ひとりぼっちがふたり 作:テクニカル古則おじさん
「うんうん。似合ってるよ」
姿見の前でサイズが合っていないぶかぶかのアビドスの制服を着させられたコウヤをユメがスマホのカメラで写真を撮りながらニコニコしている。
コウヤの生活に必要な物はほぼ揃い。入学に向けての準備を進めていた。
「邪魔……」
「すぐおっきくなるからピッタリになるよ」
「……自分で縫う」
ブレザーを脱いだコウヤがここ数日で何処かから持ち出してきた裁縫セットを使って袖詰めを始める。
拾ってきた鶏を飼うためのケージもコウヤが自分で廃材をかき集めて作ったことも含めて、記憶はない割に手先は器用だとホシノは感心する。
「そういえば、コウヤっていくつ何です? 私の一つ下くらいには見えますけど」
「あっ……」
編入させる。ということは学年を決めておく必要があるのだが、見た目からして今年入学した一年生のホシノと同学年以上には見えない。
生徒として迎え入れるからには、生徒としてのカリキュラムを受ける必要がある。
しかし、適正学年以上のカリキュラムを受けて単位が取れなかった場合、留年や退学の可能性だってある。
その事を全く考えていなかったユメは滝のようにかいた。
「0.5年生ってことじゃダメかな?」
「そんなもの無いですよ……特別学級とかなら言い訳付くかと思いますよ」
「それだよ!」
ホシノの提案にユメの表情がぱあっと明るくなる。
連邦生徒会にSOSを送っても何一つ救いの手が伸べられていない状況で、人目に触れない状態にしておけば、コウヤのことは問題にはならないが、それでもユメは彼をアビドスの学生として歓迎したかった。
「書類は私が用意しておくとして……後は銃を決めましょう」
「あ、あんまり危ないことは……」
「自衛には必要です。特にここには──」
ホシノの言葉を遮って、現実として突き付けるようにサイレンが鳴り響く。
「私達はちょっと行ってくるからコウヤくんはここで待っててね!」
「これ! そこのロッカーの鍵! もし危なくなったらその中の物使って!」
それを聞いたユメとホシノが即座に生徒会室から出る間際、ホシノが今は使われていない武器の入ったロッカーの鍵をコウヤに投げ渡して、二人は校門の方へと向かった。
「遂に手段を選ばなくなってきましたね」
「ホシノちゃん。大丈夫そう?」
「……何とかします」
校門付近で戦闘態勢を整える二人の視界には進軍してくる不良の群れとその中の複数の戦車や戦闘ヘリが見える。
生徒数が減ったアビドスを狙って不良グループが攻めてくることがあって、今日もそれが来ただけの日常の一部だった。
大体はホシノが一人で終わらせてしまうのだが、今日ばかりはそれで終わりそうにはなかった。
その程度で負けるホシノではないが、問題なのは今回が防衛戦であることにある。
校舎を守りながら、かつ遊撃しながら戦闘がそこまで得意ではないユメのカバーもしなければいけない。
後、一人居ればどうにかなりそうだが、無いものは仕方がない。ホシノも口では厳しいとは言わないが、被害を抑えて撃退する方法を考える。
『あ、あー……聞こえるかな?』
「……今ちょっと忙しいから後にしてくれない?」
インカムから周波数を教えていない筈のコウヤの声が聞こえる。
どうやって、ということは後で問い質すとして、こんな状況で連絡をするなと、ホシノから低い声が出てしまう。
『ヘリ、落とすから戦車の方は二人に任せて良い?』
距離にして1kmはある。
訓練もしていないコウヤがそんな長距離狙撃をできるとは思えないが、できるのであればそれに越したことはない。
「……やれるなら、任せる。できないと私が判断したらすぐに退くこと。それが条件」
『分かった。屋上に出てやってみる』
少しだけ時間は遡り、二人が生徒会室から出ていってその場に残されたコウヤは投げ渡された鍵を手に取って袖詰めの終わったブレザーを羽織る。
「……行っちゃった」
ようやくピッタリになった制服姿を見てほしかったのだが、二人は行ってしまった。
本当に短い間で、時間で言えば一週間にも満たないが、その時間は記憶喪失のコウヤからしたら、その時間が全てだった。
まだ、この気持ちがどういうことなのかは分からないけれど、ここに居て良いと言ってくれたことは嬉しいということだけは分かる。
(確か、このロッカーだよな)
鍵を開けてロッカーの中身を確認すると、整備されたばかりの銃火器が入れられている。
昨日、コウヤはホシノに色んなところへ連れ回され、スマホやその他生活必需品の調達をしていた。
それにユメは同行せず、生徒会室で留守番をしている。
きっと、この銃達を整備していてくれたのだろう。
どんな道を選んだとしても、どんな未来を歩もうとも、その相棒になってくれるモノは新品同様にしていてくれたと思うと、何もしない訳にはいかなかった。
(これ……頭に着けてたって言ってたな)
