個性『魔法少女』   作:Assassss

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高評価、感想、誤字報告いつもありがとうございます。

一区切りです。


アタシ、みんなの為にいい子になるよ。

公安が有する専属ヒーロー用の訓練兼宿泊施設は、最近急遽改装がなされた。ある少女を迎え入れるために。もともとは無骨で、「税金で運営しているのだからこちらが指示したこと以外やるな」という意思がありありと伝わってくる無駄のない施設に、その意図をとりあえず感じない程度には内装が凝った部屋が用意された。なお、この部屋は元々ほとんど変えない予定だったが、とある人物が「子供をヒーロー訓練用施設に住まわせる気か?」というクレームを発し、急遽作りかえられたのだ。ただ、中には監視カメラが付けられており、何処までもお客様扱いとは言えないが、それでも入れられる人物の経歴を鑑みると破格の環境と言えた。

 

そして、迎え入れられた当人である佐倉杏子は、その部屋の中で。

 

「……さて、次の問題です。『I am going to school today.』を過去形にして、『私は昨日学校に行った』に直すと、どうなりますか?」

「………………『I was going to school today.』……じゃねえの?」

「おお、amの過去形がwasであることは覚えていたのですね。素晴らしい!しかし、残念ながら不正解です。」

「えーーー…………いや、知らねーーー。」

「『I was going to school.』では、『行かなかった』ではなく、『行くつもりだった』というニュアンスになります。こういう時はgoの過去形であるwentを使うのです。昨日の授業で出しましたよ?」

「……そ、そう……」

「ちなみに、『today』も直さなければなりません。何に直すか分かりますか?」

「………うがあああーーー!!!知らねえーーーーー!!!」

「あ、もうほら、あとちょっとで終わりですから。もう今日お菓子沢山あげたじゃないですか!これ以上食べると虫歯になっちゃうんですってば!杏子ちゃんに力で抵抗されると私引っぺがせないんですよぉ!」

 

勉学にもがき苦しんでいた。机に突っ伏してしまった彼女を、雇われの家庭教師は何とか起こそうと四苦八苦していた。

 

 

佐倉杏子を落ち着かせるまでには様々な苦労があった。

 

まず彼女は、対処に当たっていたヒーローや医療関係者の想定よりも遥かに早く眠りから覚めた。公安御用達の秘匿性の高い医療施設に運ばれ、レントゲン検査や血液検査などを終え、さあ輸血しつつ手術をというところで、彼女は眼を覚ましたのだ。

 

「……ん、ううん……」

「……ん?あれ、なんか眼が開いてません?」

「うーん?…………はっ!行かなきゃ!」

「ちょ、ちょっと待って君!そんな体で動いちゃダメだ!というかなんで動けるんだい!?」

 

一見した限り彼女は傷だらけで、とても目を覚ますとは思えなかった。なので彼女の覚醒は、処置に当たっていた者達の度肝を抜いた。

 

彼女はバッと起き上がり、周囲の人間の制止を振り切って一目散に駆け出す。だが、彼女の走りは通路の途中で止まった。

 

「っつ!?これは……」

「本当にもう起きたのか……本当にお転婆な娘だ。」

「個性の発動を封じた。大人しくしていろ。そんな傷だらけの状態で何か行動を起こそうなんて合理的じゃないぞ。」

 

念のために待機していたイレイザーとベストジーニストが、騒動の知らせを受け急遽駆け付けたのだ。

 

「……賢い君なら、ここで争い合うのは無益だと分かるだろう?」

「…………クソ。」

 

少しだけ冷めた彼女の頭は、冷静に「この状況で戦っても勝てない」という答えを出した。そう考え力を抜いた直後、一瞬興奮状態になっていたために忘れていた痛みが全身を襲いだす。

 

「……あ、イテテ」

「!す、すまない。君が重大な怪我人だということを忘れてしまいつい力加減を誤った。ともかく、分かってくれたようで何よりだ。」

「…………ハァ。で、アタシをどうするつもりなのさ?」

「もちろん治療のためにこれから手術室行きだ。というか、レントゲンを見る限り骨が何か所も折れていると聞いた。お前はもう動かなくていい。俺たちが運ぶ。今お前が動けてるのが物凄く不思議な程度にはひどい怪我だぞ。自覚が無いのか?」

 

イレイザーは彼女を抱え運びながらそう訊く。彼女はムスッと不機嫌そうな顔をしつつも、受け答えには問題無いようだった。

 

「いや……アタシ医者じゃないし知らねーよ。しばらくすれば治るんじゃねーの?」

「……経験談かね?」

「……まぁ……」

 

ジーニストは、彼女がロクに医者に診てもらえずに今まで戦ってきたのであろうことを察し、再び罪悪感と悲しみを覚える。がしかし、今は彼女の治療が優先であると、手元の通信機器で操作しつつ「佐倉杏子を確保した。受け答えに問題なし。」と言った旨のメッセージをここの施設に送信した。

 

「……安心したまえ。ここには国内最高峰ともいえる医療設備、そして医療スタッフがいる。君の傷は後遺症を残さず治して見せよう。」

「……そりゃどうも。」

「そして手術後は、一度君の個性を含めた精密検査を実施し詳しく調査を」

「今アタシの個性を調べるって言ったか!?」

 

ジーニストの話の途中で、佐倉杏子は突然怒ったような反応をした。そしてイレイザーの腕を無理やり振り払い、距離を取ってしまう。

 

「あ、ああそう言った。突然どうしたのかね?動くと傷が悪化する、だから大人しく」

「ふざけんな!人の身体を勝手にいじくりまわそうなんて御免だぞ!」

 

ジーニストは、なぜ突然彼女がここまで激昂するのか分からなかった。彼はひとまず、何か誤解があるのではと、誠実に説明して納得してもらおうと試みる。

 

