雨の音が響く。
何度も見た光景だ。
特にペア結成のあとからより多く見るようになった。
目の前には少女が、1人立っている。
少女の胸には、穴が開いていた。
その穴からはドロドロと、林檎のように赤い液体が流れ出ている。
こちらに向かって歩いてきた少女は、血だらけの腕で私の首を掴む。
『......なんで』
『なんで、なんで、なんで、なんで!』
段々と首を掴む力は強くなり、息苦しさを覚える。
抵抗しようにも体は全く動かない。
『なんで……貴女がツバメちゃんと……』
目を覚ますと、時刻は午前8時を過ぎた頃。
窓の外は明るく、よく晴れている。
「また……」
ポツリと呟いたモズは、自分の首を触る。
どこも異常のない首は、さっきまで起きていたことが夢であるということを教える。
「はぁ、朝から最悪な気分だよ」
ベッドから降りると、時計を見つめる。
時刻は8時15分、その時刻にモズは少しだけ面白そうに笑う。
「へぇ、ツバメくんも寝坊することがあるんだねぇ」
いつもなら8時前には起こしに来るはずなのに、今日は起こされた記憶はない。
身支度を整えて、モズはツバメの部屋へ向かう。
身支度をしている間もツバメがモズの部屋を訪れることはなかった。
「ツバメくん、起きてる?寝坊とは珍しいね」
部屋の扉をノックするが、返事はない。
からかうつもりだったモズも、少しおかしいと感じ再びノックをする。
2度目のノックから少し間を空けて、扉がゆっくりと開かれる。
「なんだ居るんじゃないか。ようやくお目覚め?おうじ……!?」
モズの言葉は途中で倒れそうになったツバメを、受け止めたことで途切れてしまった。
「ツバメくん?……凄い熱だけど」
「やぁ……モズ、おはよう。今日は起きれたんだね」
「自分の状態を見てから言ってくれる?それと、別に起こされなくても起きれるよ」
ツバメに肩を貸して、モズはツバメをベッドに寝かせる。
そのまま端末で医療チームを呼ぶと、すぐに駆けつけて診察が始まった。
その間モズは壁に寄りかかって、その様子を眺めていた。
診察は素早く行われて、モズが想像していたよりも早くに終わった。
「ただの風邪ですね。昨日は任務の際に雨が降っていたので、それで体を冷やしてしまったんでしょう。今日1日は安静にしてください」
「分かりました。わざわざ、ありがとうございます。」
医療チームのスタッフはツバメに説明し、モズにぎこちなく頭を下げると部屋を出ていく。
「まさか、いつも元気なツバメくんが、風邪をひくとはね」
「あはは…不甲斐ないね」
苦笑いをするツバメは、いつも通りに振る舞おうとしているものの、何処か苦しそうなのはモズもすぐに分かった。
「まぁ、今日はゆっくり休みなよ」
「待ってくれ、モズ……!」
部屋を立ち去ろうとするモズを、咄嗟に止めようとするツバメだが、急な動きをしたせいかその後に咳き込んでしまう。
その様子を見て、モズも立ち止まる
「なに。もしかして私に看病でもしろって言うの?」
「違うんだ…。実は今日予定がいくつか入っていて、どれも大切な予定だから、君に代わりをお願いしたくて…」
「そんなのキャンセルすればいいでしょ」
「……そうだね。折角だったけど、断るしかなさそうだね」
珍しく悲しそうな顔をするツバメを見て、少しの間を置きモズは大きめのため息つく。
「……貸しにしとくよ」
その言葉に笑顔になるツバメは、素早く端末を操作する。
そしてすぐにモズの端末に通知が入る。
内容は今日のツバメの予定が大まかに書かれているものだった。
「ありがとう、モズ!」
「はいはい、さっさと寝なよ」
そうしてモズは部屋を出ると、自分の行動に少しだけイライラとしていた。
「なんで私はこんなことを……」
モズはボソリと呟きながら、1つ目の予定の場所へと向かっていった。