生徒会室の机の上に置かれた自分が拾われた時に着けていたというヘッドセットを装着すると、コウヤの頭の中に知らない筈の情報が濁流のように流れ込む。
ヘッドセットのハウジング部分にあるツマミを回して調節すると、校門付近に居る二人に通信が繋がった。
「あ、あー……聞こえるかな?」
窓から外を見ながらホシノに自分の考えを伝えると、任せる。と言われた。
その瞬間からやるべきことと、やりたいことが一致したコウヤの身体は勝手に動き始める。
ロッカーの中からスナイパーライフルを取り出して、ユメが書いたであろう説明書や必要になるであろうパーツを直感的に持ち出して、屋上に急ぐ。
ホシノと同等かそれ以上の全長を誇るスナイパーライフルを彼女より身長が低いコウヤが運ぶのには苦労したが、それを苦とも思わない程にやる気に満ちていた。
見晴らしが良い場所にスナイパーライフルを置いて、説明書を開いて準備を進める。
説明書としては微妙に分かりにくさはあったが、大体が理解出来れば良い。
銃弾を装填して、スコープを覗いてヘリに照準を定める。
「……ユメ、ホシノ。準備できた」
『息を吸って、吐いて肺から空気が抜いた状態を維持して。その後は自分のタイミングで良いから撃ってみて』
「やってみる」
二人は今、戦闘しながらコウヤの通信を聞いていた。
ユメが折り畳み式の盾で防御を担って、ホシノが遊撃手として、動き回りながら隙を見せた不良達を一人一人戦闘不能にしていく。
ヘッドセット越しからそんな音が聞こえてくるが、コウヤの意識には何も影響することもなく、引き金を引いて初弾を放つ。
その弾丸は風の影響を多少受けながらも、コウヤが狙った先、ヘリのガラスを突き破り操縦席に座っている不良の頭部に着弾した。
「当たった」
操縦士が気絶し、コントロールを失ったヘリが墜落して起きた動揺を切欠にホシノが戦車を一台ずつ潰して回る。
空に残っているヘリも校舎を狙うような動きから、狙撃を警戒する動きになり、コウヤを探し始める。
『やるね。記憶喪失前はそういう経験してた?』
訓練を受けていない人間とは思えないが、今は狙撃手という存在がプレッシャーになり、精神的な優位を生んでいたことにホシノは感謝した。
「分かんない。次、やってみる」
発見されない内に、次弾を装填して残ったヘリに狙いを定めて、引き金を引くと、また命中してヘリが墜落していく。
自治区内でヘリの爆発に巻き込まれる存在を心配しなくて良いのはアビドスから人が居なくなってるせいで、学校を守るために戦っているのに、その場所に誰も居ないというのは皮肉なことだった。
「……下、狙ってみるか」
地上の戦況を確認するためにも、スコープを下に向け、弾丸を装填しながら次の標的を探す。
●
コウヤが戦闘に加わり十分程が経過すると、殆どの不良は逃げるか、戦闘不能に追い込まれていた。
「皆逃げてく」
ヘリと戦車の全機を実質二人に落とされて恐慌状態に陥った残りの不良達が逃げていくのをスコープ越しにコウヤが眺める。
『もう撃たなくていい。ああいうのは逃がしといた方が後々勝手にコミュニティに恐怖を──』
広げて来なくなるから。とホシノが続けようとした頃には時既に遅し。一番前を走っていた不良の後頭部をコウヤが狙撃して、ノックアウトしてしまった。
そのせいで不良達が全員恐怖に足を止めてしまい、逃げるのを止めてしまったせいで、ヴァルキューレに連絡をして不良達を矯正局に護送してもらう必要が出てきた。
既に気絶して倒れている生徒に関しても他の不良が担いで一緒に逃げてくれるのだが、こうなってしまえば仕方がない。
『……生徒会室戻って良いから。大人しくしておいて』
『ひぃん……何かコウヤくんの怖いとこ引き出しちゃった気がするよ』
「何かごめん」
スコープを覗くのを止め、スナイパーライフルを持って生徒会室へ戻っていった。
(ちょっと怖かったな)
生徒会室のソファーで座って待っているコウヤは戦闘が終わってから遅れて緊張が走っていた。
今回は上手く行ったが、何処かで失敗したらどうなったいたのか、そんな経験すら初めてなのに、どうしてか悪い考えが脳裏を過る。
「ただいまー! コウヤくんありがとう!」
「わぷっ」
どうしてそんなことが怖いのか。悪いと思うのか分からないままでいると、ユメとホシノが生徒会室に戻ってきた。
ユメがコウヤを抱き締めてワシワシと頭を撫でると、巨大なクッションのような何かに顔を圧迫されて、呼吸が苦しくなる。
決して、自分には無いものを僻んでいる訳ではないが、その光景を見せられているホシノは長い溜め息を吐いた。
「ユメ先輩。セクハラです」
「え、何が……?」
純粋に感謝を全力で伝えているつもりのユメにはホシノの指摘は通じなかったらしいが、解放されたコウヤは今のは何だったのかと理解が追い付かなかった。
「ユメ、ホシノ」
ただいまと言われた時に返す言葉をユメに教えられたことを思い出した。
「おかえり」
その言葉がコウヤはどうにも気に入ってしまった。