メシマズキヴォトスを美食研究会と一緒に救いたい先生 作:tarako
ああ、それにしても牛丼が食べたい。
ピザも食べたいし、寿司も食べたい。ハンバーガーも食べたいし、サンドイッチもいいね。
軽く醤油を垂らしただけのシンプルな冷奴なんかも、食べたくて夢に出てくるほどだ。
食べればいいと思うかも知れない。でもここでは無理なんだ。
この全ての飯が不味い、メシマズキヴォトスでは。
少しだけこの狂った世界の話をしよう。
料理屋に入ろうものならまず最初に感じるのは、生命の危機を感じるほどの刺激臭。
一体どう調理すればそんな匂いが発生するんだと疑問に感じながら、適当なものを注文すれば、出てくる料理はモザイクがかかっているかのような謎の物体だ。
よくアニメやゲームなんかでメシマズの表現として、モザイクがかかったり、変な匂いのエフェクトが描かれるものがあると思う。
アレだ。アレが現実になって目の前で主張してくる。しかも、そのアレな料理は刺激臭も強く、目からは涙がぽろぽろと出てくる。
お金を払ったのだからと、一口だけ食べてみれば、この世のものとは思えない料理からは、この世のものとは思えない味がするだろう。
考えてみれば当たり前の話だけど、視覚と嗅覚でさんざん駄目だと分かっているのに、なぜ味覚までも駄目にしてしまったのだろうかと後悔することになる。
料理屋に入って飯を一口食べるだけで5感の内の3感を駄目にした過去の自分は、キヴォトスのあまりの恐ろしさに震えていた。
異能バトルでも、もう少し順序立てて5感を奪ってくるぞ、としょぼしょぼの目と利かなくなった鼻と未だに刺激され続ける口の中を引きずってシャーレに逃げ帰る。
もうやだ、お外怖いとなったのがキヴォトス初日の自分だ。
一晩寝て、少し精神の回復した自分は、ハズレの料理屋を引いたのかと思って様々な料理屋を巡ってみるも、その全てが差の大小はあれど不味かった。
じゃあ、レトルトは、惣菜は、コンビニ飯は、カップ麺でもお菓子でも何でもいい。美味いものはないのかと躍起になって食べてみるも、ただしみじみと不味い。
認めたくないがもう認めるしかないだろう、この世界の飯は全てが不味いのだと。
打ちひしがれた自分はせめて刺激的な味は嫌だな、とスーパーで安い鶏ももを買う。
簡単に塩コショウをして焼いて食べればいくらなんでも不味くはならないだろう、と考えてだ。
これまでろくに料理をしてこなかった事が悔やまれるが、流石にこんなきっかけで自炊を始めるとは思いもしなんだ。
キヴォトスの神秘が悪い方向に作用して、普通に料理しても飯が不味くなるのかなと、私は不安に苛まれながら鶏ももを塩コショウして炒める。
出来上がった鶏ももソテーは見た目は普通。匂いも香ばしくて、食欲をそそる匂いだ。……じゃあ味だ。頼む、頼むぞ。
私は祈るように口に肉を運ぶ。
「…………美味い」
ああ、塩コショウをして焼いただけの鶏肉がなんでこうも美味いんだ。
美味くて、美味くて、涙が出てくる。
「美味しい……おいし……うぅ」
大の大人が鶏肉食って泣くなんておかしいけど、このキヴォトスよりはおかしくないと思う。
ただ、夢中になって私は食事をする。
泣きながら食べる鶏肉は、今まで食べたご飯の中で一番美味しかった。
こうして私はこのキヴォトスでのちょっとした法則を見つけたのだ。
その1、私以外が調理した飯は不味い。
その2、私が作る料理は普通の味になる。
以上。
……いや、それだけ?と思うかもしれないけれど、このメシマズとは別に先生としての激務も有るのだ。
だから、自分で作った料理が普通に食べられると分かってからは、先生として生徒のケアの方に注力していた。
そもそもとして、先生として頑張らないと世界が滅んじゃいそうだしね。いくらメシマズ世界とはいえ、ここに生きる生徒たちは皆良い子だ。
生徒が悲しむようなことは極力減らしたいと思うのは当然だろう。だから、一旦メシマズの解決は保留して、私は生徒たちのために全力を尽くすのだった。
それでも、少しだけ疑問に思うのだ。
自分はサラリーマンをやっていたはずなのに、どうしてここで先生をしているのだろうと。
何よりも元の世界で私はブルーアーカイブをプレイしていたので、原作転移?という形になると思うのだけれど。
不思議とこの状況に適応していると言うか、納得しているのだ。
本来ならもっと混乱したり、狼狽したりしてもいいはずなのだが。
そんな私の疑問に答えるように、シッテムの箱が一瞬だけ震えたような気がした。
