メシマズキヴォトスを美食研究会と一緒に救いたい先生 作:tarako
小さい時はよく、遊んでばっかいないで、勉強もきちんとしなさいと言われた。
挨拶は大事だよ、人の目を見て話そうね、歯磨きはきちんとしよう。人が傷つく事を言ってはいけませんよ。
私が子どもの頃に大人たちはそんな、当たり前で大切な事を教えてくれた。ああ、それと。
人の店を爆破してはいけないよ。
こういう事もこれからは教えていったほうがいいと思うんだ。
僅かながらも先生業をこなした私の切実な思いだ。
つまり、だ。今の私はとても困っている。
「私の店は不味いという理由だけで爆破され、営業再開の目処もたたずに……うぅ……」
私の目の前では、美食研究会に店を爆破された店主がその窮状を訴えている。
ブルドッグの獣人の彼は、その小さい体をぷるぷると震わせ、いかに店に思い入れがあるかを語る。
「あの店は父から引き継いだ、大事なお店だったのです。それが……それが、うおおおおおぉぉぉぉん!!」
どばどばと涙を流す店主。き、気まずい。
シャーレに久々に大人のお客が来たと思ったら、これだ。
キヴォトスはルール無用とはいえ、当然こういう人も出てくる。
最近の動画投稿でお金が入ってきているので、金銭での補償は出来る。
でも、思い出の店とかそういう方面の補償は不可能だ。
というより、こういうのって先生より弁護士の仕事じゃないか……?
向こう側の言い分が正しくて、こっちの美食研究会に非があるのは明白だ。
未だにブルドッグ店主からの要求は不明だが、私の手に負える範囲で収まるだろうか。
私は頭の中で弁護士、弁護士と呟く。すると、ある人物の名が浮かび上がった。
────弁護士といえば
そう、成歩堂龍一だ。
助けてナルホドくん、何か逆転の一手を私に導いてくれ!
心の中で助けを求めたその瞬間、溢れるナルホドくんの数々の言葉。
『…弁護側、まるっきり準備できていません』
『机を叩いているあいだに質問を考えようと思いましたが、何も浮かびませんでした』
『御剣…今月の家賃も全額支払ってくれ…』
『やれやれ。何かと言えば証拠、証拠ってうるさいな…』
な、ナルホドくん……!
私の妄想の中のナルホドくんは、ろくな答えを返してはくれなかった。
どうする……どう切り抜けようか。
「私の店の料理は爆破されて然るべき。とでもいうような不味さなのでしょうか……」
泣き疲れて、しょんぼりした店主がぽつりと溢す。
……どんな結果になろうと、まずは彼を励ますことから始めよう。
「そんなことはありません。あなたがお父上から引き継いだお店の料理が、爆破されて当然など、誰が言えるでしょうか!」
「ははは……そう言って頂けると、少し救われます」
「そうだ!もしよかったら店主さんの料理をご馳走してくれませんか?貴方の思い出の味を食べてみたくなりました」
「そう……そうですな。久しぶりに、作ってみましょう。シャーレの先生が美味しいと言って頂けたら、これから先お店を続けるにしろ、辞めるにしろ、大きな力になります」
シャーレのキッチンはもはや調理場といっていいほどに、改築されている。
彼がどんな料理を出すか分からないが、恐らく大丈夫なはずだ。
私は彼を調理場に案内する。
「おお、ここまで本格的とは!これなら私の店の味も出せるでしょう!」
「それは良かった。本当に、調理は手伝わなくても大丈夫ですか?」
「ええ。最後にお客さんに作る料理になるかもしれないのです。……どうか、私に作らせてください」
「そういうことなら、料理を楽しみに待ってますね」
どうにもしんみりとしてしまう。
爆破されたのが申し訳なってくる。いや、私がやった訳ではないけども。
料理だけは、せめて美味しく頂こう。これが最後かもしれないと店主が言っていたのだから。
~~待つことしばし~~
「お待たせしました、先生。こちらが私の店の名物料理『鉄板焼』です。……といっても、鉄板が無かったので今日は普通のお皿ですがな、はっはっは」
よく焼けた肉に、何らかのソースがかかっている。
見た目は普通、匂いも変では無い。……こんな普通の料理を出すとは、ますます惜しい。
なぜハルナ達はここの店を爆破したのだろう?
「とても美味しそうです。それでは、いただきますね」
ナイフとフォークで肉を切り分け、まずは一口。
まっっっっっっず!!
