個性『魔法少女』   作:Assassss

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佐倉杏子 VS ヒーロー VS ??? (前編)

「へっ、ほっ、よっ、ふっ!」

 

この日も佐倉杏子は、都心部のゲームセンターにいた。当然魔法少女姿ではなく、前に適当な(ヴィラン)から奪ってきた服を着ている。前着ていた服が戦いで血だらけになってしまったので、新しいものを着ているが、男物なのでさっさと次のが欲しいと彼女は考えている。

 

「これで……おしまいっと!お、やっと一位か。今回は楽勝だったなー。……大体チャレンジ回数は3回?最近のダンスゲームも温くなったねえ。……はぁ。」

 

画面に燦然と輝く一位のスコア。しかし、佐倉杏子の気分は上がらない。

 

「……あいつら、今頃心配してるだろーなぁ……」

 

佐倉杏子の、唯一ともいえる友達を振り切り、離れたところへ来てしまった。そしてまた独りぼっち。彼女は、今までと同じく(ヴィラン)を襲ったり、ゲームセンターで遊んだりしている。まったく楽しくないとまではいかないが、ここ最近は、魔法少女の友達と一緒に居た頃ほど楽しくなることは無かった。

 

「……少し前の生活に戻っただけってのに、こうも心に来るなんてな……」

 

佐倉杏子は、巴マミと別れて以後も、今と似たような生活をしていた。魔女や使い魔と戦う、今よりも危険な生活だ。だが、当時よりもストレスが溜まっているかのように感じられ、杏子は自分の心が弱くなったのかと感じている。

そして、友達がいないこと以外にも、彼女の環境に変化があった。

 

「……ここもか。ったく、ジロジロ見やがって……」

 

彼女を遠巻きに観察して、何やらヒソヒソ話している人が数名いるのだ。

理由は単純で、彼女の行為と顔がネットで割れてしまっているためである。ここ最近は、どのゲームセンターで遊んでいてもそのような者が湧いてくる。彼女としては、うっとおしいことこの上なかった。

 

「あーもううぜえ!ほら散った散った!見世物じゃねーんだぞ!」

 

そう言いつつ見物人の足元に槍の先を刺すと、そのヒソヒソ話していた見物人は怯えて逃げ出した。

 

「はー……これもインターネットの、SNS?のせいってやつなのかな。アタシ、このまま一生こうなのか?勘弁してくれよ……はあ。もういいや、別のとこ行こ。」

 

髪型でも変えてみるかと思いつつ、彼女はゲームセンターから出ようとした。しかし、途中で足が止まる。

 

CLAP CLAP CLAP

 

「素晴らしいダンスゲームの腕前だったね。身軽に動ける君が羨ましいよ。」

「……」

 

彼女の前に現れたのは、顔をマスクで覆ったスーツの男。鷹揚に拍手を送っていた。一見すると怪しいマスクだが、それは白っぽい包帯のようなもので、医療用のものだと分かる代物だった。

周囲の人々は、比較的ピッチリとしたその服装から、「……警察や政府の人かな?」と思う者もいた。

 

「こんな格好ですまないね。僕は今、顔にひどい怪我を負っているんだ。この顔での会話を許してほしい。」

 

その男の言う通り、頭部に限って言えば不気味だが、そういうことなら仕方ないかと、周囲の残った見物人は納得した。

だが、佐倉杏子は男を凝視したまま動かない。

 

「……何?おっさん。」

「失礼。僕は……そうだね。身寄りのない子供たちのための施設を運営している者だ。特に、そうだね。ヒーローや(ヴィラン)の子供の孤児を中心に、だ。実際、彼らの子供というのは、社会から過剰に注目を集めるか、過剰に非難されるかだ。だから、僕がいる。そういう子供たちを、世間の好奇の目から守ってあげる。僕のやっていることはそういう正義ごっこさ。」

 

名刺のようなものを彼女に見せつつ、男は語り掛ける。本物かどうかは不明だが、とある児童施設の施設長であると書かれていた。男の声は、周囲の人間には比較的柔らかく落ち着いたものに聞こえた。が、なぜか、『特に、そうだね。ヒーローの子供の孤児を中心に、だ。』以後の部分は、周囲の人々には聞こえていなかった。

 

佐倉杏子は、相変わらず表情を硬くさせている。

 

「さて。君はいま、食べ物、衣服、住居に困っているんじゃないかい?それに、ネットに顔が割れてしまって、将来が大変だ。……だから、僕のところへ来ないかい?衣食住は保証するし、君のその強い個性を生かせる仕事を探してあげよう。ヒーローの汚職を見つけたり、ヒーローが法律で始末できない(ヴィラン)を倒せる仕事なんだ。」

 

今の最後の部分も、またしても周囲の人々には聞こえていない。喋ったということすら認識していなかった。

 

「…………そんなことをしてお前に何のメリットがあるんだ?」

「嫌味に聞こえるかもしれないけれど、僕はお金持ちでね。いわゆる資産家というやつさ。正直もう、若いころに金を稼ぎ切ってしまって、人生でやることが無くなってね。だから、余った金を不幸な子供たちに使ってあげる暇つぶしをしているんだ。別に、僕のところで世話になったんだから後で返せ、なんて言うつもりはない。まあ、君が気が向いたら返してくれればいい。」

