やはり俺のアルドノア・ドライブはまちがっている。 作:ユウ・ストラトス
スパイが誰なのかは分かった。そうなると次はコイツをどうやって処理するかという問題になるのだが、生憎とこっちの手札はそう多くない。この通信データ以外にも証拠を揃えなければ俺の推論は信用されない。
この通信データは強力なカードだがこのままでは使えない。
スチュワート軍曹の声紋データが有ったとしても俺には声紋照合は出来ない。下手に動いて周囲を巻き込まれると面倒な事になる。
選択肢としては決定的な証拠を押さえて手も足も出ない状況に追い込んで捕縛か誰にも知られずにこの揚陸艦から排除するかの2択だ。
一番確実な展開としてはスパイ本人に自白させる事だろうが、それが出来れば苦労しない。
俺の手持ちの手札で切れるカードはどれなんだ?この通信記録を艦内放送で流して出たとこ勝負はしたくない。
界塚弟は無理だ。お姫様とKATの戦闘で疲弊しているあのシスコンをこれ以上酷使するのは得策じゃない。
網文やクラフトマンはそもそもお姫様の事もスパイの事も知らないのだから論外だ。
姉である界塚准尉はこういう案件には向いていない。あのポンコツブラコンに対スパイなんて高度な心理戦なんてものを期待するのはどこぞの英雄王を謙虚にさせる以上に難解な事だ。
そうなると現実的な手札は鞠戸大尉と耶賀頼先生だが、手持ちの最強カードである鞠戸大尉と相手の心理を診る耶賀頼先生。初手でこれを切っていいのか?ましてや耶賀頼先生は医者であって荒事には向かない以上、単独でって選択はない。
相手が火星人と言う事を考えると火星人に対して強烈な敵対心を持つライエ・アリアーシュってカードもあるが不安要素が大きすぎる。スチュワート軍曹を精神的に揺さぶるには多分手持ちの中では一番効果的かもしれないが、それなりのリスクも覚悟しなければならない。そもそも俺の口車に乗るかって問題もある。
駄目だ。リスクリターンを考えれば考えるほどに思考の袋小路に迷い込んでしまう。少し外の空気を吸ってきた方が良いかもしれない。
現状で解析できた分だけをモバイルPCにコピーしてコックピットを出る。
格納庫の中は相変らずカタフラクトの整備士たちが次の襲撃を見越して立ち並ぶアレイオンの整備をしていた。周囲を見回すが流石にスチュワート軍曹がいるなんて不運極まりない状況は無かった。それだけで心のどこかでほっとしている自分が居てる事を自覚してしまった。
馬鹿か俺は。科学技術が発展している今の世の中。ましてや、アルドノアなんて力で更に先の技術を持っているヴァースが相手なんだ。ここに居ないからと言っても見聞きする方法は存在しているだろうが。盗撮も盗聴も警戒しなければならないんだ。この揚陸艦に居る限り……この件が解決しない限り一瞬だって気を抜いてはいけないんだ。となるとさっき医務室で大尉との会話は不味かったか?
いや、大尉だってその辺の可能性は充分に考慮はしている。最低限、可能な限りは調べている。
そもそも、耳目を仕掛けるにしてもそれは多分地球製の代物なのは確実だ。長期潜入となれば仕掛けた物の故障だって想定される。修理にしろ丸々交換するにしろ現地調達できるものである事の方が好ましいし、発見される事も想定しとかなければならない。あまりの超技術を使ってしまえば、それがヴァース製のものだと言っているようなものだ。
特殊性癖なり足の引っ張り合いなりの結論に落し込めるためにも
地球連合の内部もこれで色々な派閥が有ったりとしているらしい。上層部では各国の主導権争いなんかも時たま報道されたりもする。地球の技術レベルに合わせればそれがヴァースのスパイの仕掛けたものと完全に断定するのは難しい。
電波での送信式であればヨダカの感知能力で何とかできるが、この揚陸艦内部に一体いくつある事やら皆目見当もつかない。もし有線式やスタンドアロンであれば感知は出来ない。まあ、回収だったりのリスクが高い事を考えれば可能性はかなり低いが万が一を常に想定する必要がある状況にある。
甲板上に出るとさっきの戦闘での焦げ跡があっちこっちに見えた。
「はぁ、寒っ」
ついさっきまで狭いコックピットの中に居た。当然、暖房なんて気の利いたモノは無いが狭い空間でジッとしていた俺にとっては寒さを感じるには充分な温度差だ。
空は相変らずの晴天で冷たい潮風が煮詰まった頭を冷やしてくれた。俺は甲板上の修理の為に出されているであろうコンテナの一つを背もたれに座る。
新芦原での暗殺事件からたったの3日、命懸けの状況は既に4回。いくらなんでもちょっと怒涛が過ぎるが、今は道半ばというのがまた頭が痛くなる。しかも今は別のベクトルで大変だ。
火星カタフラクト攻略とは根本的に違う。生身の人間と直接の化かし合いみたいな事をしなければならない。しかも相手は少なくとも諜報関係の訓練を受けている。そんな専門家を追い詰めるにはどうすればいい?