「ま、待ちたまえ。君の身体をどうにかしようというわけではない。やることは個性の検査だ。」

「お断りだっつーの!」

 

佐倉杏子は槍を再び生成しようとしたが、イレイザーに封じられてしまう。彼も、なぜここまで検査を嫌がるのかを不思議がった。

 

「……話をどうか聞いてほしい。君の個性を検査するのは、何も君の力を全て丸裸にして次に戦う時に備えるとか、そういう意図で行うわけではない。君は一斉個性カウンセリングを受けていないのだったね?こちらの調べでは、その記録は無かった。個性とは、君が考えるより遥かに危険なものなのだ。個性が発現した当初、制御が上手くいかずに、ふとした拍子に人を殺めてしまった。そんな事例も少なくない程にな。だから、君の個性がどういう仕組みなのかを調べる必要がある。」

「いらねーよ!大体、今までずっと個性使って戦って来たってのに、今更それが安全かどうか考えるなんてバカらしいったらありゃしねえ!」

「……それでもだ。戦いとは関係ない部分で、重篤な副作用がある場合も考えられる。確かに、君は個性の扱いに非常に習熟しているのだろう。しかし、」

「何言っても無駄だよ!」

 

杏子は、イレイザーに封じられつつも気合で生成した一本の槍を手にし、二人に向けてしまう。

 

「……俺の個性がこんな形で抵抗されるなんて初めてだ。本当に、お前の個性は何なんだ?」

「教えねーよ。いいか、これ以上アタシの過去とか個性の話を調べるってんなら、分が悪くてもアタシは暴れるぜ!」

 

そのまま、双方はしばらくにらみ合った。ヒーローの二人は、彼女の意思が固いことを悟ると、諦めと共にため息を一つついた。

 

(……やはり彼女は何かしら抱えていて、それを我々に話せるほどの信用は無いということか。そう簡単には信頼してもらえないだろうと予想していたが、こうハッキリと意思表示をされると、己の無力を痛感させられる。ひとまず、彼女がおとなしくしているという状況は維持しなければならないか。)

 

「……わかった。個性に関する検査はしない。君の過去の話も、ひとまず今日はやめておこう。ただ、せめて個性に関係ない範囲の医療行為は受けて欲しい。……それでいいかね?」

「…………わかったよ。」

 

彼女は渋々という風で認め、その言葉通りに彼女はおとなしく通常の治療を受けた。

ちなみに、治療した医者曰く、レントゲンや血液検査では、内臓破裂や骨折が複数あることは確実であるにも関わらず、ジーニストとイレイザーに連れられたときにはそれらがある程度治っていたとのことだ。

結局この日は、応急処置に当たる医療行為だけ行われた。その後、用意された部屋に彼女は案内され、それ以上何かするでもなく、彼女はそこで泥のように眠ってしまった。

 

 

「……それで、君がこれまでどうしていたか、そして君の個性についても話す気は無いと?」

「何度も言わせんなよ。話す気ないって。」

 

翌日、ジーニストは再び彼女の元を訪れた。机を挟み、2人は相対している。一見通常の会議室のような場所だが、隠しカメラが複数設置され、さらにこの施設に常駐する警備担当のヒーローが控えている。ただ、彼女に対して有効なほどの実力を持っているかは少々疑問ではある。

 

そして、ジーニストは彼女から少しでも情報を得られないかと交渉していた。元をたどれば、彼女をこうしてしまったきっかけは自分たちの側にあると感じていたためにあまり強くは出られない。しかし、彼女の今後の扱いを決めるためにも、どのような経歴なのかは知らなければならないのだった。

そして公安からの要請でもある。ひとまず彼女を確保できたのでほっとしているようだが、彼女の過去の件が漏れていることを恐れ、可能な限り情報を聞き出すように言われているのだ。ジーニストは、「もともとの責任はそちらだろう。公安委員会の諸君が頼むのが筋では?」と言いたくなったが、彼らはジーニストよりさらに彼女に信頼されないに違いないと考え、その役をできる範囲で引き受けた。

だが、杏子は一貫して話さない。ジーニストは何を話せばと頭を抱えていた。

 

「……君の今後の為にも必要なことなのだ。君は、将来なりたい職業などは無いのか?」

「アタシわかんねーよ、そういう話。今すぐここから出たいって思ってるだけだし。」

「…………例えば、ここを出た際、君はどうするつもりなんだ?また(ヴィラン)を殺して奪った金で生きるつもりなのかね?」

「おめーらがそれをできなくさせるんじゃん……。」

 

杏子は実に嫌そうにそう吐き捨てた。頬杖をついて、口を曲げていた。

ジーニストは、彼女としてもどうすればいいのか分からないのだろう、という印象を受けた。

 

「……確かにその通りだ。しかし仮に我々が何もしなかったとしても、君はそう言う人生を望んでいるのか?」

「…………(ヴィラン)は嫌いだけど、別に犯罪するのが楽しいってわけでもない。」

「もしそうならば、君は社会で生きていく為に、生きていく術、それに加えて身分というものを手に入れなければならない。後者は、我々が何とかしよう。前者に関して、我々は手伝いはできる。しかし、君自身の意思が必要だ。……君の様子を見るに、そんなことを言われても困る。どうすればいいのか分からない。と言ったところかな?」

「………………」

 

杏子は、内心考えられていることを言われ非常に不愉快だったが、事実なので何も言えなかった。

この問題を考えたくない彼女は、無理やり話題を変えようとする。

 

