やはり俺のアルドノア・ドライブはまちがっている。   作:ユウ・ストラトス

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当時、皇帝の休戦布告に感じた事を入れてみました。


第15話

マグバレッジ艦長からの呼び出しから界塚弟と網文が戻ってきた時、何やら通路の軍人たちが慌しくしている。

 

「また面倒な事態じゃないだろうな?」

 

ただでさえ面倒事のフルコース中なのにこれ以上は勘弁してくれよな。

そのうち、何人かが部屋の中に入ってくると据え付けてあるモニターの前に陣取る。

 

一瞬、お姫様の正体でもバレたのかと思ったが視線はモニターから離れない。

そのうち、何も映していなかったモニターが切り替わる。

 

「連合とは違う軍服……火星の軍人か?」

 

「ええ、御爺様の近衛の一人です」

 

お姫様?いつの間に俺のすぐ隣に来たんですか?

相変わらず情報はありがたくあるけど、近いからね。肩が当たってるよ?

それと、人が多いんだから余計な事は言わないでね。

 

『愚もうなる地球の民に告げる。我らが偉大なるヴァースの皇帝、レイレガリア・ヴァース・レイヴァース殿下は地球連合政府に対し休戦を布告なさいました』

 

おい、マジで面倒事じゃないですか。もーやだ……。

外交交渉も宣言もなく一方的に開戦しているのに、たった2~3日で一方的に休戦を申し入れるんじゃなくて布告?

やっぱり火星の皇帝はそうとう耄碌してやがるな。

それで開かれた戦端が収束するならば、俺らはこんな面倒な目に遭っちゃいない。

 

「きっと、騎士達の行き過ぎた行動を御爺様が止めようとしているのでしょう」

 

「……だとしたら良い手とは言えないな」

 

火星側の攻撃は行き過ぎた程度じゃすまない。民間人への大量虐殺行為なんて論外だ。

正義なんて勝った方が作ると言っても、一応戦争にもそれなりのルールが存在する。

政府に関わりの無い一般人には火星の情勢になんて何の責任も無い。それを無理矢理な暴論で殺されてはたまったもんじゃない。

一体どれだけの人数が、覚悟をする間もなく跡形もなく吹っ飛ばされたかは数えたくもないし、出来れば見たくない。それを宣言も無しにやったのだ。

 

「休戦を布告する前にやる事があるだろうが」

 

地球を攻撃している現場の軌道騎士でなく皇帝の側近が喋っている。

未だにジャミングは解かれていないってことは、これは現場の頭を飛び越えての言葉ってことか。予想はしていたがここまで馬鹿だとはな。

これで前線の兵士は止まらなくなった。いや、止まれなくなった。

 

「どういう事ですか?」

 

「飼い主はペットに似て大馬鹿だって事」

 

そうなると、地球連合のお偉いさんがどうするか……最悪の選択をしなければいいけど……。

何が「愚もうなる地球人」だよ。手負いの相手ほど怖いものは無い。

今の立場を考えれば一番愚かなのはお前だよヴァース皇帝。

連合が最悪の選択肢を取れば火星と言えど無傷では済まない。いや、ヴァース滅亡や人類終了だってありえる。

 

「でも、これで騎士達は」

 

「これで止まるなら、そもそもこんな事にはなっていない」

 

皇帝のこのタイミングの宣言から恐らくは攻撃命令が出ていないのに現場判断で動いて戦争になったんだ。それを今更、休戦を宣言したところで恐らくは現場の判断で続ける。

そもそも、お姫様の暗殺を企んだ奴らがここに至って皇帝に従うとは思えない。

それでもこっちとしては悪い話ばかりではない。

 

「これであっちも動くか?」

 

現場の騎士にも想定外だと思う。

休戦協定が結ばれる可能性は限りなく低いが、事態が進行する前に俺達とのケリを付けたいはずだ

お姫様の今度こそ殺しに来るか……昨日の屈辱を晴らしに来るか……。

何にせよスパイも必ず動く。

どちらにしても、どの手で来るかでやる事は変わるし、向こうが何を知っているかが重要だ。

 