情報の力押しや手数は通用しない。常套手段としては相手の油断か慢心を突くってところだが敵地潜入しているような工作員がこの先で慢心を抱くとは思えない。
なにせ周囲は敵だらけだ。一つの間違いが命取りの状況。それもこの戦端が開かれてからは特に注意が必要なのだから慢心や油断に陥るとは考えにくい。それでも全く足がかりが無いわけでは無い。
向こうの考えでは先の戦闘でケリが付く筈だった。虎の子のアルドノア・ドライブの特殊兵装を投入。甲板上という限られたエリアでの戦闘となれば近接戦闘型のアルギュレを退ける事は不可能と考えてたんだと思う。だが、それをひっくり返された。
向こうの用意した最大の切り札。絶対に勝てるカードが死に札となってれば表に出さなくても焦りを生み出す。それを本人が自覚しているかしていないかに関わらず、それが俺達にとってのマイナスになる事は無い。
もしスチュワート軍曹が焦りを感じているのだとすればそこに漬け込むことはできるかもしれない。
「何なんですか?アルドノアって?」
俺はスパイであるスチュワート軍曹をどうやって陥れるかを考えているとコンテナの向こう側に聞こえたのはお姫様と話し込む界塚弟の声だった。
界塚弟のヴァースの根源的な部分に関わる問いにお姫様は答えていた。
要約すれば火星で発見された古代の超文明のテクノロジー アルドノア。それに初めて接触し目覚めさせた若き日の現ヴァース皇帝を正当な後継者と認識しその起動因子を遺伝子に焼き込んだ。その為に生まれながらにアルドノアを起動できるのは皇帝の血統だけ。火星の騎士は主従の契りを交わす代わりに起動因子を貸し与えられ、そのアルドノアの力で自らの城とカタフラクトを生み出した。荒れ果てた火星を開拓したヴァースが次に望んだのは地球って訳か。
何とも自分勝手な話だ。お姫様は火星を開拓したとは言っているがそれは過剰評価だと俺は思う。ヴァースが地球を求めた根源的な理由は単純でお姫様の言った通りだ。
膨大な水と空気を要する星である地球。この言葉に集約されている。
あれだけのオーバーテクノロジーを持っていながらも地球にこだわるのは空気と水は未だに火星においては有限で貴重であることを意味している。
あれだけの科学技術だ。純粋にその方向に力を入れていれば空気も水もどうにか出来ている可能性は充分にある。
火星の居住性よりも軍事強化に舵を切っておいて一体どこを開拓した?
それにしても聞けば聞くほどアルドノアという技術の本質には疑問が残る。
あんな力がありながら火星の古代文明は何故滅んだ?いや、そもそも滅んだのか?