「てゆーか、前にアタシにお金くれるって言ったじゃん。あれはどうなのさ?」

「あれか。確かにお金は君に与えられる。」

「じゃあそれでいいじゃん。アタシ働かないもーん!」

「……お金があっても、それだけで人生どうにかなるというものではない。それに……条件がある。」

「ほらな!やっぱりそんな上手い話はないと思ったぜ!これが大人の事情ってやつかあ?」

「……本当にすまない。まったくもってその通りだ。まったくもって筋が通らんと私は思うのだが、ともかく君にこれを説明しなければならないということになってしまってな。」

 

ジーニストは、非常に情けない気持ちになってしまった。

公安の出す彼女への謝罪金には、条件があった。それは、「彼女が今後過去の件を周囲に許可なく口外しないと約束すること」だ。

一応、無条件で出される部分の金額はある。だが少ない。彼が前に言った「一生暮らせるかもしれない額」には程遠いものだ。ジーニストとしては、なぜ自分たちの過ちの賠償にそのような条件を付けるのかとさんざん文句を言ったが、残念ながらヒーロー公安委員会はヒーローの上層の組織。ヒーロー以前に社会人であるつもりのジーニストは、どうせ受け入れられないであろうということを承知のうえで、ひとまず彼女にその条件をそのまま伝えざるを得なかった。ちなみに、ジーニストはこの時、佐倉杏子の確保に成功したために若干調子に乗って要求が過大になっているのではと少し疑い始めている。

 

だが、それを伝える為に、前段階として大仕事がある。ヒーロー公安委員会が、彼女の父親を殺害し、家族を破壊したというあまりにも重い事実を伝えなければならなかった。

 

(……泥水を吸ったデニムを履いているように重い話だが、やるしかない。)

 

そして、彼が口を開こうとした矢先に杏子が先に口を開いた。なんとなく、ジーニストは話がやりやすくなったように感じた。

 

「……一応聞くけど、その条件ってのは?」

「…………君は、父親が何故死んだのか、知っているか?」

 

途端、彼女の目はキッと鋭くなる。彼女の現在の精神構造の核となる部分だからだ。

 

「絶対言わねーよ。なんだよ突然。」

「我々は……知っているのだ。」

「はぁ?いやありえねーよ。」

 

杏子は困惑した。知っているわけがない。はたから見れば、酒に溺れて自殺したダメな父親なのであって、それ以上のことなど知っているはずがない、と。

 

「……落ち着いて聞いて欲しい。まあ、我々にそんなことを言う権利は無いのかもしれないがね。」

「…………ええ?」

「ああ、そうだ。話す前に、一人招き入れなければならない人物がいる。彼女だ。」

「こんにちは。あなたが佐倉杏子……かしら?」

 

現れたのは、現ヒーロー公安委員会会長だった。

 

「そうだけど……誰?」

「彼女は現ヒーロー公安委員会会長だ。要するに、我々の上層部のトップ。もっと平たく言えば、ヒーロー関係で一番偉い人だ。」

「お、おう……お偉いさんがアタシに何の用だよ?」

 

杏子は、なぜわざわざ危険と認識されているはずの自分にここまで接近するのか、突然自分が槍を飛ばして殺されることを想定していないのかを疑問に感じつつも、耳を傾けた。

 

そうして、ジーニストと会長は話した。当時の公安委員会が、彼女の父親を殺害したこと。彼らはもう死んでいるか、檻の中であること。今の彼女の境遇は、自分たちのせいであること。そして、今のヒーロー社会の為に、自分たちが彼女にこの件を口外しないことを望んでいること。全て包み隠さず、正直に話した。

ジーニストは、途中で激昂して殴られたりするのではと身構えていた。自分が彼女の立場だとしたら、そうするかもしれない。どう考えても、ヒーローを名乗る側がする行いではないのだから。

 

話の途中、彼女は疑惑の表情から、なんとも言えない困惑したような表情をした。それが、話が終わるまでずっと続いていた。

 

「……どれだけ罵ってくれようとも構わない。だが、まずは君にこのことを伝えねばならないと思っていたのだ。そして、本当に申しわけない。こんなものは、ヒーローではなく(ヴィラン)の行いだ。申しわけないという言葉では到底済まされない話だが、まずは謝らせてほしい。」

「ヒーロー公安委員会の代表として、この件に関して正式に謝罪させていただきます。本当に申し訳ありません。」

 

ジーニストは席を立ち、会長と共に杏子に深々と頭を下げる。ヒーローを名乗る人間として、謝罪はどうしてもやるべきだと感じていた。勿論、彼はこの件に全く負い目は無いのだが、そんな大人の事情を彼女に押し付け何も言わないのもおかしいと感じていた。こんな謝罪で彼女が許すはずがないだろう。しかし、今の彼が最低限やるべきことなののだ。

会長も似たような理由でここに謝罪に来た。組織としての謝罪は最低限必要だろう。……ただし、彼女を警戒してなのか、後ろで目を光らせている者が数人いる状況下での謝罪ではあったが。

 

ともかく、どんな罵倒が返ってこようと、彼はそれを受け止める覚悟だった。しかし、彼女から出てきた言葉は、困惑の含むものだった。

 

「……いや、えー、なんだよそれ……」

しかし、彼女はそれに対し、特に何か言うわけでもなくひたすら困惑の表情を浮かべるばかりだった。

ずっしりとした気まずさがその場を支配してしばらくした後、彼女が口を開く。

 

「……そんなこと、言われても……」

 

ジーニストは、彼女から怒りの言葉が出てこないのを意外に思う。

 

「……今日はもうここはお終いにしてくれないか?」

 

先ほどまでの不機嫌な態度はどこへやら、彼女はずっと困惑していた。そしてこの言葉を絞り出すように言ったのだった。

 

「分かった。こんな話をいきなり飲み込めと言う方が無理があるな。明日、また話すということでいいかな?」

「あ、ああ……」

「……改めて、本当に済まない。では、明日また会おう。」

 