「何の話ですか?」

 

「禁則事項」

 

だから、さっきから肩が当たって近いって言ってんでしょ。

それとスパイの事をお姫様にいう訳ないからね。

膨れっ面は界塚弟にでもしてくれ。

 

 

 

艦長室から戻った界塚弟と護衛を交代して、お姫様から離れたところで入り口に来ていた鞠戸大尉が近寄ってきた。

 

「比企谷、火星から休戦の申し入れがあったらしいな」

 

「ええ、偉大なる問題児が愚もうなる連合に休戦を布告するそうですよ」

 

何か、こんな風なイントネーションで言うとどこかの名前で損してるラノベみたいだな。

 

「にしても、これは……」

 

「最悪のカードを手札に入れましたかね?連合は?」

 

「そら、入れるだろうな……止める鍵を持っていないって公言したからな」

 

「……ですよね」

 

この状況であんな悠長な事を言っている皇帝は地球連合からしたら頭の中がお花畑としか映らないだろうな。

火星の上層部には心理学に精通している奴はいないみたいだ。

この放送はただ威張り散らすのが目的なのかってくらいに己の馬鹿を吹聴している。

 

「大尉の方はどうなんですか?進展は?」

 

「あると思うか?」

 

「……思いません。一応ですよ、一応」

 

鞠戸大尉にスパイを見つけられるかどうかと言えば、多分無理。

あくまで戦車乗りでKAT乗りである大尉に内偵の適正があるとは思っていない。

それでも昨日の内に大尉に言ったのは、戦闘データを見れば分かってしまう事だからだ。

その回答に行き付くのであれば、只でさえお姫様なんて痛い腹を抱えているのだから、先手を打って言ってしまった方が後で面倒が少ない。

 

この揚陸艦の軍人で確実な味方で口の堅い条件にあてはまり、まともに話を聞いてくれそうなのは鞠戸大尉くらいだ。

マグバレッジ艦長も条件にあてはまるのだろうが、周囲がどこまで信用できるかってのがある。側近がスパイだったら目も当てられない。

まあ、戦闘データを見ていたら既に気が付いても可笑しくない。流石に不用意な事は言わないだろう。

 

「あいつが来たのは一番近い東京からだとは思うが……そもそも揚陸城の落着から東京とは連絡がつかないし、このジャミングじゃ通信は無理だ。一応、その辺は調べてみたが掠りもしねぇ」

 

揚陸城の落着地とは通信が出来ない状態が続いている。

そうで無くてもレーザー通信以外はジャミングの影響で短距離しか使えない。

恐らくは受信系統の履歴も調べたのだろうが分からなかったのだろう。

今更、見つけられるような通信であるとは思っていないから想定内だけどな。

 

「まあ、でしょうね。としか言えないです」

 

可能性としてはミミルの方が傍受出来るかも知れないけど、0.01%が0.02%になる程度のものだ。

 

「それにしても、交戦データを見たが随分と無茶したもんだな」

 

「それはバリア野郎ですか?それともチャンバラ?」

 

「どっちもだ」

 

俺は無茶なんてしてないです。やったのは界塚弟とお姫様の方ですよ、大尉。

 

「バリア野郎に近接戦闘しかける鞠戸大尉の方が随分無茶してますよ」

 

「それを言うな」

 

「まあ、距離を取ったら界塚准尉が危なかったんでしょうから仕方がないんだとは思いますけど、自殺行為だし過保護じゃないですか?」

 

「……ちっ、黙っとけ」

 

そう言って、またスパイ探しに行ってしまった。

なんだかんだで大尉も捻デレ患ってますよね。なんて言ったら殴られるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

想定できる状況には準備をするべきである。

それは物理的なものだけではなく、心の準備も同じだ。

だから、網文たちが覚悟する時間は早い方が良い。

 

