被虐性癖転性者は絶対に曇らせない   作:甘朔八夏

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また伸びてる…⁉︎
ここ数日の停滞で諦めていたので驚きです。感想、評価すべて拝見しております。ありがとうございます。





 

 

 

「はいこれ、お湯とタオル。綺麗になったらこれに着替えて」

「あ、ありが、とう」

「あ、私の前で拭いてよ?誰も見てない所だったら何しでかすか分からないんだから」

「…流石に、そこは、わきまえる」

「さっき弁えられてなかったよね?」

「ゔっ」

 

由依の対応が雑になった。とはいえ厳しくなったのは口だけ。濡れタオルを用意してくれたり、結局由依の家に俺を住まわしてくれることになったりと、待遇は甲斐甲斐しいものである。

 

その場でいそいそと服を脱ぎ、お湯の張った洗面器にタオルを浸して、と。あとはこれを絞って…しぼ……

 

「貸して」

 

力が足りない俺の代わりに由依が絞ってくれる。感謝を一つ、受け取って体を拭いていく。濡れタオルが傷に当たってしみるのは不可抗力だよね。

 

「怪我の部分はよける!」

「ハイっ」

 

駄目でした。「まったく…」とため息をついてから夕ごはん作りに戻っていく由依の背中を眺める。

さすがに今のはわざとだ。

あの様子を見るに、もう彼女が俺の怪我に責任を感じることはないだろう。結果オーライといったところか。

 

……いや、そんなことを言っても、俺が実年齢よりはるかに年下の少年たちにセクハラをかました事実は消えないのだけれど。

 

最初はきちんと冷静に演じていたのだ。…ただ、嫌がる相手に攻めをやらせるってシチュエーションが新しくて、ヒートアップしちゃって…ね?

ね?じゃねえぞ俺。気をつけないと本当にお縄になってしまう。

 

 

セルフ清拭を済ますと、キッチンに居た由依は「座って待ってて」と言い、俺の前に完成した料理を持ってきてくれた。やはり過保護なのは変わってない。

 

熱々のグラタンに舌鼓を打つ。由依は相当な料理上手だ。手が止まらなくて口の端を汚してしまい、由依に笑われた。

 

俺の自惚れでなければ、今の由依は楽しそうに見える。その様子を見る度に、新鮮に驚く自分がいる。丸一日彼女と過ごしたのに、由依の笑顔に、俺はなかなか慣れることができない。

 

 

交渉の末、なんとか洗い物は俺に任せてもらえた。

「終わったよ」とソファに腰掛ける由依に言うと、彼女はにっこり笑いながらこちらに手を伸ばし、俺の頭を撫でる。

俺を妹のように思っているのだろうか。

 

由依は、家では一人のことが多い。

たしか父親は記者で一年のほとんどを海外で過ごし、母親は看護師で夜勤漬けだったっけ。壁にかけられた記念写真を見る限り、両親から愛されてはいるようだが、原作では、両親の描写は皆無に等しかった。

 

現実離れした絶望を、相談できなかったのかもしれない。

 

 

「由依」

「なに?」

 

きょとんとした顔で俺を見上げる由依。リラックスした雰囲気を醸している。

 

彼女の孤独が埋まるなら、妹でも何でもやってやる、という気持ちはある。しかし、いま由依に必要なのはそれじゃない。

 

明るく()()()()()()()彼女をじっと見下ろす。由依は座ったまま、窒息を怖がるような速い呼吸を自分がしていることに、気づいていない。

 

ちょうど彼女の頭が俺の胸にくる位置。それを活かして、俺は由依を優しく抱きしめた。

 

「本当に、一日、お疲れさま。もう、大丈夫。力を、抜いて、いいんだ、よ? 由依は、よく、頑張った」

「ミツキ?急になにを言っ…………て?」

 

困惑した声が形を保てなくなっていく。友人のために、俺のために、固く結んでいた緊張が綻びていく。

 

じわり、じわりと、俺の胸が濡れて冷たさを感じる。あやすように後頭部を優しく撫でると、由依は糸が切れたみたいに、声をひそめて泣き出した。

 

