被虐性癖転性者は絶対に曇らせない   作:甘朔八夏

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「ミツキっ!! どこにいたの!? 私たちずっとミツキを探してたんだよ!? ああやっぱり包帯を替えるどころか服さえ同じじゃん!!」

「ちょ、ちょっと、たんま」

「私が由依の家に着いてすぐ窓から飛び出したよね。怪我は増えてない?」

「え、えと」

 

会ったらどうしようとは思っていたけど、ここまでドンピシャで遭遇するとは思ってませんでした。

まくし立てる勢いが強くて返答の暇が無い。喉を()っており大きな声も出せないので、質問の嵐にもろに飲み込まれてひたすらおろおろしてしまう。

これじゃあ本当に逃げた意味が無い。めっちゃ最悪。

 

「あの…よければ私にも事情を教えてくれない?」

 

その時現れた救世主。おずおずと手を上げた少女の存在を思い出して、二人はいったん落ち着いた。助かった…マジで圧に押し潰されるかと思った。

二人の視線は俺から離れて発言者の方へ。その隙に由依たちから一歩距離を取ろうとする。が、先読みされてガッシリと手を掴まれた。

 

信用が無くてミツキかなしい。

 

とりあえず観念して捕獲されておくことにする。空いてる方の手で自身の重たい髪をかきあげて、救世主の姿を拝見した。2体目の怪物(メァナス)戦で初登場といえば、彼女だ。

 

「ふたりが悩んでた事とこの子は何か関係があるの?」

「ひぇ」

 

此崎(このさき) 琴音(ことね)。三人目の美装少女にして、由依と並ぶ本作の主要キャラ。

ちなみに小さく悲鳴を上げたのは俺である。というのも、彼女は原作において究極のシリアス()()()()()()であったから。

 

一見穏やかでほわほわした雰囲気の琴音であるが、その反面好きなものに対する熱量がすさまじい。彼女はコンクールで賞を総ナメする程の実力を持った美術部のエースであり、絵を描く時、彼女の顔からほんわかは完全に消え去るのだ。

そんな彼女が美装少女としての初陣でメァナスを倒す代償に失ったもの。それは「利き手の(ひじ)から下全て」である。

 

その後ずっとずっと由依と琴音の軋轢(あつれき)が続く。

喪失感と絶望に押しつぶされ、極限状態となった琴音の憎悪の向かう先は、メァナス戦で大怪我を免れた由依のもとだった。そう、親友を失い人々の悪意に晒されて、生きる意味を失っている由依にだ。読むのが本当に辛かった…

 

そう言うわけで「あらあら〜」とか言いそうな彼女の顔の裏に鬼気迫る厭世が感じられて、俺はそっと琴音から目を逸らした。目を合わせるのがこわいんです。

 

 

 

 

 

「——っていうワケなんだけど…信じてって言っても難しいよね」

「たしかに、夢の話を聞いてるみたい。でも本当なのね」

 

俺が脳内で原作をおさらいしている間に、由依は簡単な事情説明を済ませたようだ。石レンガ造りの建物が立ち並ぶ異国情緒な周りをぐるりと一望して、琴音は興味深そうに息を漏らした。

 

「…綺麗な町」

「ヨーロッパっぽいけど、不思議と見たことないタイプの町並みかも。確かに綺麗。…以前と違いすぎる」

 

詩乃が声を低くする。そうだ、ここで呑気な会話をしている暇は無い。早くここから彼女たちを避難させなければ。

(ミツキ)の逃走への追及がうやむやになっている今、自分から発言するのはだいぶ憚られる。だがそうも言ってられないのだ。呼吸を一つ、俺は勇気を持って口を開いた。

 

「ちょっと、いい、ですか」

「あなたがミツキちゃんね? 私は琴音。琴音お姉ちゃんって呼んでくれると嬉しいな」

「! …はい。よろしく、お願いします…って、そうじゃ、なくて……わぷ」

「大変だったのね。困ったことがあったら、何でもお姉ちゃんに頼ってくれていいからね」

「え、あ、ありがとう、ございます…だから、ちがくて」

 

優しくも力強い抱擁(ホールド)からなんとか抜け出す。何もなければ穏やかな子だとは分かっているが、やっぱりまだ怖いって。そんな感情も隠し、できるだけ真剣な顔を作る。詩乃は察してくれたのか続きを促すように黙ってくれた。マジこの子優秀。だから原作では真っ先に退場したんだろうな…

気を取り直して。

 

「この、場所は、特に危ない。皆、早く、逃げて」

「危ないって、もしかして前みたいな怪物が来たり?」

「それも、ある、けれど。———今から、この町は、()()()()()()()

 

 

 

二体目の怪物(メァナス)、『ゲルニカ』。1巻の後半〜2巻の前半で由依たちと読者を存分に病ませた敵であり、由依と琴音の軋轢の元凶。

 

前にも触れたがこの漫画は背景の描き込みが素晴らしい。そのため異界の舞台となった場所ののどかな雰囲気や楽園のような穏やかさを存分に味わえるのだ。だからこそ、

空襲により絶叫と血に染まった町の惨状とのギャップが凄まじい。

 