起動因子なんてものを後継者たった一人に刻み込み、その血統だけが力をもつ。アルドノアの極端なまでのオーバーテクノロジーと比べるとその辺の設計思想が異常なまでに乖離がある。技術は確かに超が付くほど高度なのに、その設計思想はやたらと稚拙と言うか……まぁ、そんな感じだ。
確かにそのシステムによってヴァース皇帝は火星において絶対的な権力を得たと思う。だがそれはとても危うい社会システムであることは明白だ。
まぁ、今はそれもどうでも良い。最優先すべきはフリッツ・スチュワート軍曹なる人物ををどうやって無力化するかなんだが……。
それにしても界塚弟の奴、お姫様の空の色に関しての勘違いを速攻の理詰めで指摘しやがって……コンテナの向こう側だから顔は見えないけどああいう事言ってる時のあのシスコンは若干楽しそうな空気出すんだよな。
立ち聞きするつもりじゃなかったのだが見つかるとまた何を言われるかと思い、お姫様と界塚弟に見つかる前に艦内に戻った。
艦内に戻った俺が出くわしたのはこの揚陸艦の艦長と副長だった。
厄介なのに出くわしたものだ。どんなに地球各国が連合となって男女の平等が進んだとは言っても腕力がものを言う世界である軍隊は結局は男社会だ。そんな中で艦長とまでなるとなればそれだけの傑女と見るべきで、そんな優秀な人間を相手にするのは俺には荷が勝ちすぎている。
かと言って界塚弟に丸投げできる状況でも無い。この場に居ないこともあるし、界塚弟にはお姫様の護衛の仕事もある。
「目を覚ましたようですね」
「うっす」
本当なら徴兵されて軍に属しているのだから言葉使いにも注意しないといけないんだろうけど、人間はいそうですかと変えられるものでも無い。
「上官に向かってその返事は」
「構いません。高校生の言葉遣いを気にかけているほど、我々に余裕はありません」
流石、この若さで一艦艇の艦長を任ぜられるだけある。艦内の他の乗組員は火星カタフラクトを撃破した事で一時的ながらも気が抜けている。確かに普通に考えれば相手の無敵の機動兵器を沈黙させた以上、次の攻撃を即座に行うとは考えにくいが気が抜けている状況を分かっていればさっきの襲撃と同じように仕掛けてくる可能性は否定できない。
確率論で言えばかなり低い。その辺の数字は界塚弟の領分なので俺には数値化は出来ないが、命がかかっている状況では0以外は100%と想定すべきだろう。
スパイの事を知らないとしてもそこを認識しているだけ他の乗組員よりも遥かに優秀な人だ。
「改めて、先ほどは助かりました」
「いえ、好き勝手やってすんません」
鞠戸大尉が結構なお小言を頂戴したと言ってた。それはアルギュレのデータを優先させたこともあるのだろうが、きっと俺と界塚弟のことも言われた事だろう。
「生き残れたのですから手段の正当性を論じるつもりはありません。それに下の行いの責任を取るのが上の仕事です」
なにせうち学校のの軍事教練の責任者だし、俺に至っては大尉が直々に仕込んだんだしな。
勝手に出撃するだけならともかく対KAT用地雷を持ち込んであんな使い方、界塚弟なんか鞠戸大尉の部下である界塚准尉に勝手な権限でもって配管を組み替えさせたんだ。
ここまで揃っていれば麻雀ならダブル役満くらいにはなっている。いや、マジで鞠戸大尉、ごめんなさい。
「ですが、一応、徴兵の件は聞いていますね?」
「はい」
「他の者に示しがつかない事も事実です。他人が居る場は言葉に気を付けなさい」
それはつまり、咎める者が居なければある程度の言葉遣いには目を瞑るという事だろう。
「は……了解」
「よろしい」
生返事をしそうになったのを止めて言い直したが、どうにもマグバレッジ艦長には変に映ったらしく苦笑されてしまった。
だが、ここで艦長と出くわしたのはちょうど良い。
この艦の最高責任者である彼女の下には俺や界塚弟が知りえない情報を持っている。
「あの火星カタフラクトはどうなってます?」
「どうというのは?」
「モーションデータとか他のカタフラクトの情報とか揚陸城の事とか」
「今のところは技術部の報告待ちです」
「そうですか」
まぁ、そんなに早くは解析されないか。帰着地のデータであったり機体の詳細データに関してはヴァースの中でも重要機密だろう。
別に通信記録が機密じゃないという訳ではないのだが、軌道騎士は37の別々の軍隊だ。地球を攻撃するという統一した目標があるが、それでも別々の軍隊である以上、命令系統は別々だし、そういった組織では互いの功績争いも激しい。地球連合の内部も似たようなものだ。誰が次の議会長だとか、どこの国籍だとかで度々、ニュースになっている。
それでも実働となる軍そのものは多国籍で構成されているし、命令そのものは連合議会の命令だ。