そして、彼は部屋を出、彼女は与えられた個室に真っすぐ帰った。彼女を監視していたヒーローによると、彼女はその後ずっと大人しく、出された夕食を食べ、シャワーを浴び、普通にベッドに入ったということだった。

 

 

翌日、また会談がセットアップされた。昨日と同様、ベストジーニストの前に佐倉杏子がいる。

今日こそは罵倒が飛んでくるものだと身構えていたジーニストだったが。

 

「あー、そのな。お前達の話を呑んでやってもいいぜ!」

 

と、比較的明るめの声でそう言った。困惑は無い。彼女は腕組みをしながら、若干偉そうにそう言った。

今度はベストジーニストが困惑する番となった。

 

「……い、いや。その。我々から言っておいてなんだが、相当酷い交渉条件を出したつもりなのだが。本当にいいのか?」

「ああ、いいぜ。でもこっちにだって条件がある。」

「……まず、我々の条件を確認しよう。君は、ヒーロー公安委員会から賠償金を受け取る代わりに、過去公安が君に、君の家族にしてきたことを口外しない。それと昨日はハッキリと言えていなかったが、今後犯罪活動を故意にしないことも含む。」

「まあ……できるだけ犯罪をしないように頑張るよ。」

「そ、そうか……して、そちらの条件というのは?」

 

ジーニストは、こちらのひどい条件に釣り合うほどのものが一体何なのかと戦々恐々としながら質問した。

 

「条件は2つ。アタシの個性を調べないこと。アタシの過去も詮索しないこと。だ。」

「…………それだけか?」

 

ジーニストは拍子抜けした。関係者を全員この手で始末させろ、などを予想していたのだ。

 

「え、何?もっと要求していいの?じゃあ部屋の監視カメラ外して」

「い、いや。うむ。待ちたまえ。君のプライバシーには十分配慮したいところだが、監視カメラに関しては上の方が相当君のことを不安がっているようでね。なるべく外すよう交渉はしているのだが、うむ……」

 

確かに、全く軽いというわけではない条件だった。彼女の謎の強い個性は気になるところであるし、彼女が過去何をしていたのかという情報も必要ではある。

だが、それでも全く釣り合っていない。なにせこちらのしてしまったことは人殺しだ。しかも連鎖的に彼女の家族は崩壊し、彼女を過酷な人生に放り込んでしまったという負い目がある。そしてさらにそれを周囲に言うなとまで要求している。諸々事情があるのは理屈では分かるが、気持ちの面では到底受け入れられない条件を出しているのだった。

 

「……まあ、とにかく。アンタらの望み通りいい子にしてやるから、アタシの出した条件は絶対守れよな。もし変なことしたらお前ら全員ぶっ殺すまで暴れるからな。」

「うむ。そこまで譲ってくれた君に感謝し、その条件はヒーローとして絶対に守ることを約束しよう。」

 

その条件を出すあたり、彼女に何か秘密があることは明白だった。ジーニストとしても気になるが約束となった以上はこれ以上訊く気はない。

が、それでも質問するという行為がやめられない程度には、彼の心に困惑が残っていた。

 

「……しかし、君は……我々が憎くはないのか?その、改めて言うことになってしまうが、我々は君の父親を、君の家族を……」

「いやー、話を聞く限りマジでクソだな!やっぱりヒーローなんて上っ面だけってことがよおく分かるぜ。」

「……返す言葉もない。」

 

杏子の返しは辛辣だったが、言葉の内容程には怒っていないように感じられ、彼の困惑は消えない。

 

「その……詮索をしないと言った後にこんなことを言うのは不誠実かもしれないが……もし私が君の立場だったら、こんなものでは許せないと思うのでな。君の態度が不思議でしょうがないのだ。」

「まーね。でも、その方がお前たちには都合が良いんだろう?」

「情けない事実だが……その通りだ。」

「じゃあ大人しく乗っとけばいいのに。細かいことは気にすんなよな。ほら、あれだ。Win-Winの関係ってやつ。」

「……そうだな。君の提案通り、ここはおとなしく乗っておくこととしよう。」

 

そう言いつつも、ジーニストの心の中の不安と困惑は消えなかった。

 

(なぜここまですんなり承諾する?家族仲が悪かったのだろうか?しかし、あの父親はむしろ慈愛にあふれたような人間だった。家族仲が悪かったとは思えない。大量に金を貰えるから承諾したのだろうか?いや、彼女は明らかに何かを隠している。金では解決できない何かだ。……試しに要望を出せるだけ出してもらってみるか?)

 

「一応聞くが、他に何か要望はあるか?全て叶えることはできないだろうが、こちらでやれることはやろう。」

「美味い飯!毎日風呂に入る!テレビ!漫画!個性ぶっ放せる広い場所!そして何より一刻も早くここから出たいぜ!あ、そうそう。ここから出たらアタシを尾行して監視とかはやめてくれよな!」

「……君の態度が良ければ、一年程度で出られることとなっている。……どちらにしろ、君は後見人がつくことになっているから難しい面があるが……なるべく便宜を図ろう。」

 

(……公安の権力を使っての要望というものがない。誰かに脅されているというわけでもないのか?……ダメだ、分からん。仕方ない、こういうものは、じっくりと時間を掛けなければな。)

 

ジーニストは、この場で彼女からこれ以上何かを聞きだすことはいったん諦めることにした。

今後、彼女への対応は、公安直属の複数のヒーローが担当することとなっている。そして、可能なら彼女から信頼されるように振る舞えというのが公安から出されている指令だ。狙いはもちろん、彼女の情報だ。