ああ、それにしても分厚いステーキが食べたい。
ステーキソースで、バターで、塩コショウで。色々と味を変えながら、分厚い肉を食べ尽くしたい。
少しだけ浮かんだ疑問は、食欲の前に立ち消えて、流されていく。
まあ、何となくだけど悪いことじゃないと分かっているんだ。
記憶が無くてもきっと消えないものはある。
そうだろう?アロナ。
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良く出来た夢だなと思った。
ブルーアーカイブの冒頭のシーン。連邦生徒会長が先生に語りかけている場面だ。
それを先生の立場で見ている。
この時の私は、当然これが現実であるなんて考えもしなくて、ゲームの場面を体験している明晰夢の気持ちで居た。
「……私のミスでした」
「私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況」
「結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……」
目の前の連邦生徒会長は
まるで話すことが全て決まっているかのように、運命が決まっているかのように。
「この血に塗れたように見える服、これは不味くて辛いスープを飲んだ時にむせて服にこぼれたものです」
「今でも舌が痺れています」
……ん?そんなこと原作で話したっけ……?
「……今更図々しいですが、お願いします、先生」
「きっと私の話は忘れてしまうでしょうから、少しだけ愚痴を言わせて下さい」
「スイーツとは砂糖を溶かして固めて焦がして黒い岩の塊にしたものでは断じてありません!!」
「スパゲッティとは原形が無くなるまで茹でるものではないのです!!」
「お米の食感はゴリゴリしているはずは無いのです!……けれど炊かれたお米の黒焦げ率から考えれば、生煮え米はまだましでしょうか……ふふふ!!」
「スープとは底に溶けきれない塩が残っているものではないのです!!」
はぁ、はぁ、と息を切らして何か深刻な食の不満をマシンガンのように喋る生徒会長。
あまりにも話が見えずに私は困惑するしかなかった。
大きく呼吸を繰り返して、息を整えると生徒会長は続きを話し始める。
「何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……」
「ですから……大事なのは経験ではなく、選択」
「あなたにしかできない選択の数々」
「どうか……どうか、お願いします」
特大の期待を込めた眼差しで、私を見つめる彼女。
そこに込められた思いはまるで人生を何度も何度も繰り返してきたかのような、何層にも重なった深い信念のようなものが垣間見れた。
人の機微に疎い自分で感じ取れるぐらいなのだから、きっと彼女は表面に見せる以上に強い思いを持っているのだろう。
何を言われるものかと、私は身構える。
「メシマズ世界で詰みセーブをしてしまったキヴォトスを救って下さい!」
「ええ……」
メシマズ世界って何なんだ。そんな疑問に答えるかのように、彼女は説明する。
「この世界では誰が、どんなに美味しい食材を使って料理を作ろうと、必ず不味いご飯が出来てしまうのです。それは世界を蝕む法則、あるいは呪い」
「最初はこうではありませんでした。しかし、世界をより良い方向へ向かわせる度に少しずつ、少しずつ、澱のように溜まっていったメシマズという概念がある日突然牙を剥いたのです」
「気づいた時には手遅れでした。もはやメシマズという概念はそこかしこに染み込み、除去する事は私では不可能になりました」
そこで一旦言葉を切り、私に向かって彼女は懇願する。
昔からの相棒を見るような目に、私は何だかいたたまれなくなる。
「外から来た先生になら。いえ、先生にだけは、このメシマズの法則は適用されません。あなただけが頼りなんです。あなただけが世界をくつがえし得る」
「だから……お願いします。どうかこの世界を救って下さい」
深々と頭を下げる彼女に、これが夢だと思っていた私は当然、気楽に答える。
この時の返答でメシマズキヴォトス行きになるなんて想像すらもしなかったから。
「うん、いいよ。私の力で何とかなるのなら、できるだけ頑張ってみるよ」
なんて安請け合い。なぜだか彼女の力になるのは当たり前の選択で。
それが私の大人としての責任と義務だと思ったのだ。
「ありがとう……本当にありがとうございます!」
「きっと先生なら、この状況を打破してくれると信じています。捻れて歪んで飯が不味い終着点とは、また別の結果を」
「そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです」
くらり、と何だか意識が保てなくなってくる。
この夢から目覚める時が来たのかも知れない。
「最後に……先生、ここは夢ではありませんよ。私とあなただけが心を交わす電車であり、次の世界への途中です」
夢じゃない?次の世界?一体何を──
「それではまた、
待ってくれ、もう少し話を──
先生の姿が消えて一人きりになった連邦生徒会長は呟く。
「私たち二人は、忘れていても記憶に無くても、きっと大丈夫です。だから先生、どうか……げほげっほ!な、なんか辛いのが急に気管に来ました!ごほごほ!」
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今、何かどうしようもない世界の真実が分かりかけたような。
そんなことより、私はなぜか無性にアロナと話したくなった。
「アロナ、今大丈夫?」
「はい、スーパーアロナ只今待機中です!」
ふんす、とホログラムが立ち上がる。
いつも私を支えてくれるシッテムの箱のメインOS、大切な相棒だ。
「少し調べてほしい生徒がいるんだ。連邦生徒会長について何か分かることはあるかい?」
「………………前にも聞かれた気がしますが、確か失踪されたという方ですよね。分かりました、調べてみます!」
「ありがとう、頼むよ」
大きい間があり、情報の捜索を開始するアロナ。
全ての始まりであったともいえる連邦生徒会長の失踪、今日はやたらとそれが気になった。
「情報が出ました!どうやら連邦生徒会長は、超人で可愛くて、誰からも愛されるような人物だったみたいです。いかがでしたか?」
「そっかぁ……すごい人だったんだね」
「超すごい人だったらしいです、えっへん」
……何となく、アロナの正体が連邦生徒会長だったとしても、私からはその点を探らないと決めた瞬間だった。
どうしてこんな事になっているかは分からないけど、この天真爛漫な相棒ともっと他愛のない会話を続けていたいと思ったのだ。メシマズで心が折れそうになった時、いつでも支えてくれたのは君だった。ありがとう、アロナ。
そうしてアロナの事を考えていると、どやぁ……と胸を張るアロナに、今まで黙って私たちの会話を聞いていたもう一人がツッコミを入れる。
「先輩……恥というものを知らないのですか」
「プラナちゃん、事実は正確に伝えることが先生の利益になるのですよ」
「胸に押し寄せる感情……これは苛立ち?」
そう、プラナだ。
最終編まで無事に駆け抜けた私は、今こうして、シッテムの箱の中でじゃれあうように会話してる二人を眺めることが出来ている。
長かったような短かったような。色々思い返すことはあるがどうしても感想は一つに集約される。
飯が不味い。
これだ。どんなに青春の物語をしていようが、いつまでも呪いのようにつきまとうメシマズ。
もう、大体の騒動の区切りは付いた。
ならばこそ、とうとう最大の問題点のメシマズ改善に本腰を入れて取り掛かるべきだろう。
といっても何からするべきか……うーん。
これからどうやってメシマズ問題を解決しようかと考えていると、わちゃわちゃと会話していたアロプラコンビからプラナが抜け出し、私に声を掛ける。
「今日のシャーレ当番はハルナさんですよ、先生」
「ああ、もうそんな時間だったか。ありがとうプラナ」
「あー!私が教えようと思ってたのに!」
「ふふん」
「あー!あー!」
今日の当番はハルナか。美食研究会の部長ハルナ。
うん、美食研究会。いい響きじゃないか。名前だけでもう好感が持てる。まあ、実際にやっている所業からは目をそらすとして、早速メシマズ克服の第一歩として、私の料理の感想でも聞いてみようかな。
シャーレで軽く書類仕事を終わらせていると、ハルナが到着したようだ。
仕事を中断して彼女を出迎える。
「ごきげんよう、先生。本日はよろしくお願いいたしますわ」
「よろしくね、ハルナ」
ふふ、と上機嫌に笑う彼女の様子は私が事前に食事をご馳走すると連絡したからだろうか。
もし口に合わなくてもシャーレを爆破しないでね、先生死んじゃうから。
「本日は先生の手料理をご馳走してくれるとのことで、とても楽しみにしていますわ」
「男の手料理といった感じだけどね、あまり期待しないでね」
「他ならぬ先生の料理ですもの。もはや期待しないほうが世界に失礼というものです」
期待が重いなぁ!
