New world note in Earth 作:YUKANE
日本が無くなった今作世界では、現実以上に存在感が強くなりそうな予感。
降伏したティアンワに対する戦後処理は、日東軍の各都市入城から間髪置かずに始められた。真っ先にティアンワ軍の武装解除が行われ、埋めようの無い圧倒的な差を知っていた将兵らは素直に応じた。
正式な終戦までには長期間かかると見込まれたが故に必要となった日東軍の駐屯箇所や、本国からの各種物資を荷卸す港湾の確保・ティアンワ国内各地との通信網整備が必要となったが、それらの仲介役は宰相のヴィジオが自ら買って出た。
それはヴィジオが戦争を起こした間接的要因である“バウラット計画”に反対し、未開の国々との友好な関係を望んでいたと言う偽りの肩書を作る為であり、交渉役を自らやる事で反対派の印象を日東双方に与える意図を含んでいた。
日東それぞれが諜報活動でこの目論見を見破ってはいたが、双方の要求を受け入れるだけでなく、面倒な各地への交渉ごとを任せられる使い勝手の良さから見逃していた。
正式な終戦に向けた交渉役は日東両国に宣戦布告を叩きつけたマーケル外務部部長が引き受け、この戦争で犠牲となった者を弔う意図も込めて日東との交渉に望んでいた。奇しくも日東側の交渉担当はどちらもマーケルが宣戦布告文章を渡した石原仁成と溝尾可瑶堂であり、宣戦布告の場に居合わせた者同士でこの戦争の終結について議論が交わされた。
日東両国がティアンワの戦後処理に奔走する中、ヴィジランド大使館が唐突に両国との対談を申し出た。日東それぞれが驚きはしたが数々の戦場で捕虜として捕らえたヴィジランドの観戦武官の処置に困っていた為に、過密なスケジュールの合間を取って3国の対談が行われる事が決定した。
対談予定日となった4月22日。陸自の高機動車に乗せられて、会合場所となる駐丁ヴィジランド大使館に到着した石原と溝尾可は、受付と思わしき女性職員に案内されてゆく。透き通る白き肌に、照らされた金髪、輝く碧眼。
女性職員に先導された両者が対談場所と思わしき1室に入る。テーブルを挟むように4脚の椅子が置かれ、片側にはヴィジランド大使思われる老人と、関係者と思わしき若き軍人が腰掛けていた。
石原と溝尾可が反対側の椅子に腰掛けると、
「本国から持ち込まれた有名ブランドの紅茶です。友好の証しとして、どうぞ飲まれて下さい。」
大使と思わしき老人が安心して紅茶を飲む様に英語で促すも、石原と溝尾可は毒が入っている可能性から躊躇う。
万が一に備えて陸自第8師団第12普通科連隊の第3普通科中隊と、東和陸軍第10師団第6山岳連隊第626大隊が動ける状態で待機しており、万が一の事態が起きれば外交官保護の名目で出動する手はずが整えられていた。更には第3普通科中隊の狙撃手が大使館を望む建屋の屋上で待機し、対談を監視しながら有事の際には対人狙撃銃で外交官の退避を援護する役目を任されていた。
「────失礼」
「なっ!?」
拭いきれないヴィジランドへの疑心感が顔に出ていたのか、長年の外交経験でそれを察知したのか、老人は石原の前に置かれたティーカップを手に取ると、両者の眼前で紅茶を飲み始めた。
「これで信用して頂けましたか? 我々とて目の前で人が死ぬのは見たくありません。」
自ら毒見役を買って出た老人の行動に石原と溝尾可だけでなく、隣に座っていた軍人ですらも呆気に取られていた。だが、その行動はヴィジランドが裏表なしでこの対談に臨んでいるのだと鮮明に知らしめた。
「自己紹介がまだでしたな。私は駐丁ティアンワ大使のバンティア・メルべラーキン。1年前に着任した新参者です。」
「私はヴィジランド軍情報部のフレイズ・グローメウェル中佐です。今回の戦争に伴って派遣された観戦武官の代表を務めております。」
遅くなった自己紹介で日東の2人は予測が当たっていたと知るも、大使自ら毒見をさせてしまった罪悪感が湧き上がってきた。その罪悪感を直ぐにでも掻き消す為か、両者はティーカップに淹れられた紅茶を口へ運んだ。
「美味しい紅茶だ····」
「えぇ、我が国ではメジャーな飲み物です。植民地頼りの
「なっ!?」