「……なんでアタシに。」

「君に可能性を感じたからさ。今まで生き抜いてきた君の強さにね。想像だけれど、今まで身寄りが無くて大変だっただろう?例の動画を見て、君の強さなら、ヒーロー社会を暴くというもう一つの僕の趣味を一緒にやってもらえるんじゃないかとね。」

 

またしても、最後の部分は周囲には聞こえていない。彼らには、「一応保護の誘いなのかな?ちょっと怪しいけど。」と思われていた。

 

「僕が怪しいのは分かるよ。だから、まずは一緒に警察に行って、話をしないかい?君の罪を軽くするんだ。前のマスキュラーとの戦闘だよ。どう見ても正当防衛だけれど、残念ながら個性を使ってしまったね。法律上ちょっと厄介だ。だから、僕が対処しよう。ちょっとは拘束されるかもしれないけれど、なぁに、僕には法律の伝手もあるからね。すぐに出られるさ。」

 

そう言って、男は佐倉杏子に手を差し伸べる。

 

「……」

 

彼女は、差し伸べられた男の手をチラリとしか見ずに、ずっと男の顔を、その挙動を見ていた。一分の油断もなかった。

 

実際のところ、佐倉杏子はこの男の手を取るつもりなどさらさらない。

 

ソウルジェムの機能の一つに、深い絶望や悪意を検知するものがある。世界改変以前は、魔女の結界を発見するために用いられた機能だ。しかし、改変後の世界ではほとんど機能しなかった。魔女とは、魔法少女が絶望して、絶望しきって、その果てに成るもの。結局のところは(ヴィラン)とは個性を持った自殺などをしていない人間である。絶望している者は多いが、その度合いは魔女というバケモノには、たいていの場合届かない。反応したとしても、微弱なものだった。

 

しかし、目の前にいる男からは、魔女に匹敵、いや魔女を超える絶望と悪意を感じた。ワルプルギスの夜を彷彿とさせるほどの者ですらあると感じた。佐倉杏子が久しぶりに感じる、命の危機を知らせる嫌悪感と緊張感だった。

 

だから最初から、佐倉杏子はどうやってこの場を脱するかしか頭にない。この世界で初めて出会う得体のしれない存在に、戦闘を起こす気も起きなかった。

 

(出口はあっち、ぶち破れる薄い壁はこっち、と。せめて個性が分かればいいけれど、言うわけないよなー。はぁ~……ついにアタシも年貢の納め時ってわけかね。……でも、こんなのにやられるのが最期だなんてなぁ。)

 

退路の確認をしつつ、目の前の男の一挙手一投足から目を離さない佐倉杏子。男は、手を差し伸べたままじりじりと近づいてくる。

 

「何も怖がることは無いさ。僕が想像も及ばないほどに、君は頑張ってきただろう?さあ、その頑張りに褒美をあげようじゃあないか。」

「……そうだね、まあ色々あったよ。」

 

後数歩近付いたら、魔法を一気に爆発させて逃げようかと、彼女は画策していた。それとは別に、彼女にはもう一つ考えていることがある。

友達のことだった。

 

(あいつらに、やっぱりこの世界でもちゃんと警戒しないとダメなんだ、って教えないとな。今まで雑魚の人間相手ばっかだからかな、やっぱりちょっと鈍ってた。……だから、この場は何としてもコイツから逃げ切ってやる。ここが正念場だぞ、アタシ!)

 

この得体のしれない男は、いつか殺しておかないといけないと、そうでなくてはいつかこちらが殺されると、佐倉杏子は直感していた。初めて出会う、この世界での明確な脅威。ほむらやマミでも、不意打ちをされたら殺されてしまうかもしれない。だから、生きて伝えなければと、彼女は決意をしていた。

 

しかし、男があと一歩踏み込もうとしたところで、魔法を爆発させようかと考えていた、その時。

 

「……そこの方。その子に何の用でしょうか。」

 

声をかけたのは、プロヒーローのベストジーニスト、そしてそのサイドキック達だった。

 

「ふむ?これはこれは、No4のベストジーニストじゃないか。僕は、こういう者でね。なに、ちょっとした暇つぶしで、孤児に施しをしようかと思っていたところなんだ。」

 

男は、同じく名刺らしきものを見せつつ、ジーニストに言った。

 

「……それはそれは。そちらの言う通り、私はベストジーニスト。ヒーローをしている者です。……私は彼女と、少し話をしなければならないのです。失礼させていただいても?」

「悪いね。今、僕と、彼女が話をしているんだ。それが終わったらにしてくれないかな。」

「そうですか、それは失礼した。しかし、我々も急を要するのです。なるべく手短に願いたい。終わるまで、ここで待ちましょう。」

「それも困るねえ。ヒーローなんて偉い立場の人間がいたら、彼女が委縮してしまうよ。」

 

ベストジーニストは、表面上は礼儀正しく男と会話をしていた。しかし、彼も佐倉杏子と同じく大いにこの男に警戒していた。彼女と違い、何か感知系の個性を用いて察知したわけではない。ヒーローとしての第六感とでも言うべきものだった。しかしそれが今、彼に人生最大の警告を発していた。

彼は、サイドキックに目立たぬようにしながら付近の人々を避難させるように指示をした。それは一般人には分からないようなやり方だったが、なぜかこの男はそれを見抜いた。

 