「んで、マグバレッジ艦長は何だって?」

 

大よその検討は付いてはいるが艦長が界塚弟を呼びだした内容を聞いてみる。

 

「伊奈帆、正規軍人なら勲章ものだって」

 

俺は界塚弟に聞いたんだが……。

にしても勲章ね。まあ、そんなものしか出せないだろうな。

 

「まあ、僕の手柄なんかじゃないから」

 

「いや、お前の作戦なんだからお前の手柄だろ。なんなら貰ってこいよ」

 

今後、徴兵された時には一応役に立つかもしれん。

 

「先輩がそれを言いますか?」

 

「ダンゴムシのバリアの原理と弱点、見破ったのはお前だ。俺はその情報を基に勝手やっただけだ」

 

界塚弟の主観には少なからず偏りがある。こいつは俺を何だと思っているんだ?

ああ、シスコングールでしたね。それはそうと事実は正確に認識するべきだ

1%を2%にするのはそう難しい事ではない。俺がやったことはそういう普通の事だ。

でも、こいつは0を1に出来る。0%の可能性をひっくり返す1%を導き出せる。それは普通の事ではない。

 

「名誉の為に死ぬほど馬鹿じゃないが、あって困る事は少ないだろ?」

 

「そうでしょうか?」

 

「少なくともお前の立場ならな」

 

作戦立案と指揮を求められる事になれば、勲章の一つは手駒を言い聞かせる材料くらいにはなる。

 

「……先輩や韻子は?」

 

「俺はそういうのは柄じゃないし、網文はむしろ面倒だ」

 

どんなに男女平等などと謳われて久しいが軍隊は男社会だ。

下手な実績を持たせと反発を受けかねない。それなら界塚弟の笠に入った方が安全だろう。つーかそのまま付き合ってしまえ。

 

「今後の立場……ですか?」

 

ってか、網文はまだ理解が追い付いてないのか。

 

「ああ、ヴァース皇帝の休戦布告を見ただろ?」

 

「はい」

 

「それがどうしたんです?」

 

クラフトマンも網文は流石にあれだけじゃ分からないだろうな。

もっと物事を疑ってかかるべきだと思うぞ。

 

「ほぼ確実に休戦にはならない」

 

「どういう事ですか?」

 

「だって火星の皇帝が休戦って言ってるんだぜ?」

 

ところが、そうでもないんだよ。

お前らは知らないから無理もないが火星にはお姫様の暗殺を企てた奴が居る。

少なくともそいつは皇帝のいう事を聞く訳が無い。

 

「あれで止まるなら、多分この戦争は起こっていない」

 

「だから、どういう事なんですか?」

 

だから分からないからって直ぐに聞かずに少しは思考しなさいね。

 

「お前らはあれを見てどう思った?」

 

「えっ?……取り敢えず、戦争お休み?」

 

網文もクラフトマンの回答に頷いてる。

 

「……随分と手順を飛ばした発言だなと」

 

流石、安定のイナペディアは今日も平常運転ですか。

 

「現場で死ぬ思いをしてる兵士たちは第一印象は多分網文とそう変わらない。でも、安全圏に居る軍や政府の上層部からしたら界塚弟の方が近い」

 

「伊奈帆、どういう事なの?手順って?」

 

「本来、停戦が長期にわたる事が休戦と言うんだ」

 

そう、だから手順を飛ばしてるってのは表現として正しい。

 

「まあ歴史上は例外もあるがな……休戦ってのは停戦の後に協定を結んで数か月・数年単位での戦闘を停止する事だ。一方的に布告したからって休戦になる訳じゃない」

 

それなのに手順を飛ばして休戦と言ってしまう。

政府の高いレベルの人間は言葉の一端にも気を使うものだ。あれは自分はその区別もつかない馬鹿と言っているようなものだ。

 

「休戦したいのならまずは一時停戦だ。停戦ってのはその名の通り一時的に戦闘を停止する事。戦闘行為は直接的なドンパチだけじゃない。例えば機雷掃海のような行動も戦闘行為に含まれる……そして通信妨害もだ。むしろ休戦協定を結びたいのなら真っ先に止めるべきは通信妨害だろう」

