やはり俺のアルドノア・ドライブはまちがっている。   作:ユウ・ストラトス

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大変お待たせしました。


第16話

格納庫に走り込むとカタフラクトのパイロットと整備員が緊急出撃の為に入り乱れていた。

ここまでくる間に浸水だとかの警告は無かった事から揚陸艦そのものに深刻なダメージを負った訳じゃなさそうだ。衝撃の前に艦内警告が何もなかったところから見ると火星側の接近に気が付かなかった可能性が高い。それは通信ジャミングの副産物なのか向こうの機体特性なのかは分からない。

そんなのは実際に見てからじゃないと判断できないが、わざわざ相手に気が付かれない、警戒されることも無いなかで先手を打てるという圧倒的なアドバンテージを捨てている。

それが戦艦を一撃で致命傷を与えられないのであれば分からなくもないが、今までに見てきた火星の兵器であれば一撃で戦艦を沈黙させることはそう難しくない。

 

艦橋を狙うなり艦載砲を潰すなり、向こうの有利性を高める選択肢はいくらでもある。

それこそ一発でこの艦を沈没させる方法だってある。それなのにそうしなかった。

忙しなく走り回る船員の言葉からみてさっきの衝撃は火星カタフラクトが甲板上に取りついたものらしい。色は白で両手の大きな機体。リベンジがどうとか言ってもいたし、昨夜のレーザーブレード使いの可能性が高い。

 

相も変わらず舐めている。昨日退けられて少しも学習していない。

こっちから明確に与えたダメージは網文のコンテナ攻撃くらいなものだが、エリート様ならもう少し考えろよな。

 

避難民の押し込まれている部屋からよりはお姫様の居た通路の方が格納庫に近い事もあって界塚弟はまだ姿を現さない。

まぁ、俺からしたらその方が都合が良い。あのシスコン優等生のことだから、俺の兵装に関してやれ効率が悪いだのあーだこーだ言うに決まっている。

雪ノ下といい、界塚弟といい、どうして理系の奴らはこうも俺に対して口煩いんだか。

スレイプニールに乗り込みシステムを立ち上げる。

 

「戦術データリンク、オンライン」

 

揚陸艦のデータからあの揺れの後の行動を閲覧する。

やはり昨日の奴だ。わざわざ『雪辱を晴らす前に終戦となっては困る』なんて宣言付きからして搭乗者も同じと考えるべきだろう。国家の立場よりも界塚弟へのリベンジマッチが優先……ホントこいつも馬鹿軍人か。

 

「空から飛び降りて……艦載砲を破壊か……」

 

あの機体特性だ。艦載砲を破壊できるのであれば艦に取りつく前に破壊するべきだ。こっちが接近に気が付いていないのであれば難しくはない。

相も変わらず、こっち側を舐めている証左だろう。それであれば基本的な作戦の変更は無しでいけるか?

 

破壊された艦載砲と相手の動き。その他もろもろを考えて、追加したパーツの重量バランスのパラメーターの調整具合を最終チェックする。

今回の作戦はこのパーツがブレードをどうにかするためには、正確な操作と更なる一歩が必要だ。

 

「先行隊は全滅……はぁ……」

 

鞠戸大尉が出ていれば少しは違うんだけどな……。あの人の性格じゃ真っ先にKATで出ていきそうなものだけど、先行隊には居なかった。そこに僅かな違和感というか嫌な予感を感じなくもないが、スパイの件もあるしここで死なれる訳に行かない。結果としては良かったかもしれない。

 

先行隊の全滅によって確認したかったことは見れた。

火星カタフラクトの武装は初見殺しだ。先行して相対すれば死ぬ可能性が高い。もっとも今回は昨夜の戦闘データがあったはずで手を考える材料がなかった訳じゃない。正規軍人としちゃもうすこし粘って欲しい所ではあるが無いもの強請りでしか無い。

先行隊の残した戦闘データは彼らが文字通り命と引き換えに残した情報だ。活用しなきゃ彼らは無駄死になる。

 

昨夜の戦闘データは穴が開くほど精査していた。運否天賦の勝負をするのはガラじゃない。この場に出そろった情報を基に決めるしかない。それでも100%の確証は得られる訳もなく二者択一は避けられない。

単純な選択。でも、いや、だからこそ重要な選択だ。そして正解を選んだとしても死の可能性が消える訳じゃないし、成功したとしても自機の損害は免れられない。

それでもこれがこの戦闘だけじゃなく戦争において一番効率が良い手段だと思う。

 

「システムオールグリーン、艦載ロックの解放を確認」

 

ハンガーの固定部位が解放されているのを確認しオレンジの機体を立たせようとしたとき、機体の足元に界塚弟が立っているのが見えた。外部マイクでそこを退けと話しかける。

 

『その腕の……無茶です』

 

「……お前には関係ない」

 

ってか、一瞬で俺の作戦を看破しやがった。

何お前、俺のこと好きなの?海老名さんがオクラホマミキサー踊りだすからやめてくれる?

 

『ナオ君!?こんな所で何してる!?』

 

そうこうしている間に界塚准尉まで来ちまったよ。

軍人と言っても鞠戸大尉のように他に出来る事がある訳じゃないからカタフラクトで出撃するつもりなんだろうけど、そもそも痛み止めで誤魔化しているだけの人間を矢面に立たせて太刀打ちできる相手じゃない。

 

『ユキ姉こそ負傷兵だろ?』

 

『パイロットが足りないの!』

 

まったく、姉弟でイチャイチャと……ってか俺の事忘れてない?

