ひとりぼっちがふたり 作:テクニカル古則おじさん
「おはようございま──って、何、この状況」
アビドスに新一年生が入学してから、アビドス廃校対策委員会が設立され、今まで使用していた学園祭準備室を委員会の拠点として、あまり以前と変わらない日々が続いていた。
そんなとある日。
コウヤが部屋に入ると窓のブラインドを下ろした部屋の中で、サングラスを掛けた一昔前の刑事ドラマのような出で立ちのホシノが彼を出迎えた。
「コウヤさぁ。最近シロコちゃんを家に連れ込んでるでしょ?」
「言い方! シロコが勝手に来るんだよ……」
二人が長机を挟むような形で置かれた椅子に座り、ただただ状況に困惑していた。
「お家で何やってんのさ。何も知らないシロコちゃんに変なことしてないよね?」
「しないってば、いつの間にかうちに来て朝飯食べてくようになったくらいで、特に何も……」
「ふぅん……」
サングラスの裏のホシノの目が細くなる。
以前に寝言で名前を呼んでいたコウヤが、シロコに何かしらの感情を抱いていることは察していたが、本人から直接聞いたことはない。
「それで、シロコちゃんのどこが好きなのさ?」
「す、好き……?」
ちょうど良い機会だと思ったホシノが踏み込んでみると、コウヤの顔がみるみる赤くなっていく。
ここまで露骨な反応を見せるなら、もっと早くにつついても問題なかったようにも思える。
「お弁当の内容はシロコちゃんのリクエストがよく反映されるし、寝言で名前を呼んでたし……シロコちゃんもよくコウヤの話をするくらいには面倒見てれば、私だってそう思うよ。
多分、ノノミちゃんも気づいてるんじゃないかな?」
「そう言われると、否定のしようはないけど──」
いつか見た夢の中でシロコが出てきたような気がする頃から、つい考えてしまうことが多い。シロコに対して境遇からシンパシーも感じているから、ということもある。
それが好きということなら、そういうことなのだろう。
「ユメ先輩やホシノ先輩が伸ばしてくれた手があったから、今の自分が積みあがったから、無くなった記憶のことは気になるけど、悲しくはない。
だから、押し付けかもしれないけど、あの子にもここが大切な居場所になってくれたら嬉しいなって思った」
それが今コウヤがシロコに対して想う全部だった。
「聞いてるこっちが恥ずかしくなること言うねぇ……ま、そこはコウヤの自由だけどね。
一つだけ言わせてもらうとね。好きな子にはちゃんと好きって言った方が良いよ」
自分が抱えている想いは、もう伝える相手は居なくなってしまった。もう会うこともできない。
抱えてしまったその想いは墓まで持っていくしかなく、一生自分の中でドロドロとした後悔に変質してしまった未練にはなってほしくない。
それが
「なんかどっかで聞いたような……」
「アレ? 前に言ったっけ? おじさんももうボケて来ちゃったかなぁ?」
ずっと温めておいたとっておきの言葉だったが、既にどこかで漏らしてしまった記憶はホシノにはない。
恐らくユメもそういう風なことを言っていたのだろうか。コウヤは既に聞き覚えがあったらしい。
「でも、ありがとう。決心付いた」
輪郭が定まっていなかった気持ちに形と名前が定まった。
それを後押ししてくれたホシノはコウヤからすれば、言動は色々変わってしまったが尊敬すべき先輩のままだった。
「色々準備したいから行ってくる! いってきます」
「……いってらっしゃい」
思い立ったが吉日。
勢いのまま飛び出したコウヤに言う機会があまりなかった挨拶を返す。
根本的なところは解決しないだろうが、心に付いている重しが軽くなるのであれば、それに越したことはない。
(若いっていいねぇ……明日、どうしよっかな)
一人残されたホシノは、明日ノノミとどういう顔をして二人を迎えれば良いのか。コウヤの成長に嬉しいやら悲しいやら。二つある心に頭を悩ませる。
●
その日の夜。
コウヤは調理やそれ以外の準備に5時間以上使った後、大量の荷物を背負って砂に埋もれてしまっているが、星がよく見える丘の麓で待ち合わせをしていた。
「お待たせ」
程なくしてシロコが到着する。