「おいおい。人を避難させるなんて仰々しいなあ。まさか、僕と個性を使って戦うつもりなのかい?」

「……いえ、避難をさせているのは別の理由。私は、このままならば、あなたに何かするつもりはありません。ところで、今の一言で私は自分の未熟さを痛感していましてね。避難指示というものは、人々に余計な不安を与えないよう、一般人には分からないようにしているのです。後学の為に、一体どうやってそれを見抜いたのか、ぜひとも教えていただきたい。」

 

これは時間稼ぎだ。付近の人々の避難を完了させるための。ベストジーニストは、自分でもなぜこれほど男を警戒しているのか分からないほどに、警戒していた。

 

「ただの偶然だよ。どうだっていいじゃないか、そんなこと。それに今、君に構っている暇は無いんだ。悪いけれど、あまり聞かれたくない話がある。ヒーローが、突然現れて人の話を根掘り葉掘り聞き出すなんて、とてもヒーローらしくない。君もそう思うだろう?」

 

男は、佐倉杏子に目線を向ける。男は同意してくれることを期待しているようだったが、彼女の反応は、男にとって予想外のものだった。

 

「……マスクしてる方のおっさんの用件は聞いたから、そっちのヒーローの方の話を聞かせてもらおうかな。」

 

この発言に遠回しの拒否を感じた男は、少し落胆し「ふむ……」ともらしつつも、ベストジーニストに喋らせることにしたようだ。

そう言う杏子も、ベストジーニストを警戒していた。彼女は、彼のことを知っていた。というのも、自分を追うことになるであろうヒーローの、TOP10は頭に入れておいたからである。そして彼の個性も。拘束に優れる彼から何も対策をせずに逃げ出した場合、すぐにつかまってしまうだろうと考えた彼女は、(服に魔力を通せば操れなく出来るか……?)などと考えつつ、彼の話を聞く。

 

「……譲っていただき感謝する。さて、改めてお嬢さん。私はベストジーニスト。ヒーローをしている者だ。君の名前は、佐倉杏子、で間違いないかな?」

「……なんで知ってんだ?まーたネットってやつか。」

「いや、ネット上にはまだ君の名前は出回っていないはず。これは、警察の捜査により判明したことだ。」

「そうかい……。で、何の用?ついにアタシを捕まえに来たってことかい?」

「そうだな。それを含め、私は君に話さなければならないことが沢山ある。……しかし、まず一番に言わなければならないこと。それは君への感謝だ。」

「え、はぁ?」

 

ジーニストはそう言うと、なんと彼女に向かい頭を下げた。いい年をした大人にそんなことをされた経験のない彼女は狼狽える。

 

「え、いや、え何?アタシなんかした!?」

「色々としていると思うがね。これは、以前君がウォーターホースを助けてくれた件に対してだ。」

「ウォーターホース?なんだっけ……あ、前のあのヒーローか。」

「そうだ。私は立場上、無断で個性を使用したことについては、まして戦闘を勝手にしたことを咎めなければならない立場にある。だが、それ以前に、私の仲間を助けてくれた人間に対して礼を言わずにいられるほど、私は情が無いわけではないからな。そして、すまなかった。マスキュラーなどという凶悪(ヴィラン)の相手は本来我々ヒーローがやるべきこと。その職務を全うできず、君に対しても危害が及んでしまった。本当にすまなかった。」

「そ、そうかい……」

 

そう言いつつ、ベストジーニストは彼女に対し思考を巡らせていた。

まず、彼には今最も疑問に思っていることがある。

 

(想定していたより、私への嫌悪がとても小さい。)

 

もし彼女がすべての真実を知っているならば、殺した存在と同類であるベストジーニストには非常に強い嫌悪を向けるのが当然だろう。しかし今の彼女は、好いてはいなさそうだったがそれほど目の敵にもされていないと感じていた。

 

(……親がヒーローや公安に殺されたことを知らないのか?しかしだとすると、彼女は今までなぜヒーローに頼らなかったのだろうか。ウォーターホースとの会話記録を鑑みれば、彼女の知的水準は少なくとも同世代並にはある。どこかで人間関係を持っていなければ、こうは育たないはずだが。……親が公安ヒーローに殺されたことは知らないが、父親の教会に来た者たちの話から、ヒーローの暗い面は知っているから、か?やはりもっと情報が欲しい。)

 

「で、他には?」

 

といいつつ、佐倉杏子は隣の男を気にしているように見受けられた。ベストジーニストのことも気にはしているが、向けている注意はもう一方に向ける方が大きい。ウォーターホースの時は精神的に余裕があったのでヒーローの悪口にも頭を回せたが、今の彼女にはそんな余裕はなかった。

 

(……彼女も、こいつが気になるのか。やはり第六感のようなものが研ぎ澄まされている。戦闘経験がもたらすものか?この男は、今のところは何も手を出さないが……。一応、外で待機しているミルコとイレイザーとエンデヴァーには伝えておかなければ。)

 

ベストジーニストは、繊維を操り服の中に仕込んでいた通信機で、外部にメッセージを送信しつつ、話を続ける。

 

「さて次に。私はヒーローという立場上、個性を用いて殺人を犯した君を見逃すことができない。正当防衛にしろ、一度は身柄を拘束し、事情聴取する必要があるのだ。」

「へっ、やっぱりな。嫌に決まってんだろ、そんなの。」

「まあ、最後まで聞いてほしい。我々ヒーローは、君にとっても悪くない話を用意したつもりだ。」

「どんな話でもやだよ。アタシヒーロー嫌いだもん。」

 