けど、楽しみにしてくれているのは素直に嬉しい。
あとは私の手料理の味が、ハルナにも美味しいと感じるのかどうかだ。
「それじゃあ、ちょっとだけ待っててね」
お米は炊きあがっている。
昆布と椎茸と塩で味を調整したお吸い物も、温めれば食べられるようになる。
本当なら鰹節や醤油なんかも使いたかったが、そんな上等な調味料はキヴォトスに存在しない。
調味料の開発もやらなければならない急務だとつくづく思う。
基本の塩コショウに砂糖やレモン汁なんかで全ての味付けをしていくのも、味が単調になって辛い。
メイン料理は、塩コショウを振っただけの鶏もものソテー。
私が初めてキヴォトスで作った、記念すべき料理だ。はてさて、どんな評価になるのか。
「お待たせ。鶏のソテーとご飯とお吸い物だよ」
前の世界だと料理をご馳走するといって、こんなのを出したらアレだろう。
こっちの世界ではどんな反応になるかとハルナの様子を伺う。
「まあ、とても美味しそうですわ。これはお世辞じゃありませんよ?」
おお、好感触。料理をきっちりと見て、評価を下すハルナはこの狂ったメシマズ世界でも、美食を追い求める意志が一片たりとも曇っていなかった。
「それじゃあ早速食べようか」
「ええ、それでは」
「「いただきます」」
さて、と彼女はぱくりと鶏ソテーを食べる。
その瞬間、カッと目が開く。信じられない、といった面持ちでまた鶏をぱくり、そしてまた目がカッと開く。
お米を食べて、何かに納得してインコのように激しく頭を上下させる。
お吸い物を飲み、嗚呼と息をつく。
無言で色々な表情を見せながら食べるハルナは、見ていて飽きなかった。
私とハルナはあっという間にご飯を食べ終えた。
放心状態といったハルナに感想を聞いてみる。
「美味しかった?」
「……えぇ、本当に美味しかったですわ」
つつ、と彼女の目から涙が頬に伝う。
彼女は不思議そうに、自分の目から流れた涙を拭った。
「あら、涙が……そう、そうでしたのね」
溢れる涙を拭いながら、彼女は何かに納得する。
「今まで自分の中に渦巻いていた、食に対する理解不能な怒り。その答えがようやく見つかった気がします」
「ずっと満たされなかった。食べれば食べるほど、私の怒りは増していった」
「ああ、でも。今日ようやく分かりました。これが"美味しい"という感情。私が探していたもの」
「今はこんなにも穏やかな心で、満腹で、幸せで満ちている」
幸せそうに笑うハルナに私は心を打たれた。
そうだよね、キヴォトスの飯は不味いから。美味い飯を食いたいよね。
誰よりも共感できるその思いに、私は思わずといった感じで、彼女に助力を求める。
「ハルナ、もしよければ世界に美食を広めるために美食研究会の力を貸してほしい」
「もちろんですわ」
こちらからの急な申し出にもかかわらず、刹那の早さで返事が来る。どうやらハルナも色々と美食を味わいたいようで、どうやって私を説得するか考えていたと後で聞いた。
私たちの思いは一つになり、ようやく初めの一歩を踏み出す。
世界に蔓延るメシマズを駆逐しよう。美味い飯で世界を満たそう。
そうすればきっと笑顔が溢れる世界になるから。生徒たちがより幸せになるから。
だったら先生として頑張らなきゃね。