「アロナ先輩と一緒に調理を見張っていたので、毒を入れたとかは無いんですが……」
「純粋に物凄く不味いんでしょう。あんな顔をした先生初めて見ました!」
頭がガンガンと痛むほどの不味さが襲ってくる。
現実逃避なのか、あるいはあまりの不味さに気が狂ったのか、頭の中では意味不明な音楽が流れ続けている。
♪店主の料理不味すぎだろ!料理不味すぎだろ!不味すぎだろ!♪
いいや、これは体の防衛反応か。
常に何か考えていないと、意識を保てなくなるほどの不味さ。
ああ、そうだ。そうだった。ここはメシマズキヴォトス、修羅の都市。
まともな人間なんていやしないんだ!
「よくも……よくもこんな不味い飯を出してくれたなァ……!」
「ええっ!?」
なるほど、これは爆破されるはずだ。
見た目や匂いがまともで期待していた所に、全てのメシマズパラメーターを注ぎ込んだかのような、超不味い料理がドン!だ。
言うならば、味極振りタイプのメシマズ。
初めて出会うタイプの料理だが、許せない。怒りが収まらない。
「ゆ、許せない……店主ゥ!どんな調理をしたらこうなるんだ!来い!美味いメシを作れるようになるまで、絶対に帰さんぞ!!」
「ひ、ひえぇぇぇぇぇ……」
私は店主を引きずり、調理場へ連行する。
6秒待てば怒りが収まるアンガーマネージメントってあれ、多分嘘だ。
怒りに満ちた、怒りの調理場へ、怒りの歩幅で、怒りの呼吸をしながら、怒りの行進をする。
絶対に美味い料理を作らせてやるからな!!私は、怒りの決心をする。
~~30分後~~
「本当に申し訳ない……怒りで我を忘れていました…………」
そもそもこのメシマズ世界、不味い飯を作ってしまうのは仕方ないことだ。
……それが頭から吹っ飛ぶぐらいに不味かったのは、確かだったけど。
「いえいえ……こちらこそ、出来上がった料理を比べると怒る気持ちもわかります」
あれだけ怒って、この対応。ブルドッグ店主さん聖人かな?
「それに怒りながらとはいえ、指導は的確でした。……これが、今度こそ自信を持って薦めることができる私の自慢料理、『鉄板焼Ⓒシャーレ』です!」
なんかシャーレの著作権マーク入ってる!
料理にこのマーク入ってるのは流石に初めて見たな。
まあ、料理に著作権が適用されるかどうかはどうでもいいんだ。
まずは、新しく生まれ変わった鉄板焼の味だ。
具材は豚バラ、キャベツ。
味付けは味噌(アリス食品*1で大好評発売中!)にんにく、しょうがなど。
本来は鉄板にラードを溶かして、具材を炒めて、そこへにんにく味噌ダレをジュワーと入れて熱々の料理を楽しむのだが、生憎今のシャーレに鉄板は無いので、簡易版の鉄板焼だ。
といっても、味噌にんにくの肉野菜炒めが不味いわけがない。
「いただきます」
キャベツと豚肉にタレをたっぷり絡めて、頂く。
熱々の豚肉とキャベツに濃厚な味噌タレが絡まって、そこにアクセントとしてにんにくが加われば、もう美味いとしか言えない。
そこに、白米をがつがつと口の中にかきこめば、最高にご機嫌な時間だ。
先程の不味さは何だったのやら、火加減と味付けが完璧な料理を私はたっぷり堪能するのだった。
「美味しかったです。本当に」
食べ終えた私はそう言うと、どこかすっきりとした表情の店主は、私にシャーレに来た目的を改めて話す。
「美味しそうに食べる先生を見て、決心が付きました。やっぱり、私は料理を続けていきたい。お願いします。どうか、店を続けるために力を貸して下さい」
「ええ、もちろんです。店主さんの望む形になるように、最大限努力しましょう」
「ありがとうございます。……あり……がとう……うおおおぉぉぉぉぉん!!」
感極まった店主は涙を流す。
店を爆破されたと訴えていた時の涙とは違い、これからの幸を予感させる涙だった。
この後、彼の店は再建され、彼の店の「鉄板焼Ⓒシャーレ」はその美味しさと、なぜか入っているシャーレの著作権マークで、人気の看板メニューとなる。
それ以外にも店主の優しく誠実な人柄もあり、いつまでも店は繁盛するのだった。
・
・
・
ハルナがシャーレ当番の日に、私は説教をすることにする。
本当はこんなことをしたくないのだが、あのブルドッグ店主のような人を出さない為にも、しない訳にはいかないだろう。絶対にハルナを真人間に戻してみせるからな。
私は負けない!