やはりヒーローが嫌いではあるのか、とベストジーニストは少し残念に感じた。しかし、彼の話に耳を傾けるつもりではあるようで、背を向けたりはしていなかった。

 

「……ちなみに、差し支えなければなぜヒーローが嫌いなのか、聞かせてもらってもいいかね?」

「うるせーなあ。アタシが誰を嫌おうか勝手だろ?」

「もし、我々が君に、君の家族に何かしてしまったというのならば、今ここで言って欲しい。私は以前、君の父親と交流があってね。彼の娘である君の意思はなるべく汲んでやりたいと考えているのだ。」

 

もし彼女が、父親がヒーローに殺されていることを知っているならば、この発言に何らかの反応をするはずだと、ベストジーニストは踏んでいた。

 

「何の話だよ。親父の友達のことをアタシに言われてもねえ。」

 

しかし、特にこれといった反応も見せなかった。ジーニストは、本当に知らないか、ととても意外に思う。しかしだとしたら、この真実をどのように彼女に伝えるのか、という別の問題に頭を痛めることになるだろうと予感しつつ、彼は話を続けた。ジーニストは、彼女に真実を必ず伝えなければならないと考えているが、内容が内容だけにある程度整った場で行いたいと考えていた。もともとは、知らないのならばこの場で伝えるのもやぶさかではないと予定していたのだが、隣に妙な男がいる為に、迂闊なことを口走るのは危険に思えた。

 

「……分かった。この話は君が望まない限りはこれ以上続けない。先ほどの話に戻ろう。身柄を拘束をすると言ったな。しかし、それはあくまで最後の手段。それ以前に、我々は君を保護する必要があるのだ。」

「はぁ?保護?」

「現在、君は(ヴィラン)を襲い奪った金品で生計を立てている。そうだね?」

「まあ、そうだけど。」

「現行法では、君をまず児童相談所に連れてゆかなければならない。そして、君がしてきたことの審判は少年法に基づき家庭裁判所が下す。これが法律での決まりだ。」

「そんでアタシは何十年も牢屋の中だろ?アタシ法律は良く知らないけど……暴れた自覚くらいはあるんだぜ。」

「いや、そうとは限らない。それは、犯した罪や態度が悪質と判断される場合になる刑事裁判というものでの話。他に保護観察処分という可能性もあるが、君に下される判断は少年院行きであるだろうとされている。」

「あ、アタシそれ知ってるぜ。子供向けの牢屋なんだろ?結局変わらねえじゃねえか」

「その通り。だが、そこで君に用意される生活はそれほど悪いものではない。さて。」

 

ここまで言うと、ジーニストは男の方を向いた。

 

「成り行きで、そちらも話を聞くことになってしまいそうですが、ここからの話を内密にしていただきたい。少々表に出せない話なのです。後で、なぜこのようなことをするのかの説明は別にさせていただく。よろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ。秘密は守るさ。」

 

男は特に反抗することもなく、そう言った。警察に軽く調べ上げてもらった結果、実際に名刺に合った施設は実在し、その施設長であることも確認が取れたので、一応社会的地位があるまともな人間なのだと判断したのだ。

 

「感謝します。さて、佐倉杏子。私は君に……ふむ。何といえばよいか……セールストークをしに来たのだ。私の本業ではないが、君の履いているデニムパンツに免じて、拙い部分があっても見逃してほしい。」

 

ベストジーニストは、ダーティなイメージがある言葉をあえて使い、立場上敵対ではあるが決してそれを隠すつもりはないという面での信頼を彼女に感じさせた。

 

「な、なんだよそれ。牢屋を豪華ホテルにでもしてくれるのかよ?」

「半分その通り。豪華ホテルとはいかないが、少なくとも、俗に言う『不味い飯』にはならないはずだ。」

「いや、マジで何言ってんだ?なんでアタシにそんなことを……お前らに何のメリットもないだろ。」

「……長い話になり申し訳ないが、君に対し認めなければならないことがある。君におとなしくしてもらわなければ、我々は『メンツ』がつぶれてしまう。」

「メ、メンツゥ!?お前ホントにヒーローかよ!?」

 

佐倉杏子は大いに驚いた。彼女の中でのヒーロー像とは、「個性を使って何の疑問も感じずに他人をヘラヘラしながら助け、当然のように称賛を浴びる連中」だ。さもメンツより他人の方が大事です、というツラをしていて、彼女にとって本当に気に入らない存在だったのだ。だが、目の前のヒーローは真逆のことを言い出し、彼女はすっかり混乱してしまっている。

 

「そのとおり。君がこのまま活動し続ければ我々は面目丸つぶれ、ネットでは大炎上。何故なら、本来我々が確保するべきマスキュラーを君が捕まえてしまい、ヒーローは軟弱なのではないかという疑いをかけられているからだ。我々は人々からの称賛を浴び続けたいし、社会の信頼を失いたくないので、君には何としてでも大人しくしていて欲しい、我々ヒーローのために。今日はそのために君に交渉に来たのだ。」

「え、えええ……」

 

一応、ジーニストの発言は完全に嘘というわけではないのだが、少なくともそれは保護の動機のとても小さい割合しか占めない。それを、ベストジーニストはあえて誇張して表現した。

