被虐性癖転性者は絶対に曇らせない   作:甘朔八夏

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息を潜めて、剣呑な音が聞こえた公園へ入る。そこは住宅地の中にあるにも関わらず、どこか寂れた雰囲気を持っていた。ブランコの前に立ち止まり、目を閉じて耳を澄ます———聞こえた。

声変わりが完了していない、少し高めの苛立った声。

 

なるほど、トイレの裏か。

この公園は雑木林と隣接しており、トイレの裏側は木々がカモフラージュとなって多少騒いだ所で目立たないようになっているらしい。

 

大人に見られたら都合の悪いことをするのに、なんておあつらえ向きな場所であろうか。

 

件のトイレの壁に体を貼り付けて、そっと裏側をのぞき込む。

悪い予感は当たった。

 

栗色の髪を携えた、お人形のような風貌の少年、そして彼の取り巻きが3人。あどけない顔つきを見るに、おそらく小学校高学年。

栗髪少年はプラスチック製のエアガンを片手に持ち、その銃口を、地べたに正座する黒髪の少年の頭にくっつけていた。

 

「俺さ、おまえに『俺が撃ったBB弾、全部拾ってこい』って言ったじゃん?」

 

銃口を向けられた少年は、唇を震わせながら頷く。

 

「何個拾ってきた?」

「…5個、だけ」

「しかも普通の色のやつだけな! 蓄光するBB弾はレアだから、絶対拾えって俺言ったよな!?」

 

栗髪の少年が、エアガンの引き金を握る。

どうやら弾は入っていないようだったが、空撃ちの音に黒髪の少年は体を跳ねさせ、慌ててその場から逃げようとする。

 

「おい、逃げんな!」

 

取り巻きの子が、黒髪の少年の肩を荒々しく掴む……

 

 

 

「待っ、た」

 

取り巻きの少年の手を、俺は制すように掴んだ。

 

「な、なんだよお前。急に割り込んできて。どこ中だよ」

「それは、重要、じゃ、ない」

 

 

……さぁ、どうする。暴力の予感がして、何も考えずに飛び出してしまった。

黒髪の少年は、突然の乱入者に怯えた顔をひっこめて、俺の後ろで目を白黒させている。それに対して、おそらく主犯格であろうエアガンの少年は、他の取り巻きの子たちと動揺した顔で話し合っている様子。

 

やばい、女子だ

 

一瞬頭にハテナマークが浮かんだが、女子とは間違いなく俺のこと。もしや、今の見た目を利用すれば穏便にこの場を解決できるんじゃないか?

 

「喧嘩、は、よくない。なにか、気に、いらないことが、あれば、話し合いで、解決、する方が、かっこいい、と、思う」

「…なんだおまえ?部外者のくせに、先生みたいな事言いやがって」

 

試み叶わず。栗髪の少年は少し迷いながらも、ずんずんとこちらへ歩み寄ってエアガンを俺に構える。

 

「なぁ、それはやばいんじゃ」

「うっさい!そもそも、こんな場所に女子が邪魔しにくるとか一番おもしろくねーから。追い払った方が絶対いいって」

 

エアガンの少年は俺に再び向き直る。

 

「早くどっか行け。あと、このことは誰にも言うな。そしたら見逃してやる」

 

幼い少年の口から紡がれる悪意に、心の中が渦巻いた。「いじめは悪いことだ」、「あとで後悔することになる」、正論ならばいくらでも言える。しかしそれらはこの少年たちに響かない。

こんな時、由依たちならどうするだろう、なんてふと考えた。いやいや、彼女たちは高校生。少年も分が悪いと悟って逃げるかもしれない。

 

()()()()できることは何だろう。

 

 

黙りこくった俺に痺れを切らして、少年が軽く俺を突き飛ばした。

 

「おい!」

 

壁と背中がぶつかって、怪我が擦れた。

 

「んっ♡」

「!?」

 

一瞬、空気が凍る。取り巻きの一人が、いまだ尻もちをついたままの黒髪の少年と目を合わせた。動揺しているのだろう、お互い真っ赤な顔のまま、「なにお前も見てんだよ!」と拳を黒髪の少年に振り上げて——まずい。

 

身を投げるように二人の間に割り込んだ。取り巻きの少年は慌ててパンチを止めようとするが、慣性はそれを許さず、うまい具合に俺の怪我の部分を少し優しめに叩いた。

 

もひとつ嬌声。焦らすみたいな触り方。これは、非常にいただけない。

 

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

 

千秋(せんしゅう)にも匹敵する数分が終わり、信号は再び青に変わった。激しく往来していた車が軍隊のように停止し、やっと由依たちは道路を横切る事に成功する。

 

「どっちに行った!?」

「公園で間違いないと思う。なにかを見つけたのなら、まだそこから動いていないはず」

 

詩乃の言葉を聞き終わるよりも早く、由依は豹のように公園へ飛び込む。ざっと見回しても敷地内に子供の姿はなく、西日に照らされる遊具が、寂しそうに遊んでもらうのを待っているだけだった。

 

どこ、ミツキはどこにいる!?

