「……おいおっさん。なんでアンタがここに。」
「なぁに、君が逃げ出したのを見て、追いかけてきたんだ。」
杏子は、ミルコと戦っていた時と比べ、一気に警戒度を上げた。この男がミルコよりも強いという確証はないが、とにかく目の前の男は危険だとソウルジェム、それと彼女自身の第六感が教えてくるからだ。
また、ミルコは直感した。目の前の男は、ジーニストが言っていた非常に怪しい男だと。「兎」という個性から来る動物的第六感も、そしてヒーローとしての勘もそう告げていた。しかしなぜコイツがここに、と思った直後、彼女の無線機にベストジーニストから通信が入る。
『ミルコ!あの男が突然消えた!距離があるからそちらは大丈夫だとは思うが、一応警戒してくれ!私達もすぐそちらへ向かう!』
『お、おせえよ……』
『何?おい、声がおかしいぞ!どうしたミルコ!?』
『その男が今、ここに、いる。アタシはそいつに攻撃されて、動けない……』
『何!?わかった。全力で我々もそちらに』
そのとき、バキッ!という音と共に、通信機が破壊された。男の指先から生えた黒い槍によるものだった。
「煩わしい。僕は今、彼女と話しているんだ。邪魔をしないで欲しいねえ。」
そして、男は杏子に向き直り、鷹揚に手を広げながら話し出す。
「さて……さっきは断られちゃったけど、僕はまだ諦めないつもりだ。」
「答えは変わらないよ。お断りだ。今ので貸しを作ったつもりかもしれないけど、それでもさ。」
「ふむ……一体僕の何が気に入らないんだい?」
男は、本当に分からないという風で彼女に質問した。
「僕の元に来れば、君の嫌いなヒーローをたくさん殺せる。見ろよ。君の為に、殺さずにとっておいたんだぜ。」
男は、ミルコを指していった。が、杏子は全く嬉しいとは思わなかった。ヒーローは嫌いではあるが、この男の言う通りに殺したいほどではない。
「君の個性を伸ばす手伝いもしよう。衣食住は当然だぜ。それでも嫌なのかい?」
「ああ、嫌さね。アンタに世話してもらうほどアタシは弱くないから。」
「いやに口数が少ないねぇ。ふむ……」
佐倉杏子は、この男相手に余計な情報を与えたくないがために、口をなるべく閉じていた。なんとなく、この男は自分の弱みを一瞬で見抜いて、そこに付け入ってくるのではという予感があったのだ。ヒーローもそういう側面はあるが、この男はヒーロー以上に明確に彼女を害するためにそれを利用してくるだろう。精神的な弱みというものは馬鹿にできないということを、彼女は心象風景と表現できる魔女の結界での戦闘経験から知っている。
男は、しばらく顎に手を当て何か考えていた。その間に杏子は男から目を離さないようにしつつ後退し始めた。しかしやがて男が、何かを決めて口を開く。
「じゃあ、仕方がないねえ。」
その瞬間、男の様子が劇的に変わった。嫌悪感、威圧感、殺気。そういったものが突如として溢れ出す。常人なら恐怖で動けなくなってしまうであろうほどのものだ。
常人以上のメンタルを持つミルコでさえ、恐怖を感じた。そして同時に、確信した。この男は、なんとしてでも捕らえなければならないと。佐倉杏子よりも遥かに危険な
「親切は素直に受け取っておくべきだぜ。残念ながら、君のような子供が生きていけるほど、
「!!!」
男は、杏子に対し指先から再び黒い槍のようなものを伸ばした。杏子は寸前で回避する。
「……まったく。指先から一本しか出せないとは。やはりまだ体は癒えていないか。」
などと言いつつ、まるで投擲のようなスピードで連続して槍を杏子に向かい伸ばし、当たらなければ引っ込め、時折振り回し、再び伸ばして刺しにかかる男。もはや先ほどまでの非戦の意思は全く感じられない。
「本性を現したなおっさん!なーにが目的だ?」
「僕の友達に、君の個性のファンがいてねえ。連れてくるよう彼に頼まれたんだよ。まあ僕としては、それ以上に君と友達になりたかったんだけど、こうなってしまっては残念だねぇ。」
「はーん?どーせ生贄かなんかだろ?お前が代わりに死ね!」
「……おっとと。随分と容赦が無いね。どうして僕をそんなに嫌うんだい?」
「自分の心に聞いてみな!心当たりしかねーんじゃねえの?」