白い湯気を立たせる紅茶の味に酔いしれていた2人だったが、バンティアの何気ない補足の中に出て来た単語が平静を失わせた。何食わぬ顔で両者、特に日本人が何が何でも知りたかったであろう情報を出したバンティアは、心の底でしてやったり顔を浮かべながらも平静を装って会話を続けてゆく。
「御二方が一番知りたい情報をお見せしましょう。フレイズ君。」
バンティアに名を呼ばれたフレイズは徐ろに巨大な紙を取り出し、ソレをテーブルへ広げる。紙の正体が分かった途端、そこに書かれた内容に石原と溝尾可の両名は眼を丸くした。
「もしやこれが!」
「えぇ、トラクティア大陸とユートラジア合衆国周辺の地図です。」
海を表す水色のキャンパスに点在するは、知らぬ形状の大陸と島々。冷軽大陸を呑み込むほど大きな大陸に、東和大陸並みの大陸が2つ。大陸を囲う様に、繋ぐ様に散らばる数々の島々。
日本も東和も未知だった広大な世界。あるだろうとされていた不確かな存在が、たった一瞬にして具現化した。
「まず、最も巨大な大陸がトラクティア大陸で、20近くの国々が存在しております。そこから東5000km離れた場所に存在するのがユートラジア大陸で、その全てをユートラジア合衆国が治めております。
我がヴィジランドはトラクティアとユートラジアの間に位置する小さな島国ですが、両大陸間の北方に位置するオルガネート大陸も収めております。」
フレイズの語りが新たな世界をより形造る。東冷大陸よりも遥かに多い国々を抱える大陸に、大陸全土を丸々治める合衆国、本国は小さいながら大陸一つを丸々手にしている島国。それらの要素が長らく地球の中心であったヨーロッパと、新たに世界を回す役目を任されたアメリカの面影を重ならせた。
「
「
「言葉で説明するより、見てもらった方が早いでしょう。こちらのアルバムには、我が国の首都 ロスカムの街並みや国内に張り巡らされた鉄道・陸海空三軍の様子を写した写真が纏められております。」
フレイズの手によって、地図に続いて分厚いアルバムがテーブルへ運ばれる。漬物石の如く重いであろうアルバムの中には、煉瓦造りの街並みや力強く疾走する蒸気機関車・統率の取れた軍隊を収めたカラー写真が仕舞われていた。
西洋の象徴でもある煉瓦造りの建物に、タイル貼りの道路を走る古めかしい乗用車。燃焼させた石炭の煤煙を吐き出しながらも、前面を新幹線の如き流線型で整えた蒸気機関車。同じ軍服を纏う兵士の後ろには写る戦車や軍艦・航空機。
カラーで彩られた写真とそこに写る存在は、ヴィジランドの国力を示す証拠として充分だった。
「正しくイギリスだ。ここまで類似しているとは·····」
「これがヴィジランド··········
「やはり───東和国はヴィジランドに並ぶと断言して宜しいですか?」
「問題ないかと。2番手につけるチャルネス共和国も当てはまるでしょう。」
「なるほど····列強並が2国もあるとは。」
石原は蒸気機関車や兵器に関する知見を全く持っていなかったが、写真が醸し出す雰囲気からイギリスの要素を感じ取った。
溝尾可が零した一言にフレイズが強く反応する。それはフレイズの予測が合っている確証でもあり、同等の国家がもう一つある想定外にも驚いていた。
「列強と言いますと、ヴィジランドの周辺には列強と呼ばれる存在があるのですか?」
「えぇ。我がヴィジランド王国とフラスタリア共和国・ボルトン帝国・神聖イラストリア王国・スラスタリア帝政連邦・ローリア連邦・ユートラジア合衆国の7国は、世界をリードする先進技術と軍事力を持っている為に列強と呼ばれております。
我々の得た情報と反応からの推測ですが、自国だけで自軍の兵装を揃え、超弩級戦艦を運用出来る東和と、同等と称するチャルネスは間違いなく列強に入れるでしょう。」
淡々と列強について語るフレイズだったが、それを聞かされた溝尾可は顔に出さずとも、心の中で冷や汗をかいた。東和やチャルネスが列強に入れる事は、ヴィジランド含む7国が同等の国力と軍事力を持っている証明でもあった。これまでチャルネスだけを相手していた東和にとって、いきなり同レベルの国家を7つも相手しなければならない事実は、国家や軍隊の行動理論すら一変させかねない。