まあいいや、界塚姉弟2人してフルボッコに言われる前に先に行かせてもらおう。

 

『なら、ユキ姉手伝って……って先輩も少し待ってください!』

 

「うっせ、知るか」

 

まあ、これが何なのかは知ってるわけだし、あいつの作戦を参考にしているからな、こういった形で取り付けているのを見ただけで大よその作戦を理解してんだろう。その危険性も。

 

機体を立ち上げさせて車両用エレベーターに向かう。

ああ、もう指が……。

細かく震え始めた人差し指を一度思いっきり握り深呼吸。

やる事は一つ、ブレーキを踏まない事。

俺の考えが正しければ中途半端が一番、致死率が高い。

他の道は無いし、来た道も消えてしまったんだ。進むしかない。

 

 

車両用エレベーターが降りてくるまでの間に恐怖はピークに達し、さっき一度握りこんで抑えた指の震えがまた大きくなる。

呼吸のリズムも自然と速まっているのも自覚してはいるが完全にエレベーターが上昇を終えるまでに抑え込めるものじゃなかった。

 

『比企谷君』

 

そんなタイミングで通信を入れてきたのは界塚准尉だった。

 

「負傷兵が何の用ですか?」

 

『はぁ、ナオ君といいキミといい……人をなんだと……』

 

なんかものすっごい呆れてますってトーンで言われてもな。

負傷兵なのは事実だし、近接戦闘しかない戦場において一瞬の操作が命取りになるのに痛み止めで感覚が鈍っている准尉を出す訳に行かないじゃないですか。

どーすれば納得してくれます?土下座すればいいんですか?それとも靴でも舐めます?

 

『とにかく、もう止めないわ。ナオ君のプランを言うわね』

 

界塚弟の提案を聞いて思った言葉が口を出る。

 

「あいつ、性格悪ぃ」

 

『そのリアクションもナオ君の予測通りよ。比企谷君にだけは言われたくないって』

 

あの野郎、どこまで俺の思考を先読みしてやがるんだよ。

エレベーターが下に降りてきて、上に見える青空が恨めしくも思えてくる。

スレイプニールを乗せると上昇を始める。

 

『私の権限の限りで準備してます。それまでは……』

 

だから、そんなに心配そうな声を出さないでくださいよ。

少なくともあなたの弟は死ぬリスクはかなり低くなるはずなんですから。

 

『それと、無茶はしないで……まずは一歩を踏み出しなさい』

 

「……了解」

 

エレベーターの上昇によってメインカメラが襲撃者を捉えると心臓が大きな音を立てて跳ね上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『現れたな。我が宿敵よ!』

 

機体だけで判断するなよ。乗ってる人間は違うつーの。

界塚弟と勘違いしているならそのままでいいや。わざわざ向こうに言う必要も無い。

それよりもそれをわざわざ外部スピーカーに出力する意味が分からん。

 

「うっせ、中二病患者」

 

外部へのマイクは切っている。誰も聞いてはいないが、虚勢の一つでも吐かないと精神が押し潰されそうで、まだ地味に人差し指が震えてやがる。

それもそうだ。新芦原でも基地でも一人で戦ったわけじゃない。

正面切ってのタイマンなんてこれが初めてだ。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・・・・」

 

今までの戦闘とは比較にならないレベルで喉が渇いていく。

冷や汗が流れる。自然と心拍数が上がっているのを自覚した。

 

怖い。

本能が逃げろと叫んでいるが、逃げたところで生き残れるわけじゃない。

お姫様って手札も今は切り札どころか紙切れ以下だ。

 

とにかく理性が、冷静な思考が、必要だ。

俺は不本意ながらも自意識の化け物なんて評されているんだ。

本能なんてものがこの場で役に立たないのなら、自意識にでも喰わせろ。

とにかくやる事は……そうだ。一歩を踏み出すんだ。

振るえる指を動かし一歩前に出ると、その脚から伝わる振動がコックピットの俺の体を軽く揺さぶる。

 

界塚弟から俺のやる事を聞いている筈だ。その界塚准尉が「死ぬな」とは言わなかった。

私生活ポンコツだけどカタフラクトのパイロットとしては相当に優秀な人だし、この状況で気の利いた気休めを言えるほど器用でもない。それに俺のする事が本当に勝ち目のない無茶なら今からでも止めている。不器用なくせに責任感のある優しくて心配性な良い先生だ。

ほんと何で彼氏出来ないんだろうな……あぁ重度のブラコンだからか。

確かにあんなハイスペックな弟がいちゃ大抵の男なんて霞むよな。全く、えげつない作戦を考えやがって。

 

界塚准尉は一歩を踏み出せと、前に進めと言っている。そう思うといつの間にか指の震えは止まっていた。

やる事は一つでタイミングは1度きり。

自分で考えて分かっているはずだ。後は実行するだけ。タイミングに迷うな……決めたんなら悩むな……恐怖に躊躇うな……真っ直ぐに加速しろ。

正々堂々、真正面から崖に向かって踏み込め。

 

『甲板上の練習機!乗っているのは誰だ!?』

 

「ちょっと黙っててもらえますか」

 

精神を研ぎ澄ませているところに話しかけないでもらえますか、不見咲副長?

多分、直ぐに口出しするからモテないんですよ。

 

『……比企谷君ですね』

 

「マグバレッジ艦長、艦橋の窓は耐衝撃仕様ですよね?」

 

『ええ』

 

「それだけ分かれば充分です」

 

もっとも、返答の内容如何で変更できるほどの作戦じゃない。

手の早い後輩の事だ。どうせ既に手は回している。盤面に駒は揃った。

あとは俺が伸るか反るかってだけだ。恐怖に囚われた思考の時は火星カタフラクトしか目に入っていなかったが、指の震えが止まったと同時に恐怖の思考も消え狭まった視野が広がり冷静な思考が戻っている。

こりゃ、後で界塚准尉に頭が上がらなくなるかもしれない。

 

「戦術データ、揚陸艦の対空レーダとリンク」

 

揚陸艦からの情報もリンクさせることで、この機体のメインカメラや各センサー系が駄目になっても位置関係くらいは確認できる。その中でもまずは対空レーダーだ。

上空をゆっくりと旋回する反応が一つ。こいつがこの火星カタフラクトをここまで連れてきた爵位持ち専用のハイヤーってことか。

新芦原の時と同じ航空機……確かスカイキャリアとか言ったっけか?お姫様の話じゃ特殊な能力は有していない。俺らの通常兵器でも対応可能なのは新芦原で確認済みだ。

思っていたよりも近い。火星カタフラクトの支援をするためなのか、それとも自分が攻撃されると思っていないのか……。

多分、後者だな。雪辱とか宿敵とか言っちゃっているプライド高そうな奴が支援なんてことは考えていないだろう。

 

