被虐性癖転性者は絶対に曇らせない   作:甘朔八夏

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お久しぶりです。
本日から不定期更新を止め、2,3日に1度投稿します。読んでくださると泣いて喜びます。





 

 

 

「ためらわ、ないで。持ちうる、本気を」

「…でも、そんなことしたらミツキが」

「かま、わない。何も、心配、ないから」

「……駄目。出来ない。できないよ」

 

まるで悲劇のヒロインのように、顔を悲痛にしかめる由依。彼女は、

 

目の前で四つん這いになる少女(おれ)を見て、手に持った革のベルトを落とした。

 

「ミツキを叩くことなんて!!」

 

 

あまりに泣きそうな声で言うもんだから、俺も興が醒めてしぶしぶ体勢を戻した。さっきまで座ってた座布団の上に正座……は足が痛いので、両足をまとめて横にずらす。いわゆる女の子座りってやつ。

 

元の姿でやったらお笑いになってしまう仕草だが、今の見た目なら似合う事この上ない。改めて自分の身体の細さを実感していると、2方向から刺さる無視できない強い視線に気づく。

詩乃と琴音が、奇異なモノを見る目でこちらを凝視している。例えるならば、二足歩行で生活する犬を見たような、人語を解する虫を見たような。

 

由依の代わりに叩いてくれるのか。そうすっとぼけてベルトを拾い上げ、詩乃と琴音に目をやる。すっごく控えめに、それでいて確実に目を逸らされた。

 

えー。そんなに嫌? ここまで全力拒否されるとなんか傷つくんですけど。

 

なんて冗談は置いておいて。無垢なドMを演じながらも、俺は密かに思考をぎゅんぎゅん回している。その内容はずばり、「どうしたら彼女たちが俺の怪我を心配しなくなるか」である。

 

鼻から息を吐いて下を向くと、重たい髪の隙間からぽたり、と液体が落ちた。

 

「ッ!」

 

息を詰まらせた由依の目が、床にはねた赤に釘付けられた。

それはそれは鮮やかな血である。触手をちぎられて落下した時に、額に傷を負ったのだろう。

さっと顔を青くする由依にばれないようにげんなりした顔を作る。ドMって性癖界隈では有名な方だと思ってたんだけど、現実だと全然市民権ないのね……。

 

 

「…ミツキ。貴女は痛いのが好き。理解はした。でも…その。そういう事ってパートナーとの歩み寄りがあって初めて…えっと、()()()()に成るんじゃないの」

 

というのは詩乃の談。理解したと言うわりにはハテナマーク増し増しの表情に、ちょっと照れているのか言い淀んだ感じの話し方。聞いてるこっちも少し恥ずかしくなってくる。…これ俺大丈夫か?詩乃に対するハラスメントで捕まったりしない?

 

「詩乃の、言ってること、は、正しい。でもそれは、凡百の、マゾヒスト。つまり、ボM」

「ボ…?」

「私は、違う。この世の、あらゆる痛みが、快感の、ド級の、マゾヒスト。つまり、ドM」

「………」

 

つる〜ん。心持ちキメ顔で放った「一周回って普通の名称だな」ツッコミ待ちのボケは、つるっつるに滑り散らかした。

あれ…?こういうシリアスな場面だからこそ、シュールな笑いがハマるってどこかで見たんだけどな。

 

(——!)

 

もしや、俺に求められているのは()()…!?

一度滑ってしまった現状、俺が彼女たちを笑わせる方法は「ノリと勢いでゴリ押す」しか無くなった。少しでもいいから吹き出してくれたら、笑ってくれたら、

 

由依の辛い顔を見なくて済むなーって、それだけ。

 

 

意外と耳年増なのか、困惑と照れが混じった表情を浮かべる詩乃に、口をぽかんと開けたまま黙っている琴音。二人はまだ良い。

暗い雰囲気を断固拒否する俺の態度を察してか、はたまた情報の洪水に頭がパンクしてしまったのか。ともかく異界から脱出する前の真っ青だった顔色は元に戻っている。

 

「ミツキ」

 

しかし彼女だけは、俺の溌剌(はつらつ)にさえも怯えている。

おぼつかない仕草で俺の右手を弱々しく握った。

 

「もう、逃げないで」

 

その手を握り返すには、先までの俺の態度は軽薄すぎたから。やんわり振り払うと、由依は小さく「あ」とだけ言って、俺を呆然と見つめている。

 

痛む足を容赦なく曲げて正座。両手を床にぺたりとつけて、頭を深く下げた。

 

「ごめん」

 

謝ってほしい訳じゃないことなんて重々承知している。むしろ俺の土下座は、彼女の優しさにつけ込んだ見えない暴力。それでも言わずにはいられない。

由依を守ろうとして由依を傷つけたのは他でもない自分だから。

 

由依はそんな俺を、しばらく黙って見下ろしていた。言いたいことはたくさんあるけど、それを言葉に出来ないような。きつく張り詰めた息のしにくい空気が部屋を埋めて数秒。

ふらふらと俺に近寄ってきたのは琴音だった。

 

「あの。ミツキちゃんは、つらくないって事?」

「もち、ろん」

「苦しくない?死にたいと思っていない?わたしのせいで、耐えられなくなってない?」

「まさか。琴音は、守れた。私は、気持ちいい。これ、こそ、一石二鳥」

 

軽快に自分の薄い胸を叩く。琴音はそんな俺を呆然と見つめると、感情をじわっと瞳から溢れさせた。

 