ただ、それ以上にジーニストとしては、彼女のヒーローへの信頼を取り戻したいという気持ちがあった。詳細は不明だが、今の彼女はヒーローを信頼していない。調べた経歴が真実ならば当然だろう。だが、彼はヒーローであり、責任感のある大人だ。佐倉杏子という子供に、自分たち大人を、社会を信じてもらえるようにするという義務感があった。そういう信頼がない者は、かなりの確率で(ヴィラン)となってしまうのだ。今の彼女は、行動だけ見れば(ヴィラン)だが、その心はまったく(ヴィラン)ではない。だから、心まで堕としてはならないという強い思いだ。

 

「……改めて、君の決断に感謝する。必ずや、我々が君がこれ以上裏の社会で戦う必要が無くなるようにして見せよう。さらには、一週間後には君が良く履くと聞くデニムショートパンツに関してのプロデュースについても話させてほしい。」

「はいよ、できるだけいい子にしてますよーっと。……あとずっと思ってたけど、そのジーンズ話は何なんだ?」

「ならば、まずは中卒認定を取らなければな。」

「ちゅうそ……ん?」

「君はこれまで、学校に通っていなかっただろう?」

「え?そうだけど……え?」

「よし。入ってきたまえ。」

「やあ、君が佐倉杏子ちゃんかな?」

 

部屋に入ってきたのは、両手に大量の本やノートを抱えた女性だった。佐倉杏子は、その威圧感のある荷物を見て、なんとなく嫌な予感がした。

 

「彼女は、私の選りすぐりの家庭教師だ。信頼できるという面では最高の教師だと私は信頼している。」

「……その、何する気?」

「勿論、中学までの勉学の範囲を学んでもらうということだ。」

 

佐倉杏子としては、突然何を言い出すのだと困惑しきりだったが、ジーニストは当然必要だろうと考えての物だった。彼はいわゆるエリート層の出身。幼いころから周囲から勉学に励めと言われてきたので、それをするのはこの社会に生きる者として当然だという認識があった。

なので、彼女の困惑具合にはイマイチ共感できていない。

 

「え……これ全部覚えんの?」

「いや、まずは各教科に関して簡単なテストを受けてもらう。君の学力が不明なものでな。それが終わったのち、君に最適な学習カリキュラムを組む。君の素朴だが力強いジーンズを、完璧なものに仕立て上げて見せよう。」

「て、テスト……!?」(さやかの奴がやたら苦しんでたアレか……!?)

「君が同世代に追いつけるよう、我々が全力でサポートする。」

「一緒に頑張ろうね!杏子ちゃん!」

 

満面の笑みで言う家庭教師と、若干ドヤ顔をしているように見えなくもないベストジーニスト。不良更生に詳しい彼なので、この辺の伝手は沢山持っている。

佐倉杏子は悟った。

 

(あー……こいつら善意100%で言ってる……。うう、実際やらなきゃいけないんだろうなあ……)

 

彼女は学校の勉強というものをここ数年は全くしていない。父親がいたころは、家族と一緒にそのようなことをする機会もあったが、それ以降はからっきしだ。同世代の子供たちが勉強に頭を使っている時間に、戦いに頭を使っていたのが佐倉杏子なのである。

そして、それがなかなか大変らしいことは、美樹さやかをはじめとした友達から聞いてはいた。同時に、さやかから勉強しなくて済むことを羨まれることも時々あった。彼女たちの話から、将来的にどう必要になるのかはともかく、必要なことなのだろうとは薄々感じ取っていた。

ただ彼女が一つ不安なのは、それが全く面白そうに見えないことだった。勉強大好きというような友達はいないので、勉強に関して良い話は聞いていないのだ。

 

「……わ、わかった。頑張る……。」

 

渋々のその答えに、ジーニストは満足げに頷いた。

 

「……では、今日はこれで失礼する。私も忙しい身であるが、可能なら君と会話する機会も作ろうかと思う。何かあれば、ここにいる者達にすぐに言うことだ。」

「なぁ……」

 

彼女は、ふと去り際のジーニストを呼び止める。

 

「どうした?」

「アンタ、確かアタシの親父と会ってたんだって?だからアタシにここまで構うのか?」

「会っていたのはその通り。まあ、君に目を掛けている理由の一つではあるが、それだけではないぞ。」

「アタシの親父……どんな感じだった?」

 

ジーニストは、父親の件で初めて踏み込んだ質問をされたと感じた。慎重を期して、しかし嘘偽りないよう回答する。

 

「……人々の幸せを心から願っていた男だった。彼との対話は、私の不良更生活動のきっかけにもなった男。本当に、生きていて欲しい人だった。」

 

本心ではあるが、お世辞を言っていると勘繰られるのでは、と妙な心配をしつつ、ジーニストは杏子の返答を待った。

 

「…………そうかい。なら、まあ。分かったよ。じゃあな。」

 

佐倉杏子は、手をひらひらとさせるだけで、特に変わった反応を見せることはなかった。ただ心なしかその声が明るく感じられたのは、思い込みではないとジーニストは信じたかった。彼は、これが信頼構築のきっかけにでもなればと願いつつ、その場を後にする。

 

そうして、佐倉杏子についての数々の謎を残しつつも、ひとまずヒーロー達にとっては、この事件は一件落着となった。

 

 

 

 

ちなみに、佐倉杏子が勉強に対しどの程度適性を持っていたかは……冒頭の通りである。

 

 

時間をさかのぼり、昨日の会談の終了後のことだ。

 

(いや、どうすりゃいいんだよ……)

 

ベストジーニストから衝撃的な話を聞かされ、どういう態度をとればよいのか分からなくなってしまった佐倉杏子は、与えられた部屋のベッドに突っ伏していた。

 