今日は本当に、色々な事があった。

1週間ぶりに俺に会い、怪物(メァナス) と戦って死の恐怖に対面し、それから俺の傷に心を痛め、その心配をひた隠しにして外出、俺の本性を理解した。

 

女子高生が、いや、人間が1日に摂取できる経験の許容を超えている。ずっと、気を張っていたのだろう。ずっと、浅い呼吸をくり返していたのだろう。

 

ひとしきり泣いたあと、由依は赤くなった目尻を照れくさそうに擦って、俺に感謝を告げた。

 

「恥ずかしいとこ見せちゃった」

 

すっきりした顔になったと思う。

少しは、大人らしいことが出来ただろうか。

 

 

その後、言いくるめられる形で一緒のベッドで寝る事になった。全力で拒否したが、気づけばお腹をトントンされて由依より早く眠りに落ちていた。

俺、子供の象徴じゃねえか。

 

 

 

ーーー

 

 

 

ゲルニカ戦から早2週間が経った。

由依たちの高校では近々体育祭があるようで、放課後も忙しそうに学生生活に勤しんでいる。

 

俺の傷もすっかり治り…とは言えない。しかし足の痺れを除いて、2週間前と見違えるほどに怪我は癒えていた。

一番でかいのは、喉の怪我がだいぶ治って、ある程度流暢に話せるようになったこと。多少なら叫ぶことだって可能だ。

 

看護師である由依のお母さんが、俺の傷を適切に手当てしてくれたから、というのも理由の一つである。身元不明の俺をあんなにフランクに受け入れてくれるとは思わなかった。おかげで今の俺は、正式に由依宅の居候をやらせていただいている。

 

 

 

「ミツキ、3体目の怪物を倒すための訓練なんて本当に出来るの。しかも、こんな所で」

 

詩乃は首を傾げて、薄暗い病室をぐるりと見わたす。

錆びた点滴スタンドに、放置されたままのベッド。破れたシーツの隙間からは、金属製の骨組みがのぞいていた。

 

ここは由依たちの高校から数キロ離れた廃病院。多忙な三人の貴重な休日を使ってまで、皆をここへ呼んだのには理由があった。

 

「うん。ここなら詩乃たちは、怪物(メァナス) と戦うための武器———『美装』を出せる」

 

 

なにを隠そう、ここは原作で由依と琴音が仲間割れをしてお互いに大怪我を負った場所だ。はじめて由依が琴音に対して明確な敵意を抱くあの話は、本作屈指の鬱回だと思う。

実を言うと、この場所にいると、由依と琴音が剣呑に対峙するシーンがフラッシュバックして気分が悪い。でも、由依たちが無事、異界の脅威を乗り越えるためならば、これを利用しない手は無い。

 

「あの」と、そこでおずおずと手をあげたのは琴音だった。

 

「どうして、ミツキちゃんはこんなに色々なことを知ってるの?」

 

たぶん、俺は相当困った顔になったのだと思う。

すぐさま琴音は「答えたくないなら、言わなくてもいいのよ」と俺の真横に瞬間移動、そっと長い黒髪を撫でてきた。

きっとさわり心地は良くないだろうに。

 

「怪我が悪化するといけないから」と、俺は長らく風呂に入っていない。一応できる限りのケアはしているものの、やはりシャンプー、トリートメントが無いと髪の乾燥は進むのみ。いつか我が髪のポテンシャルを最大限に引き出してみたいものである。

 

なんて逃げる思考とは裏腹に、俺は確かに呟いていた。

 

「そろそろ、話してもいいかもしれない」

 

三人が小さく息を呑んだ。

 

頻繁に思考があさっての方向に飛ぶようになったのは、いろいろ不安が増えたからだろうか。

いまだ重たい前髪を指先でいじる。

だが、俺は自分都合の不安を制御して、彼女たちを守るための最善を選ぶ必要がある。

俺のせいで皆が不幸になることなど、絶対にあってはならない。

 