「ふー……やるか……」

 

近接しかないこいつへの極端な作戦例としては最低限の距離感を維持し続けるのが一番リスクが少ない。でも、それをやるにはキッチリ反応できる技量とそれが反映できる機体、そしてだだっ広いフィールドが必要だ。どれも今ここには用意できない。

だから別の方法を模索しなきゃならない。

そして、その方法においてのはどこかのニュータイプとかスーパーパイロットのような操縦技術などを要するものでない方が好ましい。そうでないと今後の戦闘において界塚弟への依存度を高めるだけだ。

 

この場を凌げても後が続かない。いくら鉄面皮で高スペックといっても一介の高校生である事に変わりはない。新芦原からこっち、この3日間に何度も命の危機に直面している。極度の緊張と緩和を繰り返してる状況に精神はすり減っている。

 

休戦を申し入れた直後の強襲だ。ここで艦が沈み連合本部の知る所となればヴァース皇帝の言葉を真に受けない。逆にカタフラクトを撃破すれば向こうに新しい大義名分を与える材料になる。どちらに転んでも今回のこの近接馬鹿の襲撃でこの戦争はもう止まることは無くなった。この戦闘に勝ったとしても次の戦闘はそう遠くない。

 

もう地球側、少なくともこの艦の中にヴァース皇帝の言葉を信じる人間は存在しない。この場を凌ぐことが出来てもお姫様を取り巻く状況は悪くなる一方だ。それをフォローするのは結局は界塚弟だ。

これ以上、界塚弟に依存する状況になればいつか破綻する。そしてそれは界塚弟だけでなく周囲の全てを巻き込んで死に至る。それは俺も例外では無い。

 

右手のへビーバレルを構えると火星カタフラクトも本腰を入れるつもりか、二本のレーザーブレード交差し構える。左手でハンドガンを直ぐに握れるように展開しておく。

相手が一歩踏み込めば一歩下がる。

 

『我が刃にひれ伏せ!』

 

あーもう暑苦しいな。お願いだからマイクを切ってもらえませんかね?

通常のライフルよりも口径の大きいヘビーバレルでもあのレーザーブレードには対抗できない。ハンドガンも同じだ。銃口が一つの機体から2つになった所で通用しない。増やすなら方角だ。

一応、お前への牽制が無くなると一瞬で死にかねないからな。

精密射撃と牽制攻撃を同時にこなさなければならない。この状況で俺の精神力と技量じゃ精密射撃は一発が限界だ。

 

その時、揚陸艦上のスプリンクラーが作動する。

本来は甲板上の火災や洗浄に使われるもので破壊されたアレイオンは搭乗者の生存は望めない状況で作動させる必要はない。だが、これは界塚弟が姉に頼んでやらせている事だ。

 

撒かれていく水はその大半が甲板上を濡らし、一部は火星カタクラフトのブレードで蒸発し水蒸気を漂わせる。

それでもこのブレードには何の効果は無い。この程度の水で温度が下がったりするのなら、誰も苦労しない。界塚弟の目的はブレードの無効化では無く他にある。

 

『ふん、この程度の水で我が刃を止めることは出来ん』

 

「パフで追いつけないならデパフで引きずりおろすか……」

 

と言っても、あいつの目的はブレードじゃないんだけどな。

 

「ホントいい性格してるぜ、あいつ」

 

こんなこと聞かれたら、猛抗議しそうだな。

そんな事を考えながら対空レーダーからの情報を確認する。

 

「速度は変わらずに一定の旋回か」

 

揚陸艦が対空攻撃しないからって気を抜き過ぎだな。

航空戦闘にあって同じ速度で同じ軌道なんてものは只の的と言っても良い。

あとは弾速と距離を想定にタイミングを計れば……。

 

「……3,2,1,ゼロ!」

 

ヘビーバレルを支えていた左手を少しだけ上に跳ね上げ、右手だけで動かす。ヘビーバレルの銃口は火星カタフラクトの居る前では無く上に、左手は展開しておいたハンドガンを掴み火星カタフラクトに向ける。

本来、ヘビーバレルは片手で撃つものじゃない。それは分かっている。実際、変な角度で撃とうとすれば照準すらままならない。通常のOSによる補正だと状況の先読みが出来ないが、完全マニュアル操作や事前にそれ用の補正プログラムを用意すれば不可能じゃない。

今回は前者だ。鞠戸大尉による俺への暇つぶしの補習は完全マニュアル操作によって行われてきた。補習の間に手持無沙汰でやっていた遊びの経験がこんな形で役に立つとは思わなかった。弾丸と輸送機の軌道と速度、輸送機までの距離などの全てが噛み合うその一瞬にヘビーバレルの引き金を引く。

同時にハンドガンを発砲する。昨日の戦闘でこっちのAP弾の威力は分かっていても先行隊の弾丸を切り払った。

身にかかる火の粉は払わなければ気が済まないのかもしれない。

ハンドガンと言っても普段のライフルと口径も変わらない。一点に打ち込むのではなく頭部に腹部、肩と狙いを変えればそれに合わせてブレードの位置を変えなければならない。

ブレードを動かすよりもこっちのハンドガンの狙いを変える方が速い。完全に弾くには両ブレードを駆使する必要がある。

 

当然当たった所で火星カタフラクトに通用する訳は無いが上空の輸送機はそういう訳に行かない。数瞬をおいて被弾した輸送機はは炎と煙の線を引きながら遠くの海面に水しぶきと共に消えた。パイロットが死んだかどうかは分からないがこの場では介入されることは無い。

 

『なに!?』

 