ジーニストがこのような物言いをしたのは、彼女から信頼を得るための作戦だ。おそらく彼女は、社会の闇を、ヒーローの闇を見てきたのだろうと予想されている。ヒーローのイメージは最悪だろう。そんな相手から、「君を救けたい」と言われても、騙しにかかっているようにしか見えないに違いない。本当は、今すぐにでも保護観察下に置いて、父親の件に関する謝罪をし、賠償金等を支払い、就学支援等の話をするべきなのだ。だが、それは彼女にとってあまりにも遠い話、信じられない夢物語であるのだ。彼女が歩いてきたと思われる裏社会に、何の見返りもなくそのような施しをする人間は少ない。だから、まずはどのような『醜い欲望』を持っているかを開示して見せる。そしてその見返りを与えに来たのだと。彼女には、そういう取引の話の方が、子供への無償の愛情が与えられる世界よりも馴染みがある世界だろうと、今まで数々の(ヴィラン)と接してきた彼は経験からそう予想したのだ。

これにより、今この瞬間では彼女からは全幅の信頼は勝ち取れないだろう。だが、そもそもヒーローへの悪印象を短時間で取り除こうという方針が無茶だと、彼は考えていた。それは、長い時間をかけてゆっくりと形成するものなのだと。そのためにも、今はひとまず、ヒーローの保護下に入ってもらいたいというのが彼の意図だった。

 

「だから当然、見返りという物を色々と用意してきたので、聞いてほしい。まず……先ほど君の名前はネットにはまだ載っていないとは言ったが、直に誰かに特定されてしまうだろう。それは認識しているかね?」

「……なんか、そうらしいな。」

 

彼は、口ぶりからやはり交友関係があるのかと感じた。ただ、もちろん直接誰なのかを聞き出すような無遠慮な真似はしない。

 

「そうなった状態で、今後も今の生活をしていけると思うのか?いかに君の個性が強いからと言っても、不便極まる生活となってしまうだろう。」

「……うん、まあ。」

「君の教会の件も相まって、かなり長い間話題にされてしまうことが予想される。だから、まず君に関するカバーストーリーを世間に流し、君の身元が割れないよう、我々ヒーローや警察が対処する。どうだ?悪い話ではないだろう。」

「……その見返りとして、私におとなしくしてろって?それでも嫌に決まってんじゃん。どうせ何十年も少年院とかいう牢屋に入れるつもりだろ?」

「期間にもいろいろとある。君の罪状の場合、最短一年の刑期である罪なのだと、そういう見解だ。」

「え?いや何言ってんだよ。お前さっき事情聴取がどうって」

「『最短一年であると判断された』のだ。つまりはそういうことなのだ。」

「……」

 

ベストジーニストとしては、内心このような汚い大人の世界の話はしたくない。一応法律違反ではない話なのだが、彼が提案しているのはその法律の運用自体を捻じ曲げるようなものだったからだ。が、ここには彼女しかいない上、この程度で彼女を救える可能性があるのならば喜んでやる所存だった。

元の計画ならば、であるが。

 

「おいおい。ヒーローがそんなことを言うなんてがっかりだぜ。」

 

この得体のしれない男がいるせいで、計画通りに事が運ばない。もともとは、彼女以外の人々は避難の名目で全員退避させるつもりだったのだが、この男は何故だか引かせることができないでいた。そうさせる圧があったのだ。

 

「……ヒーローが汚い話をしたために、ヒーローという存在に失望させてしまったことは謝罪します。だがとある事情により、我々はその汚名を着てでも、彼女を助けなければならない。その覚悟でここにいるのです。」

「面白いねえ、被害者を買収だなんて。ヒーローの汚点を、ヒーローの権力と闇で覆い隠そうとしているわけだ。」

 

男は、ニンマリ笑いながらそう言った。トップヒーローとして鍛え上げられた精神力を持つジーニストをして、寒気を覚える物だった。

そして、その発言内容から、ジーニストは男に対する警戒を数段引き上げる。

 

(この男……知っているな。どこまでだ?)

 

最悪の手合いだと思った。表向きは『お前たちヒーローと公安が、佐倉杏子の家族を消したことを知っている』と断言していないが、ほぼ確実だと判断した。自分たちの弱みを知り、かつ自分たちに敵対して、彼女を勧誘している。おそらく男は(ヴィラン)の関係者で、なおかつヒーローを嫌っている。そしてトップヒーローを警戒させる嫌悪と恐怖を感じさせる威圧感。どこかの、それも相当大きな(ヴィラン)組織のボスなのでは、と彼は感じた。

そして、彼は後悔した。この男の前でペラペラとこちらの計画を話してしまったことを。これから面倒なことになると、彼は頭痛がする気がした。

 

男は再び佐倉杏子に語り掛ける。

 

「君に対してのメリットを並べ立ててはいるけれど、結局彼は核心の話をしていない。トップヒーローと呼ばれるベストジーニストでさえ、立場に縛られるんだぜ。ヒーローは本当に社会に迎合するのが上手いよなぁ。佐倉杏子、そう思うだろ?彼らは従順なんだ、(ヴィラン)のようにな。」

