ひとりぼっちがふたり 作:テクニカル古則おじさん
(……我ながらビックリするくらい鈍ってるな)
そろそろ桜が咲こうとしている頃。コウヤは久しぶりに屋上に上がって護身用の拳銃を構えてみると、全盛期の頃に感じていた標的に弾丸が当たる予感めいた物が一切感じられなかった。
本来使用していたスナイパーライフルはホシノに没収されて以来、生徒会室が閉鎖されているため、持ち出せず封印されている。
(撃ってみてから考えるか)
両手でグリップし、息を整えて、引き金を絞る。
それと同時に来る反動に耐えられなかったコウヤの身体はその場に倒れ、銃身が乱れて弾丸は明後日の方向へ飛んでいった。
(……やっぱりダメか)
倒れ込んだまま大の字で空を睨む。
シロコのサイクリングに付き合わされたり、家でこっそり筋トレをして体力は戻ってきてはいるものの、やはり戦闘となると、身体が悲鳴を上げる。
拳銃の反動で倒れてしまうのなら、スナイパーライフルの反動を受けてしまったら骨が折れる可能性だってある。
「何処に行ってるのかと思ったら、こんなとこに居た」
屋上の扉を開いたホシノがしゃがんで、コウヤを見下ろした。
表情は世話の掛かる後輩に向ける柔らかい呆れの表情だったが、声音は言動が変わる前の、アビドス生徒会としてのホシノの声だった。
「身体の調子が良かったから、大丈夫だと思ってた。でも、ダメだった……彼女に、これから来る後輩に良いとこないですって言うのは、嫌だったから……」
身体を転がして、ホシノに背中を向けたコウヤの表情は大体察しがつく。
彼女ができれば、今の自分に自信もつくかと思いきや、その逆だったらしい。
「情けない」
「……そうだね」
そのコウヤの消えそうな声をホシノは否定できなかった。
あの日、コウヤから戦うための武器を没収したのは。
あの日、彼を
ホシノ自身だったから。無い物をあるとは、言えなかった。
ユメならば、上手く慰められたのか。彼女のような先輩になりたいと思い模倣するだけのホシノには分からなかった。
「しばらくしたら戻ってきなよ。あと、次からそういうのちゃんとシロコちゃんに言いなよ」
コウヤの抱えている痛みを癒すのは、自分でなくて良い。
ホシノも卒業まであと一年と少ししかない。最後まで近くに居てやることはできない。というのもあるが、やはり、こういうことは恋仲の人間に任せるべきだろう。
「……」
ホシノが校内に戻っていく音を聞きながら、コウヤは返事をすることもなかった。
もう少しだけうじうじした後、片付けをしてから委員会室に戻るとシロコがマフラーを膝の上に置き、一人で待っていた。
「どっか行ってたの?」
「ちょっと、散歩してた」
室外でサプレッサーを付けていない銃の音が聞こえてないわけがない。
音の種類からして、ホシノとノノミが使っている銃から出る音ではない。
だから、誰が発砲したのかも分かった上で、彼の隠したいことであるならシロコは自分からは触れなかった。
「それより……マフラー。どうかしたの?」
春になろうが夏になろうが季節が一周しようが着けていたマフラーを外す時は必要になった時しかないのだが、平時に外しているのは珍しく、コウヤは何かあったのかと少しだけ心配した。
「ん、激しめに動いてほつれちゃったから、直してほしい」
「なるほど、任せて」
事情を把握したコウヤがシロコの隣に座って、ブレザーの内ポケットから補修用の針と糸を取り出す。
コウヤの体力が戻ってきた結果の一つとして、仮眠が必要なくなったため、シロコが隣に座れるようになったり、たまにホシノが寝床として使っていることもあって専用のソファーではなくなっていた。
「ん、任せた」
「ん……」
シロコから手渡されたマフラーをコウヤが膝の上に乗せて作業を始める。
思わず彼女の口癖がうつってしまったが、すぐに集中状態に入ったコウヤは特に気にすることもなかった。
それから二人の間に会話はなく、黙々とマフラーに針を入れて補修を進めるコウヤとそんな彼を見つめるシロコ。
付き合いだしてから時間が経ってコウヤもシロコも年相応に情緒が育ってきて、こういう時間も悪くはないと思えるようになった。
「……うん、終わった。これでしばらく大丈夫だと思う」
「ん、ありがとう。大切に使うって約束したから」
程無くして補修が終わってシロコに返すと彼女は、少しだけ口角を上げて嬉しそうに微笑んだ。
それを見たコウヤは思わず顔を赤くする。
「あー、もう……」
「どうかした?」
「……そういうとこ、本当にズルい」
そういう彼女だから、弱いところは見せたくないのに、こういうことでしか貢献できない自分を情けなく思う。
熱くなった身体がすぐに冷えていく。が、またすぐに体温が上がっていく。
シロコがマフラーにコウヤを巻き込んだせいで、身体が密着する。
「え、えっと……シロコ?」
「ん、あったかい」
「いや、苦しいんだけど?」
シロコはご満悦の様子だったが、一人用のマフラーを無理矢理二人で巻いているせいで、巻き込まれた側のコウヤは首が圧迫されて苦しみを与えられると同時に密着している彼女の身体のせいで冷静さも奪われていく。
「ん……すぅ……」
「いや、寝た!? この状況で!?」
マフラーがほつれたことが不安で、直ったことで安心して、それに加えて上がったコウヤの体温が心地良かったせいで、シロコは彼に体重を掛けて眠ってしまった。
(色々困るからこういうのはやめてほしい……というか、ホシノ先輩かノノミが戻ってきたら絶対からかわれる)
穏やかな表情で眠っているシロコを起こすに起こせず、とはいえ、この状況に無反応でいるには無理がある。
コウヤが悶々としながらも耐えていると、ノノミが委員会室に入ってきて、目が合った。
「あっ……」
「あ」
ほんの一瞬だけ気まずい空気が流れて、ノノミが申し訳なさそうに委員会室を出ていく。
「あー……ごめんなさい。でも、そういうのは学校ではダメですよ?」
「ち、ちが! の、ノノミーー!!」
コウヤの悲鳴が響いた後、それを聞いたホシノまでやってきて、予想通りいたたまれない気持ちになりながらからかわれる羽目になった。
一旦ここで一区切りつけて、「そこが、楽園ではないとしても」の方の更新に切り替わります。