相変わらずマフラーはしたままだが、身長も出会った時より髪も身長も伸びていて見違えるほど彼女は変わった。
他人に迷惑を掛けるようなことをすることもなくなり、落ち着きがあって口数があまり多くないこともあってクールビューティーと言っても間違いはない成長を遂げている。
未だに、銀行強盗を計画して、ホシノにプレゼンテーションを行って即却下されることもあるが、相談しているだけマシである。
「悪いね。こんな時間に呼び出して」
「ん、別にいい。それより今日一日学校に来なかったから心配した」
その心配はホシノやノノミからコウヤは身体が弱いから気を遣えという刷り込みから来るものである。
シロコ個人としては、サイクリングに付き合ってくれる人間だから、居なくなったら困るという理由もあった。
今日に限っては放っておけと、ホシノに言われていたため、尚更心配はしていた。
「……まぁ、色々あって、とりあえず上行こう」
「ん」
砂であるため足場は良くないながらも、二人は頂上に登って行く。
流石にアビドスの土地を歩き慣れているおかげであまり時間も掛からず、頂上に着くと満点の星空が広がっていた。
コウヤは背負った荷物を降ろして中身を広げると、敷物や料理の詰まったタッパー、魔法瓶が出てくる。
即興で用意したからか、多少疲労は溜まっているが、この星空の下にシロコと来たのは、ただ夜間ピクニックのためだけではない。
「今日は星が綺麗だから、たまにはこういうの良いかなって」
「……ん」
わざわざこんなシチュエーションで何を話すのか、シロコには全く見当が付かず、今までコウヤが星の話をしていた記憶もないため、意外だなという気持ちで自分のサイクリングに付き合わせているのと同じような感じかと思いながら彼が敷いたシートの上に二人で座って、広げたタッパーの中身を摘まみながら二人で星空を見上げる。
「綺麗」
「そうだな。ちゃんと眺めるのは初めてかも」
つんと冷たい空気は頬をさした。
寒がりのシロコが身震いをすると、肩が触れたコウヤが魔法瓶の蓋を開けて中に入ったスープを注いだステンレスのマグカップを彼女に差し出す。
「寒がりは変わんないな」
「寒いものは寒い……ありがとう」
マグカップから出てくる湯気を数秒見つめてからスープを啜ると、暖かいものが身体を巡っていく。
純粋に熱のある液体を身体に入れたから。というのもあるが、それとは別のモノが身体の奥のところから熱を与えてくれる。
「……」
「…………」
伝えたいことは決まっている。
だからと言って、言葉が決まっているわけではない。
スマホの明かりもなく、星の光に照らされながら、ただただ無言のまま星空を見上げるだけで、時間とタッパーの中の料理が消費されていく。
「ん? 何?」
闇の中、一瞬触れた手。
それが冷たくて、気付いたシロコが顔をコウヤの方に向ける。何か言いたいことがあるならさっさと言えと、彼女の二色の瞳孔に見つめられているような気がして、頭が真っ白になる。
「……好きです。付き合ってください」
思い切って、ストレートに言葉を口にした。
何も飾りっ気もない告白になってしまったが、変に遠回りしても伝わらない可能性もあり、何よりその方がもらった言葉通りの方で良い。
「……ん」
一瞬、言葉の意味を考える。
好きという感情はホシノやノノミにも言えることで、それがコウヤから向けられると、もっと違う意味がある気がして、スープを口にしてもいないのに暖かくなった。
「いいよ」
この星空は、きっとどんな未来を辿ろうとも、鮮明に思い返すことができる。シロコはそう思うと頬を緩ませながら返事をした。
「シロコごめん……最後まで、言えなかった、けど……」
「嫌だ! 聞きたくない! そんなこと言うくらいなら──」
その言葉が遮られることもなく、目の前で伸ばされていた手の力が抜けて砂漠を叩く。
「寒い……」
彼の学生証を手に取る。
これが初めてではない。だけど、初めての時以上に心が凍えていく。
「もう、なんだって、いい」
冷たくなった彼を背負って何もない砂漠を歩く。もう、希望などどこにもないのに、彼だけは、せめて、あの場所で眠らせてあげたかった。