 

「でも、ジャミングは解かれていないそれが証拠になる」

 

そう界塚弟の言うとおり、それがヴァース皇帝が何の役にも立たない事の証明になる。

 

「ああ、それはつまり自陣の人間に撃つのを止めるように言わずに、敵の地球には「俺たち攻撃止めるから撃たないで」と言っているような状況だ」

 

拡大解釈ではあるがな……未だジャミングを続けるって事は現場に指示は出していない。もしくは指示を聞いていない状況だ。

 

「ちょ、なにそれ!」

 

「こっちには撃つなって言っておいて、自分らは止めないのかよ!」

 

「実際は知らないが、そう取られても可笑しくない事を言っているって事だ」

 

軌道騎士に命令を出しているのだとしたら、既に軌道騎士を繋ぐ鎖は切れてしまっている。

 

「それは火星本国と地球上の軌道騎士の意思疎通は出来ていない証拠にもなる」

 

界塚弟の言葉に俺は頷く。

 

「そして現場の俺達はそういう訳にいかない。なんせ相手が撃ってきてるんだから、反撃しないと殺されるだけ……後はもう泥沼だ」

 

そんな騙し討ちされては死んだ人間も死にきれない。

死人の無念は怨念となり、残った者は復讐の刃をその手に握る。

それは俺だって例外じゃない。もし身近な人間が死んでいれば今頃はお姫様の首に手をかけているし、それこそ軌道騎士の全員を殺してでも足りない。火星を粉々にしても気が済まない。

 

「強力な武力を持つ37の別箇の軍隊、それは各軌道騎士の意思で動き皇帝の言う事を聞く保証はない……それを自白したんだ。」

 

あの言葉で状況は悪化したとしか言えない。自分のやるべきことを放棄して地球側にあーだこーだ言ってるんだ。それでも希望があるとすれば……

 

「まぁ、たった2日であんな事を言ったって事は、皇帝自身は戦争に発展させるつもりは無かったんだろう」

 

多分、これが唯一の救いだ。それはつまりお姫様の存在は軌道騎士には使えなくても火星本国には切り札となりえる。

最悪、火星と地球の戦争では無く、火星・地球と軌道騎士の戦いに変われば選択肢は格段に増える。後は暗殺を企んだ連中を吊し上げればいい。

 

「何でそんなことが言えるんですか?」

 

「戦闘の大義名分は?」

 

「それは……そっか……お姫様暗殺の復讐なんだから一番怒ってるのは皇帝?」

 

「本来ならな……少なくとも翌日に武力行使をするつもりは無かったんじゃないかと踏んでいる」

 

「そうですね。せめて事件の詳細を知らない限りその気は無かった」

 

「そう考えた方が筋は通るな」

 

だから、休戦を布告した。

でもそれは悪手、いや最悪手だった。それだけの事だ。

事態は悪化したが俺たちの状況はそう大きくは変わらない。降りかかる火の粉は払うし、必要なら殺す。何も変わらない。

 

「そもそも復讐って大義名分が可笑しいんだ。まだ、何も分かっていないのに現場にすら居なかった軌道騎士が翌日には暗殺だと決めつけた」

 

あんな事件、証言の時系列を確認するだけでも数日かかる。それを翌日には地球側の非と断定すること自体が間違っている。最初からダミーストーリーを用意していたと見る方が自然だ。

 

「それに呼応して現場判断で休戦規定を無視して攻撃が始まった」

 

火星に支援をしている勢力だってあったのにそれを完全に無視している。

 

「結局は適当な理由を手に入れた現場の暴走だ。資源や領土が目的なんだよ」

 

テラフォーミングがされていない火星では限りがあるからな。

 

「くそ、火星人どもめ!」

 

クラフトマン、五月蠅いから少し静かにしてくれ。

 