応酬しつつも戦いは続いた。男の方は、個性と思われる黒い槍のようなもので攻撃と防御をこなし、佐倉杏子は様子見のつもりか距離を取りつつ戦っていた。男は今のところそれほど機敏には動いていないが、時折妙にうまく避ける、または弾く場面があった。増強系と思われるほどに。
「盟神快槍!」
「まったく、お転婆が過ぎる娘だ。少しお仕置きが必要だね。」
佐倉杏子が、何処からともなく巨大な槍を出現させ、男に突撃させる。ミルコが戦っていた時に見せた攻撃とは桁違いの破壊力だった。10mに届こうかと言う巨大さ。それの先端が高速回転し、男に突き刺さる。が、男は腕をクロスさせて受け止めてしまっていた。ガガガガガ!というまるで金属をドリルで削っているかのような音が、男の腕から発生していた。
ミルコはそれを見て、いくつもの疑問が湧いた。例えば男の個性の謎だ。最初は、指先から出る黒い槍が個性なのかと思ったが、男の身体能力、硬度もおかしい。あの盟神快槍と言っていた技は、ミルコとしても真正面からは受けたくない攻撃だ。受け止めるのは、硬化系やバリア系の個性が無ければ無理だろう。先ほどの、突如として威圧感のようなものが出たのも、個性によるものでなければあり得ないレベルだった。ミルコは、これらが同時に実現可能な個性になど心当たりがない。だが、そうすると男は個性を複数持っていることになる。
そして疑問は、男に対してだけではない。
「まさかおめー……コイツを、殺す気か!?」
「見りゃ、分かんだろっ!」
「ダメだ、逃げろ!分かるだろ、危険すぎる!それはアタシらヒーローの役目だ!」
「怪我してるやつに、言われてもなっ!」
「驚いたねえ。ここまで歯向かってくるなんて。ますます欲しくなったよ。」
「言ってることが、キモいんだよっ!」
彼女は、ミルコと戦っていた時と打って変わって、男を殺しにかかっていたのだ。
杏子は、今度は鎖でつながれた多節の柄の部分を巨大化させ、男へ叩きつけるように振り回し攻撃していた。それが命中したコンクリートは、柄の部分がまるで鉄の塊であるかのように砕け散る。それをまるで鞭のように軽々と、半径約10mほどで振り回す佐倉杏子。対する男も、それらを紙一重で回避しつつ、さらには時々殴りつけて弾き、隙をみて黒い槍を伸ばして杏子を攻撃する。が、杏子もそれをひょいひょいと慣れたように避ける。互いに決定打が無い状況が続いていた。
男の来る前と比べ、戦闘は激化した。建物や人々への被害が大きくなり始めてしまった。主に佐倉杏子の攻撃によって。しかしこれを見ても、ミルコは佐倉杏子よりも男の方が危険だと感じていた。実損害の差という現実を飛び越えて第六感に訴えかけられる何かを、男は発していた。じっと見ていると、男の深淵に吸い込まれてしまうような感覚さえ覚える何かだ。この感覚が個性由来の可能性は高いが、それを加味しても男の得体の知れなさが異常だった。
そして、この恐ろしい男に対して、佐倉杏子は即座に殺害を決意し、今それを実行しようとしているのだ。ミルコは、この年でこれほど度胸のある人間を、自分以外では初めて目にした。
佐倉杏子は
「そうか……お前、そんなに心が強いから、ヒーローに助けを求めなくても今までやってこれたんだな。」
「はぁ、何!?」
「おめーのことを認めてやるってんだよ!ヒーロー向いてるぜ!待ってな、もうすぐ助けてやる!」
「そりゃどーも!ヒーローは嫌い!」
「良いぜ、生意気だ!」
ミルコは純粋に称賛するつもりで言った。そして、佐倉杏子は戦いの最中でも無視せずに、律儀にミルコへ返答する。嫌っているはずのヒーロー相手にだ。流石に戦いに集中しなければならないためか、非常に端的なものだったが、それでも無視ではないのだ。このようなところも、彼女が
ヒーローに向いているとミルコは言ったが、これは割と本心からの言葉だった。客観的に見れば、佐倉杏子は殺人犯であり、経歴的には非常に難しいだろう。だが、過去に公安のやらかした件が無ければ、佐倉杏子はヒーローを志せば十分やっていけると、何なら自分にすら届くと、ミルコは認めていた。それほどの才能と、個性の強さ、そして人当たりの良さというものを感じ取ったのだった。
そのミルコだが、感心してただ戦いを傍観していたわけではない。体に刺さった槍を抜こうと試行錯誤していたが、それが難航していた。
(クソッ、これ、中で妙に折れ曲がってる上に棘が生えてやがる!下手に抜くと内蔵ズタズタになって戦いどころじゃねえ!)