「失礼いたしますわ~」
「こら、ハルナ!店を爆破したら……いけないんだぞ!」
のほほんと挨拶をしてシャーレに入ってきたハルナに、私は先制攻撃をする。
「ですわ?」
「かくかくしかじかという訳で。あの店主さんのような人を出さないためにも、私は心を鬼にして説教するぞ!」
説明されると、ははぁと得心したかのように人差し指を頬に当てるハルナ。
そしてニヤリと笑うと、私に質問をしてきた。
「……ねぇ、先生。あの店主の料理を食べた時、どう思われました?」
「……不味いと思ったよ。けど──」
「怒りましたわよね?それも、すごく」
「……」
見てきたかのように言うが、正解だ。
答えに詰まった私を見ると、ハルナの楽しげな雰囲気はますます濃くなる。
「食にこだわりがある、いわば同志ですもの。ある程度分かってしまいます、例えば」
ハルナは笑顔で、いとも簡単に、私の先生としてのアイデンティティーを揺さぶる言葉を放つ。
「私たちが店を爆破していくのを痛快に思っている……とか」
「……っ!」
不味い店が爆破されていくのが愉快だと思ったのは否定しない。
だが、それはいけないことで。だからこそ今、説教をしているのだ。
私は、美食研究会が爆破した不味い店を思い出す。そこには私がキヴォトス初日にショックを受けた、とてつもなく不味い店も含まれていた。
しかし、不味いから爆破するなんて、それは────
「先生、笑っていますわよ?」
ハッと口元を抑える。口角が上がっていた。
推理ゲームで追い詰められた犯人のような心持ちで、私は必死に軌道修正しようとする。
その様子をハルナは、無駄な抵抗をする獲物を見る猫のように、加虐心に満ちた目で見つめてきている。彼女の心を表すかのように、特徴的な片翼がパタパタと嬉しそうに羽ばたく。
その羽から送られてきたぬるい風は、私に敗北を促すかのように纏わりつく。
「い、いや……そ、そんなの道義的に許されない……店を爆破するのは、その……とっても……いけないんだぞ!」
「何を良い子ぶってるんですか、先生。ここはキヴォトス。悪魔が微笑む場所ですわ」
「……それは」
「ねぇ、認めましょうよ。先生は、悪を大して嫌悪していない。……むしろ、好きなんです」
「……」
何も言い返せなかった。
その通りだったからだ。悪、といってもベアトリーチェのような悪ではなく。
温泉開発部や、美食研究会が巻き起こす騒動だったり、アビドスの銀行強盗だったり。
そういうのは、大好きなのだ。退屈な日常が一気に彩られるような、非日常。
キヴォトスでしか味わえないような、刺激的なイベント。
だけど、私は先生だから、そういうのは注意しなければ。しなければいけないんだけど。
「ふふ……ふふふ……先生もご存知の通り、私たち美食研究会はやりたい放題です。ですが、どうしようもなく楽しいのです」
「ああ、こんなに胸踊ることはないですわ!気心の知れた仲間と共に美食という一つの目標に向かって、色々なことをする」
「むかつく店は爆破する!美味しい料理を食べる!……なによりも大切な仲間と笑い合う!」
「先生、私たちの本当の仲間になりませんこと?美食研究会の顧問になって、私たちを優先する。ただ、それだけでいいのです」
心地よいリズムで耳に届く声は私の脳を溶かす。
妖しく光る紅い目は、私が頷くのを今か今かと待ち構えている。
彼女の悪魔の尻尾が獲物を捉えるかのように上機嫌に揺れる。
私は……私は。
「私は、先生だ。美食研究会を依怙贔屓するというのは出来ないよ。生徒全員の味方だからね」
「あら、残念」
誘惑が成功するかどうかは、どちらでも良かったのだろう。
ハルナはあっさりと勧誘を諦める。全く、油断も隙もない。
「……先生を誘惑しないでね」
「誘惑のつもりはありませんわ。先生という重荷を下ろして楽しめる居場所になれたら、と思いましたの」
「……そっか。気遣ってくれたのかな?感謝するよ、ハルナ」
「どういたしまして。……うふふ」
いたずらが成功したかのように笑うハルナ。
何が本心かは分からなかったけど、なんか色々と負けた気がする。
説教は有耶無耶になったけど、その後は何事も無く平和に過ごす。
シャーレの当番が終わり、ハルナは去り際に振り返ってこう言った。
「美食研究会はいつでも先生の加入を歓迎しますわ」
では、と去っていくハルナ。
呆けたように見送る私は、今日を振り返り、こんな事を考えていた。
(ハルナ、人の心を惑わす悪魔かもしれん……)