「!?」

 

くしゃりと歪んだ顔に焦る間も無く、彼女は俺をしっかり抱きしめる。

 

「こわかった、ずっとわたし、怖かったの。わたしは怪我するのが怖くて怖くてしかたないから、ミツキちゃんもそうなんじゃないかって。辛い事を押し付けてしまったんじゃないかって」

「!」

 

琴音は「描くこと」に人生を賭けていると言っていい。そんな彼女が傷を恐れるのは当然で、原作からも分かるように、琴音にとって、描けなくなる怪我は死と同じくらいの悲劇なのだろう。

 

それを当て嵌めて彼女は俺を見ている。俺がここで苦しんでいたならば、琴音はその責任から命を絶ってしまうだろうという確信を抱いてしまった。

 

「大丈夫。ぜんぶ、大丈夫」

 

俺が与えねばならないのは「安心」。面白さではなかったのだ。すがりつく琴音の頭をあやすように撫でて……うわ髪質めっちゃ良い。ちゃんと毎日ケアしているのが分かる手触りだ。しかし勿体無いのは後頭部が絶壁だという事。根元にパーマかけてボリューム付けるだけで雰囲気がより良くなりそうだな……はっ!いかんいかん、つい癖で考え込んでしまった、って、

 

「あ、れ?」

 

ハグしてるというよりも、俺の体に寄りかかっていると言った方が正しい体重の預け具合。耳を澄ませると、すぅすぅと規則正しい呼吸音が聞こえた。

 

「…寝た?」

 

わりと重い(失礼)体を引っぺがして顔を覗き込むと、琴音はさっきまでとは真逆の穏やかな顔でまどろんでいる。

俺の隣に来て、同じように琴音の顔を見た詩乃が「んふ」と小さく吹き出した。

 

「よだれ垂れてる。…あ。ミツキの服にも」

「え」

 

慌てて体を見下ろすと、肩のところに丸いシミ。

 

(ウワーーッ!!!)

 

この服は、さっき借りたばかりの由依の服である。人様の、それも今回含め2度も怪我の処置をしてくれた恩人の服が!!

 

「ご!ごめん、由依、服、汚し、ちゃった…」

 

前にご飯を無料(ただ)でもらったし、包帯とか薬の代金も払ってる訳ないし、挙げ句の果てには服まで貸してもらってるのに汚すのか俺は!!いや、でもここで大仰にショック受けてるのは琴音に失礼か?いやいや——

 

「…ぷっ」

 

あははは!と、由依は吹っ切れたように笑う。しどろもどろになっていた俺は目を丸くして彼女を見つめるのみ。目に滲んだ涙が、先ほどの悲しみからなのか、今の笑いによるものか判断がつかない。

 

「…私たちが辛い思いをするのが嫌なんだっけ」

 

にこりと笑った。その表情を見るのがひどく久しぶりに感じた。

 

「服は気にしないで。それより怪我はどう?」

「ぜんぜん、大丈夫」

 

緩慢な動作で背中を捲り上げ、自慢げに主張する。今回の戦いで大きな傷を負ったのは背中である。しかし、不思議なことにそこだけは白い綺麗な肌が顔を見せていた。

あの謎の触手、感覚的に肌を突き破って出てきてるんだけど、しばらくしたら跡形もなく穴とか塞がってるんだよな。それに巻き込まれてミノタウロスに斬られた怪我もどうやら治ったっぽい。他の場所はお察しの見た目だが、背中が綺麗なだけでかなりマシな印象である。

 

「それなら、今からミツキの服買いに行かない? 私の服はぶかぶかすぎるし!」

 

由依は勢いよく立ち上がった。「ね、いいでしょ?」と呼びかけられた詩乃も顎に手をあてると、

 

「いいと思う。ミツキから色々聞くにしても、今の身なりのまま放ったらかしにするのは気が引ける」

「じゃあ決定!」

「何はともあれ、琴音が起きてからの話だけど」

 

その一言に、全員の視線は俺の膝へ。

警戒心ゼロのゆるい笑顔で、琴音がすーぴー眠っている。

顔を見合わせて苦笑し合った。そうだよ、この雰囲気がいいんだよ。彼女たちの平穏を俺が守護るのだ。それが俺のやりたいことであり、すでに色々助けてくれた由依たちへの恩返しになるはず。

そうして無事、怪物(メァナス) を倒しきったら俺も元の世界に帰れるんじゃなかろうか。

 

膝上で眠る琴音の髪を梳きながら思考に(ふけ)る。数分でその頭はもぞもぞと動き出し、やがて琴音は目を覚ました。ばつが悪そうにしゅんとする彼女にまた空気が弛緩して、由依は説明も無しに琴音の手を引いた。

 

「行こ!」

「へ?どこへ行くの?ちょ、ちょっと待ってええぇぇぇ」

 

遠のいていく腑抜けた声を聞きながら、俺もゆっくり立ち上がる。扉の前で俺を待ってくれている詩乃に一言礼を言って、そちらへ一歩踏み出す。

 

「——?」

 

足に違和感があった。正座なんて久々にしたから、いつもより痺れているっぽい。

 

「ミツキ、どうかした?」

 

足を見下ろす動作をした俺に、詩乃は首を傾げて近寄ってくる。また余計な心配をさせても嫌なので、なんでもないと勢いよく首を振った。髪がぼさぼさになった。

 

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