刺したときはほぼ直線状であったはずなのに、ミルコの体内にある槍には返しがついていた。そのままひき抜けば、刺された部位以外の場所が引き裂かれてしまう。ミルコは肉体派のヒーローらしく人体に関する知識はある。特に、個性由来の脚部に関しては、ミルコ以外に中々ない身体構造なので、なおさら知っておかなければならないものだった。その知識のお陰で、どう引き抜けば『マシ』になるかはわかる。ただし、かなり精密に抜かなければならないうえに、痛みでなかなか集中ができないでいた。
そうしている間にも、佐倉杏子は命を危険に晒して戦っていた。守るべき対象の為に何もできず、さらに自分を差し置いて戦っているというのは、好戦的な性格の彼女にとっては悔しい状況だった。早く加勢しなければ。と、ミルコは少しづつ焦っていた。
そして、焦りの理由がもう一つあった。
(あのおっさん、まだ何か隠してやがるな?余裕がありやがる。遊んでねえが全力でもねえ。)
男が、息を切らしている様子が無いのだ。得体の知れなさと相まって、今の男は様子見状態のようにミルコは思えた。だが仮にそうだとすると、この男の強さは自分でも勝てない程ではないか、という危機感をミルコは持っていた。今戦っている佐倉杏子でさえ、ミルコと拮抗して戦って見せたのだから。
(……オールマイトが組織的
ミルコが悪寒のような何かを感じ、男の方を確認する。彼女に向けて手をかざし、何かをしようとしていた。
「君の個性は鎖を使う、か。なら……『空気を押し出す』+『筋骨発条化』+『瞬発力×2』+『膂力増強』」
その瞬間、男がかざしていた掌から突然暴風のような何かが発生した。杏子は、鎖で壁を作って防御しようとしたが、それをすり抜けて彼女を襲った。
男がやったことは、人間空気砲と言えた。彼女の後ろにあるコンクリートや窓ガラスはことごとく砕けていた。杏子はこれに対しては、かなりあっさりと吹き飛ばされてしまう。建物をいくつか飛び越えて、別の建物の屋上の柵に激突してしまう。
「やはりこれならば、鎖では防御は無理か。いいことを知れたなあ。」
「……い、痛、ぐ……」
杏子はかなりダメージを喰らったらしく、頭から少し血が流れていた。
「効くと分かったなら、やらない手はないよねえ。」
「ゴハッ!ガフッ!」
男は当然のように、空気砲を杏子に向かって連打し始めた。
この空気砲は、佐倉杏子とは相性が悪い攻撃だった。彼女は防御には専ら「槍ではじく」や、「鎖の網を作り壁にする」といった手段を用いてきた。だが、それには必ず隙間ができてしまうという問題がある。空気砲はまさにその点を突いてくる攻撃だ。杏子自身もそれを認識し、回避しようと試みる。だが、空気砲は拡散性がかなり高い攻撃だ。攻撃の中心軸からずれても、ある程度は衝撃が来る。加え、今までの戦闘での疲労から、少しづつ動きが鈍くなり始めてしまった。
佐倉杏子の全身に擦り傷が目立ち始める。それに比例して、ヒーローミルコの感情も膨れ上がった。ヒーローにとって、守るべき対象が殺されようとしているのに、何もできないというのは何よりも許せないことだからだ。
「アタ、シの前で、何してんだああああ!!!」
「ん?そう言えば、君のことを忘れていたよ。」
ミルコは、体に刺さった黒い槍を無理やり引き抜いた。最低限重要な臓器は傷つけられないよう動いたが、かなりの出血を起こしていた。しかし、そんなものはお構いなしに、ミルコは一気に跳躍し、男に蹴りかかる。男は腕でガードするが、その床に罅が入り始めた。
「やるならアタシを先にやれよ!ガキを甚振って遊ぶなんて反吐が出る!」
「別に僕は子供好きってわけじゃないんだけどね。ああでも、何もできずに彼女が殺されたときの君の表情は見てみたいかなあ。」
「……!ふざけんな!てめえぜってえ許さないからな!!!ッッッッアアアアア!!!!!」
ミルコの再度の蹴りからは、ガキン!というおよそ生き物の蹴りとは到底思えない音が発せられた。個性の「兎」は、兎の脚力を得るのではなく、兎っぽいことが兎以上に出来る個性だ。ミルコのイメージする「兎」は、決して単なる動物ではない。蹴りという行為を、どこまでもどこまでも力強くできる、ミルコの憧れの形だった。
今、その個性を全力で解放したミルコの蹴りは、もはや蹴りを無茶苦茶に拡大解釈したような何かなのだ。
「ヒーローミルコを、なめんじゃねエエエエエエエ!!!」
