演説の秘訣を知りたいだと?
ふぅむ……暫し待て、考える。何も俺は普段から知恵を絞って語っているわけではない故な。
……。
……纏まった。演説の、つまり大衆に向け語る秘訣だな。
そんなものはない。俺はただ、俺のしたい事をしているだけだ。
情けない面をするでない……そうさな。強いて言うなれば、己を疑わぬことだろう。
己を信じて疑わず、己の紡ぐ言の葉が絶対であると信仰するのだ。
よいか、マリカよ。どうにも人という生き物は、個々では賢明でも、群れた途端に知能が落ちる傾向にある。これは俺の経験則だが、一の賢者も百の愚物に埋もれたら愚物に成り下がるのだ。
自我が弱い故だ。此の世に我ありという自負が足りぬから、百の愚物に一の賢者は劣る。故に百の愚物には魅せてやらねばならん、一の己こそが最たるものであり、貴様らは己に劣るとな。
俺の場合は、力だ。俺は俺の強さを担保に、百の羊を狼に変貌させる。言葉とは誰が語ろうとも同じものだが、語る者が変われば価値も変わるのだ。武器が同じであっても、操る者が達人なら万物を斬り破れるように、言葉にもまた威力が宿り、この威力を以て大衆の心の門を打ち砕くわけだ。
マリカよ、お前には何がある。己が内に他を圧するものがあるか? 己の中に信じられるものがあるなら、そこに立脚せよ。雑音を奏でる大衆を黙らせられる声の威力を、言の葉に宿せ。他者を己が足元に跪かせたくば己を信じて疑わず、誰がどのように見ようと言い逃れできぬ絶対的な力を示すのだ。
我はマリカ、我が絶対。傲岸に、傲慢に、天の上にも下にも比類するものなしと、不遜にもふんぞり返ってしまえ。人はお優しい聖人の声よりも、凶暴な獣の遠吠えに打たれるものだからな。
「――我は、マリカ。私こそ、絶対」
閉じていた瞼の裏で、舞台に立つ前に聞いた英雄の哲学を反芻する。
口の中で囁いたマリカは、英雄の語った哲学に深く共鳴していた。
彼が黒いものを白いと言えば白いと信じる盲目さはない。純粋にマリカは、暴虐の英雄、蛮地の大戦士たる巨漢の志操が肌に合ったのだ。
彼女は弱い。エルデンリングに見え、狭間の地に律を布く神となれば、比肩するものはなくなる。しかし未だ脆弱な神人でしかなく、他者の助けがなければ何もできない弱者である。
そんな自分が何を信じ、何を誇り、語ろうというのか。立ち塞がる全てに勝ち続ける意志はある、決意もある、覚悟もある、だが他者にどうすれば己こそ絶対の神だと示せるのだろう。
一つ、あった。
英雄は、我が王は、言葉には威力があるという。
事実だろう。子供が力を語っても笑われるだけだが、百戦錬磨の戦士が力を語れば説得力がある。一言一句違わない台詞を諳んじても、同じ言葉に大きな差が出てくるのだ。
自分にはあの英雄のような力はない。しかし彼の力に代わるものが、たった一つだけ今の自分にもある。マリカはそれを信じた。今のマリカは、それしか信じられなかった。
「聞け、戦火の荒波に浚われるばかりの弱き者達よ」
マリカは城砦にいた。巨人の一撃を受けたかの如く崩れた城壁の上で、引っ立てられた虜囚を見下ろす為。此の地より始める為。そして力なきが故に嘆くばかりだった己と決別する為。
ゴッドフレイが下した敵は、宵眼の女王に従わされていた雑兵。人種の境はそこにはない。貧相な小人の卑兵や亜人のトロル、普遍的な人間に不具のしろがね人、尻尾と翼を有する獅子頭の混種の剣士。実に様々で――あらゆる命が溶け合った原初、坩堝の世の継続を目指す三本指の勢力に相応しい。
城砦周辺に逃散し、隠れ潜んでいた民草も、城砦付近まで連れて来られている。近くに街や城はないのだ、ならばこの城砦は多くの人が居住する為の生活圏の中心部であってもおかしくなく、周辺地理に明るい角の戦士達が見つけ出してきたのである。流石は人攫いの達人だなと、頭の片隅で皮肉る。
多くの人種がいる。多くの生命がある。だが、彼らは死を恐れていた。災いたる死と苦痛に怯える、マリカと同じように。ゆえに、そんなマリカだからこそ示してやれるものがあった。
「私の名はマリカ。お前達が仕えている女王を敵とする者、遍く生命に輝きを齎す黄金律を見い出した新たな神人だ。お前達は我が王に敗れ、こうして虜囚の辱めを受けているが――」
ふと見ると、遠くに指読みの老婆が幾人か現れたのを見つける。
忽然と出現した彼女達は、かつて巫子の村から旅立った者達だ。同じ一族の先達であり、使命を帯びて指の言葉を広める彼女達は、マリカにとって同胞である。
指読みの巫女である老婆達は、杖を支えにマリカの言葉に耳を傾け、何をなすかを見届けようとしているようだ。ここでのマリカの言霊を各地に広め、マリカの勢力を広げる助けになってくれるのかもしれない。あるいは、二本指の後援の一つなのだろうか。
ならば、とくと見よ。地平線の果てまでこのマリカの言葉を届けるがいい。
敗北した者達は、マリカを見上げている。自身らはこれより処分されるか、はたまた強大な神人に従属を余儀なくされるのか、不安で仕方ないのだろう。 案じることはない。残酷な死を掲げる女王と、自分は違う。
「――お前達はこれより、私の奉ずる律を知る。耐えがたき神座の空白を埋める、黄金の理に生きる意味を知る。さあ、お前たちを責め苛む、残酷な死より程遠き黄金の輝きを触れるがいい!」
老いた者がいた。傷ついた者がいた。病に冒されている者がいた。
軍民の境なく、勝者にも敗者にも、そうした者がどうしても混じっている。
これが坩堝、これが原初! 平等に残酷で、公平な不幸が蔓延った律!
