彼女の領地とするなら、故郷の皆も安心するだろう。反対する理由がない。

 

「直後に周辺を平定する。近くに鍛冶遺跡とやらがあるのだろう、そこで我らの武装を整える」

「我らには鎧も、剣もある! そんなものは必要ないのではないか?」

「阿呆。お前達の纏う鎧兜は、ベルラートの戦士としての物であろうが。お前達はこれより俺と、マリカに従う尖兵だぞ。であれば――そう、()()()()()軍としての正装が必須である」

 

 ローデイル。それは、マリカが考えた自軍の名前。ゆくゆくは都を築き、完成した暁に、王都ローデイルと名付けよう――と、角人を利用する策を開陳した日の夜に話していた。

 軍には看板がいる。そして軍の看板とは旗と、鎧兜だ。そうしたものを揃えて、皆が同じ物を身に着ければ、必然的に一体感が生まれる。同じ集団への帰属意識と仲間意識が芽生える。ゴッドフレイは裸の王様だが、衣装による統一感が齎す『無意識の作用』を軽んじてはいなかった。

 

「心得ろ新生ローデイルの兵達よ! お前達はこれよりベルラートの守護者ではない! マリカと俺に従い我らの敵を討ち滅ぼす者だ! これより出陣するが、敗走は認めぬ。お前達の背には、お前達の親愛なる巫子共がいることを忘れるな! 負ければ、失う! 命も、尊厳も、宝もだ!」

 

 角人の戦士達はゴッドフレイの威に気圧された。吐き出される気炎に呑まれた。反論する言葉を見つける前に畳みかけられ、更に納得できる理由と守るべきものを提示され、思わずゴッドフレイが口にしたローデイルという名を受け入れてしまう。そして、一旦受け入れさせてしまえば後は簡単だった。

 

「出陣! 敵はエンシスに在る、敵の悉くを討ち滅ぼすぞ!」

 

 共に戦えばよい。戦士は知恵の巡りが良かろうとも、結局は根っこの部分は単純なのだ。共に戦う戦友となったなら、頭から疑って掛かろうという発想が湧きづらくなる。

 これがゴッドフレイが各地を侵略し、兵を徴用する手口の一つだった。敗者を吸収し、自分達のような蛮人と同じ略奪者としてしまうのである。

 

 おう、おう、おう! と叫喚するローデイルの兵達。事が片付き落ち着いた後は、奴らを坩堝の騎士とでも呼んでやろうと頭の片隅で思いつつ、ゴッドフレイは傍らのマリカへ囁いた。

 

「――マリカよ、暫し留守にする。戦が終わり次第に遣いを出す故、ゆるりと参るがよいわ」

「ああ。貴方の力を、遠くから魅せてもらおう」

 

 ワクワクしてきたのか、にこやかに、晴れやかに言うマリカへゴッドフレイは失笑する。

 蛮地の女を思い出した。収穫物を愉しみにしている、奪う側の女の顔だ。

 黄金律とかいう面白みのない理想を掲げていながら、マリカの本質は圧政者なのだろう。だからかと彼は一人納得した。そんな女だから、ゴッドフレイと気が合う。

 

 知らず唇の端を緩めていたゴッドフレイは、すぐに引き締めて仏頂面に戻すと、彼女の傍に影の如く侍る黒獣の戦士へ言った。

 

「マリケス、留守を頼む。ないとは思うが、俺が留守にしている間に宵眼の手勢に見つかり、襲われるやもしれん。そうなれば守ってやれるのはお前だけだぞ」

「言われるまでもない。ゴッドフレイよ、お主こそしくじるでないぞ。マリカの名の下に戦うならばただ一度の敗北も赦されぬ。マリカの王を名乗るならば常勝であれ」

 

 フン、と鼻で笑って背を向けた。

 兵を率い出陣していく大きな背中を見ながら、マリカは想いを秘める。

 初陣は一人で往くが良い。私も、すぐに追いつく。後ろで眺めるだけの、守られるだけの女で居続けるつもりは毛筋の先ほどにもないぞ――と。

 