(この世界ではアタシの父親は、公安とかいうなんかすごそうな?ところに殺されてて、そいつらはもうすでにあの世に行っているか牢屋の中でって、ええー……)

 

ある意味別世界での出来事とはいえ、自分の父親を殺されたのだ。何かしなければいけない気は、する。するが、具体的にどうすればいいのか、どんな感情を抱くべきか、彼女には全く分からなかった。もともと自分の願いのせいで死んだ父親が、いきなり他人に殺された扱いになったとなると、もうそれは別の何かでは、という気もする。しかし、彼らが彼女に見せた父親の写真は紛れもなく記憶の中のもので、別人と割り切ることもできない。

 

(……だからあいつら、あんなに金を出すとか、将来を保障するとか言ってたのか。……受け取っていいのか、それ?……だめだ、全然わかんねーよ。)

 

佐倉杏子はヒーローが嫌いだが、改まってあそこまで謝られて、賠償金を出すなどと言われると、怒るに怒れないのだった。少なくとも、ベストジーニストというヒーローの謝意は本物だった。大人にあのような態度をとられては、あまり罵倒する気も起きない。

 

どうしようもなく、与えられたかなり上質なベッドの上でひたすらごろごろしていると、突然彼女の頭に聞き慣れた声が響いた。

 

(……さん!佐倉さん!)

(ん……?うえ、マミ!?)

(いた!そこにいるのね!よかった、本当に……!)

 

それは、巴マミからのテレパスだった。テレパスなのに、涙交じりの声のようだった。

 

(な、なんでマミがこの近くに……!?)

(あなたを捕まえたっていう報道があって、その目撃情報があったあたりから手あたり次第テレパスで呼びかけているのよ。暁美さん、美樹さん、鹿目さんも手分けして探しているわ。いま連絡したから、直にここに集まるはず。佐倉さん大丈夫!?戦いが目撃された報道があったけど、佐倉さん体の調子はどう?いま、どんな所にいるの?)

(え、ちょ、ちょっと待ってくれマミ。)

 

心配から大量の言葉を投げかけてくるマミをいったん制止し、佐倉杏子は深呼吸をした。しばらく混乱していたが、呼吸して少し落ち着いてみると、何か暖かい気持ちが胸にあることに気が付いた。

ただ、別れ際にかなり色々言ってしまったことを思い出し、「過去のアタシは何を……」と後悔を感じた。実は今、彼女たちの元に戻りたいということは、恥ずかしさから伝える気にならなかった。

 

(……すー、はー。ええと、確かに戦闘があって怪我をしたけど、魔法を使って大体治った。今は……なんかよく分かんないけど、ホテルの部屋みたいなところにいる。)

(その建物……確かヒーローの訓練施設だったはずなのだけれど、どうしてそんなところに……)

(いやなんかここ、表向きはそうなんだけど、実際はヒーロー公安委員会が持ってる秘密の訓練施設?らしいぜ。)

(こ、公安!?留置所とかではなくて!?佐倉さん、今あなたどういう扱いなの!?)

(ええと、なんかいろいろあって、なんか扱いが特殊というか……)

 

そこへ、別の声が割り込んだ。

 

(杏子、そこにいるの!?)

(杏子ちゃん、大丈夫!?)

(佐倉杏子、そこにいるのね?)

(うわ、いっぺんに話しかけんな!と、とりあえず無事だよ。)

 

まどか、さやか、ほむらも、テレパスが届く範囲へ来たのだ。

 

(よかったぁ……無事だったんだね!)

(この前はよーくもやってくれたね、杏子!お返しにグルグル巻きにしてやるからさっさと出てきなさい!)

(なんだよそれ。てゆーか、出たくても出られないんだよ。)

(……ま、まあそうだよね、普通に考えればそこは牢屋なのか……)

 

自分の友達が牢屋にいるという状況は、さやかも初めてだ。悪態よりも心配が来る。

 

(えっと、改めて説明するけど……)

 

杏子は、改めてここに至るまでの経緯、具体的にはヒーローに捕まってからここに来るまでをざっと話した。ただし、ジーニストから話された父親の件はまだ話していない。

 

(……ってな感じだ。アンタ達のことは一言も言ってねえから安心しろよな?)

(流石ね。情報を漏らさないようにしてくれてありがとう。あなた、やっぱりそういう精神的強さがあるのね。)

(ありがとう、佐倉さん。やっぱり私達のことを友達だと思っていてくれて。気にかけてくれて。)

(い、いや別に友達止めるなんて一言も……)

(そうだそうだ。アタシたちをグルグル巻きにして、マミさんをノックアウトするくらいには仲がいいもんね!)

(う、うるさい!余計なこと言うなし!)

 

思い出すと罪悪感が襲ってきた杏子は、すこしムキになってそう言った。

そこへ、ほむらが冷静に話を切り出す。

 

(杏子。口ぶりからして、私たちの元に帰ってきたいと思っている、ということでいいかしら?)

(……)

 

戻りたい、と彼女は強く感じていた。ただ、伝えるのは告白のようで恥ずかしい。けれど、ここで妙なことを口走って、誤解されてしまう方がもっと嫌だった。

 

(そうだね。アタシ、やっぱりみんなと一緒に居たいよ。めちゃくちゃ迷惑になるだろうけれど、この気持ちは止められないみたいだ。……はぁー、まったく、一週間くらい別れただけで寂しくなるなんて、アタシも脆くなったもんだぜ。)

(そんなことないわ!私、あなたが戻ってきたいっていう気持ちを知れて、すごく嬉しい!迷惑なんて考えないでいいの!もともと、魔法少女どうしで一緒に居るのは、困難を分かち合って、ともに乗り越えるためだったわ。魔法少女に関係ないことだって一緒よ!だから、これからもずっと一緒よ!ほんとに、聞けてよかった……!)