反動も、脚の硬度も、すべての物理的な問題を無視して、ひたすらな全力が男に叩きこまれた。まず最初に、男が踏ん張っていた建物のコンクリートの床が砕けた。男がまた指先から黒い槍を出してミルコを突き刺そうとするが、途中で脚に当たったそれは砕け散った。ミルコが足を振りぬくと、男は弾丸のように地面に叩きつけられた。付近のコンクリートは割れ、窓ガラスは砕け散り、周囲にいた人々は悲鳴を上げ逃げ始めた。
「……ハァ、ハァ……流石に、これは効くだろ?」
ミルコは、脚を引きずりながら、男が叩きつけられた場所へ向かい確認する。土埃が上がっているのでよく確認できなかったが、ミルコには少なくとも骨を砕く感覚があった。ダメージは与えたはずだった。
「……よく見えねえ、どうなっ……!」
「流石はNo6ヒーロー。まさか腕の骨を折られるとは思わなかったよ。やはり手負いのヒーローとは恐ろしい。」
「……クソ……」
土埃の中から、あの黒い槍が飛んできて、再びミルコを刺してしまった。ミルコも油断していたわけではないが、まさかあの爆発のような蹴りを喰らって男が元気だとは思わず、不意打ちを喰らってしまった形だ。
「さて、おっと!」
何か嘲りでも言いだしそうな男だったが、突如として横に飛ぶ。次の瞬間、佐倉杏子が上空から槍を携えて落下してきた。
「ふーむ、その傷でも動けるのか。個性のなせる業か、それとも精神力によるものか。」
「……」
佐倉杏子は、静かに男を睨むだけで何も言わない。
「しかし……明らかに鈍くなっているねえ。まだ僕と戦うつもりなのかい?」
「あたりめーだろ。」
「……だ、ダメだ、逃げろ、おい!」
「ヤダね。アタシの傷は、アタシのせいだから。アンタはアタシのことなんかほっといて、逃げるかこいつを殺すことだけ考えてろよ。」
ミルコの制止を無視し、佐倉杏子は再び男に槍を向ける。一応佐倉杏子なりにミルコを気遣った発言ではあった。杏子は、戦うミルコを見て、ひとまず男を殺すまでの共闘状態の相手だとは認識していた。しかしミルコは、まだ自分に彼女が救えていないことを感じた。
(……やっぱり、アタシの蹴りが心に届いてねえ!さっきのが中断されてなきゃ何とかなってたかもしんねえのに……クソッ。)
ヒーロー嫌いの杏子にしては、これでも好感度はかなり高い部類なのだが、ミルコの満足できるようなものではなかった。
そして佐倉杏子はミルコを一瞥したのち、男に一気に突っ込んだ。まったく迷いなく。
「おや、僕にはそれは悪手じゃないのかい?」
男は硬質な腕で槍を防ぎ、もう一方の手のひらを佐倉杏子にかざす。
「『空気を押し出す』+『筋骨」
「もらったァ!」
その声は、男がまったく気にしていなかった頭上から発せられた。
「……え、は!?」
佐倉杏子と瓜二つの何かが、男の首筋に槍を突き立てていた
◇
ミルコが男に攻撃している間、佐倉杏子は次の手を考えていた。
「……あのヒーローでも、しばらくしたらやられちまうだろ。クソ……」
ミルコの攻撃により作られた隙で、彼女は自身の身体を確かめる。
「……よし、ソウルジェムはちょっと濁ってたけど、これで何とかなるな。でも傷は……」
杏子はソウルジェムの穢れを、持っていたグリーフストーンで浄化した。しかし、傷は消えない。美樹さやかのように、彼女は回復に優れているわけではない。何度も空気砲を受けたせいで、あばらは何本も逝っている。魔法少女の力で痛覚を抑えているのでまだ戦えるが、無視できるものではない。
「……まあ仕方ないや。とにかくあの男をどうするか考えねーと。あの……空気砲?みたいなヤツ、アタシにはかなり不利だ。じっくり戦えねえ。なんか一発逆転……出来たら苦労はねえよなあ。」
あの魔法もダメ、この魔法もダメ、と佐倉杏子は、今までの戦闘で用いてきた戦法をいろいろと頭に思い浮かべてみるが、どれもいまいちピンと来ない。
「アイツが何ができて何ができないのかがよく分かんねえ以上……やっぱり火力で押し切るしかねえよなあ。でもそうなると、槍で突撃して突き刺すのが一番強いんだよねぇ、結局……。」
ふと、ミルコの言葉が彼女の頭に浮かんだ。
「『逃げろ』かぁ。まあ、今なら逃げられるんだろうけど……」
何やらドカンと言う音がしたのをしり目に、杏子は逃げるべきかと考える。
だが、過去にそうして『見逃し』という行為をして、どうなったかを思い出した。例えば魔女の使い魔。それは成長して魔女となり、人々に絶望を振りまくものへと成長する。佐倉杏子にとって、魔法少女にとって『逃げる』とはすなわちそれによる被害を許容することとイコールだった。
