ボクはマスコットなんかじゃない   作:ちゃなな

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11 それでもまだ、愛してるから

 手の平の上で暗緑色の宝石が鈍く明滅する。その間隔は長い。しばらく歩いても、それは変わらなかった。

 一時間ほど歩いて、疲れたので休憩がてらにファーストフード店に入る。結衣は注文したアップルパイとジュースを受け取って窓際の席に着いた。ソウルジェムをテーブルの上に置いてアップルパイのパッケージを開ける。

 

「反応、ないね」

「うん、この辺りにはいないみたいだ」

 

 ぼやく言葉に机の隅に座ったキュゥべえが同意する。結衣は大きくふう、と息をついた。

 

「まあ、魔女なんていないに越したことないよね。でも、捜すならある程度目星をつけておかないと難しいかも。キュゥべえ、魔女が好きな場所とかってある?」

「そうだね…… 好きな場所なのかは分からないけど、大きな道路や歓楽街みたいに人の多い所、又は全く人の寄りつかない所に結界を張る魔女は多いよ」

 

 キュゥべえの返答に、結衣は不思議そうに首を傾げる。

 魔女がする事は悪い事。悪い事をするには人気のない所、というイメージが結衣の中にある。だから人の寄りつかない所には納得いったが、歓楽街という答えは結衣にはピンとこない。実際、結衣と梢が襲われた場所は人通りが多い所ではなかったし、梢が発見した魔女結界も廃墟にあった。

 

「正反対の場所なんだね」

 

 結衣は言いながらパッケージから少し引っ張り出したアップルパイに齧りつく。軽い歯ごたえと共に、シナモンの効いた熱い林檎のフィリングが口の中に入ってきた。はふはふと熱さを逃がしながら口元を押さえる結衣を眺めながら、キュゥべえは大きく尻尾を揺らす。

 

「そうだね。魔女がどういう呪いを撒き散らしているかにもよるんだけど。多いのはその二パターンだよ。例えば、手っ取り早く数を稼ぎたい魔女は人の多い所に陣取る。交通事故や傷害事件を起こせば、一度に出る犠牲者は多くなりやすいからね。ただし、その場合って殺し損ねが結構あるみたいなんだよね。九死に一生を得る、っていうんだっけ? 軽傷で済んだり。対して自殺は事故より死亡させやすいから、確実に殺していきたいタイプの魔女は人気のない場所に対象を誘導して……って感じかな」

「自殺……」

 

 口の中のものを飲み込んで結衣が呟く。その表情は暗い。先日の首吊り死体を思い出してしまったのだろう。

 

「そう。この間の魔女はそのタイプだね」

 

 キュゥべえは頷く。

 

「後、パターンからは外れるけど、被害が大きくなりやすいっていったら病院かな。特に入院施設のあるような大きな所」

「そっか…… 病気でただでさえ弱ってるのに、呪いなんて受けたら……」

「そういう事」

 

 結衣はキュゥべえの言葉を聞いて、残りのパイを口に詰め込みながら立ち上がる。口の中の熱さはジュースで冷やした。飲み込んで、キュゥべえに視線を落とす。

 

「じゃあ、町一番の病院に行こっか。今日は一人だし、パトロールはそこでおしまい」

「分かったよ」

 

 コップを握った方の脇で通学鞄を挟み、もう片方の手でソウルジェムを忘れず回収。

 キュゥべえも机の上で立ち上がって身を翻した。

 

「梢ちゃん、もう家に着いたかな……」

 

 結衣は呟いて窓の外を見やる。空は朱色に染まり、建物も美しく彩られている。日は少しずつ長くなっているとはいえ、もうすぐ日は沈むだろう。

 

/*/

 

 梢が家に着いたのは、赤い空に藍色が混じり始めた頃だった。昨日よりも早い時間だが、寄り道しない時の帰宅時間からすると遅い。パトロールを休んで足早に帰宅の路につくも途中で不安になり、立ち止まったり無駄に遠回りをしたりしたせいだった。

 玄関の前でしばらく躊躇ってから扉を開ける。両親はすでに帰宅していたようで、居間の扉に填め込まれたガラスから人工の光が射しこんで廊下を照らし、玄関に置かれた靴は男物女物が揃っていた。

 

「た、ただいま……」

「ああ、おかえり」

「お帰りなさい」

 

 暗い廊下から明るい居間に顔を出すと、音に気付いて振り向いた両親が梢を迎え入れる。

 

「ちょっと早いけど、もう出来てるから夕ご飯にしましょう。手を洗ってらっしゃい」

 