 

由依は自分が激しく動揺していることを自覚する。慌てても視野が狭くなるだけだ、と分かっていても、自分の視界から彼女が消えるのが怖くて怖くてしかたない。

 

また傷を増やしているんじゃないか。

また誰かを守るために身を削っているんじゃないか。

 

「自分はマゾヒストだ」と豪語したミツキの真意を、由依はまだ測りかねている。あの態度を思い返すに、自分たちを安心させるための真っ赤な嘘、とは考えられない。

しかし「痛いのが良い」という主張自体を理解できない由依としては、できるだけミツキには傷ついてほしくないというのが本音だった。

 

「あっちから声がしたわ!」

 

めずらしく息を荒げた琴音の声に飛び上がる。指さす先は、公園内に設置されたコンクリート製の公衆トイレ。

 

はやる気持ちを一切抑えずに由依は走る。自分より目的地の近くにいた詩乃を追い抜いて、半ば琴音を押しのけるような勢いで、由依はトイレの裏に回り込む。

 

「ミツキ!!大丈夫だっ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちがう。左手は、固定。首に、しっかり、爪、も、たてて」

「なぁ、俺が悪かったからもう止めようぜ……」

「だめ。右手は、握る。そして、みぞ、おちを、ぐりぐり」

「もうさ。腕疲れたから、そろそろ」

「男、の子でしょ。はい、ぐりぐり……んぅっ♡ それ、良い、感じ!はい、続ける!」

「む、無理ぃ……こわいってぇ……」

 

 

 

「た?」

 

嫌な予感は当たった。……当たった?

ミツキは壁に押さえつけられており、傷の部分を拳で圧迫されている。

 

ミツキの指示どおりに。

 

ミツキを虐げている栗色の髪の少年は半泣きで謝罪をくり返しており、そんな二人を他の子供たちが正座で見学している。

 

「そこ!」

「ひっ」

「ぼーっと、してちゃ、駄目。次は、君が、する番」

「いや、でも俺は……」

「ああ!血!血出てるって!!もう止めようってば!駄目だってこんなのさぁ!」

「何、言ってる?ここ、からが、本番。やっぱり、交代は、あとで。まだ、君に、教えること、いっぱいある。それに、して、も、口、達者だね。私の、肩、とか。噛んで、みる?」

「ウソウソウソまじでいってる!?」

「っぶね……」

「ほら、ここ。早く」

「ご、ごめんなさい!!前にこいつに撃ち合いで負けて!!煽られたからムカついて!!散々ビビらせたら許してやるつもりだったんだ!!」

「今は、関係、ない。ほら、がぶり。犬歯も、きちっと、使って、ね」

 

 

 

 

 

 

「ミツキ?」

 

由依の声に、ミツキの肩は銃声でも聞いたかのように飛び跳ねた。

錆びたロボットと化したミツキは、ぎこちない動作でこちらを向く。そしてあり得ない光景を——オブラートに包まずに言えば、変態の現行犯を——目の当たりにし、言葉を失っている3人に気がついた。

 

 

「今のうちにこっちに!」

「ぁ、ありがとぅ…こわかった……」

「よく耐えた!君はがんばった!」

「うぅ、あ″りがとゔぅ″……さっきまでいじめてたのに、やざじい……」

「許す、許すから!とりあえず今はここから逃げよう!!君たちも正座してないで!」

 

 

足をもつれさせながら必死に逃げる少年たちの足音を聞きながら、由依たちはミツキを見つめている。

 

「…あの。えっと、これ、は」

「ミツキ」

 

詩乃が一歩前に出た。硬直するミツキ。恐る恐る詩乃の顔を見上げるが、彼女は微妙にミツキと目を合わせない。

 

「あの子たちは?」

「…いじめの、現場っぽかった、から。止め、ようと、思って」

「なるほど。それで、止めること()出来てたみたいだね。…えと。今のは何」

 

ミツキはさっと目を逸らす。

 

「最初、は、標的を、私に、変える、だけ、の、つもりだった。でも…中途半端に、いじられるの、不満、でね?」

「普通にアウトじゃない?」

「ごめんなさい」

 

やり慣れてるんだろうな、と分かる土下座。異界から帰ってきた直後に見た土下座とは違い、それを見たところで由依の心は全く動かなかった。

 

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