「……いや、ダメだ。アイツはここで殺しておかないと。アタシを狙ってるんだから、いつかまた殺しに来るだろうしな。……それに、どうせ裏で沢山殺してるだろ、あの様子だと。……もし、アイツがアタシの過去を調べ上げて……もし魔法少女のマミとかを襲ったら……!」
それを考えた瞬間、ソウルジェムがほんの少しだが濁った。
「マミでも……返り討ちに出来るかかなり微妙だよな……。ほむらの時間停止が欲しいぜ。あとさやかとまどかがいれば完璧……いや、ここにいないあいつらのことを考えても仕方ないけどよ……。」
杏子含む魔法少女5人が集まっていれば、あの男の撃破は十分可能に思えた。特にほむらの時間停止があれば相当有利に事が運ぶだろう。
「……でも、もう、会えないよな……アイツ強いもん。今まで好き勝手してきたからって、あんなのに殺されるのがアタシの最期かよ……」
ミルコが蹴りであの男に対抗しているようだが、男の方はあまり狼狽えているようには見えない。ミルコがあの男を殺すことも期待できないだろう。佐倉杏子は、ここで殺されるか、そうでなくてもあの男がいつか自分を殺すのが確実であるだろうと確信してしまった。しかも、ただ殺されるだけではない。先ほどの男の発言からして、彼女を何らかの人体実験にでも使いそうな雰囲気があるのだ。
「そうしたら、アイツは次に、マミや、ほむら、さやか、まどかを……アタシが、ここで殺せなかったせいで……!何が魔法少女だよ……!何でもいいから、アイツを殺す力が欲しいよ……!」
佐倉杏子は、昔を思い出す。魔法少女になりたての頃は、巴マミに色々と教わりながら魔女退治をしていたのだ。そして憧れだった、正義感の強いマミの真似をして、人救けの真似事をしたりした。杏子はマミ程正義感が強いわけではなかったが、彼女と一緒の時間は充実したものであった。人助けも、そう悪い気のしない行いだった。
輝かしい思い出になっていた時代だった。そして、佐倉杏子はその時、マミから様々な魔法を教えてもらったり、一緒に魔法を開発していたことを思い出す。
「昔のことばっか考えてる、アタシ。走馬灯ってやつなのかな……。……ロッソ・ファンタズマ、か。相変わらずマミらしい気取った名前だよなぁ……え?」
佐倉杏子がふと前を見ると、そこには約15歳の少女の顔があった。そして、とても見覚えのある顔だった。
「え、あえ?……わ、私!?まさか、幻惑魔法が!?」
杏子は、分身と鏡合わせのように手を合わせ、夢中で見つめ合った。戸惑ったのは少しの間で、次第にこの感覚を思い出していった。
佐倉杏子は、ロッソ・ファンタズマを再び手にしたのだ。巴マミと一緒に開発した、彼女の幻惑魔法を生かした技だ。
「……出せるのは一体だけ、か。なんだよ、ピンチの時に限ってできるようになるって。」
彼女が今まで幻惑魔法を使えなくなった理由は、父親が自分の魔法のせいで死亡したと考えたために、幻惑魔法を心の潜在的な部分から否定してしまったためだ。しかし今彼女は、あの男を殺せる力が欲しいと願った。どんな力でも。その結果、自身の幻惑魔法に対する嫌悪は『友達のためならどうでもいいこと』となり、それを縛る理由は完全に消え去ったのだ。
「……でも。やるしかねえよなあ、力があるんなら!」
そうして、彼女は力を振り絞り、あの男に立ち向かった。
◇
「ググ……ええい、煩わしい!」
しかし、男は死ななかった。もともと目の前の佐倉杏子に向けていた手を上に向け、空気砲を放つ。分身の佐倉杏子は、光となって消えた。
その隙に、目の前の佐倉杏子も距離を取った。空気砲を撃たれても回避が間に合う程度には。
しかし、佐倉杏子の目は悔しげで、焦っていた。
「……これでも死なねえのか。クソッ!」
「ゴホッ……危なかったよ。『ガッツ持ち』での保険も無くなってしまった。」
血を吐きながらも、男は特に動揺することもなくそう言った。
ミルコは、男の発言内容に、そして佐倉杏子にも強い違和感を持っていた。『ガッツ持ち』とは、明らかに個性のような名前だった。おそらく致命傷を一回だけ無効化するといったものだろう。しかしそうだとすると、男は「沢山のことができる個性を持っている」のではなく、「個性を複数持っている」ことになってしまう。佐倉杏子もおかしい。先ほどの攻撃は、明らかに分身だった。こちらも、まるで個性を複数持っているかのようだ。
(……個性の複数持ち?いや、ごくたまにそう言う事例があるって聞いたことはあるけどよ、3つ以上なんて聞いたことがねえ。一体……ん?)