この状況は想定しないなかったってのは思考能力の欠如ってやつだ。こっちとしちゃ戦闘の流れがどうなる以前に揚陸艦を沈められた段階で負けだ。だからその展開になる要素は排除するのは当然だ。

このブレード馬鹿はブースターの出力は高いが大気圏内飛行が出来るようにはできていない。だから輸送機でここまで来ている。

輸送機と言う逃げ場所が確保されている以上、形勢如何で艦を両断されでもされれば俺達の戦闘に意味がなくなる。

でも、その輸送機が落とされては自分の足場を確保する必要が出てくる。揚陸艦という足場を。

 

「さてと、お互い退路は無くなったぞ……」

 

これでお姫様達の最低限の安全を確保できた。少なくとも迎えの輸送機が来ない間は無理をして揚陸艦が沈没したり、乗組員が自沈を選択するような行動は取りにくくなった。

そして輸送機を破壊したのは同時に撤退するという選択肢を潰したことを意味する。俺かこいつのどちらかか、もしくは両方が死ぬしかこの戦闘は終わらない。

 

こんな方法を取らなくても選択肢によっては相手を引かせる方法もあるかも知れない。でも、ここの戦闘では戦争は終わらないのならばここで相手を殺すくらいでないと次の襲撃への抑止にもならない。

相手の退路を潰したのは新芦原で足りなかった俺自身の覚悟を補うためでもある。

これは戦争で殺らなきゃ殺られる。この艦には戦争を終わらせる鍵が乗っている。小町を守るには遠回りかも知れないがこれが確実だ。その為なら俺は……。

 

上空を向いていたヘビーバレルを手放し、背部にマウントしておいたマシンガンライフルを手にする。レスポンスの悪いヘビーバレルじゃこの後の界塚弟の展開には不利だ。

ハンドガンも手放す。こっちも俺の操作に不備が出ない様に重量になる要素を排する必要がある。何なら左手の装甲を全部排除したい所だがそこまですると相手に気取られる。

 

「次は言わなくても分かるよな、火星人」

 

さっきの輸送機のパイロットだって死んだかもしれない。でもそれを考えているような暇は無い。ここで開き直ってくるなら想定してはいても面倒だがそうはならなかったようだ。

命のやり取りの場で自分の命に関する絶対的な保険が奪われた。負けると思ってはいなくても想定外の状況に焦りは生まれる。

 

『おのれ……』

 

想定外の状況に何を考えているのかは知らないが、その逡巡がこっちのアドバンテージになり、天秤は膠着を示す。

そしてこっちにはその天秤を傾けるカードを既に切っている。

 

白いカタフラクトはさらにもう一歩、歩を進めたところで数発のAP弾を放つがブレードに弾かれる。

 

『くっ、その程度でこの刃を止める事は出来ん。一瞬でケリをつっ!』

 

火星人が武士道気取ってんじゃねーよ。

一気に間合いを詰めようとでもしたのだろう。今までよりも強く踏み出した左足がほんの少しだけ滑ったのが見えた。

その硬直はほんとに0.5秒にも満たない時間だが、戦闘においては致命的な時間だ。

その硬直にAP弾を集中的に放つ。

カタフラクトの重量は戦車の比ではないし、濡れた金属の上は摩擦係数が大きく変わる。

接地面が金属で構成されている以上、あれだけの質量と運動量で摩擦係数が変わると挙動に大きく関わる。

 

「いきなり機動力を削ぐとかホントえげつねぇな、界塚弟」

 

速い挙動をしようとすればそれだけ歩幅は大きくなる。止まると足元は乾いていくが、踏み出した先は濡れているのだ。その度に切り替わる摩擦係数を速く走るほどに気にしなければならない。ブレードの熱で蒸発が早い事が仇となっている。

まあ、その処理をやっているのは機体のOSとCPUだけど、スパイと一緒で一度認識してしまえば乗り手にとっては完全に無視はできなくなる。

 

全速力での突進をすれば、濡れた鉄板の甲板上では投げ出されかねない。スラスターの出力は高くても大気圏内飛行が可能な機体じゃない以上、リカバーする間は只の的だ。

CPUで補正しているにしても、物理法則を無視はできない限り速度を緩めるしかない。たとえそれがほんの僅かであっても、タイミングが重要になる俺の作戦からしたら大きな意味を持つ。

 

それでもこれも界塚弟の目的とは違う。

これはこのあとの本当の目的のためのカモフラージュ。俺としてはさっさとしてほしい所だが、足の下では大忙しの大工事中で時間がかかるのもわざとって訳じゃない。

それでもここで対峙している人間にとっての1分が1時間にも10時間にも感じるような緊張感だ。

 

『先輩、あと少しだけ耐えてください』

 

IFFの反応を見る限り、界塚弟もKATを立ち上げたって事か。

本当は界塚弟を介入させずに終わらせられればベストだったんだけどな。

 

「……向こうは待つ気は無いみたいだけどな」

 

『差し違えはなしですよ』

 

「するかよ。面倒臭ぇ」

 

無駄に建物やミサイル発射管をぶった切るような奴だ。今日もこの戦闘の目的も取り違えている。

上空からの攻撃という絶対に有利なカードを自分から捨てている。それをする理由はそう多くない。多分、昨日のリベンジマッチを考えた下らないプライドの為。きっと未だにこの機体のパイロットを界塚弟と誤認している。

 

ライフルをフルオートからセミオートに切り替え、単発で散発的に撃つ。

ハンドガンの時と同じでランダムに狙いを変えられては、そのブレード位置を調整する幅がフルオートの時よりも大きくなる。

 

数回の射撃ごとに一歩一歩と後退するとそれに合わせて火星カタクラフトも足を前に進める。一歩ずつと言ってもその歩幅はマニュアルで微調整している。

近接戦闘型の最大の難点は間合いだ。いくら強力でも間合いが開き過ぎれば一方的に攻撃される時間が多くなる。確実に距離を詰めるこの距離があいつにとって一足飛びの間合いのギリギリか……。

 

スプリンクラーから放たれる液体の色が急に変わる。それと同時にコックピットのモニターには危険を知らせる警告が流れる。警告は機体周囲に過剰な可燃性物質を感知した事を意味していた。

ゴウッという音を立て揚陸艦上は炎が吹き荒れる。

 

「やっとか……ってか、マジでやりやがった」

 

甲板のスプリンクラーは本来は消火や洗浄の為のものだ。でも、もしそこに可燃性の液体が流れればどうなるか?