「貴様が来るとは珍しい。今日は雷が降ってくるな」
「タカ、雷は降ってくるもの…?」
CAGEの近くにある廃墟となった街でモズはタカとカモメに合流をした。
「今日はツバメくんが風邪で休みだからね」
「ツバメが風邪を?それも珍しいな」
「ツバメは、大丈夫?」
「今日1日は安静だってさ。それで私はツバメくんの分まで働かされてるってわけ」
「ペア相手なんだから当たり前だ。行くぞ」
そうしてタカとカモメは歩き出す。
今回の任務は、CAGEの近くにあるこの街に魔獣がたまらないように巡回をする任務。
ただ巡回の頻度はそれなりにあるため、危険度はかなり低い任務だ。
「ねぇ、これ毎回ツバメくんとやってるの?」
「ここ最近はな。今は人手が足りないからと手伝っていた。誰かさんは朝が弱いから、ゆっくりさせてあげたいとも言っていたな」
「モズ、朝は苦手……?」
「……ツバメくんには一度、しっかりと言っておかないといけないね」
巡回はスムーズに進んでいた。
終わりに差し掛かったときに、タカは全員に止まるように指示する。
「魔獣だ。そこまで数はいないが駆除しておこう」
「わかった」
「ショーの開幕ってことだね」
カモメとモズからは魔獣の姿は見えていないが、タカのギフトを知っている2人は全く疑問を持たずに武器を構える。
数秒後、建物の影から魔獣が何体か現れる。
タカとモズは剣を構えたまま走り出す。
それに合わせるようにカモメは弓を引き絞り、援護の体制を整える。
魔獣の爪と剣が撃ち合い、一旦距離を取る魔獣にカモメが放った矢が降り注ぐ。
今回戦闘をしているのは、トリの中でも特に戦闘慣れしている監査班の2人とカモメだったために魔獣はあっという間に駆除された。
「弱いね。魔女の連戦とかじゃなくて、普段からこんな感じの仕事だと嬉しいんだけどねぇ」
「ここ最近は魔獣の侵攻も、かなり落ち着いてるからな。ところでモズ。」
「なに」
「……いや、なんでもない。私の勘違いだろう」
「なにそれ、タカくんもお疲れかな?」
「私は疲れてなどいない。さっさと行くぞ、カモメも怪我はないだろ?」
「うん、問題ない」
その後の巡回は特に問題が起きることもなく、無事に任務は終了した。
「それじゃあ、私は他にも厄介事を頼まれてるから」
「あぁ」
モズは巡回が終わると、その場をすぐ後にした。
そんなモズの背中を少しだけ、考えるようにタカは見つめていた。
「タカ……?」
「なんだ」
「さっき、モズになんて言おうとしていたの……?」
「……変わったと思ってな。少し前のやつなら、もっと魔獣が苦しむように剣を振るっていた。だが、今日はそんな素振りで剣は振るっていなかった。そこが少し気になった、それだけだ」
「モズは……優しくなった……?」
「それはない。だが、少なくともペア相手の影響は受けているんじゃないか」
モズが次に訪れたのはアリーナだった。
そこでは、カラスとハクチョウが武器の調整を行っていた。
「……モズ?あんたがこんな昼間から、アリーナに来るなんて珍しいな」
「今日はそのフレーズが流行ってるのかな。カラス君が、今日ツバメくんとアリーナで訓練の予定だったでしょ。ツバメくんは今日は風邪だから、代わりに私が相手をしてあげるよ」
「モズさん、ツバメさんの容態はいかがなんですか?」
「1日寝てれば治る程度だよ。今も自室で寝てる」
それを聞いてハクチョウはホッとしたように胸を撫で下ろす。
「まぁでも丁度良かった。ツバメの槍さばきは、あたしにはお上品過ぎたからな。ハクチョウ、あんたは観戦席で見ていてくれ」
「はい、お二人共くれぐれもお怪我のないように」
そう言うとハクチョウは、その場から離れて観戦席に座り端末から今から始まる模擬戦の情報を記録する準備をしている。
「さっきの話、まるで私の剣がお上品じゃないみたいな言い方だねぇ」