「……聞き捨てならない発言です。どういうことですか。」

「社会システムへの妄信具合にだよ。純粋な(ヴィラン)は、己の欲望に従うのが大好きで、それに従うことを何の疑問も抱かない。君たちヒーローは、社会を保ち人々を助けるのが大好きで、それを悪いことだと疑わない。そして、『助ける』の定義は常に法律だ。僕は仕事柄、ヒーローのことをよく観察するんだけれどね。どうも最近のヒーローは、人を助けるより、『人を助けた素晴らしい自分』になりたいんじゃないかって思えるぜ。実際にその『助けられた人』がどう思おうが、そんなのには全く興味がないのさ。」

「…………」

「さて、トップヒーローベストジーニスト。君は『社会を守る素晴らしい自分』になりたいんじゃないかな?自己の正当化と、社会を秩序を乱す人間を罵倒するために。」

「根拠のない非難はやめていただきたい。」

「おお、違うのかい?じゃあ何故、今まで、彼女に一言でもヒーローとしての謝罪が無いんだ?多少の命令違反と引き換えに、大きな責務を果たせるというのに。おっと。そうだそうだ、忘れていたよ。ヒーローは例え(ヴィラン)であっても、人を殺さない存在だったな。いやあ、これは失礼した。余りにも彼女への支援が厚いから、てっきりヒーローが彼女の家族でも殺してしまったのかと思ったよ。僕はなんて勘違いをしてしまったんだ。なあ?佐倉杏子。」

「…………」

 

男の目線を受け、佐倉杏子は、何か言おうかと逡巡していた。だがそうしている間に、ジーニストがまた話を始めた。

 

「そこまでにしていただこうか。もし何かヒーローの不正を知っているのならば、警察、もしくは私のヒーロー事務所まで連絡していただきたい。だが、これ以上ヒーローを悪しく言うならば、私としても相応の法律的手段を以て君に対処しなければならない。そして、私から彼女への話はまだ終わっていない。」

「なんだよ。まだあんのかよ。」

「もう少しで終わる、どうか耳を傾けて欲しい。少年院は確かに牢獄であると言えるが、少なくとも君が想像するような不自由な場所ではない。例えるならそう……学校やホテル、に近い。」

 

彼女が確保され、おとなしくしていた場合は、ヒーロー公安委員会が用意した特殊な施設に彼女を収容されることとなっていた。過去の件に関する謝罪の意味を含めて、彼女にはなかなかの『待遇』で迎え入れることとなっている。彼女の態度や状況、検査による個性の実態次第で、日中どのような行動をしてもらうのかを決めることになっているが、ベストジーニストとしては普通に中卒や高卒資格を得られるよう協力したいと考えていた。

 

「えー、なんだよそれ。お前らが人殺しのアタシの飯と金を保証してくれるってのかい?」

「その通り。我々が保証する。あまりにおかしな消費でもしない限りはな。」

「……いや、それでも、そこ出たらアタシ」

「高校、望むのなら大学の分の学費も負担しよう。つまり、就職ができるように支援する。それ以前に、君には……すまない、まだ名目は言えないが、君の態度次第では、相当多額な資金が支払われることとなる。さすがに一生それで暮らしていけるほどの額ではない……いや、人生設計次第ではそれで一生過ごしていけるかもしれないな。ただ私としては、どんな事情があろうとも、将来は労働することを推奨する。怠惰と娯楽のみの人生は、まったくもってつまらないだろうからな。君とて、一日中ゲームをして過ごすだけの人生を送りたいとは思わんだろう?ただこれは私の価値観であって、君に押し付けるつもりはない。」

「……いやおかしいだろ。どうせ将来稼げるようになったら返せとか」

「それもない。学費に関しては、いわゆる給付型奨学金、と俗に呼ばれるものだ。平たく言ってしまえば、『学費をあげる』だ。」

「………………???」

 

佐倉杏子は、不気味な男も怪しいが、このヒーローも怪しいと感じ始めていた。なぜ自分にここまでの好条件を出すのかと。

 

(……何が何でも、私を確保したい、ってことか?)

 

彼の話が真実ならば、このままおとなしく捕まるのも悪くない、と彼女は感じ始めていた。だが、それは彼の話が全て真実であるという仮定のもとだ。条件が良すぎたために、彼女はその裏に隠された逼迫した状況を感じ取っていた。

なんとなく、彼女の頭にキュウべぇのことが浮かぶ。嘘はつかないが、自分に都合の良いことだけしか言わず、重要な真実は話さない詐欺師だった。その人間の常識を持たない知的生命体は、魔法少女に『美味い話には裏がある』を骨の髄まで刻み込んだのだ。

 

(…………アタシには、どうやって騙そうとしているのか分からないけれど。最悪、「一年で出られるなんて言ってねえよ!正しくは百年で出られる、だ!」で一生牢屋の中、いや即刻死刑とかもあるかも。この約束を守るメリットが向こうに何にもねえよなあ。多分公安が権力かなんかで発言なんていくらでも揉み消せるんだろうし。それになんか焦ってるみたいだ。さすがにこんなあからさまな話に乗るほど、アタシはバカじゃねえ。……でもなぁ、今のままでも、アタシ状況は悪いんだよなあ。)

 

佐倉杏子は悩んだ。苦しい現状維持か、この怪しいヒーローに従うべきかどうか。そうしていると、もう一方の怪しい男が口を開く。

 

「おいおい。いくら何でも、話が旨すぎるぜ。」

「全て真実だ。余計なことは言わないでいただきたい。」

「君が言うことがあまりに荒唐無稽だったから、つい口出ししたくなってしまってね。」

 