答えは単純だ。

この甲板上には火星カタフラクトのブレードが存在している。

噴霧された可燃性物質に触れれば瞬時に発火する。

それは周囲に広がり、消火の為のものが火炎放射器になる。

カタフラクトは大気圏外での活動を想定はされている以上、この程度の温度で根を上げるように出来ていない。

 

『艦上に火を!くっ視界が』

 

だから、マイクがオンになっているだっての。そっちの焦りが筒抜けだ。

界塚弟の目的はスプリンクラーに直結させたこの揚陸艦の燃料。耐えろってのは水に混じる燃料が引火可能なレベルに達するまでの時間稼ぎ。

さっきまでの水蒸気とは比べ物にならないほど、視界が塞がれる。

 

燃料は燃えながらも水の上を広がっていく。

水と燃料とで摩擦係数がさっき以上に変動している。踏み込みが必要な機体からしたら足を止めるしかない。さらに無視界状況での反応は俺達とそう大きくは変わらない。

 

周囲と自身の機体が炎に包まれてようやく事態を呑み込めたらしいがもう遅い。

昨日のコンテナ・アタックを察知できない時点で周囲を見る力が弱いのは分かっている。それが機体の特性なのか搭乗者の特性かは知らないが……退路を断たれた上に炎で視界を塞がれてまともに戦えるタイプじゃない。

 

火星カタフラクトを中心にライフルを撃ちながらスラスターを吹かす事でさらに炎を猛らせる。甲板上は既にかなりの高温で、メインカメラでは距離感が分かりにくい。温度の所為でこっちの居場所と距離は無視界戦闘に切り替えても正確には分からない。慣れていても、相当にきついはずだ。

 

それに引き替えこっちはレーザーブレードの圧倒的な熱量と光でブレードの位置は分かる。二本の位置関係から本体の場所を割り出すのはそう難しくない。

 

ライフルからAP弾を放つが一発目が当たった所で次弾からは火星カタフラクトはブレードで防がれる。

弾丸の当たった場所から射角などを推測している。それでも散発的に撃たれれば被弾の数が増える。フルオートで撃てば大まかな銃口の動きを読み取られるが一々狙いを変えられては対応は難しい。

直接の有視界なら銃口から見分ける事も出来ただろうが無視界ではそれも難しい。夜間ならば暗視装置なんて選択肢もあるが、今は日中で炎の中だ。位置は分かっても姿勢などまでは分からない。

 

『おのれ!小癪な真似を!』

 

一方的な攻撃をされる状況にようやく開き直ったか。

そうなればこのブレード馬鹿が取る次の行動も予測できる。

この状況ですら射撃兵装を使用しない理由は無い。昨日の反省のもとに銃の一つでも持って来ていれば既に撃っている。

やはり武装はアルドノア・ドライブによるブレード2本のみだ。近接武装のみであれば開き直った所ですることは同じ。

近づいて斬る。ただそれだけ。

 

もっともそのカードが強いのも事実だ。

ここまでお膳立てしたってこの先の選択肢を間違えれば俺は死ぬ。

でも、お前の剣捌きには決定的な欠陥がある。俺の考えが正しければ!

 

「さあ……来い!」

 

わざと銃撃を止める。

マガジンの中身はまだ半分以上に残っているが、向こうはこっちの本当の残弾数なんて知らない。

開き直った状況で目の前に差し出された弾幕の切れ間、マガジン交換などの可能性をちらつかせるだけでも十分に駆け引きの材料になる。

こちらの誘いに乗って踏み込んでくる。開き直ったと言ってもそれでも水と燃料に濡れた足場を気にしたんだろう、昨日よりも突進のスピードは緩い。

 

接近してくる火星カタクラフトにこっちの機体も向かって突っ込ませる。ここまで強力なブレードの間合いなんて普通は入りたくないから、距離を取りたがる。それは間違ってはいない。定石と言っていい。

でも、それはそれだけ相手も追いかける状況は経験があると言う事だ。

 

この狭い揚陸艦上では有効な距離を取ることは出来ないのなら、もう一つの安全地帯に踏み込むしかない。

ブレードの軌道の向こう側、台風の目。

 

近接戦闘特化型に近づくような馬鹿はいないのだから、向こうにとっては想定外。

それも今の今まで殆ど止まっているような状況からだと目が慣れる事は無い。同じ速度で下がって接近時間を広げることが出来ないのなら、相対速度を倍にしてやればいい。

近接戦闘特化型の為なのか遠距離戦闘の対応はよくやっても近距離格闘を仕掛けて来る者は少ない。だからこそ、昨日の戦闘でも界塚弟に接近を許した。

こっちとしちゃ予定通りにいかなくてもダメージは確実に与えられるし、止まることも出来る。止まれるかなんて気にする必要も無いから全部の機能を前進の為だけに100%で出力できる。あとの懸念は俺の恐怖心だけ……それはさっき自意識に喰わせた。

 

その刃は超高熱ゆえに炎の中の無視界戦闘でもサーモセンサーが捕らえている。その動きを見ていれば大よその剣捌きは予測できる。

こいつの剣捌きは無駄が多すぎる。ただでさえ片手の剣なんて突くか払って使うものだ。

振りかぶれば、それが元でいくら速くても攻撃を予測するのは難しくない。

実体剣であればそこに意味はある。質量と加速度によって叩き斬る。もしくは速度による摩擦で切り裂く。

だが、このブレードは熱量でもって対象を溶断するタイプ……ただ触れさせるだけで相手を殺せる。つまり振りかぶる必要は本来なら皆無だ。

加えて、こいつは正面の相手には必ず初手は右手が動く。利き手なのかもしれない。それともこいつの剣術の型なのかもしれない。

当然ながらイレギュラーはあり得るが、退路を潰し、視界を潰し、間合いを侵略した。

人間とっさの時にこそ癖が出やすい。鞠戸大尉にとっさの際に機体を立て直す癖を叩き込まれた時にそう言っていた。

可能性は100ではないが賭けに出るには十分なオッズだ。

 