「どの口が言ってるんだよ!」
それを合図にしたかのように、カラスは剣を構えて近付きモズに向かって剣を振り下ろす。
モズはそんなカラスの攻撃を待ち構え、自分の剣で受け止める。
大きな衝撃と剣同士のぶつかる金属音がアリーナに響き渡る。
そこからは衝撃と金属音の応酬。
どちらも一歩引かない戦いはいつまでも続くと思われていた。
「カラスくんは面白いねぇ。まだ目覚めてそこまで経ってないのに、よくここまで剣を振るえるものだよ」
「あんたこそ、流石監査班って言ったところか?」
そんなやり取りをしていると、2人の間に影が落ちる。
その影はどんどん大きくなり、その正体に気付いた2人はすぐにその場から離れて回避をした。
2人の回避と同時に凄まじい衝撃音が響き、高性能なアリーナはその衝撃に合わせるように砂埃の演出まで付けていた。
「クロと眼帯、ずるい!2人だけで楽しそうなことしてるじゃん、混ぜてよ」
砂埃の演出が晴れると、衝撃音の正体であるハンマーをくるくると回しながらハチドリはまるで新しいオモチャを買ってもらった少女のような顔で2人を見ていた。
「申し訳ありません。アリーナの近くを通ったところ、ハチドリさんが楽しそうな予感がすると走り出してしまって…わたくしでは止めることが出来ず」
アリーナ内の放送から聞こえてきたツルの声は、一応申し訳無さそうな声をしている。
「絶対嘘だよね、それ」
「同感だな」
モズとカラスは呆れたように放送を聞いていた。
「すみませんね、ハクチョウさん。乱入のような形になってしまって」
ツルは観戦席に来ており、ハクチョウの隣に座った。
「いえ、私は別に問題はないのですが……」
アリーナでは、先ほどよりも衝撃や金属音が明らかに多くなっている。
そしてそれに混じって、ハチドリの笑い声とカラスとモズの悪態も微かに聞こえてくる。
「わたくし達は今首輪を付けられていますので、ハチドリさんがいつものように暴れられずにストレスが溜まり始めていたんです。なのでタイミングが丁度良かったですね。……そういえば、今日はカラスさんとツバメさんの訓練と聞いていましたが、何故モズさんが?」
「ツバメさんは風邪を引いてしまったみたいで、代わりにモズさんがいらしてくれたんです」
「まぁ、ツバメさんが風邪を……そちらも驚きですが、あのモズさんがツバメさんの予定を代わりにしていることも驚きですね」
そこからどのくらいの時間が経っただろうか、いつまでも止まることがなかった三つ巴の戦いを止めたのは、そんな状態に似つかわしくないアラームの音だった。
そのアラームの音で3人の動きはピタリと止まる。
「なんの音?」
「楽しい時間はあっという間だね。残念だけど、私はここまで。あとは2人で楽しんで」
モズはそう言うと、控室の方に歩き出した。
「わかった」
「モズ、今日はツバメの代わりに来てくれてありがとう。中々いいくん……待て、ハチドリ!あたしもそろそろ終わろうと!」
モズの背後では再び衝撃音が鳴り響く。
カラスはハチドリに何かを訴えているが、ハチドリは全く聞く耳を持たずハンマーを振り続ける。
軽い食事を取ったり、シャワーを浴びるなどの休憩をしたモズが、次に向かった先はCAGE内にある談話室。
モズの手にはバスケットが握られており、中からは甘い香りが漂っている。
談話室が近くなると、楽しげな声が聞こえてくる。
談話室に到着すると中では、スズメ、エナガ、フクロウ、フラミンゴの4人が机に、お菓子やお皿を並べているところだった。
「あれ?モズさん?」
「こんにちは、モズさん!」
「こっ、こんにちは……」
「こんにちは、モズ!」
ギフトの力の影響か、最初にモズに気付いたのはスズメだった。
そしてその後、エナガは無邪気な笑顔でモズに挨拶し、その後フクロウ、フラミンゴも挨拶をする。