だが、ヴァースにおいては各貴族の下に命令がなされているし、その貴族の派閥で軍隊は形成されている。そうなれば軌道騎士同士の功績の奪い合いが発生するのは自然な流れだ。
そうなると同じヴァースと言えど敵対する事も十分にあり得る話だ。機体の情報が筒抜けなんてのは避けたいはずだ。相手にも記録が残る通信よりもプロテクトが厳重であっても可笑しくない。
「ちなみにあの機体ってどこから来たんですか?」
「それも現在調査中です。もっとも近い揚陸城である東京と考えるのが可能性としては一番高いですが、断定はできません」
そりゃ、副長が言うように断定するのは難しいだろうな。
強力なジャミングによって揚陸艦の索敵能力は限定されている。アルギュレのデータを検めれば帰着地の情報は残っているだろうがヨダカでの解読の返還式は提出していない。
全く取っ掛かりが無い状況からと一つでもある状況からでは暗号ソース解析にかかる時間は格段に違う。しかも火星カタフラクトの機体を回収できたのは今回が初めてだ。
前例がないのだからどうしたって時間はかかる。それに引き替えニロケラスとの戦闘時の返還式がある上に通信データだけを最優先でリソースを割いただけその点に関しては早い。
この揚陸艦としてはスパイが自分たちの中に居る事に気が付いていないのだから通信データへの重要度は俺や鞠戸大尉の考えているものよりは軽い。
恐らくは僚機に関する情報や揚陸城の落着地の情報、機体やアルドノア・ドライブの詳細が最優先になっている。それは軍隊にとっては当たり前の事だが今の揚陸艦の状況においての最優先はスパイの炙り出しだ。
そして、それに置いて重要は明らかな証拠だ。今のマグバレッジ艦長の証言はその一つではあるが確実性を上げるには他にも積み上げていく必要がある。
「それを聞いてどうするつもりですか?」
さすがに踏み込み過ぎたか?
恐らくは艦長と副長に関してはスパイに繋がっている可能性は限りなく低い。ゼロと言っても差支えないレベルだ。ただ、スパイに俺と鞠戸大尉が気が付いている事を気取られるのは望むところでは無い。
「いえ、向かっている方向から来てたら面倒かなって」
これも事実だ。揚陸艦のレーダーのデータから見てもアルギュレが東京から来ているのは間違いない。あれだけ地球側を見下していた人間がわざわざレーダーレンジ外を迂回して逆方向から来るなんて面倒な事するってのは考えにくいがゼロではない以上はやはりそれも考慮しなければならない。
もしも進行方向から来ているのであれば自分から近づいていく。現状においては自殺行為にも等しい。
「そうですか」
何とか誤魔化せてれば良いのだが、相手はこの人だ。
これ以上を喋るのは余計なボロを出しかねない。無理に誤魔化しをしようとすればするほど怪しく映るものだしな。
これで取り敢えずスチュワート軍曹がスパイである状況証拠の一つが手に入っただけでも良しとしなくてはならない。ここで余計な欲を出せば踏み込み過ぎて自滅しかねない。
幸いマグバレッジ艦長とかモテない副長にそれ以上突っ込まれる事のなかった。
いや、本当はどうなんだろうな。大佐クラスの人間が俺よりも下なんて事は可能性としては限りなくゼロだろう。想定は常に最悪の方にってのはぼっちの習性だ。一応は念頭に入れておく必要はある。
そう考えた所で目覚めてから食事をとっていない事に気が付いた。
輸液には栄養も入ってはいるのだが、胃袋はそうはいかない。血糖値とは別に何も入っていない胃袋はなんでも良いから口にしろと腹の虫を鳴らして訴えるので、揚陸艦の食堂に足を向けた。
「さて、起きたばっかでどこに行ってたのかしら?」
「い、いや、もう大丈夫ですし……」
よもやここで界塚准尉に見つかるとはな。
これでも耶賀頼先生の許可も出ている。そもそもとして軽い脳震盪と脱水症状だ。水分を取って時間を置けば回復するのだが、どうやら目の前の過保護なブラコン准尉様にはそんな事は関係ないらしい。
椅子に座らされあっという間に食事を用意されてしまった。まぁ、もともと食事をするために食堂に来たのだから食べない訳じゃないんだけど。
対面に座る界塚准尉はなにか楽しそうですね。
「で、美味しい?」
「いや……この状況で味とか贅沢言ってられないでしょ」
まぁ、前世代の軍人食に比べれば最近はだいぶ味にも気を使うようになったらしいがここまでの有事にあっては、調味料も節約しているんだろう。全体的に味が薄い。
「それで比企谷君は私の小隊に組み込まれるのは鞠戸大尉から聞いているでしょ」
「ええ、完全に界塚弟に対する首輪って事ですね」
小隊メンバーが界塚准尉をリーダーに網文と俺も入れられている段階であいつに対する首輪だ。独断専行はさせないってマグバレッジ艦長の意思表示でもある。
「比企谷君にもだけどね」
なんで頬杖してジト目でこっちを見る?
