ひとりぼっちがふたり 作:テクニカル古則おじさん
玉のような汗をかいてコウヤは一人路地裏の壁を背もたれにして座り込んでいた。
厳密には一人ではなく、周囲には気絶した不良生徒達が辺り一面に転がっているのだが、気持ち的には一人で居るのと変わりない。
(……だるいな。やっぱステゴロなんてやるもんじゃないな)
ユメの件から、アビドスの生徒会長についての噂が他校にも広まり、アングラ系の組織の巣窟が増えてしまった。
ホシノが一人でアビドスを狙う大人達を対処しながら、潰して回っているが、それにも限界がある。
生徒会室から閉め出され、武器すら奪われたコウヤは身体一つで不良のアジトに殴り込みをかけていた。
(誰か来る前に移動しないと……先輩に来られると不味いし)
口の中を切ってしまったらしく、そこから流れる液体が止まらなくて血の味がする。
身体が事故の後遺症による身体能力の著しい低下のせいで、普通に銃弾が身体に当たれば怪我もするようになってしまい、複数人を相手取るのは厳しいものがあった。
そんな現場をホシノに見られる訳にもいかず、誰かが来る前にその場を離れる。
(腹減った……紫関行くか)
腹の虫が鳴って空腹を訴え掛けてくる。
コンビニのおにぎりやサンドイッチでもいいが、この時間なら紫関ラーメンが開店している時間である。
見つかる可能性は高いが、背に腹は変えられない。
「大将、やってる?」
ホシノに見つかることもなく、柴関ラーメンまで辿り着き暖簾をくぐった。
彼女が中で張ってないか警戒したが、それも杞憂で数人の客と大将の姿しかなかった。
「おう、坊主。今日も喧嘩か?」
「そういうんじゃない……いつもので」
「あいよ。そういうことにしておくよ」
カウンター席に座ると大将がメモも取らずに注文を受け付けて調理を始める。
大将はコウヤを心配するわけでもなく、叱るわけでもなく、ただただ毎日ラーメンを食べに来る彼を見守ることに徹していた。
ただのしがないラーメン屋。ラーメン屋は客にラーメンを出すだけで良い。彼の中に踏み込むのは先輩やこれから増えるかもしれない友人に任せれば良い。
「あいよ。いつもの」
「いただきます」
柴関ラーメンキャベツチャーシュートッピング。
いつものと言えばこれだった。毎回何かしらのサービスでトッピングが増えていて、今日は煮卵の日だった。
ズルズルと麺を啜り、厚切りのチャーシューにかぶりつく。
「ほふ、ほふ……」
熱々のスープをレンゲで掬って飲むと舌が焼かれる。それでも、このラーメンから得られる活力を取り込むために、箸が止まらない。
時折冷却のために、水を口に入れてリセットするが、それくらいでスピードが落ちることもなく、食べきるのに時間はそう掛からなかった。
「ごちそうさまでした」
「代金は……まぁ、アビドスの生徒会にツケとくよ。領収書持ってきな」
「ごめん大将。絶対払うから」
「金のことよりホシノちゃんと仲直りして一緒にうちのラーメン食べに来てくれれば何でも良いよ」
毎日三食ラーメンという高校生という若さでなければ許されない食生活の資金は全てアビドス生徒会にツケとすることで賄っていた。
それからコウヤは店を出て、次の標的の情報をSNSで調べて決めようとする。
(……ダメだ、疲れて動けない。どっかのベンチ寝るか……ちょうど良いとこに公園見っけ)
たかだか一度の戦闘で疲労が溜まっていた。ホシノの目を掻い潜るために家にも帰らず、日中ベンチで寝ることも増えた。
その行動もホシノには伝わっているのだが、場所を変えたり、裏をかいて変えなかったりして、アビドス中を転々としているため、見つからずに済んでいる。
「あ、あの……! アビドス高校の生徒さんですよね?」
寝床を見つけて眠気が催したコウヤはあくびをしながらベンチで横になろうとすると、見覚えのない女子生徒に声を掛けられた。
「まだ、そうじゃないけど……そうかもだけど、何? 何処のどちら様?」