(マミさん……)

(めっちゃ泣いてる……)

 

杏子には見えないが、巴マミは、かつての親友がまた一緒に居たいと、友達のままだったと聞けて、心の底から喜んでいた。テレパス越しでも、その気持ちは十分伝わってきた。

 

しかしそこへほむらは、水を差すように言った。

 

(私も嬉しいけれど……そこから出れる状況なの?)

 

その一言で、暖かくなっていた空気がすこし冷える。相変わらず厳しい現実を認識させられたからだ。

 

(……少なくとも出入り自由じゃないね。牢屋みたいなしけた部屋じゃねーけど、監視カメラが設置してあるし、扉の外は多分ヒーローが見張ってる。アタシが魔法を使えば無理やり出られるかもしれねーけど……)

(おっ?杏子の脱獄作戦の始まりかな?私たちがテレパスで状況を伝えつつ、杏子はバレないように抜き足差し足で……)

(さやか。それで出られても、多分あまり状況は変わらないわ。)

(あ、相変わらずハッキリ言うねほむらちゃん……)

(だって脱獄したところで、またヒーローが追ってくるわよ?)

(あぁー……)

(あー、その……アタシとしては、おとなしくここに居ようかと思ってるんだ。)

(え、えぇ!?私たちに会いたくて会いたくてたまらないんじゃないの!?)

(な、なんか言い方おかしいぞ!?いやだってなんか、大人しくしてたら一年くらいで出してくれるって言ってて……)

(……???どういうことなの?執行猶予か何か?)

 

ほむらたちは激しく疑問に思った。彼女が殺人を実行したのは事実。この一週間に、ほむらたちは杏子に関わりそうな法律をざっとだが調べていた。そしてその結果、彼女が捕まった場合は、そう簡単には出られないであろうことを知り、特に巴マミは激しく動揺し泣いてしまうという事件もあった。

 

(……その、信じられないんだけどさあ……)

 

そうして、佐倉杏子はこの世界の父親の件、公安が自分をどう扱おうしているのかを話した。

それを聞いたほむらたちは、あまりにもぶっ飛んだ内容に一様に困惑してしまった。

 

(……え、えええ……、ヒーローって何なの……?)

(なんかサスペンス物の漫画みたいな話だ……)

(ひ、酷い話……)

(ちょっと斜め上の状況ね……)

(うん、まあ、そうなるよなあ……アタシ、どうしていいか正直全然わかんなくてさ。明日また話し合いをしようとかいうことになってるんだけど、どうすりゃいいんだか……)

 

その言葉を最後に、長い沈黙が続く。途中、沈黙に耐えかねたさやかが、

 

(あの、テレパス、ちゃんと繋がってるよね?)

(ええ?あ、うん、大丈夫。)

(よかった、うん、良かったね……。)

 

と言い出すほどに長いものだった。

 

沈黙を破ったのは、巴マミだった。

 

(その……佐倉さんは、一年くらいなら、そこで暮らしていてもいいって考えているのかしら?)

(まあ、そうだね。なんかここ結構綺麗なところでさ。今日の夜に出されたご飯、結構、いやかなり美味しかったんだよねえ。)

(……ご飯につられた猫みたい……)

(う、うるさい!で、でもさ。家族を殺されているのに、なんか相手の要求通りで済ませていいのかなって、モヤモヤしてるって感じ。)

(……この際だから、いろいろ要求すればいいのではないかしら?)

(んん?ほむら、どういう意味だ?)

(話を聞く限り、殺したことを一応悪いと思っているみたいね。少なくともあなたを殺して闇に葬る、みたいなつもりではなさそうね。いったん気絶したあなたが医療施設に運ばれたのがその証拠といえるわ。それなら、『私の個性や過去を詮索するな、そうすれば大人しくしてやる』って言えば、通るんじゃないかしら?そうすれば、あなたは公安の想い通りにならなかったことになる。)

 

この言葉に、次々と賛成の声が上がる。しかし実のところ、賛成よりも、これ以外に納得のいく案を持っている者がいなかったのだ。

 

(なるほど、言われてみれば確かに……)

(ほむらちゃん、頭いい~!)

(……あれ、じゃあこれ、もっと色々要求できちゃうんじゃない!?)

(なるほど、確かになあ……でもさ、マミは平気か?)

 

杏子がマミを心配してそう言った。

巴マミはこの中で、最も杏子を心配していると同時に、最も寂しがり屋で、佐倉杏子に会いたがっている人物だ。テレパスでの会話はこれからもできるだろうが、直接会うのはなかなか難しいだろう。その上、巴マミはずっと一人で魔法少女として戦っていた時期があり、その経験から孤独をとても嫌う。そんな彼女が、一年間会えなくなるということを許容するのかという疑問があった。

 

巴マミは、しばらく悩んでいたが、やがて意を決したように言った。

 

(……一年後、とっても楽しみにしてるわ。私、できるだけ毎日テレパスしに来るから!だから佐倉さんも、早く出られるようにいい子にしていてちょうだいね!)

 

巴マミは、涙をこらえてそう言った。実際、テレパスにより会話ができるので、まったく音信不通になる訳ではないのだから、なんとか耐えられるだろうと巴マミは判断したのだ。

 

(ま、マミさん……!)

(マミ……わかったよ。できるだけ早く出られるように、頑張っていい子になる。)

(あの杏子が良い子に……!?なんか、すごいなあ。)

(おい、アタシが良い子になっちゃいけないのかよ!?)

(そんなことないよ!さやかちゃんなりの応援だって!)

(……決まりね。じゃあ、明日私はまたここに来るから、それまでに施設の全容を把握しといて頂戴。特に屋外へ繋がってる場所をね。)

(え、何!?やっぱり脱獄しろっての!?)