 母親の言う通り、すでに夕飯の準備は整っているようだ。出来て時間は経っていないようで湯気が立ち上っている。梢は慌しくソファに通学鞄を置いてキッチンの水道でおざなりに手を洗うと席に着いた。ざっとテーブルを見渡す。

 トマトの添えられたキャベツとレタスのサラダ。タルタルソースのたっぷりかかった鮭のムニエル。溶き卵のスープに白いご飯。昨日のような出来合いの総菜ではないようで、食品トレイではなく皿に綺麗に盛り付けられている。久しぶりの母の手料理だった。

 

「……梢」

「な、何?」

 

 席について早々、母親が口を開く。梢は箸を取ろうとしていた手を止め、居住まいを正した。結衣が願い、叶ったとキュゥべえは言ったが緊張する体の反応は止められない。梢はゴクリと喉を鳴らす。

 

「昨日はごめんなさいね。短慮を起こしてしまって…… 今日、改めて話してね、再構築することにしたの」

 

 その言葉が母親の口から放たれて、ようやく梢は肩の力を抜いた。思い切り息をついて、呼吸を止めていたことを自覚する。

 

「すまなかったな、心配をかけて。彼女とは、ちゃんと別れるよ」

 

 そんな梢に、父親は優しく笑って彼女の頭を撫でた。

 

「不倫ばかりする人だけど……それでもまだ、愛してるから……」

「俺も、愛しているよ」

「あなた……」

 

 見つめ合う二人。温かで穏やかな夕食。夕食後、仲良くコーヒーを飲む姿を見るのも数ヶ月ぶりだった。

 宿題があるから、と食器を下げて居間を後にした梢は階段を駆け上り、自室に飛び込んで通学鞄を投げるように学習机に置いてベッドにダイブする。足をボフボフとバタ足のように動かして叫びたい気持ちをぶつけた。

「叶った…… お父さんとお母さんは離婚しない。一緒にいられる…… 離れないですむ」

 疲れて、ようやく落ち着いた梢は寝ころんだまま枕を引き寄せて抱きしめる。滲む涙が枕カバーに滲みを作った。

「ありがとう、結衣……」

 幸せだった。去年の末頃から急に仲の悪くなった両親。それは、実はすでに一度経験のあったことだった。

 小学校の低学年の頃だったから、梢は経緯を詳しくは知らない。ただ、母の実家にしょっちゅう預けられたり、スーツにくすんだ金色のバッジをつけた男が出入りしていたりしていた事は覚えているし、母の実家や当時住んでいた家に漂っていた殺伐とした空気は忘れていなかった。そして、それが始めてではないこともぼやく祖母の話を聞いて知っていた。初めての時を梢が覚えていないのは、それが彼女が生まれてすぐのことだったから。

 梢がこの家に来たのは、二回目の直後。預けられていた母の実家から直接この家に連れてこられて、始めて引っ越したことを告げられた。両親となかなか会えず、祖父母もピリピリしていて落ち着けなかった梢は、更には突然すぎる転校で友達に別れを告げることも叶わなかった。

 転校先ではそれまで受けていたストレスが原因で馴染めず、新しい環境に慣れて落ち着いた頃には既に周りから遠巻きにされていた。中学に進級し、その頃を知らない層が入ってきたことで友達もようやく増えてきたが、親友と呼べるのは、一人だけ。その頃も今も相も変わらず側にいてくれた結衣一人。暗い雰囲気を漂わせていたかと思えば、思い出したように無理矢理明るい声を出してテンションを上げようとする梢を周りは気味悪がったが、結衣だけは側にいることを許してくれた。

 また転校し、結衣と離ればなれになるのが嫌だった。一人は寂しい。殺伐とした空気や気持ち悪いものを見るような遠巻きの視線は怖い。ずっと苦しかったから、その心配がなくなったのが嬉しい。幸せ。

 ――でも。

「ごめん……ごめんね……」

 結衣を危険に放り込むことになってしまった。今更、梢はその事を思い出した。相対する危険が同じなら、せめてもの権利として自分で願いを決めて、自分のための願いを叶えるように言ったのは自分だったのに。

 枕に顔を埋めたまま梢は呟いた。目から溢れた水分が滲みを大きくしていく。

「……ごめんなさい……」

 

 

/*/

 

 結衣は小規模の住宅街の中にある一軒家の前で立ち止まった。足元のキュゥべえに向けて手を広げる。

 

「いらっしゃい。ようこそ、私の家へ」

 