仕立ての良い服を着て、ベージュ色のロングヘアーを片側だけ輪っかを作った髪の彼女にコウヤは怪訝な表情を隠さなかった。
「初めまして、私は十六夜ノノミです。私立ネフ──」
十六夜。という名字には聞き覚えがあった。
否、聞き覚えどころの話ではなく、一瞬で頭に血が上ったのに、感情は冷えきったまま彼女の言葉を遮った。
「十六夜? 十六夜ってことは、セイント・ネフティスのお嬢様だよな。今頃になってアビドスに来て何しようって?」
ネフティスが復興興業で失敗したせいで、砂漠化が進んだアビドスの経済にトドメを刺した。と生徒会室にあった資料で読んだことがあるコウヤは、十数年以上も前のことにノノミが関係している訳がないと頭で分かっていても、それを許せるだけの余裕はなかった。
「その事について、私からは謝罪することしかできません。頭を下げろというのならいくらでも下げます。
その上で許せないというなら、それでも構いません。お話を聞かせて貰えませんか?」
「……俺から話すことなんてない」
いくら潔いことを言ったとしても、コウヤが求めている物は誠意じゃない。本当に欲しいものはもう二度と手に入らない物で、誰かが簡単に渡せる物でもない。
ノノミの真っ直ぐな瞳を直視できなかったコウヤは逃げるように彼女に背中を向けて、別の寝床を探そうとする。
(やば……身体に力入んないや……)
疲労と怪我が重なって歩く体力すらなくなって倒れたコウヤにいつまでも地面に倒れた衝撃が来ず、そのまま気絶した。
「……う、ぁ……生徒会室……? は? なんで?」
次に目が覚めた時には何故だか分からないが、生徒会室だった。
状況が飲み込めず、周囲を見渡すとホシノが無心でショットガンの整備をしていて、コウヤが起きたのを認識した彼女は家出に失敗して帰ってきた少年を出迎えた母のような呆れた表情だった。
「満足した?」
「……ホシノ、先輩」
それはそれとして、本気で怒っているのか。後輩に向けるとは思えない冷たい声音のホシノにコウヤの耳に突き刺さる。
「……あのさ。他の学校に行くことを考えろとか、生徒会室には入るなとか言ったけどさ。自殺しろとは一言も言ってないんだよね」
「それでも、何もしないでここを離れるのは嫌だ」
自分の居場所になってくれたアビドスから、もう無理だと言って離れることはしたくない。
多分そうしてしまったら、一生この場所を捨てたことを忘れられなくて、心の底から笑うことなんてできない。
その心の全部を口にできてはいないが、このまま放っておいて未来の無い砂漠で死なれるくらいであれば、手綱を自分が握っておいた方がマシだと思い、溜め息を吐く。
「はぁ……分かったよ。おじさんも悪かった。ごめんね。少なくともノノミちゃん、外部の中学生に怒られちゃったら、ねぇ」
「……俺もごめん。ホシノ先輩」
「……」
「…………」
お互いに謝罪の言葉を口にして、気不味い時間が流れる。
大体五分くらいの時間が経った頃、コウヤを生徒会室まで運んだ後、一時的に席を外していたノノミが戻ってきた。
「あ、コウヤくん起きたんですね。二人とも仲直りできました?」
二人に余裕が無かったのは実際そうで、話し合えるほどの状況ではなかったが、それにしても話し合いをしなさすぎた。
何故こうなったか。と言えば、元々アビドスの噂を聞いたノノミがホシノを訪ねて、何日もしつこく付きまとっている中でコウヤのことを知ったノノミがそんな子を放っておけないと、言い出してコウヤを探していたから。だった。
「十六夜さん……あの──」
「ノノミで良いですよー。私も来年からアビドスの生徒です。同じ一年生になるのに名字のさん付けは寂しいです」
「あの、ホシノ先輩。俺が居ない間に何が……?」
ノノミは笑顔の筈なのに、逆らってはいけない雰囲気を感じて、ホシノに助けを求める。
「あはは……いやぁ、うん。色々あったんだよ」
シロコは出せませんでしたね……
次、次は多分出せます。
気が付いたら評価も9が3つ、10が1つとありがたい限りです。