「今日はツバメくんは風邪だからお茶会は欠席だよ。それは、事前に用意していたお菓子みたいだから渡しておくよ」
バスケットをエナガに渡すと、モズはそのまま踵を返し暖話室を後にしようとした。
「ツバメさん、風邪引いちゃったんですか……。でも折角来たならモズさんは、お茶会に参加しませんか!」
「そうだよ!もうツバメさんの分も用意しちゃったからさ」
帰ろうとするモズの前に立ち塞がるように、立つエナガとスズメ。
背中越しに向けられているフラミンゴとフクロウの視線もあり、モズは軽くため息をつく。
「少しだけね」
そう言うと、モズは談話室に戻っていく。
エナガは喜びながら、スズメ、フラミンゴと共にバスケットのお菓子などを並べ準備を始めた。
その間フクロウは、チラチラとモズを見ていた。
「なに?フクロウくん、なにか言いたいことでもあるのかな?」
「いっいえ!そんなことありません……!ただ、その……ツバメさんが風邪なんて珍しいなって……」
「それに関しては私も同感だねぇ。元気が取り柄なツバメくんが雨の降った日の任務ってだけで風邪をひくなんて…」
「お待たせしました!お茶会の準備完了です!」
「2人とも早く来てよ〜!どのお菓子も美味しそうだよ!」
エナガとフラミンゴの呼びかけに、フクロウとモズは席につく。
「いつもはツバメが担当してくれるけど、今日はお休みだからワタシが紅茶を淹れるね!」
とフラミンゴは張り切って、一人一人のティーカップに紅茶を入れていく。
談話室には甘いお菓子の香りと紅茶の香りが広がる。
「いい匂い…。フラミンゴさん、紅茶淹れるの上手になった?」
「えへへ、フクロウと2人で飲むときに練習したりするからね!」
「うん、本当にフラミンゴは紅茶を淹れるのがどんどん上手くなってるよ」
参加者達が思い思いの会話に花を咲かせる中、モズは並んでるお菓子からスコーンを1つ手に取り、口に運ぶ。
サクッとした食感とバターの味が仄かにするスコーンを味わうと机に置いてあるジャムをスプーンで掬い、スコーンに掛けてまた味わう。
「モズさんは、どんなお菓子好きなんですか?」
エナガはそんな様子を見ていて、無邪気に質問をする。
「…私?残念だけど、普段はお菓子なんて食べないから特に好きなものなんてないよ」
答えたモズは紅茶を口に含む。
スコーンの生地が奪った水分が、満たされていくのが感じられる。
「そうだ、フクロウさん。今日の夜時間があったら、ゲームの素材集め手伝ってよ。エナガと2人でやっても時間が結構かかっちゃってさ」
「そうなんです!敵は倒せるんですけど、時間を使っちゃって……」
「あそこの敵はコツを覚えないと時間使っちゃうよね……。手伝えはするんだけど、今日の夜は……」
言い淀むフクロウの視線はチラリとフラミンゴを見ていた。
そしてフラミンゴも、ゲームの誘いの行方がどうなるのか気にしている様子が隠しきれていない。
そんな様子を見ていてたモズは少しだけ面白そうにしていた。
「フクロウくんは今晩、大事な大事なお姫様のエスコートがあるみたいだから、ゲームはまた今度になりそうだね」
「エエエエスコートといいますか……!そっそのぉ……」
「モズぅ……!」
フードを被っていても分かるくらいに、顔を紅潮させているフクロウと、同じく赤くなってしまっているフラミンゴ。
2人の様子を見た双子は、あのときの戦いのワンシーンが脳内に蘇る。
「ごめん!フクロウさん!ゲームはまた今度お願い!ねっ、エナガ!」
「うっうん!お2人の時間を奪うわけにはいきません!」
双子の気遣いからフクロウは、不思議な声をあげながら机に突っ伏してしまいフラミンゴも、顔を手で頑張って隠そうとしているが、耳まで赤くなっているのが他の3人からはよく見えている。
モズは少しだけ気分が良くなり、机のクッキーを1枚手に取り口に運ぶ。