「そして、かなりの優勢であるのに休戦を言い出す理由は?このまま続ければヴァースが勝つのに?」

 

「でも、戦闘を続けて向こうが被る被害とか」

 

「暴走している軌道騎士には殆ど被害が無いからその考えは希薄だよ」

 

現場と本国とでは危惧しているモノの中身が大きく違う。

 

「休戦のカードを出した理由は皇帝にとっての最大の懸念が地球側が差し違えを選択する事だからだ。このまま虐殺されるくらいなら一矢報いるくらい考えてもなにも不思議はないし、多分止める奴もいない」

 

それもとびっきりの一刺しを選択する可能性が高くなった。

 

「差し違えって?だって火星カタフラクトには殆ど無力なんだぜ」

 

「ヴァース本国の最大の懸念は火星カタフラクトや揚陸城への攻撃じゃない。本国へのNBCR兵器の攻撃だ」

 

そして、皮肉にもその懸念を現実のものへと歩を進めたのはヴァース皇帝の言葉だ。

 

「NBCR?」

 

「核兵器、生物兵器、化学兵器、放射能兵器だよ。カーム」

 

「そう、一般的に大量破壊兵器、大量殺戮兵器、非人道兵器なんて呼ばれる類のものだ。テラフォーミングの出来ていないヴァースにとってはそれこそ最悪の一手だ。」

 

外法の兵器だが、無いわけじゃない。ある所にはあるモノだ。

非人道兵器と言われてはいるが人道的な兵器も無ければ人道的な戦場も無い。

それでもNBCR兵器は大量の非戦闘員を簡単に巻き込んでしまう。命を奪う兵器では無く、次世代にまで被害を及ぼす未来を壊す兵器だ。だからこそ条約で禁止されていたりしているが、全滅するくらいなら使ってしまう。

特にNBCRは空気や空間に多大な影響を及ぼす。外で生きていく事の出来ない火星のヴァースの国土はいわば牢獄だ。身動きのできないところにそんなものを撃ち込まれでもしたら、貴族連中はともかく一般市民は全滅しかねない。

まして、遠くの惑星だ。汚染などによる地球への二次被害は考えなくていい。むしろこれを機に火星が核のゴミ箱にされても不思議でも無い。

 

「市民には万単位で死者が出る。何とか生き残ったとしても重大な後遺症に悩まされる。それこそ何世代にもわたってな」

 

地球の死者は既に火星の人口を超えている。このまま情勢が悪化の一途をたどると、ヴァース本国を攻撃する可能性が高くなる。NBCR兵器の全てを37の揚陸城では防ぎきれない。

 

「たとえそうなったとしても、地球人が皆殺しになるよりはマシと考えるのは可笑しい事じゃない。それだけの人数が火星人に殺されているんだからな」

 

殺したから殺されて、殺されたから殺してなんて言ってたアニメがあったけど詭弁でしかない。それが我慢できるマザーテレサみたいなのばっかりなら、そもそも争いは起こらない。

大体、そう言った本人だって戦場で敵兵士をバカスカ殺してる。殺した兵士の家族に同じことを言えるのか?と思ったものだ。

そして最後に平和になるのは間違っていない。敵を一人残らず殺せばいい。

でも、それはそうそう出来やしない。人間ってのは数が多い上にしぶとい強かな生き物だ。

 

もともと地球から遠く離れた星で、NBCRの最大の問題である汚染なんて気にする必要も無い。

大量虐殺の咎で誰かが精神を病むことはあるかもしれないが、地球のみんなが死ぬよりは火星のみんなが死んだ方がマシと考えるのが地球連合だ。そしてそれは至極当然の事だ。

自国が崩壊しても他国の崩壊を防ぐような奴は政治家ではない。ただの自殺願望者だ。

 

「それを危惧しての休戦布告?」

 

それを危惧するくらいの頭はあるんだろう。でも、たかが一研究者でしかなかった皇帝は理化学しか分からないコミュ症だ。

 