振り下ろされるブレードに対して機体をさらにもう一歩前に進ませる。

残念ながらアルドノア兵装を無力化する方法は無い。全てを切り裂くブレードを防ぎようが無いのなら、ブレード以外を攻めるしかない。

狙うのはブレードの根元が手としてそれよりも奥だ。

どんなに強力な刃であってもそれを操るのは手であるし、振るのは腕だ

狙い目は大きな外装に覆われた前腕部と機体を繋ぐ肘関節から上腕部にかけて。

 

追加パーツを取り付けた腕と火星カタフラクトのブレードを持つ腕が接触して大きな爆発が起きる。

 

『なっ、ぐおぉ!』

 

「ぐうっ!」

 

予想していた以上の衝撃に歯を食いしばっていても苦悶の声が漏れてしまう。

爆発の衝撃で後方に弾かれかける機体を酒飲み大尉に仕込まれた脊髄反射による操作で何とか立て直す。

爆風で周囲の炎が跳ね除けられてお互いの機体状況が一瞬だけ確認できる。

こっちの左腕も衝撃で跡形もなくなったが、向こうも無傷では済まない。

何せカタフラクトって金属の塊が高速でぶつかり合った。しかも爆発したのは本来カタフラクト用に使われる地雷だ。対戦車用ですら60tの戦車をひっくり返し一瞬で鉄屑に変えてしまう。それよりも強力な爆発をゼロ距離で2個同時に放たれたのだ。爆発の威力だけでなくそれに伴って飛散した金属体が更なる傷をもたらす。

爆発でダメージを負った手にある柄は光を止める。壊れたのか、オーバーロードを恐れてエネルギー供給を止めたのか、それとも乗り手の思惑とは別に安全装置でも作動したか?

 

機体の形状などから予測される装甲が弱い部分は頭部を除けば3か所だ。

一つは細い脚だ。近接戦闘型のあいつの命綱はブレードじゃなく機動力だ。

でも、それは相手も想定している可能性は十分にある。

 

二つ目は推進装置。でもそれは後方に回り込まなければ攻撃は出来ない。

速度に劣り、広い場所も遮蔽物も無い揚陸艦の上で狙うのは一人では実質不可能だ。

 

残るのは大きな装甲が付いた前腕部と肩と繋ぐ明らかに細い上腕とその関節。

あれだけ太い前腕部を考えると稼働領域を確保するためにはああするしかなかったのだろう。近接格闘を主とする機体にとって稼働領域とは生命線の一つ、装甲が邪魔で腕が回らないなんて近接戦闘においては致命的だ。

防御の薄い所を狙うのはスポーツでも当たり前の事だ。介錯剣法だっけか?鎧で守られていない場所を狙う実戦剣術。

まぁ普通は居ないよな。近接戦闘型に超接近戦挑むような馬鹿。

 

『くぅ、右腕が!』

 

強烈な衝撃を一か所に受けた結果、右腕が配線だけでぶら下がっている状態になるのが爆風で炎が押しのけられた一瞬だけ見える。

当然、こちらも無傷というわけにいかず、機体の左半身の異常を知らせる表示が幾つも見て取れる。この程度で済んだのは地雷が指向性爆薬で構成されている事が大きな要因だろう。それでも衝撃を吸収しきれず、左腕が肩だけ残して跡形もない。

 

「いっつ……はあ、はあ……さあ、伝家の宝刀は圧し折ったぞ」

 

ああ、もう首が痛い。

まだクラクラする頭を無理やりに覚醒させる。

火星カタフラクトにライフルを向けると半歩分だけセンサー反応が後ろに動いた。

昨夜から前進しか選択肢が無かった奴が初めて後退した。それが搭乗者の操作によるものなのか分からないが大きな変化だ。昨夜のような頭を小突かれた状況とは明らかに違う。

銃弾が掠めたとかではなく完全に致命傷。伝家の宝刀の片方をこんな単純な方法で手折られた。物量作戦とも違い1対1でも示された無謀ながらも単純な攻略法。

 

俺の機体も衝撃で動作が一時硬直していたのだから、左で追撃すればそれで終わりだ。

でもそれが出来なかった。この機体の右腕にも同じパーツがついている。

撤退できない今の状況でもし両腕を失ってしまうことを恐れたんだ。

 

『何故だ!?一体何が起きた!?』

 

大きな金属が落ちる音がした。

衝撃で配線がだけとなりプラプラとしていた右腕が炎で焼かれて落ちたんだろう。

こっちも跡形もなくなった左腕の残りを肩からパージする。

 

『うっ……このままでは……』

 

「さぁ、仕上げだ」

 

退路を断たれ、視界を奪われ、ついには腕を捥がれた。

リターンマッチと言っても、自分が死ぬなんて思っていなかった。だから侮るし、見下す。これで、ようやく同じ舞台に引き摺り込んだ。一挙手一投足が死に直結する状況に……貴族ってトップカーストのエリート様は崖っぷちに立たされるなんて欠片も思わなかったし、経験も無いだろ?下位カーストの泥沼のステージにようこそだ。

 

右手のライフルで火星カタフラクトを攻撃しながら少しづつ距離を詰める。

ブレードで銃弾を弾いてはいるが、さっきと構図は同じでAP弾では機体に大きなダメージを与えられなくても状況は全く違う。

銃弾に気を取られていて間合いや足元への注意が散漫になっている。

脚部のスタビライザーを展開させてブースターを使わず少しずつ接近。火星カタフラクトの上げた右足を薙ぎ払う。

通常、ホバリングや近距離滑空に使うが、収納時は盾としても機能する。盾として使えるって言っても接合部分はその限りじゃない。でも宙に浮いた状態の片足を払うには十分だった。