まぁ、さっきの戦闘に関しては確かに俺も独断で動いたけどさ。
「実際はそれだけじゃないわ。火星カタフラクトを三度負かしたチームをわざわざばらけさせるだけの理由ってのも無いの。それにそれだけのカードは切り札として置いておきたいんじゃない?」
「その辺はあまり納得していないみたいですね」
この納得してない感満載の言葉を考えると多分、艦長か鞠戸大尉にでも言いくるめられたんだろうな。確かに准尉の性格からしても承服できない事ではあるのだろう。
「当たり前よ。もともと私が軍人になったのもナオ君を守るためなのよ」
「……過保護」
「何か言った?」
「イエナニモ」
おっと、口に出てしまったか。
それにしてもほんとブラコンだな……弟、守るために軍人になんてそうそうならないんだけど、そこは両親が居ない事にもかかわってくるんだろう。
「人手が足りないなんて名目で徴兵してKATに乗せるなんて軍としてはプライドとか捨てたって事よ」
「それをあなたが言っちゃいますか」
「何よ」
この人、界塚弟を徴兵されたのガチで怒ってるし。
いやまぁ分からなくはないんだけどさ。頬膨らませて怒るって成人女性の仕草じゃないでしょうが……年上のくせに可愛いな、おい。
「仕方ないですよ。戦争ですから」
「それで納得できるほど大人でも無いのよ。それが自分の身内となれば意地汚いくらいにはね」
徴兵しなければならない状況になっている事は納得できなくても理解はしてそれには従ってその中で出来る事をしている。
かのひよこ売りも言っていたけど、大人には二種類の人間しか存在しないらしい。責任を果たす人間か責任を果たそうと努力している人間。少なくとも界塚ユキと言う人物は自分の責任というものを知っている。それが軍人としての責任と姉としての責任、そして教官としての責任。そのどれも蔑ろに出来ない不器用な人。器用に歳を取っただけの子供よりは遥かに信頼できる人だ。
「いや、まぁ言わんとしてる事は分かりますがね」
「比企谷君とナオ君が上にその決断をさせてしまう程の結果を出しちゃったからね」
「こっちも必死ですから」
「二人して私に黙って勝手な事しちゃうから」
「あんま根に持たないでくださいよ」
「いやよ。死ぬまで言い続けてやるわ」
「いや、死なせませんからね。あなたを守るのが俺の役目なんで」
「はえ?」
俺なんか変なこと言ったっけ?
そんな変な声で聞き返されるとは思わなかったわ。
「う……~~~~~~~~~~っ」
で、今度は真っ赤になって何してんすか?頭からこの寒い時期に湯気出てますけど、風邪ですか?小隊リーダーが不調なのは作戦行動に支障をきたすので耶賀頼先生呼びましょうか?