そこから少し時間が経ち、モズは時間を確認すると立ち上がる。
「それじゃあ私はこの辺で」
「モズさん、もう行っちゃうんですか……?」
「私は元々参加する気はなかったからね。あとは4人でどうぞ」
「今度はツバメさんと一緒に参加してよ。人数多いほうが楽しいし」
「そうだよ!ツバメとモズの話ももっと聞きたいな!」
「……気が向いたらね」
そうしてモズは談話室を後にする。
モズが立ち去ってから、少し経つとスズメとフクロウは少しだけ笑っていた。
「スズメ?どうかしたの?」
「フクロウもなにかあった?」
「フクロウさんも気付いてたんだ」
「うん……。今回お菓子用意したのは私とスズメさんだもんね」
そのやり取りにエナガとフラミンゴは首を傾げる。
「モズさん、好きなお菓子は無いって言ってたけど。モズさんが食べてたお菓子は、殆どツバメさんが用意してたお菓子なんだよね」
「あの感じだと、バスケットの中身も見てないだろうから無意識に取ってたのかなって……」
談話室は温かい雰囲気に包まれ、お茶会は再開される。
雨の音が響く。
何度も見た光景だ。
特にペア結成のあとからより多く見るようになった。
目の前には少女が、1人地面に倒れている。
力なく倒れる彼女の体は至る所に傷があり、彼女の体の下にある水たまりは、林檎のように赤く染まっていた。
普通の人なら見るに耐えない光景だろう。
突き付けられる現実と悲しみ、無力感、自分に対する怒りなど様々な感情が湧き上がる。
自分の体は全く動かない。
この光景をずっと見続けている。
この光景を終わらせたのは、自室の扉が開かれた音だった。
目を開けると、外は夕焼けが沈む寸前の空だった。
「随分な顔だね。王子様は寝起きが良くないのかな」
トレイを持って入ってきたモズはツバメの顔を見るとそんな感想を述べた。
「すまない、少し夢見が悪くてね。モズの方こそどうしたんだい?」
「これ。君が風邪って話がCAGE中に広まって食堂の前を通ったときに渡されたよ」
モズはトレイをベッドの横の机に置く。
トレイの上にはお粥と切られた林檎が乗せられていた。
「みんなに心配をかけてしまっているね……。明日挨拶に行かないと、このお粥と林檎はありがたくいただくよ」
「はいはい。それじゃあ私はこれで」
「モズ、今日頼んだ予定は……」
「……全部代わりにしてあげたよ。これは貸しだからね」
「ありがとう、モズ」
穏やかな笑顔のツバメを見て、モズは呆れたような表情ををするとツバメの部屋を後にする。
自室に帰ってきた、モズは一息つくと部屋に備え付けられている冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出す。
冷蔵庫の中には半分に切られた林檎がラップで包まれて置かれており、モズはその林檎を少しだけ眺めると冷蔵庫の扉を閉じた。
数時間後、モズは食器を回収するために再びツバメの自室を訪れた。
念のためにと渡されていた鍵を使って、部屋に入る。
部屋に入るとツバメは先程とは違って穏やかな顔で眠っていた。
ベッドの横の机には、空になったお皿が丁寧に置かれている。
「本当に君は人気者だね。ツバメくん」
ベッドの隣にある椅子にモズは、腰掛けるとポツリと言葉を溢した。
椅子に座ったままモズは、壁に体を預けるように寄りかかり、小さく溜息を吐いた。
「君は……あのことを知ったら、そんな穏やかな表情でいられるのかな」
雨の音が響く。
何度も見た光景……のはずだった。
いつも傷だらけで倒れている彼女が、今日はしっかりと立っている。
まるであの出来事が無かったような立ち姿に、名前を呼ぼうとするも、発声のやり方を忘れてしまったように声を出すことができない。
彼女は穏やかに微笑んでいるが、目元から一筋涙が溢れている。