(違うわよ……あなたグリーフシードやグリーフストーンはあとどのくらい持ってる?)

(あー……なるほどな。いくらかあるけど、流石に一年は持たねえや。)

 

魔法少女は、それぞれ大量に手に入るようになったグリーフシードやストーンをある程度貯蔵している。周囲にバレないように、魔法を使って体内に見えないように隠している。それには常時魔力を消費するが、それらで浄化できる穢れに比べれば微々たるものであった。

 

(あなたはしばらく外でグリーフシードやストーンが手に入れられなくなるでしょうから、私が持って行ってあげるわ。だから、それに適した置き場所を教えて欲しいの。でも、無駄に魔法を使って穢れの蓄積を早めるのは止めてちょうだいね?)

(なるほどな。わかった、頑張って調べるよ。迷惑かけてごめんな、ほむら。)

 

その後、しばらく話していた彼女たち。特に巴マミがどれほど杏子を心配していたかという話がメインだった。そうして、日も暮れてきたので帰ろうという話になった。しかしその時、佐倉杏子が思い出したように口を開く。

 

(あ、そうだ。最後に伝えておかなくちゃ。)

(うん?まだマミさんがどれだけこの一週間杏子を心配していたか知りたいの?)

(それはもう耳にタコができるほど聞いたよ。何日も調査の為に学校行ってないのは……マジでその、心配かけてごめんって感じ。でもそれとは別件で、ヒーローとアタシが戦っていた時のことなんだけど、実はあの時にね……)

 

彼女は、戦いのときに現れた謎の男について話した。こちらのこともある程度調べられるほどには権力を持っていそうであることも話した。

 

(……というわけで、まあ流石にアンタ達のことは勘づかれていないとは思うけれど、気を付けてくれよな。最近はずっと温い戦いが続いてたけど、やっぱり危険なやつもいるんだってこと、忘れないでくれよな!)

(……話を聞く限り危険ね。性格もかなり歪んでいるようだわ。あなたの忠告通り、見つけ次第殺すようにするわね。)

(そんな危険な人がいるなんて……魔法少女としての特訓をしておいてよかったわ。)

(私、もっと強くなれるように、身を守れるように頑張ります!)

(私も……。はぁー、魔女がいない世界になって、気が抜けると思ってたのになぁ。)

 

彼女たちは、魔女がいなくなり危険が去ったと思ったが、新たな危険が現れたという事実を知ってげんなりしてしまった。おそらくその男は、彼女の経歴に目を付けて現れたのだろうが、もし魔法少女の件を嗅ぎつけてしまったら、と考えると、なんともげんなりさせられるのだった。

 

(ま、そう言うわけだ。訓練、頑張ってくれよなー。特にさやかとまどか。)

(うぐ、が、頑張る……。)

 

5人の中で、経験の差から実力不足を実感している二人は、特に気が引き締まる思いだった。

 

そうして、彼女たちは別れた。今後杏子の元へ、4人は定期的にテレパスをしに会いに来る。またほむらは、定期的にグリーフシードやストーンを持ってくることとなる。

 

一年間直接会えないのは寂しいが、それを超えればまた5人で笑って暮らせる日々が来ると信じ、彼女たちは辛抱強く待つことを決意したのだった。

 




ということで、佐倉杏子の話は一旦ここで一区切りとさせていただきます。この後、杏子はしばらく勉強に苦しみながらの牢屋(ただしある意味VIP待遇)暮らしです。でも原作のどこかのタイミングで出所する予定。ちょくちょく描写は挟むと思いますが、しばらくはメインで出てきません。
筆者としても、どうすれば彼女がヒロアカ世界で生活していけるのか悩みましたが、多分これが一番丸いと思います。

・監視カメラ
着替えとかをやるときはヒーローがついて行くから別の部屋でやってね的な感じになっている。さすがにその程度の配慮はある。

・なぜわざわざ危険と認識されているはずの自分にここまで接近するのか
普通に組織としての誠意を示すため。しかも影武者ではなく本人である。殺されるリスクを考えているのかは謎。この人リ・デストロを捕まえるときにも思いっきり前に出ていたので……。

・家庭教師の女性
特に原作の誰かという設定は無い。

・ジーニスト
なぜこの条件をすんなり呑んだのかが全く理解できない。なんで君怒らないの……?となっている。

・父親の件で初めて踏み込んだ質問
ジーニストに対しての好感度は、彼がヒーローであることでマイナス、父親のことを評価していたことでプラス、謝罪が本当に誠意あるものだったのでプラス、トータルでちょいプラスくらい。

・巴マミ
この一週間、それはもう暗かった。ソウルジェムの濁りのペースもかなり速かった。

・佐倉杏子はこの世界の父親の件、公安が自分をどう扱おうしているのかを話した。
え、守秘義務違反?契約前に話してるからセーフ!ちなみに多分契約後に話す機会が初めてできたとしても、「絶対言うなよ?これはここだけの話なんだけどな……」的なノリで、おそらく喋ってしまうだろう。今のところ、友達以上に大切なものは彼女にはない。

・公安
「正直こんな条件じゃ、周囲に言いふらさないように約束するわけないよなあ。「金でアタシの心は買えねーよ!」とか言い出すかもしれないし、一体どうすれば……え?話さないことに合意した?マジ!?いよっしゃあ!個性と経歴は気になるけど、大人しくしてくれるならままええわ」

・勉強
彼女自身頭が悪いわけではないが、勉強という行為に慣れていないためにこれからかなり苦労する。

・テレパス
これのお陰で、直接会えずとも会話できるので杏子は寂しくない。この能力、社会でやっていくうえで正直クッソ強くないか?マンダレイの個性との関係は今のところ考えてない。
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