気合満点だ。
恥じらう気持ちは胸の奥にしまい込み、思い込んだら一直線。
花が恥じらおうと神たる身に衒いなし、猪突猛進こそ彼女の本性。
万感とは一途な熱。ちくちく心を込め手縫いで繕うのは、金糸で縁を象った青い生地のマント。用意させた金塊を祝福した聖水に浸し、鍛造する工程で聖なる力を刻んで王冠とした。
慣れぬ鍛冶仕事も花嫁修業の一環。覇王の伴侶であるならば、此の程度は造作もないと言い切れねば話にならぬだろう。声に出しては言わないが、内助の功、というものに憧れもあった。
――マリカは神人である。神の器だ。指巫女としての素質も高く、故に彼女は招聘できた。
二本指は指巫女にもなれるマリカへ直接啓示を授けた。黄金樹に連なる者にしか効力を発揮しないが、『不戦の約定』という祈祷の力を託し、さらに神になる者の在り方を説いたのだ。
為に、マリカは知った。
神には王が必要だというのは既知の事。しかし『
ならば話は早い。恩人にして王であるゴッドフレイを、最初から好ましいとマリカは感じていた。彼と成婚するのは悪くない、いや、彼以外は嫌である。そう感じたのなら話は単純だろう。
やることは一つ。いずれ結婚しなければならないなら、そのいずれというのは何時のことだ?
今だ。今しかないとまでは言わないが、後回しにする理由など無い。
マリカは迅速に動き出した。
前史の名残りである古隕鉄の鍛冶遺跡より発掘した、流紋の武器を献上させた。相応しいものを見つけてこいと厳命された黒獣が、これならば主の目にも適うだろうと見込んだ物だ。
性能を気に入ったマリカは、流紋の斧、流紋の大槌、流紋の槍を混種の鍛冶師に渡し、これらを纏めて溶かし一振りの得物にせよと命じる。この混種の鍛冶師はよき武器を鍛える名工であり、混種や混じり角の持ち主を憎むマリカですら認めざるを得ない存在だった。
鍛冶師はマリカからの無茶振りに頭を抱えながらも全力で取り組み、寝食を惜しんでまで鍛え上げた結果、見事な王斧を拵えた。万物を打ち砕く剛力には耐えられずとも、破損するか、手元から離れた途端に手の内に再精製される奇妙な力を残していれば問題なかろう、と。
マリカはこの長柄の大斧を大いに気に入り、『古隕鉄の王斧』と名付けた。そして準備は整ったと判断した彼女は、こほんと咳払いをして逸る気持ちを落ち着けると、優美に歩みだす。
優しき世界を開闢させる神に――偉大な女王に――相応しい城を。
此の言葉をスローガンにした軍民の頑張りは、無骨な城砦を生まれ変わらせている。表を歩くと見事な大都市に成長を遂げた、エンシスの城砦、改め『エンシスの黄金郷』の全貌が伺えた。
マリカの齎した絶大な力は道端の石ころにさえ効力を及ぼし、割ると大理石のような断面を露わにする。人々はこれを利用して城壁を築き、街道を整備して、宮殿を築き上げた。大都市だ、いくら無数のトロル達の助けがあったとはいえ、完成するのに一ヶ月ほどしか掛からなかった。
尋常の理なら有り得ない。だが神人のお膝元であればおかしな現象だとは言えないだろう。特にマリカの祝福を受けた軍民は疲れを知らず、身体能力さえ強靭になるのだ。彼らは粛々と働き、あたかも神の城のあるべき姿をはじめから知っていたかのように――祝福の下、導かれるように――黄金郷を築いた。
其の地では恐ろしい夜の闇はなく、草木は瑞々しくなり、日差しは麗らかで水は清浄となる。作物は一夜で成熟し、大地は枯れず、人々に安眠と健康、健全な営みを与えた。
故に、神の居城。黄金郷だ。荒廃した今の世界では、唯一とすら言える場所である。
マリカは宮殿を歩み、すれ違う者達を労りながら目的の場所に向かう。
辿り着いたのは、宮殿の最上階。豪奢な門の前。マリカは深呼吸をして、背後に付き従わせている人間の兵たちを一瞥した。彼らがマリカの指示を守れているか確かめたのだ。
兵士四人が力を合わせて支える得物。侍従として従う巫子の村の同胞、アレクトーが抱える宝箱。他の巫子達が荷台に載せているマントと白金の物品。不備はない、ならば行け。
「――ゴッドフレイ!」
意を決して扉を開くなり、マリカは王の居室に押し入った。
すると、いた。
半裸の巨漢が寝台ではなく、テラスに出て地べたに横になっている。
黒い髪と髭は伸び放題。手入れもせずに放置して、身なりは完全に野人だ。