「…私は、由依たちの生きるこの世界とは、異なる世界から来た。そして、私が関わらなかった時の、この世界の未来を知っている」

 

 

リアル『トゥルーマン・ショー』にコメディの要素は存在し得ない。由依たちが全ての怪物(メァナス) を退けて、()()に帰るために必要なことだけを、かいつまんで話す。

 

 

「なるほど、予習済みだったって事。それなら納得がいく」

「え。そんな簡単に信じる?」

「私たちも経験してるから」

 

淡々と答える詩乃に納得。二度の異界は、今の話よりもさらに夢物語な体験かもしれない。

 

「話をまとめる。間違ってたら指摘して」

 

こくりと頷く。

 

「まず、私たちは元々、ミツキ無しであの怪物たちと戦わないといけなかった。その末路は……今となっては仮定の話。考えないようにする。怪物の数は全部で4体、つまり、残るはあと2体。全てが絵画モチーフになってるんだっけ。私たちは奴らに対抗するために、今日、ここで訓練をする。そんな感じ?」

 

ほぼ完璧だった。話が早くて助かる、と思いつつ、聡明な詩乃だからこそ、細かい所の訂正は伝えておく。

 

「申し訳ないけど、4体目の怪物については、私にとっても未知の存在」

「そうだった。1,2,3体目が全て絵画モチーフだからって、固定観念を持つのは危険か」

 

相変わらず詩乃は飲み込みが早い。早すぎて、由依と琴音を置いていっている。

 

 

ぽけーっと固まる二人の前で手のひらを振る。反応が無い。ただのしかばねのようだ。

 

ここまで現実味の無い話をすぐに受け入れろ、という頼みが無茶なことは俺だって分かってる。由依たちが放心から抜け出すまで、詩乃の美装について伝えておこうか。

 

 

「全部終わったら」

 

小さな声が耳に届く。終わる、という言葉に、なぜかちくりと胸が痛んだ。振り向く。

 

「ミツキは帰れるの?」

 

由依は、自分の口から真っ先に出た疑問に、少し驚いているようだった。

俺を気にかけてくれる、と思っていたが、まさかここまでとは。

俺は苦笑した。

 

「大丈夫。そこは、なにも心配いらない」

 

実際、その問題はあまり考えないようにしてきた。漠然と、怪物を全て退けたら帰れるんじゃないか、とうっすら思っているが、本当の所は誰も分からない。

ただ、心配はいらない。彼女たちがする心配じゃあない。やるべき事は、はっきり決まっているのだから。

 

 

さて、そろそろ琴音も我に返ったかな、と近づく。

それと全く同時に、残像を残して琴音の手がハエトリグサのように俺に迫った。

 

「うわっ、ちょ、速——」

 

哀れ、貧弱少女ミツキちゃんは、目を回しているうちに琴音のテディベアとなってしまった。

 

「ミツキちゃんは、」

 

頭上から聞こえる琴音の声は、陽だまりのように優しい。

 

「私たちを助けるために、来てくれた、ってこと?」

 

結果としては、その通りになった。ここでもにょもにょ答えるのも嫌なので、力強く肯定を返す。

俺を包む腕にぎゅっと力が入った。

 

ぐぇ

「私、ミツキちゃんと会えて嬉しい。ミツキちゃんも、同じだったら嬉しいの」

 

由依と詩乃の視線までも、琴音のもとへ集まる。

 

「ミツキちゃんのおかげ。そう言って、みんなで笑いたい。だから、私にも武器の使い方、教えてくれないかしら?」

 

なんて強いんだろう、と思った。琴音の言葉に「私も」と首肯する二人も視界に入れて、俺はその眩しさに目を細めた。

どこまでも純粋な善意と覚悟。自分だけ雑念まみれの変態なことがいよいよ恥ずかしくなってきた。

 

「みんな、ありがとう。今の琴音たちなら、きっと美装を出せるはず」

 

意義のある訓練にしよう。初めて出会った日の覚悟を思い出す。

彼女たちを守る。絶対に、三人を曇らせない。

 

 

 

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