『 』
彼女は何かを言っていたが、その声は聞こえない。
そして彼女は踵を返す。
それと同時に雨は止み、雲の隙間から眩しい陽の光が降り注ぎ、彼女を照らす。
彼女はそのまま歩みを止めずに離れていく。
「今のは……」
ツバメが目を覚ますとそこは、さっきの光景の場所ではなく自分の自室。
窓の外を見ると、まだ夜は明けていない。
時計は深夜3時頃を指している。
「コマドリ、キミは……でも、なんだか穏やかな表情で」
さっきまで見ていた光景の意味を考えるようにポツリと呟いていると、人の気配を感じて横を見る。
「おやおや、どうやら僕のペア相手はお疲れだったみたいだね」
隣では椅子に座り、腕を組み背中を壁に預けた状態でモズが眠っている。
気付けばツバメの熱も大分下がっており、1日休んだお陰か体もかなり軽く感じられた。
毛布を1枚取り出すと、モズを起こさないようにそっと毛布をかける。
「僕はまだまだだね。たまたま任務の場所がコマドリの亡くなった場所に近いからって雨の中、任務終わりにそこに向かって物思いにふけるなんて。さらには風邪までひいてしまって、キミにも迷惑をかけてしまった。もう僕のペア相手はキミだと言うのに……」
眠っているモズの寝顔を見ながら、ツバメは自分の不甲斐なさを痛感していた。
まだ深夜ということもあり、ツバメはベッドに戻る。
目を閉じて、さっき見た夢の光景を考えていると自然と眠りについていた。
雨の音が響く。
何度も見た光景だ。
特にペア結成のあとからより多く見るようになった。
目の前には少女が、1人立っている。
少女の胸には、穴が開いていた。
その穴からはドロドロと、林檎のように赤い液体が流れ出ている。
少女はゆっくりとこちらに向かってくる。
いつも通り首を掴まれるんだと思っていた。
少女は首を掴むことなく、目の前で止まると真っ直ぐにこちらを見ていた。
その表情は怒っているようにも見えるが悲しそうで、何処か嬉しそうな複雑な表情だ。
いつの間にか彼女の胸に空いた穴は無くなり、生前見たときの姿になっていた。
彼女の頬に一筋涙が流れる。
『 』
彼女は何かを話していたが、その声は聞こえない。
彼女はそのまま踵を返すと歩き出していく。
雨は止み、雲の隙間から眩しい陽の光が彼女を包んでいた。
「……モ……モズ?」
見ていた光景は、呼び声をきっかけに消えた。
モズが目を覚ますと、目の前にはツバメが覗き込むように立っていた。
掛けられている毛布と部屋の内装を見て、自分の状況を理解したモズは思わず頭を抱えてしまった。
「最悪だよ……。ここでまさか寝てしまうなんて」
「昨日は僕の代わりに色々してくれたからね。疲れているのかと思って起こさなかったんだ」
「本当だよ。カラスくんとの訓練の予定が、悪趣味な誰かさんのせいでハチドリくんも乱入してくるし」
「モズ、昨日は本当にありがとう。君のお陰でゆっくりと休んで、風邪もすっかり良くなったよ!」
「仕事を代わりにやらされるのは勘弁だけど、もう少し元気のないツバメくんのままでも私は良かったけどねぇ」
「お詫びと言ってはなんだけど、朝食を作ったんだ。これから一緒にどうかな?」
「だから少し早く起こしたってわけ」
時計を見ると時間は7時になる少し前だった。
いつもよりも1時間早い起床にモズは少しだけ眠そうだった。
「もう少し遅い時間だと、他のトリ達も起きてきてしまうからね。今日の朝は君とゆっくり2人で話したい気分だったんだ」
「なにそれ、新しい口説き文句?」
「あはは、そうかもね」
「……昨日お茶会で出していたジャムはあるの」
「勿論、他にも色々用意しているよ」
そうして2人は、ツバメの部屋を出ると並んで庭園の方に向かっていく。
まだ昇り始めて間もない太陽からの陽の光が、2人を優しく包みこんでいた。