だがその筋肉を見よ。実践の中で鍛え上げ、無数に刻まれた漢の傷化粧を。理想的なとはとても言えず、過剰なまでに搭載された筋肉を張り巡らせた骨格を。逞しい、惚れ惚れするほどに。
まさに力の結晶。野生の如く惰眠を貪り隙を晒していても、生半可な刃など通さない肉の鎧だ。マリカの声を聞き寝そべったまま薄目を開けたゴッドフレイだったが、すぐに興味を失ったのか目を閉じて気怠そうに応じた。
「騒々しい。俺は忙しいのだ、戦でもないなら放っておけ」
「そうはいかん、これより戦の時間なのだから!」
「……?」
マリカの宣言に、ゴッドフレイは訝しげに片目を開ける。
どう見ても忙しそうではない。しかし彼は街中の喧騒に混じって働く気は皆無なのだろう。放っておいたら身を清めもせず、自堕落に過ごす彼は、戦時の覇気が完全に消え失せていた。
普通なら失望してもおかしくないが、マリカは全く気にしない。聞く耳をほとんど持っていない覇王の様子に頓着もせず、我意を押し通さんと猛った。
「戦だと? それにしては、城下は殺気立っておらんぞ」
「当然だ。私のいう戦とは、貴方と私による神聖なものだ。他者の介在する余地はない!」
「……分からんな。何が言いたい」
本格的に腑に落ちぬからか、上体を起こしたゴッドフレイが片膝を立てる。
右腕を膝に乗せ、マリカと彼女の後ろの者達を見遣り、顎を撫でた。
彼の反駁にマリカは眦を釣り上げ、花も焼き尽くす苛烈な炎のように申し伝えた。
「ゴッドフレイ、私と結婚しろ!」
「………」
自身の胸の中心に手をあて、威風堂々と要求するマリカに恥じらいはない。けれどもゴッドフレイはマリカの要求に顔をしかめた。
「狂ったか?」
「正気だ。まあ聞け、突然こんな事を言い出したのにも訳はある」
「……一応聞いてやろう」
マリカは神とその王の在り方について英雄に説明した。話の途中、不戦の約定について触れると彼は露骨に不快感を出したが、嘆息して聞き流す事にしてマリカの決意を聞き届ける。
「――私はいずれ王とした者と契らねばならない。だが、私は貴方以外を王とする気はないのだ。そして貴方以外と契る気にもならない。だから、私と結婚しろ」
「神だと祀られ、随分と気が大きくなったものだ」
ゴッドフレイは呆れたらしい。だがマリカの強い勢いと、率直で強引な物言いは気に入ったようだ。
のっそりと立ち上がった彼は無造作にマリカへ歩み寄り、彼女の肩越しに揃えられた物品を見た。
「あれはなんだ?」
「貴方の為に用意した武具と、王冠だ。やはり王たる者には相応しい衣装が必要――」
「要らん。俺は今のままでいい」
「――……必要、だと思ったが。……要らないというなら、まあ、いい」
端的に不要と告げられたマリカは、しょんぼりと肩を落とす。
気合を込めて用意して、全力で聖なる力を込めて、鍛えた鎧と王冠。マントと武器。嫁入り、あるいは婿入れの結納品代わりに、マリカなりに気負って用意した諸々。それらを一言で無為にされたマリカはあからさまに気落ちした。燃え盛る炎のようだった様子から一転、痩せ犬のように萎んでしまう。
極端から極端までいくマリカの感情の忙しなさに、ゴッドフレイはつい笑ってしまった。
「……やはり貰おう。ちょうど肌寒いと思っておったのだ」
「! そうか、なら早速身につけ――」
前言を翻すと、マリカはパッと顔色を明るくし、嬉しそうに持ってこさせた武具の方に振り向いて。そんな彼女を、英雄は後ろから抱きすくめた。
凝固するマリカを羽毛のように抱き上げて、ゴッドフレイは供をしてきた者達を追い払うように、しっしっ、と手を振った。慌てて一礼し、持参した物を置いて、ばたばたと駆け去った者達が扉を閉めると、ゴッドフレイは女の体を寝台に横たわらせる。
「なっ……なぁっ……!?」
「神人とはいえサイズに差がありすぎる。お前の力があれば死にはせんだろうが、生娘には辛い時間になるだろう。気休めにしかならんだろうが、力を抜いて身を委ねれば多少は楽だぞ」
「何、なにを、何をするつもりだ……!?」
「セックスだ。そのつもりで来たのだろう。婚姻とはそういう事だぞ」
「…………!?」
「正直に言おう。今までで最も忍耐を強いられていたとな。お前は良い女だが不用意に近づき過ぎる、我慢も限界に近かった……だが、お前がそのつもりだというなら話は早い。抱き潰す」