 その手の平にソウルジェムは乗っていない。異常のなかった病院からの帰り道はソウルジェムは指輪に戻していた。キュゥべえは指輪の反射する光に目を細めて、一軒家へと視線を移す。

 住宅街が小規模、とあって結衣の家はこぢんまりとした洋風の建物だった。だが手入れは小まめにやっているらしく花壇には季節の花が咲き乱れ、飾り付けも見てもらう事を念頭にバランスよく仕上がっている。ただ受ける印象は鮮やかというより派手、と言った方がいいだろう。それは遠くからでも目立つだろう屋根や壁などの家自体の色だったり、様々な色の溢れる花壇だったりのせいだった。蔦の絡まったガーデンアーチは門扉がついていて、扉にはプランターホルダーが取り付けられてやはり季節の花が咲いている。結衣が門を開けるとキィと金属の擦れる音がした。

 玄関前で立ち止まり、結衣は付いてきたキュゥべえに視線を落とす。

 

「ちょっとビックリするかもだけど……」

 

 キュゥべえは結衣の言葉に首を傾げる。息を吸って、吐いて、意を決したように結衣は扉を開けた。

 

「たっだいまーっ!」

 

 結衣から放たれた突然の大声に、キュゥべえの動きが止まる。

 今まで聞いた結衣の声の中で最も大きく、弾んだ声だった。結衣はボソボソと喋るわけではないが、声を張り上げたりもしない。学校でもそうだが、魔女の結界内ですらここまでの声量はなかった。

 閉まろうとする扉にハッと我に返り、慌てて結衣の後に続く。キュゥべえが滑り込むのと同時に扉は閉まり、代わりのように廊下奥の扉が開いた。

 

「おかえり、結衣! 遅かったわね、何してたの?」

「梢ちゃんと遊んでたの!」

「まあ! 元気があって良いことね。お母さんとも遊んで頂戴♪」

 

 機嫌の良さそうな女性はスリッパの音を響かせて玄関で満面の笑みを浮かべる結衣に近付くと、ガバリとその体を抱き締めた。きゃあ、とはしゃぐ声。

 女性は結衣の体を解放すると、優しく家の中へと誘う。

 

「ふふっ、さ、手を洗ってらっしゃい。今日のご飯はねぇ……ハンバーグよ!」

「やったぁ!」

 

 諸手を挙げて大げさに喜びを表現して女性の後に続く結衣を、キュゥべえは呆然と見送るしかなかった。

 

/*/

 

「ふぅ…… つかれた……」

 

 二階の一室に入ってすぐに荷物をベッドに投げ出して結衣は疲労を滲ませ、溜息を零す。

 広々とした廊下に設えられた大きな窓、そこから見えた広いバルコニーが開放的だった分、結衣の自室は手狭に思える。梢の部屋と比べても狭かったし、本棚とクローゼットの間に置かれた一人用のソファが部屋を圧迫し、その印象に拍車をかけていた。

 内装はパステルカラーが主だった梢の部屋より明るい色が多く、小物が多い。本棚の上やベッドの上は大き目のぬいぐるみが存在を主張し、勉強机には庭にも咲いていた花が花瓶に活けられている。出窓もちょっとした飾りや人形が置かれていて、下手に乗ったら倒してしまいそうだった。

 結衣は投げ出した荷物の内の一つであるレジ袋を引っ張り出し、中から帰宅途中に買った物を取り出す。小さな牛乳パックと、フルオープンエンドの缶詰。そして一階から失敬してきた少し深さのある皿二枚とスプーン。結衣が用意した、キュゥべえ用の食事だった。

 缶詰の中身はキャットフードで、それは皿の一つにスプーンで盛りつけられ、もう一つの皿には牛乳が注がれる。完全にペットのような待遇だったが抵抗したりはしない。円滑に任務を遂行するのに、有効ではあっても支障はなかったからである。

 皿を差し出されたキュゥべえは、身をかがめてキャットフードを口に含む。細かく砕かれた食材は柔らかく煮込まれ、どろどろに溶けあっている。野菜も多く入っていて、栄養バランスは問題ない。隣に置かれた牛乳にも適度に口を付け、食べ進めた。

 しばらくその様子を微笑ましそうに眺めていた結衣は、ふと立ち上がってクローゼットの戸を開けた。奥からワンハンドルのバスケットを引っ張り出して勉強机に置く。それにテーブルナプキンを敷きながら、結衣はキュゥべえをチラリと見やった。

 

「……ビックリした?」

 