こんなものは要らない。誰しもが幸福でいられる優しい世界がほしい。
マリカは祈る。両手を広げ、内なる律を表現する。
傑出した巫子の力、神人に相応しい奇跡を、祈祷を此の地に齎すのだ。
見よ。マリカを中心に、黄金の光が柱となって、天高く聳えていく様を!
眩い光だ。暖かく、柔らかく、心地よい黄金の光。聳え立つのは黄金樹の幻影、本物のそれから赤みが排された金色だけの理。
おお、と群衆から驚嘆の声が上がった。黄金の光に触れた者から、傷が、病が消え、そして老いまでもが駆逐されていくのである。老いたる者が若々しさを取り戻し、傷だらけで死に瀕していた者が活力を復活させ、病に貪られていた者の肌が瑞々しさに溢れていった。
黄金樹の幻影。マリカが編み出した祈祷。名付けるなら『小黄金樹』だ。
「見たな? 知ったな! これが私だ、私の掲げる黄金の律だ! 運命の死、恐ろしい死のルーンを掲げる女王には実現の能わぬ奇跡の体現者! お前達に求める、私に従え! 私に従い、我が敵を仇とせよ! そうして私が黄金樹にてエルデンリングに見え、神の門にて律を掲げた暁には――お前達は永劫に救われる。この苦しみに塗れ、苦難が溢れた世界から救われる! いや、この私が救い出してやる! 私を讃え、崇め、唯一にして最後の神とせよ!」
マリカは裂帛の気迫を込めて叫んだ。
其の様は、彼女を知る者には哀れな弱者の悲鳴に聞こえた。こんな世界は嫌だという弱音に。そしてそんな世界を変えてやるという我儘に。
だがしかし、マリカを知らなかった者達には、違って見えた。
神々しい光を纏う女神だ。優しくも偉大な、この大地を生きる者達にとって無上の救いを謳う大いなる救世主だ。恐ろしさ故に従わざるを得なかった、死の女神とは違う。
気がつけば、人々は跪いていた。両手を組み、捧げるように祈り、崇めた。
城壁の上でそれを受け取ったマリカは、黄金樹の幻を見上げる。
「私の存在を知らしめよ! 狭間の地で……この世界で――救い主となれるのは私だけだ!」
鬨の声が上がった。歓声だ。マリカの示した神威、奇跡に感動した者達の賛同の声だった。
全てはこの、過酷な世が齎した荒廃の結果。
強き者は鼻で笑うだろう。マリカの律などまやかしだ、と。そんな甘い理想は受け入れぬ、と。誇りが赦さぬだのなんだのと御高説を垂れるはずだ。
しかし全ての者が強いわけではない。反対に、弱い者達のほうが圧倒的に多かった。
故に、今日此の日に謳われたマリカの奇跡は、雷鳴のように狭間の地を駆け巡った。
指読みの巫女が語り手として。二本指に祝福を齎された者達の足跡で。そして実際に奇跡を見て、体感した者達の言葉で。弱者は、マリカを救いだと信じて、希望に縋り、ローデイル軍の駐屯する地を目指し始める。それは大きなうねりとなって、狭間の地の勢力図に変化を齎すだろう。
急速にマリカの勢力は膨張していく。大多数の弱者がマリカの支配を求め、マリカの加護を欲し、力及ばずマリカのいる地に旅立てない者は黄金の女神の到来を待ちわびるようになった。
多くの人が集まり、新たな街が作られていく様を見届けながら、ゴッドフレイは――退屈そうに首を鳴らした。
「『事が終われば』とはそういう事か、アシナよ……黄金律が完成すれば、確かにこの俺に居場所はなさそうだ」
覇王はぽつりと独語する。
やがて己は無用の長物と化す。絞兎死して走狗烹らる、という結末だ。
しかし……どうにも亡き友の見方には違和感があった。
「実物を知らぬからだろうな……あの女の作り上げる世界は、矛盾だらけで遠からず破綻するだろう。俺が無用となり、居場所がなくなるとも思えんぞ」
数多の平和を砕き、無数の安寧を踏みにじり、各地の文化を破壊する傍らに見てきた蛮地の者は直感的に感じ取っていた。
マリカ。あの女には生きている限り――禍を生む傾国の相があるぞ、と。
だからいい。それがいい。ゴッドフレイは、闘争を愉しむ悪鬼羅刹の如き形相で笑った。
まさに、悪魔的な貌だった。
この先、強敵があるぞ
だからこそ、続きをご照覧あれ!