 この日、マリカは小さな、しかし一つの領土を得た。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 僅かな灯火が照らす、仄暗い褥。

 

 優美な曲線を描く肢体は、白く薄い衣を一枚纏うのみ。はだけた衣から覗く太腿を惜しげもなく晒した女は、褥に横たわったまま指先に黒炎を灯した。

 

「………」

 

 煩わしげに黒炎を透かして見遣るのは、赤みを帯びた原初の黄金樹。

 拒絶の棘に阻まれ、中枢にある狭間の地の円環(エルデンリング)に至れぬ訳ではない。行こうと思えば何時でも入り、新たなる円環を手にし、掲げられるだろう。

 だが――宵の眼。夜の闇のように暗い瞳の女は、エルデンリングに見えるつもりがなかった。

 

 少なくとも、今はまだ。

 

 黒炎を消すと、黄金樹の姿が消える。彼女の瞳は黒炎を通して、彼方の光景を遠視していたのだ。

 ここは、狭間の地より最も離れ、最も大いなる意志の影響が薄い地。

 ファルム・アズラだ。前史のエルデの王、竜王プラキドサクスが秘められた時の狭間である。

 女――三本指の擁立した神人、宵眼の女王は此の地に辿り着いていた。

 全ては忌まわしき指の魔の手より逃れる為。自身の握る死のルーン、運命の死で三本指を弑逆してしまう為の準備を整える為、だ。誰よりも早く黄金樹に近づき、誰よりも早く神に近づいたこの女王は、誰よりも早く真理にも辿り着いていた。神としての眼力、幻視を宿すその宵眼が見抜いたのである。

 

「エルデの王。狭間の神。空虚だな……所詮は傀儡に過ぎんというのに。神や王の名でラベリングをしても誤魔化せぬ。私は、お前の操り人形に成り下がるつもりはないぞ」

 

 神とは、大いなる意志が布く秩序を代行するだけのもの。大いなる意志の遣い、指共の意向を拒めぬ哀れな人形だ。

 嘯いた女王は、しかし、自身の褥の入り口に立ち、跪く者を見咎める。

 

「何用だ」

「――」

「ほう……また、二本指か。懲りもせず、よくもまあ」

 

 丸々と太った使徒からの報せだ。彼女の領地、その末端が攻め落とされ、支配されたという。

 敵は神人と、その王。宵眼の女神は嘆息し、憐れむ。

 

「また……殺してやるとしよう。それが、私にできる唯一の慈悲と知れ」

 

 女王の意を受け、神肌を纏う古き使徒、貴種と呼ばれる者は去った。

 

 そう、慈悲なのだ。運命の死によらず死した者は、あの黄金樹に刻まれ、黄金樹の――ひいては大いなる意志、指の存念の一つで甦れてしまう。死に、蘇ってしまえば終わりだ。

 永遠に、傀儡となる。

 

 それをさせぬ為に、自分と同じ神人を、女王は神狩りの黒炎で殺してきた。

 自身の力を分け与えた使徒達を使い、草の根を分けて探し出して殺し尽くした。そうしなければ永遠に黄金樹の走狗にさせられるからだ。

 

「ん……?」

 

 だが戯れに黒炎を顕し、幻視した先に――女王は見た。

 裸の覇王を。振るわれる暴虐を。堪らず女王は苦笑した。

 

「良い男を見つけてきたものだ。これは……手強い。我が子らだけでは手に負えん、か……?」

 

 儀式を待つつもりだったが、悠長に構えていたら危ういかもしれぬ。

 女王は思案し、白魚のような指で形の良い顎を撫で、悩ましげに吐息を漏らす。

 

「――余り使いたい手ではなかったが、あれほどの豪傑だ。無為に我が子らを死なせるのも偲びない。

 ()()殿()に遣いを出そう。『二本指の擁する神人を殺してくれ。報酬として竜王の所在を教えてやる』とでも言えば、あの死に損ないの事だ。死に掛けていようと乗ってくれるであろうしな」

 

 たおやかに、女王は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】


狭間の地と影の他を合体させた地図。
この時はこんな感じ。


この先、続きがあるぞ
だからこの先、評価が有効だ
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