ミルコは、男の様子に違和感を持った。そして、何をしようとしているかを悟り、杏子に警告する。
「おい後ろだ!」
「ここだぁ!」
男が、建物の裏から杏子に気付かれないように裏側から黒い槍を回り込ませていたのだ。男の口元が厭らしく笑う。ミルコは反射的に警告するが、遅かった。
「!痛ってえ……」
「……やるじゃないか。貫くつもりだったんだけどねえ。」
確かに黒い槍は杏子を刺したが、男の想定していたよりは刺さりが浅かったようだ。実のところ、ミルコの警告のお陰で、杏子は貫通を阻止できた。反射的に前へ跳ぶことで傷を浅くしたのだ。お返しと言わんばかりに槍を男へ投擲しながら。
男はそれをはじきつつ、また口を開く。
「なかなか手ごわかったけれど、この調子なら勝てそうだ。いやあ、怪我を押してきたものだから、収穫はありそうでよかったよ。」
「おい、大丈夫かお前!?」
「……屁でもねえ、こんなも、ゲホッ!ゲホッ!」
「さて、その強気な態度はいつまで続くかとても興味があるよ。君みたいな若い娘と戦うのはとても久しぶりでね。勝手がわからないもんだから、勢いあまって殺してしまったら済まないねえ。」
「……クソ。」
佐倉杏子は血を吐く。今の攻撃により、重要な臓器がかなり傷ついたのではと思った。魔法少女だからまだ耐えられているが、一刻も早く治療した方が良い傷なのは確かだ。このままでは先に倒れるのは彼女。佐倉杏子の顔は、痛みに耐えつつも焦りに歪んでいた。
「さて、次は」
「赫灼熱拳・ジェットバーン!!!」
だが、突如として男を炎拳が襲った。その威力に、たまらず男は床に叩きつけられる。防御のために一枚かませた黒い槍も叩き折られた。
「遅えよエンデヴァー!」
「すまん!」
妨害を振り切ったエンデヴァーが、男に殴りかかったのだ。彼の十八番である「赫灼熱拳・ジェットバーン」の威力は、No2の威厳を伴う威力だ。一時的に彼の拳に蓄積された熱が一気に放出され、ロケットのジェット噴射を浴びせかけるような威力を生み出す。男の下のコンクリートは少しづつ溶けていた。
「この黒い槍……やはり妨害は貴様の仕業か、ムッ!」
男は、顔を熱せられ続けているにもかかわらず、槍でエンデヴァーを追い払い、距離を取らせた。
「おい、今の避けながら攻撃できんだろ、お前なら!」
「個性が分からん以上迂闊に攻撃できん。この黒い槍が、途中で形を変えるのを見た。万が一体内で刺さった場合を考えろ!」
「……まあな。現在進行形でそれで困ってるよ。刺さってる槍が、体ン中で返しになっていて中々取れねえんだ。」
「私が手伝おう。」
さらに新しい声が加わった。ベストジーニストの声だ。後ろにはイレイザーヘッドもいる。最初に会った方の男が消えた直後に急いで車に乗り、今追いついたのだ。イレイザーは男を視認するや否や、個性を発動させた。その瞬間、男から威圧感のようなものが消える。ミルコは、やはりこの感覚は個性によるものだったのかと納得した。
「救けが遅れてすまない。……ひどい傷だ。ミルコ、安静にしていろ。今から繊維で内臓を支えつつその槍を抜き取る。救急車がすぐに来る、それまで耐えてくれ。」
「……悪ィ、助かる。あと、アタシはまだ動けるっての。」
ベストジーニストがミルコの元へ駆け寄り、槍を抜き取るための処置を始めた。ジーニストは、彼女のタフさに少し呆れた。
その間に、イレイザーは男に相対する。当然「抹消」の個性は常時発動状態だ。
「さて、貴様。個性の無断使用に加え殺人未遂の現行犯だ。大人しくしてもらおうか。再び抵抗するならば、このエンデヴァーが相手となるが?」
「エンデヴァー……油断するなよ?マジで。コイツ、まるで複数の個性があるみてぇだった。身体能力も硬さも尋常じゃねえ。空気砲みたいなのも撃ってきやがる。」
「複数個性?ふむ、前例がないわけではないが……まあいい。どのみち油断するつもりは微塵もない。」
彼は自信ありげにそう言うが、ミルコが警告する。エンデヴァーも内心、この男が異常なことを感じ取っていた。先ほど、イレイザーが見た瞬間に男から威圧感が消えたあたりから怪しんでいた。威圧感も、黒い槍もおそらく個性だからだ。
客観的に見れば、この男は大ピンチだろう。油断のないヒーローが4人。男の戦闘能力は、見る限りオールマイトほどではないようだ。もはや万事休すのはず。しかし、男からは全く焦りを感じられなかった。
「はぁ……やれやれ。まったくとんだ無駄骨だったよ。弔の言葉を借りれば、そうだな……『あ~あ。ゲームオーバーだ。』かな。仕方ない。今日は帰ろうか。」