「でも、それならこっちの返事を聞くためにジャミングは解除しなきゃならない。連合本部はどこか分からないなら全域を解除する必要がある。その邪魔をしているのは現場の軌道騎士だ。こっちからの声は届かない」

 

部下であるはずの軌道騎士の人心掌握も出来てない。騎士の思いを理解することも、まして命のやり取りをしている人間の心理など分かり様も無い。

とても、上に立つべき人間ではなかった。アルドノアによって担ぎ上げられただけの張子の虎だ。

 

「だから、戦闘は継続される。そして、そうなると俺達はこの先で確実に徴兵される」

 

「……そんな……何とか生き残ったって言うのに……」

 

「軍はそう考えない。他は負けて死んでいるのに、俺達は生き残った。それは火星カタフラクトに対して有効な存在と見られる。ここにお前らのクラスメイトが居ないのはその準備段階だからだ」

 

この辺は軍隊ってのは分かりやすいまでの効率主義だ。俺達の意見なんてものは無視するに決まっている。

 

「ニーナ達は適正として揚陸艦の運用に回されるって事ですか?」

 

「海のど真ん中で立ち往生する訳にいかないからな。いざって時に直ぐに操作できるように説明を受けているんだろう。既に徴兵を視野に入れている証拠だ」

 

補給の目途が立つかも分からない情勢で海のど真ん中なんて、最悪の事態に陥った時に生き残れる可能性が少ない。せめて接岸操作くらいは教えているんだろう。

 

「徴兵自体は回避する方法は無い以上、覚悟はしておけ」

 

回避する方法が存在しないのなら受け入れるしかない。

心の準備が出来ているだけでも大きく違う。

 

「もっとも、だからと言って軍の言いなりになるつもりは無い」

 

覚悟が決まっているなら冷静になれる。命令に言いなりになる必要はない。死ねと言われたら上官を殺してでも生き残るくらいで丁度良い。

 

「まあ、先輩を言いなりにできるのは妹さんか奉仕部のお二人くらいですからね」

 

「おい、界塚弟。何で俺が雪ノ下たちの言いなりになってる前提なの?」

 

「違うんですか?」

 

違うに決まってるでしょう。土下座させられて踏まれた事はあっても傅いた覚えはない。

 

「ってか、小町ちゃんの言いなりは認めるんだ」

 

「兄が妹の言いなりなのは当たり前だろ?」

 

「聞いた事ないんだけど……」

 

そんな筈ない。遠い千葉では当たり前の事だと聞いたぞ、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、行く通路の先の丁字の突き当りをお姫様とチビ侍女が歩いていくのが見えた。

おい、界塚弟。俺さっき離れるときに目を離すなって言ったよね?

チビ侍女が何か言っているみたいだが……ってか、深刻な表情から見てもトイレに行くようには見えない。まったく、少しはこっちの身にもなれってんだ。

もう、ここ2~3日で俺の胃に穴開くぞ、マジで。

 

「大人しく休戦状態を受け入れる連中じゃない。握りつぶされるだけよ」

 

「しかし、戦争が長引けばそれだけ犠牲者が増えます」

 

曲がり角の先では想定外にライエ・アリアーシュとお姫様が口論を……いや、口論にもなっていないな。

お姫様の言葉は一見、正論なのかもしれないが現状の上ではライエ・アリアーシュの方が正しい。それでもこの状況は俺にとっては好ましい状況ではないんだよ。

隠し持った拳銃をライエ・アリアーシュの後頭部に突き付ける。

 

「犠牲者の数なんざ今更だ」

 

「……腐り目」

 

差し迫ると基本的にゾンビかグールをベースなんだな、お前の語彙は。

 

「八幡さん!」

 

俺が拳銃を突きつけているのが見えたのか、お姫様の声が大きいが幸い今この区画には人が居ない。

視線をチビ侍女に向ける。

 

「おい、チビ。必要なら殺せと言ったはずだぞ」

 

「……それは……」

 