「待て。少し、待て。心の準備をさせろ。落ち着け。こういうことは婚姻を結び、正式な夫婦になってからやるべきだ。そうだろう?」
マリカは満面に汗を浮かべ、頬を染めながらも挙動不審に左右を見る。ゴッドフレイは彼女の上に覆い被さりながら、にやりと好色に表情を動かした。
「忘れたか。俺は、蛮人だぞ」
「………!?」
「お前の知る作法など修めておらん。俺を飼いならしたいなら、精々楽しませるのだな」
――此の日、ゴッドフレイの寝室から女の悲鳴と嬌声が途絶える事はなかった。
故に、満足した漢の隣に倒れ伏している壊れかけのマリカは、ふるふると震えながら吠える。
掠れた声だ。紅潮した頬と、白い肌を濡らす汗が色気を醸している。
「け、けだものめ……!」
「そうだ。やっと俺を理解したか」
「わ、私を、こんなにしたのだ……報いを、受けろ……!」
「フン」
息も絶え絶えでよくも強がる、とばかりにゴッドフレイは鼻で笑った。
笑って、寝台から離れて、置き去りにされた物を次々と身につける。
衣服を纏い、マントを羽織り。白銀の手甲と鎧を装着して、宝箱にあった王冠を被る。そして、祝福を受け剛力となった五人の兵がやっと持てる大斧を、片手で軽く拾い上げた。
「これでよいのだろう」
「……ばかめ。その王冠は、婚姻の儀で、手ずから被せてやるつもりだったのだぞ」
「それでは俺がお前に仕えるようではないか。御免だな、そんなものは」
振り返ったゴッドフレイを見たマリカは、見惚れそうになるのを堪えて憎まれ口を叩き、ゴッドフレイもまた平素のまま軽口で返した。
マリカの目の前には、世界に冠たる絶対強者、力の象徴たる英雄がいた。
なんて似合うのだろう。なんて、格好いいのだろう。颯爽たる力の王者、こんなにも強い英雄が自分の伴侶になるのだと思うと、マリカは感動で胸が詰まりそうになる。
「……ゴッドフレイ」
「なんだ」
「もう一戦やるぞ。負けたままで終われるか……!」
「ハッ」
私の下で鳴かせてやる、と猛ったマリカにゴッドフレイは破顔した。
おかしな女だ。抱き潰すつもりで犯したのに、全然堪えていない。他はともかく、色事だといずれ互角に戦える好敵手になるやもしれん。ゴッドフレイはそう思い――ふと、虫が鳴いた。
「………」
「どうした」
「いや……」
ゴッドフレイが突然テラスの外を見遣ったのに気づいたマリカが訝しむと、歴戦の英雄の顔つきが戦時のそれへと変化していく。
遠くで、鳥の群れが飛翔してきていた。いや、逃げてきている? 抜群の視力で遥か遠方の景色を見て取ったゴッドフレイは、あれをどこかで見たことがあるような気がした。
そう……あれは、まだ幼かった頃。蛮地にて地震が発生する前日の事だ。あの時も、ああして野生の動物達が危険を察知し、逃げ出していたような……。
匂いがする。濃厚な、闘争の宴の匂いが。笑みが、別種の獰猛さへと塗り得られていった。
確信がある。
「戦だ」
「なんだと」
「何かが此処へ来る。マリカ、俺は行くぞ。お前はどうする」
言われ、マリカは即答した。
「私も共に。私達は一蓮托生だ――貴方は私の伴侶、なのだから」
エンシスの城砦
原作だと双月の騎士がいた所。本作だとマリカの時代には原作の城砦の前身にあたるものがあり、ゴッドフレイに攻め落とされてマリカ最初の所領となった。地形的にも都市があってもおかしくなさそうに見えるので問題ない。
マリカの最初の領地として『エンシスの黄金郷』と呼ばれ、集った人々やトロルの手で、信じられないほど早く都市が完成した。
我に構えよ、蚊帳の外のマリケスを
なんか気に入った一文。影従だけに影が薄かったがそろそろ出番が増える。ゴッドフレイとマリカに焦点があてられるので、また影が薄くなる可能性も無いとは言えない。
肉食獣マリカ
乙女な側面もあるのだろうが、女傑なマリカは恋でもなんでも一直線。どうせいつかは契るなら、別に今からでもいいじゃんね? とばかりに突貫した。黄金のゴッドウィン、生誕早まるか。
有事は覇王、無事はヒモ
ゴッドフレイは働かない。食って寝てばかり。それ以外だと配下の騎士や見込みのある者を鍛えているが、政務とか建築とか面倒臭い事は断固拒否。マリカの猛アタックで普通に合体。据え膳食わぬは男の恥である。というかそろそろ我慢の限界だったので、特に何も考えず手を出した。