 その言葉にキュゥべえは顔を上げる。結衣が言っているのは先程の彼女の親らしい女性への対応の事だというのはすぐに分かった。ペロリと小さな舌で口回りを舐める。

 

「梢といる時と随分対応が違うんだね」

「見ての通り、私の両親ね、とーってもテンション高いの。優しくて明るくて、大好き。ただ、素の私でいると、すっごく心配しちゃうの。元気ない、って」

 

 結衣は少し恥ずかしそうに笑う。

 

「心配かけたくないから、お父さんやお母さんの前だとああやってはしゃぐようにしてるの」

 

 言いながらも手の動きは止めない。バスケットの底に、柔らかそうなタオルを数枚入れて、息をつく。

 

「でもね、正直あのテンションに合わせるのって疲れちゃう。その点、梢ちゃんはね、優しくて明るくて、でも私にそれを要求しない。一緒にいて、すごく楽」

 

 結衣は、ふふっと小さく笑ってキュゥべえの顔を覗き込んだ。キュゥべえのルビーのような瞳に結衣の顔が映る。

 

「キュゥべえは好きな子とかいないの? 気になる子とか。魔法少女になれる子を探してるんだよね? 仲間とかいないの?」

「ボクらはいっぱいいるけど……好きな子、というのはよく分からないな。考えたことないよ」

「そうなんだ。ふふ、私も初恋まだなの。一緒だね。……よし、キュゥべえの寝床、完成」

 

 突然の理解できない質問に目を白黒させながらも、キュゥべえはバスケットの中に入って体を丸めた。ふわりとしたタオルの柔らかさがキュゥべえの体を包む。バスケットの大きさも、尻尾を収めて丁度いいサイズだった。

 

「どう?」

「うん、問題ないよ」

「そう、良かった。じゃあ、私お風呂に入って来るね」

「分かったよ」

 

 キュゥべえが頷くと、結衣は机の上に宝石に戻したソウルジェムを置き、着替えを手に取った。部屋を出て行こうと踵を返す彼女を、キュゥべえは身を起こして引きとめる。

 

「あ、ユイ。ソウルジェムは身に着けていて」

「え? でもお風呂に入れちゃっていいの?」

「大丈夫だよ。置き忘れたり転がって失くしちゃったりする方が大変だから」

 

 嘘ではない。失われたら困る。それに家の中だけなら問題は少ないが、体から外す習慣をつけられても面倒だった。身体は魂なくては動かない。容を持った魂(ソウルジェム)が身体を認識できるのは精々百メートル。それ以上離してしまえば、魂が身体に触れて再接続されるまで動かせなくなってしまうのだ。

 これは魔女化と並んで魔法少女とその候補者に隠される真実。だから本当の理由をぼかしてキュゥべえは伝えるし、それに納得したように頷く結衣も適当にずれた答えに辿り着いているのだろう。

 

「そっか…… それもそうだね、分かった。……あれ?」

 

 ジェムを手に取った結衣の動きが止まる。

 

「色が違う?」

 

 結衣の言う通り、昼間見た暗緑色から深い赤色にソウルジェムは色を変えていた。光に翳したりひっくり返したりする結衣を視線で追いながら、キュゥべえはしっぽを揺らす。

 

「へえ、まるでアレキサンドライトみたいだね」

 

 アレキサンドライト。受ける光によって様々な色の変化を見せる宝石で、太陽光の下で緑や青系統の色に、白熱灯の下では赤紫色や褐色などの色に変化する。結衣のソウルジェムも似たような性質を持つのだろう。

 結衣は相槌をうって、キュゥべえの顔の横にソウルジェムを持ってくる。

 

「もうちょっと明るかったらキュゥべえの目の色だったのにな…… でも、不思議で綺麗。明日梢ちゃんにも教えよっと。じゃあ、入って来るね」

「うん」

 

 小さく笑って、結衣は指輪をはめて部屋を出て行く。キュゥべえはそれを見送って体をタオルのクッションに横たえる。思考の端にチラつくのは、結衣と契約した時の事だった。あの時、思わず言ってしまった言葉。

 

 ――本当に、いいんだね?

 

 あれは、思いとどまらせようとする言葉だ。なぜそんな言葉を紡いでしまったのか、自身の事なのに分からない。契約をしてくれるというのなら、それでいい筈なのに。

 気になる子、と言われて、脳裏に浮かんだのは。

 頭をクッションに押し付ける。タオルは柔らかくキュゥべえを受け止めた。

 

「…………へんなの」




これでようやく、プロットの約半分を消化できました。
起承転結の転が始まります。

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