 

ただでさえ、滑りやすくなった場所で上げた足を狙った攻撃だ。

火星カタフラクトは機体が大きく揺れるが踏みとどまる。とっさにバランサーが挙動を立て直そうとしたんだろう。この機体もニロケラス同様に転倒することは致命的だ。

近接戦闘型という事は相手の近くにいる必要がある。それ故に転倒なんてすればマウントを取られて終わりだ。だからこそ、バランス補正の優先順位は高い。でも、その立て直しをさせる事で反応が遅れている。

体勢を立て直すために数歩動くと俺と位置関係が入れ替わる。

揚陸艦の後方部中央の火星カタフラクトに向けて機体を向けて艦橋との間に入ると火星カタフラクトはこちらを振り返り、AP弾対策でご丁寧に未だにブレードの切っ先を向けている。

今更、AP弾対応なんて意味のない。

 

「お前も働けよな……界塚弟」

 

1番2番エレベーターと車両用エレベーター以外にも格納庫から外に出る方法は存在する。

炎によって視界を遮らて右腕を破壊され、度重なる状況悪化に思考が追い付かないか?

ウェルドックから界塚弟の機体が飛び上がり攻撃を仕掛ける。

左のブレードを俺に向け、右の腕は吹き飛んでいる状況では防ぐことも出来ない。これも先手を取っておきながら最強の手札があるからと考えも無しに選択肢を狭めた結果だ。

反応しようとした瞬間に俺も右腕のライフルを火星カタフラクトに向けて引き金を引く。

火星カタフラクトに当てる必要は無い。炎で直接は見えないがフレンドリーファイアだけしなければ最悪どうでも良い。

いくら装甲が厚かろうとブレードが1本しかない今の状況で挟み撃ちという事が相手に更なる焦りを生む。

 

同じ方向からならともかく別の方向からの攻撃である以上、1本で対応なんて不可能だ。

ただ、俺たちのライフルでは1~2発程度のグレネード弾で仕留められるとも思っていない。

対KAT地雷2つでようやく片腕を沈黙させられたくらいだ。

火星カタフラクトを破壊するにはもっと口径の大きな弾丸が必要だ。

75㎜のライフルなんかじゃなく例えばそう……127㎜くらいの大口径が。

 

「これがお前を殺す一手だ」

 

たった一本のブレードを俺に向ければ必然的に反対側が手薄になり界塚弟が有効打を取りやすくなる。そして本命は界塚弟でも無い。

炎によって周囲は見えないが、見えないからと言って戦えない訳じゃない。

今回の戦闘は3次元位置情報が殆ど必要ない。IFFでの平面上の位置情報さえあればいい。

上空に飛び上れば炎による無視界から解放されるがその瞬間に揚陸艦の対空砲火の餌食だ。

輸送機を落したのは退路を塞ぐことだけでなく対空能力をそぎ落とす意味もある。そこに加えて炎で目を塞ぎ、腕を折る。そして界塚弟の出現で動きを止める。

全てはこの攻撃をさせる為だ。背中への強烈な一撃の為だ。

それはカタフラクトではない……俺や界塚弟じゃなくて、この強襲揚陸艦の仕事だ。

 

『コントロール!』

 

お前の潰した艦載の速射砲は2つこの艦にはまだ砲塔は残っている。

界塚弟のプランである炎は足元や相対する俺の機体じゃなく周囲を見辛くするためのモノだ。

艦載武装をきっちり潰しておかなかった。それが慢心から来るものなのかは知らんが、自分で積み上げたミスだ。

騎士様が意気揚々と先陣切って艦上に居たんじゃ、輸送機はフレンドリーファイヤを警戒して攻撃できない。最低限、降り立ったと同時に艦橋を、さらに言えば降りてこずに航空戦力で撃沈するべきだった。こいつは自分から勝てる要素を捨てた。

私情を挟まずに対象を撃沈させるというのが軍人だがそう行動をしなかったことが全てお前の死に繋がっている。そもそも、軍人であれば自国のトップが休戦と言っているんだから勝手に攻撃なんてもってのほかだ。

 

ヴァース本国の皇帝、37の個別の軍隊と言えどその上に居る人間の命令よりも、個人のプライドを優先する軍人ってのは地球じゃ無能って言うんだよ。

 

『照準補正!撃ぇ!!』

 

界塚弟の合図によってカタフラクトのコックピット内でも体の芯を揺さぶる轟音が響く。

それもその筈だ。なんせ艦載砲が目の前に撃ち放ったのだ。

信管の抜かれた127㎜の砲弾が火星方クラフトの背部のどん真ん中に抉りこまれてる。

硬いとは言えこの近距離で艦載砲を受けては無事では済まない。

明らかに動きが悪くなったところで、界塚弟のグレネードを喰らいの頭部が完全に破壊され、続く2発目の127㎜砲弾が火星カタフラクトを倒れ込ませる。

 

「止めは俺がやる」

 

人型機動兵器のコックピットの場所なんて大体同じだ。上半身か中心である胸部か腹部だ。

外装が硬い奴ほど内部は脆いもんだ。そして今、お前の外は煉獄の世界だ。

ゆえにコックピットの硬い殻を破ればどうなるか分かりきっている。

 

「焼け死ね」

 

ライフルの弾丸が命中すると、熱いだの助けてくれだの、断末魔が響く。

やがて声は炎が猛る音に飲まれてブレードの光と共に消えた。

 

 

 

 

火星カタフラクトの完全沈黙を確認しようやく操縦桿のトリガースイッチから指が離れる。

 

「はあ…………疲れた…………」

 