「貴様が帰る場所は自宅ではなく留置所だ。そのトムラとかいう者の話もそこで聞かせてもらおうか。」
そう男が言った瞬間、イレイザーは首に巻いてあった捕縛布で男を拘束した。エンデヴァーは手に炎をため、いつでも発射できるように構える。逃げ場などどこにもないはずなのに、男に全く焦りが見られないことから、なにか罠でもあるのではとエンデヴァーは周囲を警戒していた。
実際、男は事前に仕掛けを用意していた。しかしそれは、エンデヴァーにはどうしようもないものだった。
突然、男の後ろに、黒い靄のようなものが広がる。
「!イレイザー、個性を!」
「見ています!でも消えない!」
「クソ……つまり協力者か!」
イレイザーの個性は、個性の発動を封じる。だが、個性の生成物は消せない。イレイザーがずっと男を見ていたにもかかわらず黒い靄が消せないということは、この男以外の誰かがこの靄を生成しているということだ。おそらく男を助けるために。
その黒い靄は、徐々に男を包んでいく。慌てるヒーローをみて、男はさらに厭らしく嗤いながら口を開く。
「それにしても、ヒーローがここまで情けない存在だったなんてねえ。ヒーローが正義だからって、
「ふざけるな!待て!」
「君たちに佐倉杏子は救えないよ。じゃあね、正義が大好きなヒーロー。」
エンデヴァーは炎を噴射して攻撃するが、それより一歩速く靄が男を包み切った。その後、靄が急激に小さくなってゆく。エンデヴァーは走って捕まえようとするが、届かなかった。捕縛布も、靄が小さくなったところでブチッ!という音とともに、靄の中から切断されてしまった。
周囲を嫌な沈黙が包む。悔しさと、一部は罪悪感も伴う沈黙だった。
最初にエンデヴァーが口を開く。
「ハァ……奴のことを知っている者はいるか?」
この問いには誰も肯定を返さなかった。
「……まあ、知っているのならばとうに有名となっていただろうからな。俺の方でも、奴の情報には気を付けておく。」
「そうですね。一目見て危険だと思い知らされる何かを持っていた、と表現するべきでしょうか。あれほど異常な
「……なあ、こいつは?」
応急処置を終え、立ち上がったミルコが指さす。その先には、満身創痍の佐倉杏子がいた。ボロボロの身体でも何とかこの場から去ろうとしているが、もう先ほどまでのスピードは出せない。
「……まさか、彼女はあの男相手にしばらく戦って、こうなったのか?ミルコ。」
「そうだ。すまねえ、私がやられちまったばっかりに……」
「……本当に、佐倉杏子、君は強いのだな。そこまで、強くならなければならなかったとは。」
「…………」
ベストジーニストは、驚きと悲しみを持ってそう言った。驚きは、あの恐ろしい威圧感を放つ男へ立ち向かいある程度でも戦ったのであろうという称賛。悲しみは、ここまで彼女が強くならざるを得なかったという現実。想像ではあるが、相当な
ジーニストは、罪悪感でボロボロの彼女から目を背けそうになるが、そんなことは許されないと彼女と目を合わせつつ、手を差し伸べた。
「本当に救けが遅れて済まなかった。今すぐ治療を」
「いらない。」
しかし、佐倉杏子はその手から逃げてしまう。
「……その傷、洒落にならない。放っておけば命に関わるだろう。」
「自分で何とかする。今までもそうやってきたんだし。」
「後遺症という可能性がある。個性で治せるのかもしれないが、だとしても一度精密検査を」
「いらない!」
佐倉杏子は突然感情を増大させ、ヒーロー達に槍を向ける。
「アタシには……アタシには行くところがあるんだ!」
佐倉杏子の目には、ヒーローへの嫌悪ではなく、使命が宿っていた。顔まで血で赤く染まり、しかしその風体はさらに力強くなっていた。肉体的な限界が近いことは、その一つ一つが大仰な呼吸が物語っていたが、それでも槍を握る手は全く震えることなく握られていた。
絶対に、
彼女はこれまで、自身のことを全くヒーローに開示してこなかった。信用が無い証拠だと、彼は感じた。ヒーローの心を持つ者達にとって、これほど悔しい状況はほぼ無い。彼らは、困っている他人の為に何かをしてあげたくて仕方がない人種だ。目の前の佐倉杏子は、明らかに何かに困っていて、そしてそれを隠している。だから、救けるためにどう手を出せばいいのか分からない。自分たちに解決できるとも思われていない。彼らは、ひたすらに無力感を募らせるしかなかった。