「東和並の国家が7つも······合衆国に連邦に共和国。あまりにも似すぎている·······」
「当たり前と言わんばかりです。我々ヴィジランドがイギリスに類似している答えは単純明快。
「なっ!?」
冷や汗をかく東和に対して、日本は交易相手が増えると期待しつつも、あまりにも親近感を抱かせる国名に戸惑う。それを察したであろうバンティアがその理由を語ると、石原は正しく絶句した。
“ヴィジランドはイギリスを模したから類似している”。単純ながら、絶対にあり得ない答え。だが、各地で捕縛された観戦武官も、日本について知っているだけでなく、この世界へやって来たと軒並み述べていると石原に伝えられている。同じ流れで“イギリスもこの世界へやって来ていたのか?”と、石原が脳内で堂々巡りし続ける中、その様子をじっと見ていたバンティアとフレイズは会談前に語っていた仮説が正解だと至り着く。
「やはり·······恐らくは伝承に語られる日本と、転移して来た日本は別の存在、所謂
「────我々とは別の世界の日本がやって来たと言う事でしょうか?」
「それが一番自然でしょう。あれだけの大事を隠しきれるとは思えませんし、そもそも無かったと考える方が自然です。」
「なるほど········因みに日本とイギリスがこの世界に来た理由とは何でしょうか?」
「それを語ると長くなりますが、折角ですから語りましょう。」
今まで勝手に言われ続けていた日本に対する印象がパラレルの存在だと知った石原は、平行世界の日本やイギリスが何を目的としてこの星へやって来たかを聞く。バンティアは長くなると前置きした上で、同姓同名の国々が何をしていったかを語り出した。
「“何世紀も前、この星に一つの国家があった。その国を導く白き人々はそれ以外の人間を下等生物として扱い、圧倒的な技術力を背景に解放と称した侵略を繰り返した。
この星全てを治めた白き人々の国家は全人類へ邪智暴虐を振るったが、そこに世界の垣根を越えて救世主が現れた。救世主は
救世主が元の世界へ戻った後に、世界は残していった文明と技術を元手に新たな国家を創設した。”
これが我らで語り継がれている日本とイギリスの伝承です。救世主と呼ばれる国々の中にはアメリカやフランス・ドイツ・イタリア・ロシア・中国なども含まれており、それらの国々が与えた知識と技術を元に作れているが故に、我らの国家が地球諸国と類似しているのです。」
「············」
バンティアが語った日本とイギリスの救世主伝承に石原、溝尾可の両者は沈黙するしか無かった。この星を侵略した白き人々の国家を打ち倒すべく現れ、自らの国の知見を授けて帰っていった。疑問に対する整合点は取れているが、余りにも現実離れした内容であったのが石原の理解を拒む。溝尾可も同じ様に思えたが、日本人には無い何かに思い当たったのか、難しい顔で考え込んでいた。
「─────そうだ。“シャトラ”だ!! シャトラの伝承にそっくりだ!!」
「シャトラ! 確かTRM全域で伝えらえている伝承ですよね!!」
「シャトラ········“ジャパン”が訛ったと考えれば、そっくりな理由が納得行く。」
「形を変えて東和にも残っていたとは········」
「度重なる災害や戦乱で正確な記録が失われ、断片的に残された要素が結びついて、シャトラになったのでしょう。」
東和に伝わる伝承 シャトラ。バンティアの語った伝承の内容とそっくりだと気づいた事で、伝承の信憑性はますます高まった。遥か離れた接点の無い2つの勢力圏に伝わる似た内容の伝承。それは言い伝えが現実だと立証するには充分だった。
「そう言えば、TRMを構成する国々の兵装は旧日本軍や中華民国のにそっくりなんです。まさかとは思いますが、ヴィジランドもイギリス軍そっくりの兵装を使っているのでしょうか?」
「えぇ、勿論です。我が国のみならず、ユートラジア含むトラクティア諸国の陸上兵器及び航空兵器は、全て地球国家が残したデータを元に造られています。
東和のそれらも旧日本軍と瓜二つである以上、