もちろん爆撃は例外なく由依たちをも襲う。『サトゥルヌス』よりも現実的な死の気配に怯え、疲弊しきった由依と琴音。命からがら空襲を生き延びて、息つく暇も無くこのメァナスの本体(コア)、『ミノタウロス』が二人の前に立ちはだかる。

ミノタウロスは、震える体で琴音を庇う由依を押し飛ばして、縮こまった琴音の腕をひと思いに———よそう。思い出すだけでおぞましい。

 

 

「この、場所は、爆撃が一番、激しい広場。だからひとまず、この場所から、離れ、ないと」

 

偵察のために訪れたら、まさかの遭遇をしたという訳である。原作では彼女たちが転送される場所はこの広場では無かった。詩乃が死ななかったことで、すでに展開は微妙に変化している。だがそれを由依に言っても仕方がない。自分の気がかりな気持ちを移さないように、努めて冷静に言う。

 

 

由依は顔を伏せて黙っていた。

聞き取りにくかっただろうか。彼女に限ってありえないとは分かっているが、途切れ途切れにしか話せない俺を面倒に感じているかもしれない、と邪推してしまう。

 

不安だ。

由依たちは未知の恐怖に怯えているだろうか。理不尽な現状に憤っているだろうか。俺の存在は、彼女たちにとって良いものなのだろうか。

 

 

「ミツキはずっと、不思議な世界で戦ってたの?」

「ううん。そういう、わけじゃ無くて。異界に、来たのは、前が初めて。由依と、同じ」

「…怖くないの?」

「怖いよ。由依たちが、辛い思いを、するのが」

「———っ」

 

突如由依の体が白い光に包まれた。

すわ敵襲か、咄嗟に戦闘態勢的なポーズを取るが、予感に反してその光はあたたかく優しい。光が止んだ時、そこには巨大な絵筆を手に持った「主人公」の少女が立っている。強い目をしていた。

 

「正直、何がなんだか分かんない。でもミツキが戦うって言うんなら。手伝わせてよ」

 

何を言っても聞かない、といった態度で俺に手を差し出す。この子はサトゥルヌスを直接見たはずだ。恐怖を体験したはずだ。それでも戦うことを選んだ。

原作の強制力、とは言いたくなかった。彼女の()()に少しばかり頼っても良いかもしれない、と思えた。

 

「…わかった。ついて、きてほしい。移動、しながら、作戦を、説明する」

 

 

 

 

 

 

 

 

爆撃を避けるため向かった場所は、作中で描写すらされていなかった海沿いの方。空襲後に出現するミノタウロスを不意打ちしたいので、良い待機場所探しも兼ねての行動だ。ミノタウロスの出現位置は由依たちと俺が鉢合わせた場所である。

一人なら近くの路地とかに隠れて背後から特攻してやろうと思っていたが、現在俺たちは4人パーティ。戦略を変える必要がある。

 

(……まずいな)

 

先ほどから由依が俺のことを心配そうに見ている。俺が息を荒げているからだ。なぜ荒げているか?

 

快感だからだよ、言わせんな恥ずかしい。

四肢や背中はだいぶ治ったが、気管から胸にかけての傷は未だ治る余地を見せない。そのため今のように長時間の運動をすると呼吸をして痛みを感じる回数が増えてしまい、心がついつい悦んでしまうのだ。

 

 

「ミツキ。由依の持ってる絵筆についてなんだけど」

「ああ、それは、メァナス…敵と、戦うための、鍵。武器って、感じ。多分、詩乃と琴音も、持ってるはず」

「これのこと?」

 

詩乃はさも当然といった様子で何かを見せてきた。あいも変わらず話が早い。目をやると、琴音も同じく手に持ったものを提示している。

詩乃が手のひらサイズの無地のキャンバス、琴音が木製のパレットだ。

 

「うん、それ」

「どうやって使うのか教えてほしい」

「えっと」

 

本漫画はバトルモノでは無いため、武器についての詳細な説明はされていなかった。だが記憶を思い返してみると、力の発現には分かりやすい共通点がある。

 

「…真っ直ぐで、強い、感情。それが、詩乃にも、力を、与えるはず」

 

守りたい、死にたくない、許せない。

恐らく何でもいい。混じり気のない強い気持ちが少女たちに力を与える。

 

「なるほど」

 

詩乃は自分の手のひらをじっと見ている。説明したものの、人間は雑念と共に生きている。そう簡単にはいかないだろう、と思ったのと同時に、詩乃の手から淡い光が漏れる。

え、マジで言ってる? だとしたら優秀がすぎるぞこの子は——

 

「あっ」

 

琴音が漏らした小さな声に、全員が過敏に反応した。彼女の見上げた視線の先、俺たちが先ほどまで居た町の中心部へ向かって飛ぶ無数の()()()()()

 

「…いったん、武器は、おいといて。始まる」

 

穏やかな町に爆撃の音が響き渡った。

 

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