そしてこの男はまた話し出す。態度が全体的にねっとりと演技がかっていて、本心で言っているとは到底思えないが無視もできないという雰囲気があった。

 

「一体、どうして彼女に対してだけ、そんな好条件を出すんだろうねえ。不幸な子供なんて他にも沢山いるだろうに。他のヒーローは、(ヴィラン)を捕縛したらはい、終わり。あとは警察の仕事だ、なのにねえ。僕はとても気になるぜ、ヒーロー。」

「……悪いが、身元も明らかではない人間には言えないほどには、個人情報が多分に含まれる話だ。先ほど渡した名刺、書かれていた施設と人物の名前は確かに実在のもののようだな。そしてあなたは、そこの施設長に相当する人物であるそうだ。だが、あなたは数年前から行方不明の扱いを受けている。施設の従業員から、警察に捜索願が出されているそうだ。しかもなぜか、『彼が行方不明だったことは表に出さずに捜索してほしい』だったそうだ。」

 

ベストジーニストは、男から名刺を渡されたときから、その情報を警察に送り、身元を全力で調べるよう依頼した。その名前は、実際実在するものだったので、ネットで調べればすぐ出てくるような表面的な情報はすぐにジーニストに渡された。しかし、行方不明になっているという話は、警察内部のDBにアクセスする必要があり入手するのに少し時間がかかってしまった。そのタイムラグのせいで、今回は話がかなり面倒なことになってしまっていた。

 

「驚いたね。この短時間でそこまで調べ上げるなんて。流石トップヒーロー、警察の『上』ともつながりがあるということなのかな?」

「何故行方不明の人間が、ここに突然現れ、彼女を施設に勧誘する?第三者の視点からして、信用できない人物に見えることはあなたもわかるでしょう?」

「なるほどね。しかし君たちは怪しくないのかい?ヒーロー。」

「腐っても公的機関だ。あなたほど怪しくないと思いますが。」

「『腐っても』だって!?ふ、ふははははは!!!」

 

男が腹を抱えて笑い出す。演技のようには見えない嗤い方だった。

ジーニストは、事情をもし全て知っているならば、確かにそういう反応をするかと、自分の迂闊さを少し呪った。

 

「実に面白い発言を聞けたよ。なるほど、多少なりとも組織の『腐敗』を知っているんだねえ、君は。でもねえ、君が考えているよりも、公安とかいう組織は、彼女にとって遥かに恐ろしく感じられてるはずだぜ。僕は確かに怪しいかもしれないけれど、児童養護施設を持っているのは本当だよ。調べた君なら分かるだろう?中の様子も、多少はネットに載ってるはずだぜ。」

 

施設の実在は確かに事実だった。ただ、この施設長の直感的に感じられる怪しさに関しては何も情報は無かったが。

 

「で、君たちのいう施設は、どういうところなんだい?」

「……」

 

ジーニストは言葉に詰まった。それは公安が秘密裏に用意してあるところで、表向きは通常のヒーロー訓練施設に偽装してある。その場所を教えることはできない。将来公安ヒーローとして活躍される強個性持ちのヒーローの卵が生活している場でもあり、彼らは公安の情報をある程度持っている。例えば過去には、公安直属のヒーロー、ホークスが育てられた場所なのだ。その者達への接触は、セキュリティ対策の観点から厳密に制限されている。そんな場所を教えれば、この男が何をしでかすか分からない。

 

「どうしたヒーロー。言えないのかい?どうやら相当大事な場所のようだね。そんなところへどうして彼女を連れて行くんだろうねえ。しかもたんまり金を出すなんて言って。そもそも、君たちが将来金を払うことを、今は口でしか言っていないじゃないか。なあ、佐倉杏子。ヒーローは、本当に将来金を払うと信じられるかい?」

「……まあ、確かにちょっとな。」

「な?当然だぜ!一体、君たちはどうやって彼女に信用してもらうつもりなんだい?」

 

信用してもらえないのはお前のせいだと内心毒づきつつ、ベストジーニストは努めて冷静に答える。この男がいなければもっと今後のことに踏み込めた話も出来たのだ。

 

「……契約書なら持っている。これだ。」

 

ジーニストは懐から一枚の紙を取り出す、が。

バシ!と。

 

彼女に手渡そうとした際に、隣の男にかすめ取られてしまった。

 

「おい、何をする!?それ以上妨害するようならば」

「なんだよこれ!はっはははは!」

 

ジーニストは怒りをにじませつつ男に詰め寄るが、発言の途中で、男がこらえきれないという風に笑いだす。明らかに嘲笑だった。それも、身なりはまともな社会人なのに、笑い方が意地悪なガキ大将に近いという風で、なんとも気味の悪いアンバランスさがある口元だった。

男は、杏子に契約書の一部分を指して見せつけた。

 

「おいここを見てみろよ!