「だからそういう事を不意打ちで……守るとか死なせないとか……」
真っ赤になってゴモゴモと言いながら固まってしまった界塚准尉に医務室に行くことを進言しようかとした時、食堂室の入り口から聞こえた声に体の全神経が反応した。
「今は休憩中か?」
「ああ、夕方までは休息だ」
声っていうのは機械を通しているかいないかでかなり印象が変わる。それでもこの声と言葉のイントネーションはついさっき嫌ってほどリピートして聞いたものだ。
ゆっくりと声の方を見る。ここで相手に気取られてはいけない。こんな場所で、準備も出来ていない所で下手を打つ訳にはいかない。
入口の所に居たのは金髪碧眼の軍人にしてはやせ形の男性だ。確かにリストの顔写真と同じ顔だ。あれが火星のスパイ、フリッツ・スチュワートか。
「まったく……なんだから」
話声を聞く限りじゃただの世間話みたいだがもしかしたらなんかの隠語なのかもしれない。でも徴兵の俺には部隊内での隠語なんて分からない。それよりも重要なのはその声そのものだ。
アルギュレの通信記録に残っていた音声と聞いている限りでは同じ声だ。
どうする?今ここで殺すのか?いや駄目だ。界塚准尉がいるここでは引き金を引くにはリスクが高すぎる。
「……比企谷君?」
しかけるにしても情報が少ないし、準備も不足だ。あのデータ以外に決定的な証拠も無い状況ではいくらなんでも分が悪すぎる。
揚陸艦の中で通常航行中に銃を持つ人間は限られる。フリッツ・スチュワートの立ち位置を考えればそれを冒してでも手にしているとは考えにくい。今現在に関しては丸腰ではある可能性は高い。1対1であれば俺の持つ拳銃一丁で無力化することは可能かもしれない。
でも、ここは食堂で休憩中の軍人は何人もいる。
「行き先、種子島だっけか?」
「沖縄基地の方が規模はデカいがガキ共が燃料消費しちまってるからな」
今、銃を手にすれば事情の知らない人間にとっては俺の気が狂ったとみるだろう。そうなればこの食堂の片隅にあるロッカーのような箱の中から拳銃一丁ではどうにも出来ない程の自動小銃を取り出して俺をハチの巣にしようとする。
そうなれば恐らく界塚准尉は俺を見殺しになんて出来ない。そういう人だ。
そんな事になれば本当に最悪の事態になる。行きつく先は閉鎖空間での殺し合い。究極的にいえば地球連合とヴァースの全てを殺し尽くすまで終わらない泥沼の戦いにまで発展する。小町も雪ノ下も由比ヶ浜も駆り出される様な展開は俺の望むところじゃない。
「……」
今は火星のスパイってのこの目で直接見られただけ良しとするか……あとはどれだけ情報を集めるかだな。完全に自分ってのを消して長期間の任務に就ける人間はそうはいない。話の端々を観察しろ。人間観察のスキルはぼっちに必須だったろ。
「もしもし、聞いてる?」
とは言っても、リストの軍への入隊時期を見る限り10年以上もの間、嘘を吐き通しているような相手だ。この短時間で相手の本性を丸裸に出来るなんて思っていない。それでもどんな話に食いついて、どんな返しをしているかでどういった情報を欲しているのか。そういった情報を可能な限り手にしてフリッツ・スチュワートという人間の狙いを少しでも推測出来れば大きく今後の選択肢も変わってくるか?
「ヘブンズフォールで大破した島だったな。俺は配属されたことは無いが」
「そりゃ良い。あんな何にも無い所なんて配属されんのは地獄だぞ」
種子島基地の必要性ってのは実際にはどうなんだろうな。
守るべき一般市民すら住んでいない。基地以外は無人島と言って良い。
無人島に基地を作る理由は全くない訳じゃない。他の基地の代替だったり、一般市民が居ないからこそ気兼ねなく実弾訓練をしたりって利点が無い訳じゃない。それでもそれが種子島である必要はない。
その話題になるように誘導しているのだとすればフリッツ・スチュワートが知りたいのは軍事基地としての価値と規模って所か?
その内容によっては種子島に到着する前に仕掛けてくるか?