こうならない為にお前がブレーキ役をやらなきゃ拳銃を持たせた意味が無いだろうが。

 

「それとライエ・アリアーシュ……勝手な事をすれば殺すと忠告したはずだが?」

 

「つっ」

 

押し付けた銃口に力を少しかけるとゴリッと小さい感触が銃身を伝わる。

比較的強めに押し付けたから痛みを伴ったのかもしれないが、俺の知った事じゃない。前に忠告したのに勝手な行動を取ったこいつが悪い。

 

「……そう思うならお姫様の手綱を握ってなさいよ」

 

あんまり不穏当な言葉は避けろよな、ライエ・アリアーシュ……どこでスパイが聞き耳立ててるか分からんだろうが。

 

「ここまでおバカなのは俺も想定外なんだよ……最後通告だ。部屋に戻れ。さもなくば……」

 

ほんと、想定外だ。何から何まで想定外……マジで誰か攻略本持ってないか聞きたいわ。

今、この場でこいつを殺すのは簡単だ。あとは引き金を引くだけだが、今はデメリットの方が大きすぎる。隠し持った拳銃の露見と人死にが出る事での艦内の空気、その他諸々のリスクを考えると得られるリターンはマイナスと言っていい。

 

「私だってこんな所で死ぬつもりは無いわ……お姫様、あなたが死にたいのは勝手だけど巻き込まないで」

 

そのご意見には俺も諸手挙げて賛成なんだけどな。

ライエ・アリアーシュが見えなくなるのを確認したところで張っていた神経を緩める。

 

「はあ……おい……」

 

「……はい」

 

まったく今更、そんなバツの悪い顔すんな。

あれだけ言ってんのに、ここに居るって事はヴァース皇帝の休戦宣言に合わせて自身の正体を明かして、本国と連絡を取ろうって事だろう。

 

「俺は余計な事をするなと言ったはずだ」

 

「しかし」

 

「しかしじゃない。休戦宣言してても戦闘状況は変わらん」

 

そもそも一時停戦も出来ているのか怪しい。

 

「それと今更、被害者の数なんざ大差ない」

 

「なっ!本気で仰られているのですか!?」

 

「事実だ。15年前に人口の半分が死んでいる。この戦いでも数えきれないほど死んでいる……今更だ」

 

俺自身や家族や知人、それを守るのが最優先である以上、名前も顔も知らない誰かがどこで何人死んだところで今は些末な事象だ。

 

「それでも少しでも被害を少なくしなければ」

 

「その為に俺達に死ねってか?」

 

「!?」

 

何を驚いている。

あんたのやっている事はそういう事なんだよ。

 

「あんたの役割は……っ!」

 

唐突に訪れた衝撃に揚陸艦が揺れる。波などではここまで大きな艦体を揺らすのは難しい。それなら答えは一つしか考えられない。

ってか、早いんだよ。もう少し立場とか悩んでくれよ、火星騎士。

 

「……これは」

 

休戦の言葉は思った通りなんの役にも立たなかった。

現場に居ない馬鹿の言葉は聞く気はないってのが軌道騎士の意思って事か。

 

「もう止まらないぞ。停戦すら出来ないのに休戦なんてな……少なくとも、あんたの存在は何の意味を持たない」

 

これがここだけの特殊な事態であるのか、他の戦場でも同じなのかは知りようも無いが、休戦布告中に攻撃をしてしまったのだから、もう皇帝の言葉は地球も聞く耳を持たなくなった。少なくともこの揚陸艦の人間は……

 

「チビ、お前はこいつをさっさと部屋に連れて行け!」

 

俺は格納庫に向かって走りだす。

襲撃者は昨日の奴か?お姫様を殺しに?それとも新芦原と基地の意趣返し?

どれにしてもこの状況下で襲撃した時点でヴァース皇帝への忠誠心は低い。

ここでもお姫様は切り札にならない。戦い殺す以外の選択肢は無い。

 




アルギュレ戦は次回になります。
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