 

『第6条(守秘義務)

1. 契約者佐倉杏子は、契約者ヒーロー公安委員会が別紙にて指定した事項(以下「指定事項」という)について、いかなる場合においても第三者に開示、漏洩または提供してはならない。

2. 契約者佐倉杏子は、指定事項について質問を受けた場合、契約者ヒーロー公安委員会が別途提供する説明方針をそのまま伝えるものとする。

3. 契約者佐倉杏子は、説明方針以外の内容を伝達することや、指定事項に関していかなる形でも事実を推測させるような発言または行動を行ってはならない。』

 

だってさあ!実にお役所らしい隙のない書き方だとは思わないかい?確かになかなかいい金額は載っているけれど、一体ここの部分は何なんだろうねえ?『別途提供する説明方針』って、一体どんなものだろう?メンツだけの問題でここまでやらせるものかな?こんな少女に対して!教えてくれよヒーロー!」

「あなたに話す理由はない。」

 

ジーニストは嫌悪をにじませつつそう言ったが、それとは別にこの男の前でこれを出すべきではなかったかと後悔した。ジーニストとしては、その守秘義務に関する話は、後で彼女にもわかるようにきちんとする予定だったのだ。『公安委員会は、過去の件を黙っているならば、この金額を与える事を君に約束している』と。彼としても、この件を表に出す、出さないの決定権は彼女が握るべきだと思っている。それによって金額を変えるべきではないと。しかし、あの会議の後に、公安の人間に色々と掛け合ってみても『彼女に公開しないよう働きかける』という意思は変えることができなかった。現代のヒーローとは結局は組織人。ジーニストとしては忸怩たる思いだが、それに従う他なかった。ベストジーニストには、佐倉杏子以外にも守るべきものがある。彼が下手に反発でもしてヒーロー免許をはく奪された場合のことを考えると、それによる別の負の影響も大きい。例えば彼のサイドキックは一時的にでも失業してしまう。彼自身、自身の名誉とは関係なく、自身がそういう存在であることを自覚していた。

 

男は一通り嗤い満足したのか、佐倉杏子に契約書を渡した。彼女は、男にさされた部分を注意深く読んでいるようだった。

 

「なあ、考えてくれよ。実態のある僕の施設と、実態は見せないのになぜか金は出すヒーローの施設。どっちに行きたい?」

 

男が、佐倉杏子の顔を覗き込む。ヒーローを罵倒できて、楽しくて仕方がないという風だった。

 

そして、肝心の佐倉杏子本人だが。

 

(……いや、どっちも行きたくねーよ。)

 

2人から逃げることしか頭になかった。

最初に話しかけてきた男の方は論外。理屈以前に、そもそも生理的に嫌だという思いがとても強かった。ヒーローの方も、一応法律に則っているようだが、条件が妙に良すぎて信じられなかった。先ほど契約書と呼ばれる紙を出したが、「別途提供する説明方針」に不穏なものを感じており、それ以前にそもそも彼女にはその契約書が本当に正しいものなのか、それにサインをしたらキチンと効力が出るのかなど分からないのだった。彼女は年齢だけ見ても中学生なので当然と言えるだろう。

ここで逃げ出さないと、この怪しい男の存在のことを伝えられないと、そのためにどうやって逃げようかを考えていると、佐倉杏子はある一つのことを自覚した。

 

(……アタシ、アイツらの元に帰る口実、探してねーか?)

 

別に伝えるだけならば、直接会わずとも方法はいくらでもあるだろう。しかし、彼女か思い浮かべていたイメージは、まどか、ほむら、さやか、マミの元へ帰ること。ずっとそのことが頭にあるのであった。

 

(……なんだよ。アタシってそんなに寂しがり屋だったのか?……今の生活、マミと別れてからの頃みたいに、一人でやっていけてるのにな。……うん。アタシ、やっぱりみんなと一緒に居たいって思ってる。認めなきゃなあ、これ。)

 

彼女たちとの時間は、佐倉杏子の心に確かに刻み込まれた記憶だ。前までは、この思い出があればこれからもやっていけると思っていた。しかし実際、杏子は彼女たちに会いたくて会いたくて仕方なくなってしまっていた。

思えば、別れてからというもの、ずっとこの調子だったのだ。食べ物を買う時でも、「あ、これさやかが好きなやつ。」「この紅茶、確かマミのお気に入りだったっけなあ」となってしまう。

佐倉杏子は、自分が孤独への耐性の面でも強くなろうと思っていた。しかし今、それは不可能であると、そしてそうはなりたくないと思っていた。友達への想いを裏切る人間になる方が、醜いように思われたのだ。

 

「うーん。まあ、アタシの回答はねえ。」

 

その声に、2人の顔がこちらに向く。佐倉杏子は腹をくくった。

 

「どっちもお断りさね!じゃあな!」

 

そして、彼女は魔法少女の力を全力で解放した。




・佐倉杏子
ヒーローサイドからも(ヴィラン)サイドも保護の誘いを受けるモテモテ()女になってしまった。

・某顔金玉

「ヒーローに親を殺されて悔しいよねえ?憎いよねえ?大丈夫、僕が来た!」

それはもうウッキウキで勧誘に来ている。弔の友人に良いのではと思ってる模様。

割と人の目があるところにしかいない彼女を補足するのは難しかったらしく、見つけ次第来たのであまり戦闘向きの個性の調整はできていない。怪しまれないために生命維持装置を外し、さらに今は原作約一年前なのでオールマイトとの戦いでの傷も癒え切れていないので、戦闘行為は避けるつもりのようだが……?

実際彼女に会ってみたところ、かなり自分が嫌われている(ソウルジェムの絶望感知機能を知らないので)上に、ヒーローに対する感情が想定していたより悪くなかったので勧誘に苦戦している。

ちなみに、ソウルジェムの感知機能は、本人にではなく、本人が奪った個性に反応している。
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