ともかくこれ以上同じ空間にいるのは好ましくないな。このまま向こうの会話を聞いておきたい所だが下手に印象付けられても面倒
「比企谷君」
「は、はい」
って、界塚准尉を完全に忘れてた。
テーブルに前のめりになる准尉に気圧されて軽く仰け反る。
「話聞いてた?」
「……聞いてましたよ。マスタング小隊の役割分担のお話ですよね?」
「やっぱり、聞いてない」
「えっ?違うの?」
「えっと、じゃあ、何の話でした?」
「もういい……」
色々と面倒なのでジト目で睨むの止めてもらえませんか。
何とも気まずくなってきたのでそそくさと食べ物を口に放り込んで、水分で腹まで流し込みトレイを片付ける。
どちらにしてもこれ以上、スチュワート軍曹の前で目立つ事は控えた方が良いだろう。向こうがこっちを認識しているからこそ使える手もあるのだろうが、認識されていない状況からの不意打ちだったりの方が確実性は高い。
「で、どこまで付いて来るんですか?」
食堂から出た俺は、スチュワート軍曹の後をつける事も考えたがその前に俺の後ろを付いて来る界塚准尉をどうにかしない事にはそれも無理だ。それにスチュワート軍曹がいくら心理的には余裕がないとしてもそうそうボロは出さないだろうしな。
「どうも何もないでしょ。さっき入ってきた人、何かあるの?」
「いえ別に」
「……」
ああ、もう視線が痛い。
さっきの食堂でのことで感付かれた?いや、ちょこっと話聞き流しちゃっただけでしょうにどんだけ俺のこと見てるんだよ……何?好きなの?って勘違いしちゃうから勘違いしないでもらえます?
とにかく何か他の話題に逸らさないと……界塚弟の話に戻すのは流石に不自然過ぎるし、界塚准尉が食いついてくれそうなネタって他だと。
「……そう言えば、何で種子島基地なんですかね?」
現状で考えておかないといけない事柄なら准尉の性格上乗っかってはくれるはずだ。
「何でって……本当なら沖縄基地まで行きたい所だけど燃料が心許無いからでしょ」
「いえ、聞き方が悪かったです。何で種子島に基地があるんですかね?」
「何でって……流石に分からないわよ」
まぁ、尉官より上でもKATパイロットが知る必要が無い項目なだけに期待はしてなかったけどな。
「大体、そんなの知ってどうするの?」
「どんな目的の基地か分かれば補給の時に何が残っているか分かるじゃないですか」
その辺に関してはこの揚陸艦の責任者である人間が考えてはいるだろうけど、どの道補給活動をやらされるのは目に見えている。
「いまいち分からないんですよ。ロケット基地を再建する訳でも無いのにあの場所に基地が今もある理由が」
「私も赴任したことは無いから公開されてる以上の事は知らないわ」
「ですよね……」
日本において最も被害の顕著な場所だ。沖縄にも大きな基地があるのにロケット発射場の無い種子島に軍事基地を置く価値があるのか?
周囲への立ち入りを禁じている軍事施設なんてそんなに珍しくも無い。そうでもしないと訓練できない特殊な地域と言う訳でも無いだろう。
「そんな事より、比企谷君は休んでなさい」
「そんな訳にもいかないでしょ」
いや、そんな事って言いますが結構この先の計画を立てる上で重要な事だと思うですが?
スパイ抜きに考えても火星側の追撃だって可能性が無くなっていない。それどころか俺達に対する優先度は上がっている可能性は高い。かと言って、安易な一手を打てないって状況だと思われる。
どのタイミングで仕掛けてくるかが今のところ分からない。当然、種子島での戦闘も視野に入れておくべきだ。機体性能と武装じゃ逆立ちしたって勝ち目がないのだからそれ以外でその差を穴埋めしておく必要がある。
「良いから休んでなさい。小隊長命令です」
「無茶苦茶だ」
かと言って、軍に徴兵されて界塚准尉は直属の上司扱いで無視する訳にもいかないが、こっちにも一応それに対抗するカードは持っている。
「鞠戸大尉からの依頼が終わったら休みますよ」
上の階級からの命令となればいくら准尉と言っても文句は
「鞠戸大尉には私から言っておきます!」
言えない筈なんだけどなぁ……ちょっと強引すぎませんかね?