「なんと·········」
石原が何気無く思い出し、投げかけた話題の思いがけない返答に再び絶句した。軍事に関する知見を持たず、数多のネット記事やテレビで特集されていたが故に、脳裏の奥底にあったそれを思い出したのは正しく偶然であり、それが予想打にしない事実を突きつけてくるなど思いつく余地は無かった。
「み、溝尾可さん。本当なんですか!? 東和も日本について知っていたのですか!?」
「い、いえ。私も初耳です!?」
「落ち着いて下さい。恐らくは情報の扱い方が違うのでしょう。ヴィジランドは市民も知っておりますが、東和では機密事項として扱われていると見れば妥当だ。」
石原は衝撃のあまり思わず溝尾可に問いかけ、溝尾可本人も一切知らない情報に困惑していた。その様子を見かねてバンティアが止めに入る。
「場を乱してしまい申し訳ありません。」
「こちらもその様な事情を知らずに済まなかった。それでなんだが、実はこのオルガネート大陸に駐留している我がヴィジランド海軍の艦隊が、観戦武官の引き取りと日東双国との交流を行うべくティアンワへ向かって来ている。
この話を双方の軍部に振って、実際に類似しているか見て貰った方が早いだろう。」
「ヴィジランドの艦隊がこちらへ!?」
「確かに専門の方々に見て貰えれば、確証が得られます。その旨、こちらから伝えさせて頂きます。」
「あぁ、我が国も日東双国との交流を望んでいる。今度とも宜しくお願い致す。」
ヴィジランド海軍艦隊来訪に合わせて、日本・東和・ヴィジランド三国での交流を行う。その合意ともなる握手を交わして会談は終了した。ヴィジランド艦隊の旨を伝えられた自衛隊と東和軍は驚きつつも、未知なる勢力圏の軍艦を見れると期待を寄せる。
また、日本の面々に対しては東和が日本の情報を持っている可能性についても伝達され、ヴィジランド艦隊が持ってくるであろう航空機がイギリス機に類似ているかを確認し、その話が事実がどうかを確かめる事にもなった。
ヴィジランドとの会談を終えた数日後。フラスタリア共和国の大使館からも会談の申し出を受け、同じく石原と溝尾可が担当者として赴いた。会談自体は驚きなく終わりはしたが、フラスタリアとの国交締結にあたり、TRMへのフラスタリア海軍艦隊の派遣を検討していると知らさせる一幕があった。
ヴィジランドとフラスタリア。未開の領域に属する2国と接触を果たした日本と東和。未知の世界だけでなく、常識を根本から揺るがす事実を知らされる事となり、同時に東和へ対する疑念を日本は抱く事にもなる。
新たな世界への踏み込みは、離れていたが故の違いによる混乱を招いた。そして、2つの世界の繋がりが何を齎すかは誰も分からない。
・石原と溝尾可
今話で日東側の主人公的立ち位置で登場したお二方ですが、プロットではここで出す人物を決めてませんでした。この2人もティアンワの宣戦布告以降の出番を考えて無かったので、丁度いいと判断して出しました。
・列強
いきなり東和並の国々の正式名称が7つも出しました。ヴィジランドを除く国家も、どれがどの国をモデルにしているか分かってしまう国名です。なお、イラストリアとスラスタリアみ関しては正式名称を決めてなかった模様。
・シャトラの伝承
東和で語られていたシャトラの伝承と、ヴィジランドの伝承が繋がりました。伝承に関してはいつになるか分からない次章で詰めていくつもりです。
········と言うか、シャトラの単語だけでなく、伝承の存在すら忘れました。多分だけど、シャトラの話題と言うか単語すら初登場回以来出てないと思います。伏線としてはポッと出だし、突拍子も無さすぎて機能しなそう。
・兵装類の類似理由
しれっと出て来ましたが、東和軍の陸軍兵器と航空機が旧軍に類似している理由が判明しました。話の中で出て来た通り、ヴィジランド軍はイギリス軍にそっくりな兵装類を使用してます。
航空機に関しては次回出すつもりです。
・フラスタリアとの会談
プロット段階でやる事は決めてましたが、ヴィジランドとの会談と同じ内容になると判断して、丸々カットしました。最後に語られた内容に関しては、伝承と同じく次章でやるつもりです。