「……そんな体でどこへ、どこへ行くんだ、君は?何処へ行かねばならないというのだ!?」
ベストジーニストは、不躾だと分かっていても思わず聞いてしまった。「どうやって君を救ければいいのか教えてくれ!」という情けない言葉の代わりだった。
「どこだろうな……もしかしたら天国かもしれないし、地獄かもな。でも、アンタらを連れていけないのは確かだぜ。」
「おい……まさか死ぬ気か!?」
イレイザーが怒りと驚き、そして悲しみを持ってそう言った。天国、地獄という言葉から連想したのだ。他のヒーロー達も、まさかと納得した。杏子としては、友達といるところは天国で、でも自分と一緒に戦ってくれるだろうから地獄、という意味だった。ヒーロー達にはその意味は知る由もないことだった。
「……すまないが、そんな状態の君を放っておくことはできない。前途ある若者の自殺する意志を尊重するほどに、我々は個人主義者ではないのでね。すなわち、とある偉大なヒーローの言葉を借りれば、余計なおせっかいだ。」
ベストジーニストが繊維を操り拘束する。前回と違い、完全にではないもののある程度動かせた。
どうやって前回は防いでいたのかを疑問に思いつつも、彼女の「うっ……」という苦し気なうめき声に罪悪感が刺激される。彼女は抵抗するせいで、血も余計ににじみ出る。
「……本当に頼む。大人しくしていてくれ。もうこれ以上、君に傷ついてほしくないのだ。」
「イヤだって!」
「むっ!?」
彼の説得にも彼女は応えず、槍を操って振り回す。また血が飛び散った。
「……イレイザー。」
「分かりました。仕方ありません。」
イレイザーは、個性の「抹消」を発動させる。この時までは、彼女が個性により持ちこたえている可能性を考えて、迂闊には彼女に対し発動しなかった。個性の発動を阻害した途端、生命維持ができなくなるという可能性があるからだ。
「?なんだこれ……クソ、ま、まだ、アタシは……!」
「!?な、なぜ動かせる!?」
しかし、佐倉杏子はそれでも抗い続けた。「抹消」を受けても、槍が動いて、イレイザーに襲い掛かったのだ。幸い、ヒーローとして鍛え上げられているイレイザーの身体能力で回避はできたが、抹消を受けても槍を動かせたという事実は彼をひどく混乱させた。
「……色々と気になりますが、確保が先です。今の状態では治療もままならない。ミッドナイトさんを呼びますか?」
「それには及ばん。もう眠れ、小娘。」
「ガハッ!……」
後ろに回り込んだエンデヴァーが、彼女の後頭部をうまく打ち気絶させた。それとともに、彼女の服が元の私服姿に戻る。個性なのか、光の粒子を霧散させて。
血まみれで倒れる彼女からは、まったく剣呑さが感じられず、ただの哀れな少女にしか見えなかった。どう見ても救わなければいけない子供なのに、本当に彼女を病院へ連れて行くのが最善なのか、ヒーロー達は疑問に感じてしまう。
「おいエンデヴァー!怪我人相手にやめろよ!」
「無駄に暴れられて余計に怪我をさせる方がまずいだろう?」
「そうだけどよ……」
「……ハァ。さっさと撤収するぞ。」
もともと公安委員会からは、なるべく速やかに、目撃者を最小限にして本作戦を終わらせよという指令だったので、これ以上は余計なことをせず、彼女を病院へ救急搬送することとなる。
こうして、ヒーロー達の佐倉杏子確保作戦は終了した。
結果を見れば、作戦は成功なのだろう。しかし、謎の危険な男の襲撃、見せつけられた彼女の心と体の強さ、そして自分達の想い、行動がほとんど彼女に響いていなかったという現実。勝利の余韻は無かった。
というわけで、三つ巴バトルはヒーローの勝ちです。さすがにこれだけ集められるとねえ。
・某顔金玉
完全に損だけして終わってる。
ちなみに「なんで僕ここまで嫌われてるんだろうなぁ……」とずっと疑問に思いながら戦っていた。
ジーニストと喋っていた方は、劣化トゥワイスみたいな複製を想定している。
・エンデヴァーへの妨害
何の個性か特に決めてないけど、まあなんかそういう個性持ってるでしょ(適当)
・抹消
色々考えましたが、魔法少女には「半分くらい効く」的な効果としました。私が考えている設定的に完全に効くのはあり得ないんですが、かといって無効も違和感あるので……
・佐倉杏子
思い出パワー!でロッソ・ファンタズマ解禁。だがしばらく使用機会はないだろう。
某顔金玉らしき人物が表に出たことは、当然No1のあの人にも伝えられます。でも顔金玉もしばらくはまた隠れるので、その点あんまり原作と変化が出ることは想定していません。