体中から力が抜けた。

冷や汗でシャツがビチャビチャだし、呼吸も鼓動も速いままだ。

首が痛い。ヘッドギアがあったとはいえ衝撃を殺しきれなかった。

こんな危ない事はこれっきりにしたいものだ。

 

『ユキ姉、状況終了。配管を戻して』

 

『簡単に言ってくれるけどねぇ』

 

まったく、軍人の姉をこき使うとかすげぇな。

まぁ、兄が妹のお願いを拒否できないのと同じように姉は弟のお願いを拒否できない家庭内憲法が存在するんだろう。片やKATに乗っているとはいえ、炎の中でイチャつくとか斬新だな。

 

正規軍に任せられれば良かったんだけど、俺が出る前のアレイオンの動きを見る限り望みは薄い。

たらればを言えば、本当はもっと被害を少ない方法もあったかもしれない。でも、時間も手段も限られた中で出した結果にIFはただの蛇足だ。

それにスレイプニール一機が大破程度の被害でアルドノア兵装の機体を沈黙させたのは特段悪い戦果じゃない。

 

停止した火星カタフラクトを見ながら、機体を火の手の少ない方に向かわせようとすると、嫌な音を立てて右の膝が折れて機体は倒れ込む。

 

「……いてぇ」

 

直接ではないし、シートベルトとヘッドギアもしてはいるけどやっぱり痛いわ。

どうやらKAT用地雷の衝撃を受け止めたのも要因かもしれないが、スタビライザーで相手の足を引っかけた時のダメージとこの炎の熱量で限界を迎えたみたいだ。

戦闘がもう少し長引いてたら危なかったな。

 

「右脚が捥げてんのか?」

 

モニターの表示から膝から先の反応が無い。

これじゃ動きたくても動けない。背中を下に倒れたのでバックパックを投棄してコックピットモジュールを排出する事も出来ない。

消火が完了するまでは、コックピットで蒸し焼きの刑か?

 

「界塚准尉、比企谷です。機体の右脚が欠損」

 

『えっ、大丈夫なの!?』

 

コントロールに繋ぐと艦長様から盛大にお小言を頂戴しそうだ。

界塚准尉に繋いでも同じことになるんだろうけど、艦長よりは語彙は少ない。

 

「コックピット内は問題ありませんので消火が終わるまでこの場で待機します」

 

『ちょ、比企が』

 

それでも長々と話す理由も無いし、連絡事項を伝えたらさっさと回線を切ると機体が少しだけ揺れた。

 

『接触回線オープン。先輩、あまりユキ姉を怒らせるような事は止めてください』

 

「お前には言われたくない」

 

身内だから許されてるけどお前のやってる事も結構なもんだぞ。

 

「お前は先に戻って、鞠戸大尉に火星カタフラクトの回収を」

 

鞠戸大尉の事だから火星カタフラクトの回収には真っ先に行動をしてくれる。

回収される火星側の機体には有益な情報がいくらでもある。武装に使われている技術ソースも有益ではあるが、それよりも重要なのはOSなどのソフト面や通信関係だろう。

特に通信関係は連合もだが現状の俺達としても最重要な情報だ。情報こそ最強の武器って最近どっかの漫画で読んだ気がする。

技術力で火星と地球に差がある状況で相手の技術ベースが手に入るのは大きい。CPUがもし無事ならばそこから得られるものは計り知れないほどの価値がある。

軌道騎士は負ける事を想定していない。もしかしたらスパイとの交信履歴やそれ以外にも地球側に見られては困る情報が手に入る可能性も充分に考えられる。

 

当然、この揚陸艦の中に居るスパイにとって回収されるのは好ましくない。技術関係の情報流出はもはやどうにもしようが無い。阻止する方法がゼロでは無いだろうがそのレベルで機体を破壊するのは現実的ではない。

それよりも機体のCPUに残されている情報だ。当然そこには通信記録も残っている可能性が高い。その内容いかんによっては自分の命に関わる以上はある程度のリスクは覚悟の上で何かしらのアクションがあって然るべきだろう。回収した機体の検分をするふりをしてデータの消去や破壊を目論むかもしれない。データの検証はあとからでも出来る。とにかくデータのコピーを最優先でやるべきだ。

 

『分かりました。それで先輩は?』

 

本来ならば俺が情報の回収を行いたいのだが、俺や界塚弟は今現在の所属は高校生で避難民でしかない。軍部と言うのはどこでも縦割りの規律に従っている。鞠戸大尉のように臨機応変な軍人は稀だ。一般人である俺達が機体に接触できる許可が瞬時に出るとは思えない。

それに俺と界塚弟は勝手にカタフラクトで出撃した事すら問題にされても不思議じゃない。

界塚准尉共々、マグバレッジ艦長に呼び出しを喰らうのが目に見えている。今回の戦闘に関わらずにいた鞠戸大尉の方がデータの回収には適任だ。

 

「機体がこの状況だからな、俺の方はこのままここで回収を待つ」

 

『ユキ姉からの伝言です。後でお説教だそうです』

 

「知ってる」

 

あんな通信の切り方をしたのだから多分、もの凄く怒られる。

でもまぁ、スプリンクラーを使った即席火炎放射器は既に止まっているとはいえ艦上は火の海だし、有毒ガスも出ているだろう。これじゃ回収されるまでは時間もかかる。その間である程度は怒りのトーンも下がるだろう。

問題はこんな作戦をするからとスマホ関係を置いてきたので回収までの間に出来る事は無い。

それを自覚すると更に体の力が抜ける。完全に緊張の糸が切れてしまったようだ。瞬きをするのもしんどい。

緊張で汗をかく器官が狂っているのかさっきから汗が止まらないし、首が痛い。

体の力が抜けると共に思考能力も抜け落ちてきたのか頭がぼーっとしてくる。

汗が目に流れ込んで閉じた瞼が接着剤で止めたかのように動かないと思った時には俺は通信を繋ぐことなく意識を手放していた。

 




配管組み換えには色々と突っ込み所はありますが、機体とか八幡本人のチートを進めたくなかったので、こんな感じになりました。
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